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私がこれまでに出した歌集・歌書は以下の11冊です。
【歌集】
・『駅へ』(2001年、ながらみ書房)
・『駅へ』新装版(2021年、野兎舎)*在庫あり
野兎舎オンラインストア
アマゾンKindle版
・『やさしい鮫』(2006年、ながらみ書房)
・『午前3時を過ぎて』(2014年、六花書林)
・『風のおとうと』(2017年、六花書林)
・『紫のひと』(2019年、短歌研究社)
【歌書】
・『短歌は記憶する』(2010年、六花書林)*在庫あり
・『高安国世の手紙』(2013年、六花書林)
・『樺太を訪れた歌人たち』(2016年、ながらみ書房)*在庫あり
・『戦争の歌』(2018年、笠間書院)
・『踊り場からの眺め』(2021年、六花書林)*在庫あり
「在庫あり」のものは、送料無料・振込用紙同封でお送りします。
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また、ネットショップのBOOTHでも販売しております。
どうぞお気軽にご利用ください。
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2026年01月01日
2025年04月26日
小野市短歌フォーラム
兵庫県の小野市うるおい交流館エクラで開催された「小野市短歌フォーラム」へ。

芝生がきれいな広場を見ながら建物に入ると、ロビーは外光が入って明るい。
第1部は「季語の力」というテーマで高野ムツオさんが講演して、その後、小島ゆかりさんと高野さんと対談が行われた。
小島さんが引いた久保田万太郎の俳句「はんけちのたしなみきよき薄暑かな」について、高野さんは女性を思い浮かべ、小島さんは男性を思い浮かべて読んでいたのが面白かった。
また、「薄暑」という季語について高野さんが、比較的新しい季語で都会的なイメージを含んでいると話したのも印象に残った。農村ではなく都市の風景に合う季語だというのである。
なるほど。単に初夏のうっすら汗ばむ季節を表すにとどまらず、「薄暑」だけで街のイメージを醸し出すのだ。季語、おもしろい。
第2部は第17回小野市詩歌文学賞の授賞式。短歌部門は黒木三千代『草の譜』、俳句部門は中村和弘『荊棘(おどろ)』。
フォーラム終了後の懇親会で、受賞者の黒木さんにお祝いと歌集の感想をお伝えすることができて嬉しかった。
芝生がきれいな広場を見ながら建物に入ると、ロビーは外光が入って明るい。
第1部は「季語の力」というテーマで高野ムツオさんが講演して、その後、小島ゆかりさんと高野さんと対談が行われた。
小島さんが引いた久保田万太郎の俳句「はんけちのたしなみきよき薄暑かな」について、高野さんは女性を思い浮かべ、小島さんは男性を思い浮かべて読んでいたのが面白かった。
また、「薄暑」という季語について高野さんが、比較的新しい季語で都会的なイメージを含んでいると話したのも印象に残った。農村ではなく都市の風景に合う季語だというのである。
なるほど。単に初夏のうっすら汗ばむ季節を表すにとどまらず、「薄暑」だけで街のイメージを醸し出すのだ。季語、おもしろい。
第2部は第17回小野市詩歌文学賞の授賞式。短歌部門は黒木三千代『草の譜』、俳句部門は中村和弘『荊棘(おどろ)』。
フォーラム終了後の懇親会で、受賞者の黒木さんにお祝いと歌集の感想をお伝えすることができて嬉しかった。
2025年04月22日
神戸短歌祭のご案内
2025年04月11日
2025年04月10日
2025年03月16日
2025年03月14日
2025年03月10日
父の入所
今日、父が介護付き有料老人ホームへ入所した。
神奈川県の団地で長らくひとり暮らしをしていたのだが、昨年の夏から身体が衰えて、もう一人で生活するのは限界を迎えた。
施設は兄夫婦の自宅のすぐ近くなので、その点は今よりも安心だ。
父と電話で話をしたところ、思ったより部屋が広く、食事も美味しかったと喜んでいた。「早く慣れるように頑張るよ」とも言っていたので、心配をかけまいと思っているのかもしれない。
父が毎日少しでも楽に過ごせますように。
神奈川県の団地で長らくひとり暮らしをしていたのだが、昨年の夏から身体が衰えて、もう一人で生活するのは限界を迎えた。
施設は兄夫婦の自宅のすぐ近くなので、その点は今よりも安心だ。
父と電話で話をしたところ、思ったより部屋が広く、食事も美味しかったと喜んでいた。「早く慣れるように頑張るよ」とも言っていたので、心配をかけまいと思っているのかもしれない。
父が毎日少しでも楽に過ごせますように。
2025年03月02日
連載完結
現在発売中の「NHK短歌」3月号で、2年間にわたって連載してきた「こころ以上ことば未満」が完結した。
最終回はオノマトペの話。
連載にあたって注意したのは、引用歌の作者が偏らないようにすること。毎回4首の歌を引いて文章を書いたのだが、できるだけ違う作者の歌を取り上げるように心がけた。
計24回の連載で引用したのは、下記の92名の方々の歌。
阿木津英、秋山佐和子、石川啄木、石川美南、伊藤一彦、伊藤左千夫、岩尾淳子、上田三四二、梅内美華子、江戸雪、大滝和子、大辻隆弘、大松達知、岡井隆、奥村晃作、奥村知世、尾崎まゆみ、香川ヒサ、川口慈子、川野芽生、河野裕子、北山あさひ、紀貫之、久々湊盈子、草田照子、鯨井可菜子、楠誓英、黒木三千代、小島なお、小島ゆかり、小中英之、小林真代、小林幸子、三枝ミ之、斎藤茂吉、佐伯裕子、坂井修一、相良宏、佐佐木幸綱、佐藤佐太郎、里見佳保、嶋稟太郎、菅原百合絵、鈴木ちはね、高木佳子、高野公彦、竹山妙子、俵万智、千葉優作、鶴田伊津、時田則雄、toron*、中井スピカ、永井陽子、永田紅、中津昌子、西村曜、西村陽吉、橋本喜典、長谷川麟、花山多佳子、馬場昭徳、林和清、東直子、日高堯子、平出奔、広坂早苗、藤島秀憲、穂村弘、福士りか、本多真弓、前田康子、前田夕暮、松村正直、松本典子、松村由利子、真中朋久、光森裕樹、睦月都、安田純生、山川登美子、山木礼子、山崎方代、山階基、山田航、山名聡美、山本夏子、横山未来子、与謝野寛、吉川宏志、米川千嘉子、渡辺松男
作者のみなさん、ありがとうございました!
