第6歌集『について』について多くの書評や一首評などをいただいております。ありがとうございます!
【書評】
・恒成美代子「暦日夕焼け通信」(2025年5月30日)
http://rekijitsu.cocolog-nifty.com/blog/2025/05/index.html
・山名聡美「note」(2025年8月18日)
https://note.com/satomiyamana/n/n291d26c094b5
・門脇篤史「選択肢のひとつ」(「現代短歌新聞」2025年8月号)
・山本まとも「土地の記憶へ」(「短歌研究」2025年9・10月号)
・門脇篤史「今月の歌」(「未来」2025年9月号)
・工藤吉生「存在しない何かへの憧れ」(2025年9月22日)
http://blog.livedoor.jp/mk7911/archives/52337883.html
・大西淳子「みそひと書房」(「NHK短歌」2025年11月号)
【一首評】
・俵万智「新々句歌歳時記」(「週刊新潮」2025年7月3日号)
「お父さん」ではなく「お義父さん」だろう電車にすわる男女の
会話
・長谷川櫂「四季」(「読売新聞」2025年8月25日)
黒蟻に集(たか)られているクワガタのどんな結末もわれは諾う
・東直子「短歌の杜」(「婦人画報」2025年10月号)
沿わせつつ刃を動かせば親指はすでにあじわう梨の甘みを
https://www.fujingaho.jp/culture/column-essay/a68029254/higashinaoko-250928/
・小田桐夕「波と手紙」(2025年9月15日)
雨の日に長く線路を見つめてはいけない 死後も濡れているから
https://odagiri-yu.hatenablog.jp/entry/railway
・内山晶太「日々のクオリア」(2025年10月1日)
生きている時間の方がみじかくて冬川跨ぐ橋をわたりぬ
https://sunagoya.com/tanka/?p=35860
歌集『について』は版元の現代短歌社で販売中です。
(メール・電話・オンラインショップから購入できます)
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2025年10月13日
2025年10月12日
由利貞三のこと
由利貞三(貞蔵)という歌人のことが気になっている。
海軍軍楽隊の隊士として短歌を始め、「アララギ」で釈迢空の弟子となり、後に北原白秋にも師事した。1937(昭和12)年に「短歌公論」(のちに「歌道」と改名)を創刊し、戦中は傷痍軍人の歌の顕彰に務めた人物だ。
真っ直ぐな性格で思い込みが強く、トラブルメーカー的な存在でもあったようで、エピソードに事欠かない。いくつか挙げてみよう。
まずは、「アララギ」で迢空を信奉する若者たちが島木赤彦に対して反発する場面。
これは、やがて迢空の「アララギ」退会へとつながっていく。
次に、大正13年に北原白秋、前田夕暮、古泉千樫、土岐善麿らによって創刊された歌誌「日光」が、昭和2年9月号から由利貞三をはじめとした白秋門下の編集になった場面。
これは、やがて「日光」の解散へとつながっていく。
昭和10年、由利は斎藤茂吉の発表した短歌が自作の模倣ではないかとの手紙を茂吉に送る。その回答が「由利貞三君に答へる」として「アララギ」昭和10年12月号の「童馬山房夜話」に載った。
念のため、両者の歌を引いておこう。
はっきり言って全然似ていない。茂吉の肩を持つわけではないが、これで手紙を送って来られても困ってしまうと思う。由利としては色に関して「○○まで××」と表したところに自信があったのだろうが、この程度の類似はざらにある話だ。
茂吉も迷惑そうに次のように書いている。
由利貞三はこんなふうに、短歌史のあちこちに顔を出す。
やがて由利は「歌道報国」を掲げて日本皇道歌会を組織し、昭和12年に歌誌「短歌公論」(のち「歌道」)を創刊する。
昭和17年に日本皇道歌会が発行した『白衣勇士誠忠歌集』は由利の編集によるもので、解説やあとがきを由利が書いている。
由利の一本気な性格が天皇や国家への忠誠という路線に向かったのは、ある意味でわかりやすい道筋だと思う。
そんな由利は戦後どうしていたのかと思って調べたところ、昭和20年に亡くなっていた。昭和20年3月10日。おそらく東京大空襲で亡くなったのだろう。44歳。
そうだったのか……。
海軍軍楽隊の隊士として短歌を始め、「アララギ」で釈迢空の弟子となり、後に北原白秋にも師事した。1937(昭和12)年に「短歌公論」(のちに「歌道」と改名)を創刊し、戦中は傷痍軍人の歌の顕彰に務めた人物だ。
真っ直ぐな性格で思い込みが強く、トラブルメーカー的な存在でもあったようで、エピソードに事欠かない。いくつか挙げてみよう。
まずは、「アララギ」で迢空を信奉する若者たちが島木赤彦に対して反発する場面。
大正十年一月号ではついに同情者の一人由利貞三が赤彦に抗議の申し入れをした。「これらの歌(土田耕平の歌)に対して、その評言を聞き、余りに鑑賞程度の異ふのを黙つてをれなくなつて、このことを書きました」という抗議文を、赤彦は「談話欄」に掲載し(…)
/阿木津英『アララギの釋迢空』
これは、やがて迢空の「アララギ」退会へとつながっていく。
次に、大正13年に北原白秋、前田夕暮、古泉千樫、土岐善麿らによって創刊された歌誌「日光」が、昭和2年9月号から由利貞三をはじめとした白秋門下の編集になった場面。
この間隙を突くように登場したのが由利貞三であったのである。白秋は「日光の思ひ出」では、由利の名前を挙げず、「北原白秋編輯」という六字が、「日光」の表紙に冠せられることを固辞したが、「雑誌が出来たのを見ると、出てゐる」と当時の状況を吐露している。白秋の反対を押し切っての由利の独断であった。
/渡英子『メロディアの笛U』
これは、やがて「日光」の解散へとつながっていく。
昭和10年、由利は斎藤茂吉の発表した短歌が自作の模倣ではないかとの手紙を茂吉に送る。その回答が「由利貞三君に答へる」として「アララギ」昭和10年12月号の「童馬山房夜話」に載った。
自分の雑誌のアララギの歌さへ読む暇のない僕が、アララギを去った由利君の歌を、短歌雑誌の誌上で注意して読む暇などあるものではない。縦しんばそれを読んだとしても、大正十五年の由利君の歌を記憶してゐて、昭和十年に歌を作るのに、それを真似るなどといふことは、僕にとつては不可能なことである。
/『斎藤茂吉全歌集 第八巻』
念のため、両者の歌を引いておこう。
谿底よりさやかに立てり鉾杉の盛りの若葉白きまで青し
/由利貞三「白珠」大正15年10月号
うつせみの吾が見つつゐる茱萸の実は黒きまで紅(あけ)極まりにけり
/斎藤茂吉 「アララギ」昭和10年7月号
はっきり言って全然似ていない。茂吉の肩を持つわけではないが、これで手紙を送って来られても困ってしまうと思う。由利としては色に関して「○○まで××」と表したところに自信があったのだろうが、この程度の類似はざらにある話だ。
茂吉も迷惑そうに次のように書いている。
失礼な言分かも知れんが、僕はそれほど由利君の歌に重きを置いてゐないのである。もつと端的に言へば、由利君の歌などは眼中にないのである。
由利貞三はこんなふうに、短歌史のあちこちに顔を出す。
やがて由利は「歌道報国」を掲げて日本皇道歌会を組織し、昭和12年に歌誌「短歌公論」(のち「歌道」)を創刊する。
昭和17年に日本皇道歌会が発行した『白衣勇士誠忠歌集』は由利の編集によるもので、解説やあとがきを由利が書いている。
「白衣勇士誠忠歌集」は、支那事変の御楯となつた戦傷病勇士達が、大東亜聖業に捧げた尊い鮮血の記録であり、殪れて尚熄まぬ忠魂の叫びである。
日本皇道歌会に於ては、支那事変発生以前から 明治天皇御製 教育勅語 軍人勅諭拝光の生活実践を念として、「しきしまのみち」による人格錬成の歌会を設立し、昭和十二年六月以来其の錬成機関として月刊誌「歌道」を発行して今日に及んでゐる。
由利の一本気な性格が天皇や国家への忠誠という路線に向かったのは、ある意味でわかりやすい道筋だと思う。
そんな由利は戦後どうしていたのかと思って調べたところ、昭和20年に亡くなっていた。昭和20年3月10日。おそらく東京大空襲で亡くなったのだろう。44歳。
そうだったのか……。
2025年10月11日
阿木津英『アララギの釋迢空』
大正4年に島木赤彦と出会って「アララギ」に評論や作品を発表し始めた釈迢空が、大正10年に選者を辞して「アララギ」を去るまでの軌跡を描いた評論集。
民間伝承探訪の旅を重ねた迢空の歌の変化や「アララギ」の写生論による結束の強化など、大正期の短歌や歌壇の動向がよくわかる内容となっている。
そもそも、歌を空想で作るということは、明治という時代にあっては、ごくあたりまえのことだった。明星派はもちろん、子規にどれくらい空想の歌があることか。茂吉のごく初期の歌は、空想の歌ばかりといっていいほどである。
大正期に入ったアララギという磁場のなかにあって、「写生」の手法を獲得しつつ、そこにおさまりきれない歌の動機をもてあましていた迢空も、こうして苦しみつつ、ついに〈体験の束〉としての旅する主体を統合する方向を開いた。
「夜ごゑ」は、画期的にすぐれた一連であった。茂吉・赤彦らの主導するアララギの新しい「写生」歌は、現実世界から「自己」の姿を切り出し、歌を一元的な「自己」の世界で塗りつぶすのだが、そのようなものとはまったく異質の歌を、迢空はここに実現した。
迢空が「アララギ」の写生論におさまりきれないものを抱えてついに訣別に至るまでの流れは、先日読んだ水原秋櫻子と「ホトトギス」の関係にも似ている。
これは人間関係のゴシップではなく、結社の理念と個人の信条・志向の相克として捉えるべき話だと思う。
2021年5月25日、砂子屋書房、3000円。
2025年10月10日
相澤秀仁・相澤京子『ねこめぐり にっぽん猫紀行』
シェア型書店「HONBAKO 京都宇治」で購入。
全都道府県を訪ねて猫を撮影している夫婦の写真&エッセイ集。
沖縄の慶良間島の猫から始まって北海道の小樽の猫まで、全部で121匹の猫が登場する。何千枚も撮影した中から厳選したのだろう。どれも唯一無二の写真ばかり。
奈良時代から平安時代にかけ、大陸から仏典などが船で運ばれた。大切な仏典をネズミから守るため、猫を乗せていたという。
屋根がくっつく京都特有の家並み、そこは猫たちにとって専用の径になっている。
路上の猫を見て、すぐに野良猫と決めつける人もいるけれど、そんな猫はむしろ少ない。多くの猫が住民とつながりをもち、「みんなの猫」とか「地域猫」として認知されている。
顔見知りの猫には何度も会いに行ったりしているらしい。全国各地になじみの猫がいるのだ。
2024年10月25日、二見書房、1300円。
2025年10月09日
塚田千束歌集『星夜航路』
『アスパラと潮騒』(2023年)に続く第2歌集。
光合成、こうごうせいとつぶやいて、枯れた指先ひらいてとじた
石膏のように生きたい踏まれてもなぞられてもただひんやりとして
だれとでも交換可能な丸石になるよう波に洗われていた
不器用なワルツのようにもつれあうただキッチンに行くだけなのに
金木犀 出さない手紙を書くときの永遠の手前みたいな愛しさ
会いたさが突風のようにふきぬけて部屋中の窓をひらいてまわる
すこしこわい いつも怒らずいるひとと豆花(トウファ)のふっくらまろやかな白
院内のローソン暗く廊下暗くひとつあかるきナースステーション
汗の匂いそれぞれちがう頭ありみんなおんなじ風呂に押し込む
うつむいて水面にくちばし触れさせてはつか境がゆらぐ翡翠
1首目、光合成で養分を生み出す植物のように元気を出そうとする。
2首目、初二句が印象的。周囲や社会からの圧力や侵犯を拒絶する。
3首目、一つ一つ違った形であった石が丸くなるように人間もまた。
4首目、家の中の通路で家族とぶつかりそうになったりする暮らし。
5首目、純粋な思い。初句と二句以下の取り合わせの距離感がいい。
6首目、下句を付けたのがいい。会いたさの表現として迫力がある。
7首目、どちらも穏やかな見た目だけれど、だからこそ怖いのかも。
8首目、病院の雰囲気がよく出ている歌。昼と思っていたが夜かな。
9首目、子育ての歌。きょうだいでも匂いに違いがあるという発見。
10首目、水の内の世界と外の世界が一瞬触れ合い波紋が生まれる。
2025年8月17日、短歌研究社、2200円。
2025年10月08日
「パンの耳」第10号刊行!
同人誌「パンの耳」第10号(記念号)を刊行しました。
作品30首×2名、作品15首×18名のほかに、エッセイ「風のうた」、題詠「十」、インタビュー「松村正直さんに聴く」、自選三首、書評、エッセイ「第10号に寄せて」、フレンテ歌会の歩みなどを掲載しています。
・作品30首
和田かな子「沼とバニラ」
木村敦子「ぽてりと月は」
・作品15首
甲斐直子「ショートヘア」
鍬農清枝「そこに光が」
長谷部和子「大糸線」
岡野はるみ「青い瞳」
仲内ひより「はねかんむり」
星乃三千子「妻の座」
畑中秀一「次の五輪」
多治川紀子「断層」
澄田広枝「炎上」
弓立悦「モノフォニー」
米延直子「神楽鈴」
乾醇子「イルカの浮かぶ」
河村孝子「時間を脱ぐ」
添田尚子「おかかおむすび」
紀水章生「巨峰むらさき」
伊東文「フィックスガラス」
佐々木佳容子「前触れ」
松村正直「見る側」
A5判、96ページで定価は500円。
現在、BOOTHにて販売しております。(送料無料)
https://masanao-m.booth.pm/
どうぞよろしくお願いします!
2025年10月07日
内田樹×釈徹宗『聖地巡礼 ライジング』
聖地巡礼シリーズの1冊。副題は「熊野紀行」。
これでシリーズ4作すべて読んだことになる。
・『聖地巡礼 ビギニング』
https://matsutanka.seesaa.net/article/399764437.html
・『聖地巡礼 リターンズ』
https://matsutanka.seesaa.net/article/445838563.html
・『聖地巡礼 コンティニュード』
https://matsutanka.seesaa.net/article/516566653.html
釈 日本の宗教性を考える場合、「場」の神道と「語り」の仏教との組み合わせという側面から見ると、なかなか面白いのではないでしょうか。
辻本(雄一) 熊野には牟婁という地域があるんですが、現在は、東牟婁郡と西牟婁郡が和歌山県で、南牟婁郡と北牟婁郡が三重県なんです。もともと熊野はひとつの大きなエリアだったわけですが、明治になって熊野川に県境ができて分離されてしまい、その不便を我々はいまでも被っているんです。
森本(祐司) 地域的には新宮と本宮の関係ってあんまりよくないんです。商業都市として発展してきた新宮の背景には、熊野川沿いの山林が生み出す富があったんです。ですから、本宮の人たちにとっては、搾取というと語弊があるんですけど、新宮に富を吸い取られているという感覚があるように思います。
内田 「一義的なもの」よりも「両義的なもの」のほうが、「義とはなにか」という問いを深めてくれる。だから、「クロスボーダーなもの」というのは、ボーダーを否定するものじゃなくて、「ボーダーとはなにか」、それはどういう基準で設定されていて、そもそも何を生み出すもののためか、という問いを深めてくれるものなんです。
熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)や花の窟神社、神倉神社、補陀落山寺には行ったことがあるので、読んでいて楽しかった。
さすがに熊野は奥深い。
2015年3月13日、東京書籍、1500円。
2025年10月06日
『高濱虚子 並に周囲の作者達』のつづき
他に印象に残ったところを、いくつか引いておこう。
秋櫻子の家は祖父の代からの産婦人科医。
のちに佐佐木幸綱が生まれたときに担当したのも秋櫻子。
ここで思い出すのは高安国世のこと。高安も同じく医者の家系に生まれ高校は理科であったにもかかわらず、大学は文学部に入りドイツ文学者になった。「早春、医科の試験準備中、永年ためらひしてゐた心を遂に決して、生涯を文学に捧げることにし、父母にも嘆願し説得して、文学部に志望した」(『Vorfrühling』巻頭歌の詞書)
このあたり、震災で焼失した病院の再建に奔走する斎藤茂吉の苦悩を思い出す。
秋櫻子は2年間、宇都野研主宰の「朝の光」に所属して窪田空穂の指導を受けたことがある。このあたりも、後に「調べ」を唱えるきっかけになったのかもしれない。
写生や写実、主観と客観の問題は俳句と短歌に共通するもの。ジャンルを超えた意見交換はいつの時代においても大事なことだと思う。
私は中学時代から文学志望であったが、家の医業を継ぐために文科受験を許されず、興味なき医科に入ることとなったので、暇さえあれば文学書を耽読して僅かに自ら慰めていた。
秋櫻子の家は祖父の代からの産婦人科医。
のちに佐佐木幸綱が生まれたときに担当したのも秋櫻子。
ここで思い出すのは高安国世のこと。高安も同じく医者の家系に生まれ高校は理科であったにもかかわらず、大学は文学部に入りドイツ文学者になった。「早春、医科の試験準備中、永年ためらひしてゐた心を遂に決して、生涯を文学に捧げることにし、父母にも嘆願し説得して、文学部に志望した」(『Vorfrühling』巻頭歌の詞書)
昭和三年になって、私の家では震災後仮普請にしたままの病院を、本建築に改める準備にかかった。父はすでに老齢なので、私がすべての責任を負わなければならなかった。(…)私は、はじめから医師の仕事が好きでなく、父の命令でやむなく医科に入ったので、病院経営よりも俳句の方がはるかに面白いのであるが、ここまで来るとそんなことを言って居られなかった。
このあたり、震災で焼失した病院の再建に奔走する斎藤茂吉の苦悩を思い出す。
空穂は当時、歌集「青水沫」の歌を詠んでいた時代で、四十二三歳、気力が充実していた。やさしい人柄でありながら、歌の指導にはきびしく、歌会に於ては必ず参加者の歌を全部批評した。
空穂はよく日常の生活に取材した歌を詠む。それは一見平凡で、誰でも考え得ることなのだが、空穂によって詠まれると、不思議なひびきを以て読者の胸につたわる。これが調べの力なのである。
秋櫻子は2年間、宇都野研主宰の「朝の光」に所属して窪田空穂の指導を受けたことがある。このあたりも、後に「調べ」を唱えるきっかけになったのかもしれない。
この頃、斎藤茂吉の「短歌写生の説」という本が上梓された。私は早速読んで見た。ある日発行所へ行くと、平素読書をあまりしたことのない虚子も読んでいて、次の漫談会にはこれをとりあげて見たい。そうして茂吉とは面識があるから、招聘して共に話し合ったら有益であろうと言った。
写生や写実、主観と客観の問題は俳句と短歌に共通するもの。ジャンルを超えた意見交換はいつの時代においても大事なことだと思う。
2025年10月05日
水原秋櫻子『高濱虚子 並に周囲の作者達』
高濱虚子に師事して「ホトトギスの四S」の一人として活躍した著者が、やがて客観写生や花鳥諷詠の理念に飽き足らず袂を分つまでを記した自伝的回想記。
表題になった高濱虚子のほか、高野素十、松根東洋城、池内たけし、中田みづほ、山口青邨、山口誓子、原石鼎、川端茅舎、赤星水竹居、富安風生、鈴木花蓑、田中王城といった俳人が登場する。
結社の師弟関係や人間関係、主観と客観の問題など、今にも通じる話がたくさん出てきて面白く、また考えさせられる内容だ。
ホトトギスには「客観写生」という標語があった。元来「写生」という語には、作者の心が含まれているわけで、客観写生というのはおかしな言い方なのであるが、大衆には一応わかりやすい語であるに相違ない。
いままでに詠んでいた句が、殆どすべて景色や花鳥の描写ばかりで、自分の感情をわすれ、主観を捨てていた。だから句を読み返すと、景色は眼の前に浮んで来るが、その時の心の躍動は消えてしまっている。こういう俳句ではなく、心がいつまでも脈々とつたわる俳句が詠みたいのだが、ホトトギスではそれを教えない。
虚子は明らかに作者の主観を認めている。それならばその主観をいかにして描写の上に現してゆくかということを、私達はききたいのであった。私達は句の調べの上に主観をのせてゆくことを考えていたが、それを完全に理論的に説明することがむずかしいのである。
結局はホトトギスを去ると決心して、さすがに思われるのは、十年の育成を受けた恩であった。私は初学者にして渋柿を去ったので、ともかくも俳句のことがわかるようになったのはホトトギスに学んだ為である。
仲間との会話や吟行の場面など当時の様子が事細かに記されているが、この本が刊行されたのは1952年、著者60歳の時のこと。「ホトトギス」を脱退したのは1931年、39歳の時なので、20年以上経ってからの回想ということになる。
何か元になる日記などがあったのだろうか。
2019年2月7日、講談社文芸文庫、1800円。
2025年10月04日
『について』を読む会
10月1日に行われた「N学短歌plus」のオンラインライブ講座の特集「松村正直さん新歌集『について』を読む会」の一部がYouTubeで公開されました。
https://www.youtube.com/watch?v=YzHXpuKlueE
歌集『について』は版元の現代短歌社のオンラインショップやAmazon、楽天ブックスなどで販売中です。よろしくお願いします!
https://gendaitanka.thebase.in/items/109145161
https://www.youtube.com/watch?v=YzHXpuKlueE
歌集『について』は版元の現代短歌社のオンラインショップやAmazon、楽天ブックスなどで販売中です。よろしくお願いします!
https://gendaitanka.thebase.in/items/109145161
2025年10月03日
住吉カルチャー&フレンテ歌会
10:30から神戸市東灘区文化センターにて住吉カルチャー。参加者14名。上川涼子『水と自由』を取り上げて話をした。12:30終了。
昼食を挟み13:00から第94回フレンテ歌会。参加者14名。自由詠と題詠「動詞で始まる歌」の計28首について議論する。17:00終了。
その後、近くのロイヤルホストで食事&お喋り。20:00頃まで。
同人誌「パンの耳」第10号ができあがった。
昼食を挟み13:00から第94回フレンテ歌会。参加者14名。自由詠と題詠「動詞で始まる歌」の計28首について議論する。17:00終了。
その後、近くのロイヤルホストで食事&お喋り。20:00頃まで。
同人誌「パンの耳」第10号ができあがった。
2025年10月02日
奥村晃作歌集『天啓』
鎌倉や阿弥陀仏なる御仏は露天に坐して日銭を稼ぐ
年一回花に誘われ見る幹の黒くて太いソメイヨシノは
数十年振りに銭湯の湯に浸かり熱く大量の湯に身を沈む
ジギタリス毒持つ花と恐れつつ開花を待てり妻のジギタリス
どこまでも伸び広がれるゴーヤにて緑の実をば垂直に垂る
魚屋は全滅したが八百屋二店辛うじて残る赤塚商店街
自転車が二台停(と)まれり自転車に妻もわたしももう乗れなくて
つらければ入院せよと説く妻は入院にメリット無きを解せず
保育士の半分ほどの背丈にて黄の帽かむる園児ら行けり
ヘモグロビン8.1で輸血する輸血で我は生かされている
1首目、上句は晶子の歌を踏まえてか。大仏の拝観料は一般300円。
2首目、花ではなく幹の色や太さに注目している。幹あっての花だ。
3首目、「熱く大量の」が納得の表現。個人宅とは桁違いの湯の量。
4首目、結句「妻の」を入れたことで妻が毒を持っているみたいに。
5首目、日除けのために育てているゴーヤの旺盛な生命力を感じる。
6首目、昔ながらの個人商店が減っていく。「全滅」の響きの強さ。
7首目、「自転車」の繰り返しが効果的だ。しんみりとさせられる。
8首目、理解してないのではなくその方が妻の負担が減るのだろう。
9首目、大きさに注目して「半分ほど」と即物的に言ったのがいい。
10首目、正常値は13〜17くらい。私の父も輸血が欠かせなかった。
2025年9月8日、短歌研究社、2500円。
2025年10月01日
「作歌の現場から」のアーカイブ
NHK学園のオンライン講座「現代短歌セミナー 作歌の現場から」(全12回、永田和宏×松村正直)のアーカイブのご案内です。
毎回ゲストの方を迎えて、一つのテーマについて90分じっくり語り合っています。ご興味のある回がありましたら、ぜひご視聴ください。
@「意味を詰め込みすぎない」小池光
https://college.coeteco.jp/live/5vxlc4y2
A「過去形と現在形」小島ゆかり
https://college.coeteco.jp/live/809gce7v
B「社会詠をどう詠むか」栗木京子
https://college.coeteco.jp/live/5vxlc437
C「情と景の取り合わせ」三枝ミ之
https://college.coeteco.jp/live/5ynjc6g4
D「てにをはの使い方」大辻隆弘
https://college.coeteco.jp/live/mk1dc2y6
E「モノの見方の新しさ、発見の歌」奥村晃作
https://college.coeteco.jp/live/m331c6z3
F「文語と口語」松村由利子
https://college.coeteco.jp/live/mk1dcy62
G「直喩と暗喩、比喩のさまざま」吉川宏志
https://college.coeteco.jp/live/mgzjcxod
H「自然、風土の歌」伊藤一彦
https://college.coeteco.jp/live/5ynjcwnr
I「具体と抽象」川野里子
https://college.coeteco.jp/live/8qz4ck96
J「ユーモアの歌」花山多佳子
https://college.coeteco.jp/live/5ynjc0dk
K「細部の大切さ」高野公彦
https://college.coeteco.jp/live/5j0ycyx7
よろしくお願いします!
毎回ゲストの方を迎えて、一つのテーマについて90分じっくり語り合っています。ご興味のある回がありましたら、ぜひご視聴ください。
@「意味を詰め込みすぎない」小池光
https://college.coeteco.jp/live/5vxlc4y2
A「過去形と現在形」小島ゆかり
https://college.coeteco.jp/live/809gce7v
B「社会詠をどう詠むか」栗木京子
https://college.coeteco.jp/live/5vxlc437
C「情と景の取り合わせ」三枝ミ之
https://college.coeteco.jp/live/5ynjc6g4
D「てにをはの使い方」大辻隆弘
https://college.coeteco.jp/live/mk1dc2y6
E「モノの見方の新しさ、発見の歌」奥村晃作
https://college.coeteco.jp/live/m331c6z3
F「文語と口語」松村由利子
https://college.coeteco.jp/live/mk1dcy62
G「直喩と暗喩、比喩のさまざま」吉川宏志
https://college.coeteco.jp/live/mgzjcxod
H「自然、風土の歌」伊藤一彦
https://college.coeteco.jp/live/5ynjcwnr
I「具体と抽象」川野里子
https://college.coeteco.jp/live/8qz4ck96
J「ユーモアの歌」花山多佳子
https://college.coeteco.jp/live/5ynjc0dk
K「細部の大切さ」高野公彦
https://college.coeteco.jp/live/5j0ycyx7
よろしくお願いします!
2025年09月30日
雑詠(054)
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「本を読む」ではなく「本のある」暮らしなんだ本屋の壁に貼られて
女生徒の細きからだは四人掛けボックス席に五人で座る
ぬいぐるみぶら下げぬこと許されずこの子もその子もかばんに吊るす
漢文に和臭といえる弊あるは、ああジャパニーズイングリッシュのごとし
最後まで耳はと焼き場のひとが言うお声を掛けてくださいと言う
死ののちを輪切りにされて菜の花とともにパスタにのるアオリイカ
鹿の糞見つけるたびに駆け寄ってうんこうんこと子らは喜ぶ
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「本を読む」ではなく「本のある」暮らしなんだ本屋の壁に貼られて
女生徒の細きからだは四人掛けボックス席に五人で座る
ぬいぐるみぶら下げぬこと許されずこの子もその子もかばんに吊るす
漢文に和臭といえる弊あるは、ああジャパニーズイングリッシュのごとし
最後まで耳はと焼き場のひとが言うお声を掛けてくださいと言う
死ののちを輪切りにされて菜の花とともにパスタにのるアオリイカ
鹿の糞見つけるたびに駆け寄ってうんこうんこと子らは喜ぶ
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2025年09月29日
「あなたを想う恋の歌」作品募集中
今年も「あなたを想う恋のうた」の審査員を務めます。
https://www.manyounosato.com/
現在、作品を募集中です。
投稿料は無料で、最優秀賞は10万円!
締切は10月31日(消印有効)。
たくさんのご応募お待ちしております。
2025年09月28日
上川涼子歌集『水と自由』
昨年、第12回現代短歌社賞を受賞した作者の第1歌集。
2016年から2025年までの作品342首を収めている。
たどりつくべき港などなきゆゑに鋏は紙をしづかにすすむ
景物はぬれて映れりみづうすく張りてひらける人の眼に
活版が紙を彫(ゑ)りたる稜を撫でいまゆつくりと詩行へと入る
夢に会ひし人とうつつの週末に会ふ約束をLINEに交はす
日が永くなつたことなど話したり小籠包をれんげに寄せて
火と紙と互ひを奪ひ合ひながらともに喪ふのちのしづもり
肌の上に青く重なる薄絹をとどろきののち雷(らい)と知りたり
花の名の書かれし札をひとつづつみな確かめて蜂のごとしも
繰りかへす日々をしづかに引き受けて烏賊の甲ほど薄き石鹸
上映のさなかに人は銀幕という布を見てゐることを忘れて
欲望のかげりなきまで眩しきに茄子、茗荷など並ぶコンビニ
横顔にマスクの紐を牽きながら御者のごとくに人の耳あり
いづれ去る身体にあればこの日々を苛む湿疹さへも野の花
あなたより一回多く振りかへる帰路のこの平凡なさみしさ
白き陶器をゆまりのながれみづのながれひとりのための泉をとぢる
1首目、水脈を引いて進む船に見立てたのが鮮やかでしかも美しい。
2首目、初二句に発見がある。実際の景物とは違う見え方なのかも。
3首目、活版印刷の凹凸の手触りも詩の味わいの一部になっている。
4首目、夢と現実が反転したみたい。LINEの世界はその中間かも。
5首目、下句の細かな描写がよく効いている。いかにも短歌な感じ。
6首目、一般的には火が紙を燃やすと捉える場面。見え方が変わる。
7首目、「薄絹」と表現したことで青白い稲光に手触りが生まれた。
8首目、花屋に並ぶ様々な花を蜂になって順々にめぐっている気分。
9首目、「烏賊の甲ほど」が抜群の比喩。半透明の色合いも浮かぶ。
10首目、映画が始まるまではあったスクリーンが意識から消える。
11首目、資本主義的な欲望とはちょっと雰囲気の異なる野菜たち。
12首目、何とも個性的な比喩。人間の顔が馬や馬車になった感じ。
13首目、生きている間だけの仮の宿と思うと少し気分も軽くなる。
14首目、最後は振り向いてくれなかった相手の背中を見送るだけ。
15首目、排泄の場面だが美しい。デュシャンの「泉」を想起する。
2025年8月27日、現代短歌社、2500円。
2025年09月27日
短歌研究四賞授賞式
昨日は17:00から講談社で開催された「短歌研究四賞授賞式」に参加した。
授賞式の後は立食パーティー。
久しぶりにいろいろな方と話をして楽しかった。
その後、20:45頃から飯田橋の居酒屋で二次会。
こちらは若い人が多く賑やか。
22:00過ぎに一足早く失礼して、22:40池袋発の夜行バスに乗り込む。けっこうギリギリだった。
今朝5:25に京都駅に到着。
始発の奈良線に乗って帰ってきたところ。
今日は午後から「みんなみんな猫の歌」の講座がある。
・第61回「短歌研究賞」 俵万智「白き父」
・第1回「定家賞」 楠誓英『薄明穹』
・第68回「短歌研究新人賞」 霧島あきら「正しい椅子」
・第1回「短歌研究評論賞」 平尾勇貴「引用と編集の詩学」
授賞式の後は立食パーティー。
久しぶりにいろいろな方と話をして楽しかった。
その後、20:45頃から飯田橋の居酒屋で二次会。
こちらは若い人が多く賑やか。
22:00過ぎに一足早く失礼して、22:40池袋発の夜行バスに乗り込む。けっこうギリギリだった。
今朝5:25に京都駅に到着。
始発の奈良線に乗って帰ってきたところ。
今日は午後から「みんなみんな猫の歌」の講座がある。
2025年09月26日
2025年09月25日
小牟田哲彦『日本鉄道廃線史』
副題は「消えた鉄路の跡を行く」。
多くの費用と歳月をかけて建設された鉄道が廃線へと至る経緯について、「戦時における廃線」「国鉄時代の赤字線廃止」「災害による廃線」「平成・令和の経営不振路線」と時代ごとに区分して記している。
現地への探訪記も多く含まれていて、単に歴史的な記録としてではなく、まさに現在の問題として鉄道の廃線を考える姿勢が明確になっている。
高千穂鉄道が先例(?)となったのか、大規模な自然災害によって列車の運行が不可能なほどに施設が損壊したJRのローカル線が、そのまま復旧されることなく廃止される例が、近年ではさほど珍しいことではなくなった。
路線バスの運転手不足は全国的な問題となっており、「赤字の鉄道路線をバスに切り替えれば、地方の公共交通を維持しつつ経費削減にも繋がる」といった発想は、地域によっては机上の空論に近づきつつある。
長距離の大量輸送を得意とする鉄道は、本質的に旅客よりも貨物の輸送量が収支に大きく影響する。北海道新幹線の建設に伴う並行在来線問題がクローズアップされたことで、貨物輸送の盛衰が路線の存廃に大きな影響を及ぼすことが、久々に問題意識として顕在化した。
鉄道を廃棄するという作業は、陸上のインフラを限定的にしか持たないバス路線や航空路線、船舶の撤退に比べて、はるかに大きな社会的影響をもたらす。そして、いったん廃線になって線路を剝がせば、後で事情の変化があっても、再び同じ区間に線路を敷いて列車を走らせることはほぼ不可能である。
鉄道の存廃は民間企業の収支だけで判断されるべきではなく、地域の活性化や移動の自由といった点も含め、国の交通政策全体のなかで考えていくべき課題なのだろう。
2024年6月25日、中公新書、1050円。
2025年09月24日
佐藤卓己『大衆はどう国民化されたのか』
歴史総合パートナーズ18。
副題は「世論メディア史」。
このシリーズを読むのはこれで7冊目だが、どれも良書ばかり。
近代の国民国家が政治参加などの民主主義を通じて大衆を国民化し、輿論(public opinion)が世論(popular sentiments)へと変貌していく過程を経て、やがてファシズムを生み出すまでの流れを解き明かしている。
今日ではほとんどの歴史教科書でナチズムは「国民社会主義」と訳されていますが、第二次世界大戦後は長らく「国家社会主義」と誤訳されてきました。その理由は、戦後日本ではナショナリズムを「悪しき国家主義」と「善なる国民主義」に訳し分ける習慣が成立していたためです。
敵性語の駆逐は第一次世界大戦時の英語圏でまず始まりました。アメリカではドイツ語由来のフランクフルトが「ホット・ドッグ」、ハンバーガーが「リバティ・サンドイッチ」と言い換えられました。
1913年の憲政擁護運動や1918年の米騒動で街頭を埋めた「進歩的」民衆と、1923年の大震災後に朝鮮人を虐殺した「反動的」民衆はまったく異なる人々ではありません。一方を国家権力に抵抗する階級的前衛として、他方を国家権力に騙された被害者として描く民衆史観には大きな問題があります。
女性や労働者階級まで含めて国民を総動員あるいは総参加させるために、交戦各国は社会保障などを通じて個人の家庭生活にまで直接介入し始めます。皮肉にも戦争国家warfare stateから福祉国家welfare stateは生まれました。日本でも総力戦となる日中戦争(1937〜1945年)が始まった翌年、1938年に厚生省が設置されます。
アメリカにおけるマスコミュニケーションは、ナチ・プロパガンダに対抗する自らのプロパガンダを指す言葉でした。つまり、それはプロパガンダの代替語です。
メディアを通じた情報・宣伝によって大衆の国民化が進められ、世論のうねりが形成されていく様子は、もちろん第二次世界大戦時の話だけでなく現代にも通ずるものだ。
先の選挙で「参政党」という政治参加を掲げる政党がSNSなどを巧みに使って大きく躍進したのも、何ら不思議なことではなく、遠くこうした文脈で理解できることなのだろう。
民衆は善、為政者は悪といふあつけなき前提にすがり寄り来ぬ
/小池光『静物』
2025年3月22日、清水書院、1000円。










