ムーミンの重さうな顎が揺れてゐる干されたタオルに花びらながれ
上杉和子
確かにムーミンの顎は下膨れで重そうだ。どんな場面かと思って読んでいくと、下句でタオルに描かれた絵だとわかる。「花びら」との取り合わせもいい。
亡き妻の診察券はもう不要 二度と病気で死ぬことはなし
矢野正二郎
下句に万感の思いがこもる。病気で苦しい思いをして亡くなったのだろう。もうそういう目に遭わなくて良いというのがせめてもの慰めなのだ。
全国の天気予報に徳島のあらねば愛媛と高知に測る
橋本成子
テレビや新聞で見る予報に自分の住む町がない寂しさ。結句の「測る」が面白い。愛媛と高知の平均を取るようにして徳島の天気を予測するのだろう。
県境で気持ち切り替へ江戸川をごつとんごつとん越えて来にけり
立川目陽子
千葉県と東京都の県境を流れる江戸川。自宅からどこかへやって来た場面だろうか。電車で川を越える時に、別の顔の自分へと変わるのである。
春昼の猫は耳だけ起きてゐてつぶてのやうに鳥が来てをり
福田恭子
目は閉じているけれど、小さな鳥が飛んで来る音をとらえて、耳が瞬時に動いたのだ。のんびりしているように見えても、動物らしさは失われていない。
花曇り、鳥雲に入る、鰊空 春はやさしく紗をかけてゆく
高松紗都子
上句は三つとも春の季語。後の二つは日常的にはほとんど使わない言葉だろう。言葉のイメージが膨らんで、薄雲りの春空の様子をうまく表している。
男ひとり玩具売り場をさまよへりでんでん太鼓を探し求めて
益田克行
幼い子どものために昔ながらの「でんでん太鼓」をデパートに買いに来た作者。慣れない玩具売り場で一人で戸惑っている姿が微笑ましい。