2025年02月28日
2025年02月23日
東京から
東京(神奈川)の父の家から帰ってきた。
父が今の団地に住み始めたのは1987年のこと。もともと単身で住んでいた叔父と一緒に暮らすようになったのだった。
それから20年して叔父が亡くなり、その後、団地の中で高齢者用の部屋に移って17年あまり。それなりに愛着もあることだろう。
でも、もうひとり暮らしは限界を迎えていて、その部屋から退去する日が近づいている。
父が今の団地に住み始めたのは1987年のこと。もともと単身で住んでいた叔父と一緒に暮らすようになったのだった。
それから20年して叔父が亡くなり、その後、団地の中で高齢者用の部屋に移って17年あまり。それなりに愛着もあることだろう。
でも、もうひとり暮らしは限界を迎えていて、その部屋から退去する日が近づいている。
2025年02月22日
2025年02月08日
2025年02月04日
寒波
冷暖房を使わない生活を始めて3度目の冬。
今日はこの冬一番の寒波がやって来たそうで、京都では最高気温7.9度、最低気温0.9度だった。外を歩いていても家の中にいても、確かに寒い。
でも、この冬一番の寒さかと言えばそうでもない。身体がもうこの冬の寒さに慣れているからだ。
人間の身体も季節によって変化するのだろう。今はもう冬になって2か月くらい経ったので、身体が完全に冬仕様になっている。冬仕様の身体は寒さに強い。
一方で、12月頃はまだ身体が冬仕様になっていないから、気温がそれほど低くなくても身体には堪える。人間の感じる寒さは単に気温だけではないということだ。
立春も過ぎて、あとは本格的な春の訪れを待つばかり。
今日はこの冬一番の寒波がやって来たそうで、京都では最高気温7.9度、最低気温0.9度だった。外を歩いていても家の中にいても、確かに寒い。
でも、この冬一番の寒さかと言えばそうでもない。身体がもうこの冬の寒さに慣れているからだ。
人間の身体も季節によって変化するのだろう。今はもう冬になって2か月くらい経ったので、身体が完全に冬仕様になっている。冬仕様の身体は寒さに強い。
一方で、12月頃はまだ身体が冬仕様になっていないから、気温がそれほど低くなくても身体には堪える。人間の感じる寒さは単に気温だけではないということだ。
立春も過ぎて、あとは本格的な春の訪れを待つばかり。
2025年01月26日
東京より
東京(神奈川)の父の家に2泊して帰ってきた。
父は血液がんの一種である骨髄異形成症候群にかかっていて、2週間に1度、赤血球と血小板の輸血が欠かせない。日常生活においても、頻繁に立ち眩みを起こして身体が硬直したり転倒したりしてしまう。
一緒にご飯を食べたり、相撲を見たり、雑談したりして過ごす。父は几帳面な性格なので部屋は片付いている。それでも、風呂場やトイレの掃除はできなくなったようなので掃除した。
マグロが食べたいと言うのでマグロ尽くしの寿司のパックを買ったところ、握りや鉄火巻は食べるのに、ネギトロには手を付けない。好きではないのかと聞くと、一度も食べたことがないと言う。84歳になって新しいものを食べようという気にはならないようだ。美味しいのにな。
もう自力で外出することはできない。治る病気ではないので、少しでも楽しいことのある日々を長く送れるようにしてあげたいと思う。
父は血液がんの一種である骨髄異形成症候群にかかっていて、2週間に1度、赤血球と血小板の輸血が欠かせない。日常生活においても、頻繁に立ち眩みを起こして身体が硬直したり転倒したりしてしまう。
一緒にご飯を食べたり、相撲を見たり、雑談したりして過ごす。父は几帳面な性格なので部屋は片付いている。それでも、風呂場やトイレの掃除はできなくなったようなので掃除した。
マグロが食べたいと言うのでマグロ尽くしの寿司のパックを買ったところ、握りや鉄火巻は食べるのに、ネギトロには手を付けない。好きではないのかと聞くと、一度も食べたことがないと言う。84歳になって新しいものを食べようという気にはならないようだ。美味しいのにな。
もう自力で外出することはできない。治る病気ではないので、少しでも楽しいことのある日々を長く送れるようにしてあげたいと思う。
2025年01月24日
2025年01月21日
出したい本あれこれ
これから出したいと思っている本。
・第6歌集
・『啄木ごっこ』(角川短歌に連載しているもの)
・『こころ以上ことば未満』(NHK短歌に連載しているもの)
・「戦争の歌」シリーズのオンラインセミナーのまとめ
・『やさしい鮫』復刊
・『午前3時を過ぎて』復刊
・『短歌は記憶する』の続篇
・第7歌集
夢はどんどん膨らむけれど、お金がなければどうしようもない。
・第6歌集
・『啄木ごっこ』(角川短歌に連載しているもの)
・『こころ以上ことば未満』(NHK短歌に連載しているもの)
・「戦争の歌」シリーズのオンラインセミナーのまとめ
・『やさしい鮫』復刊
・『午前3時を過ぎて』復刊
・『短歌は記憶する』の続篇
・第7歌集
夢はどんどん膨らむけれど、お金がなければどうしようもない。
2025年01月16日
『駅へ』7刷!
2021年に私の第1歌集『駅へ』の新装版が野兎舎から刊行されました。元の歌集は2001年の刊行なので、20年ぶりの復刊でした。
幸いなことに、新装版は多くの方にお読みいただくことができ、昨年11月に7刷まで版を重ねています。
在庫はまだまだありますので、版元の野兎舎のオンラインストア、またはアマゾン(電子書籍)、あるいは私のBOOTHにてお買い求めください。よろしくお願いします。
野兎舎オンラインストア
https://yatosha.stores.jp/items/600d346831862555b743dcdb
アマゾンKindle版(電子書籍)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B098T581V3/ref
松村正直BOOTH
https://masanao-m.booth.pm/
2025年01月15日
亡くなった人とテレビ
昨晩、たまたまテレビをつけたところ「家政夫のミタゾノ」を放送していた。そこに中山美穂が出演していた、喋ったり笑ったり怒ったりしていた。
中山美穂は昨年12月6日に亡くなったが、ドラマの収録はそれより前だったので、亡くなったばかりの人がテレビ画面の中に生きていたのである。
「あれっ? これと同じ事が前にもあったな」と思った。
調べてみると、それは3年前の2022年5月20日放送の「家政夫のミタゾノ」でのことだ。直前の5月11日に亡くなったばかりの「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵が出ていたのである。
その時、ちょっと胸に来るものがあって「海は見えない」という連作10首を詠んだ。
https://masanao-m.booth.pm/items/3908160
あの時と同じことが同じドラマのシリーズでまた起きたのである。
中山美穂は昨年12月6日に亡くなったが、ドラマの収録はそれより前だったので、亡くなったばかりの人がテレビ画面の中に生きていたのである。
「あれっ? これと同じ事が前にもあったな」と思った。
調べてみると、それは3年前の2022年5月20日放送の「家政夫のミタゾノ」でのことだ。直前の5月11日に亡くなったばかりの「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵が出ていたのである。
その時、ちょっと胸に来るものがあって「海は見えない」という連作10首を詠んだ。
https://masanao-m.booth.pm/items/3908160
あの時と同じことが同じドラマのシリーズでまた起きたのである。
2025年01月14日
朝日新聞の社説
今日の朝日新聞の社説を読んでいて気になったことがある。
「デジタル化社会を生きる」「「人間であること」という一線」という題の文章で、内容には特に異論はない。気になったのは、文中の短歌の引用に関してである。
という形で、朝日歌壇の入選歌が引かれている。
これは、昨年12月15日の朝日歌壇に掲載された横浜市の西前敦子さんの作品だ。でも、社説には歌だけが引かれていて作者名は載っていない。
こうした引用の仕方には強い違和感を覚える。「西前敦子」の四文字をなぜ入れなかったのだろう。有名歌人でなく投稿歌だから構わないと思ったのか。あるいは作者など誰でもいいと思っているのか。
同じ新聞に掲載された短歌なので著作権の問題はないのかもしれないが、短歌やその作者に対する敬意がまったく感じられない。他人が苦心して詠んだ作品を、ちょいっとつまみ食いしているようなものではないか。
こうした作者名抜きの引用はダメだと、一歌人としてはっきり言っておきたい。
「デジタル化社会を生きる」「「人間であること」という一線」という題の文章で、内容には特に異論はない。気になったのは、文中の短歌の引用に関してである。
ジタンとかタイパと言ってせわしなく時間に追われる令和の日々かな――先月の朝日歌壇にそんな投稿があった。
という形で、朝日歌壇の入選歌が引かれている。
これは、昨年12月15日の朝日歌壇に掲載された横浜市の西前敦子さんの作品だ。でも、社説には歌だけが引かれていて作者名は載っていない。
こうした引用の仕方には強い違和感を覚える。「西前敦子」の四文字をなぜ入れなかったのだろう。有名歌人でなく投稿歌だから構わないと思ったのか。あるいは作者など誰でもいいと思っているのか。
同じ新聞に掲載された短歌なので著作権の問題はないのかもしれないが、短歌やその作者に対する敬意がまったく感じられない。他人が苦心して詠んだ作品を、ちょいっとつまみ食いしているようなものではないか。
こうした作者名抜きの引用はダメだと、一歌人としてはっきり言っておきたい。
2025年01月01日
謹賀新年
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
今年の目標は…
本年もよろしくお願いします。
今年の目標は…
・ 第6歌集を出す。
・「啄木ごっこ」の連載を完結する。
・「パンの耳」第9号、第10号を発行する。
・ 父に会いにできるだけ多く東京に行く。
・ 部屋を清潔に保ち健康に過ごす。
2024年12月29日
今日の朝日新聞から
今日の朝日新聞から印象に残った記事を二つ。
まずは、岸本尚毅の俳句時評「「写生」は言語操作」。岸本は宇井十間の評論集『俳句以後の世界』を引きながら、次のように書く。
これは短歌にもそのまま当てはまる話で、とても重要な指摘だ。
もう一つは、有田哲文記者のコラム「日曜に想う」。前田勉『江戸の読書会』を取り上げて、江戸時代の学習法である「会読」について記している。
これは、まさに歌会のあり方そのものだ。歌の前では誰でも平等。自由に意見を交わし合い、みんなで協力して一首の読みを深めていく。
そうした姿勢が大事なのは、短歌に限らない話なのだろう。
まずは、岸本尚毅の俳句時評「「写生」は言語操作」。岸本は宇井十間の評論集『俳句以後の世界』を引きながら、次のように書く。
俳句に「現前性」をもたらす「写生」という手法は、一般に考えられているような「見たまま」の描写ではなく、むしろ「言語操作」なのである。
これは短歌にもそのまま当てはまる話で、とても重要な指摘だ。
もう一つは、有田哲文記者のコラム「日曜に想う」。前田勉『江戸の読書会』を取り上げて、江戸時代の学習法である「会読」について記している。
一つの特徴が「遊び」の要素で、誰が書物を深く読めるかを競い合った。身分の上下に関係なく、実利にもつながらないからこそ、熱くなれた。
もう一つの特徴が、異なる意見に出合い、そこから学ぼうとする姿勢だ。加賀藩の藩校・明倫堂は学生にこう求めた。明白な結論に至るため、虚心に討論しよう。みだりに自分の意見を正しいとし、他人の意見を間違いとする心を持つのは見苦しい――。
これは、まさに歌会のあり方そのものだ。歌の前では誰でも平等。自由に意見を交わし合い、みんなで協力して一首の読みを深めていく。
そうした姿勢が大事なのは、短歌に限らない話なのだろう。
2024年12月28日
仕事納め
年内の原稿の締切をようやくすべてクリアした。
気が付けば今年ももう残り3日。
少し部屋を片付けることにしようか。
気が付けば今年ももう残り3日。
少し部屋を片付けることにしようか。
2024年12月26日
残り1本
年内が締切の原稿は残り1本。
あっと言う間に大晦日が近づいてきた。
他にもいろいろやりたいことがあったのだけれど、とりあえず原稿に集中。
あっと言う間に大晦日が近づいてきた。
他にもいろいろやりたいことがあったのだけれど、とりあえず原稿に集中。
2024年12月23日
第1回短歌研究評論賞
現在発売中の「短歌研究」2025年1・2月号に「第1回短歌研究評論賞」の応募要項が発表されました。昨年まで42回続いた現代短歌評論賞をリニューアルした賞になります。
昨年に引き続き、この賞の選考委員を務めることになりました。意欲的な評論のご応募をお待ちしております。
応募要項は短歌研究社のホームページでも確認できます。
→ こちら
2024年12月20日
残り3本
今年も残すところ10日あまり。
年末モードでゆっくり過ごしたいのだが、まだ年内の原稿の締切が3本残っている。
それを書き上げるまでは年が越せない……。
年末モードでゆっくり過ごしたいのだが、まだ年内の原稿の締切が3本残っている。
それを書き上げるまでは年が越せない……。
2024年12月07日
日々のクオリア
今日の砂子屋書房HPの「日々のクオリア」で『駅へ』の歌を取り上げていただきました。
https://sunagoya.com/tanka/?p=34592
『駅へ』巻頭の連作「フリーター的」は1999年の角川短歌賞の次席になったもの。もう25年も経ったのかと思うと感慨深いですね。
『駅へ』(新装版)は野兎舎のオンラインストアやAmazon(Kindle版)にて販売中です。
・野兎舎のオンラインストア
・Amazon(Kindle版)

https://sunagoya.com/tanka/?p=34592
車窓から見える奇妙な建物をいつの日か僕は訪ねるだろう
/『駅へ』
『駅へ』巻頭の連作「フリーター的」は1999年の角川短歌賞の次席になったもの。もう25年も経ったのかと思うと感慨深いですね。
『駅へ』(新装版)は野兎舎のオンラインストアやAmazon(Kindle版)にて販売中です。
・野兎舎のオンラインストア
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2024年11月27日
行ってみたいところ
死ぬまでに行ってみたいところのリスト。
関西でもまだ行ってないところがあるな。
根室、夕張、横手、角館、大石田、長岡、諏訪湖、横須賀、養老、伊勢神宮、高野山、新宮、城崎温泉、対馬、五島列島、佐世保、大牟田、屋久島、父島・母島
関西でもまだ行ってないところがあるな。
2024年11月25日
岩国市民短歌大会
2024年11月23日
岩国へ
岩国市民短歌大会で講演をするため、今日から2泊3日で岩国へ行ってきます。
岩国に行くのは20年ぶりくらいかな。
岩国に行くのは20年ぶりくらいかな。
2024年11月16日
現代短歌社3賞の授賞式・祝賀会
今日はエースホテル京都で開催された現代短歌社の3つの賞の授賞式・祝賀会に参加した。
上川さんは私が選考委員をしていた第10回の現代短歌社賞で次席になった方。今回再挑戦して見事に受賞されたのを見て感慨深かった。
会場では、香川哲三、三枝浩樹、正岡豊、門脇篤史、森山緋紗、土居文恵、雲嶋聆、三潴忠典、川上まなみ、といった方々と話をした。
京都で短歌の授賞式が行われるというのは、けっこう画期的なことだと思う。
・第11回佐藤佐太郎短歌賞 一ノ関忠人『さねさし曇天』
・第12回現代短歌社賞 上川涼子「水と自由」300首
・第5回BR賞 野川りく「ここではじまっている」
上川さんは私が選考委員をしていた第10回の現代短歌社賞で次席になった方。今回再挑戦して見事に受賞されたのを見て感慨深かった。
会場では、香川哲三、三枝浩樹、正岡豊、門脇篤史、森山緋紗、土居文恵、雲嶋聆、三潴忠典、川上まなみ、といった方々と話をした。
京都で短歌の授賞式が行われるというのは、けっこう画期的なことだと思う。
2024年11月14日
『駅へ』の歌の一首評
2021年に『駅へ』新装版を出したおかげで、この第1歌集を読んでくださる方がだいぶ増えたようだ。ネットで取り上げられている一首評をいくつかご紹介。
・「短歌研究室」
待つように言ったら待ってくれたろう二十分でも二十年でも
https://shikimorimisao.com/tanka/matsumuramasanao/
・「tankalife」
煙草吸う友は煙草の自販機の場所に詳しいそれだけのことだ
https://tankalife.net/vending_machine14/
・「1分で短歌解説」
手を出せば水の出てくる水道に僕らは何を失うだろう
https://www.youtube.com/watch?v=v2P_BNtwbi8
みなさん実に丁寧に一首を読み解いてくださっていて、とてもありがたい。
・「短歌研究室」
待つように言ったら待ってくれたろう二十分でも二十年でも
https://shikimorimisao.com/tanka/matsumuramasanao/
・「tankalife」
煙草吸う友は煙草の自販機の場所に詳しいそれだけのことだ
https://tankalife.net/vending_machine14/
・「1分で短歌解説」
手を出せば水の出てくる水道に僕らは何を失うだろう
https://www.youtube.com/watch?v=v2P_BNtwbi8
みなさん実に丁寧に一首を読み解いてくださっていて、とてもありがたい。
2024年11月10日
倉吉から
第53回鳥取県民短歌大会で「平明で奥深い歌」という講演をして帰ってきました。
特急「スーパーはくと」で京都⇔倉吉は直通なので便利でした。片道約3時間40分。
大会の準備・運営に当たられた鳥取県歌人会のみなさん、お疲れさまでした。久しぶりにお会いする方も多く、楽しい2日間でした。
特急「スーパーはくと」で京都⇔倉吉は直通なので便利でした。片道約3時間40分。
大会の準備・運営に当たられた鳥取県歌人会のみなさん、お疲れさまでした。久しぶりにお会いする方も多く、楽しい2日間でした。
2024年11月09日
2024年11月05日
体調回復
しばらく体調を崩していましたが、だいぶ回復してきました。
現在80%くらいの状態です。
秋晴れの気持ちの良い日が続いています。
現在80%くらいの状態です。
秋晴れの気持ちの良い日が続いています。
2024年10月30日
11月12月の予定
9月〜12月にかけては短歌のイベントが多い。
備忘のために、11月12月の予定を書いておこう。
11月 2日(土) 国際啄木学会関西支部研究会
11月10日(日) 鳥取県民短歌大会 講演「平明で奥深い歌」
11月16日(土) 現代短歌社授賞式・祝賀会
11月17日(日) 第16回別邸歌会
11月24日(日) 岩国市民短歌大会 講演「短歌と省略」
12月 1日(日) 現代歌人集会秋季大会
12月 8日(日) 明星研究会
NHK学園の新しい講座「N学短歌plus」も始まります。
https://college.coeteco.jp/bundles/b8arse6P
どうぞ、よろしくお願いします。
備忘のために、11月12月の予定を書いておこう。
11月 2日(土) 国際啄木学会関西支部研究会
11月10日(日) 鳥取県民短歌大会 講演「平明で奥深い歌」
11月16日(土) 現代短歌社授賞式・祝賀会
11月17日(日) 第16回別邸歌会
11月24日(日) 岩国市民短歌大会 講演「短歌と省略」
12月 1日(日) 現代歌人集会秋季大会
12月 8日(日) 明星研究会
NHK学園の新しい講座「N学短歌plus」も始まります。
https://college.coeteco.jp/bundles/b8arse6P
どうぞ、よろしくお願いします。
2024年10月28日
父と選挙
神奈川県でひとり暮らしをしている84歳の父が、昨日、衆議院議員選挙に行ってきたそうだ。半月前に屋外で転倒して救急車で搬送され、顔に大きな内出血の痣ができたばかりなのだが、投票所まで約500メートルの距離を30分ほどかけて、ゆっくり歩いて往復したとのこと。
無理せずにタクシーを使ったらとも言ったのだが、これくらいの距離を歩けなくなったらおしまいだと思って歩き、何とか無事に往復できたらしい。これまで選挙には欠かさず参加しているので、何としてでも行きたかったそうだ。
やはり投票できた喜びは大きかったようで、今日は電話で政治の話をあれこれ喋っていた。いろいろ心配なことはあるけれど、本人のやる気があるうちはあまり制限を設けずに、自由にやらしてあげたいなと思う。
無理せずにタクシーを使ったらとも言ったのだが、これくらいの距離を歩けなくなったらおしまいだと思って歩き、何とか無事に往復できたらしい。これまで選挙には欠かさず参加しているので、何としてでも行きたかったそうだ。
やはり投票できた喜びは大きかったようで、今日は電話で政治の話をあれこれ喋っていた。いろいろ心配なことはあるけれど、本人のやる気があるうちはあまり制限を設けずに、自由にやらしてあげたいなと思う。
2024年10月05日
佐太郎と三四二
上田三四二の短歌を読んでいると、しばしば佐藤佐太郎からの影響を感じる。
三四二は『短歌一生』の中でも、繰り返し佐太郎に言及している。
両者の歌には似ている点も多いが、佐太郎の歌がドライであるのに対して、三四二の方はややウェットだと言えるだろう。
大木(たいぼく)の幹の間ほそきひかりさし光の幅に霧はかがやく/『黙契』
茫然と机に居ればをりふしの風に灰皿の灰うごきをり/『雉』
水槽に降り込む雪は水の輪のなかにしばらくかたちを保つ/『湧井』
冬樹々のかげこまやかにうつる池かげの投網(とあみ)のなかに鯉ゐる/『照徑』
三四二は『短歌一生』の中でも、繰り返し佐太郎に言及している。
私は初学のころより斎藤茂吉に惹かれ、かさねて、『帰潮』を機に佐藤佐太郎に親炙して今日にいたっているが、(…)佐藤氏に受けた影響の大きさは門下の人々におとるとは思えないにもかかわらず、直接、その門をたたくことをしなかった。
佐藤氏は短歌の中で物の把握をもっとも徹底しておこなってきた人で、ここでも「風にかたむく」にその実行がある。それは実景であり、実景でなければならないが、しかしただの写生を越えたものがある。心眼と言いたいものがはたらいている。
両者の歌には似ている点も多いが、佐太郎の歌がドライであるのに対して、三四二の方はややウェットだと言えるだろう。
2024年10月02日
傷痍軍人と国立病院
日本の国立病院(現・独立行政法人国立病院機構)の多くは、戦前の陸軍病院・海軍病院・軍事保護院(傷痍軍人療養所)がもとになっている。
という話を、この夏のオンラインイベント「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? ― 村山壽春の短歌」でした。
上田三四二は1952年から9年間、京都府久世郡城陽町(現・城陽市)の国立京都療養所(現在の国立病院機構南京都病院)で働くが、ここの前身も1939年設立の傷痍軍人京都療養所であった。
という話を、この夏のオンラインイベント「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? ― 村山壽春の短歌」でした。
上田三四二は1952年から9年間、京都府久世郡城陽町(現・城陽市)の国立京都療養所(現在の国立病院機構南京都病院)で働くが、ここの前身も1939年設立の傷痍軍人京都療養所であった。
医の業(わざ)をたのしともなく山裾の療舎にわかき十年(ととせ)すぎにき/『遊行』
寝台に正座し待ちし傷痍軍人も診たりきわかき結核医われ
2024年09月22日
父と過ごす時間
84歳の父は神奈川県でひとり暮らしをしている。
父の家に泊まったついでに、父の生い立ちや親族や仕事のことなど1時間ばかり話を聞いてみた。最初はぽつりぽつりという感じだったが、だんだんと記憶が甦ってきたのか、自分から積極的に話をしてくれた。
父と母は私が高校2年の時に離婚した。それ以前も父とは仲が悪かったので、父については知らないことが多い。今回はじめて知ったこともいくつかあった。
父の生い立ちは複雑だ。父の生母は昭和20年、父が5歳の時に結核性の腹膜炎で亡くなった。ほとんど記憶にないらしい。その後、消防士だった祖父は2人の後妻を迎えた(1人目はすぐに離婚)。
父はもともと兄・姉・弟がいて4人きょうだいだったが、それ以外に義母の連れ子が2人と、新たに生まれた異母きょうだいが2人、全部で8人の子がいた。(後に祖父は2人目の後妻とも離婚する)
「オレみたいに複雑な生まれの人もあまりいないでしょ」
中学卒業後、父は集団就職で東京に出てきて、業務用冷蔵庫の製造・販売・修理の会社で働き始める。二十数年働いたところで会社が倒産(私が小学生の頃)、関連会社に勤めたものの、そこも業務縮小により解雇された。
その後、企業のメール便配送の仕事をして、最後は養護学校の送迎の運転手を80歳まで勤めた。15歳から80歳まで実に65年間も働いてきた人生だったわけだ。
「だから、働き過ぎたんだよね」
父は体調がよくなったら、もう何年も行っていない両親の墓参りに行きたいらしい。また、施設に入っている姉にも会いに行きたいようだ。何とかしてあげたいと思うけれど、現状ではなかなか難しい。
父の家に泊まったついでに、父の生い立ちや親族や仕事のことなど1時間ばかり話を聞いてみた。最初はぽつりぽつりという感じだったが、だんだんと記憶が甦ってきたのか、自分から積極的に話をしてくれた。
父と母は私が高校2年の時に離婚した。それ以前も父とは仲が悪かったので、父については知らないことが多い。今回はじめて知ったこともいくつかあった。
父の生い立ちは複雑だ。父の生母は昭和20年、父が5歳の時に結核性の腹膜炎で亡くなった。ほとんど記憶にないらしい。その後、消防士だった祖父は2人の後妻を迎えた(1人目はすぐに離婚)。
父はもともと兄・姉・弟がいて4人きょうだいだったが、それ以外に義母の連れ子が2人と、新たに生まれた異母きょうだいが2人、全部で8人の子がいた。(後に祖父は2人目の後妻とも離婚する)
「オレみたいに複雑な生まれの人もあまりいないでしょ」
中学卒業後、父は集団就職で東京に出てきて、業務用冷蔵庫の製造・販売・修理の会社で働き始める。二十数年働いたところで会社が倒産(私が小学生の頃)、関連会社に勤めたものの、そこも業務縮小により解雇された。
その後、企業のメール便配送の仕事をして、最後は養護学校の送迎の運転手を80歳まで勤めた。15歳から80歳まで実に65年間も働いてきた人生だったわけだ。
「だから、働き過ぎたんだよね」
父は体調がよくなったら、もう何年も行っていない両親の墓参りに行きたいらしい。また、施設に入っている姉にも会いに行きたいようだ。何とかしてあげたいと思うけれど、現状ではなかなか難しい。
2024年09月21日
短歌研究三賞授賞式
2024年09月18日
「ぬえ的」をめぐって
以前、土屋文明が短歌の言葉は文語でも口語でもなく、新旧取りまぜで「ぬえ的」なものだと論じた話をブログに書いたことがある。
https://matsutanka.seesaa.net/article/425594195.html
今日、江戸後期の国学者石原正明の『年々随筆』巻二 にこれとほとんど同じ話が載っていることを知った。
「頼政の卿の射たりけむ怪鳥」=ぬえ、である。
古い言葉と新しい言葉の混在について、文明が「悪くいえばぬえ的、よくいえば両者の長を取った新しい一つの領域というもの」と肯定的に捉えているのに対して、石原は「みぐるしきわざならずや」と否定的だ。
そうした違いはあるけれど、ぬえに喩える点では約150年の時を隔てて共通しているのが面白い。
https://matsutanka.seesaa.net/article/425594195.html
今日、江戸後期の国学者石原正明の『年々随筆』巻二 にこれとほとんど同じ話が載っていることを知った。
すべて世の事と詞と打ちあいたる物にしあれば、今時の雑事を、古言にいいとらん事、難きわざなり。されば俗語も入りまじりて、頼政の卿の射たりけむ怪鳥のごとく、かしらは猿、尾はくちなはにて、みぐるしきわざならずや。
「頼政の卿の射たりけむ怪鳥」=ぬえ、である。
古い言葉と新しい言葉の混在について、文明が「悪くいえばぬえ的、よくいえば両者の長を取った新しい一つの領域というもの」と肯定的に捉えているのに対して、石原は「みぐるしきわざならずや」と否定的だ。
そうした違いはあるけれど、ぬえに喩える点では約150年の時を隔てて共通しているのが面白い。
2024年09月11日
残りすくなきいのち
花山多佳子『三本のやまぼふし』にこんな歌があった。
この歌の元になっているのは次の歌。
牧水が1921(大正10)年に上高地を訪れた時の歌で、「わが伴へる老案内者に酒を与ふれば生来の好物なりとてよろこぶこと限りなし」という詞書が付いている。牧水も酒好きだったので、ガイドの喜びようが胸に沁みたのだろう。
牧水はこの旅から7年後、1928(昭和3)年に43歳という若さで亡くなる。「残りすくなきいのち」であったのは、むしろ牧水の方だったのかもしれない。
残りすくなきいのちと詠まれし老人は牧水よりも長く生きけむ
この歌の元になっているのは次の歌。
老人(としより)のよろこぶ顔はありがたし残りすくなきいのちをもちて
/若山牧水『山桜の歌』
牧水が1921(大正10)年に上高地を訪れた時の歌で、「わが伴へる老案内者に酒を与ふれば生来の好物なりとてよろこぶこと限りなし」という詞書が付いている。牧水も酒好きだったので、ガイドの喜びようが胸に沁みたのだろう。
牧水はこの旅から7年後、1928(昭和3)年に43歳という若さで亡くなる。「残りすくなきいのち」であったのは、むしろ牧水の方だったのかもしれない。
2024年08月27日
総力戦というもの
『稲の大東亜共栄圏』を読んで印象に残った言葉がある。
永井威三郎『随筆水陰草』(1942年)に記されたものだ。永井はまた少年少女向けの『日本の米』(1943年)の中で、ドイツが食糧難により第一次世界大戦で敗北した事実をもとに、
と書いている。
ドイツの敗北から得たこの教訓は、大日本帝国陸軍にも広く共有されたものであった。そこから生まれるのが「総力戦」という考えである。先日読んだ『東條英機』から引く。
つまり、戦争は武力だけでなく、経済戦であり、思想戦であり、情報戦であり、文化戦でもあるというわけだ。こうした思考は、いわゆる戦争協力の問題を考える際に欠かせないものだろう。
先日観た映画「アナウンサーたちの戦争」にも「電波戦」という言葉が出てきた。ナチスのプロパガンダ戦にならってラジオ放送で戦意高揚を図るとともに、戦場では偽の情報を流して敵を混乱させるというものだ。
もちろん、歌人も例外ではない。斎藤瀏『わが悲懐』(1942年)には、次のような認識が示されている。
この文章を現在の目で見て批判するのは簡単なことだが、その前にこうした認識がどのようにして生まれたのかを理解しておく必要もあるだろう。
大東亜戦とは米と小麦、水田と畑との文化戦である。稲を作り米を食ふ民衆が、麺麭を食ひ、小麦を作る民族に決して劣らない、否彼の為し得ざる処を成し遂げることを事実に示す秋が到来した。
永井威三郎『随筆水陰草』(1942年)に記されたものだ。永井はまた少年少女向けの『日本の米』(1943年)の中で、ドイツが食糧難により第一次世界大戦で敗北した事実をもとに、
あの大戦争は、つまりはたべ物のあるなしで、勝ち負けがきまつたとも考へられます。
と書いている。
ドイツの敗北から得たこの教訓は、大日本帝国陸軍にも広く共有されたものであった。そこから生まれるのが「総力戦」という考えである。先日読んだ『東條英機』から引く。
東條は、第一次世界大戦を経た今日においては「武力、経済、思想攻略等各種作戦を、一元的に統制する国家が、近代戦争の勝利者たることができる」と言い切り、ロシアなどの対日思想戦、プロパガンダ戦の脅威を指摘して(…)
つまり、戦争は武力だけでなく、経済戦であり、思想戦であり、情報戦であり、文化戦でもあるというわけだ。こうした思考は、いわゆる戦争協力の問題を考える際に欠かせないものだろう。
先日観た映画「アナウンサーたちの戦争」にも「電波戦」という言葉が出てきた。ナチスのプロパガンダ戦にならってラジオ放送で戦意高揚を図るとともに、戦場では偽の情報を流して敵を混乱させるというものだ。
もちろん、歌人も例外ではない。斎藤瀏『わが悲懐』(1942年)には、次のような認識が示されている。
新体制は従つて、国民各自に国防観念と国防力を充実するを要求する。高度国防は国家の総力を綜合することによつて、達せらるゝ故に、政治、外交、産業、経済、教育、文化、思想総てが国防を負担するを要する。(…)このことを歌人についていへば、歌人も国防人であるべく、その行動する短歌も消極的には国防を傷けず、積極的には国防を強化しなければならぬ。
この文章を現在の目で見て批判するのは簡単なことだが、その前にこうした認識がどのようにして生まれたのかを理解しておく必要もあるだろう。
2024年08月15日
2024年07月27日
足で調べる
良真実さんと暮田真名さんのラジオ「短歌・川柳耳学問」の「夏休み集中講座・月のコラムを読むC」を聞いていたら、今年から現代短歌評論賞の選考委員になった私についての言及があった。
11:20あたりから。
https://open.spotify.com/episode/44BqJT41FgxqXitA5ZgQT6
「情熱がすごくて行動派」
「フリーのジャーナリストですかって感じでフットワークが軽い」
「松村さんがヤバすぎるんですよね」
こんなふうに言ってもらえると、けっこう嬉しい。
私が短歌評論を書く際に現地に出向いたりするようになったきっかけは、『高安国世の手紙』の連載8回目「榎南謙一を探して」で岡山県の旧金光町を訪れたこと。この取材で高安の古い友人であった榎南について突き止めることができ、はっきりとした手応えを感じたのだ。
評論にはいろいろなアプローチの仕方があるけれど、私にはこの「足で調べる」方法が向いている気がした。それ以来、高安山荘に行ったり、サハリンに行ったり、渋民に行ったり、北海道に行ったり、堀之内に行ったりするようになり、今に至っている。
11:20あたりから。
https://open.spotify.com/episode/44BqJT41FgxqXitA5ZgQT6
「情熱がすごくて行動派」
「フリーのジャーナリストですかって感じでフットワークが軽い」
「松村さんがヤバすぎるんですよね」
こんなふうに言ってもらえると、けっこう嬉しい。
私が短歌評論を書く際に現地に出向いたりするようになったきっかけは、『高安国世の手紙』の連載8回目「榎南謙一を探して」で岡山県の旧金光町を訪れたこと。この取材で高安の古い友人であった榎南について突き止めることができ、はっきりとした手応えを感じたのだ。
評論にはいろいろなアプローチの仕方があるけれど、私にはこの「足で調べる」方法が向いている気がした。それ以来、高安山荘に行ったり、サハリンに行ったり、渋民に行ったり、北海道に行ったり、堀之内に行ったりするようになり、今に至っている。
2024年07月18日
2024年07月13日
女性歌人の歌集シリーズ
黒木三千代『クウェート』(1994)は本阿弥書店の「ニューウェイブ女性歌集叢書」(1992〜1995、10冊)の1冊として刊行された。ラインナップは以下の通り。
「ニューウェイブ」という名が付けられているが、短歌史的な意味での「ニューウェーブ」とは関係ない。全体にやや地味な印象と言っていいだろう。
この時期、河出書房新社も「同時代の女性歌集」(1991〜1994、15冊)というシリーズを刊行している。
『サラダ記念日』がベストセラーになった俵の第2歌集をはじめ、錚々たる歌集が並ぶ。今ではベテラン歌人ばかりだが、当時はまだ30代・40代の若手・中堅歌人であった。彼女たちを選んだ河出書房新社の力量をまざまざと感じる。
1 梅津ふみ子『わらふ山鳩』
2 木畑紀子『女時計』
3 草田照子『天の魚』
4 久慈こうこ『星河原』
5 黒木三千代『クウェート』
6 五所美子『三耳壷』
7 斎藤佐知子『風峠』
8 高旨清美『珈琲パペット』
9 中野昭子『たまはやす』
10 吉宗紀子『緑の卵』
「ニューウェイブ」という名が付けられているが、短歌史的な意味での「ニューウェーブ」とは関係ない。全体にやや地味な印象と言っていいだろう。
この時期、河出書房新社も「同時代の女性歌集」(1991〜1994、15冊)というシリーズを刊行している。
俵万智『かぜのてのひら』
道浦母都子『風の婚』
李正子『ナグネタリョン』
林あまり『最後から二番目のキッス』
大田美和『きらい』
沖ななも『ふたりごころ』
松平盟子『たまゆら草紙』
井辻朱美『コリオリの風』
干場しおり『天使がきらり』
早坂類『風の吹く日にベランダにいる』
今野寿美『若夏記』
米川千嘉子『一夏』
永井陽子『モーツァルトの電話帳』
佐伯裕子『あした、また』
栗木京子『綺羅』
『サラダ記念日』がベストセラーになった俵の第2歌集をはじめ、錚々たる歌集が並ぶ。今ではベテラン歌人ばかりだが、当時はまだ30代・40代の若手・中堅歌人であった。彼女たちを選んだ河出書房新社の力量をまざまざと感じる。
2024年06月19日
くにたち短歌大会

今年の「くにたち短歌大会」(主催:NHK学園、共催:日本歌人クラブ)の選者を務めることになりました。
たくさんのご応募、お待ちしております。
https://www.n-gaku.jp/life/topics/8719
2024年06月15日
歌集を読む楽しみ
歌集を読みながら、先行するさまざまな歌からの影響や広い意味での本歌取りを思い浮かべるのは楽しい。
「疾風+女性」というモチーフに共通したものがある。
「身体(からだ)○倍なる」はかなり目立つ表現で印象的。
文脈上のねじれを伴う歌。大辻が「浮遊する「は」」と名付けた手法である。
疾風に胸を圧されて自転車を漕ぎなづみゐる女学生ひとり
/大辻隆弘『橡と石垣』
疾風を押しくるあゆみスカートを濡れたる布のごとくにまとふ
/上田三四二『遊行』
「疾風+女性」というモチーフに共通したものがある。
米国大統領来日
天皇と天皇に身体二倍なるドナルド・トランプ歩みゆく様
/大辻隆弘『橡と石垣』
わが妻のからだ五倍なる小錦が土俵を去りしのちのしづかさ
/小池光『静物』
「身体(からだ)○倍なる」はかなり目立つ表現で印象的。
ひと厭ふこころにあゆむ川の辺は楢のこずゑの夕しづむ音
/大辻隆弘『橡と石垣』
連結を終りし貨車はつぎつぎに伝はりてゆく連結の音
/佐藤佐太郎『帰潮』
文脈上のねじれを伴う歌。大辻が「浮遊する「は」」と名付けた手法である。