2022年07月10日

豊岡の街歩き

豊岡市はカバンの生産量が日本一。
柳行李から始まる長い伝統を持つ地場産業だ。


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14軒のカバン関連の店が立ち並ぶ「カバンストリート」。


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何とカバンの自動販売機まである!


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豊岡中央公園に展示されているSL。C57形11号。
1937年製造、1972年廃車。260万キロ以上走った車両とのこと。
現役で走った35年間よりも長く、もう50年ここにいることになる。


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寿ロータリー。

日本では珍しいラウンドアバウトになっていて、放射状に6本の道につながっている。地上からの写真ではよくわからないので、案内板にあった高い所からの写真も載せておこう。


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ロータリーに面した会社の建物の3階から撮影したもののようだ。
観光スポットとして開放してもらえないかな〜。


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豊岡市役所旧本庁舎。旧豊岡町役場。
1927年竣工の美しい建物が保存・活用されている。

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2022年06月17日

えきそば

6月26日(日)に姫路文学館の望景亭で歌会をするので、その下見に行ってきた。京都から姫路まで新快速で約1時間30分。

文学館の常設展を見て、事務所の担当の方と話をして、姫路の町をしばらくぶらぶら歩く。

帰りに駅のホームで見かけた「えきそば」。


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姫路の名物の「まねきのえきそば」。

一般的な駅そばとは違う。スタイルは一般的な立ち食いそばだが、蕎麦ではなく中華麺を使っている。

https://www.maneki-co.com/ekisoba/

天ぷらえきそば390円を、平日14:00〜17:00のタイムサービス350円でいただいた。1949年誕生の「えきそば」。これからも長く続いていってほしい。

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2022年06月06日

石田杜


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石田杜(いわたのもり)は万葉集以来の歌枕の地。
京都市伏見区石田森西にある「天穂日命(あめのほひのみこと)神社」が、その地に当たるとされている。現在の地名は「いしだ」。


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神社の入口近くに立つ歌碑。
山科の石田の小野のははそ原見つつか君が山道越ゆらむ
           藤原宇合「万葉集」


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ひぐらしの涙やよそに余るらん秋と石田の森の下風
           順徳院「順徳院御集」


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石の鳥居は裏側から鉄骨で補強されていた。
表から見ると、ほとんどわからないようになっている。

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2022年03月30日

房総旅行(その3)

3日目、旅行の最終日。


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館山は晴れ。東京湾は穏やかに晴れ渡っている。


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JR内房線に乗って、太平洋岸の和田浦まで行くと一転して曇り。
波も立っていて、やはり外海は表情も違う。


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いちめんのなのはな。
房総半島の花シーズンは既に終盤に入っている。

と言っても、別に花を見に来たわけではなくて、目的はクジラ。


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和田浦駅のホームに置かれているツチクジラの頭骨。

2022年1月の水産庁「捕鯨をめぐる情勢」によれば、現在、日本で捕鯨が行われているのは、基地式(小型沿岸)捕鯨が4か所(網走、鮎川、和田、太地)で、母船式が1か所(下関)。和田町では7月から9月にかけてツチクジラを獲っている。


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花夢花夢(カムカム)広場にあるモニュメント。


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「道の駅 和田浦WA・O!」の前に展示されているシロナガスクジラの骨格標本のレプリカ。全長26メートル。


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南房総市役所和田地域センターにある鯨資料館。

日本有数のクジラコレクターである細田徹氏のコレクションの一部が「勇魚文庫・鯨資料館」として展示・公開されている。


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「鯨の郷土玩具」だけでも、全国各地の物が集められており見応え十分の内容だ。


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くじら料理の店「ぴ〜まん」の「くじら御膳(黒滝)」2200円。
https://www.wadapman.com/

赤身と皮の刺身、竜田揚げ、カツ、佃煮など、クジラ尽くしとなっている。どれも美味しい。

ひたすらよく歩いて、よく食べて、よく眠った3日間だった。

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2022年03月29日

房総旅行(その2)

2日目は曇天。

朝から館山海軍航空隊の赤山地下壕跡へ行く。館山は幕末に台場が設置され、明治になってからは東京湾要塞地帯となり、1930年には海軍航空隊が置かれた。現在も海上自衛隊館山航空基地があり、各地に戦争遺跡が残っている。


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地下壕の入口。入壕料は大人200円。
壕に入る際にはヘルメットと懐中電灯を渡される。


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標高60メートルの「赤山」に掘られた地下壕で、総延長は2キロを超える。公開されているのはその一部だが、網目のようになっている通路をかなり自由に見て回ることができる。


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館山周辺は海底が隆起してできた地形で、壕内には美しい地層がくっきりと見えている。


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壁をアップにすると、こんな感じ。


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続いて館山城へ。
里見氏の居城だったところ。


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民謡里見節の詩碑と城。

城は現在、八犬伝博物館になっている。滝沢馬琴『南総里見八犬伝』の舞台である。


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天守閣からの眺め。

目の前に東京湾が広がる。里見氏はこの東京湾の制海権をめぐって、相模の北条氏と長く争っていたらしい。現在の感覚で見ると安房は陸地の外れに見えるのだが、海上交通の盛んだった昔はむしろ最先端の土地であったのだ。

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2022年03月27日

房総旅行(その1)

2泊3日で房総半島を旅行してきた。

行きは京都から新幹線で品川、品川からバスで東京アクアラインを通って木更津へ。その後、内房線で館山へ行って2泊。帰りは金谷港から東京湾フェリーで三浦半島の久里浜港へ。そして、新横浜から新幹線で京都という行程。

