2026年07月28日

『啄木ごっこ』プレゼント企画

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https://www.kadokawa.co.jp/product/322512001250/

『啄木ごっこ 多面体の肖像』(角川書店)は、3月の発売以来、多くの方にお読みいただき、書評や時評などにも取り上げていただいてます。感想のお手紙も多数届いており、ありがとうございます。

一方で、定価が3600円と高いこともあり、「高くて買えない」「読んでみたいけれど値段が…」といった声も耳にします。若い世代を中心に書籍にあまりお金をかけられない経済事情もあると思います。

そこで今回、『啄木ごっこ』を【先着10名様】に無料でプレゼントすることにしました。ただし、年齢が40歳未満の方に限らせていただきます。40歳未満で『啄木ごっこ』をお読みになりたい方は、松村までメールやXのチャットでご連絡ください。

メール:masanao-m☆m7.dion.ne.jp (☆を@に変えて下さい)
X:@masanao1970

なお、送料の関係で手持ちの在庫ではなくAmazon等の商品を直接お送りしますので、サインを入れることはできません。また、プレゼントの数には限りがありますので、この件に関してSNS等で拡散や転載するのはお控えください。

よろしくお願いします。

posted by 松村正直 at 09:11| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月27日

「COCOON」40号

10周年記念号。2016年から年4回の発行を続けて40号に到達。おめでとうございます。

「COCOON10周年に寄せて」という寄稿や「一首のあとさき ― 短歌一首と散文でつづる日常」など通常号にはないページもあって、全166ページ。読み応えがあった。

ともどもに感慨はなく卒園を迎えてしまう息子とわたし
/島本ちひろ

慌ただしく日々を送っているうちに卒園。すぐに小学校への入学だ。

いつぞやのトマトホールの空き缶を吸い殻がこぼれる春の宵
/松下誠一

時間の経過が浮かび上がってくる。トマトと吸い殻の対比も印象的。

ゆで汁をぶちまけたとき立ちこめる薫りはふきのたう、あたまごと
/片岡絢

シンクに流した茹で汁から立つ白い湯気と鮮やかな香りに包まれる。

百十円切手の味を知らぬ舌さみしみて金の飴を舐めおり
/吉本美加

近年はシール式の切手が増えて切手の裏を舐めることがなくなった。

おでんとかいいね、おでんの中にある暗がりに体操座りする
/松井恵子

確かにおでんの中には暗がりがあるし、そこに何かが潜んでいそう。

シャッターが切るものだったあの頃にもっと写真を撮ればよかった
/伊藤祐楓

スマホではボタンに触れるだけなので「切る」という感触が乏しい。

葉桜はきらめきやまず長の子のわれに兄さん、姉さんなくて
/相川佑太

長子であることの大変さを思う。初二句の景との取り合わせもいい。

血圧を測るため腕を差し入れる時間の影に触れるみたいに
/大松達知

下句の比喩が印象的。血圧計の何とも言えない感じをうまく捉えた。

繋がれし犬となりたる人びとは知るよしもなく尾を振りてゐる
/谷真樹

自分でも気づかないうちに会社や社会に飼い慣らされているのかも。

評論も4篇載っている。

小島なお「史実に埋(うず)もれる声 満蒙開拓移民の人々の短歌」は、満州に渡った二人の歌人、佐々木剛輔と小見山輝の歌を取り上げたもの。教えられることの多い内容だった。

2026年6月30日、500円。

posted by 松村正直 at 07:54| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月26日

つげ義春『つげ義春日記』


1983年に講談社から出た単行本の文庫化。

昭和50年から55年にかけての約5年間の日記。長男(正助)の誕生、藤原マキ(真喜子)との結婚、妻の癌の発病、古本や中古カメラの収集・販売、団地への入居、不安神経症の発病といった日々が描かれている。

何だか知っているような気がしたのは、以前、藤原マキ『私の絵日記』を読んだことがあるからだった。

今日も正助のうなり声で熟睡できず、子供のために生活のすべてを混乱させられているようで憎悪を覚える。そのことをマキに云うと泣き出した。
私が引き継ぐ百五十万のローンは、昭和七十六年十月まで支払いを続ける。あと二十三年間だ。溜息が出る。書類には「昭和七十六年」と明記されてあるが、昭和七十六年なんて年号が存続するものなのか?
医者嫌いの自分はあの待合室がなによりも苦痛だ。見知らぬ人の視線を意識しながらじっとしているのは耐えられない。「つげさんどうぞ」と名前を呼ばれ、すっと立ち上るとき、視線が集中するとよろけそうになる。
夕方から自分は一人で障子を張り替えた。初めての経験なのに上手にできた。こういうことをすると所帯じみているけれど「生活している」といった実感があり嬉しい気がする。しっかり「生活」するのはいいことだ。つまらぬ観念的なことを考えるより「生活者」になること、それが精神的にも安定を得ることになると思う。

後半は心身の不調が目立ち、記述もひたすら暗くなっていく。もちろん、事実そのままというわけではないのだろうが、胸が痛む。一方で、それが心地よかったりもするから厄介だ。

2020年3月10日第1刷、2021年11月10日第6刷。
講談社文芸文庫、1300円。

posted by 松村正直 at 23:49| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月25日

『啄木ごっこ』の書評・感想など

『啄木ごっこ 多面体の肖像』(角川書店)を、さまざまな場でご紹介いただいてます。ありがとうございます。

恒成美代子ブログ「暦日夕焼け通信」(4月9日)
岩手日報「郷土の本棚 本当の姿はどこまで」(4月26日)
・富田睦子「短歌はいま」(共同通信 4月配信)
藤野早苗ブログ「南の魚座 福岡短歌日乗」(5月5日)
門哉彗遙 note(5月11日)
寺阪誠記 note(5月12日)
・内山晶太 時評「グレーを見続けようとする目に」(「歌壇」6月号)
「週刊エコノミスト」6月2日・9日合併号「話題の本」
菱岡憲司ポッドキャスト「本語り」(6月7日)
・良真実 書評「隣町の石川さん」(「現代短歌新聞」7月号)
加古陽「短歌遊行」(「東京新聞」6月13日)
山崎聡子 短歌時評「途上の文芸としての歌」(「朝日新聞」6月21日)
・嵯峨直樹 書評「国民的歌人「啄木」の誕生」(「短歌研究」6・7月号)
・門脇篤史 短歌時評「書き起こすこと、書き残すこと」(「短歌研究」6・7月号)
谷真樹「気になるホン・ほん・本」(「コスモス」8月号)
  
引き続き、『啄木ごっこ』のご購入、SNS等での宣伝、お知り合いへのプレゼント、図書館への購入リクエストなど、ご協力よろしくお願いします!
posted by 松村正直 at 23:55| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月24日

千葉優作歌集『anchorage』

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『あるはなく』(2022年)に続く第2歌集。
https://seijisya.com/book/anchorage/

ぎしぎしと缶切りに缶ひらくとき国境線を越える軍隊
ひとも車も通らぬ秋は紅葉を映しつづけてゐるカーブミラー
歳月に祖父の身体は奪はれてただ銀縁の眼鏡がのこる
客が来るたびに路上へすこしづつジャズを漏らしてゐる喫茶店
人間で言へばひたひに傷のあるなすび売られてゐたり半値で
鮭のあたまをふたつに割りぬ冬の雲みたいに光る出刃包丁で
おしなべて無口な冬の野菜なり煮込まれてゐるあひだに透けて
かはづの手 かへるで かへで はらはらとみづからの手を切り落とす秋
はじめまして、とこころの内に呟けり 海へと投げる名刺一枚
秋はひとも海も孤独になる季節 船の往来ばかりにぎはひ

1首目 「鳥わたるこきこきこきと缶切れば」(秋元不死男)を思う。
2首目、何かが通るときでなく通らないときを詠んだのが印象的だ。
3首目、祖父の形見となった眼鏡。上句の簡明な死の表し方が響く。
4首目、入口の扉が開くと店内に充満していた音楽が外に漏れ出る。
5首目、剣豪みたいな雰囲気だけどキズ物なので安売りされている。
6首目、「冬の雲みたいに」という比喩が銀白色と季節感を伝える。
7首目、白菜などを入れた鍋を思い浮かべた。色もカラフルでなく。
8首目、カエデの語源は蛙の手。そう思って見ると随分と生々しい。
9首目、初めて来た海に向けた挨拶。下句に映像的な美しさがある。
10首目、大勢の人で賑わった夏が終わり海の表情もよそよそしい。

2026年5月24日、青磁社、2200円。

posted by 松村正直 at 08:28| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月23日

野兎舎のオンラインセミナー

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8月12日(水)に野兎舎のオンラインセミナー「戦争の歌」シリーズの第7回を開催します。今年のテーマは「女性の戦争体験−従軍看護婦 雪永政枝の戦中と戦後」。

https://yatosha.stores.jp/items/6a4f4002712e6e004540da73

従軍看護婦だった方の戦中・戦後の短歌や文章を読みながら、女性の戦争体験について考えます。今回は対話者として評論「従軍看護婦の戦争―女性たちの満州・シベリア抑留体験を読む」を書かれた小田桐夕さん(塔短歌会)を迎え、さらに話を深めたいと思っています。

このシリーズも今年で7回目となり、いよいよライフワークのようになってきました。

・2020年「『戦争の歌』を読む」
 https://youtube.com/watch?v=jN3CYty61oc
・2021年「『戦争の歌』を読む」
・2022年「軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯」
・2023年「軍人家庭と短歌 ― 戦後派歌人 森岡貞香の初期作品を中心に」
・2024年「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? − 村山壽春の短歌」
・2025年「軍人は戦地で何を詠み、なぜ内地へ送り続けたのか?−硫黄島の司令官・市丸利之助の短歌を読み解く」

多くの方にご視聴いただけますように!

posted by 松村正直 at 14:29| Comment(0) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『絵で見る明治の東京』と啄木

穂積和夫『絵で見る明治の東京』
https://matsutanka.seesaa.net/article/521150355.html

この本は明治時代の東京について書かれているので、明治41年〜45年に東京に住んだ啄木の歌を理解する上でも役に立つ。

彼ら(官員)は庶民を威圧するような立派な髭を生やしていたので、通称「なまず」とかげ口をたたかれていた。下っぱの役人は「どじょう」といわれた。髭も西洋人をまねた新しい風俗で、江戸時代には一部をのぞいて禁止されていたのである。

わが髭の
下向く癖がいきどほろし
このごろ憎き男に似たれば/『一握の砂』

新聞社も一流になると銀座通りなどに堂々とした洋風の社屋をかまえた。記事を書く新聞記者も、新しい職業として時代の花形だった。

春の雪
銀座の裏の三階の煉瓦造に
やはらかに降る/『一握の砂』

明治二十三年(一八九〇)十一月、浅草奥山に十二階建ての高塔が出現して市民のど肝を抜いた。これが凌雲閣、俗に十二階と呼ばれた建物である。

浅草の凌雲閣のいただきに
腕組みし日の
長き日記かな/『一握の砂』

明治十七年には上野〜高崎間が開通し、翌年、上野駅が完成して東京の北の玄関口になった。現在の東北本線はさらに明治二十一年には仙台まで、二十四年には青森まで開通した。上野駅は東北や北陸地方から東京めざしてやってくる人でにぎわい、(…)

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく/『一握の砂』

このころから慢性の伝染病として肺結核がクローズアップされてくる。昔から労咳といって恐れられていた病気である。まだストマイやペニシリンなどない時代で、当時は不治の病とされていたのである。この病気のために若くして命を失ったものが多く、樋口一葉、正岡子規、国木田独歩、石川啄木なども結核で亡くなっている。

呼吸(いき)すれば、
胸の中(うち)にて鳴る音あり。
 凩よりもさびしきその音!/『悲しき玩具』

啄木の歌はわかりやすくて予備知識なしでも読めるけれど、時代背景や社会状況を知って読むとさらに味わいが増すと思う。

posted by 松村正直 at 10:14| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月22日

『啄木ごっこ』収蔵状況(6)

全国の図書館にどれくらい『啄木ごっこ』が収蔵されているか、時々確認しています。

その後、新たに早稲田大学戸山図書館、新潟市中央図書館、鳥取県立図書館、島根県立図書館、広島市中央図書館、福岡県みやこ町図書館勝山分室などが加わりました。ありがとうございます。

4月21日 37館(14冊貸出中)
4月28日 51館(25冊貸出中)
5月 6日  69館(31冊貸出中)
5月29日 102館(38冊貸出中)
6月12日 108館(36冊貸出中)
7月 2日 122館(50冊貸出中)
7月22日 140館(46冊貸出中)

着実に増えていて嬉しい限り。現在、図書館に一冊も置いていないのは、群馬、岡山、愛媛、香川、大分、沖縄の6県となっています。

引き続き、『啄木ごっこ』のご購入、または図書館への購入リクエストをよろしくお願いします!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322512001250/

posted by 松村正直 at 08:23| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月21日

『速水御舟随筆集』


副題は「梯子を登り返す勇気」。

40歳という若さで亡くなった画家・速水御舟(1894-1935)の残した文章を収めた随筆集。

絵画修業の道程に於て私が一番恐れていることは型が出来ると云うことである。何故なれば型が出来たという事は一種の行詰りを意味するからである。芸術は常により深く進展して行かねばならない。だからその中道にて出来た型はどんどん破壊して行かねばならない。
絵画にあっても、例えば一本の線を引くにしても、いい線を描こうと意図して引いた線は、最早や純粋な心から離れているものであるからして、立派な線とは言われない。また、いい線が引けたらなどと考えたときにも、同じ理由から、それは決していい線であるとは言われないことになる。
私は技巧と気持を区別しません。どの道でもそうじゃないかと思いますが、心と技巧は同じいもので、いくら自分が理想が高くても、技巧がなければ、思想をもっていても何にもならない。
梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い。大抵は一度登ればそれで安心してしまう。そこで腰を据えてしまう者が多い。登り得る勇気を持つ者よりも、更に降り得る勇気を持つ者は、真に強い力の把持者である。

やはり一流の人の言葉には重みがある。短歌など他のジャンルにも当て嵌まる話がたくさんあると思った。

2024年2月5日、平凡社ライブラリー、1700円。

posted by 松村正直 at 10:58| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月20日

笠木拓歌集『オランジェット』

著者 : 笠木拓
書肆侃侃房
発売日 : 2026-06-16

2019年から2026年の作品317首を収めた第2歌集。

「パンフレットやっぱり買えばよかった」と笑う銀杏を踏み分けながら
濃くうすく色づきながら夏空は慣らし保育のように暮れゆく
とりどりの使いきりバスアメニティー押し花ほどの薄さに並ぶ
ホタルイカの眼をまないたの隅に寄せ浅瀬のように春はかなしい
ひと皿も回っていないたそがれのまわるすしやに翡翠色の灯
おまたせとまたねの間(あい)にラザニアの地層があって分けて崩せり
濡れるほどではない雨もふたりなら傘さしてゆく烏丸御池
うつつにもゆめにもひとのおもかげのたちあおいたちあおいたそがれ
「きときと」をまずは教える富山へと友をいざなうときにはいつも
聴きますと言えば「聞くだけなんやろ?」と問われておりぬストーブの辺に

1首目、映画を見終えて一緒に帰るところ。落葉の黄色が鮮やかだ。
2首目、下句の比喩が実に個性的。こんなところにも私性は表れる。
3首目、ホテルに並ぶアメニティー。使い切りの分量である寂しさ。
4首目、硬い眼の部分だけ取り除く。たくさんの黒い眼に見られて。
5首目、夕食前のまだ客のいない時間帯。まるで別の世界みたいだ。
6首目、待ち合せて一緒にイタリアンを食べて別れるまでのふたり。
7首目、一人なら傘を差さないくらいの雨。二人でいる幸せを思う。
8首目、「立つ」と「たちあおい」「たちおあい」と「青い」の掛詞。
9首目、富山弁で新鮮を意味する語。海の幸の豊かな土地ならでは。
10首目、福祉の仕事で派遣された災害現場。傾聴も簡単ではない。

2026年6月26日、書肆侃侃房、2000円。

posted by 松村正直 at 14:53| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月19日

演劇「チェーホフも鳥の名前」

作・演出:ごまのはえ
出演:門脇俊輔、澤村喜一郎、仲谷萌、山岡美穂ほか

14:00から京都府立文化芸術劇場で、ニットキャップシアター第48回公演「チェーホフも鳥の名前」を観た。

サハリン(樺太)を舞台に、1890年(第1幕)から1980年代(第4幕)に至る約100年、家族三代にわたる歴史を描いた壮大な物語。

ロシア人、日本人、ニヴフ(ギリヤーク)、朝鮮人などさまざまな民族の人々が、戦争や国境線の変更に翻弄され、家族が離れ離れになったり再会したりする。

チェーホフや宮沢賢治が登場するほか、ダーヒンニェニ・ゲンダーヌや李恢成の著書を踏まえたと思われる話もあって、興味深かった。
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138774.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/517296438.html

上演時間は3時間以上と長く、後半、人物関係が頭の中で少しごちゃごちゃしてしまったが、力作なのは間違いない。2019年初演とのことだが、昨今の混迷を深める国際情勢のなかで、平和や共生を考える良い機会にもなるように感じた。

posted by 松村正直 at 23:41| Comment(0) | 演劇・美術・講演・スポーツ観戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月18日

別邸歌会

今日は「RaRa Locale ララロカレ」(和歌山県田辺市)で第28回別邸歌会です。

posted by 松村正直 at 12:00| Comment(0) | 歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月17日

和歌山へ

和歌山へ行ってきます。
今日も暑くなりそう。

posted by 松村正直 at 06:28| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月16日

穂積和夫『絵で見る明治の東京』


2010年に草思社より刊行された単行本の文庫化。

明治時代の東京の様子を文章と数多くのイラストで紹介した本。「絵で見る」というのは大事で、イメージが何倍にも広がってくる。

そのころの東京は「車夫と書生の町」といわれていた。人力車夫と書生がやたらと多かったからだ。本郷から神田界隈には下宿屋や書店が立ち並び、学生街として知られるようになっていった。
堀割りと水運の町といわれた江戸の河川には、大小の橋がたくさん架かっていた。いずれも船の通行のために中央が太鼓状に盛り上がった木造橋で、これらは明治になると車馬交通のために平坦な形式に架けかえられるようになる。
江戸時代には高い建造物は禁止されており、高層といえば城の天守ぐらいで、江戸城の大天守も明暦大火後は再建されていないから、一般の高層建造物といえば火の見櫓ぐらいしかなかった。
江戸以来の高級商店は店先に商品を置かず、客の求めに応じて裏の蔵から品物を運んできて売る「座売り」の方式が一般的だった。これに対して、最初から店先に商品を並べて、客に手にとって買ってもらうのが「陳列販売」という方式で、これが急に流行するようになったのは、内国勧業博覧会の売店のスタイルが人気を集めたからだといわれている。

江戸から明治になって、町の風景も人々の暮らしも大きく様変わりする。その一つ一つの意味を、こうしてあらためて知ることができるのはありがたい。

2017年10月9日、草思社文庫、1000円。

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2026年07月15日

池内紀『旅の食卓』

著者 : 池内紀
亜紀書房
発売日 : 2016-07-27

何度か書いたことがあるけれど、池内さんは私の大学時代(独文科)の先生だった方。池内さんの文章を読むと、その独特な話し声が聞こえてくるような気がする。

日本全国の旅と食の思い出を記したエッセイ集。「石狩川と鮭」「八丈島と島寿司」「金沢のドジョウのかば焼き」「播州のそうめん丼」「豊後・日田の鮎料理」など、全23編が収められている。

ビジネスホテルのフロントには、第二、第三のおつとめといったタイプの年長者がおられるもので、土地のこと、また夜の居酒屋にくわしい。そんな人の助言をかりる場合は知ったかぶりはしないことで、素直にきいてメモをとったりしていると、親身になって教えてもらえる。
旅先でおでん屋に入るには勇気がいる。おでん屋そのものではなく、店をつつんでいる雰囲気があって、それが土地の人の憩いの場であることを告げている。
伊豆半島の東側には伊豆急が走っているが、西伊豆には鉄道がない。熱海、伊豆、沼津と距離はさほどではないが、ながながとのびる天城山系にさえぎられている。そんな西伊豆の先っぽにあたる松崎は辺鄙な土地と思われがちだが、実はそうではない。古くは船が足だった。

いかにも旅慣れている人という感じがする。

知られるとおり丼物は上の具と下の飯からなりたっており、正確にいうと、下の飯には二種類あって、おしるのしみたところと、しみていない白いごはんのところがある。わが独断であるが、その比率七・三といったところが望ましい。

このあたりは、先日亡くなった「東海林さだお」っぽいな。

2016年8月17日、亜紀書房、1600円。

posted by 松村正直 at 22:46| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月14日

田村穂隆歌集『霧に貌』

著者 : 田村穂隆
書肆侃侃房
発売日 : 2026-05-01

2022年から2026年の作品を収めた第2歌集。

はつなつの裸婦を象るブロンズにほんとうは性別は無いのに
こわされてみたい あなたと手をつなぐときは心の両眼でおもう
寒風に軋むてのひらいつだって雪は裸で降ってくるのに
午後五時は川が鏡になる時刻わたしのなかの鏡も濡れて
会いたさの冬日のなかを割れてゆくわたし柱状節理のように
冬の画廊にふたりならんでみた絵画ふたつの岩が描かれていた
瞳孔は知りたさの沼その沼へ何羽の鳥を引き摺り込んで
雲梯をぎゅっとにぎっていたころのさみしさ きみの母校を知らず
やわらかくするためだからとり肉にフォークで穴を 穴を 穴を
水筒にくちびるが無くてよかったとほんとうにおもう夏の坂道

1首目、青銅に性別などないのに、なぜ女性だと思ってしまうのか。
2首目、始まり方に強いインパクトがある。二句の句割れが効果的。
3首目、雪が裸であるという発見。「軋む」がまるで機械のようだ。
4首目、あたりが薄暗くなるにつれて川が鏡面のように輝き始める。
5首目、「柱状節理」が印象的。相手を想う気持ちの強さが伝わる。
6首目、心情は何も言ってないのに相手との関係性が浮かび上がる。
7首目、黒目が底なし沼となって対象を飲み込んでいくのだ。怖い。
8首目、「雲梯」とあるだけできっと誰もが小学校時代を思い出す。
9首目、四句までは料理の話だが結句で嗜虐性や暴力性が露出する。
10首目、唇の付いた水筒の感触を生々しく想像させられてしまう。

2026年5月2日、書肆侃侃房、2000円。

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2026年07月13日

「パンの耳」第11号

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同人誌「パンの耳」第11号が発行されました。

作品30首×1名、作品15首×13名、エッセイ「乗り物のうた」、岡野はるみ歌集『朱色の点描』書評、吟行記などを掲載しています。

大阪の「葉ね文庫」や私のBOOTHで販売中です。多くの方にお読みいただけますように!
https://masanao-m.booth.pm/

・作品30首
  弓立悦「マーマレード」

・作品15首
  甲斐直子「海へ向く窓」
  乾醇子「春寒」
  畑中秀一「方向転換」
  長谷部和子「雪催ひ」
  伊東文「サーチライト」
  夜森だゐすけ「月の果樹園」
  澄田広枝「寒北斗」
  岡野はるみ「梅のひと枝」
  多治川紀子「ヴェール」
  佐々木佳容子「酸漿草」
  添田尚子「半月のマリー」
  松村正直「正しいかたち」
  和田かな子「春の舟」

・岡野はるみ歌集『朱色の点描』書評
  小島ゆかり「許しているのは」
  佐々木佳容子「しなやかに調律」
  長谷部和子「夕焼けを釣る」

・吟行記
  乾醇子「紅葉の三井寺へ」
  夜森だゐすけ「淀川クルーズ吟行」

2026年7月20日発行、A5判、60ページ。

posted by 松村正直 at 23:00| Comment(0) | パンの耳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月12日

最相葉月『れるられる』


ノンフィクションライターである著者がさまざまな取材を通じて感じたこと、考えたことを記した連作エッセイ集。2015年に岩波書店より刊行された単行本に終章を加えて文庫化したもの。

「生む・生まれる」「支える・支えられる」「狂う・狂わされる」「絶つ・絶たれる」「聞く・聞かれる」「愛する・愛される」「見守る・見守られる」の全7章から成っている。

二〇一三年の晩秋、事態はさらに夫婦を追いつめる方向に進んでいた。妊婦の血液を調べるだけで胎児の染色体異常の有無がわかる新型出生前診断の臨床研究の結果、陽性と判明した妊婦の九割以上が中絶していたのである。
そもそもケアという行為自体、ケアする者とケアされる者という不平等な人間関係を形成せざるをえない。
ダイアログ・イン・ザ・ダークにはもう一つ、大きなねらいがあった。それは仕事が見つかりにくい人が働ける場所であるということである。ここでは目の見えない人たちがアテンドをつとめる。彼らがいて初めて、私たちは闇の中を進んでいける。

こうしたさまざまな「する/される」に関する話を通じて、読者は境界について考えることになる。

世界は、あちら側とこちら側で出来ています。こちら側の人があちら側にいることもあれば、あちら側の人がこちら側にいることもあります。こちらとあちらが一人の中に共存していることもあります。

こうした考え方は、今後ますます大事になってくるように思う。

2025年9月12日、岩波現代文庫、930円。

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2026年07月10日

国立国会図書館

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暑い。

関西では梅雨が明けたらしい。

今日は久しぶりに国会図書館へ行った。着いた時には汗だく。でも国会図書館は居心地がよくて、調べものをしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。

ちょっと複雑だけど合理的なシステムで、職員の方々がてきぱき作業しているのが気持ちいい。古い雑誌を大量に閲覧して、必要な個所の複写をしてもらう。わからないことは一つ一つ丁寧に教えてくれるし、資料はどっさり収蔵されている。

デジタルコレクションで家にいながら見られる資料も多くありがたいのだけれど、デジタル化されていない資料や館内限定公開の資料もあって、やはり実際に国会図書館に行くのが一番いい。

今日もかなりの収穫があった。

嬉しい。
posted by 松村正直 at 22:40| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年07月09日

BOOTHでの販売

ネットショップのBOOTHで、松村正直の歌集・歌書などを販売してます。
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第1歌集『駅へ』(新装版)、第6歌集『について』、評論集『短歌は記憶する』『樺太を訪れた歌人たち』、評伝『高安国世の手紙』、時評集『踊り場からの眺め』などを割引価格で購入できますので、どうぞご利用ください。

posted by 松村正直 at 22:56| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする