2025年09月17日

本田一弘歌集『あらがね』

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2014年から18年までの作品421首と長歌1首を収めた第4歌集。
生まれ育った福島県や会津へ寄せる強い思いが印象に残る。

いはしろの会津高田の梅の実に月さすあをきみなづきのよる
いくさより百四十六年、夕光が十六橋のからだを蔵(つつ)む
ふくしまの空気を吸つて熟(みの)りたるあかつきといふ桃のゐさらひ
除染土を入れた三百十四の袋が雨に流されにけり
ウェールズ語喋る罰とぞ子の首に掛けられてゐしWelsh Not
いにしへの楢葉(ならは)標葉(しねは)の名も遠き双葉高校募集停止す
都よりみれば東北 東にも北にもあらぬわがうぶすなよ
しろたへの手があらはれて苗といふあをきいのちを植ゑにけるかも
教職員人事評価のなき猫は道の真中に背中をこする
くるまみな路肩に寄りて真んなかを救急車ゆく雪のゆふぐれ

1首目、岩代は福島県西部の旧国名。月光を受けた梅の実が美しい。
2首目、戊辰戦争の激戦地。会津の人には忘れられない戦いの記憶。
3首目、福島を代表する桃の品種。結句に形状と愛情が感じられる。
4首目、具体的な数詞が効いている。何ともやるせない思いが滲む。
5首目、日本にも方言札があった。中央と地方の格差や差別の歴史。
6首目、旧制中学以来の伝統ある高校が原発事故の影響により休校。
7首目、「東北」という言葉が中央からの見方を如実に表している。
8首目、美しい田植えの光景。白秋の「大きなる手が」を思わせる。
9首目、教員をしている作者。猫は気楽でいいなあと思うのだろう。
10首目、路肩の雪に乗り上げるようにして道路を空けているのだ。

2018年5月28日、ながらみ書房、2500円。

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2025年09月16日

講座「みんなみんな猫の歌」

9月27日(土)に朝日カルチャーセンターくずは教室&オンラインで、「みんなみんな猫の歌」という講座を行います。

近代以降に詠まれた猫の秀歌を鑑賞するとともに、受講される方々の猫の歌にもコメントします。

【教室受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8017358

【オンライン受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8017359

見逃し配信もありますので、猫好きの方はもちろん、そうでない方もどうぞお気軽にご参加ください。
よろしくお願いします!

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2025年09月15日

第21回別邸歌会

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昨日は三重県桑名市の「六華苑」で第21回別邸歌会を行った。

関西以外では初めての開催ということで参加者が少ないかもしれないと心配したのだけれど、まったくそんなことはなく、18名の賑やかな会になった。


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地元桑名にお住まいのご年配の方が娘さん同伴で参加してくださったのが嬉しかった。歌会は歌を通じて仲間ができる場であるとともに、一期一会の場でもある。桑名で開催した甲斐があったと思う。

次回の別邸歌会は11月16日(日)、奈良県の「生駒ふるさとミュージアム」で行います。

posted by 松村正直 at 22:47| Comment(0) | 歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月14日

桑名へ

別邸歌会のため桑名へ行ってきます。

普通列車で行くと京都〜桑名は1980円。
安くない?

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2025年09月13日

小川格『至高の近代建築』


副題は「明治・大正・昭和 人と建物の物語」。

明治から昭和戦前までの約80年間に建てられた全国32の建築を取り上げて紹介した本。

明治時代が終わって、大正時代になると、「文明」から「文化」へと時代の空気が変わっていった。国家や産業のための建築から市民のための建築へと関心が移っていった。(旧国立駅舎)
仏教に起源はインドにある。たまたま中国を経由して日本に伝来したため、日本の仏教寺院は中国の建築様式になっているが、元をたどればインドの建築様式でもおかしくない。(築地本願寺本堂)

読書はタイミングと流れが大事だと思っている。7月に唐津を訪れて辰野金吾に興味を持ち、門井慶喜『東京、はじまる』を読んだ。東京駅を設計する辰野の姿を描いた小説だ。

そして、今回はこの本。もちろん東京駅も載っている。

肥前唐津藩の下級武士の貧しい家の生まれながら、幸運にも東京に出て、出来たばかりの工部省工学寮に入学。秀才ではなかったが、強い意思と努力によって頭角を現し、最優秀で卒業すると、ロンドンへの三年間の留学と設計事務所での実務経験を経て、日本最初の建築家として帰国、工部大学校の主任教授となった。

もちろん、辰野の師であったジョサイア・コンドルの建築も取り上げられている。(旧岩崎邸、六華苑、清泉女子大学本館)

コンドルは工部大学校造家学科で多くの人材を育て、それまで日本になかった「建築家」という仕事とその生き方を示した。また、教え子の辰野金吾が教授に就任するにあたって三一歳で学校を解雇されても日本に留まり、傾倒していた日本文化を学び続け、次々に著書を著して欧米に紹介した。

そして明日は、いよいよコンドル設計の六華苑(桑名市)で歌会だ。
う〜ん、完璧な流れではないか。

2025年2月20日、新潮新書、880円。

posted by 松村正直 at 21:04| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渡英子『メロディアの笛U 白秋の昭和』

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『メロディアの笛 白秋とその時代』(2011年)の続篇。
「短歌往来」2016年1月号から3年間連載した文章に訂正、加筆したもの。

関東大震災、飛翔吟、前田夕暮・島木赤彦・斎藤茂吉との関係、「日光」創刊、鈴木三重吉や山田耕筰との関わり、戦争観、「多磨」創刊、薄明吟など、大正の終わりから昭和17年の死に至るまでの白秋の軌跡を描いている。

「本書は短歌を中心に同時期の詩や童謡、歌謡などの他のジャンルの作品も視野に入れて書くことを念頭に置いた」とあとがきにある通り、「歌人」という枠組みに収まらない国民詩人であった白秋の生涯が浮かび上がってくる。

白秋は、現実を描写して記録するという行き方を選ばず、大震災という大きな悲傷を背負わざるを得なかった時代感情を引き受けて童謡「からたちの花」を書いたのである。
赤彦による「アララギ」の編集経営が軌道にのり、歌壇の交流よりも根岸派の伝統路線を選んだ赤彦の標的となったのが白秋と夕暮であったのである。
郷土の言葉とは異なった標準日本語を用いて、西洋の楽曲の音階を習得させる唱歌教育に対する嫌悪感が、やがて童謡創作へと白秋をむかわせてゆくのである。
プロの文士として愛国歌謡や童謡の委嘱に応えねばならない立場にあった白秋にとって短歌は自由に心を遊ばせることのできる唯一無二の表現となっていたのである。

白秋は昭和10年に「多磨」を創刊し、「五十七年の生涯の最後の七年を歌人として生き、詩業の集大成に短歌を選んだ」。それは白秋にとって大きな意味を持っただけでなく、歌壇にとっても大きな出来事だったと言っていい。

「多磨」は多くの歌人を育てたのち昭和27年に終刊するが、その流れは宮柊二の「コスモス」や木俣修の「形成」などに受け継がれ、現在まで続いている。

2025年3月1日、ながらみ書房、2700円。

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2025年09月11日

『について』の書評など

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5月に刊行した第6歌集『について』の書評が雑誌などに載り始めています。

・恒成美代子「暦日夕焼け通信」
 http://rekijitsu.cocolog-nifty.com/blog/2025/05/index.html
・山名聡美「note」
 https://note.com/satomiyamana/n/n291d26c094b5

・俵万智「新々句歌歳時記」(「週刊新潮」2025年7月3日号)
  「お父さん」ではなく「お義父さん」だろう電車にすわる
  男女の会話
・長谷川櫂「四季」(「読売新聞」2025年8月25日)
  黒蟻に集(たか)られているクワガタのどんな結末もわれは諾う
・東直子「短歌の杜」(「婦人画報」2025年10月号)
  沿わせつつ刃を動かせば親指はすでにあじわう梨の甘みを
 https://www.fujingaho.jp/culture/column-essay/a68029254/higashinaoko-250928/

・門脇篤史「選択肢のひとつ」(「現代短歌新聞」2025年8月号)
・山本まとも「土地の記憶へ」(「短歌研究」2025年9・10月号)

歌集『について』は版元の現代短歌社で販売中です。
(メール・電話・オンラインショップから購入できます)
http://gendaitanka.jp/book/kashu/123/

また、アマゾンや一部の書店などでも販売しておりますので、どうぞよろしくお願いします!

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2025年09月10日

門井慶喜『東京、はじまる』


赤煉瓦の東京駅をつくった「日本近代建築の父」辰野金吾(1854‐1919)の生涯を描いた小説。

読書はタイミングと流れが大切だと思っている。7月に唐津に行って旧唐津銀行(辰野金吾記念館)を見てきたこともあり、唐津に生まれ育った辰野のことが気になっていた。

(片山)東熊のこういう早耳は、肥前唐津藩という旧佐幕組、つまり維新の負け組の出身である(辰野)金吾や(曽禰)達蔵には逆立ちしても得られぬものだった。
おそらく日本初の民間の建築事務所であろう辰野建築事務所は、このようにして誕生した。日本に職業としての「建築家」が誕生した、その瞬間ともいえる。
金吾はおなじ日本銀行でも、本店と大阪支店はドイツ式でやったが、その後の名古屋支店、および京都支店はクイーン・アンでやっている。

師のジョサイア・コンドルとの関係や同じ唐津出身で工部大学校造家学科(現在の東京大学工学部建築学科)でも同期(一期生)であった曽禰達蔵との友情、明治から大正への時代の移り変わりなどが鮮やかに描かれている。

辰野は国会議事堂の設計にも意欲を持っていたが、果たすことなく64歳で亡くなる。その死因がスペイン風邪だったことを、この本で初めて知った。

近代建築界の「大ボス」みたいな人。イメージとしては、俳句の高浜虚子、短歌の土屋文明、将棋の大山康晴みたいな感じかな。時代は違うけれど。

「大ボス」がいるというのは、良くも悪くもそのジャンルにとって大事なことだと思う。

2023年4月10日、文春文庫、910円。

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2025年09月09日

『戦争は女の顔をしていない』のつづきのつづき

繰り返しになるけれど、この本は「過去のもの」ではない。

本に出てくる地名は、チェリャビンスク(ロシア)、クラスノダール(ロシア)、クールスク(ロシア)、ミンスク(ベラルーシ)、ジトーミル(ウクライナ)、キエフ(ウクライナ)、クリミヤ(ウクライナ、ロシア実効支配中)など、当時のソ連西部の諸都市である。

現在、ウクライナとロシアは戦争中で、ベラルーシはロシアと同盟関係にある。ウクライナとロシアの戦争を考える際にも、独ソ戦の歴史は踏まえておく必要があるだろう。

また、訳者のあとがきには、次のような記載もある。

「アレクシエーヴィチの真実など我々には不用だ。外国で著書を出版し祖国を中傷して金をもらっているのだ」と彼女を外国に身売りをした裏切り者と非難するルカシェンコ大統領が統治するベラルーシでは、ここ十年以上彼女の本は出版されていない。

2001年以降、弾圧を避けて西欧で暮らしていたアレクシエーヴィチは2011年にベラルーシに帰国したものの、2020年に病気の治療のためドイツへ出国し現在も事実上の亡命生活を余儀なくされている。

この本に出てくる人々にとっても、この本を書いた著者にとっても、事態はまだ現在進行形で続いているのである。

〈スヴェト〉は光だ光を捕えろとスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ 光へ
/貝澤駿一『ダニー・ボーイ』(2025)

posted by 松村正直 at 07:58| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月08日

『戦争は女の顔をしていない』のつづき

この本を読んで痛切に感じたのは、これが「遠い国の昔々の話」ではないということだ。

仲間の中に無線通信兵がいて、彼女は最近赤ちゃんを産んだばかりだった。赤ちゃんはおなかを空かせていて、おっぱいをほしがった。(…)赤ちゃんの声が聞こえれば全員が死ぬことになる。三十人全員が。おわかりでしょう?(…)母親は自分で思い当たった。布きれに包んだ赤ちゃんを水の中に沈めて、長いこと押さえていた。
連れて逃げる負傷者、置いて行く負傷者……。自動車が足りない。せかされる。「残したまま、逃げなさい」逃げようとするけれど、負傷者たちがじっと見送っている。その眼はすべてを語っているんです。あきらめ、恨み、悲しみ、「兄弟たち! 頼む! ドイツ軍が来るのに置き去りにしないでくれ。撃ち殺して行ってくれ」と。
(夫は)元捕虜という烙印を押されたの。(…)軍隊の弾丸はたちまち尽きてしまい、戦うのもやっと、自殺に残すどころじゃない。彼は足を負傷して、捕虜になった。(…)「ソ連の将校は降伏しない、わが国で捕虜になった者はいない、生き残った者は裏切り者だ」、同志スターリンはそう言って、捕虜になっていた自分の息子を拒絶したほど。
私たちの指揮官のところに五人のドイツ娘がやって来たの。みんな泣いていたわ……産婦人科が検査して、その子たちはあそこに引き裂いたようなけがをしていた。パンツが血だらけだった……その娘さんたちは一晩中暴行されたの。兵隊たちが行列していた……

こうした証言を読むと、沖縄戦や満州からの引き揚げや日本軍の占領した町で起きた出来事などを思い出す。それらはこれまで旧日本軍の特殊性のように語られることが多かったけれど、実はそうではない。

戦地では赤子は殺され、負傷兵は置き去りにされ、捕虜は存在を否定され、婦女は暴行を受ける。こうしたことは、どこの国でもいつの時代でも起き得ることなのだ。(だからと言って、もちろん旧日本軍の行為を免罪するものではない)

軍隊や戦争とは常にそういうものだと認識することによって初めて、私たちは現在起きている戦争やこれから起きる戦争について正しく考察することができる。

この本は第二次世界大戦下の独ソ戦の証言集であるけれど、戦争と個人についての普遍性もあわせ持つ内容になっていると思う。

posted by 松村正直 at 09:23| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月07日

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』


この1週間この本を読み続けて、ずっと暗い気分になっていた。
すごい本。まさに圧倒的な内容だ。

2015年にノーベル文学賞を受賞した著者のデビュー作。
三浦みどり訳。

ベラルーシ人の父とウクライナ人の母を持つ著者が、第二次世界大戦に従軍した女性たち500名以上から聞き取りを行って記した本。これまであまり表に出てこなかった女性の体験した戦争の実態が生々しく描かれている。

母の父親であるウクライナ人の祖父は戦死して、ハンガリーのどこかに葬られており、ベラルーシ人の祖父、つまり、父の母親はパルチザン活動に加わり、チフスで亡くなっている。その息子のうち二人は戦争が始まったばかりの数ヶ月で行方不明となり、三人兄弟の一人だけが戻って来た。それがわたしの父だ。

このように、著者の生い立ちにも戦争は深く関わっている。

大木毅『独ソ戦』に克明に記されている通り、ドイツとソ連の戦いは想像を絶する激しさだった。現在のウクライナやベラルーシはドイツ軍の進撃に蹂躙され、占領され、無数の死傷者を出した。
https://matsutanka.seesaa.net/article/482885876.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/482900345.html

そして多くの10代や20代の若いソ連の女性が従軍し、狙撃兵や通信兵、機関銃兵、飛行士、電信係、射撃手、軍医、看護婦、衛生指導員、斥候として戦った。

また料理係や洗濯係、パン焼き係、運送係などを務めた女性もいる。さらに、占領下でパルチザンや地下活動家になった女性など、一人一人の証言が細かく書き留められている。

「勇気を称える」メダルをもらったのが十九歳。すっかり髪が白くなったのが十九歳。最後の戦いで両肺を撃ち抜かれ、二つ目の弾丸が脊椎骨の間を貫通し、私の両脚が麻痺して戦死したとみなされたのが十九歳でした。十九歳の時に……(ナヂェージダ・ワシリーエヴナ・アニシモワ)
せめて一日でいいから戦争のない日を過ごしたい。戦争のことを思い出さない日を。せめて一日でいいから……(オリガ・ワシリーエヴナ・ポドヴィシェンスカヤ)
祖国でどんな迎え方をされたか? 涙なしでは語れません……四十年もたったけど、まだほほが熱くなるわ。男たちは黙っていたけれど、女たちは? 女たちはこう言ったんです。「あんたたちが戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主と懇ろになってたんだろ。戦地のあばずれ、戦争の雌犬め……」あるとあらゆる侮辱を受けました……。(クラヴヂア・S)

戦争は勝利という結果に終わったけれども、彼女たちは身体や心に深い傷を負った。さらに、戦後になると従軍していた女性たちは一転して激しい差別にさらされることになる。

こうした戦争の負の側面は、戦勝国ソ連の歴史において長らく伏せられ、隠され、語られることのないものだった。それを長い時間をかけて取材し、発掘し、記録した著者の功績は大きい。

2016年2月16日第1刷、2022年4月15日第14刷。
岩波現代文庫、1400円。

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2025年09月06日

N学短歌plus

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NHK学園のサブスク講座「N学短歌plus」は毎月1回行われるライブ講座に参加できるほか、過去に行われたライブ講座のアーカイブ視聴もできます。

さらに、宇多喜代子と永田和宏の対談「今、大切なこと〜コロナの時代に」や尾崎左永子の講演「定型律ということ」、栗木京子と佐佐木定綱とカン・ハンナの鼎談「連作で詠む短歌の世界」といった数々の動画も視聴できるとてもお得な内容になっています。

ライブ講座では藤島秀憲さん、富田睦子さんと私の3人で、「今月のプラス(特集)」「添削コーナー」「質問コーナー」など、受講生のご意見も聞いたりしながら話をしています。

これまで行ってきた特集「結句」「連作レシピ」「あえて字余り、あえて字足らず」などのミニ動画が YouTubeで公開されています。数分から10分程度で見られるものばかりですので、ぜひ一度ご覧になってみてください。

https://www.n-gaku.jp/life/topics/9544

次回のライブ講座は10月1日(水)。特集は「松村正直歌集『について』を読む」です。現在、添削希望の歌や短歌に関する質問のほか、『について』の好きな歌の投稿を募集中です。締切は9月17日ですので、お申込みよろしくお願いします!

https://college.coeteco.jp/bundles/b8arse6P

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2025年09月05日

鼎談「塚本邦雄・岡井隆・寺山修司の前衛短歌運動を語る」

10:30から神戸市東灘区文化センターで住吉カルチャー。初参加の方もいて17名。前半は阿木津英『草一葉』を取り上げて話をし、後半はみなさんの歌の批評・添削をする。12:30終了。

13:00から同じ場所で第93回フレンテ歌会、参加者は16名。ふだんは題詠1首、自由詠1首という形でやっているのだが、今日は2首連作という初めての試みを行った。

2首連作と言っても、対になるような2首もあれば、時系列で並んでいる2首、具体と抽象で並ぶ2首、まったく別の場面を取り合わせた2首などいろいろある。

歌が2首ならぶと、歌と歌のあいだに間(ま)が生じる。歌を読むだけでなく、2首の距離感や間(ま)の意味をどう読むかなど、いろいろな要素が加わって実に面白かった。17:00終了。

その後、有志8名で大阪まで移動。18:30から梅田蔦屋書店で開催された大辻隆弘、藤原龍一郎、林和清の3氏による特別鼎談「塚本邦雄・岡井隆・寺山修司の前衛短歌運動を語る」を聴く。

これが素晴らしい内容だった。

それぞれの語りが絶妙で、塚本・岡井・寺山の関係や個性の違い、短歌観などがよくわかった。鼎談する3名の背後に塚本・岡井・寺山の姿が見えてくるようだった。

・林和清『塚本邦雄の百首』
https://matsutanka.seesaa.net/article/516961786.html
・大辻隆弘『岡井隆の百首』
https://matsutanka.seesaa.net/article/502010484.html
・藤原隆一郎『寺山修司の百首』
https://matsutanka.seesaa.net/article/499431267.html

それぞれの歌人に対する3名の強い敬愛や情熱が溢れるように伝わってきて、短歌という世界の良さをあらためて実感した。

20:00終了。

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2025年09月04日

講座「みんなみんな猫の歌」

9月27日(土)に朝日カルチャーセンターくずは教室&オンラインで、「みんなみんな猫の歌」という講座を行います。

近代以降に詠まれた猫の短歌を読み解くとともに、受講生の方々の作品から優秀作を取り上げて紹介します。

【教室受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8017358

【オンライン受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8017359

猫好きの方も、そうでない方も、どうぞご参加ください。
よろしくお願いします!

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2025年09月03日

『古寺巡礼』の続き

『古寺巡礼』を読むと、まだ観光地化される前の奈良の寺の様子がよくわかる。境内は荒れ、堂内には埃が溜まり、人の気配は少ない。

小さい裏門をはいると、そこに講堂がある。埃まみれの扉が壊れかかっている。古びた池の向こうには金堂の背面が廃屋のような姿を見せている。まわりの広場は雑草の繁るにまかせてあって、いかにも荒廃した古寺らしい気分を味わわせる。

大正7年の薬師寺の様子である。多くの建物が再建され白鳳期の伽藍が復興した現在とはまるで違う光景だ。

一方で、法隆寺金堂壁画の話なども出てくる。

この画こそは東洋絵画の絶頂である。剥落はずいぶんひどいが、その白い剥落面さえもこの画の新鮮な生き生きとした味を助けている。この画の前にあってはもうなにも考えるには及ばない。なんにも補う必要はない。ただながめて酔うのみである。

絶賛と言っていいだろう。けれども、この壁画は昭和24年に焼損してしまって今はもう見ることができない。

以下、雑学的な話を2つ。

恐らくそれは西域が特に仏教的であって、シヴァやインドラの快楽を憧憬するインド教に侵されていなかったからであろう。

こんなふうに、「インド教」という言葉が何度か出てくる。ヒンドゥー教のことである。調べてみると、インドもヒンドゥーもともに語源はサンスクリット語の「シンドゥ」Sindhu(川、インダス川)なので、インド教という言い方も成り立つわけだ。

こんな話をきいているうちに汽車は丹波市を通った。天理教の本場で、大きい会堂らしい建物が、変に陰鬱な感じを与えるほど、立ちならんでいる。

「丹波市」とあってびっくりする。丹波市(たんばし)と言えば、兵庫県の山間にある市だ。それがどうして奈良の話に出てくるのだろう?

これも調べてみてわかった。昭和29年に天理市ができるまで、丹波市町(たんばいちちょう)という自治体があったのだ。和辻の書いているのは、その丹波市(たんばいち)だったというわけである。

おもしろいな。

posted by 松村正直 at 22:04| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月02日

和辻哲郎『古寺巡礼』


1918(大正7)年に29歳の著者が奈良を訪れて書いた紀行文。

新薬師寺、浄瑠璃寺、東大寺、奈良博物館、唐招提寺、法華寺、薬師寺、当麻寺、法隆寺、中宮寺などが登場する。単なるガイドブックではなく、仏像や建築を見て感じたこと考えたこと想像したことが記される思索の書でもある。

西洋の風呂は事務的で、日本の風呂は享楽的だ。西洋風呂はただ体のあかを洗い落とす設備に過ぎないので、言わば便所と同様の意味のものであるが、日本の風呂は湯の肌ざわりや熱さの具合や湯のあとのさわやかな心持ちや、あるいは陶然とした気分などを味わう場所である。
写実はあらゆる造形美術の地盤として動かし難いと思う。しかしこの写実は、写真によって代表せられるような平板なものではない。それは作者の性格を透過し来たることによってあらゆる種類の変化を示現し得るような、自由な、「芸術家の眼の作用」を指すのである。
固有の日本人の「創意」などにこだわる必要はない。天平の文化が外国人の共働によってできたとしても、その外国人がまたわれわれの祖先となった以上は、祖先の文化である点において変わりはない。
いい芸術はまず第一にそれを求むる者の自由な享受を目ざして処置せらるべきである。それでこそ初めてその芸術の人類的な性質が妨げられることなく現われて来るのである。そのためにはこの種の画は常に陳列せられていなくてはならぬ。

仏像や建築を通して和辻は日本文化の成り立ちや源流を考える。ギリシア、ヘレニズム、インド、中国、朝鮮から何がどのように伝わり、どのように変化し、日本の文化が生まれたのか。

現物を観察しての直感と大胆な想像力が繰り広げる歴史の物語は、100年以上経った今も魅力を失っていない。大正という時代の持っていた自由な空気が、この本からは感じられる。

私もまた奈良へ行ってみることにしよう。

1979年3月16日第1刷、2009年4月8日第54刷改版。
岩波文庫、760円。

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2025年09月01日

映画「リンダ リンダ リンダ」

監督:山下敦弘
出演:ペ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織ほか。

2005年公開作品。
20周年記念で4Kデジタルリマスター版が上映されている。

文化祭でバンド演奏することになった女子高生4人組の物語。学校だけでなく家の中の様子なども丁寧に描かれているのが良かった。

同じくらいの時期に公開された「スィングガールズ」(2004年)を思い出したりした。

まだ頭の中に THE BLUE HEARTS が流れ続けている。

MOVIX京都、114分。

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2025年08月31日

雑詠(053)

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きれいにしておくことが仕事である人の肌つやつやと夏陽をはじく
やわらかく閉じ込められて枇杷ねむる半透明のゼリーのなかに
茶も菊も本も音読み積み込まれ波しぶき立つ海をわたって
反省する者のごとくに牛タンをひとひらふたひら金網に焼く
うす暗き物置小屋にしまわれた斧にも釜にも父がいること
浴槽のお湯抜くように減ってゆく命か最後は遅々としながら
ふた親の死にも泣かずに頭まで水風呂にもぐる夏の盛りを

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2025年08月30日

本の出版をめぐる状況

本の出版をめぐる状況が年々悪くなっている。

以前声を掛けていただいていた書籍化の話が3つあるのだが、現在どれも頓挫しかけている。担当者が変わったり出版条件が厳しくなったりして、とても出せそうにない状況だ。

ここ十日間くらい500ページに及ぶ原稿の校正をこつこつ続けているのだが、この原稿も出版の目途が立たない。

「売れる見込みのない本は出せません」というのは至極もっともなことで、出版社や担当の方に文句があるわけではない。ただ、いよいよ本格的にそういう時代になったんだなあと感じるだけである。

もちろん、これは資本主義社会の当然なのであって、詩歌をめぐる世界がこれまで甘かったと言われればそうなのだろう。

私の書く本がもっと売れるようになるといいのだけれど……。

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2025年08月29日

「今月のプラス」の切り抜き動画

NHK学園のサブスク(定額制)講座「N学短歌plus」。

月に1回のライブ講座(藤島秀憲、富田睦子、松村正直)に参加できるほか、さまざまな動画を視聴できます。月額1800円で初回登録時は30日間無料。楽しい講座なのでぜひ一度覗いてみてください。

https://college.coeteco.jp/bundles/b8arse6P

ライブ講座では一体どんなことをやっているのか? 過去の特集「今月のプラス」の切り抜き動画がYouTubeで公開されていますので、どうぞご覧ください。

「第一歌集一首目、気になる一首」(11月)
https://www.youtube.com/watch?v=RtBb_AFKRJA
「結句(自作成功例・失敗例、すごい結句)」(12月)
https://www.youtube.com/watch?v=4a7AICe8HI4
「師匠の言葉」(1月)
https://www.youtube.com/watch?v=05jX7BySEgA
「2024年ベスト歌集」(2月)
https://www.youtube.com/watch?v=r0s_RLNiK6I
「人名の入った歌」(3月)
https://www.youtube.com/watch?v=1UduWFtlxtM
「あらためて読むNHK全国短歌大会作品」(4月)
https://www.youtube.com/watch?v=8BRaa2oTQWI
「連作レシピ」(5月)
https://www.youtube.com/watch?v=cEYLfvNP-po
「あえて字余り・あえて字足らず」(6月)
https://www.youtube.com/watch?v=tOeB5ZJlGHo
「動詞がたくさん」(7月)
https://www.youtube.com/watch?v=y-PdWnKpu8U
「句切れのある歌・ない歌」(8月)
https://www.youtube.com/watch?v=GQHrfWuU-d4

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