2017年08月04日

平成29年度堺市民芸術祭、堺短歌大会


10月21日(土)に堺で講演「啄木の現代的な魅力」を行います。
現在、短歌大会の作品を募集中です。

日時 平成29年10月21日(土)午後1時〜4時半
場所 堺市東文化会館(フラットホール)
プログラム
   第1部 講演 松村正直「啄木の現代的な魅力」
   第2部 選者による作品選評、表彰式
大会資料代 1000円
作品締切 平成29年8月10日(木)当日消印有効
主催 堺市文化団体連絡協議会・堺歌人クラブ

P1050780.JPG

posted by 松村正直 at 21:31| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月13日

西連寺成子著 『啄木「ローマ字日記」を読む』

今日(4月13日)は石川啄木の命日。

この本は第一部に「ローマ字日記」が漢字かな交じり文で載っており、第二部には「一握の砂」(短歌)、「呼子と口笛」他(詩)、「時代閉塞の現状」(評論)、「葉書」(小説)が載っている。それぞれ丁寧な解説も付いているので、啄木の全体像がよくわかる。

智恵子さん!なんといい名前だろう!あのしとやかな、そして軽やかな、いかにも若い女らしい歩きぶり!さわやかな声!(明治42年4月9日)

ちょっと茂吉の「ふさ子さん!」という手紙を思い出す。

そして、人に愛せらるな。人の恵みを受けるな。人と約束するな。人の許しを乞わねばならぬ事をするな。決して人に自己を語るな。常に仮面をかぶっておれ。(4月12日)

いかにも啄木という感じがする。23歳の若い自尊心。

妄想は果てもない!函館の津波・・・金田一君と共に樺太へ行くこと・・・ロシア領の北部樺太へ行って、いろいろの国事犯人に会うこと・・・(4月18日)

金田一京助は明治40年にアイヌ語研究のために樺太へ渡っており、その時の話を啄木にも聞かせている。啄木も樺太へ行くことを夢見ていたようだ。「樺太まで旅費がいくらかかります?」(4月17日)と金田一に訪ねたりもしている。

2012年4月11日、教育評論社、1800円。

posted by 松村正直 at 21:22| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

北村牧場の廃業

北海道岩見沢市にある「北村牧場」が111年の長い歴史に幕を下ろすことになったとのニュースが流れている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170403-00010000-doshin-hok

北村牧場と言えば、啄木が思いを寄せた女性、橘智恵子の嫁ぎ先だったところ。

  石狩の空知郡の
  牧場のお嫁さんより送り来し
  バタかな。
        『悲しき玩具』

う〜ん、仕方のないこととはいえ、何ともさびしい。

posted by 松村正直 at 12:29| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

青柳町

昨日の読売新聞朝刊の編集手帳に、こんな話が載っていた。

ずいぶん昔、青柳町という土地を知りたくて、そのためだけに津軽海峡を渡ったことがある。〈函館の青柳町こそかなしけれ/友の恋歌/矢ぐるまの花〉。石川啄木の歌に誘われて、である。

歌に誘われて津軽海峡を渡るなんて、ロマンチックだなと思う。
そして、この歌にはそれくらい人を惹きつける力があるのだとも思う。

なにしろ、私が短歌を始めたきっかけもこの1首なのだ。
1996年の初夏、まだ25歳だった頃のことである。

この歌については、以前このブログでも触れたことがある。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138820.html
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138821.html

啄木に触れて短歌を始めた者として、いつかは自分なりの啄木論を書いてみたい。そういう思いが最近とみに強くなってきている。

posted by 松村正直 at 17:25| Comment(2) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

短歌人会夏季全国集会

昨日は姫路キャッスルグランヴィリオホテルで開催の短歌人会夏季全国集会にお招きいただき、講演「石川啄木と土岐哀果」を行った。17:00から18:40まで。

他の結社の全国大会に参加するのは初めてのことだったのだが、皆さん気さくに接してくださり、楽しい時間を過ごすことができた。講演の後はオープニングパーティー、さらにホテルの部屋に移って「深夜サロン」(?)で話が続く。

藤原龍一郎さん、小池光さん、蒔田さくら子さん、三井ゆきさん、西勝洋一さん、宇田川寛之さん、谷村はるかさん、橘夏生さん、長谷川知哲さん、梶倶認さん、村田馨さん、天野慶さん、角山諭さん、大室ゆらぎさん、勺禰子さん・・・などと話をして、たくさんの刺激をいただいた。

最後まで残ったメンバーが解散したのは午前2時。

今朝は7時にホテルを出て京都に帰り、「塔」9月号の初校の取りまとめ。夕方、無事に印刷所へ送った。

posted by 松村正直 at 20:46| Comment(4) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

公開講座「現代に生きる啄木」

7月29日(金)に朝日カルチャーセンター芦屋教室で、「現代に生きる啄木」という公開講座を行います。生誕130年を迎える今年、あらためて啄木の作品や人生を読み直してみようという内容です。

啄木に興味や関心のある方、ぜひご参加ください。

時間は13:00〜15:00。
場所はJR芦屋駅北口の「ラポルテ本館」4階です。

詳しくは、下記のページをご覧ください。
https://www.asahiculture.jp/ashiya/course/684e359f-fd15-c770-dec7-5726ee7b7b8b

posted by 松村正直 at 23:46| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月31日

土岐善麿著 『啄木追懐』

このところ啄木関係の本を少しずつ読んでいる。
いろいろと知らなかったことがわかって面白い。

例えば、この本には大正8年から9年に新潮社から刊行された『啄木全集』全3巻に、善麿が書いた凡例が収められている。その中に

一、故人の日記は多年に亘りて堆(うづたか)く、記述細大を洩さず、頗る価値多き資料なりしも、その歿後、夫人節子また病を獲(え)、遂に日記の全部を焼却して今影を止めず。その一部をもこの全集に収むる能はざるを遺憾とす。

とある。ドナルド・キーンが啄木作品の中で最も高く評価する「日記」は、この時点では焼却されたものと思われていたのだ。

もともと啄木は、日記は焼却するようにとの遺言を残していた。それが様々な経緯を経て残され、公開されるに至ったのである。そこには多くの関係者の尽力や争いがあったらしい。
http://www.shahyo.com/mokuroku/culture/bungei/ISBN978-4-7845-1910-1.php

啄木関連の本は、非常に数が多い。
自分が関心を持っている部分を中心に少しづつ読んでいこうと思う。

1932年4月10日、改造社、1円80銭。

posted by 松村正直 at 19:46| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月25日

ドナルド・キーン著 『石川啄木』


今年生誕130年を迎えた石川啄木の評伝。
全375ページ。角地幸男訳。
初出は「新潮」2014年6月号〜12月号、2015年2月号〜10月号。

特に新しい事実が示されているわけではないが、啄木の生涯を丁寧に描き出している。啄木の専門家とは違う視野の広さも魅力の一つだろう。

子規と違って、啄木は明らかに現代歌人だった。何が歌人を現代的にするかを定義することは難しい。しかし啄木の書いた作品のどれ一つを取ってみても、子規やそれ以前の日本の歌人とは違う世界に啄木が属していたことを明らかにしている。
啄木の成熟を示す見事な短歌を称賛する人々は、「ロマンティック」時代の優雅な装飾が施された啄木の詩には、ほとんど目をくれようともしない。
短歌は啄木に初期の文学的興味を蘇らせ、ついには散文より遥かに大きな名声をもたらすことになる。しかし、啄木に幸福をもたらしたわけではなかった。

そして、著者が啄木作品のなかで最も評価するのは、詩でも短歌でも小説でもなく、意外なことに「日記」である。

啄木は、千年に及ぶ日本の日記文学の伝統を受け継いだ。日記を単に天候を書き留めたり日々の出来事を記録するものとしてでなく、自分の知的かつ感情的生活の「自伝」として使ったのだった。

こうした見方は、日本文学研究者である著者ならではのものかもしれない。新鮮な指摘であった。

2016年2月25日、新潮社、2200円。

posted by 松村正直 at 07:43| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日

啄木とタイタニック

ちなみに

啄木が亡くなったのは1912(明治45)年4月13日
タイタニック号が沈んだのが1912(明治45)年4月15日

2日違い。

posted by 松村正直 at 22:38| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公開講座「現代に生きる啄木」

7月29日(金)に朝日カルチャーセンター芦屋教室で、「現代に生きる啄木」という公開講座を行います。生誕130年を迎える今年、あらためて啄木の作品や人生を読み直してみようという内容です。

啄木に興味や関心のある方、ぜひご参加ください。

時間は13:00〜15:00。
場所はJR芦屋駅北口の「ラポルテ本館」4階です。

詳しくは、下記のページをご覧ください。
https://www.asahiculture.jp/ashiya/course/684e359f-fd15-c770-dec7-5726ee7b7b8b

posted by 松村正直 at 07:05| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

小池光著 『石川啄木の百首』


シリーズ「歌人入門」の1冊目。
石川啄木の歌100首を取り上げて、鑑賞を付している。
右ページに短歌、左ページに250字の鑑賞というスタイル。

煙草は人を孤独にし、またつかのまの孤独を誘うのである。
懐かしいという感情が人のこころに訴えるのは、このように思い出にディテールがあるからである。啄木の歌が愛唱されるのはそのディテール性によるところが大きい。
啄木はたくさん鉄道の歌を残しており、それだけ移動激しく活動したということだが、今日でいえば一種の鉄道マニアのようにもみえる。
さすらう人の鞄に中には必ずや一冊の本が入っているものである。

など、印象的なフレーズや分析が多くあり、読んでいて楽しい。
巻末には啄木の生涯を記した解説も付いており、啄木の入門書として格好の一冊であろう。

2015年10月27日、ふらんす堂、1700円。

posted by 松村正直 at 07:26| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

函館の青柳町(その2)


まず目に付くのは「函館の青柳町」という地名の持つ力だろう。しかし、どんな地名でも良いわけではない。音読すればわかることだが、

「はこだて(AOAE)」 と 「あおやぎ(AOAI)」

の音が微妙に響き合っている。それが大事なのだと思う。さらに言えば
AOAEO AOAIOOO AAIEE
OOOOIUA
AUUAOAA

と、全体にAの音とOの音が多い。こののびやかな感じも、回想の懐かしさと愛しさを伝える大事な点だろう。要するに、この歌は音の響きが抜群に良いのである。その証拠に、この歌の四句と結句を入れ替えてみると、どうなるか。
函館の青柳町こそかなしけれ
矢ぐるまの花
友の恋歌

音の響きが全くダメになってしまう。もとの歌はA音が主調となって三句まで来て、四句目の「OOOO」で転調して、結句でまたA音に戻るという流れになっている。四句と結句は具体例を二つ並べただけのように見えながら、実は音の響きに重要な役割を果たしているのだ。

こんなふうに分析してみると、啄木は意外とテクニシャンだったということが、よくわかる。啄木は素朴な歌人であるかのように言われることが多いが、そんなに単純な話ではないように思うのだ。

posted by 松村正直 at 00:23| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

函館の青柳町(その1)


先日行われた現代歌人集会のシンポジウムで、「啄木の歌の良さを歌人が率先して解き明かすべきだ」という主旨の話をしたのだが、啄木の歌の良さを説明するのは、実はなかなか難しい。
函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花

『一握の砂』のなかの一首。

私が短歌を作り始めたきっかけともなった歌である。『一握の砂』を読んだ当時、私は函館の的場町というところに住んでいたのだが、青柳町という町名もそのまま残っていた。「ああ、ここが啄木の詠んだ土地なんだ」と、時間を超えて身近に感じられたのを覚えている。

年譜的なことを言えば、啄木は1907(明治40)年5月から9月にかけて函館の青柳町に住んでいた。「友」が誰で、「矢ぐるまの花」がどんな花かといったことも、調べればわかることだ。

しかし、この歌の魅力は、多分そういうところにはない。そういうことを何も知らずに読んだ私が心を動かされたのだから。

では、この歌の何がいいのか。

posted by 松村正直 at 19:03| Comment(1) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月10日

現代歌人集会春季大会

6月10日(日)に開かれる現代歌人集会の春季大会にパネリストとして出ます。
どなたでも参加できる会ですので、お時間のある方はどうぞお越しください。

日時 6月10日(日)午後1時〜5時
場所 アークホテル京都 3F雅の間
   (阪急大宮駅徒歩すぐ、JR京都駅からタクシーで約700円)

大会テーマ 〜石川啄木没後100年〜
      100年後の啄木

総合司会 小黒世茂
基調講演 大辻隆弘
講  演 関川夏央(小説家、ノンフィクション作家)
パネルディスカッション
     岩尾淳子(未来)、松村正直(塔)、斉藤斎藤(短歌人)
     進行 島田幸典
閉会の辞 林 和清

参加費 2000円(当日お支払いください)

posted by 松村正直 at 00:39| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月27日

三枝昂之著 『啄木』

副題は「ふるさとの空遠みかも」。
啄木の「ふるさとの空遠みかも/高き屋にひとりのぼりて/愁ひて下る」から取られている。

明治41年4月25日、「モ一度東京へ行つて、自分の文学的運命を極度まで試験せねばならぬ」と決意して上京した啄木が、明治45年4月13日に亡くなるまでの約4年間、1450日の日々を追った評伝。

当時の新聞や雑誌など豊富な資料を駆使するとともに、国際啄木学会をはじめとした研究者たちの最新の研究成果を踏まえ、さらにそこに実作者としての丁寧な歌の読みや短歌史的な裏付けを加えて描いている。

決して先走ることなく、読者を十分納得させた上で話を進めていく。その語り口が心地よい。このゆったりと書くということが、実は一番難しいことなのだと思う。手持ちのカードに十分なゆとりがなければ、なかなかそうはいかない。

晶子に代表される和歌革新第1世代の歌が言わば高熱の歌であったのに対して、第2世代の啄木は「平熱の自我の詩」を実作面でリードしたという指摘は、非常に納得できるものだと思う。

2009年9月30日、本阿弥書店、2800円。

posted by 松村正直 at 00:42| Comment(1) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

伊井圭著 『啄木鳥探偵處(きつつきたんていどころ)』


石川啄木が探偵役で、親友の金田一京助が助手を務める連作短編5編を収録。小説や校正の仕事では食べていけない啄木が、生活費を稼ぐために探偵稼業を始めたという設定になっている。

トリックや謎解きなど推理小説としての面白さよりも、ホームズとワトソンのような二人の掛け合いが楽しい。また、浅草をはじめとした明治末の東京の町の様子が丁寧に描かれている点に特徴があるだろう。こんな感じの文章である。
 東鉄が走る往還から、僕たち二人は浅草六区の通りにでたところだった。板石を敷きつめた小路にはいると、目の前が急に明るくなる。歌舞伎をまねた小芝居の劇場やら、料亭やミルクホールが軒を連ねるその戸口を、様々な照明が彩っている。(…)
 すっかりさびれてしまったパノラマ館を過ぎて、またひと角曲がる。客寄せの幟がひしめく通りに出た。活動写真館が、道路の両側を占めている。東京市内だけでも七十を越えるときく常設館の、その半分もあるかとみえるほど、活動写真館ばかりが目についた。

各編のエピローグには必ず啄木の短歌が一首引かれて、余韻を残す終り方となっている。

2008年11月21日、創元推理文庫、680円。

posted by 松村正直 at 00:19| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月11日

「一握の砂」補遺

古い雑誌だが、「ビックリハウスSUPER」第3号(1977年秋)に、世界未発表詩篇という特集がある。そこに「一握の砂」補遺13首が掲載されている。
わけもなく
人の恋しく思へる日
燐寸(マツチ)ともして見てゐたるかな

あはれかの
我に煙草を教へたる
上級生の盗癖(ぬすみぐせ)かな

書くことはありや
書くことはなし
インクのしみを見つめてゐたり

ふと思ふ
中学校の黒板(こくばん)の
裏に彫(ほ)りたるわが名のことを

その名さへ忘られし頃
髭(ひげ)はやし
ふるさとに来て花を売らむか

もちろん、本物ではない。
作ったのは寺山修司。
丁寧なことに、次のような解説も付いている。
これは明治四十一年夏以後の啄木の一千余首から五百五十一首を抜いて、「一握の砂」を編んだ折に洩れた残りの四百余首を、石川家の遺品の中より発見し、再録した啄木未発表歌篇です。文学史的にも貴重なものと思われるので、手を加えず、そのまま発表することにします。(…)

啄木の歌というのはパスティーシュしてみたくなるもののようで、私も歌集『やさしい鮫』に「啄木風に」と題した歌を載せたことがある。もっとも、これは雑誌の求めに応じて作ったもの。

  公園にひとり座りていし男
  立ち去りにけり
  傘を残して

  魚屋の息子なりしが
  魚屋のあるじとなりて
  ふるさとにおり

  工場の二階へのぼる
  階段の
  窓より見える青き川かな

posted by 松村正直 at 21:04| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする