2022年07月24日

大辻隆弘歌集『樟の窓』


副題は「短歌日記2021」。

「ふらんす堂」のホームページに2021年1月1日から12月31日まで連載された365首をまとめたもの。3月末で長年勤めた高校を定年退職し、4月から別の高校で再任用で働くという節目の年であった。

  検診
降参のかたちに諸手(もろて)さしあげて冷(さむ)きひかりの輪に斬られをり
  「新冠病毒防控対策」といふ中国語
新冠と書けばなにやら栄耀を帯びたるごとしウイルスといへど
  天皇誕生日
半ズボンより覗きたる太股のましろき頃の浩宮様
  残務処理
シュレッダーに切りきざまれし紙切れが辛夷(こぶし)の花に見ゆるたまゆら
  饅
螢烏賊のまなこ零れてゐたりけり伊万里の皿の青きおもてに
  秡川清掃ボランティア
葦の根をわけて芥をひろふとき舟べりはわが重みに傾(かし)ぐ
  コメダ川井町店
ひつそりと椅子を拭はむ人あらむ私がここを立ち去つたなら
  イオンモール明和
クリスティンどこにゐるのといふ声がフードコートに響く夕どき
  贈物
紅色のストールを肩に纏はせて旋回したり秋のあなたは
  神社掃除
冷えまさる朝の正しき陽をあびて竹箒立つ小屋の右端

1首目、CT検査を受ける場面。「降参」と「斬られ」が対応する。
2首目、新型コロナの中国語表記。イメージが全く違うものになる。
3首目、今の天皇は作者と同じ1960年生まれ。親近感があるのだ。
4首目、退職に伴う処理を行いつつ、過去の歳月を思い出している。
5首目「饅」は「ぬた」。細部の描写が色や質感を生々しく伝える。
6首目、地元の「秡川」は十数首詠まれている。身体感覚のある歌。
7首目、コロナ対策のため使い終った椅子を毎回拭くようになった。
8首目、まるで洋画のワンシーンみたいな台詞と現実の場面の落差。
9首目「旋回」という語の選びがいい。ストールがひらひらなびく。
10首目、きちんと整った場面によく合う文体や言葉を用いている。

以前より時間的なゆとりができたからだろう、名作を次々と読破している。「ジャン・クリストフ」、ゾラ「大地」、マン「ブッデンブローク家の人々」、「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」、鷗外「伊澤蘭軒」、チェーホフ「ワーニャ伯父さん」などなど。

2022年6月23日、ふらんす堂、2420円。

posted by 松村正直 at 14:54| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月22日

「軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯」

8月12日(金)19:30〜21:00に、野兎舎主催のオンラインイベント「軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯」を開催します。

https://yatosha.stores.jp/items/62d7d504dbe7441ad67fb62b

米川稔(1897-1944)は北原白秋の結社「多磨」に所属する歌人で、本業は産婦人科医。1942年に45歳で召集され、軍医としてニューギニア島の東部に渡りました。ここはマラリアや飢餓のために多くの兵が苦しみ、生存者はわずか7%であったと言われる地域です。

瀬戸物などの毀(こは)れしごとく死にてゆくこの死(しに)ざまを何とか言はむ
密林の長き夜ごろをさめやすく鼠額(ぬか)を超え蜥蜴は脛(すね)を這ふ
爆弾破片に傷(やぶ)れし病床日誌を展(の)べ戦死を誌すその二日のちに

米川はこうした生々しい作品を現地で詠み、短歌誌に次々と発表しました。そして1944年に「病衰のために行軍不能に陥り」自決したと伝えられています。

彼の残した短歌を読みながら、一個人が戦争をどのように見たのか、また戦争が個人の人生をどのように変えてしまうのかについて考えたいと思います。皆さん、ぜひご視聴ください。

posted by 松村正直 at 03:44| Comment(2) | 米川稔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月21日

林田家と林家

1977年刊行の林宏匡さんの歌集『ニムオロのうた』が文庫化され、現代短歌社から刊行された。縁があって私が「根室からウクライナまで」と題する文庫版の解説を書かせていただいた。
https://gendaitanka.thebase.in/items/64812243

作者は生後6か月の時に、産婦人科医で歌人でもあった父、林霞舟ともに樺太の真岡に渡り、戦後に引揚げて来られた方。その後、医師となり88歳の今も現役で働いている。

貨車に乗りて豊原(とよはら)目ざす難民の少年として死を覚悟せる
自動小銃の音甦る老の夢八月二十日は忌はしき日ぞ
セピア色の写眞見つめて語り合ふ故郷眞岡を奪はれし日々を
        『ホルムスクの夕日』(2016年)

70年以上が過ぎても、昭和20年のソ連軍の樺太侵攻の記憶が薄れることはない。ますます懐かしく故郷のことを思い出すのである。

林田恒利(1914‐1996)・林田恒浩(1944‐)、林霞舟(1905‐1988)・林宏匡(1934‐)は、ともに親子二代の歌人で樺太から引き揚げてきたという共通点がある。

それだけではない。林田鈴(恒浩の母、歌人)のエッセイ集『忘却のかなたから』には、こんな話が載っている。

 また真岡町の病院長である婦人科の林霞舟氏のお宅も近くにあった。真岡町には歌会等もあって、それにも私は出席したことがある。(…)私は、真岡町病院で、林院長先生より診断をいただき「おめでたです」と言われ、翌十九年夏に長男を生んだのである。

つまり、林田恒浩さんは樺太の真岡町の林霞舟の病院で生まれたのであった。

posted by 松村正直 at 07:47| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月20日

「短歌往来」2022年8月号

林田恒浩の作品「いまは異国の」33首を読む。

国境にちかき恵須取は燃ゆ戦車隊は襲ひかかれりかの夏の日に
             (恵須取・ウグレゴルスク)
三千人のロシアの兵が上陸したるふるさと眞岡 忘るるなかれ
             (眞岡・ホルムスク)
豊原まで追ひつめられて投降したり父は小さき白旗をかかげて
             (豊原・ユジノサハリンシク)

林田さんは昭和19年樺太の生まれ。ロシア軍のウクライナ侵攻を見て、昭和20年の樺太の様子を思い出しているのだ。もちろん、赤子だったので覚えているわけではないが、両親などから聞かされた話なのだろう。

「虜囚」とはとらはれ人のことなりて白夜を詠ふ 父のおもひは
日の丸を焼きし日あれば抑留のさま父はかたるなし口をふさぎて

終戦後、王子製紙に勤務していた父は3年間に及ぶ抑留生活を送る。
生き延びて家族と再会できたのは、昭和23年のことであった。

作者の父、林田恒利は「多磨」(のちに「形成」)に所属する歌人でもあった。

喚(わめ)きつつ伐採のノルマにいどみゐし童顔の兵も還るなかりし
         『火山島群』(昭和39年)
国の旗焼きてソ聯軍をむかへたる日の傷み歳月のなかに重たし
         『木香』(昭和50年)
白旗をかつてもちたる掌(てのひら)をつらぬくこゑぞ野の鵯は
老いづきてけふ病むことも抑留の日にかかはると思ひ悔しむ

3年間に及ぶ過酷な抑留と強制労働は、恒利の心と体に生涯消えることのない傷を残したのであった。

posted by 松村正直 at 18:29| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月19日

今後の予定

下記のイベント、歌会、カルチャー講座に参加します。
多くの方々とお会いできますように!

・ 7月23日(土)現代歌人集会春季大会(神戸)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/487835749.html

・ 8月 6日(土)第2回別邸歌会(京都)【満席です】

・ 8月12日(金)
  オンライン講座「軍医の見た戦争―歌人米川稔の生涯」
https://yatosha.stores.jp/items/62d7d504dbe7441ad67fb62b

・ 8月27日(土)講座「啄木日記から見た短歌」(くずは)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/488270405.html

・10月2日(日)第3回別邸歌会(滋賀)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/487756746.html

・10月16日(日)国際啄木学会2022年度秋の大会(宮城)
「大正デモクラシー期の文学と思想―啄木・晶子・作造―」
 https://takuboku.jp/seminar/452/

・10月23日(日)文学フリマ福岡
・11月26日(土)『草に追はれて』を読む会(和歌山)
・12月11日(日)第4回別邸歌会(橿原)

posted by 松村正直 at 22:08| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月18日

三浦英之『帰れない村』


副題は「福島県浪江町「DASH村」の10年」。

TOKIOが農業体験をするテレビの人気番組「DASH村」の舞台であった福島県浪江町津島地区(旧津島村)。現在も帰還困難地区(原則立入禁止)となったまま、約1400名の住民の誰ひとり帰れない状態が続く。

この本は2017年秋から2021年春にかけて、津島地区と住民百数十人に取材して、それぞれの思いを聞き取ったルポルタージュである。

国の説明会で「一〇〇年は帰れない」と言われて集落の記録誌を作った人、満蒙開拓団からの引き揚げに続いて再び家を追われた人、伝統芸能「田植え踊り」を何とか残そうと道具を新調した人、屋外での炊き出しを子どもに手伝ってもらったことを後悔し続ける人。

原発事故が一人一人の人生に与えた傷の大きさをあらためて感じる。

津島地区は原発から20キロ以上離れているため、当初、浪江町の住民の避難場所となった。けれども、実際には放射性物質は風に乗って北西に流れ、この区を広範囲にわたって汚染していたのであった。

かつての「DASH村」の今の様子は、2021年にテレビ放映された。
https://www.ntv.co.jp/dash/articles/65tqkaubaj266r2cbw.html

2022年1月25日、集英社文庫、620円。

posted by 松村正直 at 09:09| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月16日

半田カメラ『道ばた仏さんぽ』


全国各地の石仏や磨崖仏を訪ね回って紹介した本。
カラー写真252点が美しい。

半田さんと言えば巨大仏のイメージなのだけど、それだけではなかったのだ。
https://matsutanka.seesaa.net/article/474996810.html

「石仏は新しくても、古くても違った良さがあります」と記している通り、歴史的な文化財から2020年に造られたばかりのものまで、実に多彩な仏たちが登場する。

「自由さ」「優しさ」に「親密さ」を加えた3つが、石仏を語る上でのキーワードになると思います。
磨崖仏はその場に行かなければ絶対に会うことのできない仏さまなのです。
自然の中にある磨崖仏は、季節、その日の天候、時間などによって見え方が大きく変わり、仏さまの表情も刻々と変化します。
屋外にある石仏はもしかしたら明日、崩れてしまうかもしれません。(…)親と石仏はいつまでもあると思ってはいけません。

石仏・磨崖仏への愛情がものすごい。磨崖仏を「その場に行かなければ絶対に会うことのできない仏さま」と捉えているのが印象的だ。この制約がむしろ魅力になるんだろう。何しろ今は興福寺の阿修羅像だって東京に行く時代なのだから。

項目に挙げられている86の仏さんのうち、見に行ったことのあるものを数えたら全部で15体だった。まだまだ会いに行きたい仏さんがたくさんいるなあ。

瑞巌寺の三十三観音(宮城)、岩屋観音(福島)、大谷観音(栃木)、薬師瑠璃光如来(千葉)、百尺観音(千葉)、磨崖不動明王像(滋賀)、富川磨崖仏(滋賀)、わらい仏(京都)、長井の弥勒磨崖仏(京都)、笠置寺の磨崖仏(京都)、頭塔石仏(奈良)、大野寺弥勒磨崖仏(奈良)、国宝臼杵石仏(大分)、熊野磨崖仏(大分)、天念寺川中不動尊(大分)

2022年3月15日、ビジュアルだいわ文庫、1000円。
posted by 松村正直 at 23:06| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月15日

映画「チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ」

監督:北村皆雄
語り:豊川容子
監修・カムイノミ対語訳:中川裕

1986年に北海道の美幌峠で行われた「キタキツネの霊送り」の記録映像を元に編集した作品。司祭の日川善次郎エカシ(長老)が唱える祈りの言葉には、日本語訳が付けられている。

儀式の内容は、本で読んだことのある熊のイオマンテとほぼ同じだ。

前夜にアペフチカムイ(火の神)に祈りが捧げられ、歌や踊りが披露される。当日は、祭壇にイナウ(木幣)やシト(団子)、トノト(酒)が供えられ、檻から出されたキタキツネをもてなし花矢を射て遊ばせる。そして、最後に二本の丸太で首を挟んで絶命させるのだ。その後、キタキツネを解体して頭骨を飾る。

印象的だったのは、祭に参加した人々の現在の姿を取材しているところ。35年経って亡くなった人も多く、あたりの風景もずいぶんと変った。小学生だったエカシの二人の孫は、今は東京と札幌に暮らしているそうだ。

京都シネマ、105分。

posted by 松村正直 at 23:02| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月14日

『女三人のシベリア鉄道』のつづき

森まゆみ『女三人のシベリア鉄道』には、通訳や現地のロシア人との会話がよく出てくる。これが面白い。

(ウラジオストクを歩いて)車は日本の中古車が多く、「カンガルー宅配便」とか「寿し幸」「今日も笑顔と挨拶で」など日本語が車体に大書してある。日本語ってカッコ良く見えるからそのままにしてるの?「いや、消すのにヒマとお金がかかるから」というのがアリョーナの愉快な答であった。
(北方領土問題について)「これは地理の問題ではなく、政治の問題よ。昔、どこの国の領土だったかとか、誰が住んでいたかでなく、一九五六年の共同宣言でカタがついているはず。いくら歯舞・色丹が日本に近くても、あそこで長いこと魚をとっているロシア人がいる以上、政府は返すわけないわ。それにロシアは他の国ともいくつも国境を接しているから、あそこを返したら、他の国もあれ返せ、これ返せといってくるしね(…)」
(シベリア抑留について)「日本人が戦後も長く抑留されたのは気の毒だが、この前の戦争でロシアは勝った側なのに二千万人以上も死んだんだ。とくにベラルーシからモスクワの間では、ドイツ軍のせいで町の人口の九十パーセントが死んだ町もある。そのことも知ってくれ(…)」

どれもロシアの人々の考え方がわかって興味深い。別にこうした意見に賛同するわけではないのだが、相手の言い分をきちんと知っておくことは大切だ。

特に国と国の争いにおいては、報道でも自国の言い分だけが伝えられることが多いので、双方の意見をまずは知った上で考えを深めていく必要があると思う。

posted by 松村正直 at 07:58| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月13日

桑田ミサオ『おかげさまで、注文の多い笹餅屋です』


副題は「笹採りも製粉もこしあんも。年5万個をひとりで作る90歳の人生」。

著者は60歳の定年後に本格的な餅作りを始め、75歳で起業し、90歳でこの本を出された。テレビ番組で見た姿がとても印象的だったので購入。

笹の葉も自分で山に採りにいきます。1年で5万個のお餅を作れば、笹の葉だって5万枚要るわけで、これも大仕事です。私の背より高い藪にも入りますし、山では蜂が飛び出してくるので重装備です。
蒸し上がった2kgのお餅を、蒸し布ごと抱えて、平皿に広げる時も、水を入れた大きな蒸し器を抱えるのも、みんな力仕事です。(…)何よりも、奥の倉庫から27kgの米袋を、製粉機まで運んでこなければなりません。

一つ一つのお餅は小さいけれど、こうして数字で示すと大変な作業だということがよくわかる。

「人生80歳からが楽しい」とよく申し上げるのは、80歳になって、自分の中で、焦りというものがなくなったような気がするからです。(…)義務だとか、余計な考えがなくなる。それからが楽しいんです。
よく、こんな年になって新しいことを始めるなんて、という方もいます。でもどうか、自分でこれはできない、いい年してこんなことをしては恥ずかしいなどと決めつけないでください。悩んだりするくらいならば、思いきって新しいことに挑戦してみてください。

80歳からが楽しいと言われると、何だか元気が出るな。

ミサオさんは現在95歳。今も現役で笹餅を作っていらっしゃる。
http://www.superstore.co.jp/sasamochi

2018年1月22日初版、2022年6月22日第4刷発行。
小学館、1400円。

posted by 松村正直 at 23:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月12日

竹山妙子歌集『さくらを仰ぐ』

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「やまなみ」に所属し2017年に亡くなった作者の450首を収めた遺歌集。馬場昭徳さんが選歌・解説をされている。

縄跳びの子ら去りてより空地には痛みに似たる夕ひかりあり
台風に目覚めて思ふ死の前の子にさへわれは己れ守りき
五百羅漢のひとつが逝きし子に肖ると聞けど訪ねてわれのなにせむ
午後の日のあかるき峠しろじろと右も左も下り坂なる
うす紅の蕾がながき時かけてゆたかに冬の白ばらとなる
量ひくく畳に眠りゐる夫よ足の先より夕ぐれながら
草焼きし匂ひただよふ夜の路地慰められしこと腹立たし
ほとほとに他人と思ふ葛切にたつぷりと蜜からむる夫を
まこと塵になりたかりけむ掘られたる古墳の中の褐色の骨
届きたる慶良間のもづく明暗のいづれともなきものに酢を振る
石垣にうごかぬとかげ群青の背にたまものの秋の日を浴ぶ
かならず先に死ぬべき死なすべき夫と並びて見をり垂(しづ)る蛍を
足すりて夫が厠にゆく音に覚めてしみじみこの世と思ふ
つくつくしが鳴いてゐるよと難聴の夫が言ふなり鳴かせておかむ
お前が買つて来るのは何でも旨いと言ひて食べざりし死ぬ朝の豆腐

1首目「痛みに似たる」がいい。剝き出しの地面に西日が強く射す。
2首目、若くして自死した娘を思う歌。下句の悔恨が何とも痛切だ。
3首目、何をしても生き返るわけではないし、取り返しがつかない。
4首目、峠の両側が下り坂なのは当り前だが、そこに味わいがある。
5首目、蕾の時は薄紅だったのに咲くと真っ白になる。手品みたい。
6首目、下句がいい。影の加減なのだが、まるで消えていくようだ。
7首目、少し時間が経過して、帰り道に思い返して腹を立てている。
8首目、長年一緒にいても葛切の食べ方には譲れない違いがある。
9首目、発掘する側ではなく、埋葬された側の思いを想像している。
10首目、三四句がいい。光の加減で濃い緑にも淡い緑にも見える。
11首目、寒いと動きが鈍くなってしまう。まさに「たまもの」だ。
12首目、介護が必要な夫よりも先に自分が死ぬわけにはいかない。
13首目、この世とあの世の境界が薄れる中であらためて感じる生。
14首目、実際には蝉は鳴いてないのだがあえて訂正しないでおく。
15首目、夫の死を悼む歌。もう何も食べられない状態だったのだ。

亡くなった子のことは何度も繰り返し歌に詠まれている。何年経っても消えることのない悲しみと悔恨だったのだろう。

また、終りの方は介護する夫を詠んだ歌が大半を占める。大変なことも多かったに違いないが、しみじみと味わい深い内容になっている。

2022年4月30日、なんぷう堂、2000円。

posted by 松村正直 at 10:59| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月11日

森まゆみ『女三人のシベリア鉄道』


2009年に集英社から出た本の文庫化。

明治から昭和にかけてシベリア鉄道でヨーロッパに渡った三人の女性(与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子)の足跡をたどりつつ、日本からパリまでの旅をする評伝紀行。

ウラン・ウデを出てしばらくすると、突然、広い水面が見える。まさか、海のはずはない。ああ、これがバイカル湖か、と胸が躍る。青灰色の水が波立っている。琵琶湖に似ているが、どうして大きさがその比ではない。水面はなんと三時間、車窓に見えつづけた。
ダーチャというのは、ロシア人の多くが持っている簡単な建物付きの小農地である。夏の別荘と訳される場合もあるが、多くの場合、人びとは夏の間そこで畑を耕し、太陽の光を浴び、人によってはサウナ小屋の中で石を焼き、それに水をかけてサウナを楽しむ。
いったいモスクワには「何々の家(ドム)博物館」がいくつあるのだろう。そしておばあさんの解説員はどれくらいいるのだろう。どの人も威厳と学識があって、こんな人気(ひとけ)のない所に置いておくのはもったいないようだった。
東欧のどの国を歩いても、その過酷な現代史に胸をふさがれる。ナチス・ドイツが処刑しなかった活動家も、ナチスの作った調書によってリストアップされ、社会主義政権によって命を奪われたケースが多い。右であれ左であれ、全体主義は自由を求める人々を嫌う。

ソ連が解体して15年後の2006年当時のロシアの状況も随所にうかがえる。ソ連時代には否定されたロシア帝国時代のものが様々な形で復活を遂げている。

ソヴィエト時代あれほど弾圧されたロシア正教が息を吹き返し、人心をつかんでいるのは驚くほかはない。人は、とくに年老いた婦人たちは何かすがるものがなくては生きていけないのか。いや、ソヴィエト時代は「社会主義」というこの国の宗教に人々はすがっていたのだった。
スヴェルドロフスク駅。ニコライ一家を殺した町に、殺す命令を出した張本人の名がある。そのうち変わるのではないか。

作者が予想している通り、革命家スヴェルドロフスクの名が付いていた駅は、2010年に元のエカテリンブルク駅に改称されている。エカテリンブルクはエカチェリーナ1世にちなむ名前なので、革命家の名から皇帝の名に戻ったわけだ。

シベリア鉄道、一度乗ってみたいな。

与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子の短歌や小説、日記、書簡なども多く引用されていて、3人の魅力がよく伝わってくる。それぞれの作品をさらに読んでみたくなった。

2012年3月25日、集英社文庫、781円。

posted by 松村正直 at 09:46| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月10日

豊岡の街歩き

豊岡市はカバンの生産量が日本一。
柳行李から始まる長い伝統を持つ地場産業だ。


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14軒のカバン関連の店が立ち並ぶ「カバンストリート」。


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何とカバンの自動販売機まである!


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豊岡中央公園に展示されているSL。C57形11号。
1937年製造、1972年廃車。260万キロ以上走った車両とのこと。
現役で走った35年間よりも長く、もう50年ここにいることになる。


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寿ロータリー。

日本では珍しいラウンドアバウトになっていて、放射状に6本の道につながっている。地上からの写真ではよくわからないので、案内板にあった高い所からの写真も載せておこう。


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ロータリーに面した会社の建物の3階から撮影したもののようだ。
観光スポットとして開放してもらえないかな〜。


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豊岡市役所旧本庁舎。旧豊岡町役場。
1927年竣工の美しい建物が保存・活用されている。

posted by 松村正直 at 07:56| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月09日

映画「ヘィ!ティーチャーズ!」

監督:ユリア・ヴィシュネヴェッツ
出演:エカテリーナ・マモントワ、ワシリイ・ハリトノフほか
配給:豊岡劇場

モスクワの大学を出た2人の新人教師が、地方都市の学校に赴任して過ごす一年間のドキュメンタリー。理想と現実の差に悩みながら、生徒と過ごす日々が描かれる。

ドラマだと思って見たのだが、パンフレットを読むとドキュメンタリーであった。生徒たちが時おりカメラに向かって喋ったりしていたのは、そのためだったのか。

ロシアの教育現場の抱える様々な問題が見えてくる作品だ。


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豊岡劇場は1927年に芝居小屋として開業した古い歴史を持つ。残念ながら8月末での休館が決まっているので、その前にぜひ訪れたいと思ってやって来た。

今後も応援していきたい。

豊岡劇場、90分。
posted by 松村正直 at 21:32| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月08日

青年団「ソウル市民」

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兵庫県豊岡市の江原河畔劇場へ青年団第94回公演「ソウル市民」を観に行く。作・演出:平田オリザ。


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1989年初演で現代口語演劇の出発点となった作品だが、見るのは今回が初めて。

舞台は日韓併合の前年にあたる1909年夏のソウル。商店を経営する日本人一家の一日を通じて、植民地支配の構造を描き出している。

家族、使用人、朝鮮人の使用人、近所に住む夫婦など、多くの人物が登場するが、会話の内容や挨拶の仕方、椅子に座るかどうかといったことで、それぞれの関係や身分などが自然と理解できるようになっている。

人の話し方や話す内容といったものは、実は相手との関係性によって決まっているのだということがよくわかる。

文学談議の中で、雑誌「スバル」掲載の石川啄木の短歌も出てきたのには驚いた。〈この頃は絶交状をふところに入れておく故わが心安し〉という一首。歌集には載っておらず一般にはあまり知られていない作品だ。

国と国の関係ということではロシアとウクライナの情勢のことも思われるし、この年の秋に暗殺される伊藤博文の話も出てきて、歴史と現在との交錯を感じさせられた。

posted by 松村正直 at 23:18| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月06日

円満字洋介『京都まち遺産探偵』


建築探偵として活躍する著者が、京都に残る「古橋」「木彫動物」「紋章」「狛犬」「タイル」「看板」などを取り上げて紹介・解説した本。カラー写真が豊富で眺めているだけで楽しい。

むかしは借家に風呂がなかったので、銭湯の存在はその地域が借家街であることを示す。
古い石垣のうち不安定なものは長年の間に地震で崩れてしまう。だから残っている石垣は、安定した良い石垣だけだということになる。
ウサギや鶴が陰陽のセットになるとき、右のような(⊂と―:松村注)構図が多い。わたしは向って左を「振り向き」、右を「追っかけ」と呼んでいる。

私がふだんよく通る道の近くにも名品が数多くあるようだ。今度探しに行ってみよう。

2013年4月2日、淡交社、1600円。

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2022年07月05日

映画「私のはなし 部落のはなし」

監督:満若勇咲
プロデューサー:大島新

部落差別の起源や歴史、現在の状況などを描いたドキュメンタリー。長い時間をかけ、多くの関係者に取材やインタビューをして、差別が生み出される構造や根深さを浮かび上がらせている。

休憩を挟んで3時間25分もある作品だが、編集が行き届いていて長いとは感じない。元になった映像はこの何百倍もあるのだろう。

このドキュメンタリーの優れている点は、対立する人々や立場の異なる人々のそれぞれの意見をきちんと聞いていることだろう。例えば「鳥取ループ裁判」に関しても、原告の部落解放同盟の人々だけでなく、被告となった示現舎の宮部龍彦にも密着取材をしている。

また、結婚差別の問題にしても、差別を受けた側だけでなく、「結婚相手の身元調査をする。自分の子は部落の人とは結婚させない」と語る人からも話を聞いている。

何が正しくて何が間違っているかを性急に問うのではなく、監督自身も含め私たち一人一人がこの問題について深く知り、より良く考えるための手掛かりをたくさん示してくれる作品であった。

京都みなみ会館、205分。

posted by 松村正直 at 07:33| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月04日

鈴木竹志歌集『聴雨』

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2013年〜2021年の作品460首を収めた第3歌集。

冬枯れの畑に来たりて餌を探すつぐみに声をかけたくなりぬ
矢面に立つこと苦し大方の矢は避けたれどたまに避けえず
エアコンの風にやうやく慣れるころ秋風といふ天然ものが
元気よく優先席を目指しゆく老いの一人にわれもなりたり
本屋さんの棚に並びて背を見せて本のいのちが灯りはじめる
幸せがここにあるよといふ顔でクリームパンを食べゐるをみな
次々に黄色い帽子が乗り込みて教室となる朝の地下鉄
可動式書庫なれど本が溜まりてこの先は可動不可能にならむ
神保町巡ればうれし佳き本が目ざとくわれを見つけてくれる
わが母が好みて舐めしコーヒー飴買ふこともなしスーパーヤオスズ

1首目、餌の少ない時期なので、応援したい気持ちになるのだろう。
2首目、批判を受ける立場に立たされてしまう。結句に実感が滲む。
3首目、自然の涼しい風を食材に喩えている。「天然もの」がいい。
4首目、批判や皮肉かと思って読むと結句でユーモアに転じている。
5首目、本は書店に並んでこそという思い。本を愛する心を感じる。
6首目、美味しそうに食べる様子。見ている方も幸せな気分になる。
7首目、幼稚園で遠足にでも行くところか。車内の風景が一変する。
8首目、深刻な事態だが「可動不可能」が言葉遊びのようで面白い。
9首目、古本との出会いは一期一会。本が私を見つけてくれるのだ。
10首目、母の亡くなる時の歌。よく買って持って行ったのだろう。

本を愛する作者で、本のタイトルを詠み込んだ歌も多い。

『トリサンナイタ』『あやはべる』『青眉抄』『みだれ髪』『遠き橋』『忘路集』『山西省』『北窓集』『婦負野』『宮柊二歌集』『墨汁一滴』『流木』『落葉樹林』『四月の鷲』『群黎』『白秋のうた』『松本奎堂』『赤光』『曇り硝子』など。

2022年6月26日、六花書林、2500円。

posted by 松村正直 at 19:28| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月03日

田中綾『非国民文学論』


明治以降の近代国民国家において「国民」の枠組みから疎外された人々(ハンセン病療養者、徴兵忌避者)、あるいは天皇や「女こども」の作品を通じて、国家と国民の関係や国民意識のあり方を描いた評論集。

国民国家の中核ではなく周縁の人々に焦点を当てることで、むしろ近代日本の姿が浮き彫りになる。その視点が非常に鮮やかだ。

近代短歌、とりわけ投稿短歌は、作者の名前とともに発表されるものとして定着していた。〈詠み人しらず〉ではなく、短歌が署名入りの文学だったことは、ハンセン病療養者にとっては特別な意味をもつことであった。
当時二十代半ばだった前川佐美雄は、「革命の短歌」であるプロレタリア短歌に引かれ、一方で「短歌の革命」ともいうべきモダニズム短歌にも引かれていた。
国家と戦時体制に背を向けて〈徴兵忌避者〉として生きることは、逆に身体的・精神的な不自由を引き受けることにもなり、家族など多くのものを犠牲にせざるをえないという逆説が伴っていた。

引用されている明石海人や伊藤保の歌が強く心に残る。ハンセン病療養歌人について、さらに深く知りたくなった。

2020年2月21日、青弓社、2400円。

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2022年07月02日

危機の時代の歌ごころ

7月3日(日)からNHKラジオ第2放送で、今野寿美さんの講座「危機の時代の歌ごころ」(全13回)が始まる。「君死にたまふことなかれ」、戦争、災害、公害、ハンセン病、原発、沖縄の基地、ハラスメントなど、様々な社会問題を詠んだ詩歌が取り上げられるとのこと。

放送後2か月間は「らじる★らじる」で聴くことができるので、聴き逃しても安心だ。

https://www4.nhk.or.jp/kokorowoyomu/x/2022-07-03/06/69717/3641925/

テキストも充実していて、お買い得な内容となっている。
A5判192ページ、本体800円。

https://www.nhk-book.co.jp/detail/000069110602022.html

posted by 松村正直 at 21:50| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする