2023年05月19日

外岡秀俊『北帰行』


昨年12月に亡くなった作者が、学生時代の1976年に書いて第13回文藝賞を受賞したデビュー作。

北海道出身で東京に暮らす20歳の主人公が、盛岡、渋民、函館、札幌、小樽、釧路と啄木の足跡をたどって故郷へ向かう物語。旅をしながら彼は、過去の出来事を振り返り、啄木について考え、自らの人生について思いをめぐらす。

啄木の短歌は、その簡素なことばの流れによって、深い想いをこめた風景の表情を甦らせてくれるのだった。それは彼の短歌が、固有の風景を歌っているのではなく、その中で異質の体験が触れ合う一つのひろがりとして、誰にも開かれている匿名の風景を歌っているためであるように、私には思われた。
北海道の標準語は、人工的に造られた中性語ではない。その言葉の重さは雪国特有の重さであり、同時に、アイヌ民族の叫びと流民の呟きと囚人の嘆きとが、濃霧に鳴り渡る鐘の響きのように重たげな調子となってこめられているからに他ならない。
歌はただ形式だけを持っており、内容はその形式に融け込むことによってのみ存在を許されていると言ってよいだろう。厳密に言って、それは内容ではない。歌は瞬間の白刃に截り取られたこころの形であり、一語一語にあらわれる心の動きは、ただ、かたちを析出するためにだけ三十一文字を流れていく。
もしかすると啄木は、いつもデエモンを凝視めながら生きていたのかもしれない。私たちは啄木という媒体を通して、その見えない貌を見、語られない言葉を聞いているのだろう。(…)彼はデエモンを祓うために歌うのであり、その容貌を見せるためにではなく、むしろ見せないために歌う。

ひたすら重たくて暗い小説である。そこがいい。

内容は全く違うけれど、同じく青春小説である柴田翔『されどわれらが日々―』を思い出した。

2022年9月20日、河出文庫、990円。

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2023年05月17日

永井荷風『濹東綺譚』


舞台はかつて私娼窟のあった玉の井。題名の通り、隅田川の東側、現在の墨田区東向島のあたりである。

小説の構造が変っていて、主人公の小説家大江匡が取材で玉の井を訪れ、元英語教師の種田順平が主人公の小説『失踪』を書く。つまり、永井荷風―大江匡―種田順平という三重構造になっているのだ。

しかも、巻末には荷風の「作後贅言」という32ページの長さの後記が付いている。小説と後記をあわせて、どこまでが実体験で、どこからが小説なのか、迷宮のようにわからなくなってくる。

小説をつくる場合、わたくしの最も興を催すのは、作中人物の生活及び事件が開展する場所の選択と、その描写とである。

とあるように(この「わたくし」は荷風ではなく大江匡であるが)、小説の中心は玉の井という場所と、そこに暮らすお雪という女性の暮らしである。舞台は私娼窟であるが、品の良い作品となっている。

最後に、「作後贅言」からアイスコーヒーに関する話を引こう。

銀座通のカフェーで夏になって熱い茶と珈琲とをつくる店は殆どない。西洋料理店の中でも熱い珈琲をつくらない店さえある。紅茶と珈琲とはその味(あじわい)の半は香気にあるので、もし氷で冷却すれば香気は全く消失せてしまう。しかるに現代の東京人は冷却して香気のないものでなければこれを口にしない。

なるほど、荷風は夏でもホットを飲んでいたのか。

1947年12月25日第1刷、2020年11月16日第86刷。
岩波文庫、540円。

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2023年05月14日

繁延あづさ『ニワトリと卵と、息子の思春期』


「婦人之友」2018年7月号、2020年3月号、6月号に掲載された記事をまとめたエッセイ&ノンフィクション。

3人の子を育てる著者は、ニワトリを飼う計画を実行に移す長男に戸惑いつつも、次第にニワトリのいる生活になじんでいく。子育てや家族をめぐる問題に悩み、食べることや肉について考える日々。

子どもたちそれぞれに、大事なこと、必要なことがあって、彼らの生きている時間は彼らのもので、親といえども侵してはならない一線があること。わかっていたつもりだった。けれど、その一線は目に見えるわけじゃない。互いに違うところに線をひいている。
スーパーで買う卵ならあまり気にならないのに、うちのニワトリには無農薬の飼料を与えたいと思う。この心境の違いは何だろう。そもそもスーパーで見えるのは、現物としての卵と値段という数字だけ。
養う≠ニいうことには、お金≠ニ権限≠ェ付随する。お金≠ニ権限=Bどちらも子どもが太刀打ちできない力であり、親元で彼らを自由にさせない力である。だから、長男はそうした空気が家の中でまかり通るのを許さないとばかりに、猛然と立ち向かってくる。〈言葉〉を武器に。

親子の協力する姿とともに、激しい相克の様子もありのままに描かれている。ニワトリを飼ったことはないけれど、親子関係については思い当たることや教えられることがとても多かった。

2021年11月30日、婦人之友社、1450円。

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2023年05月10日

田上孝一『はじめての動物倫理学』


動物倫理学の立場から、動物福祉、肉食、動物実験、動物園や水族館、狩猟、ペットの飼育、動物性愛といったさまざまな問題について考察した本。

倫理学の初歩から始まって、応用倫理学としての動物倫理学の歴史や考え方、人間中心主義の問題点など、順序立ててわかりやすく解説している。

現代において倫理的な問題となる動物としては、馬の重要度は低い。(…)ところがかつては馬こそが最も身近にあり、かつその扱いに深刻な倫理的問題があると広く意識されていた動物だった。
ルイス・ゴンぺルツの名は今日、動物擁護者や元祖ビーガンというよりも、一般には発明家として知られている。しかし彼が自転車を発明したのは、それによって動物を救うためだったという真相はほとんど知られていない。
(…)人種差別批判自体が悠久の歴史を持つ人類史に普遍的な価値ではなく、最近までの歴史過程によって勝ち取ってきた成果だということである。ならば種差別批判がおかしいという感覚も、それは今現在の遅れた権利意識であり、すぐには無理でもやがては常識化する可能性がないとはいえないだろう。
現在のブロイラーは極限的な品種改良によって驚くべき速度で急激に肥大化し、信じられないほど早く出荷できるようになっている。孵化から実に二月と経たずに成長のピークに達し、食肉加工されてゆくのである。

私は肉食もするし動物園も好きで、本書の主張に沿った生活はほとんどしていない。それでも、動物倫理学の考え方を知っておくのは大切なことだと感じた。今後、避けては通れない問題だろう。

2021年3月22日、集英社新書、880円。

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2023年05月05日

森達也『集団に流されず個人として生きるには』


従来の新聞やテレビに加えて、ネットやSNSという圧倒的なメディアが生まれた今、私たちは溢れる情報から何を選び取ればいいのか。

誰もがメディア・リテラシーを身につけるとともに、個人として主体的に生きていくことがますます大切になってきている。

メディア関係者の多くは、内心は明確な規制がないことを怖れている。規制が欲しくなる。だって規制の内側にいれば安全なのだ。
なぜ日本人は集団と相性がいいのか。規律正しいのか。マスゲームなど団体行動が得意なのか。世間とは何なのか。試合終了後にみんなでゴミを拾うのか。こうした考察は、日本人とは何かを考えることときっと重複する。
もしもあなたが、サッカーが大好きならば、ネットやSNSを見ながら、世界中の人はサッカーが大好きなのだと、いつのまにか思ってしまう。だからサッカーにまったく興味がないという人に会ってびっくりする。こんな人がいるのかと。いるよ。たくさんいる。SNSをフィルターにしてあなたの視界に入っていなかっただけだ。
容疑者はメディアが使う言葉だ。司法の場では容疑者ではなく被疑者という言葉を使う。どちらも同じ意味だ。正式には被疑者だが、言葉で発音したときに被疑者と被害者は混同しやすいとの理由で、メディアは容疑者とアナウンスする。
「我々」や集団の名称を主語にせず、「私」や「僕」などの主語を意識的に使うこと。たったこれだけでも述語は変わる。変わった述語は自分にフィードバックする。

青少年向けにわかりやすく書かれた本だが、著者の主張や危機意識は十分に伝わってくる。現代の日本社会において集団に流されず個人として生きるのは、とても難しい。

2023年3月10日、ちくまプリマ―新書、840円。

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2023年05月04日

やまだ紫『しんきらり』


初出は「ガロ」1981年2・3月合併号〜1984年10月号。

青林堂から刊行された単行本『しんきらり』(1982年)と『続しんきらり』(1984年)をあわせて文庫化したもの。

会社勤めの夫と二人の娘を持つ主婦の日常を描いたマンガ。40年前の作品であるが、時代を超える力を持った名作だ。

巻頭に河野裕子の自選歌集『燦』(1980年)から「菜の花」9首が引かれている。

しんきらりと鬼は見たりし紫の花の間(あはひ)に蒼きにんげんの耳
夕闇はげんげ畑より拡がりて鬼ゐる菜畑なかなか昏れぬ
菜の花に首まで隠れて鬼はひとり 菜の花に跼みて待ちゐてひとり

元は第2歌集『ひるがほ』(1976年)収録の連作「菜の花」15首より。タイトルの「しんきらり」もこの1首目から取られている。

2023年4月20日、光文社文庫、800円。

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2023年04月26日

島田潤一郎『あしたから出版社』


2014年に晶文社から刊行された単行本に2篇を増補して文庫化したもの。

作者が2夏葉社を創業した経緯やその後の展開、出版社の日々の仕事のことなどが綴られている。本に対する愛情の詰まった一冊だ。

夏葉社のことは、以前、関口良雄『昔日の客』を読んで以来気になっていた。こんなに地味で素晴らしい本を発掘して復刊する出版社ってすごいなと思ったのだった。
https://matsutanka.seesaa.net/article/482591227.html

一般的に、出版社はマスコミに分類されていて、そういう意味では、夏葉社もまた出版社であり、マスコミなのかもしれないけれど、ぼくの気持ちとしては、本をつくっているというよりも、手づくりの「もの」をつくっているような感覚なのだった。
ぼくは、自分のつくった本が、一〇年後も、三〇年後も、時代の波の届かない場所で、質素に、輝いていてほしい。だから、デザインはできるだけシンプルなほうがいい。
ある日、子どもは、マンガを一冊買えるお金で、文庫本の小説を買う。/それは、とてもわかりやすい、大人への階段だ。/ぼくは町の本屋さんのそうした日常を、全部、この目で見たいのである。
この本を売りたいんだろうな。そういうことが伝わってくる本屋さんが好きだ。そこに並んでいる本は、その店で働く人が売りたい本であり、同時に、常連のお客さんが買ってくれるのではないか、と考えた本でもある。本屋さんの棚は、書店員さんとお客さんたちが一緒になってつくっている。

出版業界は長期低落傾向にあり、出版物の売上も全国の書店数もピーク時の半分にまで減っている。一方で、近年、ひとり出版社や独立系書店が増えていて、それに関連した本も多い。

その中にあって、本書はかなり異色の一冊と言っていいだろう。出版に関するノウハウというよりは、作者のかなりプライベートな話が中心になっていて、エッセイとしての味わいが深い。

2022年6月10日、ちくま文庫、880円。
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2023年04月24日

谷川浩司『藤井聡太はどこまで強くなるのか』


副題は「名人への道」。

最年少名人(21歳2か月)の記録を持つ著者が、現在第81期名人戦に挑戦している藤井聡太について論じた本。名人戦の長い歴史や打倒藤井の戦略など、多くの角度から藤井六冠の強さに迫っている。

羽生さんと同世代の強豪棋士たちを指す「羽生世代」という呼称が定着しているのに対して、「豊島世代」という言葉はあまり聞かない。というのも、彼らの時代が来る前に、あまりにも強い藤井さんが彗星のごとく現れ、タイトルを次々と獲得していったからである。
藤井さんはAIを利用して強く成ったと思っている人がまだ多いが、決してそうではない。彼は自分の力で考え抜いて強くなった。そしてトップ棋士相手にじっくり集中して考えることのできるタイトル戦を重ねることで、より強くなっている。

本書で一番印象に残ったのは、著者が自らの時代を築けなかったと悔やんでいる点である。

私以前の三人(木村義雄、大山康晴、中原誠)と羽生さんは、いずれも一時代を築いた大名人である。しかし、私は永世名人資格の五期ギリギリで、自らの時代を長く築くことができなかった。
木村先生、大山先生、中原先生までは、名人は世襲制ではないにしても、「引き継がれていくものだ」という意識があったと思う。ただ残念ながら、その後はなかなかそういう形にはならなかった。(…)私自身の力不足があったことは否めない。

言うまでもなく著者も一流のトップ棋士なのだが、超一流にはなれなかったという思いがあるのだろう。これは謙遜でも何でもなくて、それだけプロの勝負の世界は厳しいということだ。

同様のことを、渡辺明名人もマンガ『将棋の渡辺くん』の中で言っていた。
「将棋界には大山・中原・羽生っていう大名人の系譜があって」「藤井くんもおそらく それ」「俺はそこには入らないんだよ」
https://www.youtube.com/watch?v=n61uMNWpWNU

つまり、大山―中原―(谷川)―羽生―(渡辺)―藤井という図式になるのだろう。超一流の棋士の華々しい活躍の裏には、その引き立て役に回らざるを得なかった多くの棋士たちの無念があるのだ。

2023年1月18日、講談社+α新書、900円。

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2023年04月09日

山川徹『カルピスをつくった男 三島海雲』


2018年に小学館から刊行された単行本の文庫化。

「カルピス」の生みの親である三島海雲の評伝。浄土真宗の寺に生まれて僧侶となり、その後、中国大陸に渡って様々な事業に取り組む中で内蒙古で乳製品と出会い、1919(大正8)年に「カルピス」を発売する。

多くの資料と関係者への聞き取りによって、三島の異色の経歴や実業家としての経営哲学が明らかになっていく。それは、明治から昭和にかけての日本の近代国家としての歩みとも深く関わっている。

カルピスの発売は一九一九年七月七日―七夕の日だった。(…)七夕にちなんで、青地に白の水玉という天の川をイメージした図案が、戦後に白地に青といういまも使われているデザインに変わったのである。
一九四五年、日本の敗戦を機に内モンゴルはモンゴル国との統一を目指すが失敗に終わり、その後中華人民共和国に取り込まれてしまう。内モンゴルはモンゴル民族の自治権を与えられた自治区となり、現在にいたっている。
カルピスの船出から八八年後の二〇〇七年のカルピス社の調査で、日本人の九九・七%がカルピスを飲んだ経験を持つという結果が出た。国民飲料と呼ばれるゆえんである。

99.7%とは何とも驚異的な数字だ。こんなに親しまれている飲み物は他にないだろう。

三島は若い頃から多くの人物と関わりを持った。杉村楚人冠(新聞記者)、大谷光瑞(浄土真宗本願寺派第22世法主)、桑原隲蔵(東洋史学者)、大隈重信(政治家)、土倉龍治郎(実業家)、与謝野寛・晶子(歌人)など、多くの人物が登場する。

晶子の詠んだカルピスの歌が新聞広告に使われた話は、松村由利子『ジャーナリスト与謝野晶子』にも詳しく載っている。

カルピスは奇(く)しき力を人に置く
   新らしき世の健康のため
カルピスを友は作りぬ蓬萊(ほうらい)の
   薬といふもこれに如(し)かじな

それから100年。今もカルピスは多くの歌人に詠まれている。

「カルピスが薄い」といつも汗拭きつつ父が怒りし山荘の夏
        栗木京子『夏のうしろ』
結果より過程が大事 「カルピス」と「冷めてしまったホットカルピス」
        枡野浩一『てのりくじら』
こぼされてこんなかなしいカルピスの千年なんて見たことがない
        平岡直子『みじかい髪も長い髪も炎』

久しぶりにカルピスが飲んでみたくなってきた。

2022年1月12日、小学館文庫、780円。

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2023年04月04日

森見登美彦『四畳半神話大系』


先日見た映画「四畳半タイムマシンブルース」が良かったので、長らく積ん読状態になっていたこの本を読んだ。森見作品を読むのは久しぶりのこと。

四畳半のアパートに住む大学3回生の「私」が主人公。彼が入学時に興味を惹かれた4つのサークルそれぞれに入った場合の4編のパラレルワールドの話で構成されている。

舞台が京都なので地理をイメージしやすく、すっと物語の世界に入り込める。やっぱり面白いな。

2005年1月5日第1刷、2007年7月19日第6刷。
太田出版、1680円。

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2023年04月01日

坪内稔典『カバに会う』


副題は「日本全国河馬めぐり」。

「俳句研究」2005年1月号〜2007年9月号に連載された「全国カバ図鑑」に書き下ろし数篇を加えてまとめた一冊。

還暦の記念に日本中のカバに会いにいく決心をした著者は、4年あまりの歳月をかけて北海道から沖縄まで全国29か所にいる約60頭のカバのすべてを見て回った。まずは、その熱意に驚かされる。

と言っても、旅も文章ものんびりしたものである。

これという目的があるわけではない。いや、目的を設けないことにした。俳句などは詠まないのである。そのかわり、せっかく訪ねるのだから一時間はカバの前にいよう、と決めた。

カバは水の中に沈んだりして動かないことが多いので、1時間見ているというのはなかなか大変だったようだ。カバの様子だけでなくいろいろな話が出てくる。

小学生のころ、父に連れられて地極めぐりをした。当時、私の村(現在の愛媛県伊方町)からは別府へゆく定期船が出ていた。(…)病院とか大きな買い物は別府へ行くのが私の村の習いであった。陸路よりも海路が便利な時代であり、別府はもっとも近い都会であった。(大分・別府 山地獄)
太平洋戦争末期の昭和十八年八月から九月にかけて、上野動物園の動物たちは戦時処分を受けた。ライオン、ゾウ、クマなどの猛獣が殺されたのだが、カバは処分を免れた。(…)だが、動物園の食糧事情が悪化し、昭和二十年四月一日に大太郎(十九歳)が、四月二十四日に京子(二十八歳)がカバ舎のすみで死去した。餓死だったらしい。(東京都恩賜上野動物園)

俳句もいくつか載っている。

横ずわりして水中の秋の河馬
桜散るあなたも河馬になりなさい
全国の河馬が口あけ桜咲く

いいなあ。カバ。
動物園に行きたくなってきた。

2008年11月13日第1刷、2009年7月6日第3刷。
岩波書店、1600円。

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2023年03月26日

佐々木央『ルポ動物園』


2008年から共同通信で「生きもの大好き」の連載を750回にわたって続けている著者が、動物園や水族館について記した本。全国各地を訪れて飼育担当者の話を聞き、歴史や現状、今後の課題について考察している。

アニマルウェルフェア(動物の福祉)、アニマルライツ(動物の権利)、環境エンリッチメント、生息環境展示、野生動物保護など、近年さまざまな観点から動物園の問題が指摘されるようになっている。

たとえば、ゾウは群れで暮らす動物だから、単独のオスメスのペアだけで飼うことは許されない。いま一頭か二頭だけで飼育している動物園は、それらの個体が死んだらゾウの飼育を諦めるか、現状よりはるかに広い土地と屋内施設を用意しなくてはならない。

動物園はこれからどのような道を進むべきなのか。人間と動物はどのような関係を結ぶことができるのか。いつかまた動物園に行って、ゆっくりと考えてみたい。

2022年11月10日、ちくま新書、940円。

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2023年03月22日

『ことば事始め』(その2)

今年に入って、池内紀が高校時代に短歌をやっていたことを知った。『ことば事始め』にも、その話が出てくる。高校の司書が歌人であったらしい。

あとで知ったのだが、その人は当地で歌人として知られた人だった。短歌雑誌を主宰している。戦争で夫を亡くして、高校の司書になった。

最初に読んだのは、石川啄木の歌集である。

とはいえ高校生には、歌人には何の関心もなかった。ただ啄木が気に入った。暗記するほど読んだ。チンプンカンプンの数学の時間は、啄木短歌を思い出していた。

そして「読むだけでなくつくってみたら」と司書にすすめられて、短歌を詠み始める。

一年あまりして短歌の腕はかなり上がっていたのだろう。短歌雑誌にチラホラ掲載されるようになった。同人誌から誘いを受けた。

けれども、その後、大学入試が迫ってきたこともあり池内は短歌から離れる。「気がつくと歌稿ノートは満パイだったが、つくる気持ちはうすれていた」というのが大きな理由だったようだ。

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2023年03月20日

池内紀『ことば事始め』(その1)


「せせる」「ピンはね」「三角乗り」「おためごかし」「やにさがる」など、俗な言葉や懐かしい言葉、不思議な言い回しを取り上げ、辞書で意味を再確認しつつ軽妙に論じるエッセイ集。

亜紀書房のウェブマガジン「あき地」に2017年2月〜2018年8月にかけて連載した文章に、書き下ろしなどを加えてまとめている。

教師をつづけるうちにわかってきたが、はしっこいのは二十代、三十代の前半あたりまでは活躍する。気の利いた論文を書く。だが、そのうち音沙汰なくなって、どこにいるのかもわからない。
米ぬかは江戸時代には、いたって高価なものだった。米そのものが日常の食として、そうそう口にできないし、ぬかは精米でしかとれない。玄米食がふつうであったことを考えると、想像のつかないほど米ぬかは貴重なものだった。
酒好きの方は、これまたご承知だろうが、酒は少し過ぎるころあいがいちばんうまい。身体と酒が一体となり、両者の区別がつかないといった感じ。やや飲み過ぎはわかっているのに、まさにその峠を越したあたりが、とくに味わい深く、楽しくてしかたがない。

以前にも書いたが、池内さんは私の大学時代の先生である。アーチェリーばかりやっていて真面目にドイツ文学には取り組まなかったけれど、もともと池内さん目当てに大学を選んだのだった。

私は手書きである。紙にペンで書く。編集者によると、もはや圧倒的少数派であって、百人に一人もいないらしい。(…)パソコンでは直し、入れ替え、自由自在だというが、別にどうとも思わない。直さないのが、もっとも自由だろうと考えている。

ほんとうに自由な人だったなと思う。それは「百人に一人もいない」ことを意に介さない姿勢ともつながっている。

2019年6月21日、亜紀書房、1600円。

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2023年03月17日

『温泉めぐり』(その3)

田山花袋は短歌(旧派和歌)もやっていた人で、紀行文のところどころに歌が出てくる。全部で二十数首ある。

玉くしけ箱根の山の朝日影雪はつもれど春めきにけり
この紙につきて行きませ戸隠(とがくし)の山に通へる路(みち)はこの路
紀の海の波よりも猶けはしきは熊野の奥の山路なりけり
はるばると二荒(ふたら)高原那須がねにふりつもりたる雪ぞさやけき
つてあらば都の人につげてまし今日白河の関は越えぬと

以前、「続・文学者の短歌」で柳田国男の短歌を取り上げたことがあるが、田山と柳田は同じ先生から和歌を教わる同門であった。柳田も紀行文に自作の短歌をよく載せている。

私の歌の師匠は、性は松浦、名は辰男、桂園派の直系で、景恒の門下、松波遊山翁はその友であった。

松浦辰男(1844‐1909)は「最後の桂園派歌人」とも呼ばれる人。「景恒」は香川景恒(1823‐1866)のことで、桂園派の祖香川景樹(1768‐1843)の子である。松波遊山(資之、1831‐1906)は香川景樹の弟子。柳田国男の兄の井上通泰は、この松波の門下であった。

旧派歌人の系譜について調べるといろいろ面白そうなのだけれど、残念ながら今ではあまり手軽に読むことができない。

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2023年03月14日

『温泉めぐり』(その2)

母が山梨の身延町に住んでいた頃、鰍沢(かじかざわ)の町を何度か通ったことがある。北斎の富岳三十六景にも出てくる場所だが、今は寂れた雰囲気になっている。

https://matsutanka.seesaa.net/article/478452138.html

そもそも、どうして昔の鰍沢は栄えていたのだろうと思っていたのだが、『温泉めぐり』を読んでよくわかった。

この町(鰍沢)は特色ある町として挙げることが出来た。かつて甲府盆地の交通の中心であったところ、誰れも彼も東京に行くものは、この山裾の河港に来て、そこから富士川の川舟で、半日にして東海道の岩淵へ出て行ったところ、その時分は此処は賑やかであった。いろいろな色彩がそこにも此処にも巴渦(うず)を巻いていた。車馬の往来も絶える間もなかった。

要するに、富士川の河港として賑わった町であったのだ。それが舟運の衰退に伴って寂れていったのである。

従って昔は賑やかで、どんな時でも、あの瓜の皮のような舟が十艘や十五、六艘岸につないでないことはなかった河岸も、いまはすっかりさびれて、一軒残った茶店もあわれに、川はただ徒らに白く流れた。

まさに栄枯盛衰という感じである。舟や鉄道や自動車などの交通体系の変化は、全国各地の町を大きく変えてきたのだろう。

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2023年03月13日

田山花袋『温泉めぐり』(その1)


底本は1926(大正15)年刊行の『改訂増補 温泉めぐり』。

北は青森から南は鹿児島まで、全国各地の温泉を訪れた紀行文。徒歩や汽車を中心とした明治・大正期の旅の様子や温泉宿の雰囲気が感じられて、すこぶる楽しい。

(箱根の姥子温泉)私は必要に応じて段々増築されたような浴舎を見た。また一つの卓、一つの寝台すら此処には不似合いに思われるような古い色の褪めた室を見た。湯殿に通う長い廊下の途中では、田舎家らしい囲炉裏、大きな黒猫のような鉄瓶、長く吊された自在鍵、折りくべて燃す度に火のぱっと燃上る榾、広い古びた台所には家族の人たちの大勢並んで飯を食っているさまを見た。
(日本アルプスの白骨温泉、中房温泉)こうした温泉では、食うものの贅沢は言うことは出来ない。また立派な居心地の好い室を望むことは出来ない。絹布の夜具も得ることは出来ない。まして脂粉の気に於てをやである。そこにいては、川でとれるかじか、岩魚に満足し、堅い豆腐に満足し、山独活、山百合、自然薯に満足し、時には馬鈴薯ばかりの菜で一日忍ばなければならないようなことがおりおりはあった。
それにつけても、急流を下る舟の舵の次第に少なくなったことを私は思わずにはいられない。天龍も、阿賀も、球磨も、最上も、すべてこの川(富士川)と同じように汽車が出来たために、その水路はすたれてしまった。朝早く残月を帯びて下って行く興味、途中に夕立に逢って慌てて苫をふくというような詩趣、忽ち船は急瀬にかかって、飛沫衣を湿すというようなシインは、もう容易に見ることが出来なくなった。

作者と一緒に旅しているような気分になり、旅情をそそられる。岩魚や自然薯の食事なんて、今ではむしろ最高の贅沢ではないか。観光用ではない舟運も、今では体験できないものだ。

今年の7月と8月に短歌の仕事で遠方に行く予定があるのだが、早速、温泉宿に泊まることにして予約を取った。

2007年6月15日、岩波文庫、800円。

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2023年03月10日

ヤマザキマリ『壁とともに生きる』


副題は「わたしと「安部公房」」。

「安部公房の文学に出会っていなかったら、私は今と違う考え方や生き方をしていたかもしれない」という著者が、安部公房体験や安倍作品の魅力を記した本。

多くの作品を引いて解説をしながら、パンデミックと戦争を経た今こそ読まれるべき文学として、強く安部公房を推している。

安部公房の作品は、フィクションという体裁をとった、人間社会の生態観察だと私は考えている。
コロナ禍は今の我々にとって、明らかに目に見えない「壁」だ。「壁」は、安部公房の一貫したテーマであり、安部文学とはすなわち「壁文学」である、と言ってしまってもいいくらいだ。
この作品(『けものたちは故郷をめざす』)は映像的な描写が多いので、映画化したらきっと面白いだろうと思うが、一方では、これだけ映像的だと、むしろあえて映像ではなく文学のままにしておいたほうがいいのかもしれない。荒野や砂漠という光景は、特定の景色で限定しないほうが、ずっと過酷さを増すように思う。
安部公房文学は、日本人という、個人主義よりも協調性や調和に圧倒的に比重を置く国民の性質に着眼することによって、世界全体におけるデモクラシーの矛盾や「弱者」が生み出される構造を、俯瞰で考察し続けた記録でもあるのだ。

あらためて、安部公房の作品を読み直してみたくなる。

私は中学生〜高校生の頃に安部公房にはまって、『安部公房全作品』15巻を買った。個人の全集を買ったのは、それが初めてのこと。Z会のペンネームを「ユープケッチャ」にしていたくらいである。

個人的に影響を受けた文学の流れで言えば、安部公房→カフカ(池内紀訳)→モルゲンシュテル(卒論)→石川啄木となるだろう。それにしても、1993年に安部公房が亡くなってもう30年が経つのか。

2022年5月10日、NHK出版新書、930円。

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2023年03月08日

佐々木ランディ『水中考古学』


副題は「地球最後のフロンティア」。
洋書のようなシャレた装幀に引かれて手に取り購入した本。

水中考古学の概要や実際の調査の方法などが、わかりやすく書かれている。以前、九州国立博物館で元寇で使われた「てつはう」を見て以来、この分野には少し興味を持っている。

井上たかひこ『水中考古学』
https://matsutanka.seesaa.net/article/432451230.html

沈没船というとタイタニック号のように深海に沈んでいる船をイメージする人も多いかもしれないが、ほとんどの沈没船は海岸線近くに沈んでいる。早い話が陸地近くは座礁しやすいのだ。
水中遺跡の調査には地元民の協力が不可欠だ。多くの人は水中遺跡なんて自分とは縁がないと思っているが、実は漁業関係者やダイバーこそ遺跡を発見する最前線にいる。彼らの話こそ最も有益な情報源となる。
水中遺跡の調査は、日程調整も陸とはちょっぴり違う。先ほども書いたが、雨が降ってから海水が濁りだすまでタイムラグがあるため、たとえ晴れていても調査ができないことがある。海底遺跡の調査は、空の天気と海のコンディションの両方を把握する必要がある。
ケニアのンゴメリ沈没船やこのオラニエムント沈没船を見ると、ポルトガルの大航海時代の船は、アフリカ西海岸で交易をしながらアジアを目指して航海をしていた様子がわかる。我々のイメージでは、ポルトガルから出た船が一直線に喜望峰を回り、インド・アジアを目指したような印象を受けるが、実際は多かれ少なかれ港を転々としながら交易や食糧の補給を行ない進んでいた。

何とも面白そうな話ばかりだ。

国内にも水中遺跡は数多くあり、先日吟行で訪れた琵琶湖北部にも葛籠尾崎(つづらおざき)湖底遺跡資料館があるそうなので、またいつか行ってみたい。

2022年2月28日、エクスナレッジ、2200円。

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2023年03月04日

森清治『ドイツ兵捕虜の足跡 板東俘虜収容所』


シリーズ「遺跡を学ぶ」139。

徳島県鳴門市にあった「板東俘虜収容所」の歴史や実態について記した本。1917年から1920年にかけて、第1次世界大戦で捕虜となったドイツ兵約1000名を収容した施設である。

現在も残っているドイツ兵の慰霊碑やドイツ兵捕虜が建設したドイツ橋などのほか、発掘調査によって判明した遺構のについても詳しく記されている。

この収容所では音楽、演劇、美術、スポーツなどの文化活動も盛んで、1918年にはベートーヴェンの交響曲「第九番」の日本初の全楽章演奏が行われている。

収容所の所長は旧会津藩出身の松江豊壽。

松江は徳島・板東での所長時代、「捕虜に甘い」という警告や非難を軍部から受けていたが、つねに敗者をいたわるという信念を貫いた。「敵をも敬う」ことを信念とした行動は、松江の父が会津藩士であったことが大きく影響していたと考えられる。

副官は高木繁。彼は陸軍を退役後に大陸に渡り、7か国語を操る語学能力を生かしてハルビン特務機関で働いていたようだ。

第二次世界大戦後にソ連軍の捕虜となり、一九五三年四月三〇日にソビエト連邦スヤンドロフスク州アザンの病院で六八歳で死去したと伝えられている。

何とも数奇な運命だと思う。
板東俘虜収容所跡と鳴門市ドイツ館には、ぜひいつか行ってみたい。

2019年10月1日、新泉社、1600円。

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2023年03月02日

『波止場日記』のつづき

印象に残った文章の続き。

知識人は人間の操作に熱中する。ソヴィエト・ロシアの卓越したインテリゲンチャは、自然を手馴づけ支配するために巨大な計画を実施するが、この計画を人間を手馴づけ統制する手段として利用する。知識人は人々を放っておこうとはしない。
今朝思ったのだが、私がくつろげるのは波止場にいるときだけだ。私はこれまでどこに行ってもアウトサイダーと感じていた。波止場では強い帰属感を持つ。もちろん、ここに根がおりるほど長くとどまっているのも一つの理由である。しかし、ここでは一日目からくつろいでいたように思う。
二億のアメリカ人は、ほとんどがヨーロッパの余計者や落伍者の子孫なのに、アメリカで、この惑星上で、もっとも重要な物質力を創り出したことが、私には奇跡に思える。(…)アメリカで起った先例のないできごとは、大衆に起ったものである。歴史上大衆が自分の力だけで何ができるかを示す機会を持ったことはなかったのである。
自由という大気に中にあって多くを達成する能力の欠けている人々は権力を渇望する。
絶対的な権力はその所有者を、神のごときものにではなく神に反するものに変えてしまう。神は粘土を人間に作り変えたが、絶対的な暴君は人間を粘土に変えるからである。

日記の記述はだいたい、その日の仕事のことから始まる。「第二十六埠頭、ドイツ船ドルトハイム号、九時間」「第十九埠頭、オランダ船ロンボック号、八時間」など。

「第四十埠頭、ハコネサン丸、八時間」とあるのは、日本船「箱根山丸」だろう。1954年に竣工した大阪商船三井船舶の定期貨物船だ。
https://ameblo.jp/italymaru/entry-12654562563.html

沖仲士としての肉体労働と読書や著述。ホッファーにはそれが心身の良いバランスを生んでいたようである。

2014年9月10日第1刷、2020年1月10日第4刷。
みすず書房、3600円。

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2023年03月01日

エリック・ホッファー『波止場日記』


副題は「労働と思索」。
1971年に刊行された『波止場日記』(新装版は2002年)をもとに新たに編集したもの。

沖仲士(港湾労働者)として働きながら思索と著述を続けた「波止場の哲学者」エリック・ホッファー(1902‐1983)が、1958年6月1日から翌年5月21日まで付けていた日記。

主な内容は、日々の仕事のことや政治や社会についての考察、知り合いの妻子との付き合いなど。東西冷戦下のソ連に対する嫌悪や官僚などの知識人に対する批判がしばしば出てくる。その一方で、移民の国であるアメリカの大衆に対しては強い信頼を置く。

無知は極端に走りがちである。これはおそらくあたっているだろう。自分の知らないことについての意見はどうもバランスのとれた穏健なものではなさそうだ。
ある社会の活力を判断するには維持能力をみるのがもっともよい。どんな社会でもなにかの建設のためにしばらくのあいだ活気づくことがある。しかし毎日よく手入れする意欲と技術はまれにしかみられない。
うんざりした日になるのは、きまって仕事のせいではなく、ときどき仕事に伴って生ずる不愉快なことのためである。性急さ、争論、あつれきなどで、疲労し、また気落ちするのである。五分間口論するよりも五時間働いた方がいい。
私が満足するのに必要なものはごくわずかである。一日二回のおいしい食事、タバコ、私の関心をひく本、少々の著述を毎日。これが、私にとっては生活のすべてである。
偶然というものがなかったら、人生はどんなに味気ないものになるだろう。祈りや希望は皆偶然を求めているのである。現実にどこかに向っているとの感をわれわれに与えるのは、ほとんどの場合、時機を得た偶然のできごとである。私の知るかぎりでは、人生は偶然の十字路であるがゆえにすばらしい。

引用したい箇所が他にもたくさんある。
続きは、また次回に。

2014年9月10日第1刷、2020年1月10日第4刷。
みすず書房、3600円。

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2023年02月25日

平田オリザ『名著入門』


副題は「日本近代文学50選」。

明治以降の50人の文学者の50冊の本を取り上げて書いた代日本文学史。朝日新聞に連載された「古典百名山」を元に加筆修正し、さらに第七章「文学は続く」を書き下ろしで追加している。

西洋文学の大きな影響のもと、小説、詩歌、戯曲それぞれのジャンルにおいて、日本語でいかに近代の社会や人間を描くかという苦闘が繰り広げられた。その軌跡が鮮やかに描かれている。

近代社会は個の時代であり、個が自我を持つ時代だということは頭では分かっていたはずの鷗外や北村透谷といったインテリたちは、一葉の文章に衝撃を受けた。そうなのだ。文学が描かなければならないのは、このような人間の内面なのだ。しかもそれを風景描写や人間の行動を通じて描くのだ。悲しい気持ちを「悲しい」と書くのではなく、状況の描写で描くのだ。/樋口一葉『たけくらべ』
そもそも彼がロシア語を学んだのは文学のためではなかった。当時の、極めて平均的な愛国者であった青年長谷川辰之助は、陸軍士官学校を受験するも近眼のために三度、不合格となり、それならばと対露防衛のためにロシア語を学ぼうと決意したのだ。/二葉亭四迷『浮雲』
明治維新から四十数年、四民平等、努力すれば出世できる世の中、身分を超えた恋愛など社会は大きく変化した。そしてやっと言葉はそこに追いついた。漱石たちが発明した文体で私たち日本人は、一つの言葉で政治を語り、裁判を行い大学の授業を受け、喧嘩をしラブレターを書くことができるようになった。/夏目漱石『坊っちゃん』
一九三〇年代中盤以降、多くの作家は戦争とどう向き合うのかを皆問われた。ある者は立ち向かい、ある者は転向し、またある者は最初から無邪気に国粋主義を賛美した。しかし、ここに、その向き合い方を半ば宿命づけられた一群がある。当時の植民地に生まれ育った者たちだ。/中島敦『山月記』

一冊あたり4ページという分量ながら、示唆に富む話が多く、自我、文体、国家、戦争など様々なことを考えさせられる。

ちなみに短歌からは、与謝野晶子『みだれ髪』、石川啄木『一握の砂』、若山牧水『若山牧水歌集』の3冊が選ばれている。

2022年12月30日、朝日新書、850円。

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2023年02月21日

竹内早希子『巨大おけを絶やすな!』


副題は「日本の食文化を未来へつなぐ」。

かつては酒や醤油の醸造に広く使われていた巨大な木桶も、今では需要が減り桶を作る職人が絶えようとしている。それを何とか継承しようと小豆島のヤマロク醤油が2012年に始めた「木桶職人復活プロジェクト」を描いた本。
https://www.s-shoyu.com/kioke

いま、日本で生産されている醤油のうち、木桶でつくられている醤油の割合はどのくらいだと思いますか?答えは、たったの一パーセント。九九パーセントの醤油は、ステンレス製、あるいはFRP(強化繊維入りプラスチック)やコンクリート、ホーローなどのタンクでつくられています。
蔵独特の微生物は、古くから木桶で醤油や味噌をつくってきた醸造蔵にとってなくてはならない宝物で、その微生物がすみつく木桶も大切な財産です。
現在、国内に残っている木桶は四五〇〇〜四七〇〇本あるといわれていますが、そのうち一一〇〇本が小豆島に集中しています。

高さや長径が2メートルもある大桶を作るには、樹齢100年以上の杉と長さ15メートル以上の真竹が必要になる。単に桶作りの技術を伝えるだけでは継承できないのだ。

もともとは、たが屋というたがを専門につくる職人がいました。しかし、桶がつくられなくなって、たが屋も成り立たなくなり、一九九六年、日本で最後のたが職人が廃業し、いなくなってしまいました。
一〇〇年以上前の人が、後の世代のことを考えて苗木を植え、山の手入れをするところから、木桶づくりは始まっています。

多くの人々が長い時間をかけて生み出してきた「木桶」の文化。それを失うことは、私たちの生活や歴史の一部を失うことでもある。そうした問題に深く気付かせてくれる内容であった。

2023年1月20日、岩波ジュニア新書、860円。

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2023年02月18日

藤井青銅『東洋一の本』


著者は子どもの頃から地元にある秋芳洞は「東洋一の鍾乳洞」だと教わって育ったのだが、ある日、別の鍾乳洞も「東洋一」を名乗っていることを知る。そこから「東洋一」をめぐる調査と考察が始まった。

そもそも、東洋の範囲はどこまでか。東洋一は誰がどのように決めるのか。調べるほどに謎が多く、はっきりした定義のない世界に迷い込んでいく。東洋一には「といわれる物件」が多いとの指摘が鋭い。

自らは宣言していないものの、「東洋一といわれる」と他から称された形をとるもの。東洋一の中では最大のジャンルとなっているようだ。ただし、いったい誰に「いわれた」のかハッキリしないのが特徴。もうほとんど民間伝承のようになているものもある。

こんなふうに文章も軽快で面白くクスクス笑いながら読めるのだが、その奥は深い。「東洋一」には、日本の近現代史が色濃く関わっていたのである。

かつて「東洋」という言葉には威厳があった。ロマンがあった。カッコよかったんだと思う。カッコいいから、大正〜戦前にかけて、企業、団体などに「東洋」の名前をつけることが流行した。

そう言えば、子どもの頃は「広島東洋カープ」と言っていた。1920年創業の東洋コルク工業が1927年に東洋工業に改称し、1983年にマツダになったのであった。なるほど。

日本は、世界の中では「西洋」というコンプレックスに悩み、東洋の内部においては「中国」というコンプレックスに悩み、なのに「東洋の代表者」という立場で、西洋に対峙しようとした。(…)おそらく、「東洋一」とは、こうした環境の中から生まれてきた言葉なのだ。

身近な疑問から出発して、さまざまな調査を重ね、納得のいく結論に到達する。民俗学や社会学の本と言ってもいいのかもしれない。

2005年5月20日、小学館、1300円。

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2023年02月16日

山折哲雄『歌の精神史』


日本の歌が叙情や生命力を失いつつあるという危機意識に立って、歌謡曲、演歌、短歌、浪花節、平家物語、釈教歌、和讃、今様、瞽女唄、童謡など、さまざまな「歌」について考察した本。

取り上げられるのは、美空ひばり、尾崎豊、小野十三郎、折口信夫、俵万智、春野百合子、小林秀雄、古賀政男、阿久悠、西行、石川啄木、道元、親鸞、小林ハル、西條八十、北原白秋など。

むしろ現代の短歌こそ、じつは通俗と大衆趣味のなかに低迷しているのではないか。短歌の叙情とは似ても似つかぬ、たんなる乾いた言葉の断片と化しているような歌なら、いくらでも拾うことができる。
短歌的叙情の否定、とりわけて叙情的なものへの敵意、伝統的なリズムへの引きつるようなアレルギー……、それが現代短歌がその上を歩もうとしている乾燥し切った舗道の地盤を支えている観念の共鳴版である。

こうした現代短歌に対する批判は、かなり独断的な内容ではあるけれど、考えてみる必要のある問題だろう。もちろん、17年前の本なのでさらに状況は変化していると思う。

中世は聴覚の時代だったのである。そういえば、わが国においても十三世紀の親鸞は「聞法」ということを強調していた。(…)近代に近づくにつれて、聴覚の世界にたそがれが訪れる。疑い深い眼差しに彩られた視覚の時代がしだいに浮上してくるからだ。
これは道元の場合にかぎらないのだが、出家僧が詠んだ歌の領域を「釈教歌」の枠組にとじこめ、それを手すさびの余技と位置づけ、そのことで、歌のリズムやイメージがもつ生命の明らかな形を見失ってきたのではないかということだ。
そもそも日本の歌謡や芸能は、琵琶や筝曲の歴史をみてもわかる通り、盲人抜きには語れない。

本書の一番の魅力は、このように時代やジャンルを超えて縦横無尽に「歌」を捉えているところだろう。短歌について考える時にも、こうした広い視点は大切だと思う

2006年8月10日、中公叢書、1500円。

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2023年02月15日

山本命『松浦武四郎入門 改訂版』


昨年、松浦武四郎記念館に行った時に購入した本。
著者は記念館の館長。

幕末の探検家であり、また多方面で才能を発揮した松浦武四郎(1818‐1888)の生涯と功績を、わかりやすくまとめている。これ一冊で一通りのことがわかるようになっていてありがたい。

武四郎は、常に野帳(のちょう)と呼ばれるフィールドノートと矢立(筆記具)を持ち歩き、旅先で見聞したことをメモやスケッチにして、のちに書物にまとめました。探検家であると同時に、ルポライター、編集者、出版社でもあったのです。

記念館で野帳の実物を見たけれど、本当にすごい。横長の小型の帳面にびっしりと動植物や風景などがスケッチされていた。

一五歳の頃には、鈴を愛した松阪の国学者本居宣長が集めた鈴の絵を、松阪屈指の豪商長谷川家で見せてもらい丁寧に模写したり、気に入った骨董品を見つけては買い集めていった。

こうしたところに、当時の松阪の発展ぶりや文化レベルの高さをうかがうことができる。

武四郎は数多くの和歌を残したことでも知られている。68歳で大台ヶ原に登った時に詠んだ歌について、こんなふうに書かれている。

優婆塞(うばそく)もひじりもいまだ分け入らぬ深山の奥に我は来にけり

紀伊半島の霊場には役行者(役小角)が開いた大峰山、弘法大師(空海)が開いた高野山がある。「優婆塞」とは役行者、「ひじり」とは弘法大師のこと。「二人が訪れたことのない深い山の奥に私は来ている。大台ヶ原を開山するのはこの私だ」という意気込みが感じられ、武四郎の探検家精神は老いてなお衰えていないことがわかる。

武四郎の和歌については、今後何かの形できちんと取り組んでみたいと思う。

2018年3月1日初版第1刷、2022年4月24日改訂版第1刷。
月兎舎、1200円。

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2023年02月08日

司馬遼太郎『街道をゆく24 近江散歩、奈良散歩』


1984年に朝日新聞社から出た単行本の文庫版。

このところ、司馬遼太郎をしみじみとした気分で読んでいる。近江と奈良の話なので、行ったことのある場所が多い。奈良散歩では最初の方に前川佐美雄が出てくる。

前川さんは、血圧をあげるためか、わずかに酒を飲む。戦後ほどもなく、歌集『紅梅』が出た。そこに「晩酌は五勺ほどにて世の歎きはやわが身より消えむとぞする」という歌があって、薬として飲んでおられたような気配がある。

他に印象に残ったところをいくつか。

大阪の船場のことばは京ことばを真似ぞこなって出来たものだと私は思っているが、実際には近江の丁寧言葉が元祖であったかもしれない。船場の中核的な商家の多くは近江系だったし、江戸・明治期は近江から丁稚を採用した。
近江は明治維新まではゆたかな先進地帯だったが、明治後、滋賀県という名に変ってからはさほどの近代産業をもたず、下流の京阪神に人材を提供するだけの県になった。
東大寺が建立された奈良時代では、仏教は生者のみのものだった。このため、東大寺ではなお創建以来の精神が息づいていて、葬儀というものはやらない。
死者に戒名をつけるなどという奇習がはじまったのはほんの近世になってからである。インド仏教にも中国仏教にもそんな形式も思想もない。江戸期になって一般化したが、おそらく寺院経営のためのもので、仏教とは無縁のものといっていい。

最近、テレビでも「ブラタモリ」などの街歩きの番組が増えているけれど、「街道をゆく」はその元祖みたいなものだったのだろう。

2009年1月30日、朝日文庫、800円。

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2023年02月04日

倉片俊輔『京都 近現代建築ものがたり』


京都に現存する13の代表的な近現代建築を取り上げて解説した本。

・京都国立博物館明治古都館(片山東熊)
・京都文化博物館別館(辰野金吾)
・本願寺伝道院(伊東忠太)
・京都府立図書館(武田五一)
・東華菜館本店(ウィリアム・メレル・ヴォーリズ)
・ウェスティン都ホテル京都(村野藤吾)
・京都タワービル(山田守)
・国立京都国際会館(大谷幸夫)
・京都信用金庫(菊竹清訓)
・TIME'S(安藤忠雄)
・京都駅ビル(原広司)
・ロームシアター京都(前川國男)
・京都京セラ美術館(前田健二郎)

最後の2つは、元の建築だけでなく、近年行われた大規模な改修についても言及している。

「近現代」を実感するのに「建築」は良い手段である。なぜか。実体であるからだ。今につながるものがどの時代に、どのようにできたのか。当時の考え方がどのように違っているのか。それ以前をどう捉えたのか。目に見えて分かる。

なるほど。京都市内に点在する建築物は、そのまま近現代建築史の実物見本にもなっているわけだ。

旧日本銀行京都支店が面しているのは、今も昔も、歩行を中心としたストリートなのである。したがって、構成が左右対称であることはあまり意識されない。(京都文化博物館別館)
ホテルは時代に即した機能を要求される。したがって、建物の更新が必要となる。だが、全面的に休業するのは、経営上も社会信頼上も好ましくない。よって、ある館の営業を続け、別の館を建て替えることが多い。しばしば異なる時代の建物が敷地内に併存しているのは、そのためだ。ホテルにとって、不統一が状態だと言える。(ウェスティン都ホテル京都)
まだ仕上がるように思えてしまうのは、強さが足らないからだ。そこで、物自体で完成した感覚を与える打放しコンクリートが目指された。(TIME'S)

今、朝日新聞の連載「語る 人生の贈りもの」に、ちょうど原広司が出ているところ。こういう偶然も嬉しい。

2021年9月15日、平凡社新書、860円。

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2023年01月29日

池内紀詩集『傀儡師の歌』

DSC00757.JPG


池内紀は私の大学時代の先生だが、詩集を出していたことを最近になって初めて知った。32歳の若さで刊行したもので、ユーモア、言葉遊び、エロ・グロ・ナンセンスに満ちている。

 殺しのバラード

おまえを殺(や)った。
竹蜻蛉の要領で
おまえを削(そ)いだ
ざくろに割った
むしむし嗅いだ
おまえの肉体(にく)を

(以下略)

クリスティアン・モルゲンシュテルンの『絞首台の歌』や夢野久作の『猟奇歌』、『マザー・グース』に通ずるような味わいだ。

1973年9月15日、思潮社、500円。

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2023年01月24日

林えいだい『《写真記録》関門港の女沖仲仕』


副題は「近代北九州の一風景」。

貫始郎の短歌を読んで沖仲仕の仕事のことをもっと知りたいと思って買った本。記録作家である著者が1975年から80年代にかけて撮影した写真と、1983年に刊行した『海峡の女たち―関門港の沖仲仕の社会史』からの文章の抜粋で構成されている。

沖仲仕の花形は、なんといってもスコップや雁爪(がんづめ)で荷をすくい入れる入鍬(いれくわ)であろう。しかし、その陰に隠れて地味ではあるが、針(はりや)の存在を忘れることはできない。作業中に小麦や砂糖の袋が破れれば、すばやく飛びついて穴を繕う。
門司では長らく、「けがと弁当は仲仕持ち」と言われた。人力に頼っていた時代は、事故があってもあるていど軽傷ですんでいた。ところが、日中戦争前後にウインチが導入され、荷役設備が機械化され始めると、死ぬか重傷かどちらかというほど、命取りになりかねないものになった。
夏のダンブル内は「地獄窯」。船内荷役に不慣れで脱水症状を起こし、救急車で病院へ運ばれる者も出る。

沖仲仕の仕事の過酷さだけでなく、仲間同士の助け合いの強さや仕事に対する誇りも描かれている。しかし、港湾設備の機械化が進み、次第に沖仲仕の仕事はなくなっていく。

入港する船の数が減ったのに加え、港湾設備の急速な機械化が、港と沖の仕事に決定的な影響を及ぼしている。昔のように大勢の日雇沖仲仕は必要とされなくなった。職業安定所に日参しても、アブレる日が増えた。
「ああ、もう一度だけでいい、ぶっ倒れるまでバンカーの天狗取りをしたいのう」
一人が大声で叫んだが、その声はむなしく波間に消えた。港は、もう彼女たちを呼んではいないのである。

1988年に新港湾労働法が制定され、門司港の名物であった女沖仲仕は完全に姿を消した。けれども、彼女たちの生きた証は、この本にしっかりと刻まれている。記録することの大切さをあらためて思わされる一冊であった。

2018年3月25日、新評論、2000円。

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2023年01月22日

中央公論新社編『開化の殺人』


副題は「大正文豪ミステリ事始」。

「中央公論」大正7年7月臨時増刊「秘密と開放号」掲載の小説5篇と戯曲2篇、さらに関連する随筆2篇を収めたアンソロジー。

・佐藤春夫「指紋」
・芥川龍之介「開化の殺人」
・里見ク「刑事の家」
・中村吉蔵「肉店」
・久米正雄「別筵」
・田山花衣「Nの水死」
・正宗白鳥「叔母さん」

大正期の小説家が書いたミステリだがどれも面白い。特に「肉店」はゾッとするような迫力があった。

また、北村薫の解説「大正七年 滝田樗陰と作家たち」も素晴らしい。27ページにわたって様々な蘊蓄を傾けていて、一つの作品になっている。

もう一つ、「刑事の家」の登場人物が「ツルゲエネフの散文詩集」を読んでいるのも印象的。啄木にも影響を与えた本だが、当時の人気のほどがうかがえる。

2022年3月25日、中公文庫、840円。

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2023年01月19日

平田オリザ『ともに生きるための演劇』


「学びのきほん」シリーズの1冊。

演劇教育やワークショップを通じて、対話やコミュニケーションの方法を広めている作者が、これからの時代に演劇が果たす役割について記した本。

「多様なままでともに生きる世界」を成り立たせるためには、何よりも「対話」の力が必要です。そのような「対話」の力は、演劇を通してこそ、確実に学ぶことができると私は考えています。
演劇は、「世界を見る解像度を上げる」ことができる。演劇には、日常生活では見えないものを顕在化させる働きがあるのです。
演劇に限らず、「共同体の中で最も弱い人をどう活かすか」ということが、全体のパフォーマンスを上げる秘訣なのです。黒澤明の『七人の侍』でも若くて弱い侍が登場するように、集団のドラマでは必ずその中に弱い人が含まれています。
私は、社会のセーフティーネットとして、自由に参加することや離脱することが可能で、趣味や嗜好によって集まり、離合集散を繰り返しながらゆるやかに発達していくような「関心共同体」を作ることが必要だと考えています。

これらはすべて「演劇」についての話なのだが、おそらく「短歌」や「歌会」や「結社」にも当て嵌まることではないだろうか。

2022年8月30日、NHK出版、670円。

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2023年01月16日

風来堂『カラーでよみがえる軍艦島』


面積0.063㎢という狭さにもかかわらず、最盛期の1959年には人口5259人に達した長崎県の端島(軍艦島)。2015年には「明治の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として、他の諸施設とともに世界遺産に登録されている。

その島の歴史や炭鉱の様子、島民の生活、住宅状況などを、カラー化した写真とともに紹介した本である。

1972(昭和47)年当時、新卒の月給は5〜6万円だったのに対し、軍艦島では月約20万円受け取っており、極めて恵まれた生活をしていたと想像される。
端島病院には外科だけでなく、内科、眼科など一通りの診療科目がそろっていた。歯科だけはなかったが、端島病院とは別のアパート棟に個人歯科医院が営業していた。
軍艦島には、病院から学校、床屋、麻雀店まであらゆる施設が揃っていたが、墓所と火葬施設はなかった。亡くなった人は舟に乗せられ、軍艦島から北に700mほど離れた中ノ島の火葬場で荼毘に付された。

軍艦島には以前に一度、上陸ツアーの船で訪れたことがある。この時は出航したものの、残念ながら波が高く上陸できなかった。
https://matsutanka.seesaa.net/article/422902360.html

この本にも「端島は荒波の影響もあり、年間100日程度しか一般人が立ち入れない」とある。次の機会を楽しみに待ちたい。

2022年5月20日、イースト新書、1000円。

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2023年01月15日

池内紀『昭和の青春 播磨を想う』

著者 : 池内紀
神戸新聞総合出版センター
発売日 : 2020-11-27

姫路市文化国際交流財団が発行する地域季刊誌「BanCul」(播州カルチャー)に掲載された作品18篇を収めた本。

姫路市出身の著者が、取材に基づく実話と創作を織り交ぜた文章を書いている。播州の自然や暮らし、産業、時代の移り変わりなどが巧みに浮かび上がる内容だ。

聞き書きのような体裁の小説とでも言おうか。どこまでが事実でどこからが脚色なのか、はっきりとわからない虚実皮膜の味わいである。

兵庫県福崎町出身の歌人、岸上大作の名前も出てくる。

名前を岸上大作といい、神経質そうな顔に眼鏡をかけていた。啓一が幼いころに極端な恐がりだったと聞くと、声をたてて笑って、自分もそうだったといった。スイボウは「水莽」と書いて中国からきた毒草だと教えてくれた。

そして、著者が高校時代に短歌を詠んでいたことも書かれている。

高校生の私は数学ができず、もっぱら短歌に熱中していた。寺山修司が先鞭をつけ、全国の高校生に短歌や俳句のブームがあった。最初の女性誌が出たころで、文芸欄に姉の名前で投稿して賞金をせしめた。

そうだったんだ、池内先生。

2020年11月16日、神戸新聞総合出版センター、2000円。

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2023年01月13日

細馬宏通『浅草十二階(増補新版)』


副題は「塔の眺めと〈近代〉のまなざし」。

明治・大正期の浅草にあった凌雲閣(通称「十二階」)に関する本。単に歴史的な事実を述べるだけでなく、塔の上からの眺めや塔を見上げる眺めなど、近代のまなざしのあり方やその変遷について深い考察を記している。

凌雲閣からの「望み」は、まさしく二つの「望み」、まなざしと欲望を兼ね備えていた。そしてことばは、所有の欲望を喚起した。
私たちは、あるメディアから次のメディアへと単に発展的に移行しているわけではない。メディアを移行することで、何かを忘れ、何かを失うのである。
パノラマのリアルさは、単に絵が写実的であるがゆえに生まれるのではない。むしろ、見る側が積極的に奥行きを生み出していくがゆえに生まれる。

これは、短歌におけるリアルや写実を考える上でも大事なポイント。読者の能動性や参与を引き出すことが、歌のリアルには欠かせない。

凌雲閣とゆかりの深い啄木に関する話も多く、多くの学びを得ることができた。

2011年9月10日、青土社、2400円。

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2023年01月04日

水上勉『土を喰う日々』


副題は「わが精進十二ヵ月」。

もうずいぶん昔に読んだことのある本だが、このところ料理について考えることが多いので再読した。版を重ねているだけあって、実に味わい深い本だ。

9歳で禅寺に入って精進料理を覚えた著者が、軽井沢の山荘暮らしで作る料理を一月から十二月まで季節を追って紹介している。

何もない台所から絞り出すことが精進だといったが、これは、つまり、いまのように、店頭へゆけば、何もかも揃う時代とちがって、畑と相談してからきめられるものだった。ぼくが、精進料理とは、土を喰うものだと思ったのは、そのせいである。
道元さんという方はユニークな人だと思う。「典座教訓」は、このように身につまされて読まれるのだが、ここで一日に三回あるいは二回はどうしても喰わねばならぬ厄介なぼくらのこの行事、つまり喰うことについての調理の時間は、じつはその人の全生活がかかっている一大事だといわれている気がするのである。
ぼくが毎年、軽井沢で漬ける梅干が、ぼく流のありふれた漬け方にしろ、いまは四つ五つの瓶にたまって、これを眺めていても嬉しいのは、客をよろこばせることもあるけれど、これらのぼくの作品がぼくの死後も生きて、誰かの口に入ることを想像するからである。

読んでいると、時々、読者に向けて語り掛けてくるところがあるのも面白い。

みょうがは、私にとって、夏の野菜としては、勲章をやりたいような存在だが読者はどう思うか。
これが水上流の大根の「照り焼き」だ。いちどやってみたまえ。物事は工夫ひとつだな、ということがわかってくる。

調理風景や料理を撮影したモノクロ写真も随所に差し挟まれている。どれも美味しそうだ。

1982年8月25日発行、2021年10月20日第30刷。
新潮文庫、550円。

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2022年12月29日

司馬遼太郎『街道をゆく9 信州佐久平みち、潟のみちほか』


1976年に「週刊朝日」に連載され、77年に朝日新聞社より刊行され、79年に文庫化された本の新装版。

時に理由はないのだけれど、年末になって「街道をゆく」が読みたくなった。「潟のみち」(新潟県)「播州揖保川・室津みち」(兵庫県)、高野山みち(和歌山県)、信州佐久平みち(長野県)の4篇が収められている。

半世紀近く前に書かれた文章だが、今でも特に引っ掛かりなく素直に読むことができる。ものを見る目が公平で偏りがないからだろう。途中、雑談になったり、同行者の観察をしたりと寄り道も多いのだが、それが味わい深さになっている。

極端にいえば、特に化(か)していることは定着して稲作をしていることであり、特に化していない(化外)ということは、稲作をせずにけものを追ったり、魚介を獲ったりしているということであったにちがいない。
(三木)露風は一貫して象徴詩の立場を持(じ)し、反自然主義や、北海道の修道院の講師になってからは自然の感情からはほど遠い宗教詩なども書いたが、結局はわれわれ素人の胸にのこっているのは、この童謡「赤とんぼ」であるかもしれない。
信州は鎌倉以来、上方圏に属せず、関東圏に属し、交通網もそのようになっている。鎌倉幕府ができると鎌倉へできるだけ早く到着できるように信州の各地で多くの「鎌倉往還」が開鑿された。
空海の教学は後継者によって発展しなかった。発展する余地がないほどに空海が生前完璧なものにしてしまっていたからである。これに対し最澄の後継者たちはちがっていた。(…)この系統から無数の学僧や思想的人物が出、ついに鎌倉仏教という日本化した仏教世界を創造するにいたった。

この本を読んで特に印象に残ったことが2つある。

一つは湿地帯であった土地を排水して広々とした水田に変えた「亀田郷」のこと。私の好きな菓子メーカー「亀田製菓」は、なるほどこの地の生まれであったのか。

もう一つは「播州揖保川・室津みち」の案内役を、歌人の安田章生がしていること。安田は司馬とも画家の須田剋太とも、古い友人なのであった。

2008年10月30日、朝日文庫、700円。

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2022年12月28日

小熊英二『日本という国』


中学生以上を対象とした「よりみちパン!セ」シリーズの1冊。2018年に「決定版」が出ているのだが、今回読んだのは2006年初版のもの。

全体が二部構成になっていて、「明治時代」と「第二次世界大戦後」という二つの時期が取り上げられている。どちらも日本という国のあり方を方向づけた重要な時期であり、日本の現在や今後を考える際にも欠かすことのできない論点を含んでいる。

日本の近代化は、国民全体に西洋文明の教育をゆきわたらせながら、同時に政府や天皇への忠誠心をやしなうという方向で進んでいった。
講和条約と同時に日米安全保障条約を結び、アメリカ占領軍は「駐留軍」とか「在日米軍」と名前を変えただけで、日本にあった米軍基地といっしょに居残ることになった。
日本政府は、アジアの民間からの補償要求には「国家間で解決済み」といいながら、自国民が被害をこうむったシベリア抑留問題では、「国民個人の請求権は放棄していない」と表明したわけだ。

中学生でも理解できる平易な文章で書かれているが、内容は十分に深くて濃い。

2006年3月30日、理論社、1200円。

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2022年12月22日

武田尚子『ミルクと日本人』


副題は「近代社会の「元気の源」」。

日本における牛乳の歴史をたどりつつ、近代社会の成り立ちや、経済と福祉の発展について考察した本。切り口がおもしろい。

日本でミルクが近代以降の産物であるからこそ、ミルクを手がかりに、日本近代の特徴を深く探る醍醐味を味わうことができる。

文明開化とともに牛乳が栄養豊富な飲物として推奨されたこと、少ない資本で参入できる商売として牛乳販売業が起こり、やがてミルクプラントの寡占化が進んでいったこと、都市の住民の間でミルクホールが流行ったことなど、明治・大正期の牛乳の広がりが資料に基づいて描かれていく。

私たちがよく知っている人物も登場する。一人は芥川龍之介であり、もう一人は伊藤左千夫だ。

築地「耕牧舎」は芥川龍之介の生家である。後年、芥川は「僕の父は牛乳屋であり、小さい成功者の一人らしかった」と記している。小さい成功者どころではなく、あっという間に一頭地を抜いた大変な成功者で、牛歩のなかのダークホースのようなものである。
牛乳配達人から独立自営をめざして、見事に実現したのがアララギ派の歌人伊藤左千夫である。(…)四年間で七カ所の搾乳所・販売店に勤め、二十五歳のときに同郷者一名との共同経営であるが独立自営を達成した。

さらに、関東大震災の被災者や栄誉不良の児童に対する牛乳の配給や、戦後の学校給食における脱脂粉乳の提供まで、牛乳をめぐる話は続いていく。

給食で毎日牛乳を飲んだ(飲まされた?)頃のことを懐かしく思い出した。

2017年6月25日、中公新書、880円。

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2022年12月13日

吉田篤弘『なにごともなく、晴天。』


2013年に毎日新聞社より刊行された旧版に書き下ろしを加えた増補版。装幀・装画はクラフト・エヴィング商會。

鉄道の高架下の商店街を舞台に、古道具屋の店番をする主人公と、様々な住人たちが織り成す連作短編集。章題が「食べる。」「眠る。」「考える。」「隠す。」「泣く」など、すべて動詞になっているのが面白い。

私は神も仏も信じないが、ただひとつ、祖母がよく口ずさんでいた「お天道様は見ているから」のお天道様を信じていた。それゆえ、空をめぐるあれこれを憎めない。
この歳になって銭湯に通ってみると、そこは思いがけず賑やかなところで、その賑やかさも、裸になっているせいか、ひとつも嘘がなかった。
おいしいものというのは、たいていの場合、手間ひまがかかっていて、そのうえ、何かしらを思い出させる。昔のことや、遠いところや、ずいぶん会ってないひとや(…)

小説を読むのは久しぶりだったけれど、何だか少し元気になった。

2020年11月20日、平凡社、1800円。

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2022年12月09日

津幡修一・津幡英子『高蔵寺ニュータウン夫婦物語』


副題は「はなこさんへ、「二人からの手紙」」。

2017年公開の映画「人生フルーツ」に登場したつばた夫妻の原点とも言える共著。T章が英子、U章が修一の執筆。孫に宛てた手紙のように、それぞれの人生や40年に及ぶ結婚生活について記している。

母を見ていて、年をとれば頭も体も弱るのがあたり前。それでも自立の意欲を失わないためには、いつでも誰かの役に立つ働きを心がけなければ。「自分一人のためには、人間って、生きられないんだなあ」と、しみじみ思いました。
半田の家は、約千坪あまりの敷地に、酒蔵、精米、樽屋などの酒造りの工房と一緒に、中庭を囲むように建てられていました。子供心に、奥の深い大きな家といった印象でした。
「卒業したら、自由な、個人の建築家として生きてみたい」と、私は決めた。フリー(自由)、プライベート(家族)、アーキテクト(都市計画家)という、その後の人生を決めることになったキーワードが、私の心のなかに育ちはじめた。
「一枚の水田に、一〇倍の里山」という環境認識が、昔の農家には常識としてあった。米をつくる一枚の水田に、薪を採り、炭を焼き、また水田に必要な水を供給してくれる雑木山の里山が一〇倍なければ、そこで生活を続けられない。

ホームメーカー(主婦)として畑作りや食べ物作りに励む英子と、建築家・自由時間評論家として都市計画や執筆活動に励む修一。夫婦の成長がそのまま戦後の日本の成長と重なった時代だったと言っていいだろう。その幸福な姿がここにはある。

1997年12月20日第1刷、2017年11月10日第2刷。
ミネルヴァ書房、2200円。

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2022年11月29日

大下一真『鎌倉 花和尚独語』


読売新聞と「短歌往来」に連載したエッセイ48篇を収めた本。花の寺として知られる鎌倉の瑞泉寺の住職として過ごす日々が、落ち着いた筆致で描かれている。

作者の歌集には草を引いたり枯葉を掃いたりといった歌が多くあるが、エッセイにもそうした場面が出てくる。

草取りの話をしていると、住職みずからそのようなことをなさるのですかと問われることがある。むろん嘘ではない。そもそも禅寺では、畑仕事などを作務(さむ)と呼んで尊び、唐代の禅者百丈和尚は「一日作(な)サザレバ一日食(くら)ハズ」と言われた。勤労なくして食なしという戒めである。

瑞泉寺は1327年創建の古い歴史を持つ。住職としての責任は重い。

寺はタイムカプセルなのだ。必要とする人のために、まずは大切に保存しておく。後に伝える。それが文化のリレーランナーたる住持の最低限のマナーなのだ。そう思って、一日仕事の文書探しを終え、箱のふたをする。

身近な雑学や蘊蓄の話もあって、読んでいて楽しい。

ずいぶんと昔の話だが、何かの必要があって、手元にある草花図鑑で「ヤマイモ」を引こうとした。だが不思議なことに、「ヤマイモ」はない。そんなはずはないと分厚い図鑑をひっくり返しひっくり返して何度も調べ、やっと分かった。「ヤマイモ」ではなく「ヤマノイモ」が正式の名なのだと。

2020年7月2日、冬花社、1700円。

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2022年11月25日

古波蔵保好『料理沖縄物語』


1983年に作品社より刊行され1990年に朝日文庫に入った本を、与那原恵の協力により再刊したもの。

ジャーナリスト・エッセイストの古波蔵保好(こはぐら・ほこう、1910‐2001)が、主に戦前の沖縄の食に関して記したエッセイ集。

「冬至雑炊(とぅうじ・じゅうしい)」「鬼餅(むうちい)」「ぽうぽう」「ゆし豆腐」「スミイカ汁」「らふてえ」「古酒(くうす)」「豚飯(とぅんふぁん)」「山羊(ふぃじゃあ)」など、美味しそうな食べ物がたくさん出てくる。

わたしは、料理本を書くつもりはなかった。料理に託して、沖縄の女たちが描く風俗絵図をお見せしたかったのである。

著者があとがきに書いている通り、戦争で失われてしまったかつての沖縄の暮らしや習慣が、この本の一番のテーマなのかもしれない。

もちろん家庭の惣菜料理では、魚そのものがよく使われたけれど、昔ながらの手料理でわたしを育ててくれた母は、焼き魚とか煮魚など、日本的料理を知らなかったらしく、ぶつ切りにしてお汁に仕立てたり、炒め煮したり、「飛び魚」だと輪切りにしてカラ揚げにするといった調子だった。
沖縄の人たちにとって、家庭菜園の作物は共有みたいなもので、菜園のない近所の人たちが、あたりまえのように、「ごうやあもらいますよ」と入ってきて、欲しいだけ取っていく。取られるほうも、あたりまえのように、ニコニコと、幾つもさしあげる。
あのころの沖縄で飼育されているのは、黒い毛の豚ばかりだった。体毛の白い豚を見たことのないわたしは、豚は黒いものだと思っていたのである。沖縄からよその土地へいって、白豚を見たコドモが、あれも豚だと教えられ、豚のお婆さんですね、と珍しがったそうだ。

読んでいるうちに、沖縄にまた行きたくなってきた。沖縄料理が食べたいな。

2022年5月13日、講談社文庫、660円。

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2022年11月24日

岡本太郎『芸術と青春』


1956年に河出書房から刊行された単行本を再編集して文庫化したもの。「青春回想」「父母を憶う」「女のモラル・性のモラル」の三章構成になっている。

いつもながら、パリに帰ったときの感激は素晴らしい。世界にこんな明快で、優美で、心の奥までしみ入る情緒のあるところはない、この町以外で、どうして人間が人間らしく生活できるのか、とふしぎに思えるくらい、この町のユニークなよさに感動してしまうのである。
華やか好きだった母かの子を中心とした芸術家三人の親子は、確かに世の羨望の的だった。だから私達一家を、人々が非常に恵まれた、睦まじい家庭であったように想像しているのも無理ではないと思うが、しかし実際は、必ずしもそのような表現は当てはまらないのである。
私はお母さん達とか先生とか、若い世代を指導する人達に言いたい。あなた方がこれはやってはいけないことだ、と思われるようなことこそ、大ていの場合、むしろやらなきゃいけないことである。そう思ってみてほしいということです。

岡本太郎の文章は歯切れがよく、読んでいて気分がいい。特に父の一平や母のかの子に関する話は、どれもしみじみとした味わいがあって良かった。

2002年10月15日第1刷、2020年10月10日第11刷。
光文社知恵の森文庫、514円。

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2022年11月22日

朴順梨『離島の本屋ふたたび』


副題は「大きな島と小さな島で本屋の灯りをともす人たち」。
2013年刊行の『離島の本屋』の続篇。
https://matsutanka.seesaa.net/article/482420991.html

連載の場が増えたことで今回は古書店も取り上げられている。また、沖縄本島の話が多く離島色はやや薄めになっている。

登場する島は、沖縄本島、喜界島、宇久島、種子島、佐渡島、伊豆大島、石垣島、屋久島。

私はずっと、なくならないことだけが正解だと思っていた。しかし時代が変われば人の生活も変わり、利用するデバイスも変わってくる。そんな中で私ができるのは、本と本屋に関わったことを「楽しかったし幸せだった」と思えるように、そこにいる人たちを応援し続けていくことなのだろう。
いつでも会える、いつでも行ける。そう思っているうちに人や場所はなくなってしまい、気づいた時に悔やんでももう取り返しはつかない。店は閉店したけれど、会いに行こう。
この取材で沖縄では、新刊本と古書を同じ棚に並べている書店がいくつもあることを知った。他の地域では古書と新刊はしっかり分けて売られていることが一般的なので、興味深く映った。

本屋をめぐる状況は厳しさを増している。そんな中で、この作者のように本屋を応援し、記録する試みは、ますます大事になっていくに違いない。

2020年10月30日、ころから、1600円。

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2022年11月20日

森英介『風天 渥美清のうた』


映画「男はつらいよ」シリーズで知られる渥美清は、「風天」の俳号で俳句を詠んでいた。その作品を探し出し、全容を明らかにしようとした一冊。

芸名渥美清、役名車寅次郎、本名田所康雄、そして俳号風天。語っても語っても語りつくせない渥美清伝説の中で第四の顔、風天の部分だけがすっぽり抜け落ちている。

前半は関係者へのインタビューや取材を通じて全220句を見つけ出すまでの話で、後半は石寒太による全句解説という構成になっている。

印象に残った句を引く。

なんとなくこわい顔して夜食かな
立小便する気も失せる冬木立
ひぐらしは坊さんの生れかわりか
納豆を食パンでくう二DK
たけのこの向う墓あり藪しずか
あと少しなのに本閉じる花冷え
そば食らう歯のない婆(ひと)や夜の駅
乱歩読む窓のガラスに蝸牛
新聞紙通して秋刀魚のうねりかな
雨蛙木々の涙を仰ぎ見る

2008年7月10日第1刷、2018年5月15日第5刷。
大空出版、1714円。

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2022年11月17日

大崎善生『将棋の子』


2001年に講談社より刊行された単行本の文庫化。
第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。

日本将棋連盟で働き「将棋世界」の編集長を務めた著者が、プロ棋士養成機関である「奨励会」(新進棋士奨励会)について記した作品。過酷な競争の果てにプロになれず去っていった退会者たちの、その後を描いている。

同じ札幌出身で親しかった成田英二を訪ねて北海道へ行く話を軸に、戦いに敗れた退会者たちの物語が群像劇のように展開する。世代的には羽生善治の前後に当たる者たちの話が多い。

羽生は55勝22敗で6級から初段をかけ抜けた。ということは、奨励会対羽生は22勝55敗、誰かがその55敗を引きうけていることになる。しかも、それは羽生だけに限らず、羽生とそれほど遜色のない勝率でここまで勝ちあがってきた57年組全員に対していえることなのである。つまり、57年組の嵐が吹き荒れる間、奨励会は沈没船や難破船の山となっていたはずなのだ。

1勝の影には必ず1敗があり、勝者の向こうには必ず敗者がいる。プロになれずに去っていく者の方が、人数で言えば圧倒的に多いのだ。そして、その後も人生は続いていく。

2003年5月15日第1刷、2020年10月28日第27刷。
講談社文庫、700円。

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2022年11月13日

二松啓紀『絵はがきの大日本帝国』


1900年の北清事変から1945年の敗戦に至る「大日本帝国」の姿を、390点のカラーの絵葉書とともに解説した本。とても興味深く、資料的な価値も高い。

絵はがきはメディアである。見知らぬ土地の風景を我々に見せてくれる。小さな紙片にはさまざまな情報が凝縮されている。それが古いとなれば、未知なる過去への扉にもなる。

私も『高安国世の手紙』や『樺太を訪れた歌人たち』に、資料として絵葉書を載せている。戦前の出来事や社会風俗を知るためには、絵葉書は必須のアイテムと言っていいだろう。

絵はがきの世界は、購入者が見たい、発行者が見せたい、検閲者が見せてはならないという三要素によって成立してきた。発行者が不特定多数の購入者(読者)を意識し、大量に発行するとマスメディアとしても機能した。

以下、備忘的に印象に残った部分を引く。

当時の京城でブランド力を持つ百貨店は三越だけではない。「三中井」ブランドも強かった。「三中井」は、近江商人の中江家が江戸時代から神崎郡金堂村で営む呉服小物店「中井屋」を起源とし、旅順陥落から間もない一九〇五年一月、朝鮮の大邱に創立した三中井商店が大陸進出の第一歩となる。
第一次世界大戦では日本とロシアは連合国として参戦した。ウラジオストクを中継点にシベリア鉄道を経由して、日本からヨーロッパへ大量の軍需物資が輸送された。かつて日本にとって軍事的脅威だった鉄道が逆に莫大な富をもたらす輸送ルートになった。
和風の住宅街の後方に二七本の煙突が確認できる。上空に噴き上がる黒煙は凄まじい。現代人の感覚からすれば、産業化どころか環境汚染の象徴のように感じるが、当時の感覚は今と異なっていた。(…)戦前日本において黒煙は豊かさを生み出す源泉と見なされた。
「平野丸」は一九〇八(明治四一)年一二月に竣工した貨客船だ。欧州航路に就航し、歌人与謝野晶子が乗船した船としても知られるが、一九一八(大正七)年一〇月四日にドイツ海軍のUボートの攻撃を受けて英国西部ウェールズ沖で撃沈され、二一〇人の犠牲者を出す。
調査団は英国のリットン伯爵(卿)を委員長とし、フランスのクローデル中将、イタリアのアルドロバンディ伯爵、米国のマッコイ陸軍少将、ドイツの植民政策研究家シュネー博士が委員だった。公平を期すため委員五人の人選は日中両国の同意を得ていた。
北日本汽船の「日本海時代来る」は日本海湖水論の視覚化に成功したといえる。大陸を取り囲むように、樺太から北海道、本州、九州へと連なり、稚内、留萌、小樽、函館、酒田、新潟、舞鶴などの都市名を列記する。大陸側にあるソ連の浦鹽斯徳(ウラジオストク)、朝鮮北部の清津、雄基、城津から一直線に敦賀と舞鶴へと航路が延びる。

それにしても、知らない話がたくさん載っている。歴史の奥深さと面白さを体感できる一冊だ。

2018年8月10日、平凡社新書、1400円。

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2022年11月09日

落合博『新聞記者、本屋になる』


長年勤めた新聞社を退職し、浅草・田原町に書店「Readin' Writin' BOOKSTORE」を開業した著者が、新聞記者時代の経験や書店開業に至る経緯、そして開業後のできごとについて記した本。

近年、数を増やしているセレクト系、独立系の個人経営の書店の開業記だ。

芥川賞や直木賞などのニュースに即応して平積み展開する本屋を「FAST MEDIA」、返品できない代わりにロングセラーに軸足を置くうちのような本屋を「SLOW MEDIA」と定義してみる。
1000円の本が売れたとして手元に残るのは200〜300円。本屋だけの稼ぎで暮らしていくのは不可能に近い、というのが開店5年目に入った僕の実感だ。

店では本を売るだけでなく様々なイベントも行っていて、コロナ禍前には年間100回以上も開催していたとのこと。歌人の鈴木晴香さんの短歌教室の話も出てくる。

最初の教室で鈴木さんは「短歌は自分の気持ちは書きません。情景を書きます」と話した。ライティングの個人レッスンで僕も同じようなことを話している。短歌を詠んだことは一度もなかったが、共通点があることを知り、うれしかった。

文章は読みやすいのだが、けっこう癖が強い。オヤジの自慢話的な口調がのぞく部分もあって、好みの分かれる一冊だと思う。

2021年9月30日、光文社新書、940円。

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