初日はロープウェイで鋸山に登る。


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標高329メートル。
かつての石切場などがある山。


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山頂から眺める東京湾。
270度くらい海に囲まれている。


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日本寺の境内にある百尺観音。
圧倒的な大きさだ。完成まで6年の歳月を要したとのこと。


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有名な「地獄のぞき」。
一番の人気スポットで、行列ができていた。


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通天閣(二天門)。
岩に空いた穴を通って石段が続いている。


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石段をひたすら下りてようやく姿を現した大仏。
鎌倉や奈良の大仏を上回る大きさ。


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大仏。
高さ31メートル。圧倒的な大きさである。

日本寺の境内は山の斜面に広がっていて、あちこち見て回ろうと思うと、高低差がすごい。石段を何段のぼったり下ったりしたことか。境内の案内図は平面図のように見えて実は立面図なのだった。

旅行初日だというのに、膝ががくがくして足が痛い。

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2022年02月27日

江原河畔劇場の周辺

劇場周辺を少し散歩する。


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「江原河畔劇場」という名前の通り、裏手すぐのところを
円山川が流れている。


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近くのお寺で見つけた日清戦争の碑。
「明治二十七八年之役戦死病歿者追弔記念碑」
「明治三十年十二月二十五日」


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橋のたもとに祀られているお地蔵さん。
寒さ対策もバッチリだ。


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橋を見下ろす高台にある神社の狛犬。
近くには鹿の糞らしいものがたくさん転がっていた。

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2022年01月19日

続・奈良へ

森鷗外は晩年、帝室博物館の総長として奈良にしばしば滞在した。
当時、博物館の官舎があった場所に、建物の門だけが残されている。


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東大寺大仏殿に入る交差点の角にあるのだが、知らなければ気づかないと思う。それくらい、ひっそりと立っている。写真では見にくいが、門の裏手に鹿が寝そべっていた。


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「鷗外の門」と名付けられている。
刻まれているのは「奈良五十首」の歌。

猿の来し官舎の裏の大杉は折れて迹なし常なき世なり

この門を鷗外が出入りしていたわけだ。
常なき世ではあるけれど、あなたの通っていた門は100年後も残っていますよ、と教えてあげたい。

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2022年01月18日

奈良へ

時おり小雪が降ったりするなか、奈良を散策する。
良い雰囲気のものにたくさん出会った。


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崩れかけの土塀


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苔むした木のベンチ


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目鼻の薄れた不動明王


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仁丹の町名看板

奈良、いいところだなあ〜。
今度はもう少し暖かい時に行ってみよう。

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2021年12月17日

46時間

22:30自宅→23:00京都駅→6:30富士駅→8:00波高島駅→8:30【母の施設】→9:00〜12:00病院→13:00〜14:00富士川クラフトパーク(昼食)→15:00下部温泉駅→16:30甲府駅→18:30八王子駅→19:00長津田駅→19:30あざみ野駅→20:00〜11:00【父の家】→11:30新百合ヶ丘駅→12:00向ヶ丘遊園駅→12:30〜16:00川崎市岡本太郎美術館(昼食)→16:30向ヶ丘遊園駅→17:00町田駅→17:30新横浜駅→20:00京都駅→20:30自宅

なかなかの強行軍だったな。

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2021年12月07日

堺へ(その2)

続いて、晶子の生家跡から徒歩5分ほどの開口(あぐち)神社へ。


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「少女たち開口の神の樟の木の若枝さすごとのびて行けかし」

ここは晶子がよく遊んだ場所で、『私の生い立ち』の中に

後を向いて街の方を見ますと、ずっと北の方に浅香山の丘が見え、妙国寺の塔が見え、中央に開口神社の塔が見えます。私等が実を拾って遊ぶ廻り二三丈もある開口神社の大木の樟が塔よりも高く見えます。

と記されている。ちなみに、この開口神社の三重塔は1945年7月10日の空襲で焼失して、今は残っていない。


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いよいよ、「さかい利晶の杜」の企画展「与謝野寛・晶子夫妻の旅―パノラマ地図でたどる観光名所―」を見る。

昭和6年の北海道・九州・四国の旅で詠まれた歌や写真と、吉田初三郎の描いたパノラマ地図が取り合わされて展示されている。当時の旅の雰囲気がよく伝わってくる好企画であった。吉田初三郎ファンとしては嬉しい限り。

太田登氏の記念講演「与謝野夫妻の北海道紀行と石川啄木」も興味深い内容だった。

啄木が右の肩をば猶揚げて岬に立つと見ゆるその墓  寛
なつかしき函館に来て手に撫づる亡き啄木の草稿の塵 晶子

帰りは南海電車の堺駅から。


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駅の西口に立つ与謝野晶子像。

9年前に訪れた時の写真を見ると以前は手に筆と短冊を持っていた。
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138922.html

破損してそのままになっているのだろうか。

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2021年12月06日

堺へ(その1)

「さかい利晶の杜」で行われている企画展「与謝野寛・晶子夫妻の旅―パノラマ地図でたどる観光名所―」を見るために堺へ。

まずは南海電鉄で「浜寺公園駅」へ行く。


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1907年に辰野金吾の設計で造られた美しい駅舎。

かつて、この地が関西有数の別荘地・海水浴場であった時代を偲ばせる。2016年まで実際に使われ、その後、曳家工事を経て現在の場所に移りカフェやイベントスペースとして活用されている。
  

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浜寺公園にある与謝野晶子の歌碑。
「ふるさとの和泉の山をきはやかに浮けし海より朝風ぞ吹く」

「浮けし」は「浮かべた」の意味。「浮く」を他動詞として使っている。1900年に鉄幹が堺を訪れた際に、浜寺公園で鉄幹と晶子は歌会をするなど交流を深めた。

かつては白砂青松の海岸だったこの一帯も昭和30年代に沿岸部が埋め立てられ、今では海が遠くなってしまった。美しい海の代わりに泉北臨海工業地帯の煙突が並ぶ。それでも、バラ園や遊具、運動場などがあって、浜寺公園は多くの人で賑わっている。

その後、阪堺電車の「浜寺駅」から「宿院駅」へ。


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駅から徒歩数分のところに晶子の生家「駿河屋」の跡地がある。かつての店舗の敷地は、幅約50メートルに拡張された道路に完全に飲み込まれた形だ。


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「海こひし潮の遠鳴りかぞえへつゝ少女となりし父母の家」

三句は歌集『恋衣』(1908年)では「かぞへては」であるが、初出の「明星」1904年8月号では「かぞへつつ」であった。歌碑は初出に拠っているのだろう。「つつ」だと同時進行の意味が強すぎるので、歌の出来としては改作後の方が良いと思う。

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2021年09月21日

飯田線の旅(その3)

豊川駅から徒歩5分の豊川稲荷へ。


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7色の風鈴が奉納されているやぐら。
涼しげな音を鳴らしている。


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境内の奥まったところにある霊狐塚。
1,000体以上の狐の石像が安置されている。

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2021年09月20日

飯田線の旅(その2)

途中、飯田市内で1泊。


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飯田のシンボルはりんご。
マンホールの図柄も林檎だ。
大通りには約400メートルにわたって林檎の木が植えられている。


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飯田市立追手町小学校。
昭和4年竣工、鉄筋コンクリート造3階建(地下1階)。
入口部分の曲線が美しい。


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追手町小学校の講堂。
昭和6年竣工、鉄骨造平屋建。
こんな講堂(体育館)を使える子どもたちが羨ましい。

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2021年09月19日

飯田線の旅(その1)

先月、JR飯田線に乗る旅に出かけた。


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駒ヶ根駅からバスとロープウェイに乗って千畳敷カールへ。
中央アルプスの宝剣岳の手前。標高は2600メートル。


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紫色が鮮やかなサクライウズ(桜井烏頭)。
他にもいろいろな高山植物が咲いていた。


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千畳敷カールから眺めた南アルプスの山並みと富士山。
山頂の形で遠くからでも富士山だとわかる。

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2021年07月18日

大和郡山吟行

先日、大和郡山へ吟行に出掛けた。

郡山城跡→金魚池→やまと錦魚園・郡山金魚資料館→とほん(本屋)→町家物語館(旧川本家住宅)という行程。

城跡は以前も訪れたことがあるのだが、天守台が復元整備されて眺めの良い展望台のようになっていた。


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金魚養殖業の店で見つけた金魚の鏝絵。


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金魚の自動販売機。
朝取り(!)金魚が一袋200円で売られている。


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木造三階建の町家物語館。
大正13年に建てられたもので、もとは遊郭であった。


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建物2階から見た中庭。
吹抜けになっている。


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ハート形をした猪目窓(いのめまど)。
陰影が美しい。

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2021年06月28日

犬山へ(その2)

二日目は、犬山城へ。
松本城、彦根城、姫路城、松江城とともに国宝5城の一つ。


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市街地から坂を登った先に立つ城。
感染対策のアルコール消毒と検温を行ってから城内へ。


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天守閣からの眺めが素晴らしい。
廻縁に出てぐるっと一周することができる。
北西方向。


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こちらは北東方向。
木曽川がゆったりと流れている。

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2021年06月27日

犬山へ(その1)

1泊2日で愛知県の犬山市へ。

まずは博物館「明治村」に行く。十数年ぶり2回目。
入鹿池に面した広い敷地に、六十数棟の建物が点在している。


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聖ヨハネ教会堂(重要文化財)
1907(明治40)年に京都の河原町五条に建てられた教会。


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聖ザビエル天主堂
1890(明治23)年に京都の河原町三条に建てられた教会。


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聖ザビエル天主堂の内部。
ステンドグラスから差し込む光が美しい。

京都には今も美しい教会があるけれど、かつては河原町にも
あったんだな。

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2021年05月17日

本郷・湯島・上野

今日は本郷・湯島・上野を2時間ほどかけて散策した。

丸ノ内線の「本郷三丁目駅」で降りて、しばらく本郷界隈を歩き回ってから、湯島の切通しを抜けて、不忍池を経てJR「上野駅」へ。

東京は台地と谷と坂でできていることが、歩くと実によくわかる。

東京に住んでいた頃はいつも電車や地下鉄に乗っていて、歩いて移動することが少なかった。やっぱり歩かないと東京の面白さはわからないんだなと実感した。

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2021年04月10日

旧中川煉瓦製造所ホフマン窯(その2)


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ホフマン窯の中は暗い。

右側の出入口から光が差し込んでいるが、ここも焼成中は煉瓦で密閉される。


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窯の上部や斜め上には多くの穴が開いている。
これは燃料となる粉炭を入れるための「投炭口」。

下部の穴は煙道で、中央の煙突につながっている。
ダンパーによって煙道を開閉し、空気の流れをコントロールする。


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煙道の開口部を覗くとこんな感じ。
ここから煙が排出されて中央の煙突を通って外へ出る仕組み。


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窯は内側も外側もかなり劣化が進んでいる。

現在は登録有形文化財になっているだけだが、今後さらなる保存・活用が進めば良いと思う。

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2021年04月09日

旧中川煉瓦製造所ホフマン窯(その1)

近江八幡にあるホフマン窯を見学に行く。

煉瓦製造所は現在「赤煉瓦の郷」という名前の老人施設になっていて、その敷地内に窯が残されている。


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まず目につくのは高さ33メートルの巨大な煙突。

かつては煉瓦造の窯を覆うようにして木造の建屋があったそうだが、現在では失われている。


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窯の大きさは長辺55メートル、短辺14メートルの楕円状。

明治末から大正にかけて築かれたものらしい。
今回は特別に中に入らせていただいた。


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内部はドーナツ型のトンネルになっている。

トンネル部分が十数室の区画に分けられていて、煉瓦の搬入・乾燥・焼成・冷却・搬出という順にぐるぐると繰り返される構造。一度窯に火が入ると、あとは24時間365日、休むことなくこの作業が続く。

このホフマン窯の登場によって、煉瓦の大量生産が可能になった。

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2021年04月04日

白龍園

今日は鞍馬の手前の二ノ瀬にある「白龍園」へ。
http://hakuryuen.com/


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水仙、シャガ、桜、ミツバツツジ、山吹、木瓜、
シャクナゲなどが一斉に咲いていた。


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谷向かいの山なみも巧みに借景として取り込んでいる。


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苔も手入れが行き届いていて美しい。
点々と桜の花びらが散っている。


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1963年の開山以来、オーナーの方たちが三代にわたって
整備してきた庭園を、じっくりと満喫させていただいた。

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2021年03月31日

旧奈良監獄(その2)


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中央監視所。

「第一寮」から「第五寮」までの5つの収容棟(2階建)が放射状に広がっていて、中央の監視所からすべて見渡せるようになっている。


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こうした構造は建築家ジョン・ハビランドにちなんで「ハビランド・システム」と呼ぶそうだ。そういえば、以前訪れた網走監獄もこの形になっていた。


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収容棟。

廊下の中央部分は吹き抜けになっていて、2階から1階を見下ろすことができる。


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独居房(単独房)。

洗面所と便器と窓と分厚い扉。面積は4.7平方メートル。


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重屏禁房。

かつて規律違反を犯した受刑者を閉じ込めるために使われていた懲罰室。通称マル房。円筒形の狭い土蔵のような空間で、内部は暗い。


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重屏禁房の壁に残る落書き。

「俺は毎日悲しい様な淋しい様な切ない日ゞを送っている 丸房に入って来る者よ・・・」。いつの時代のものだろうか?

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2021年03月30日

旧奈良監獄(その1)

旧奈良監獄の内部を見学できると聞いて行ってきた。
1908年完成の赤レンガ造りの建物で、2017年に
重要文化財に指定されている。


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表門。

左右にドーム型の屋根の付いた円塔がある。
これが監獄の入口とはとても思えない。


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庁舎・講堂。

表門から入って、まずはこの建物へ。
窓の上のアーチや石とレンガの装飾が美しい。


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医務所。

診察室や処置室、歯科治療室などが備わっている。


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建物の回廊部分。

西洋の教会か大学にでも来たような雰囲気だ。


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旧奈良監獄全体の模型図。

中央の監視所から放射状に延びている部分が収容棟で、
全部で約500室あるとのこと。

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2021年03月22日

赤穂

赤穂へ吟行に行く。
午後から雨の予報だったが、幸いなことに降らなかった。


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赤穂城跡。

とにかく広い。三重の堀を渡って、二之丸庭園(整備中)、本丸御殿、本丸庭園、天守台など、ひたすら歩き回る。


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大石神社の赤穂義士石造群。

兵馬俑みたいだなと思ったら、実際に「兵馬俑工芸技術伝承者作製」と書いてあり、中国で造られたものらしい。


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花岳寺にある野口雨情の詩碑。

「春のあけぼの/花なら桜/武士の鑑ぢや/赤穂義士」。

赤穂はとても良いところだった。
ぜひまた訪れてみたい。

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2021年01月27日

山梨へ

今日から1泊2日で山梨の母の家へ。

当初は病院受診に付き添う予定だったのだが、現在母は入院中。半月前に屋外で転倒して救急車で運ばれ、骨盤にひびが入っていることがわかり寝たきりの状態だ。

コロナ禍のため家族も面会は出来ないので、今回は病院に必要なものを持って行くのと、介護認定の更新手続きだけをする予定。あと、無人になった自宅の片付けや郵便物のチェックなど。

退院しても自宅での一人暮らしはもう無理だと医師に言われているので、施設への入居を検討しているところ。いつかそうなるのはわかっていたけれど、いよいよという感じだ。

2016年の春に認知症が発覚してから、もうすぐ5年。ご近所の方やケアマネさん、ヘルパーさん、伯母などの助けを借りて、母もよく頑張ってきたなと思う。僕自身はあまり役に立てなかったけれど。

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2020年11月19日

那智(その2)

熊野那智大社のすぐ隣にあるのが青岸渡寺(せいがんとじ)。


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境内からは美しい那智の滝と三重塔が見渡せる。


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佐藤佐太郎の歌碑。
「冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ」

『形影』所収の昭和43年の作品。今回現地に足を運んでよくわかったのだけど、那智の滝(の下半分くらい)は実際にまっすぐ落ちる時と斜めになる時がある。もともと逆Yの字状に広がっているのだが、風によって片方だけに流れることがあるのだ。

ちなみに、朱色の三重塔は昭和47年の再建なので、佐太郎が訪れた時にはまだ建っていなかったはず。


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三重塔の三階から眺めた那智の滝。
参拝料300円で中に入ることができる。


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上田三四二の歌碑。
「瀧の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す」

『遊行』の一首。最初に左下の「三四二」の部分が見えて、万葉集の歌番号かと思ってしまった。

三重塔の近くに立つ歌碑だが、このあたりからでは「空のくぼみに」という感じではない。滝口は緑の樹木に囲まれていて、空とはつながっていない。


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滝壺近くの飛瀧神社(ひろうじんじゃ)から見た那智の滝。
ここまで来ると「空のくぼみに」という感じになる。


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お滝拝所舞台参入料300円を払って、さらに近くへ。
かなり大きな音も響いてきて、ずっと見ていても飽きない。


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2020年11月18日

那智(その1)

太地町へ行ったついでに那智にも足を延ばした。こちらも初めて。
太地から那智へはJR紀勢線で4駅、12分という近さである。


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まずは熊野那智大社へ。

山のふもとは人が少なかったが、バスで山を登って境内に来ると大勢の観光客で賑わっている。


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樟霊社(しょうれいしゃ)。
平重盛が植えたと伝えられる樹齢約850年の大きなクスノキ。


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胎内くぐり、300円。

太い幹の空洞部分に入って別の穴から出られるようになっている。あちこちの寺社で胎内くぐりはしたことがあるが、樹洞を抜けるのは初めて。


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こちらがが出口。

樹洞の中に梯子があって、地下から入って2階から出るような感じ。これは楽しい!おススメ!


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2020年11月12日

山梨から帰宅

今回は初めて、京都〜甲府の夜行バスを使った。
朝6:52、甲府駅着。


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とりあえず、武田信玄。


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甲府駅からJR身延線で50分、鰍沢口(かじかざわぐち)駅で下車。ここから、1日4本しかない身延町営バスで母の家に行く。


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バスの到着時刻まで、しばらく付近を散歩。

「かじかざわ」と言えば、葛飾北斎の富嶽三十六景に「甲州石班沢(かじかざわ)」という一枚がある。

https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai062/

今ではもうこんな風景は見られないけれど。


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バスに揺られること50分で、母の家の最寄りのバス停に到着。
富士川と色づき始めた山なみ。


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もう紅葉のシーズンなのであった。


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2020年11月10日

山梨へ出発

今日の夜行バスで山梨へ行き、明日、あさってと母の家で過ごす。
23:03京都駅発のバスに乗って、向こうの家に着くのは明朝9:45頃の予定。寒くなってきたけれど、幸い天気は良いみたいだ。

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2020年10月05日

舞鶴(その2)

東舞鶴駅から徒歩で海の方へと向かう。

1972年に廃線となった中舞鶴線の跡地が、今では遊歩道となって整備されている。


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北吸トンネル。
1904(明治37)年完成のレンガ造りの美しいトンネルだ。


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途中駅があった「東門駅」の跡。
「しんまいづる(新舞鶴)」はかつての「東舞鶴」のこと。


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海沿いの「舞鶴赤れんがパーク」には、明治から大正期に建てられた旧海軍鎮守府の倉庫が12棟ある。それぞれ「赤れんが博物館」「舞鶴市政記念館」、イベントホール、土産物店、カフェなどとして利用されている。

舞鶴には他にも海上自衛隊が管理する「海軍記念館」や「東郷邸」などがあるのだが、残念ながら今はコロナ対策のために見学中止となっている。

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2020年10月04日

舞鶴(その1)

日帰りで舞鶴へ行ってきた。

お城のある西舞鶴には行ったことがあるが、かつての(今も)軍港だった東舞鶴は初めて。京都駅から特急で約1時間40分。

まずは東舞鶴駅からバスで舞鶴引揚記念館へ。


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市街地から少し離れた場所にあるのだが、多くの来場者で賑わっていた。展示内容も充実しているし、説明して下さるボランティアの方々もいて、時代背景などがよくわかる。


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「白樺日誌」。
シベリアに抑留された滝野修さんが、木の皮に書いて日本に持ち帰った日記。短歌と俳句、200首あまりが記されている。この「白樺日誌」を含む570点の資料が、現在、ユネスコ世界記憶遺産に登録されている。


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ラーゲリ(収容所)での食事風景。


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抑留生活体験室。
寒い室内で、実際に狭いベッドに寝たり、衣類に触れたりすることができる。

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2020年09月24日

母の家へ

1泊2日で母の家に行ってきた。
新幹線と特急「ふじかわ」を乗り継いで4時間、下部温泉駅からレンタカーで約20分。

今回は大学病院へ検査結果を一緒に聞きに行く。
病院は母の家から車で約1時間。
医師の話を5分ほど聞いて、支払いは70円。
みなさん親切で丁寧でありがたいのだけれど、こういうのこそオンラインで済ませられないのかなとも思う。

母の家の裏手は草刈りができずに、ジャングルのようになっている。
そこにヒガンバナが赤く咲いていた。


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母は話に聞いていたよりは元気そうだった。
まあ、僕が知っているのは僕と一緒にいる時の母の姿だけなので、ふだんとは違うのだろうけれど。

身延町から給付された商品券があったので、鉄板焼きレストランにご飯を食べに行った。母はハンバーグランチを頼んだのだけど、僕のステーキ重が来ると「美味しそうね」と言って何切れかつまんだ。


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2020年09月17日

玄武洞

豊岡演劇祭のついでに、近くの玄武洞にも行ってみた。
160万年前の火山活動によって形成された柱状節理が有名なところ。


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対岸のJR玄武洞駅から玄武洞ミュージアムが運営する渡し船が出ている。片道7分、400円。今ではほとんどの観光客が車で直接玄武洞に来ているようだけれど、この渡し舟はおススメ。円山川の川風が心地よい。→渡し船のチラシ


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今回、玄武洞に来て初めて知ったことがいくつかある。

・玄武洞自体は自然にできた地形だが、洞になっている部分はかつての石の採掘跡。
・玄武洞だけでなく、青龍洞、白虎洞、北朱雀洞、南朱雀洞もある。
・玄武岩の名前は玄武洞に由来している。

有名な観光地には「写真で見た時はすごかったけれど、実物は今ひとつ」というものがけっこう多いのだが、この玄武洞は反対に、写真で見るより実物の迫力が上回っている。


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こちらは青龍洞。
柱状節理の美しさでは玄武洞より上かもしれない。


玄武洞はかつてはもっと規模が大きかったらしい。1925(大正14)年の北但馬地震でかなり崩落してしまったのだ。大正時代の絵葉書を見ると、ギリシア神殿のように整然と洞窟に柱が立っていた様子がわかる。

当時は洞窟の中にも自由に入れたようで、そんなのどかな時代が今では羨ましい。

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2020年09月11日

蓮華寺(その4)

蓮華寺と言えば・・・亀である。

石亀の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け
                 『たかはら』

昭和5年の「近江番場八葉山蓮華寺小吟」の一首。
この歌には詞書がある。

この寺に沢ありて亀住めり。亀畑に来りて卵を生む。縞蛇という蛇、首を深く土中にさし入れて亀の卵を食うとぞ

何とも生々しい話である。
茂吉は「作歌四十年」で、この歌について次のように書いている。

この寺の裏手に池がある。水も湧き雨水が溜まって幽邃なところである。そこの石亀が陸地にあがって来て卵を生むと、蛇がその卵を呑む事実を、ここの寺の石川隆道さんが話してくれた。亀は卵を呑まれるとも知らず、心を安んじて池に帰ってゆくさうであった。蛇は多分地むぐりという奴で、何でも首をつきさすやうにして亀の卵を発見するさうであった。私はこの話にひどく感動して、いろいろと難儀して作ったがどうにか物になったやうである。

ここで「感動」とあるのは、文字通り深く感じて心が動いたという意味だろう。いかにも茂吉らしい。

さて、今回、蓮華寺の境内を歩き回ってみたところ、3か所に池があった。


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本堂前の小さな池。


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本堂とつながる庫裡の庭園にある池。

亀の姿は見えなかったが、いただいたパンフレットに「庭園の池でゆったりと泳ぐ鯉と甲羅干しのため池から上がった亀のユーモラスな姿が心を和ませます」と記されている。


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本堂の裏手にある鬱蒼とした池。

茂吉が「この寺の裏手に池がある。水も湧き雨水が溜まって幽邃なところである」と書いているのを見る限り、歌に詠まれた亀はこの池のものではないかと思う。


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2020年09月10日

蓮華寺(その3)

蓮華寺は想像していたよりもだいぶ大きな寺であった。浄土宗の寺としては、総本山の知恩院、大本山の7か寺に次ぐ地位を占めているようだ。
http://otera.jodo.or.jp/honzan/

現在では浄土宗であるが、昭和17年までは時宗に属していた。ただし一遍とは関係なく、一向上人(俊聖)が開いた寺である。それが江戸幕府の宗教統制により時宗に組み込まれ、時宗一向派の大本山となっていた。

明治以降、一向派は何度か時宗からの独立を政府に願い出たのだが、その請願委員の一人が若き日の窿應和尚であった。結局独立は達成できなかったものの、一遍派とは別の宗規を定めることが認められるという成果を勝ち取った。

窿應和尚が山形の宝泉寺から、時宗一向派大本山の蓮華寺の住職になったのは、そうした経緯を受けてのことだったのだろう。つまり大抜擢だったわけだ。

大正8年に蓮華寺住職となった窿應和尚は、大正13年に脳出血で倒れて寝たきりの生活を送ることになる。茂吉の訪問はその見舞いを兼ねてのものであった。その様子を描いた額が寺には飾られている。


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昭和6年の死に際して、茂吉は「窿應上人挽歌」10首(『石泉』)を詠んでいる。

みほとけに茶呑茶碗ほどの大きさの床ずれありきと泣きかたるかな
右がはの麻痺に堪へたる御体ぞとおもへば九とせは悲しくもあるか

右半身麻痺の生活が9年にも及び、身体には大きな褥瘡ができていた。茂吉の悲痛な思いがよく伝わる。


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本堂裏手に立つ「一向杉」。

一向上人が荼毘に付された後に植えられたと伝えられる杉で、樹齢700年。高さ30メートル、幹の周囲は5メートルになる。途中から太く枝分かれしている姿が印象的だ。

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2020年09月09日

蓮華寺(その2)

蓮華寺は鎌倉時代末の元弘3年(1333年)5月9日に北条仲時以下432名が亡くなった場所としても知られている。仲時は京都の六波羅探題北方であったが、後醍醐天皇方に付いた足利尊氏らに攻められ、中山道を通って東国へ逃れる途中で自害したのであった。享年28。

 このみ寺に仲時の軍やぶれ来て腹きりたりと聞けばかなしも
              斎藤茂吉『ともしび』
 北条の軍といふともはばまれて亡ぶる時はこの山の陰
              土屋文明『自流泉』

もっとも、東国まで無事に落ち延びたとしても同じ運命だったのだろう。5月22日には北条氏の本拠地鎌倉が新田義貞らによって攻略され、仲時の父基時をはじめ一族の多くが戦死または自害している。


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北条仲時以下四百三十余名自刃の供養墓碑。

亡くなった方々の姓名と年齢を記した過去帳の写しも本堂内に展示されていて、見ることができる。


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門の前を流れる「血の川」。
今はもう血は流れていない。


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2020年09月08日

蓮華寺(その1)

滋賀県米原市にある蓮華寺に行ってきた。
JR米原駅から約4キロ、旧中山道の番場宿から少し入った所にある。


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本堂の額は後水尾天皇の宸筆で、元禄11年(1698年)のもの。

この寺の第49世の佐原窿應(「窿」は正しくはウ冠)は、斎藤茂吉が幼少時に手習いを受けた人物。茂吉の生家近くの宝泉寺の住職を長く務めた後、大正8年に蓮華寺住職となり昭和6年に亡くなった。


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本堂左手に立つ茂吉の歌碑。

「松かぜのおと聞くときはいにしへの聖のごとくわれは寂しむ」


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本堂の脇には、こんなふうに茂吉の歌の掲示もある。


斎藤茂吉は生涯に4度この寺を訪れ、それぞれ歌を残している。

この寺に窿應和尚よろこびて焦したる湯葉われに食はしむ
 『つゆじも』 大正10年「長崎を去り東上」に3首
茂吉には何かうまきもの食はしめと言ひたまふ和尚のこゑぞきこゆる
 『ともしび』 大正14年「近江蓮華寺行其一、其二」計12首
となり間に常臥しいます上人は茂吉の顔が見えぬといひたまふ
 『たかはら』 昭和5年「近江番場八葉山蓮華寺小吟」19首
窿應上人のつひのはふりとわが妻も二人はともにこの山に居り
 『白桃』 昭和8年「番場蓮華寺」5首

さらに『石泉』の昭和6年「窿應上人挽歌」10首も加えれば、茂吉が蓮華寺を詠んだ歌は約50首にのぼる。まさに「斎藤茂吉のファンなら一度は行ってみたい場所」(永田和宏『京都うた紀行』)なのである。

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2020年08月11日

富川磨崖仏

滋賀県大津市にある富川磨崖仏を見に行った。

JR石山駅からバスに乗り瀬田川に沿って南へ約20分で「鹿跳橋」(ししとびばし)のバス停に着く。かつて弘法大師が鹿に乗って川を渡ったという伝説のある場所。

そこから、信楽川沿いに歩くこと1時間弱。信楽川は美しい渓谷になっていて、キャンプや水遊びをしている人を何組か見かけた。距離はそれほど遠くないのだが、猛暑のため到着する頃には汗だくになる。


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正式名称は「阿弥陀三尊不動明王磨崖仏」。
阿弥陀三尊像と不動明王像が刻まれている。


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中央の阿弥陀如来像は像高3.64メートル。


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耳のあたりから水が湧き出ていることから、別名「耳だれ不動」とも呼ばれ、耳の病気に効験があると言われているそうだ。


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2020年08月01日

山梨へ

2泊3日(車中1泊)で山梨の母の家に行ってきた。

行きの京都駅―富士宮駅の夜行バス「フジヤマライナー」は乗客たった3名。以前は外国人観光客で満席の路線だったが、今は夏休みでもガラガラ。

富士宮駅から特急「ふじかわ」に乗り、下部温泉駅下車。
駅前でレンタカーを借りて母の家に行く。自宅から10時間半かかった。

・近所の方との相談
・役場の保健師さんとの相談
・組長さんへの挨拶
・ケアマネさんとの相談

などをする。行方不明の財布や照明用リモコンの捜索もしたが見つからず。

梅雨が明けて2日とも晴天だったのが良かった。
母もいつまで一人暮らしが続けられるかわからないが、一日でも長く自宅で過ごせるようにサポートしていきたい。

帰りは特急と新幹線で帰宅。それでも4時間半はかかる。


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2020年07月18日

雲水寺(その2)

現在は別の寺に変ってしまったこともあって、茂吉や文明ゆかりの品などは残されていないが、歌会に使っていたという茶室を見せていただくことができた。

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茶室は渡り廊下を通って行った先にあり、窓からは隣接する天王寺公園の大きな池が見渡せる。なるほど、歌会をするには恰好の部屋だ。

三間続きになっていて襖を取り払えばけっこうな広さだが、さすがに90名は入らないだろう。普段の歌会はここを使って、茂吉が来た時などは大広間を利用したのかもしれない。

茂吉らの歌会開きし雲水寺にアララギに繋がる吾らの集ふ
昭和十年五月五日の憲吉忌茂吉文明ら雲水寺に集ひき
選火にも焼けず残りし雲水寺人手に渡り寺の名変へき
 横山季由「天王寺七坂」(「現代短歌」2015年9月号)


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2020年07月17日

雲水寺(その1)

JR天王寺駅から歩いて10分ほどのところに、統国寺という名前のお寺がある。


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現在は在日本朝鮮仏教徒協会の傘下にある寺だが、もともとは黄檗宗の邦福寺という寺で、大勢の雲水がいたことから別名雲水寺とも呼ばれていた。

この雲水寺は、かつてアララギの大阪歌会が開かれ、土屋文明や斎藤茂吉も訪れた場所である。

  茶臼山雲水寺歌会
ひろき室にもの言ひつかれ終日(ひねもす)に恋ひし日影は夕暮となる
竹村(たかむら)はひとひ日あたれり夕影(ゆふかげ)に池より立ちし鳥のしろけれ
                土屋文明『往還集』

これは昭和3年の作品。

また、杉浦明平『明平、歌と人に逢う』には、昭和8年4月に斎藤茂吉が参加して行われた歌会の様子が詳しく描かれている。

会場の茶臼山雲水寺は省線の天王寺駅からそんなに遠くなかった。(・・・)出席者は九十人の盛会だった。

この時の歌会には茂吉以外に、上村孫作、大村呉楼、鈴江幸太郎、樋口賢治、中島栄一、高安やす子といった面々が参加していた。


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2020年06月11日

2泊3日

2泊3日で山梨の母の家に行ってきた。

まず、新幹線と特急を使ってJR身延線の「下部温泉駅」まで行く。そこから、一日数本のバスに乗って「飯富病院」のバス停へ。さらに徒歩20分くらいで到着。朝9:30に家を出て、母の家に着いたのは午後2:40。けっこう遠い。


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家の近くを流れる富士川は日照り続きで水量がかなり減っている。


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庭のつつじが満開できれい。


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日差しが強くて、もう夏みたい。外を歩くと汗が流れる暑さである。


連れ合いを亡くして母が一人暮らしになってから、もう6年。4年前からは認知症を患っていて、いつまで自宅で暮らせるか心配な状態が続く。今は近所の方の助けに加えて、週2回のヘルパーさんと週2回のデイサービスを頼んでいる。

それでも、思ったより元気そうだったので安心した。ちょうどテレビで「NHK短歌」の再放送をやっていたので、一緒に見られて良かった。

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2020年01月29日

東京、山梨

東京に1泊、山梨に1泊して帰宅。

27日(月)は東京會舘で開催される第65回角川短歌賞の贈呈式へ。
田中道孝「季の風」50首と鍋島恵子「螺旋階段」50首の同時受賞。

陽のあたるクレーンのよこで飯食えば雲雀が空を押し上げて
いる            /田中道孝
ふえてゆくほくろ美し死とともに星図は完成すると思えば
              /鍋島恵子

28日(火)は新宿→身延の高速バスで移動。山中湖、河口湖付近が大雪との情報で心配したのだが、バスは通常運通りの運行であった。

29日(水)は母の家で、介護保険の更新のための調査に立ち会う。
天気も良く暖かくなったので、母と一緒に30分ほど散歩もした。


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2020年01月25日

武生、福井

昨日は武生で「あなたを想う恋のうた」の審査会。
最優秀賞1首、優秀賞3首、秀逸10首、佳作15首、入選30首を選ぶ。朝10時から夕方5時までみっちりと議論をした。

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審査会を終えて、紫式部公園を少し散策。
越前国守になった父藤原為時に連れられて、紫式部は武生で約1年半を過ごしている。

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今日は福井県立図書館を訪ねて、貴重な資料を見せていただく。
同じ建物に併設されている福井県ふるさと文学館も見学。

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ありがとうございました!

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2020年01月09日

飯富橋

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母の家から一番近くにあるバス停「飯富橋」。
富士川の流れがきれいだった。

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2019年11月26日

東京へ

1泊2日で東京へ。

今日は18:00から第6回佐藤佐太郎短歌賞(谷岡亜紀さん)と
第7回現代短歌社賞(森田アヤ子さん、北山あさひさん)の授賞式。
明日は啄木関連の取材をする予定。

ただ、天気がどうなるか。
明日は雨みたいだな。

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2019年11月11日

吉野川市歌人クラブ10周年記念短歌大会

昨日は徳島県吉野川市で開催された短歌大会へ。

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京都駅から徳島駅まで高速バスで行き、そこからJR徳島線に乗って「鴨島駅」まで。自宅から会場まで片道4時間半かかった。

大会では講演「竹山広の時間表現」と詠草90首の総評を行う。
皆さん熱心に聴いて下さって有難い。

 水のへに到り得し手をうち重ねいづれが先に死にし母と子
           竹山広『とこしへの川』

海も空も川もきれいで、気分もリフレッシュして楽しい一日だった。

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2019年10月24日

賤ヶ岳

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 賤ケ岳(しづがたけ)七本槍をそらんじて中学生のわれ
 走り出す           小池 光『梨の花』

福島正則、加藤清正、脇坂安治、片桐且元、平野長泰、糟屋武則、
加藤嘉明。

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2019年10月23日

続・江北図書館

9月15日に書いた「江北(こほく)図書館」に行ってきた。
http://matsutanka.seesaa.net/article/470116062.html


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JR北陸本線「木ノ本」駅の東口を出てすぐ。
ただし、駅から見えるのは蔦に覆われた建物の側面なので、パッと見ただけではわからない。

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