2022年12月28日

小熊英二『日本という国』


中学生以上を対象とした「よりみちパン!セ」シリーズの1冊。2018年に「決定版」が出ているのだが、今回読んだのは2006年初版のもの。

全体が二部構成になっていて、「明治時代」と「第二次世界大戦後」という二つの時期が取り上げられている。どちらも日本という国のあり方を方向づけた重要な時期であり、日本の現在や今後を考える際にも欠かすことのできない論点を含んでいる。

日本の近代化は、国民全体に西洋文明の教育をゆきわたらせながら、同時に政府や天皇への忠誠心をやしなうという方向で進んでいった。
講和条約と同時に日米安全保障条約を結び、アメリカ占領軍は「駐留軍」とか「在日米軍」と名前を変えただけで、日本にあった米軍基地といっしょに居残ることになった。
日本政府は、アジアの民間からの補償要求には「国家間で解決済み」といいながら、自国民が被害をこうむったシベリア抑留問題では、「国民個人の請求権は放棄していない」と表明したわけだ。

中学生でも理解できる平易な文章で書かれているが、内容は十分に深くて濃い。

2006年3月30日、理論社、1200円。

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2022年12月22日

武田尚子『ミルクと日本人』


副題は「近代社会の「元気の源」」。

日本における牛乳の歴史をたどりつつ、近代社会の成り立ちや、経済と福祉の発展について考察した本。切り口がおもしろい。

日本でミルクが近代以降の産物であるからこそ、ミルクを手がかりに、日本近代の特徴を深く探る醍醐味を味わうことができる。

文明開化とともに牛乳が栄養豊富な飲物として推奨されたこと、少ない資本で参入できる商売として牛乳販売業が起こり、やがてミルクプラントの寡占化が進んでいったこと、都市の住民の間でミルクホールが流行ったことなど、明治・大正期の牛乳の広がりが資料に基づいて描かれていく。

私たちがよく知っている人物も登場する。一人は芥川龍之介であり、もう一人は伊藤左千夫だ。

築地「耕牧舎」は芥川龍之介の生家である。後年、芥川は「僕の父は牛乳屋であり、小さい成功者の一人らしかった」と記している。小さい成功者どころではなく、あっという間に一頭地を抜いた大変な成功者で、牛歩のなかのダークホースのようなものである。
牛乳配達人から独立自営をめざして、見事に実現したのがアララギ派の歌人伊藤左千夫である。(…)四年間で七カ所の搾乳所・販売店に勤め、二十五歳のときに同郷者一名との共同経営であるが独立自営を達成した。

さらに、関東大震災の被災者や栄誉不良の児童に対する牛乳の配給や、戦後の学校給食における脱脂粉乳の提供まで、牛乳をめぐる話は続いていく。

給食で毎日牛乳を飲んだ(飲まされた?)頃のことを懐かしく思い出した。

2017年6月25日、中公新書、880円。

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2022年12月13日

吉田篤弘『なにごともなく、晴天。』


2013年に毎日新聞社より刊行された旧版に書き下ろしを加えた増補版。装幀・装画はクラフト・エヴィング商會。

鉄道の高架下の商店街を舞台に、古道具屋の店番をする主人公と、様々な住人たちが織り成す連作短編集。章題が「食べる。」「眠る。」「考える。」「隠す。」「泣く」など、すべて動詞になっているのが面白い。

私は神も仏も信じないが、ただひとつ、祖母がよく口ずさんでいた「お天道様は見ているから」のお天道様を信じていた。それゆえ、空をめぐるあれこれを憎めない。
この歳になって銭湯に通ってみると、そこは思いがけず賑やかなところで、その賑やかさも、裸になっているせいか、ひとつも嘘がなかった。
おいしいものというのは、たいていの場合、手間ひまがかかっていて、そのうえ、何かしらを思い出させる。昔のことや、遠いところや、ずいぶん会ってないひとや(…)

小説を読むのは久しぶりだったけれど、何だか少し元気になった。

2020年11月20日、平凡社、1800円。

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2022年12月09日

津幡修一・津幡英子『高蔵寺ニュータウン夫婦物語』


副題は「はなこさんへ、「二人からの手紙」」。

2017年公開の映画「人生フルーツ」に登場したつばた夫妻の原点とも言える共著。T章が英子、U章が修一の執筆。孫に宛てた手紙のように、それぞれの人生や40年に及ぶ結婚生活について記している。

母を見ていて、年をとれば頭も体も弱るのがあたり前。それでも自立の意欲を失わないためには、いつでも誰かの役に立つ働きを心がけなければ。「自分一人のためには、人間って、生きられないんだなあ」と、しみじみ思いました。
半田の家は、約千坪あまりの敷地に、酒蔵、精米、樽屋などの酒造りの工房と一緒に、中庭を囲むように建てられていました。子供心に、奥の深い大きな家といった印象でした。
「卒業したら、自由な、個人の建築家として生きてみたい」と、私は決めた。フリー(自由)、プライベート(家族)、アーキテクト(都市計画家)という、その後の人生を決めることになったキーワードが、私の心のなかに育ちはじめた。
「一枚の水田に、一〇倍の里山」という環境認識が、昔の農家には常識としてあった。米をつくる一枚の水田に、薪を採り、炭を焼き、また水田に必要な水を供給してくれる雑木山の里山が一〇倍なければ、そこで生活を続けられない。

ホームメーカー(主婦)として畑作りや食べ物作りに励む英子と、建築家・自由時間評論家として都市計画や執筆活動に励む修一。夫婦の成長がそのまま戦後の日本の成長と重なった時代だったと言っていいだろう。その幸福な姿がここにはある。

1997年12月20日第1刷、2017年11月10日第2刷。
ミネルヴァ書房、2200円。

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2022年11月29日

大下一真『鎌倉 花和尚独語』


読売新聞と「短歌往来」に連載したエッセイ48篇を収めた本。花の寺として知られる鎌倉の瑞泉寺の住職として過ごす日々が、落ち着いた筆致で描かれている。

作者の歌集には草を引いたり枯葉を掃いたりといった歌が多くあるが、エッセイにもそうした場面が出てくる。

草取りの話をしていると、住職みずからそのようなことをなさるのですかと問われることがある。むろん嘘ではない。そもそも禅寺では、畑仕事などを作務(さむ)と呼んで尊び、唐代の禅者百丈和尚は「一日作(な)サザレバ一日食(くら)ハズ」と言われた。勤労なくして食なしという戒めである。

瑞泉寺は1327年創建の古い歴史を持つ。住職としての責任は重い。

寺はタイムカプセルなのだ。必要とする人のために、まずは大切に保存しておく。後に伝える。それが文化のリレーランナーたる住持の最低限のマナーなのだ。そう思って、一日仕事の文書探しを終え、箱のふたをする。

身近な雑学や蘊蓄の話もあって、読んでいて楽しい。

ずいぶんと昔の話だが、何かの必要があって、手元にある草花図鑑で「ヤマイモ」を引こうとした。だが不思議なことに、「ヤマイモ」はない。そんなはずはないと分厚い図鑑をひっくり返しひっくり返して何度も調べ、やっと分かった。「ヤマイモ」ではなく「ヤマノイモ」が正式の名なのだと。

2020年7月2日、冬花社、1700円。

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2022年11月25日

古波蔵保好『料理沖縄物語』


1983年に作品社より刊行され1990年に朝日文庫に入った本を、与那原恵の協力により再刊したもの。

ジャーナリスト・エッセイストの古波蔵保好(こはぐら・ほこう、1910‐2001)が、主に戦前の沖縄の食に関して記したエッセイ集。

「冬至雑炊(とぅうじ・じゅうしい)」「鬼餅(むうちい)」「ぽうぽう」「ゆし豆腐」「スミイカ汁」「らふてえ」「古酒(くうす)」「豚飯(とぅんふぁん)」「山羊(ふぃじゃあ)」など、美味しそうな食べ物がたくさん出てくる。

わたしは、料理本を書くつもりはなかった。料理に託して、沖縄の女たちが描く風俗絵図をお見せしたかったのである。

著者があとがきに書いている通り、戦争で失われてしまったかつての沖縄の暮らしや習慣が、この本の一番のテーマなのかもしれない。

もちろん家庭の惣菜料理では、魚そのものがよく使われたけれど、昔ながらの手料理でわたしを育ててくれた母は、焼き魚とか煮魚など、日本的料理を知らなかったらしく、ぶつ切りにしてお汁に仕立てたり、炒め煮したり、「飛び魚」だと輪切りにしてカラ揚げにするといった調子だった。
沖縄の人たちにとって、家庭菜園の作物は共有みたいなもので、菜園のない近所の人たちが、あたりまえのように、「ごうやあもらいますよ」と入ってきて、欲しいだけ取っていく。取られるほうも、あたりまえのように、ニコニコと、幾つもさしあげる。
あのころの沖縄で飼育されているのは、黒い毛の豚ばかりだった。体毛の白い豚を見たことのないわたしは、豚は黒いものだと思っていたのである。沖縄からよその土地へいって、白豚を見たコドモが、あれも豚だと教えられ、豚のお婆さんですね、と珍しがったそうだ。

読んでいるうちに、沖縄にまた行きたくなってきた。沖縄料理が食べたいな。

2022年5月13日、講談社文庫、660円。

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2022年11月24日

岡本太郎『芸術と青春』


1956年に河出書房から刊行された単行本を再編集して文庫化したもの。「青春回想」「父母を憶う」「女のモラル・性のモラル」の三章構成になっている。

いつもながら、パリに帰ったときの感激は素晴らしい。世界にこんな明快で、優美で、心の奥までしみ入る情緒のあるところはない、この町以外で、どうして人間が人間らしく生活できるのか、とふしぎに思えるくらい、この町のユニークなよさに感動してしまうのである。
華やか好きだった母かの子を中心とした芸術家三人の親子は、確かに世の羨望の的だった。だから私達一家を、人々が非常に恵まれた、睦まじい家庭であったように想像しているのも無理ではないと思うが、しかし実際は、必ずしもそのような表現は当てはまらないのである。
私はお母さん達とか先生とか、若い世代を指導する人達に言いたい。あなた方がこれはやってはいけないことだ、と思われるようなことこそ、大ていの場合、むしろやらなきゃいけないことである。そう思ってみてほしいということです。

岡本太郎の文章は歯切れがよく、読んでいて気分がいい。特に父の一平や母のかの子に関する話は、どれもしみじみとした味わいがあって良かった。

2002年10月15日第1刷、2020年10月10日第11刷。
光文社知恵の森文庫、514円。

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2022年11月22日

朴順梨『離島の本屋ふたたび』


副題は「大きな島と小さな島で本屋の灯りをともす人たち」。
2013年刊行の『離島の本屋』の続篇。
https://matsutanka.seesaa.net/article/482420991.html

連載の場が増えたことで今回は古書店も取り上げられている。また、沖縄本島の話が多く離島色はやや薄めになっている。

登場する島は、沖縄本島、喜界島、宇久島、種子島、佐渡島、伊豆大島、石垣島、屋久島。

私はずっと、なくならないことだけが正解だと思っていた。しかし時代が変われば人の生活も変わり、利用するデバイスも変わってくる。そんな中で私ができるのは、本と本屋に関わったことを「楽しかったし幸せだった」と思えるように、そこにいる人たちを応援し続けていくことなのだろう。
いつでも会える、いつでも行ける。そう思っているうちに人や場所はなくなってしまい、気づいた時に悔やんでももう取り返しはつかない。店は閉店したけれど、会いに行こう。
この取材で沖縄では、新刊本と古書を同じ棚に並べている書店がいくつもあることを知った。他の地域では古書と新刊はしっかり分けて売られていることが一般的なので、興味深く映った。

本屋をめぐる状況は厳しさを増している。そんな中で、この作者のように本屋を応援し、記録する試みは、ますます大事になっていくに違いない。

2020年10月30日、ころから、1600円。

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2022年11月20日

森英介『風天 渥美清のうた』


映画「男はつらいよ」シリーズで知られる渥美清は、「風天」の俳号で俳句を詠んでいた。その作品を探し出し、全容を明らかにしようとした一冊。

芸名渥美清、役名車寅次郎、本名田所康雄、そして俳号風天。語っても語っても語りつくせない渥美清伝説の中で第四の顔、風天の部分だけがすっぽり抜け落ちている。

前半は関係者へのインタビューや取材を通じて全220句を見つけ出すまでの話で、後半は石寒太による全句解説という構成になっている。

印象に残った句を引く。

なんとなくこわい顔して夜食かな
立小便する気も失せる冬木立
ひぐらしは坊さんの生れかわりか
納豆を食パンでくう二DK
たけのこの向う墓あり藪しずか
あと少しなのに本閉じる花冷え
そば食らう歯のない婆(ひと)や夜の駅
乱歩読む窓のガラスに蝸牛
新聞紙通して秋刀魚のうねりかな
雨蛙木々の涙を仰ぎ見る

2008年7月10日第1刷、2018年5月15日第5刷。
大空出版、1714円。

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2022年11月17日

大崎善生『将棋の子』


2001年に講談社より刊行された単行本の文庫化。
第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。

日本将棋連盟で働き「将棋世界」の編集長を務めた著者が、プロ棋士養成機関である「奨励会」(新進棋士奨励会)について記した作品。過酷な競争の果てにプロになれず去っていった退会者たちの、その後を描いている。

同じ札幌出身で親しかった成田英二を訪ねて北海道へ行く話を軸に、戦いに敗れた退会者たちの物語が群像劇のように展開する。世代的には羽生善治の前後に当たる者たちの話が多い。

羽生は55勝22敗で6級から初段をかけ抜けた。ということは、奨励会対羽生は22勝55敗、誰かがその55敗を引きうけていることになる。しかも、それは羽生だけに限らず、羽生とそれほど遜色のない勝率でここまで勝ちあがってきた57年組全員に対していえることなのである。つまり、57年組の嵐が吹き荒れる間、奨励会は沈没船や難破船の山となっていたはずなのだ。

1勝の影には必ず1敗があり、勝者の向こうには必ず敗者がいる。プロになれずに去っていく者の方が、人数で言えば圧倒的に多いのだ。そして、その後も人生は続いていく。

2003年5月15日第1刷、2020年10月28日第27刷。
講談社文庫、700円。

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2022年11月13日

二松啓紀『絵はがきの大日本帝国』


1900年の北清事変から1945年の敗戦に至る「大日本帝国」の姿を、390点のカラーの絵葉書とともに解説した本。とても興味深く、資料的な価値も高い。

絵はがきはメディアである。見知らぬ土地の風景を我々に見せてくれる。小さな紙片にはさまざまな情報が凝縮されている。それが古いとなれば、未知なる過去への扉にもなる。

私も『高安国世の手紙』や『樺太を訪れた歌人たち』に、資料として絵葉書を載せている。戦前の出来事や社会風俗を知るためには、絵葉書は必須のアイテムと言っていいだろう。

絵はがきの世界は、購入者が見たい、発行者が見せたい、検閲者が見せてはならないという三要素によって成立してきた。発行者が不特定多数の購入者(読者)を意識し、大量に発行するとマスメディアとしても機能した。

以下、備忘的に印象に残った部分を引く。

当時の京城でブランド力を持つ百貨店は三越だけではない。「三中井」ブランドも強かった。「三中井」は、近江商人の中江家が江戸時代から神崎郡金堂村で営む呉服小物店「中井屋」を起源とし、旅順陥落から間もない一九〇五年一月、朝鮮の大邱に創立した三中井商店が大陸進出の第一歩となる。
第一次世界大戦では日本とロシアは連合国として参戦した。ウラジオストクを中継点にシベリア鉄道を経由して、日本からヨーロッパへ大量の軍需物資が輸送された。かつて日本にとって軍事的脅威だった鉄道が逆に莫大な富をもたらす輸送ルートになった。
和風の住宅街の後方に二七本の煙突が確認できる。上空に噴き上がる黒煙は凄まじい。現代人の感覚からすれば、産業化どころか環境汚染の象徴のように感じるが、当時の感覚は今と異なっていた。(…)戦前日本において黒煙は豊かさを生み出す源泉と見なされた。
「平野丸」は一九〇八(明治四一)年一二月に竣工した貨客船だ。欧州航路に就航し、歌人与謝野晶子が乗船した船としても知られるが、一九一八(大正七)年一〇月四日にドイツ海軍のUボートの攻撃を受けて英国西部ウェールズ沖で撃沈され、二一〇人の犠牲者を出す。
調査団は英国のリットン伯爵(卿)を委員長とし、フランスのクローデル中将、イタリアのアルドロバンディ伯爵、米国のマッコイ陸軍少将、ドイツの植民政策研究家シュネー博士が委員だった。公平を期すため委員五人の人選は日中両国の同意を得ていた。
北日本汽船の「日本海時代来る」は日本海湖水論の視覚化に成功したといえる。大陸を取り囲むように、樺太から北海道、本州、九州へと連なり、稚内、留萌、小樽、函館、酒田、新潟、舞鶴などの都市名を列記する。大陸側にあるソ連の浦鹽斯徳(ウラジオストク)、朝鮮北部の清津、雄基、城津から一直線に敦賀と舞鶴へと航路が延びる。

それにしても、知らない話がたくさん載っている。歴史の奥深さと面白さを体感できる一冊だ。

2018年8月10日、平凡社新書、1400円。

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2022年11月09日

落合博『新聞記者、本屋になる』


長年勤めた新聞社を退職し、浅草・田原町に書店「Readin' Writin' BOOKSTORE」を開業した著者が、新聞記者時代の経験や書店開業に至る経緯、そして開業後のできごとについて記した本。

近年、数を増やしているセレクト系、独立系の個人経営の書店の開業記だ。

芥川賞や直木賞などのニュースに即応して平積み展開する本屋を「FAST MEDIA」、返品できない代わりにロングセラーに軸足を置くうちのような本屋を「SLOW MEDIA」と定義してみる。
1000円の本が売れたとして手元に残るのは200〜300円。本屋だけの稼ぎで暮らしていくのは不可能に近い、というのが開店5年目に入った僕の実感だ。

店では本を売るだけでなく様々なイベントも行っていて、コロナ禍前には年間100回以上も開催していたとのこと。歌人の鈴木晴香さんの短歌教室の話も出てくる。

最初の教室で鈴木さんは「短歌は自分の気持ちは書きません。情景を書きます」と話した。ライティングの個人レッスンで僕も同じようなことを話している。短歌を詠んだことは一度もなかったが、共通点があることを知り、うれしかった。

文章は読みやすいのだが、けっこう癖が強い。オヤジの自慢話的な口調がのぞく部分もあって、好みの分かれる一冊だと思う。

2021年9月30日、光文社新書、940円。

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2022年11月06日

会田誠『性と芸術』

著者 : 会田誠
幻冬舎
発売日 : 2022-07-21

全体が2章構成になっていて、T章の「芸術」と二章の「性」に分かれている。

T章は、物議を醸した絵画作品「犬」シリーズ6作について、その制作過程や動機、芸術をめぐる問題などについて論じたもの。U章は、幻冬舎のPR誌やウェブマガジンに計9回連載された文章で、「性」に関する考察が記されている。

自作や自分について記すのは難しく苦しいものだと思うが、T章U章ともに著者の真摯で率直な姿勢が滲み出ていて良かった。

明治になって西洋から「洋画(油絵)」が入ってきた時、それに対立するものとして、無数の人々によって人工的に作られたのが、「日本画」という概念および文化ジャンルである。明治以前にはその言葉はなかった。
この「岩絵具問題」に限らず、「物質的フェイク/にもかかわらず・だからこそ/(目指せ)精神的本物」というコンセプトは、私の全美術作品に共通する特徴になってゆく。
『犬』の第一の目的は、「日本画維新」であって、「悪」はそのための手段に過ぎなかった。あるいは「エロティシズム」も。どちらも、この作品では主題として全力を傾けて追求されているものではない。
私がたずさわっている仕事は「現代美術」であり、そのことを保証しているのは、私の作ったものに批評性が宿っているからだ。逆に言えば、批評性がなくなったら、その時点で作ったものは「現代美術」の範疇から外れてしまう
芸術とは何か――そもそも「芸術」と「芸術じゃないもの」の線引きは、近年ますます難しくなってきています。「美しいものが芸術」「感動させるものが芸術」といった素朴な定義は、だいたいひい爺さんの時代に終わりました。

「絵画」や「美術」「芸術」についての話であるが、もちろんこうした問題を「短歌」に置き換えて考えることもできるだろう。

2022年7月20日、幻冬舎、1600円。

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2022年10月30日

松葉登美『群言堂の根のある暮らし』


写真:山口規子。
副題は「しあわせな田舎 石見銀山から」。

石見銀山のある島根県大田市大森町で、ファッションや雑貨のブランド「群言堂」や、古民家宿「他郷阿部家」を運営する著者が、土地に根差した暮らしの魅力について記した本。

古い家の修復をしながら、わたしたち夫婦が強く思うようになったのは、「世の中が捨てたものを拾おう」ということでした。都会では経済性や効率性が優先されますが、わたしたちはあえて非効率なことやものを大切にしようと考えました。
手を動かし、手を汚してこそ、わたしのものづくりはできるのだと考えています。机の前でじっと考えているだけでは、決してよいものは生まれません。
一〇〇%でやろうとすると、お客さまも期待をするでしょう。そうすると、期待に応えようとして不自然な部分が出てきたり、しんどくなったり、考えがかたくなったりすると思うのです。
ものづくりというのは、どんなものでも最後には天にゆだねるような部分があります。私自身も、自分がつくる服は、七、八割方の完成度で市場に送り出すという気持ちでやってきました。

作者の周りには、夫の松葉大吉、中国人留学生の姚和平、彫刻家の吉田正純、職人の楫谷稔、藍染め研究家の加藤エイミー、刺繍家の望月真理、染織家の滝沢久仁子など、多くの人たちが集まってくる。

人を惹きつけ、人と人をつなぐ力こそ、作者の一番の持ち味なのかもしれない。

2009年9月1日第1刷、2016年12月26日第4刷。
家の光協会、1524円。

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2022年10月28日

幸徳秋水『二十世紀の怪物 帝国主義』


幸徳秋水(1871‐1911)の最初の著書『二十世紀の怪物 帝国主義』(1901)と、獄中で書かれた絶筆「死刑の前」(1911)を現代語訳したもの。山田博雄訳。

「二十世紀の怪物 帝国主義」は、当時世界的に隆盛を極めていた帝国主義について記したもの。幸徳は帝国主義を「「愛国心」を経とし、「軍国主義(ミリタリズム)」を緯として、織りなされた政策」と分析して、その危険性を示すとともに、人々に社会の変革を訴えている。

日本人の愛国心は、日清戦争に至って史上空前の大爆発を引きおこした。日本人が清国人を侮蔑し、ねたましいと思って見、そして憎悪する様子といったら、まったくなんと形容していいかわからないほどであった。
「帝国主義」とは、すなわち大帝国(グレーターエンパイア)の建設を意味する。大帝国の建設は、そのまま自国の領土の大いなる拡張を意味する。
米国は本当にキューバがスペインから独立と自由を勝ちとる運動のために戦ったのか。それなら、なぜ一方で、あんなに激しくフィリピン人民の自由を束縛するのか。なぜあんなに激しく入りピンの自主独立を侵害するのか。
帝国主義者たちは手に入れることができる新市場の余地が乏しくなったので、世界各国はすでに互いに他国の市場を奪い合う兆しをみせている。

ここに記されている内容は、歴史的に見れば1914年に起きる第1次世界大戦や、1945年の日本の敗戦などを見通したものと言えるだろう。幸徳の先見の明が光る。

「死刑の前」は、大逆事件で罪に問われ39歳で刑死した幸徳が、死を前にして自らの死生観などについて記したもの。全五章が予定されていたが、一章を書いた段階で処刑されたために未完となっている。

死刑! 私にはじつに自然な成り行きである。これでいいのである。かねてからの覚悟があるべきはずである。私にとって死刑は、世の中の人々が思うように、忌まわしいものでも、恐ろしいものでも、何でもない。
私は長寿自体が必ずしも幸福ではなく、幸福は、ただ自己の満足をもって生き死にすることにあると信じていた。もしまた、人生に社会的な価値(ヴァリュー)とも名づけるものがあるとすれば、それは長寿にあるのではなく、その人格と事業が、彼の周囲と後代の人々に及ぼす感化・影響の如何にあると信じていた。今もそのように信じている。

死刑を前にして、驚くべきほどの落ち着きようだと思う。あらためてすごい人物だと感じる。

1911年1月18日に死刑の判決が下り、早くも24日に死刑が執行された。この人を死刑にした国に、私たちは生きているのである。

2015年5月20日、光文社古典新訳文庫、860円。

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2022年10月27日

平田オリザ×藻谷浩介『経済成長なき幸福国家論』


副題は「下り坂ニッポンの生き方」。

劇作家・演出家で『下り坂をそろそろと下る』を書いた平田と、『デフレの正体』『里山資本主義』などの著書のある藻谷との対談集。

国語の近代化、統一は、スピードの違いはあれ、どの近代国家も経てきた道のりです。ただ、国家が成熟した段階になると、今度は生物多様性と一緒でいろいろな価値観を持った人がいたほうが組織は長生きする。(平田)
東京に住んでいる人は職場の沿線に住むんだけれど、地方は車社会なんで、職場から三〇分圏内ならばどこに住んでも同じです。本当に地方では若い世代が住む自治体を選ぶ時代になっています。(平田)
東京は世界最大の町ですが、若者が自分たちの半分の子どもしか残せない町になってしまっているという点で、生物学的に失敗しているのです。(藻谷)
私はよく演劇教育を導入する先生方に「おとなしい子に無理して声を出させないでいいですよ」と言います。おとなしい子は「おとなしい子」っていう役を演じたら一番うまいんです。(平田)
私はこれまで全国で五〇〇〇回以上講演してきたのですが、毎日が「分からない人に分かるように伝えるにはどうするか」を探求する戦いであり、「話というのはいかに伝わらないものか」を痛感する敗北でもありました。(藻谷)

会社も、短歌結社も、自治体も、そして個人も、ただ漫然と続けているだけでは生き残っていけない。明らかにそういう時代になってきている。

それはもちろん大変ではあるのだけれど、一方で、工夫しがいのある、さまざまな可能性のある時代だとも言えるかもしれない。

2017年9月25日、毎日新聞出版、1000円。

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2022年10月24日

國友公司『ルポ路上生活』


路上生活の実態を探るべく、2021年7月23日から2か月間、東京でホームレス生活を体験してみたルポルタージュ。「東京都庁下」「新宿駅西口地下」「上野駅前」「上野公園」「隅田川高架下」「荒川河川敷」の6か所での暮らしが描かれている。

ホームレスと話をするときは「夏と冬どちらが辛いか」と質問をするようにしたのだが、ほぼ全員が「夏のほうが辛い」と答えるのだ。その理由はやはり、「冬はNPOやボランティアが防寒具をくれるから」だ。
共に過ごす相手次第で生活の色は大きく変わる。それは普段いる社会においてもホームレスの世界においても同じである。
――炊き出しを求めて路上生活者たちが長蛇の列を――。
みたいな文言をよく新聞やニュースで目にするが、私が見た限りでは「メニューと場所を見比べて魅力的な炊き出しに食べに行っている」といった状態だ。

何となくホームレスは孤立しているというイメージを持っていたのだが、実際には仲間同士の情報交換や食料の分け合いもあれば、NPOやボランティア団体による炊き出しなどの支援もある。そうした、人と人とのやり取りが本書の多くを占めている。

もちろん、2か月の潜入取材ですべてがわかるはずもなく、こうした手法を批判的に見る人もいるだろう。でも、ホームレス自身の多くは表現手段を持っていないので、彼らの姿を伝えるという意味で貴重な記録だと思った。

2021年12月27日、KADOKAWA、1500円。

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2022年10月20日

アミの会編『おいしい旅 初めて編』


初めて訪れた場所で味わう食べ物を描いた小説のアンソロジー。

「アミの会」は実力派女性作家集団≠ナ、さまざまなアンソロジーを刊行しているようだ。本書では、坂木司、松尾由美、近藤史恵、松村比呂美、篠田真由美、永嶋恵美、図子慧の7名が執筆している。

登場する舞台と食べ物は、「下田のキンメコロッケ」「台湾のパイナップルケーキ」「オランダのニシン、フライドポテト」「糸島の塩むすび」「箱館のコーヒー」「サハリンのシベリア風水餃子」「松山の鯛茶漬け」など。

箱館(函館)とサハリンが入っているのを見て購入。どちらも懐かしい場所だ。

箱館の市電は現在二系統だけが残されていて、東の終点は『湯の川』、西は『どつく前』、途中『十字街』で分岐して、南端『谷地頭』が終着になる。
サハリンはとても風光明媚な場所だった。道端に咲く花も、なだらかな山並みも、曇りがちの空でさえもきれいだった。何より、食べた料理の何もかもがおいしかった。

引用していて気が付いたのだけど、函館の市電の停留場名は「函館どつく前」と、「つ」が大きい。これは、「函館どつく株式会社」という社名の「つ」が大きいかららしい。
http://www.hakodate-dock.co.jp/jp/

1896年創立の古い会社だが、「函館船渠」「函館ドック」という社名を経て、現在の「函館どつく」になったのは1984年のこと。老舗ならではの旧かなっぽさを出しているのだろうか。

2022年7月25日、角川文庫、720円。

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2022年10月19日

成田龍一『大正デモクラシー』


シリーズ日本近現代史C。

大正デモクラシーの概要や評価がよくわかる一冊。「大正デモクラシー」という言葉は大正時代だけでなく、「日露戦争後の一九〇五年ころから、一九三一年九月の「満州事変」前夜までのほぼ四半世紀」を指すのだそうだ。

民本主義の議論は、帝国の根幹にふれるところまでには及んでいない。大日本帝国憲法の壁とともに、帝国意識が大きく立ちはだかっている。そもそも、民本主義の基礎をなす立憲主義の出発点は、「内に立憲主義、外に帝国主義」を唱えるところにあった。
民本主義の歴史的な評価が揺らぐのは、内政的には自由主義を主張しているが、それが国権主義と結びつき、対外的には植民地領有や膨張主義などを容認し、帝国とのきっぱりとした態度がとりにくいためである。

このあたりに、大正デモクラシーを支えた思想である「民本主義」の柔軟性と弱さが潜んでいたのだろう。

孫文は、一九二四年一一月に、神戸で「大亜細亜問題」と題した講演を行い、ヨーロッパの「覇道文化」とアジアの「王道文化」を対比し、日本は双方を有しているとした。そして、孫文は西洋の覇道の「番犬」となるか、東洋の王道の「干城」」となるかを問いつめた。

結果論になるけれど、このあたりに歴史の分岐点があったのかもしれない。もし1945年の敗戦へ至る道とは違う道に進んでいたら、その後の日本は、そして今の日本はどうなっていたのだろうか。

2007年4月20日第1刷、2021年8月16日第17刷。
岩波新書、860円。

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2022年10月13日

うぬまいちろう『日本全国地魚定食紀行』


副題は「ひとり密かに焼きアナゴ、キンメの煮付け、サクラエビのかき揚げ…」。

日本各地の漁港をめぐり、その土地で獲れる魚を使った料理を紹介した紀行文。

登場するのは、羅臼の「黒ハモ丼」、酒田の「ニジバイガイの握り」、銚子の「イワシ塩焼き」、駿河湾の「サクラエビのかきあげ丼」、尾道の「白ハゼの煮付け」、太良の「ワタリガニ」など、計18か所の料理。

ちなみに日本全国津々浦々の漁師町や港町のお寺には、ご本尊様が流れ着いたり網にかかったりするシチュエーションの伝説が多々あるが、流れ着くもの、来るものを拒まない、あっけらかんとした漁師町や港町の気質を感じる話である。
ちなみにマグロといえば、こちこちに凍って真っ白になったもの、もしくはセリにかけられて横たわり、黒光りするものを思い浮かべる方が多いと思うが、実はマグロの本来の背色は濃紺から徐々にグラデーションしていく鮮やかなブルーである。

こういった蘊蓄もたくさん出てきて楽しい。

2021年3月31日、徳間書店、1500円。

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2022年10月09日

稲垣栄洋『世界史を変えた植物』


2018年7月にPHPより刊行された『世界史を大きく動かした植物』を改題し、加筆・修正して文庫化したもの。著者は近年、驚異的なペースで次々と面白い本を出している。

本書は、さまざまな植物が人間とどのように関わり、人の暮らしや歴史を変えてきたのかを解説したもの。取り上げられているのは、コムギ、イネ、コショウ、トウガラシ、ジャガイモ、トマト、ワタ、チャ、コーヒー、サトウキビ、ダイズ、タマネギ、チューリップ、トウモロコシ、サクラ。どれも食材や嗜好品や鑑賞用として身近なものばかりだ。

双子葉植物は茎の断面に形成層という導管と師管から成るリング状のものがあるのに対して、単子葉植物では形成層がない。このように単子葉植物の構造が単純だが、じつは単子葉植物の方が進化した形なのだ。
自然に恵まれた豊かな地域と、自然に恵まれない地域があった場合、農業が発達するのは後者である。
香辛料が持つ辛味成分は、もともとは植物が病原菌や害虫から身を守るために蓄えているものである。冷涼なヨーロッパでは害虫が少ない。一方、気温が高い熱帯地域や湿度が高いモンスーンアジアでは病原菌や害虫が多い。そのため、植物も辛味成分などを備えている。
世界で最も多く栽培されている作物はトウモロコシである。次いでコムギの生産量が多く、三位はイネである。トウモロコシ、コムギ、イネという主要な穀物は世界三大穀物と呼ばれている。四位がジャガイモ、五位がダイズであり、食糧として重要なこれらの作物に次いで生産されているのがトマトである。

植物学×世界史という組み合わせで、知らなかった話や意外な話がたくさん載っている。読み終えて、「人類の歴史は、植物の歴史でもある」という著者の言葉に納得した。

2021年9月23日、PHP文庫、820円。

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2022年10月08日

三上延『ビブリア古書堂の事件手帖V』


副題は「扉子と虚ろな夢」。
扉子シリーズの第3弾。

取り上げられるのは、映画パンフレット『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』、樋口一葉『通俗書簡文』、夢野久作『ドグラ・マグラ』など。

本が好きで、本に人生を変えられ、本に狂わされていく人々。

書籍を人間の外部記憶と定義づければ、人間は脳だけでなく蔵書によっても思考していると言えるわ……少なくとも、蔵書から人間の思考を一部は辿ることができる。

確かにそういう面はあるだろうなと思う。

シリーズものは次第につまらなくなって読まなくなることが多いのだけど、ビブリア古書堂はなぜか読み続けている。これで栞子シリーズ7冊+扉子シリーズ3冊。最初に読んだのが2012年なので、もう10年以上読んでいることになる。
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138686.html

2022年3月25日、メディアワークス文庫、670円。

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2022年10月05日

米原万里『旅行者の朝食』


2002年に文藝春秋社より刊行された単行本の文庫化。

ロシア語や翻訳や食べ物に関する37篇を収めたエッセイ集。世界各地の文化や歴史のことがあれこれ出てきて、ひたすら面白い。

ヨーロッパ文明圏の言語と日本語を取り持つ通訳者たちが最も恐れていることの一つに、スピーカーがいつギリシャ語やラテン語の慣用句や有名な詩の一節を原文のまま口にするか予測不可能ということがある。
トルストイの『戦争と平和』であれ、ツルゲーネフの『貴族の巣』であれ、十九世紀ロシアの貴族社会を描いた小説を読むと、地の文はロシア語なのに、作中人物たちの会話がしばしばフランス語の原文のまま載っている。
(『ちびくろサンボ』の)原作は、パンケーキとなっているが、ナンをイギリス人の原作者はパンケーキと言い表し、それを日本語に翻訳する際にポピュラーなホットケーキに超訳したのだろう。虎のバターも、実は原作では、インド料理でよく使うギーとなっている。
(正餐式に)酸味のあるパンを用いるか、カトリック教会で一般的だった酸味のないパンを用いるかをめぐって、十一世紀半ばには激論が東西教会間で交わされているのだ。教皇レオ九世が、「正餐で酸味のあるパンを用いてはならない」と断を下したことによって、ビザンチンの正教会本部は、カトリックと袂を分かつしかなくなった。

この人の本は、もっと読んでみよう。

2004年10月10日第1刷、2021年12月5日第26刷。
文春文庫、600円。
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2022年09月29日

『ロバート・キャパ写真集』


ICP(国際写真センター) ロバート・キャパ・アーカイブ編。

ロバート・キャパ(1913-1954)の撮影した約7万点のネガから236点を選んで掲載した写真集。演説するトロツキーを写した最初の1枚から、地雷を踏んで死ぬ直前の最後の1枚まで、各地の戦場を撮ったキャパの生涯が浮かび上がる。

目次は「《ロバート・キャパ》の誕生1932-1939」「スペイン内戦1936-1939」「日中戦争1937-1941」「第2次世界大戦1939-1945」「戦いの後の光景1945-1952」「イスラエル独立と第1次中東戦争1948-1949」「友人たち」「日本1954」「第1次インドシナ戦争1946-1954」となっている。

キャパは中国での紛争を、ファシズムに対抗する世界共通の戦いの、東洋における前線=「東部戦線」と考えていた。

「スペイン内戦」と「日中戦争」を一つの大きな枠組みで捉える視点を、当時からキャパは持っていたわけだ。その視野の広さが魅力的である。

1944年8月、ドイツ軍の占領から解放されたフランスで撮られた写真には、次のようなものもある。「ドイツ兵との間に子をなしたフランス人女性は、罰として頭髪を剃られた」「頭髪を剃られたフランス人女性は、市民から嘲笑を浴び、徒歩で帰宅させられる」。

歓喜に湧く市民やドゴール将軍の演説だけでなく、こうした影の部分も写しているところに、キャパの目の確かさを感じる。

1913年生まれということは、高安国世と一緒なんだな。

2017年12月15日第1刷、2021年5月27日第5刷。
岩波文庫、1400円。

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2022年09月26日

筒井清忠編『大正史講義【文化篇】』


大正時代の文化に関して24名の執筆者の書いた計27篇の論稿をまとめた本。

民本主義、国家主義、大正教養主義、童謡運動、新民謡運動、女子学生服、大衆文学、時代小説、漫画、大衆歌謡、映画、百貨店、カフェーなど、幅広い分野の話が載っている。

また、取り上げられている人物も、吉野作造、上杉愼吉、西田幾多郎、夏目漱石、宮沢賢治、北原白秋、鈴木三重吉、西條八十、竹久夢二、岡本一平、小林一三と多岐にわたる。

日本の学生マルクス主義の特徴として、はなはだ教養主義的傾向が強いということが指摘されうるだろう。それは、何よりも「西欧古典崇拝」の傾向が両者ともに強いという共通性に窺える。
漱石はこの新興勢力(岩波書店:松村注)の象徴的存在となり、漱石文学の普及と大正教養主義の隆盛、そして岩波書店の発展の三つが相乗効果を生み、それぞれの威信の上昇につながったと考えられる。
年表的には、大正時代は大正天皇の即位とともに始まるが、文学の面、さらに広くいえば文化史的には日露戦争の終結から始まっている。それはちょうど、昭和時代が文化の面では、大正十二年の関東大震災のあとの帝都復興、モダン都市東京から始まっているのに似ている。
むしろ、前近代社会の方が、謡の共通性が高く、近代化されたこの時代になって人々は地域的差異化、ローカリズムの確立を望んだのである。
住吉や御影が神戸市に編入されるのは昭和二五(一九五〇)年であり、この両地域が「阪神間モダニズム」として語られるのは、大正末昭和初期は、神戸市外だったからである。

ジャンル横断的に多くの論が含まれているが、その背景にある大正という時代の輪郭が、読み進めるうちに色濃く浮かび上がってくる。

2021年8月10日、ちくま新書、1300円。

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2022年09月18日

安永幸一監修『吉田博画文集』


副題は「われ山の美とともにあり」。

主に吉田博『高山の美を語る』から引いた文章と、吉田の絵画を取り合わせて編集した画文集。

いつも一(ひと)元気で一気に描くことにしている。その方が時間をかけて綿密に描くものよりもはるかに力がある。
それから、これは純粋な山ではないが、私は瀬戸内海の島々が好きである。瀬戸内海からいえば、島とはつまり山だということになるが、これ等の諸々がいずれも素晴らしい特異な展望美を備えている。
ヒマラヤは、丁度九州の端から北海道の端までの長さぐらいの連山である。幅も丁度日本内地の幅に略々等しい。

文章からは吉田の山に対する愛情がよく伝わってくる。

「渓流」「モレーン湖」「マッターホルン/マタホルン山」「風景(ダージリン)/ダージリンの朝」など、油彩と版画の両方で同じ場面を描いた作品もあるが、両者の印象はずいぶん違う。油彩が暗くて荒々しいのに対して、版画は明るくて穏やかだ。

肉筆浮世絵と浮世絵版画(錦絵)の違いに似ている。

吉田は福岡県久留米市で生まれ、福岡県浮羽郡(現うきは市)で育った関係で、福岡県立美術館や福岡市美術館に作品が多く収蔵されているようだ。

2017年9月20日、東京美術、2000円。

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2022年09月16日

フィリップ・ワイズベッカー『フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり』


パリとバルセロナを拠点に活動するアーティストが、日本各地の郷土玩具の制作現場を訪ねて回ったエッセイ集。小さな判型の本にデッサンや写真、取材ノートも載っていて楽しい。

・子 伏見人形の唐辛子ねずみ(京都)
・丑 会津張り子の赤べこ(福島)
・寅 ずぼんぼのとら(東京)
・卯 金沢からくり玩具のもちつき兎(石川)
・辰 竹工芸の辰(岡山)
・巳 きびがら細工のヘビ(栃木)
・午 きじ車の馬(大分)
・未 仙台張り子の羊(宮城)
・申 木の葉猿(熊本)
・酉 木工創作玩具の酉(宮城)
・戌 赤坂土人形の戌(福岡)
・亥 一刀彫の亥(奈良)

ところどころ、外国人から見た日本についての印象が記されているのも面白い。

欧米では月面に人の顔が見えると言われてきたが、日本人には兎が餅をつく姿に見えるらしい。
線路沿いに見える水田は、住宅に接し、見渡す限りあちこちに広がっている。水が土に入れ替わった光景は、西洋人の私には驚くべきものだ。
こけしは主に東北地方でつくられる人形で、我々フランス人がジュ・ドゥ・キーユと呼ぶボウリングに似た遊びの道具に形が似ている。
奈良では、鹿が優先権を持っている。道路上で頻繁に見かける「鹿の飛び出し注意」の標識に仰天したのは私だけで、ここでは当たり前のことなのだ。

連載は「中川政七商店」のWEBでも読むことができる。
https://story.nakagawa-masashichi.jp/34832

2018年11月27日、青幻舎、2000円。

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2022年08月31日

吉田千亜『その後の福島』


副題は「原発事故後を生きる人々」。

原発事故による避難生活を送る人々の姿を描いたノンフィクション。多くの避難者への取材を通じて、原発事故の実態や社会の様相を浮き彫りにしている。

国・行政側が、放射能汚染に対する住民感情として用いる「不安」という言葉は、「不安を抱える人の側の情報や性格に問題がある」というように、その責任を個人に転嫁する意図で使われている。
原発事故の本質を抜き去った「復興計画」が進み、その流れに乗らない人は、「復興」を妨げる人間として責められる。「団結からはみ出した人を非難し、排除する」というようなメンタリティだ。
こうして原発事故の被害について口にできない被害者と、福島内のことだから関われない、他人事だから関わらないという世間によって、原発事故の記憶は「風化」し、何事もなかったかのようになっていくのかもしれない。

この本が出てから4年。最近また「原発」や「復興」に関するニュースがよく報じられるようになっている。そうしたニュースを見るたびに、この本の内容が思い出される。

例えば、8月24日には岸田首相がエネルギー政策を大きく転換して原発の新増設を検討することを表明した。

貧しい地域に原発とお金がやってくる、住民の命や健康よりも企業の利益を優先させる、という構造から変えなくては、根本解決にならない。裁判に関わるようになり、被害と加害の構造を改めて知った、と中島さんは言う。

原発の再稼働や新増設に向けた動きは、深刻な原発事故から11年経った今も、こうした「構造」が何も変っていないことを意味しているのだろう。

また、8月30日には福島県双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された。これまで全町避難が続いていただけに、「復興」の明るいニュースとしてテレビでも取り上げられていた。

避難指示解除や帰還をめぐっては、土地を追われた人々が自宅に帰れるのがすなわち良いこととして語られることもあるが、そんなに単純な話ではない。そこには、まだ安全が確保されていないと判断した人の避難の長期化、世代間の放射能汚染に対する判断の違いなど、簡単に元通りにはならないヘ原子力災害特有の問題が横たわっている。

避難指示の解除によってすべての問題が片付くわけではない。それにもかかわらず、「復興」をめぐるニュースで原発事故の幕引きが図られ、「原発」の再稼働や新増設が進められつつあるのだ。

2018年9月30日、人文書院、2200円。

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2022年08月28日

小出裕章『日本のエネルギー、これからどうすればいいの?』


「中学生の質問箱」シリーズの1冊。

原子力の専門家である著者が、2011年の福島第1原発の事故を踏まえて、エネルギー問題についてわかりやすく論じている。

原発事故が起きてから原発について論じるようになった人は多いが、著者は1970年代からずっと反原発の運動や発信を続けてきた。そこが何よりも信頼の置けるところだと思う。

 日本では、「核」と言えば軍事利用で、「原子力」と言えば平和利用であるかのように宣伝されてきました。英語では同じニュクリア(Nuclear)でも、
「ニュクリア・ウェポン(Nuclear Weapon)」は「核兵器」
「ニュクリア・パワー・プラント(Nuclear Power Plant)」は「原子力発電所」
と訳されます。
国と巨大原子力産業、電力会社は、彼らの論理で原子力を進め、原子力から恩恵を受けない国の人々、弱い立場におかれた労働者や立地住民たち、そういう人々をブルドーザーでつぶすように苦しめてきました。だから私は原子力に反対して抵抗してきました。
エネルギーの問題は原子力をやめればいい、ということではないのです。エネルギーの使い方そのものが問題で、それは世界の構造そのものの問題であって、最終的に言ってしまえば、どうやって生きることが幸せなのかというそれぞれのひとの人生観の問題です。

著者は単に原発に反対しているのではない。エネルギーの大量消費の上に成り立っている現代の暮らしのあり方や、先進国と発展途上国、都市部と農村部との格差がもたらす差別や抑圧、非民主的な物事の決定方法といったものに、異議を唱えているのである。

その一つの現れとして原発の問題がある。だから、原発にどう対応するかという話は、私たちが暮らす日本の社会をどのようにしていくかという話でもあるのだ。

2012年5月28日第1刷、2022年5月14日第2刷。
平凡社、1200円。
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2022年08月24日

岩瀬昇『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』


戦前の日本が石油を中心としたエネルギー問題に対して、どのように取り組んでいたのかを論じた本。

国内産の石油だけではもちろん足りず、北樺太や満洲における油田開発、石炭を元にした人造石油の開発など、様々な取り組みが行われた。しかし国としての明確なエネルギー政策を欠いた日本は、結局、太平洋戦争による南方油田の奪取へと進むことになる。

巷間では、初の「日の丸原油」は、アラビア石油の創設者・山下太郎の手によるカフジ原油だと信じられている。だが、本当の意味で日本人が自らの手で掘り出した最初の海外原油は、樺太のオハ原油だったのである。
昭和十一(一九三六)年の日独防共協定は、まさに共産主義国家ソ連を敵対視するもので、これを機にソ連側の北樺太石油の事業推進に対する締め付け、嫌がらせ、事業推進妨害は熾烈なものとなっていった。
緒戦の戦果に浮かれていた大本営政府の首脳は、南方から石油を乗せた船が、アメリカ軍の潜水艦や航空機攻撃で壊滅状態になることへの想像力を欠いていた。
石油、いやエネルギーに関しては、太平洋戦争当時の日本を取り巻く基本骨格が、現代もなお変わっていないという事実に驚かされる。日本は、昔も今も、石油を始めとする一次エネルギー資源をほぼ持たない「持たざる国」なのだ。そしまた、「非常時」がいつ来るか、わからない。

この予言は、現在まさに的中したと言っていいだろう。ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、石油・天然ガスの開発プロジェクト「サハリン1」「サハリン2」における日本の権益を維持できるかが大きな問題となっている。

また、2011年に起きた福島第一原発の事故や、現在の原発再稼働に向けての動きの背景にも、こうしたエネルギー問題がある。それは、今なお解決できていない問題として残されたままなのだ。

2016年1月20日、文春新書、820円。

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2022年08月21日

岡部敬史(文)山出高士(写真)『目でみる日本史』


『くらべる東西』『くらべる時代』『くらべる京都』などの「くらべる」シリーズや「目でみる」シリーズが人気のコンビの最新刊。

https://matsutanka.seesaa.net/article/441584092.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/457471609.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/476536337.html

歴史上の人物の見たであろう風景を、現地に行って実際に眺めてみるという内容の一冊。持統天皇の「香久山」、源頼朝の「しとどの窟(いわや)」、平田靱負の「油島千本松締切堤」、正岡子規の「子規庵」、太宰治の「三鷹跨線橋」など、34名の34か所が美しい写真入りで紹介されている。

奈良県は全国でもっともビルの低いことで知られ、県内でもっとも高い建物は、JR奈良駅近くにあるホテル日航奈良の46メートルだという。(甘樫丘展望台)
史跡巡りでは、再現された城郭だけを見るケースもあるだろうが、建物よりもその当時の姿を残した自然環境のほうが、よほど想像力をかきたてて、昔の姿を想像しやすい。(一乗谷朝倉氏遺跡)

距離感や高低差、眺望などは、地図を見ただけではなかなかわからない。現地を訪れて初めて見えてくることがたくさんあるのだ。

2022年7月20日、東京書籍、1300円。

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2022年08月11日

宮崎学『森の探偵』(新装版)


文・構成:小原真史。
副題は「無人カメラがとらえた日本の自然」。

無人カメラを使った動物撮影など50年にわたって写真家として活動してきた著者が、キュレーターの小原を相手に、写真のこと、動物のこと、森のことなどについて語る一冊。含蓄に富む話が多く、ぐいぐい引き込まれる。

オリジナルな写真は、オリジナルの機材からってことですね。既製品だけに頼っていたら、その範囲内で撮れる写真になってしまうし、どうしてもほかと似てきてしまう。
小屋の壁面に撮りたいフクロウの姿を描いた絵コンテを貼っておいて、その通り撮れたら剝がしていき、全部なくなったときに撮影が終了しました。
加齢臭は人間特有のものではなくて、子育てを終えた個体、つまり自然界では役割を終えた動物から「弱いぞ」とか「さらっていって下さい」というサインが加齢臭のかたちで出ている。
人間だって「万物の霊長」と言えど、死んでしまえばいとも簡単に食われてしまう。僕はお互いに食い合うことも「共生」の意味だと思っています。
忍び足をする必要のない植物食の動物は、足が蹄になっていて、狩りをする肉食動物には、消音効果のある肉球のクッションがあるってわけです。
新幹線は、短い時間で何十キロメートルという距離を移動しながら風景を見せてくれるから、森の作りや樹木の成長の様子を遠見することができてすごく面白いですね。

動物を撮った写真も数多く掲載されているが、そこに写る動物たちの生き生きとして姿に驚かされる。こんな写真が撮れるのか!という感じだ。

長年にわたって観察を続け、機材を改良し、動物の行動や森の生態に詳しくなって初めて撮れる写真ばかり。そこから、著者の哲学とも言うべき思考や思想も生まれている。

2021年9月5日、亜紀書房、1800円。

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2022年08月08日

小牟田哲彦『「日本列島改造論』と鉄道』


副題は「田中角栄が描いた路線網」。

1972(昭和47)年に刊行されて1年間で91万部の大ベストセラーとなった田中角栄の『日本列島改造論』。そのうちの鉄道政策に焦点を当てて、この50年間を検証し、今後の鉄道のあり方を考察する内容である。

1922(大正11)年に制定された鉄道敷設法の改正法は、1987(昭和62)年に廃止されるまで実に65年間も効力を持った。同じように1970年(昭和45)年に成立した全国新幹線鉄道整備法は、50年以上経った今も施行中である。

『日本列島改造論』に描かれた「全国新幹線鉄道網理想図」をなぞるように整備新幹線や基本計画線を定めた国策は、それから半世紀が経った令和の今もなお、我が国の高速鉄道政策の根幹として効力を有していることは、日本国民にもっと知られてもよい事実ではないだろうか。

国全体で人口が減少し、自家用車の保有率が高まり、少子高齢化の進む日本において、ローカル線をはじめとした鉄道網をどのように維持していくかは、現在、大きな課題となっている。

不採算路線の存廃問題や大規模災害の被災路線の復旧という問題が現実化する過程で、民営化が万能の理論ではなく、やはり一定程度の公共の関与や支援がなければ地方交通や広域ネットワークの永続的な維持は難しいケースもあるのだ、という方向へ、日本社会全体が再び軌道修正しているように見受けられる。

一つ一つの路線の話に終始するのではなく、国全体の鉄道政策の新たなグランドデザインを示すことが、今まさに必要となっているのだ。

2022年6月15日、交通新聞社新書、990円。

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2022年08月03日

司馬遼太郎『街道をゆく37 本郷界隈』


連載中の「啄木ごっこ」との関わりで、久しぶりに「街道をゆく」シリーズを読む。話題が縦横無尽にポンポン飛んでいくのが楽しい。

江戸時代の本郷は、このあたりをいくつかの大名屋敷が占拠しているだけで、神田や日本橋、深川といったような街衢の文化は、本郷にはなかった。それが、明治初年に一変する。ここに日本唯一の大学が置かれ、政府のカネがそそぎこまれたのである。
上京した子規は、下屋敷の長屋に起居し、ついで他に移ったりするうちに、旧藩主家の給費生にえらばれた。月額七円で、書籍費はべつに出る。(・・・)“育英”は、明治の風でもあった。前章でふれた坪内逍遥の場合も、給費生になったおかげで、明治九年の上京が可能になった。
明治後、東京そのものが、欧米の文明を受容する装置になった。同時に、下部(地方や下級学校)にそれを配るという配電盤の役割を果たした。いわば、東京そのものが、“文明”の一大機関だった。

こういう真面目な話だけでなく、雑学的な小ネタも出てくる。

モース(Morse)は、明治時代、多くのひとたちがモールスとカナでよんだ。おもしろいことに、“モールス信号”のS・F・B・モース(一七九一〜一八七二)と同じ綴りである。
日本料理に揚げものが入るのは十六世紀だったそうで、おそらく中国から禅僧を通じてのものだろう。僧侶が入れたから、このため麩や豆腐を揚げるといった精進ものが中心にならざるをえなかった。要するに江戸時代のフライの中心は油揚豆腐(あぶらげ)であった。

街歩きしながら、真面目なことを考えたり雑学を披露したり。今で言えば、ちょうどブラタモリみたいな感じなのであった。

2009年4月30日第1刷、2021年6月30日第5刷。
朝日文庫、760円。

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2022年07月30日

山田七絵編『世界珍食紀行』


アジア経済研究所の職員たちが世界35の国・地域で体験した食べ物をめぐるエッセイ集。「アジ研ワールド・トレンド」「IDEスクエア」に連載されたコラムをまとめたもの。

登場するのは、韓国のホンオフェ(エイ)、ベトナムの卵コーヒー、カザフスタンのクムス(馬乳酒)、デンマークのニシンの酢漬け、南アフリカのブラーイ(バーベキュー)、ペルーのクイ(モルモット)など。

外国から来た料理が現地風にアレンジされて土着化するという現象は、もちろんインドでもみられる。「インド中華料理」はまさにその典型であり、「マンチュリアン」はもっとも代表的な料理といえるだろう。
イランのファンタジーは、イランにしかない欧風パンとして、華麗な呼び名とは裏腹なその庶民的味を守り続けているのである。
タンザニアでは、食事を終えた人が水道で手にこびりついたウガリを爪でこすり落としているのを見ることがある。それを見た外国人は、「スプーンで食べればいいのに」と思うかもしれない。しかし、日本人が白いご飯を箸で食べるのと同じように、ウガリは手で食べて味わうものだ。

ほとんどの料理が一度食べてみたいと思うものばかり。現地でしか食べられない料理もたくさんあって、外国に行きたい気分になる。

2022年7月20日、文春新書、980円。

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2022年07月25日

藤森照信『藤森照信 建築は人にはたらきかけること』


「のこす言葉」KOKORO BOOKLETシリーズの1冊。

建築史家として日本の近代建築の研究をするだけでなく、建築家として「タンポポハウス」「高過庵(たかすぎあん)」「ラコリーナ近江八幡」などの話題作をつくってきた著者が、自らの生い立ちや建築に対する思いを記している。

「高過庵」も「茶室 徹」も、一見ツリーハウスのように見えますが、ツリーハウスではありません。もともとそこにあった樹の上につくったわけではなく、枝ぶりのよい木を選んで伐り倒し、現場に運んで柱として立てて、その上に庵をつくっています。この違いはとても重要。
発見の喜びは、解釈の喜びよりはるかに大きい。だって東京駅を設計したあの辰野金吾の建築だって、知られてないのが次々と出てくるんですから。竣工当時は有名だったものも、忘れられてますからね。
優れた建築は、本人も気づかなかった意味がいっぱい入ってる。だから、時代を超えられる。本人が自覚した点は本人が文章に書いてるけれど、それはその時代のなかで考えたことで、時代が変われば消えていく。だけど時代を超えるものがある。それは本人も自覚していないことなんですよ。
当たり前ですが、理論化は、言葉によってしかできない。言葉は、人間が生み出した最も抽象的なもののひとつです。一方、ものをつくることは、自分のなかの酵母のようなものがぐずぐずとした発酵状態にあって、そこから生まれてくる。言葉で理論化することは、そこに強い光を当てるようなもので、だいたい酵母は死ぬ。

このあたりは、短歌にもよく当て嵌まる話だと思う。

巻末の「のこす言葉」は「部屋は一人の 住宅は家族の 建築は社会の 記憶の器。自力でも誰かに頼んでも お金はかけてもかけなくても 脳を絞り手足を動かして作れば大丈夫。器が消えると記憶もこぼれて消えるでしょう。個人も家族も社会も記憶喪失ご用心。藤森照信」というもの。

建築の持つ「記憶の器」としての力をあらためて感じた。

2020年2月19日、平凡社、1600円。

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2022年07月18日

三浦英之『帰れない村』


副題は「福島県浪江町「DASH村」の10年」。

TOKIOが農業体験をするテレビの人気番組「DASH村」の舞台であった福島県浪江町津島地区(旧津島村)。現在も帰還困難地区(原則立入禁止)となったまま、約1400名の住民の誰ひとり帰れない状態が続く。

この本は2017年秋から2021年春にかけて、津島地区と住民百数十人に取材して、それぞれの思いを聞き取ったルポルタージュである。

国の説明会で「一〇〇年は帰れない」と言われて集落の記録誌を作った人、満蒙開拓団からの引き揚げに続いて再び家を追われた人、伝統芸能「田植え踊り」を何とか残そうと道具を新調した人、屋外での炊き出しを子どもに手伝ってもらったことを後悔し続ける人。

原発事故が一人一人の人生に与えた傷の大きさをあらためて感じる。

津島地区は原発から20キロ以上離れているため、当初、浪江町の住民の避難場所となった。けれども、実際には放射性物質は風に乗って北西に流れ、この区を広範囲にわたって汚染していたのであった。

かつての「DASH村」の今の様子は、2021年にテレビ放映された。
https://www.ntv.co.jp/dash/articles/65tqkaubaj266r2cbw.html

2022年1月25日、集英社文庫、620円。

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2022年07月16日

半田カメラ『道ばた仏さんぽ』


全国各地の石仏や磨崖仏を訪ね回って紹介した本。
カラー写真252点が美しい。

半田さんと言えば巨大仏のイメージなのだけど、それだけではなかったのだ。
https://matsutanka.seesaa.net/article/474996810.html

「石仏は新しくても、古くても違った良さがあります」と記している通り、歴史的な文化財から2020年に造られたばかりのものまで、実に多彩な仏たちが登場する。

「自由さ」「優しさ」に「親密さ」を加えた3つが、石仏を語る上でのキーワードになると思います。
磨崖仏はその場に行かなければ絶対に会うことのできない仏さまなのです。
自然の中にある磨崖仏は、季節、その日の天候、時間などによって見え方が大きく変わり、仏さまの表情も刻々と変化します。
屋外にある石仏はもしかしたら明日、崩れてしまうかもしれません。(…)親と石仏はいつまでもあると思ってはいけません。

石仏・磨崖仏への愛情がものすごい。磨崖仏を「その場に行かなければ絶対に会うことのできない仏さま」と捉えているのが印象的だ。この制約がむしろ魅力になるんだろう。何しろ今は興福寺の阿修羅像だって東京に行く時代なのだから。

項目に挙げられている86の仏さんのうち、見に行ったことのあるものを数えたら全部で15体だった。まだまだ会いに行きたい仏さんがたくさんいるなあ。

瑞巌寺の三十三観音(宮城)、岩屋観音(福島)、大谷観音(栃木)、薬師瑠璃光如来(千葉)、百尺観音(千葉)、磨崖不動明王像(滋賀)、富川磨崖仏(滋賀)、わらい仏(京都)、長井の弥勒磨崖仏(京都)、笠置寺の磨崖仏(京都)、頭塔石仏(奈良)、大野寺弥勒磨崖仏(奈良)、国宝臼杵石仏(大分)、熊野磨崖仏(大分)、天念寺川中不動尊(大分)

2022年3月15日、ビジュアルだいわ文庫、1000円。
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2022年07月13日

桑田ミサオ『おかげさまで、注文の多い笹餅屋です』


副題は「笹採りも製粉もこしあんも。年5万個をひとりで作る90歳の人生」。

著者は60歳の定年後に本格的な餅作りを始め、75歳で起業し、90歳でこの本を出された。テレビ番組で見た姿がとても印象的だったので購入。

笹の葉も自分で山に採りにいきます。1年で5万個のお餅を作れば、笹の葉だって5万枚要るわけで、これも大仕事です。私の背より高い藪にも入りますし、山では蜂が飛び出してくるので重装備です。
蒸し上がった2kgのお餅を、蒸し布ごと抱えて、平皿に広げる時も、水を入れた大きな蒸し器を抱えるのも、みんな力仕事です。(…)何よりも、奥の倉庫から27kgの米袋を、製粉機まで運んでこなければなりません。

一つ一つのお餅は小さいけれど、こうして数字で示すと大変な作業だということがよくわかる。

「人生80歳からが楽しい」とよく申し上げるのは、80歳になって、自分の中で、焦りというものがなくなったような気がするからです。(…)義務だとか、余計な考えがなくなる。それからが楽しいんです。
よく、こんな年になって新しいことを始めるなんて、という方もいます。でもどうか、自分でこれはできない、いい年してこんなことをしては恥ずかしいなどと決めつけないでください。悩んだりするくらいならば、思いきって新しいことに挑戦してみてください。

80歳からが楽しいと言われると、何だか元気が出るな。

ミサオさんは現在95歳。今も現役で笹餅を作っていらっしゃる。
http://www.superstore.co.jp/sasamochi

2018年1月22日初版、2022年6月22日第4刷発行。
小学館、1400円。

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2022年07月06日

円満字洋介『京都まち遺産探偵』


建築探偵として活躍する著者が、京都に残る「古橋」「木彫動物」「紋章」「狛犬」「タイル」「看板」などを取り上げて紹介・解説した本。カラー写真が豊富で眺めているだけで楽しい。

むかしは借家に風呂がなかったので、銭湯の存在はその地域が借家街であることを示す。
古い石垣のうち不安定なものは長年の間に地震で崩れてしまう。だから残っている石垣は、安定した良い石垣だけだということになる。
ウサギや鶴が陰陽のセットになるとき、右のような(⊂と―:松村注)構図が多い。わたしは向って左を「振り向き」、右を「追っかけ」と呼んでいる。

私がふだんよく通る道の近くにも名品が数多くあるようだ。今度探しに行ってみよう。

2013年4月2日、淡交社、1600円。

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2022年06月28日

五十嵐大『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』


「コーダ」(CODA=Children of Deaf Adults 聴覚障害のある親に育てられた聴こえる子ども)である著者が、自らの小学生時代から現在までを振り返りつつ、母との関係を築き直すまでを描いたノンフィクション。

〈耳の聴こえない母が大嫌いだった。それでも彼女はぼくに「ありがとう」と言った。〉という帯文(初出のネット記事のタイトル)が強い印象を残す。

生まれつき耳が聴こえないお母さんに育てられているだなんて、誰にも知られたくなかった。とにかく恥ずかしい、とさえ思っていた。

先月、映画「コーダ あいのうた」を観て「コーダ」のことを知った。著者も20歳代半ばで初めて「コーダ」という言葉に出会う。

衝撃的だった。自分のような生い立ちの人間をカテゴライズする言葉があるなんて、考えたこともなかったからだ。同時に、胸中に不思議な安堵感が広がっていく。
コーダは「聴こえない親を守りたい」という肯定的な気持ちと、「聴こえない親なんて嫌だ」という否定的な気持ちとの狭間で大きく揺れ動くこと。(…)自身の境遇を「可哀想」とは思っていないのに、社会からの偏見により半ば強制的に可哀想な子ども≠ノされてしまうこと。

とても良い本だった。自分の行動や心情をここまで客観的に描けるようになるまでには、相当な時間がかかったにちがいない。家族が家族であるためには、そうした努力が必要なのである。

2021年2月10日、幻冬舎、1400円。

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2022年06月25日

いとうせいこう・みうらじゅん『見仏記 道草篇』


シリーズ第8弾。2019年にKADOKAWAから刊行された単行本の文庫化。

訪問先は、長野(善光寺など)、群馬(慈眼院など)、大分(熊野磨崖仏など)、青森(恐山菩提寺など)、中国四川省(華厳時など)。

1992年から始まったこの仏像見物紀行も、気づけば30年を迎えた。旅する2人だけでなく、読む私もそれだけ年を取ったということだ。

左折し、民家が固まっている狭い山道を抜けると、じきに達磨寺へ到着した。
ゴーンと急に鐘の音がした。
むしろあたりが静かになった気がした。
みうらさんも言った。
「今、すべてが消えた」
「まさに円空。これ、滞在期間長いね」
みうらさんが言った。確かにいわゆる木っ端仏でなく、ある程度腰をすえて作ったものだった。仏像の作りがそのまま円空のいた時間をあらわすというのは慧眼だ。いずれ円空という時間単位になるかもしれない。

2人の名コンビぶりは変わらない。天才みうらの呟きを、いとうが鮮やかに理論化していく。

「道草篇」と名付けただけあって、何と寺や仏像を鑑賞しない回まである!中国四川省のジャイアントパンダ繁殖基地を見物して終わり。

この調子でどんどん自由に続けていってほしい。

2022年4月25日、角川文庫、660円。

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2022年06月20日

吉田博『高山の美を語る』


1931年に実業之日本社から刊行された単行本の文庫化。原著の口絵や挿画のほか「日本アルプス十二題」などがカラーの口絵で収録されている。

明治から昭和にかけての風景画を描き、新版画の制作でも知られる著者だが、登山の経歴も本格的だ。富士山や日本アルプスをはじめ、海外のロッキー、アルプス、ヒマラヤにも登りに出掛けている。

登山と画(え)とは、今では私の生活から切り離すことのできないものとなっている。画は私の本業であるが、その題材として、山のさまざまな風景ほど、私の心を惹きつけるものはない。
山には歩き方がある。歩き方一つでどんな人でも一万尺の高峰に登ることができる。(…)面白いのは下山の時にすっかり参ってしまっている男は、きまって登山の時には最も元気だったものに限るようである。
瑞西のアルプスでは、世に名だたる名山と、その反対にごく平凡な山との両方に鉄道が通じている。平凡な山というのは、なかなか面白い思いつきで、その目的とするところは、山それ自身は鑑賞の価値に乏しくとも、つまりその山の高い部分から、相対する名山を眺望しようというのである。

山登りに関する話がおもしろい。山の風景がほんとうに好きなんだなと思う。吉田博の文章をもっと読んでみたくなった。

2021年8月1日、ヤマケイ文庫、990円。

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2022年06月19日

土井善晴『一汁一菜でよいと至るまで』


料理研究家の著者が、家庭料理は「一汁一菜でよい」という理念にたどり着くまでの道のりを記した本。

若き日のフランスや日本の料亭での修業、父の料理学校の手伝い、父から引き継いだテレビの仕事、レストランのプロデュースや商品開発といった様々な経験を経て、家庭料理の価値を見出していく。

調理場や道具をきれいに手入れしておけば、不思議なことに、仕事に追い込まれた時に道具が味方してくれ、自分(の仕事)を守ってくれていると感じるのです。
毎度「○○を入れてもいいんですか」と確認されます。味噌汁に入れたくないものはあっても、味噌汁に入れていけないものなんてありません。それが味噌汁の凄さです。
料理の決まり事の多くはハレの日のために洗練されたプロの仕事です。ハレの日やプロの仕事が日常の暮らしに入りこんでしまったから料理が「面倒なもの」になったのです。そんな箍はすべて外せばいい。
一人暮らしでも、自分でお料理して食べてください。そうすれば、いつのまにか、自分を大切にすることができるようになっています。

私たちの体は食べたものからできている。食べることは生きることの基本であり、もともと料理は楽しいことなのだ。そんな当り前の事実に気付かせてくれる一冊であった。

2022年5月20日、新潮新書、820円。

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2022年06月16日

森まゆみ『『五足の靴』をゆく』


副題は「明治の修学旅行」。2018年に集英社から刊行された単行本に、書き下ろしの「付録一〜五」を追加して文庫化したもの。

与謝野鉄幹、北原白秋、木下杢太郎、平野万里、吉井勇の5名が1907(明治40)年7月から8月にかけて行った九州旅行「五足の靴」の足跡をたどる紀行文である。

同じ学生組でも、東京帝国大学の木下、平野がそれぞれ医学、工学を極めるため真面目に勉強をしていたのに比して、早稲田組の吉井、北原はほとんど学校に行っていなかった。
江戸時代、長崎の人口六万人のうち、一万人は中国人であったという。密貿易を防ぐため竹矢来で囲ったなかで、中国の人たちはどのような暮らしをしていたのだろうか?
この旅、福岡、江津湖、柳河、どこでも舟遊びがもてなしになっている。私が小さい頃も、不忍池でボート、東京湾でハゼ釣りなど、小船で遊ぶことは多かった。
近代になると、雲仙は日本国内の宣教師や上海在住の欧米人たちの格好の避暑地になった。上海から船で一晩寝れば長崎に着いたのだという。
本書を書いた一の動機はまず『五足の靴』にいかに『即興詩人』の影響が大きいかを見ることである。鷗外を敬慕した与謝野鉄幹と若い仲間たちは、西洋に行くことは難けれど、せめて九州の、宣教師がやってきて布教したところ(…)

著者は機会を見つけては「五足の靴」に関する土地を歩き回り、人々から話を聴く。そのフットワークの軽さと好奇心の強さが印象的だ。文学と歴史、地理、文化、産業など様々なものを結び付けて綴る文章は、読んでいて面白いだけでなく多くの示唆を与えてくれる。

2021年11月25日、集英社文庫、800円。

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2022年06月10日

田中輝美『すごいぞ!関西ローカル鉄道物語』


関西にあるローカル鉄道を訪れて、その歴史や現状、見どころなどを紹介した本。取り上げられているのは、阪堺電車、水間鉄道、紀州鉄道、和歌山電鐵、近江鉄道、信楽高原鐡道、北条鉄道、神戸電鉄、叡山電車、京都丹後鉄道、京福電鉄の11社。

かつて信楽焼は火鉢の8〜9割のシェアを占めていたそうです。火鉢を含めて信楽焼が産業として発展してきたことから、住民たちから鉄道輸送を望む声が高まります。

なるほど、タヌキの置物ではなく火鉢が主力製品だったわけだ。鉄道を待望する声が大きかったのもよくわかる。

こうした取り組みの背景にあるのが、嵐電が掲げる「沿線深耕」という言葉です。「振興」ではなく「深耕」。地域と鉄道は一体であるという考えに基づき、沿線の資源や良さを深く発掘・再構築し、沿線を住んでみたい、魅力ある地域にするため、鉄道会社として積極的にお手伝いをしていこうという思いが込められています。

ローカル鉄道の場合、こうした地域密着の姿勢を取りやすい。鉄道会社と地元が協力することでWIN-WINの関係を築くことができる。ここが、最近のJR西日本の赤字路線廃止に向けた動きや地元自治体との対立といった話との大きな違いだ。

本格的な人口減少時代に突入した日本で、これから地域に新しい鉄道や路線をつくることは基本的に難しい。そう考えると、今ローカル線が走っている地域は、他の地域が持てない「資源」を持っていると言い換えることもできるのです。

新しいものを作るのではなく、今あるものをどのように有効活用していくか。これはローカル鉄道の話だけでなく、今の日本の社会全般に当て嵌まる問題と言っていい。鉄道は「つなげる力」を持っているという観点も印象的だった。

2020年2月27日、140B、1800円。

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2022年05月30日

『子規紀行文集』のつづき

最上川の舟下りの場面。

本合海を過ぎて八面山を廻る頃、女三人にてあやつりたる一艘の小舟、川を横ぎり来つて我舟に漕ぎつくと見れば、一人の少女餅を盛りたる皿いくつとなく持ち来りて客に薦む。客辞すれば、彼益々勉めてやまず。時にひなびたる歌などうたふは、人をもてなすの意なるべし。餅売り尽す頃、漸くに漕ぎ去る。

舟下りをする客相手に商売をする舟の様子である。江戸時代に淀川の枚方付近で多く見られたという「くらわんか舟」を思い起こさせる。現代でも、保津川の川下りをすると終点付近でこうした舟が来る。今は観光用といった感じだけれど、昔はもっと生活感があったのだろう。そう言えば、タイの水上マーケットに行った時も、舟で淹れたコーヒーを買って飲んだ。

続いて、秋田県を歩いている場面。

夕日は傾きて本山の上二、三間の処に落ちたりと見るに、一条の虹は西方に現はれたり。不思議と熟視するに、一条の円虹僅に両欠片を認るのみにて、其外は淡雲掩ひ重なりて何事も見えざりき。こは普通の虹にはあらで「ハロ」となん呼ぶ者ならんを、我は始めてこゝに見たるなり。

「ハロ」(halo、日暈、白虹)の目撃談である。こうした科学的な目も持っているところが、子規の紀行文の多面的な面白さにつながっている。

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2022年05月25日

復本一郎編『子規紀行文集』


子規の紀行文の中から「はて知らずの記」「水戸紀行」「かけはしの記」「旅の旅の旅」「鎌倉一見の記」「従軍紀事」「散策集」「亀戸まで」の八篇を収め、詳細な脚注を施したもの。

子規と言うとどうしても病床に寝ているイメージが強いのだが、この本に出てくる子規は明るくて元気。文章も生き生きしていて、実に楽しい。

例えば、松島を舟でめぐる場面の描写。

舟より見る島々縦に重なり横に続き、遠近弁(わきま)へ難く、其(その)数も亦(また)知り難し。我位置の移るを、覚えず海の景色の動くかと疑はる。一つと見し島の二つになり、三つに分れ、竪(たて)長しと思ひしも忽ちに幅狭く細く尖りたりと眺めむる山の、次第に円く平たく成り行くあり。

臨場感に溢れていて、子規のワクワク感がそのまま伝わってくる。
続いてもう一つ。三島から修善寺に乗合馬車で出掛けて徒歩で戻ってくる場面。

こゝより足をかへして、けさ馬車にて駆けり来りし道を辿るに、おぼろげにそれかと見し山々川々もつくづくと杖のさきにながめられて、素読(そどく)のあとに講義を聞くが如し。

一度馬車から眺めた風景を、今度は自分の足でたどっていく。その様子を「素読のあとに講義を聞くが如し」と書いた比喩が見事だ。

俳句も少し引いておこう。

涼しさや羽(はね)生えさうな腋の下
正宗の眼(まなこ)もあらん土用干
山の温泉(ゆ)や裸の上の天の河
唐きびのからでたく湯や山の宿
底見えて魚見えて秋の水深し

脚注にしばしば明治期の『日本名勝地誌』が引かれているのも良い。子規の旅した場所が、当時の人々にどのように認識されていたのかがわかって参考になる。今の記述ではダメなのだ。

2019年12月13日、岩波文庫、740円。

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2022年05月18日

瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡 完全版』


副題は「サラリーマンから将棋のプロへ」。
2018年に松田龍平主演で映画化もされている。

プロ棋士養成機関である奨励会を26歳の年齢制限で退会し、プロになる夢を絶たれた著者が、戦後初めてのプロ編入試験に合格して35歳で棋士となるまでの話。

本人の努力はもちろんのこと、両親と二人の兄、小学校の担任の先生、近所に住むライバル、将棋道場の席主、奨励会や棋士の友人など、多くの人の支えや励ましが印象に残る。

昭和45年横浜市生まれの著者と私は同じ年。小学校高学年の時に将棋ブームが訪れる話など、似たような境遇に育ったこともあり共感する部分が多かった。

幼少時に「タオル姫」と呼ばれていたとあり、こんな話が出てくる。

大きなタオルケットを体に巻きつけて、いつもズルズルと引きずって歩いていたからだ。タオルケットには絶対に代わりはきかないお気に入りの一枚があって、外出するときもそれを引きずっていたらしい。

「ライナスの毛布」(安心毛布)だ! 私も全く同じでいつもタオルケットを持ち歩いていた。何とも懐かしい。

2010年2月13日第1刷、2018年8月6日第9刷。
講談社文庫、640円。

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2022年05月14日

梶井照陰『限界集落』


副題は「Marginal Village」。

僧侶で写真家である著者が、各地の限界集落の姿を写真と文章で描いたフォトルポルタージュ。

取り上げているのは、新潟県佐渡ヶ島、山梨県芦川、新潟県鹿瀬、熊本県球磨村、長野県栄村、北海道初山別村、山形県西川町、徳島県一宇、東京都檜原村、和歌山県高野町、石川県門前町、京都府五泉町。

旧芦川村は山梨県中部にある僻村である。芦川渓谷に沿って4つの集落が点在し、其処で暮らす人々はこんにゃく芋やほうれん草などを栽培しながら生活している。その集落の一つで、芦川の下流域に鶯宿集落がある。芦川渓谷のX字谷に67戸の民家が立ち並び、斜面に築かれた石積みの美しい集落だ。

「鶯宿」という言葉にピンとくる。山崎方代の〈生れは甲州鶯宿峠(おうしゅくとうげ)に立っているなんじゃもんじゃの股からですよ〉に出てくる地名だ。調べてみると、方代の母がこの鶯宿の出身だったらしい。

「むかしの人は難儀したんだ。お産をしても2週間ぐらいで畑仕事や桑採りにいかねばなんねがった」(…)「最近は生活も楽になったのにな。集落からは若者がいねぐなってしまったハ」
「合併したら村の財政はよくなるって聞いたけどな。合併したらどんどん生活は不自由になりよる」
「以前はこの集落にも大勢の人がいたけどな。今は買い物にくるのは、ひでさんとちよちゃんの2人だけになってしまったな。ほかは足が弱くなって山からおりてこられなくなったりしちまってさ」

集落に暮らすお年寄りの話から、その土地の歴史や産業、生活の様子が浮かび上がってくる。その一言一言が、重く胸に迫る。

2008年2月8日、フォイル、1400円。

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