2024年05月18日

佐久田繁編著『琉球王国の歴史』

長らく積読になっていた本を読んだ。
どこで買った本だったかな。

副題は「大貿易時代から首里城明け渡しまで」。沖縄の古代から、三山分立、第一尚氏王統、第二尚氏王統、薩摩藩の侵攻、ペリー来航、廃藩置県までの歴史を記している。

「東洋のジブラルタル」ともいわれる戦略的要衝にある沖縄は、世界や日本の潮流の変わり目ごとにほんろうされ「地理は歴史の母」であることを痛感させられています。

編者が巻末にこのように書いている通り、中国や日本との関わりの中で独自の体制や文化を育んできた沖縄の苦闘の歴史がよくわかる。

中山が1372年初入貢して11年後の1383年、明朝は沖縄を『琉球』と命名、和名の「沖縄」より唐名の「琉球」が国際的通称になった。
幕府が開国を断るなら琉球を占領するつもりだったペリーは、入港10日後の6月6日、大砲2門と210人の海兵隊をひきいて首里城に向かい、開港を強要(…)
琉球藩内では日清両属の現状維持に固執する多数派の頑固党と、百年の大計のためには日本に専属すべしと主張する少数派の対立が激化するが、諸藩と同様に、『琉球藩存続』では一致していた。

本書は1879年の沖縄県設置(首里城明け渡し)で終っているのだが、その後の沖縄戦やアメリカによる占領、本土復帰などを考える上でも、沖縄の歴史をよく知っておく必要があると感じた。

1999年9月、月刊沖縄社、1000円。

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2024年05月17日

藤原明『日本の偽書』


2004年に文春新書から出た本を文庫化したもの。

『上記(うえつふみ)』『竹内文献』『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』『秀真伝(ほつまつたえ)』『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』『先代旧事本紀大成経』という6つの偽書を取り上げて、その内容や成立過程について論じている。

著者の狙いは真贋論争をすることではなく、偽書を学問として捉えることだ。

真に必要なことは、偽書というものが存在するのも一つの歴史的事実であることをうけとめ、それがどういう意味を持つのかを醒めた目で分析し、学問の上に位置づけることにあると考える。

その上で「言説のキャッチボール」などを通じて偽書が生み出される経緯を検証している。特に面白かったのは中世の注釈に関する話で、単に本文に付随する説明ではなかったらしい。

古典の本文を深読みすることも含め、本文を遊離した新たな伝承ともいえる言説が創造されるという性質がみられ、現代の注釈が「つける」ものであるのに対して、中世の注釈は「つくる」ものという関係にあるという。

短歌に関わる話も出てくる。

『秀真伝』は近世にはすでに存在していたが、明治以降、小笠原通当の一族の子孫、小笠原長城・長武父子が、歌人佐佐木信綱のもとに宮中への献上文を付けた『秀真伝』を送り、信綱を通じて目的を果たそうとしたが、信綱に偽書として一蹴されてしまった。

さすが信綱!

院政期の文化に関して、「文狂い」という現象が注目されている。(…)この「文狂い」という現象は、歌学の世界にもみられた。歌合の場で『万葉集』に存在しない架空の万葉歌を捏造する等の行為として現れる。

自分の詠んだ歌の本歌として万葉歌を捏造したというのだ。何とも面白い話で、詳しく調べてみたくなる。

2019年5月20日、河出文庫、760円。

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2024年05月12日

岡真理『ガザとは何か』


副題は「パレスチナを知るための緊急講義」。

2023年10月20日に京都大学で行われた「緊急学習会 ガザとは何か」と10月23日に早稲田大学で行われた「ガザを知る緊急セミナー 人間の恥としての」における講演をもとに編集、再構成したもの。

現在ガザで起きていることの背景や原因を明らかにするとともに、私たち一人一人が何をなすべきか問い掛けている。

パレスチナとイスラエルの間で起きていることは、「暴力の連鎖」でも「憎しみの連鎖」でもありません。これらの言葉を使うかどうかで、それが信頼できるメディアか、信頼できる人物かどうか、その試金石になります。
イスラエルは、パレスチナに対して行使するありとあらゆる暴力を、自分たちがユダヤ人であること、ホロコーストの犠牲者であることをもって正当化し、自分たちに対する批判の一切合切を「反ユダヤ主義」だと主張してきました。日本のマスメディアはあたかも、イスラエル=ユダヤ人であるかのように報道しています。
もちろん、今生きていくためにはそうした人道支援は不可欠です。でも、封鎖や占領という政治問題に取り組まずに、パレスチナ人が違法な占領や封鎖のもとでなんとか死なずに生きていけるように人道支援をするというのは、これは、封鎖や占領と共犯することです。だから、政治的な解決をしなければいけないんです。

イスラエルという国家やシオニズムの問題とユダヤ人に対する差別や迫害の問題を、まずは冷静に区別して考える必要があるのだろう。

その上で、昨年10月7日のハマスの攻撃を起点に考えるのではなく、2007年のイスラエルによるガザ封鎖、さらには1948年のイスラエル建国まで遡って、争いの原因や解決策を考える必要がある。

2023年12月31日、大和書房、1400円。

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2024年04月23日

下重暁子『家族という病』


60万部を超えるベストセラーになった本。

「ほんとうはみな家族のことを知らない」「家族は、むずかしい」「家族という病」といった刺激的な章題が並んでいる。

多くの人達が、家族を知らないうちに、両親やきょうだいが何を考え感じていたのか確かめぬうちに、別れてしまうのではないかという気がするのだ。
都会で独居してそのまま亡くなるケースを人々は悲惨だというが、はたしてそうだろうか。本人は一人暮らしを存分に楽しみ、自由に生きていたかもしれない。
「お子さんがいらっしゃらなくてお淋しいですね」という人がいますが、今あるものがなくなったら淋しいでしょうが、最初からなかったものへの感情はありません。

こんな文章を読んで、思い出したのは次の二首。

沢瀉(おもだか)は夏の水面の白き花 孤独死をなぜ人はあはれむ/雨宮雅子『水の花』
子はなくてもとよりなくてさびしさを知らざるわれをさびしむ人は/草田照子『旅のかばん』

いろいろと考えさせられる内容の一冊だった。

2015年3月25日、幻冬舎新書、780円。

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2024年04月18日

鎌田慧『日本列島を往く(5)』


副題は「夢のゆくえ」。
昨年、只見町の「たかもく本の店」で購入した本。

沖縄県本部町、北海道別海町、広島県因島市、香取開拓団、福島県三島町を訪れて記したルポルタージュ。それぞれの地で行われた沖縄海洋博やパイロットファーム、造船、開拓、ダム建設のその後を描いている。

このシリーズは20年くらい前に読んだはずなのだが、この1冊は未読だったようだ。

縫製工場が進出する計画もあるが、男の採用にはつながらない。失業地帯に低賃金の縫製工場が進出してくるのは、全国に共通した現象である。一家の主が失業すれば、主婦がはたらきに出なければならない。失業者が多ければ多いほど、パートの希望者がふえ、競争が激しくなって、安い賃金ではたらくようになる。
戦後の「緊急開拓事業」は、一九四五年一一月の閣議決定によるのだが、食糧増産と引揚者や戦災者の帰農対策との一石二鳥を狙うものだった。それはある意味では、戦前の「満州移民」の後始末でもあった。満州に移植させられたひとたちは、命からがら帰国したあと、こんどは「内地」の無人地帯に追放されたのだ。
こうして只見川流域には、東北電力が一三、電源開発が八、あわせて二一の発電所が並ぶことになった。福島県は水力発電のあと、東京電力の合計一〇基の原発を引き受けて、太平洋岸に並べ建て、「原発銀座」をつくりだした。文字通り「電力県」となったのだが、土木工事と交付金による、立地町村の好況は、一瞬のうちに過ぎ、それぞれ過疎地に転落している。

本書に収められた文章が書かれたのは1980年代のこと。それから、さらに約40年の歳月が過ぎた。インタビューを受けた人たちはその後どのような人生を送り、町は今どんなふうになっているのだろう。

2004年5月18日、岩波現代文庫、1000円。

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2024年04月14日

北野新太『透明の棋士』


将棋や棋士に関する文章17篇を収めた本。
ミシマ社の「コーヒーと1冊」シリーズ2。
https://mishimasha.com/coffee/

将棋と特に縁のなかった著者は、2005年の瀬川晶司の棋士編入試験をきっかけに将棋や棋士に興味を持ち始める。

今の私にとって将棋は不可欠な存在となっている。(…)なぜか。今の私にとって将棋以上に震える対象はないからだ。棋士以上に興味を惹かれる存在などいないからだ。

そんな著者が、里見香奈、三浦弘行、屋敷伸之、中村太地、羽生善治、渡辺明、森内俊之といった棋士の勝負を追い、話を聞く。

「6六銀は、ここに銀を捨てるからすごい手なんですよと、プロがアマチュアにすぐ説明できるじゃないですか。トップのプロが感心する一手というのは、もうちょっと難しくて地味なところの手ですね」(渡辺明)
「相手を打ち負かそうという感情は薄いと思います。でも、将棋は勝つか負けるかしかないので、負けないためには勝つしかないんですよね。負けるのは嫌なんです」(森内俊之)

勝つか負けるしかない世界の厳しさと潔さ。そこでは言い訳も弁解も肩書も年齢も、何の役にも立たない。

どれだけ優勢に立った終盤戦でも、三点リードの後半ロスタイムといった状況は存在しない。あるとすれば、三点リードで迎える九回裏二死満塁しかない。

なるほど。一手の持つ怖さが実によくわかる比喩だ。

2015年5月25日第1刷、2017年12月20日第4刷。
ミシマ社、1000円。

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2024年04月06日

「THE伏見」編集部編『歴史でめぐる伏見の旅』


京阪「丹波橋駅」の改札内にあった水嶋書房(先月27日に閉店)で購入した1冊。

古代から近代にいたる伏見(深草・稲荷・桃山・鳥羽・醍醐・淀)の歴史をたどるガイドブック。伏見に住んで23年になるが、まだ知らないことがいろいろとあった。

伏見を知る上で欠かせないのは、この町が、かつて「港湾都市」だったという視点ではないだろうか。現代の私たちからすれば港といえば海辺にあるものと思いがちだが、移動と運輸の主が船だった時代には、水運の要衝は政治・経済・軍事の面から重視された。
伏見を深く知るためのキーワードは「水」。古くは「伏水」とも書き、その字の通り、いまも伏流水(地下水)に恵まれた地です。
明治天皇崩御後、旧伏見城跡に陵墓が造られることになり、大正元年(一九一二)九月に桃山大葬列が行われました。その後も御陵参拝者は多い時には年間三十万人が訪れ、周辺の商店や旅館はおおいににぎわいました。
秀吉はなぜ伏見に城を造ったのか、平安時代の絶対王者・白河院の離宮はなぜ鳥羽だったのか。なぜ龍馬は伏見を拠点にしていたのか。港町というキーワードを知れば、あっけないほどにわかる謎ですが、伏見が港の機能を失って半世紀、巨椋池が姿を消して八十年近い時間が流れる中で、鍵は歴史の中に埋もれ、伏見の本当の魅力は見えにくくなってしまっています。

このところ気温が20度を超す暖かな日が続いている。また伏見のあちこちを散策してみよう。

2015年10月4日、淡交社、1500円。

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2024年03月12日

山舩晃太郎『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』


2021年に新潮社から出た単行本に、巻末の丸山ゴンザレスとの対談を追加して文庫化したもの。

「アメリカで水中考古学を学んでみたい!」という夢を持って渡米した著者が、自らの経歴や水中考古学の発掘の様子などを記している。

留学当初は英語がわからずタクシー料金をぼったくられたり、食べ物を買うこともできない日々が続く。

実は、アメリカのマクドナルドではハンバーガー単品のことを「サンドウィッチ」、セットメニューのことを「ミール」という。そんなことは全く知らない私は「バーガーセットプリーズ」と完全な日本人発音の英語で懇願していたのである。

それでも諦めることなく、ついにはテキサスA&M大学で船舶考古学の博士号を取得し、ギリシャ、クロアチア、イタリア、バハマ、コスタリカ、ミクロネシア連邦など世界各地の海で発掘調査をするまでに至る。

ユネスコは少なく見積もっても、世界中には「100年以上前に沈没し」、「水中文化遺産となる沈没船」が300万隻は沈んでいるとの指標を出している。

300万隻という数字からは、まだまだ調査されていない船が無数に海底に眠っていることがわかる。

19世紀の終わりに飛行機が発明されるまでは唯一、人が海を越えるための乗り物が船だった。そのため、常にその時代の最先端の技術がつぎ込まれている。

これは現代人が意外と気づかない観点かもしれない。船は最先端のテクノロジーの産物であり、沈没船や積荷を調べることで、当時の技術水準や交易の様子が明らかになるのだ。

では、どのようなタイミングで帆船は海難事故に遭うのであろか? 圧倒的に多いのは、「港を出てすぐ」と「港に帰ってくる時」なのだ。船は基本的には水深の浅い海岸線から距離を取って移動をする。しかし、出港と帰港のタイミングはどうしても陸に近づかなければならない。この時、暗礁や浅瀬に船の底が接触したり、乗り上げたりして座礁する危険性が圧倒的に高くなるのである。

これも言われてみれば当り前の話ではあるが、盲点だった。飛行機は離陸と着陸の時が事故の危険性が高いが、船も同じなのであった。

2024年2月1日、新潮文庫、590円。

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2024年03月09日

平野雄吾『ルポ入管』


副題は「絶望の外国人収容施設」。

日本の入管制度の問題点や非正規滞在(不法滞在)の外国人の現状を描いたルポルタージュ。2018年から19年にかけて共同通信に配信された数十本の記事が基になっている。

これまであまり関心を持たずに過ごしてきてしまったので、学ぶことが非常に多かった。2007年から2019年の間に入管施設内では自殺や病気により15名もが亡くなっている。病院に運ばれず亡くなった方もあり、何とも痛ましい。

解体、建設の現場に加え、農業や工場、飲食業……。人手不足が続く産業で、非正規滞在者が働き、日本経済の一翼を担う現実は間違いなく存在する。
元実習生らの例を見ればわかるように、根本には「移民政策は採らない」「単純労働者は受け入れない」と掲げながら、「技能実習」や「留学」という歪んだ制度で外国人の労働力を確保する政府全体の問題がある。
入管施設の収容を経験した外国人の多くは「あそこは無法地帯だった」と話す。一方で、入管庁は「法に従い適切に運営している」と強調する。

外国人労働者や移民に対する日本(政府)の建前と本音の乖離が、日本に来る外国人や現場の入管職員に大きな負担を強いる結果となっているのだ。さらに、そこには外国人に対する差別の問題も複雑に絡んでいる。

この問題については、今後も引き続き関心を向けていきたい。

2020年10月10日、ちくま新書、940円。

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2024年03月05日

中貝宗治『なぜ豊岡は世界に注目されるのか』


2001年から2021年まで20年にわたって兵庫県豊岡市長を務めた著者が、「小さな世界都市」を目指した取り組みについて記した本。

コウノトリの野生復帰や演劇によるまちづくりなど、ユニークな施策を次々と行ってきた経緯やそのもととなる考え方などが詳しく述べられている。

地方創生とは、「より大きく、より高く、より速いものこそが偉い」とする一元的な価値観との闘いであるとも言えます。豊岡は、「深さ」と「広がり」を極めていこうと努力を重ねてきました。
ある建物が壊されてなくなると、そこに何があったのか思い出せない、ということがしばしばあります。古くなったものが絶えず壊されていくまちづくりは、記憶喪失のまちを作るようなものだと、私は思います。

印象に残ったのは、いろいろな面で言葉を大切にしていること。「コウノトリも住める環境を創ろう」というスローガンは「コウノトリが」ではなく「コウノトリも」であるところが大事だと著者は言う。

こうした言葉へのこだわりや言葉の持つ力への信頼は、本書のいたるところから感じられる。

まちづくりは、手紙を書いているようなものだと思います。その宛先は、子どもたちです。

豊岡にまた行ってみたくなってきた。

2023年6月21日、集英社新書、1000円。

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2024年03月02日

安田浩一『団地と移民』


副題は「課題最先端「空間」の闘い」。

戦後の住宅難を解消するために全国各地に建てられた団地。その歴史と現在を描いたルポルタージュである。

著者は、公団団地第一号の金岡団地(堺市)、孤独死問題に取り組む常盤平団地(松戸市)、日活ロマンポルノの舞台となった神代団地(調布市、狛江市)、中国人が多く住む芝園団地(川口市)、移民が多く住むブランメニル団地(パリ)、中国残留孤児の多く住む基町団地(広島市)、日系ブラジル人が多く住む保見団地(豊田市)など、各地の団地を取材して回る。

団地はなにもかもが新しかった。銭湯通いが当たり前だった時代に、夢の「風呂付き住宅」である。しかも食卓と寝室が分かれていることも、庶民にとっては珍しかった。そのころは食事を負えたら座卓を片づけ、夜具を整えるのが当たり前だったのだ。

かつてはこのように生活スタイルの最先端であった団地は、現在では住民の高齢化と外国人入居者の増加によって、日本の未来を占う最先端の場所となっている。

ただでさえ交わることの少ない高齢者と若年層の間に、人種や国籍といった材料が加わり、余計に溝を深くする。敵か味方か。人を判断する材料がその二つしかなくなる。/団地はときに、排外主義の最前線となる。
団地ではいま、高齢者住民と外国人の間に深刻な軋轢が生まれている。異なった生活習慣と文化を持った人々への嫌悪(ゼノフォビア)は、まだまだ日本では根強い。/そこに加えて、日本社会の一部で吹き荒れる排外主義の嵐が、団地を襲う。

一方で、こうした課題にうまく対応することができれば、多文化共生の絶好のお手本になる場所でもある。そうした取り組みも既に各地で始まっている。

政府の思惑が何であれ、少子化と急激な高齢化が進行する以上、好むと好まざるとにかかわらず、移民は増え続ける。/その際、文字通りの受け皿として機能するのは団地であろう。/そう、団地という存在こそが、移民のゲートウェイとなる。

今、団地がおもしろい。これからも注目していきたい。

2022年4月10日、角川新書、920円。
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2024年02月26日

原武史『最終列車』

著者 : 原武史
講談社
発売日 : 2021-12-10

2020年に休刊した講談社のPR誌「本」に連載した文章を中心に、コロナ後の鉄道についての考察を追加してまとめたエッセイ集。

政治学者でもある著者は、鉄道に関するマニアックな話を記すだけでなく、そこから社会や時代、文化の姿を読み取っていく。鉄道という切り口からの社会批評と言っていいだろう。

政治的には中央集権体制だった明治時代のほうが、現在よりも東京のターミナルは分散していた。東海道本線は新橋、中央本線は飯田町、東北本線や常磐線は上野、総武本線は両国橋がターミナルだったからだ。
駅構内での放送の記憶をたぐり寄せてゆくと、少なくとも七〇年代までの鉄道は、視覚よりも聴覚を通した案内の割合が高かったことがわかる。聴覚と鉄道は、密接なつながりがあったのである。
アウシュヴィッツに送られたユダヤ人と長島に送られたハンセン病患者は、単に貨物列車に乗せられたという点で共通するだけではなかった。その根底に横たわる思想にまで、共通性があったのである。
そこに居合わせる人々との予期せぬ出会いもまた、オンラインにはない鉄道ならではの体験と言ってよい。明治以降のすぐれた小説や童話は、まさにこのテーマを扱ってきた。それは夏目漱石の『三四郎』や、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を見ても明らかだろう。

天皇が鉄道を詠んだ短歌も登場する。鉄道×短歌。

明治以降、日本の鉄道は〈男性〉と結びついてきた。一九八八(昭和六十三)年の歌会始で、昭和天皇は「国鉄の車にのりておほちちの明治のみ世をおもひみにけり」という和歌を詠んでいる。
六五年五月七日、天皇と皇后は初めて東海道新幹線を利用した。9時30分に東京を出た特別列車は、新大阪に13時30分に着いた。天皇は「四時間にてはや大阪に着きにけり新幹線はすべるがごとし」と詠んでいる。

個人的に印象に残ったのが、小田急線の駅名の付け方についての話。

小田急の「前」に対するこだわりは、これで終わったわけではなかった。八七年に大根が東海大学前に、九八年に六会が六会日大前にそれぞれ改称されている。学校に「前」を付ける習慣が開業当初の成城学園前から始まっていることを踏まえれば、一種のお家芸と言ってもよい。

なるほど、そうだったのか! 生家は小田急線の玉川学園前が最寄駅だったので、何とも懐かしい。

2021年12月8日、講談社、1800円。

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2024年02月22日

野矢茂樹『言語哲学がはじまる』


「ミケは猫だ」という簡単な文をスタートに、意味とは何か、固有名とは何か、言語とは何か、といった問題に深く迫っていく言語哲学の入門書。

二〇世紀の哲学を特徴づける言葉として「言語論的転回」と言われたりもします。哲学の諸問題は言語を巡る問題として捉え直されるべきだとして、言語こそが哲学の主戦場だと見定められたのです。

こうした認識のもとに、主にフレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインの3人の思考の道筋をたどっていく内容となっている。

扱っているのは難しいテーマなのだが、著者は一つ一つ噛み砕くように説明し、ともに考え、読者を導いてくれる。また、時には「考えるマーク」を挟んで、読者に自分の頭で考えるよう促したりもする。

哲学は思考の実験場のようなものですから、ある前提を引き受けたならば、それをいわば純粋培養して、その前提の正体を見きわめようとします。
語の意味は、文以前にその語だけで決まるのではなく、文全体との関係においてのみ決まる。これが文脈原理です。
いま向こうに見えている「あれ」が「富士山」なのではなく、「あれ」を「富士山」と認定させる知識が「富士山」という語の意味なのではないでしょうか。

最後まで読んでくると、ウィトゲンシュタインに対する興味がぐんぐん湧いてくる。いきなり『論理哲学論考』を読むのは無理だろうから、とりあえず野矢茂樹『ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を読む』を読んでみようかな。

最初に野矢さんの名前を知ったのは20代の頃に読んだ『無限論の教室』だった。それ以降、何冊か読んだけれどどれも面白い。

https://matsutanka.seesaa.net/article/387138366.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138617.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/387139293.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/397563094.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/433829507.html

2023年10月20日、岩波新書、1000円。

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2024年02月17日

アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ』


副題は「ル=グウィンの小説教室」。

「ゲド戦記」シリーズなどで知られる著者が、ワークショップで実践していた小説の書き方をまとめた本。テーマごとの解説と実例、そして練習問題といった構成になっている。

小説についての話であるが、短歌とも共通する部分がけっこうある。

技術が身につくとは、やり方がわかるということだ。執筆技術があってこそ、書きたいことが自由にかける。また、書きたいことが自分に見えてくる。
書き上げたばかりの自作に対する自分の判断なんて信用できないというのが、作家における数少ない常識のひとつだ。実際に少なくとも一日二日空けてみないと、その欠点と長所が見えてこない。
良作をものにしたい書き手は、名作を学ぶ必要がある。もし広く読書をしておらず、当代流行の作家ばかり読んでいるのなら、自らの言語でなしえることの全体像にも限界が出てくる。
飛び越えるとは、省くということ。省けるものは、残すものに比して際限なくたくさんある。語のあいだには余白が、声のあいだには沈黙がないといけない。列挙は描写ではないのだ。

合評会についての話も出てくる。こちらも歌会と共通する点が多い。

創作仲間でいい合評ができると、お互いの励ましになる上、仲良く競い合うことも、刺激的な討論も、批評の実践も、難しいところを教え合うこともできる。
何らかの修正案は確かに貴重だが、敬意のある提案を心がけよう。自分には修正すべき方向性がわかっているという確信があっても、その物語はあくまで作者のものであって、自分のものではない。
作者としては自作が批評されると、どうしても弁解しようと、ムッとして言い訳や口答え、反論がしたくなるものだ――「いやでもその、自分の真意としては……」「いや次に書き直すときにそうしようと思ってて」。こういう反応は禁止しておくと、そんなことのために(自分や相手の)時間を無駄にしなくて済む。

面白く読んだ本なのだが、もともと英語の文章の書き方の話なので、言葉のひびきや文法に関する部分などどうしても翻訳では限界がある。丁寧な注釈や解説も付いているが、おそらく原文で読まないと伝わらない部分も多いだろうと感じた。

2021年7月30日、フィルムアート社、2000円。

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2024年02月16日

宮本常一『ふるさとの生活』


民俗学の調査で全国各地を訪れた著者が、村の成り立ちや暮らしの様子を子ども向けにわかりやすく記した本。原著は1950(昭和25)年に朝日新聞社から出ている。

70年以上前の本なので現在では失われた生活や風習の話もでてくるが、その分、貴重な記録にもなっている。また、時代を超えて変わらない部分が多いことにも気付かされる。

歴史は書かれている書物のなかだけにあるのではなく、このような、ほろびた村のあとにも、また私たちのくらしのなかにもひそんでいます。
徳川時代に、村長にあたる役目を、東日本では、名主とよんでいるところが多いのです。西日本では、庄屋というのが一般的です。
神主というのは、今では職業的になっていますが、昔は村の人々がつとめました。村によっては、今でもこのならわしがおこなわれています。
正月と盆は、ちょっと見れば、少しも似ているとは思えませんが、農村でおこなわれていることをしらべてみると、いろいろと似ている点もあり、もとは同じような祭りであったと思います。

日本各地のさまざまな様子も描かれている。

岩手県の三陸海岸は津波の多いところで、海岸にある村が、何十年目かに一度さらわれてゆきます。(…)長いあいだ、津波もないから、もういいだろうなどと思って、海辺に家をたてているとひどい目にあいます。

まさに東日本大震災の津波被害を思わせる記述だと思う。

まずケズリカケとかケズリバナというものをつくります。ヌルデやミズブサの木のようなものをうすくけずって、その端は、木につけたままにして花のようにするのです。それを神様にそなえます。

小正月に供えられていたという削り花。アイヌのイナウ(木弊)によく似ている。

長野県の山中で、多くの人々がおいしいものとして喜んだ「飛騨ブリ」という魚は、もとは富山県の海岸でとれたものですが、馬やボッカの背によって飛騨にはこばれ、さらにそこから、飛騨山脈をこえて長野県へ持ってこられたのです。そのあいだに、塩がちょうどよいかげんにきいてきて、おいしくなっているというわけです。

若狭から京都に鯖を運んだ鯖街道など、全国各地にこうしたルートがあったのだろう。

宮本常一はやっぱりいいな。

1986年11月10日第1刷、2000年3月28日第14刷。
講談社学術文庫、800円。

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2024年02月10日

津端修一・津端英子『なつかしい未来のライフスタイル』


副題は「続・はなこさんへ、「二人からの手紙」」。
『高蔵寺ニュータウン夫婦物語』の続編である。
https://matsutanka.seesaa.net/article/494647572.html

第T章「私のクラインガルテン12カ月」(津端英子)は、季節ごとの畑の作業や手作りの方法などを記したもの。第U章「拡散する自由時間の旅」(津端修一)は、スペイン・ドイツ・イタリア・ポリネシアなどを旅して世界の今後について考察したもの。

まったく違う内容の夫婦合作となっているのが面白い。文体にもそれぞれの特徴がよく表れている。

あたたかくなると、果樹の下のにらが大きく育ってきます。果樹につく油虫はこれが嫌い。年に五、六回は刈って根元に敷き並べると、消毒の必要がありません。〈果樹とにら〉のような関係をコンパニオン、プランツ、共生植物というのだそうです。(第T章)
年間一兆ドルを上まわる世界の総軍事費支出が、東西の政治的緊張を少しも和らげることができなかったのに、市民たちの自由を求める国際交流は東西の国境を確実に取り払い、それ以上の成果をあげてきた。(第U章)

ちょっと驚いたのが、「日本の本州は、世界第七位」の面積の島だという話。そんなに大きかったのか! 確かに調べてみると、グリーンランド、ニューギニア島、ボルネオ島、マダガスカル島、バフィン島(カナダ)、スマトラ島についで第7位であった。びっくり。

1998年8月10日第1刷、2017年11月10日第2刷。
ミネルヴァ書房、2200円。

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2024年02月06日

國分功一郎『中動態の世界』


副題は「意志と責任の考古学」。

かつてインド=ヨーロッパ言語に広く存在していた「中動態」というボイスを手掛かりに、私たちの「意志」「選択」「責任」「自由」といった問題について、哲学的な考察をしている。

小さな疑問や問いを疎かにすることなく、過去の哲学者たちの論考も参照しながら、地道に考えを深めていく。そして、階段を一歩一歩のぼっていくように丁寧に言葉で整理していく。読者はその思考の筋道を著者と伴走することになる。

久しぶりに、じっくりと脳を使う心地よい読書体験だった。

中動態を定義したいのならば、われわれがそのなかに浸かってしまっている能動対受動というパースペクティヴを一度括弧に入れなければならない。
「私」に「一人称」という名称が与えられているからといって、人称が「私」から始まったわけではない。
現代英語においても、受動態で書かれた文の八割は、前置詞byによる行為者の明示を欠いていることが、計量的な研究によってすでに明らかになっている。
「見える」は文語では「見ゆ」である。同じ系統の動詞にはたとえば「聞こゆ」や「覚ゆ」などがある。この語尾の「ゆ」こそが、インド=ヨーロッパ語で言うところの中動態の意味を担っていたと考えられる。
われわれがいま「動詞」と認識している要素が発生するよりも前の時点では、そもそも動詞と名詞の区別がない。単に、そのような区別をもたない言葉があったのである。

アリストテレス、トラクス、バンヴェニスト、デリダ、アレント、ハイデッガー、ドゥルーズ、スピノザといった哲学者や言語学者の話が出てくる。古代ギリシアから現代にいたる人類の長い歴史と脈々と続く思考の流れを感じる内容だ。

中動態という概念は、例えば近年の性的同意の問題や、京アニ放火事件の被告の成育歴と責任の問題を考える上でも有効だと思う。また、仏教の他力本願のことなども思い浮かんだ。

2017年4月1日、医学書院、2000円。

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2024年01月28日

エリック・ホッファー『現代という時代の気質』


1972年に晶文社より刊行された本の文庫化。柄谷行人訳。

「未成年の時代」「オートメーション、余暇、大衆」「黒人革命」「現代をどう名づけるか」「自然の回復」「現在についての考察」の6篇を収めた批評集。

1965〜66年に発表された文章なので時代背景も大きく違い、理解の難しい部分も多かった。

アフォリズム的に印象に残った文章を引いておく。

無為を余儀なくされた有能な人間の集団ほど爆発しやすいものはない。
文字は書物を書くためではなく、帳簿をつけるために発明されたのだ。
権力というものはつねに人間の本性、つまり人間という変数を行動の方程式から消去してしまおうという衝動を帯びている。
アメリカにおける黒人のジレンマは、彼がまず黒人であり、個人であるのは二次的なことにすぎない、ということである。
われわれが権力を満喫するのは、山を動かしたり川の流れの方向を左右したりするときではなく、人間を物体、ロボット、傀儡、自動人形、あるいは本物の動物に変えることができるときなのだ。

こうした文章は、発表から50年以上経った今も十分に通用する内容だと感じる。

2015年6月10日、ちくま学芸文庫、1000円。
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2024年01月24日

吉村昭『海軍乙事件』


1976年に刊行された単行本に1篇を加えて文庫化したもの(1982年)の新装版。

「海軍乙事件」「海軍甲事件」「八人の戦犯」「シンデモラッパヲ」の4篇を収めている。幅広い資料収集と取材を基にした戦記文学で、どれも読み応えがある。

「海軍乙事件」では、ゲリラの捕虜となった連合艦隊参謀長以下9名や救出に当たった部隊について、生存者に話を聞いて詳細を明らかにしている。

また、「海軍甲事件」では、撃墜された山本五十六司令長官機を護衛した六機の戦闘機のパイロットたちのその後をたどっている。

歴史の表舞台には出て来ないこうした人々の姿を丁寧に掘り起こしているところが、大きな特徴と言っていいだろう。

「シンデモラッパヲ」は、日清戦争で戦死したラッパ卒をめぐる軍国美談と騒動を冷静な目で描いている。

源次郎の生地船穂町では、日清戦役で戦死したのは白神源次郎ただ一人であったが、日露戦役では一四名、日華事変・太平洋戦争では実に二二〇名の戦死者数にふくれあがっている。

1名→14名→220名。時代が進むにつれて戦争の規模が拡大していく様子が如実にわかる数字だと思う。

2007年6月10日、文春文庫、524円。

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2024年01月18日

ねじめ正一『荒地の恋』

同人誌「荒地」のメンバーであった詩人の北村太郎、田村隆一、鮎川信夫らをモデルにした小説。主人公の北村が53歳の時から69歳で亡くなるまでが描かれている。

詩のカルチャースクールの話も出てくる。

北村は、実作の批評ではできるだけ生徒に喋らせるようにしている。詩をつくるにはまず詩を読む力が必要で、詩を読む力は人の解説を聞いただけでは身につかないと思うからである。
実作指導にあたって北村が気をつけているのは、生徒の詩の言葉にはいっさい手を触れないということである。ここをああしたら、こちらをこうしたら、というようなことはいっさい言わない。それで詩が少しよくなったとしても、その詩は厳密には生徒自身のものではなくなってしまうからだ。あるじからはぐれた言葉ほど淋しいものはない、と北村は考えている。

その通りだよなあと思う一方で、耳が痛い話でもある。短歌のカルチャー講座では、今でも「添削」を求められることが多い。

2007年9月30日、文藝春秋、1800円。

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2024年01月11日

『神々の国の首都』のつづき

日本人が日本のことをよく知っているとは限らない。当り前で見慣れたものであるため、かえって気づかないことがある。

日本人の頭脳にとって、表意文字は、生命感にあふれる一幅の絵なのだ。それは生きて、物をいい、身ぶりまでする。そして日本の街は、いたるところに、こうした生きた文字を充満させているのだ(…)

看板や幟や法被の背など、町のいたるところに「文字」がある風景にハーンは驚く。そして、漢字は「一幅の絵」だと感じる。当時は手書きの文字が多かったから、その印象はさらに強かったことだろう。

奇妙なその名前が促す想像とはうらはらに、この観音像の頭は馬の形をしているわけではない。御神体がいただく宝冠に馬の頭が彫られているのである。

「馬頭観音」という名前だが、別に馬の頭をしているわけではなく、頭上に馬の頭を載せているだけ。言われてみればなるほど、名前とズレがある。短歌で言うところの「発見」だ。

豆腐屋とは、大豆を凝乳状にして、見た目には良質のカスタードそっくりにしたもの、すなわち豆腐を売る店である。

短歌講座では、まっさらな目で物を見るようにと教えることがある。それは、何も知らない赤ちゃんや初めて日本を訪れたハーンの目のようなもの。「豆腐」を見慣れたものとしてではなく、まっさらな目で描くとどうなるか、ということなのだ。

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2024年01月10日

小泉八雲著・平川祐弘編『神々の首都』


ラフカディオ・ハーンが日本について記した最初の著書『知られぬ日本の面影』(1894年)から13篇を選んで収めた本。

流れるような美しい文章で、読んでいて心が落ち着く。最初は翻訳者の腕によるものかと思ったのだが、訳者は7名が別々に担当したものであった。つまり、元になったハーンの文章が美しいのだろう。

ハーンは1890(明治23)年4月に横浜に到着し8月に松江に赴任、翌年11月に熊本へ移るまでを過ごした。そのわずか1年あまりの出雲滞在中に、ハーンは日本の文化や歴史、人々の暮らしに対する深い理解を感じさせる数々の文章を記したのだ。そのことに驚かされる。

仏教には万巻に及ぶ教理と、深遠な哲学と、海のように広大な文学がある。神道には哲学はない。体系的な理論も、抽象的な教理もない。しかし、そのまさしく「ない」ことによって、西洋の宗教思想の侵略に対抗できた。
日本の家屋は、暑い時分には、すっかり開け放して風通しをよくする。窓代りともいえる紙の障子も、部屋と部屋の区分けに用いられる厚い紙で出来た襖も、夏には取り払われてしまう。
そもそも日本の庭園は花の庭ではない。植物の栽培を目的としている訳でもない。十中八九、花壇に類したものはない。緑の小枝らしいものがほとんどない庭もある。緑が全然なく、すべて岩と石と砂から出来ている庭もある。

明治20年代の出雲に残る昔ながらの日本の姿を描きつつ、ハーンはそれが文明開化に伴う西洋化によってやがて失われるだろうことも感じていた。

古風な出雲の町も、長い間の懸案だった鉄道が――たぶんあと十年を待たずして――開通すれば、膨張し、変貌し、月並みの町になって、この地所を工場や製作所の用地に転用せよと言い出すだろう。

日本をいとおしむようなハーンの筆致や眼差しには、失われゆくものに対する愛惜が込められていたのだろう。

名作です。

1990年11月10日第1刷、2010年12月6日第24刷。
講談社学術文庫、1200円。

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2024年01月04日

『瀬戸内海モダニズム周遊』のつづき

雑学的な面でも面白い話がたくさん載っている。

広島に着任した寺田(寺田祐之知事)は、松島と同様に「日本三景」のひとつにうたわれた宮島に着目する。彼は、松島パークホテルを設計したチェコの建築家ヤン・レツルを広島に呼び寄せる。レツルは広島県物産陳列館とともに、宮島ホテルの設計も請け負うことになる。

広島県物産陳列館は今の原爆ドームのこと。ヤン・レツルが広島に呼ばれたのには、そうした流れがあったのか。

寒霞渓のある山は、応神天皇が岩に鉤を掛けて登ったという『日本書紀』の記述から、鉤掛山、あるいは神懸山と呼ばれていた。「神懸(かんかけ)」に「寒霞渓」という雅名を充てたのは、明治八年(一八七五)にこの地を訪問した儒学者・藤沢南岳である。

小豆島の名所「寒霞渓」の名前も明治に入ってからの比較的新しいものだったのか。

鳥観図の描写でも、黒い煙突が特に強調されて描かれていることが判るだろう。裏面の「今治市街」と題する写真も、工場を大きく写す俯瞰景である。天空に向けて煤煙を吐き出す煙突こそ、産業都市の象徴であるというわけだ。

林立する煙突が公害などのマイナスイメージではなく、工業化や産業の発展というプラスイメージで捉えられていた時代である。

1909年の森田草平の小説「煤煙」にも「煙が好(よ)う御座いますね。私、煤煙の立つのを見てると、真実(ほんたう)に好(よ)い心持なんです。」という台詞が出てくる。

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2024年01月03日

橋爪伸也『瀬戸内モダニズム周遊』


明治から昭和戦前期の地図や絵葉書、旅行案内などをもとに、瀬戸内海がどのように発展してきたのかを記した本。観光、文化、産業、都市、温泉といった様々な角度から、瀬戸内海の姿を描き出している。

吉田初三郎などが手掛けた鳥観図が数多く載っていて、図版を見るだけでも楽しい。

「瀬戸内海」というイメージが広く流布する大きな契機が、先の述べた瀬戸内海国立公園の制定であり、それに伴う近代的な観光開発の進展である。
「瀬戸内海」という広域の海面を表す概念は、日本を訪問した外国人が発見したものだ。近世の日本人は、和泉灘、播磨灘、備後灘、安芸灘、燧(ひうち)灘、伊予灘、周防灘のように、いくつかの「灘」に分けて海を把握していた。

なるほど、この指摘は目からウロコという感じだ。昔からそこに海はあったけれど、「瀬戸内海」が誕生したのは近代になってからのことだったのだ。

『瀬戸内海名所巡り』の表紙には、大阪商船の顔となった新型船の勇姿を描いたイラストを掲載している。同社がドイツ製ディーゼル客船「紅丸」を購入、大阪と別府を結ぶ航路に就航させたのは明治四十五年(一九一二)の春のことだ。

2000年から2001年にかけて、私は当時住んでいた大分と神戸を往復するフェリーにしばしば乗っていた。関西と大分を結ぶ路線がこんなに長い歴史を持っていたとは!

別府の名物「地獄めぐり」に関する話も出てくる。

明治四十三年(一九一〇)、「海地獄」の管理者が、湧き出る湯をのぞきに訪れた湯治客から二銭を徴収して名所として売り出す。これを嚆矢として、それまでの「厄介者」が温泉郷の名物となる。血の池地獄、坊主地獄、八幡地獄、紺屋地獄がこれに続き、公開を始める。

なるほど、「地獄めぐり」もまた近代になって生まれたものだったのか。古くからの伝統のように思われているものも、ルーツを探ると意外に新しいものなのであった。

血の池地獄の沈殿物から作られる「血ノ池軟膏」をその昔愛用していたのだけれど、今でも売っているだろうか。

2014年5月25日、芸術新聞社、2500円。

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2023年11月27日

光嶋裕介『これからの建築』


副題は「スケッチしながら考えた」。

住宅、美術館、学校、駅、塔、高層ビル、橋、競技場などの様々な建築について、建築家としての考えを記した本。書き(描き)ながら考え、考えながら書く(描く)。その行為の積み重ねの先に、著者の考える「これからの建築」の姿が浮かび上がってくる。

変わる建築と変わらぬ風景が街に違った時間を同居させていく。「ローマは一日にして成らず」、とは言い得て妙である。魅力ある街の景観は、建築の継承と更新を適度に続けながら、保たれる。
モダニズムの原理の前提として想定された「人間」とは、マジョリティーの健康な人間、それも西洋人であることを忘れてはならない。
教室のなかにみんなと一緒に座っていたひとが教壇に上がって、彼らと同じ方向を向くのではなく、彼らと対面し、語りかけることで、ひとはだれでも文字通り「先生」になる。
スケッチには視覚情報以上に、建築体験そのものの記憶がしっかりと定着されていく。私にとってスケッチは、なにより大切な旅の記録装置となる。だからスケッチを終えると必ずサインを入れる。

3年近く書き続けた末に著者のたどり着いた結論は、「生命力のある建築」というものだ。その実践は「森の生活」(2018年)や「桃沢野外活動センター」(2020年)に見ることができる。

https://www.ykas.jp/works/detail.html?id=167
https://www.ykas.jp/works/detail.html?id=269

2016年9月28日、ミシマ社、1800円。

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2023年11月17日

釈徹宗『異教の隣人』


2015年4月から2年間にわたって毎日新聞大阪本社版に連載された「異教の隣人」をもとに加筆・再構成したもの。関西各地にある様々な宗教の施設を訪れ話を聞く内容だ。

取り上げられているのは「イスラム教」「ジャイナ教」「ユダヤ教」「台湾仏教」「シク教」「ベトナム仏教」「ヒンドゥー教」「韓国キリスト教」「ブラジル教会」「正教会」「コプト正教会」など。宗教だけでなく民間信仰や祭事の話も出てくる。

もともと、日本の地域コミュニティは「お寺」や「神社」を核として構築されてきました。でも、そのカタチは都市部を中心に大きく変化しています。
宗教は「死者とどう向き合うか」という人類独自の課題を担っています。この世界はけっして生者だけのものではありません。生者は死者と共に暮らしています。
同じ信仰、生活様式、言語、食習慣を持つ人が集う場があるから暮らしていける。特有の行動様式や価値体系の蓄積が宗教だと考えるなら、異文化の中で暮らしている人にとって、自分たちの宗教的土壌を感じられる場は必要となってきます。

宗教について考えることは、狭い意味での「宗教」だけでなく、文化や社会、生活様式、生き方、コミュニティ、相互理解、マイノリティなどについて考えることでもあるのだった。

2018年10月30日、晶文社、1650円。

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2023年11月16日

宮脇俊三編『日本の名随筆(93)駅』


巻頭に金子光晴の詩「駅」を置き、続いて駅に関する随筆32篇を収めている。宮脇俊三の選びだけあって、どれも鉄道愛に溢れた味わい深い文章ばかり。

自動車をドライヴすると同じ気持で、省線山手線をドライヴすることは一層快適なことにちがひない。うちに居て退屈して仕方のないとき、心の鬱して仕方のないとき或は心が逞しくてぢつとしてゐられないときなど、必ず一度は試むべきものではないだらうか。
/上林暁「省線電車」
「ガード下」というのは町のなかの裏通りではあるのだが、それは決してさびれたところではない。むしろ町で暮らしているさまざまな人間の喜怒哀楽が、まるで焼き鳥の煮込みのようになってぐつぐつとたぎっている人間臭い場所である。
/川本三郎「「ガード下」の町、有楽町」
ある日小瀬温泉口駅まで行くと、草津の方から来る電車が二、三時間延着すると駅長が言った。ということは、それが来るまでこっちの電車も動かないということなのだ。ワケを訊くと、上州方面から油虫の大群が飛んで出てレールに密集したため、それをいまガソリンで焼きつつあるのですという。
/北條秀司「幻の草軽電車」
旭川空港―旭川駅前間の旭川電気軌道バスといい、鉄道がなくなっても往時の社名を名のっている会社は全国に数多い。社名変更は経費がかかって大変だから、そのままになっているのだろうが、先人の歴史をしのぶ気持ちもはたらいているのではなかろうか。
/種村直樹「三菱石炭鉱業南大夕張駅」
中国の列車食堂というのは、車輛に鍋釜を持ち込んで、竈に勇ましく火を起し、一つ一つ料理にあの炎と油の祭典を繰りひろげるのだ。日本の列車食堂では電子レンジ出身の去勢された料理ばかりだが、ここではいきのいい素朴な惣菜にありつける。
/桐島洋子「莫斯料(モスクワ)行れっしゃはやおら黙念と北京駅を離れた」

どれもいいなあ。駅もいいし、文章もいい。
読んでいると、鉄道の旅に出たくなってくる。

1990年7月25日、作品社、1300円。

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2023年11月12日

最東対地『この場所、何かがおかしい』


全国各地の廃墟、戦争遺跡、B級スポット、パワースポットなど15か所を訪れた旅エッセイ。

登場するのは、大久野島(広島)、案山子畑(滋賀)、沖島(滋賀)、雄島(福井)、世界平和大観音(兵庫)、貝殻公園(愛知)、小池遊郭跡(愛知)、まぼろし博覧会(静岡)、江ノ島(神奈川)、友ヶ島(和歌山)、鬼怒川温泉街(栃木)、清里駅前(山梨)、小網神社(東京)、東京トンネル怪紀行(東京)、エクスナレッジ本社(東京)。

今から遡ること三〇うん年、清里高原にあるJR清里駅は若者でごった返していた。黒山の人だかりを作り、道行く車は渋滞で動かない。(…)そこにかわいらしいポップな外見のお店、メルヘンチックでカラフルなお店が軒を連ね、若者……特に若い女性がひっきりなしに店内へと吸い込まれていく。

そんな店の多くが今は廃墟化しているとは、まったく知らなかった。歳月やブームというのは何とも残酷なものだ。

2022年8月3日、エクスナレッジ、1400円。

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2023年11月07日

尾形希莉子・長谷川直子『地理女子が教えるご当地グルメの地理学』


全国47都道府県の地理的な特徴と関係の深いご当地グルメを解説・紹介した本。

環境によって育つ作物、採れる食材が違い、また保存方法・調理方法が異なります。つまり、その土地ならではの料理には、その土地の特徴が詰まっているといえるのです。

「地理」×「グルメ」という組み合わせは意外なようでいて、きちんとした根拠があるのだ。

取り上げられているのは、石狩鍋(北海道)、フカヒレ(宮城県)、かんぴょう(栃木県)、ぶり大根(富山県)、ふなずし(滋賀県)、しじみ汁(島根県)、室戸キンメ丼(高知県)、地獄蒸しプリン(大分県)など。

笹団子に性別があるのはご存知でしたか? 一般に知られている餡入りの笹団子は、じつは女団子と呼ばれています。逆に男団子は、団子の中に野菜きんぴらが入っているものを指すのです。
静岡県にある浜名湖地域では、うなぎの養殖が盛んです。浜名湖で養殖しているわけではなく、湖周辺に人工池を造り、養殖をしています。
大阪以外でも、北前船の寄港地には昆布料理が多く見られます。たとえば、富山の昆布締め・昆布かまぼこや、沖縄のクーブイリチーという昆布の炒めものなどです。北前船の航路は、このような昆布文化をもたらしたことから「昆布ロード」と呼ばれています。

カラー写真も数多く載っていて、どれも実に美味しそうだ。

2018年6月25日、ベレ出版、1600円。

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2023年11月05日

村上春樹『猫を棄てる』


副題は「父親について語るとき」。
絵・高妍(ガオ・イェン)。

2020年に文藝春秋社より刊行された単行本を文庫化したもの。亡き父との思い出を記しつつ、父の戦争体験の意味を問い直している。

当時はまだ海は埋め立てられてはおらず、香櫨園の浜は賑やかな海水浴場になっていた。海はきれいで、夏休みにはほとんど毎日のように、僕は友だちと一緒にその浜に泳ぎに行った。
生まれはいちおう京都になっているのだが、僕自身の実感としては、そしてまたメンタリティーからすれば、阪神間の出身ということになる。同じ関西といっても、京都と大阪と神戸(阪神間)とでは、言葉も微妙に違うし、ものの見方や考え方もそれぞれに違っている。

このあたり、関西に住んでいるとなるほどと思うことが多い。
高安国世も阪神間育ちの人。
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138714.html

読書というのは流れが大切だと思っていて、小堀杏奴『晩年の父』→『猫を棄てる』は父の思い出つながり、乃南アサ『美麗島プリズム紀行』→映画「エドワード・ヤンの恋愛時代」→『猫を棄てる』は台湾つながり(イラストの高妍は台湾出身)。

こんなふうに別の文脈が交差するところには、何か大事なものが潜んでいると思っている。

2022年11月10日、新潮文庫、660円。

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2023年11月02日

小堀杏奴『晩年の父』


このところ鷗外が気になって仕方がない。
著者の小堀杏奴は鷗外の次女(1909−1998)。

父は何時も静かであった。葉巻をふかしながら本を読んでばかりいる。子供の時、私はときどき元気な若い父を望んだ。自分の細かいどんな感情をも無言の中に理解してくれる父を無条件で好きではあったが、父はいつでも静かだったし、一緒に泳ぐとか走るとかいう事は全然なかった。
父は物事を整然(きちん)と整理する事が好きだった。私たちが何か失くしたというと、
「まず」
といってから、そのものには全然関係のない抽出からはじめて、一つ一つゆっくり整頓して行った。/すっかり整然と片付けてゆくと、また不思議になくなったと思うものも出て来た。
不律が死に、残った姉までが既(も)う後廿四時間と宣告された時、父は姉の枕許に坐ったまま後から後から涙の零れるのを膝の上に懐紙をひろげてうつむいていると、その紙の上にぼとぼとと涙が落ちる。/廿年近い結婚生活の中で、父の涙を見たのはこの時が初めてでそしてまた終りであったと母は言っているが、その時は吃驚して父の顏ばかり見ていたそうである。

どの文章からも鷗外の姿がなまなましく浮かび上がる。回想の甘やかさと懐かしさと不確かさ、そして父に対する愛情が混然一体となって、独特な味わいを醸し出している。初出は与謝野寛・晶子の雑誌「冬柏」で、与謝野夫妻のプロデュース力はさすがなものだ。

この本は、1936年刊行の『晩年の父』に1979年発表の文章を「あとがきにかえて」として追加して一冊にまとめている。

・「晩年の父」(1934年執筆)
・「思出」(1935年執筆)
・「母から聞いた話」(1935年執筆)
   以上は『晩年の父』(1936年)収録
・「あとがきにかえて」(1978年執筆)
   (原題は「はじめて理解できた「父・鷗外」」)

つまり、25〜26歳の頃に書かれた文章と69歳の時の文章が一緒に収められていることになる。そこに年齢的な変化があるのはもちろんだが、それ以上にキリスト教への入信が大きな影響を与えたことが見て取れる。

鷗外47歳の時に生まれ13歳で父と死に別れたこと、鷗外と後妻の志げとは18歳の年の差があったこと、嫁姑の仲が良くなかったことなど、家族というものについてあれこれ考えさせられる内容であった。

他の子どもたちの書いた本も読んでみようと思う。

1981年9月16日第1刷、2022年7月27日第18刷。
岩波文庫、600円。

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2023年10月20日

『定本 日本近代文学の起源』のつづき

引用したい箇所がたくさんあるので、もう少し。

子規の短歌は俳句の革新は、結核が強いた現実や生理と無関係ではない。しかし、彼は意味≠ニしての結核とは無縁なままであった。『病牀六尺』は苦痛を苦痛としてみとめ、醜悪さを醜悪さとしてみとめ、「死への憧憬」のかわりに生に対する実践的な姿勢を保持している。
徴兵制についてはしばしば否定的に言及されることはあっても、学制それ自体が問題にされないのは奇妙というほかはない。それらが並んで出てきたことの意味が考えられたことがないのだ。それらが「富国強兵」の基礎として実施されたことはいうまでもないが、そこにはもっとべつの意味がある。
江戸時代の画が「写実」的であったとしても、それはわれわれが考えるような「写実」ではない。なぜなら、彼らはそのような「現実」をもっていないからであり、逆にいえば、われわれのいう「現実」は、一つの遠近法的配置において存在するだけなのである。
ネーション=ステートが成立した後には、それ以前の歴史もネーションの歴史として語られる。すなわち、ネーションの起源が語られる。しかし、ネーションの「起原」は、そのような古い過去にあるのではなく、むしろそのような古い体制を否定した所にこそ存在するのである。ところが、ナショナリズムにおいては、まさにそのことが忘れられ、古い王朝の歴史が国民の歴史と同一化されるのだ。

和歌革新運動と近代短歌の成立について考える際にも、パレスチナとイスラエルの紛争を考える際にも、おそらくこうした角度からの分析が必要になってくるのだと思う。

2008年10月16日、岩波現代文庫、1200円。

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2023年10月19日

柄谷行人『定本 日本近代文学の起源』


2004年に岩波書店より刊行された単行本の文庫化。
原本は1980年に講談社より刊行された。

「風景」「内面」「告白」「病」「児童」などをキーワードに、明治20年代の日本近代文学の成り立ちを考察する評論集。それはまた、「日本」や「近代」を問い直すことにもつながっている。

かなり難しい内容も含まれていて、全体の4割くらいしか理解できなかったけれど、それでも十分に面白かった。示唆に富む部分が随所にある。たまには、こういう硬い本も読まなくてはと痛感した。

近代に対して中世、古代、あるいは東洋を対置する人達は少なくない。しかし、すでに中世とは近代に対して中世を賛美するロマン主義によって想像的に見出されたものであり、東洋(オリエント)もまた同様に、近代西洋への批判として創造された表象である。
明治以降のロマン派は、たとえば万葉集の歌に古代人の率直な「自己表現」を見た。しかし、古代人が自己を表現したというのは近代から見た想像にすぎない。そこでは、むしろ、人に代わって歌う「代詠」、適当な所与の題にもとづいて作る「題詠」が普通であった。
もともと歌舞伎は人形浄瑠璃にもとづいており、人形のかわりに人間を使ったものである。「古風な誇張的な科白」や「身体を徒に大きく動かす派手な演技」は、舞台で人間が非人間化し「人形」化するために不可欠だったのである。
告白という形式、あるいは告白という制度が、告白さるべき内面、あるいは「真の自己」なるものを産出するのだ。(…)隠すべきことがあって告白するのではない。告白するという義務が、隠すべきことを、あるいは「内面」を作り出す。
結核は現実に病人が多かったからではなく、「文学」によって神話化されたのである。事実としての結核の蔓延とはべつに、蔓延したのは結核という「意味」にほかならなかった。

いずれも、逆説や転倒を含む論理展開が鮮やかで刺激的だ。この本の原書が著者39歳の作であることにも驚きを覚える。やはり、すごい人はすごいものだ。

2008年10月16日、岩波現代文庫、1200円。

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2023年10月17日

吉野俊彦『鷗外百話』


日本銀行に勤めるエコノミストであり、また鷗外研究者として知られる著者の、鷗外に関するエッセイや講演70篇を集めた本。

当初は題名通り100篇を収める予定だったのが、分量の関係で70篇に絞ったとのこと。それでも376ページという厚さである。

文学者であり軍医でもあった鷗外の作品を、著者は「サラリーマンの哀歓」という観点から捉える。二足のわらじを履いた人生の苦悩を読み取るのである。

いままでの鷗外文学の研究は、専門の文学者かお医者さんか、いずれかの見方であったのですね。ところがサラリーマンという眼で、われわれと同じ悩み、喜びを持った、何十年も同じそういう生活をした鷗外の全作品を見直すと、その本質はサラリーマン文学なんだということを痛感せずにはいられない。
彼は大学を出て、軍医中尉格の「陸軍軍医副」に任官し、下級のサラリーマンとして世に出たのです。そしてそれを出発点としてずーッと何年も勤めたあげく、最後に最高の地位に到達したに過ぎない。その間、実に多くの迫害を受け、まさに辞職の一歩手前までいっているので、決して順風満帆の生涯ではなかったのです。
陸軍省医務局長という地位は軍医として最高の地位であったには違いないにしても、陸軍次官、さらに陸軍大臣という上級職の指揮下にあり、また形式的には同格の軍務局長、人事局長などに対しても、事実上劣位にあったことは否定できず、ある意味では中間管理職に似た苦境に立つ可能性を内包するものだったとみるべきである。

こうした観点に立って、著者は鷗外が味わった様々な人生の苦み(小倉への左遷、文芸活動に対する批判、陸軍次官との衝突)を具体的に記している。著者もサラリーマン生活をしながら、鷗外研究を長年続けるという二足のわらじを履いた人であった。鷗外に対する共感と敬愛の深さが滲む。

人間には必ず「興味」というものがある。この興味というのは天の啓示であり、神のおぼしめしである、と私は思っている。それを徹底的にやりなさいということを、天が命じているのだといってもよい。

専門の経済関係の本とは別に鷗外に関する研究書を十数冊刊行した著者の言葉だけに重みがある。

百年のちのベルリンへ人は出発し日が暮れて読む『鷗外百話』
       永井陽子『モーツァルトの電話帳』

1986年11月30日、徳間書店、2000円。

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2023年10月14日

渥美清『新装版 渥美清わがフーテン人生』


「サンデー毎日」1976年新年号から17回にわたって連載された聞き書きを一冊にまとめたもの。1996年に毎日新聞社より刊行された単行本が、「男はつらいよ」50周年記念に復刊された。

生い立ち、不良少年時代、浅草でのコメディアン時代、結核による療養生活、テレビや映画への出演、アフリカ旅行、「男はつらいよ」の誕生など、自らの半生について率直に話している。

木枯らしの吹く寒い夜なんか、四角い顔(つまりわたくしでございます)と丸い顔(関やん)が、四隅に重しをつけた風呂敷みたいなそんな掛けブトンを掛けて、まるでプロレスやってるような格好で抱き合ったまま寝ます。
わたくし、療養所で二年ぐらい過ごしたことになりますが、その間、ずっと医療保護と生活保護を受けておりました。ですから、わたくし、国からお借りしたその分をいま、せっせとお返ししているつもりなんでございます。
野生の動物といえば、ずいぶんいろんなヤツを見ました。しかし、数いる動物の中で、すばらしい造形の妙をそなえているのは、やっぱり、サイでございますよ。あれは自然の産物ではなくて、たとえば鉄工所なんてとこで人工的に作ったものではないかという気がいたしました。
大体、花火というやつは打ち上げられてみて初めて、夜空に美しく咲いたかどうかわかるように、役者もまた演じてみて初めて、お客がそれをどう受け止めたかがわかるものではないでしょうか。

全篇、寅さん口調でユーモラスに楽しく語っているのだけれど、ところどころにコワさや厳しさが顔を覗かせる。戦後の焼け跡風景と右肺摘出の闘病生活は、渥美清の人生観に大きな影響を与えたようだ。

2019年8月5日、毎日新聞出版、1400円。

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2023年10月07日

吉村昭『遠い日の戦争』


以前から関心を持っている西部軍事件(昭和20年6月から8月にかけて福岡市の油山などでアメリカ軍の捕虜30名以上が処刑された事件)をモデルにした小説。

以前読んだ小林弘忠『逃亡―「油山事件」戦犯告白録』と同じく、2年以上にわたって逃亡生活を続けた人物が主人公となっている。
https://matsutanka.seesaa.net/article/484902418.html

捕虜を処刑する生々しい場面、戦犯として追われる身になった心情、戦後の変わりゆく社会、裁判の様子などが丁寧に描き出されている。やはり吉村昭の小説は読ませる。

主人公は姫路のマッチ箱工場で逃亡生活を送る。

橋の上からは、城の全容が望まれた。天守閣や櫓の壁の白さが眼にしみた。工員からきいた話によると、城が戦災にあわず残されたのは、貴重な史蹟である城を惜しんだアメリカ空軍の措置だという声が専らだという。が、琢也は、それは偶然の結果で、大規模な都市への焼夷攻撃を執拗に反復し原子爆弾まで二度にわたって投下したアメリカ空軍が、そのような配慮をしたはずはなく、おそらくそれは、アメリカ占領軍が宣撫工作のためにひそかに流した噂にちがいない、と思った。

こうした噂は戦後も長く残り続けたようだ。でも実際のところは、この主人公の考えたように偶然の結果に過ぎなかったことが明らかになっている。
https://www.kobe-np.co.jp/news/backnumber/201707/0011622977.shtml

1984年7月25日発行、2021年9月30日20刷。
新潮文庫、490円。

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2023年10月03日

長谷川清美『豆くう人々』


副題は「世界の豆探訪記」。

北海道の老舗豆専門店「べにや長谷川商店」に生まれ、現在「べにやビス」代表を務める著者が、世界各国の豆食事情を取材した本。

2012年から2019年に訪れた66か国の中から29の国・地域を取り上げて、どんな種類の豆が栽培され、どんな豆料理があるのかを記している。一口に豆と言っても、大豆、いんげん豆、ベニバナインゲン、リマ豆、ささげ、小豆、緑豆、そら豆、えんどう豆、ひよこ豆、レンズ豆など、実に多彩だ。

メキシコには伝統的農法「ミルパ」があると以前から聞いていた。別名「スリーシスターズ」といい、窒素固定をして土地を肥やす「豆」、豆のツルが這う支柱となる「トウモロコシ」、葉が日除けとなる「かぼちゃ」を組み合わせて植えることで、お互いの生育が助けられる農法だという。
日本で豆料理が日常から遠ざかった原因は、わたしはガスコンロの普及によるものだと思っている。ストーブにかけておけば煮えているようなほったらかし調理ができないので、いつしか豆料理は「手間がかかるもの」になってしまったのだ。
(コスタリカの豆の消費量は)ほかの中南米諸国と比べるとかなり少ない。おそらくタンパク源を肉に依存しているのだろうが、「経済水準と豆の消費は反比例する(=豊かな国のタンパク源は豆ではなく肉)」というから、この傾向が如実にあらわれている。
地方や農村では、今でも豆板醤は自家製で、手前味噌ならぬ手前豆板醤なのだが、最近は手づくり派が減ってきているので、ザオさんの商売も右肩上がりだという。

それにしても著者の「豆」愛はすごい。知らない豆や豆料理があると聞くと、世界のどこへでも行き、畑や台所を見て、現地の人の話を聞き、実際に料理を食べてみる。その好奇心と探究心に感心する。

2021年12月15日、農山漁村文化協会、2200円。

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2023年09月27日

エリック・ホッファー『エリック・ホッファー自伝』


副題は「構想された真実」。
中本義彦訳。原題は〈Truth Imagined〉。

エリック・ホッファー(1902‐1983)が『大衆運動』を刊行して著作活動に入る以前の生活について記した本。巻末に72歳の時のインタビューも載っている。

7歳で失明し15歳で視力は回復したものの18歳で両親を亡くし、28歳で自殺未遂を起こす。その後、季節労働者や港湾労働者として長年働き続けた。

旧約聖書に登場する人物で活力のない者は、ほとんどいない。王、聖職者、裁判官、助言者、兵士、農夫、労働者、商人、修行者、預言者、魔女、占い師、狂人、のけ者など、ページの中には数え切れないほど多くの主人公たちが登場する。
われわれは、貧民街の舗道からすくい上げられたシャベル一杯の土くれだったが、にもかかわらず、その気になりさえすれば山のふもとにアメリカ合衆国を建国することだってできたのだ。
開拓者とは何者だったのか。家を捨てて荒野に向かった者たちとは誰だったのか。(…)明らかに財をなしていなかった者、つまり破産者や貧民、有能ではあるが、あまりにも衝動的で日常の仕事に耐え切れなかった者、飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなどの欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。
四十歳から港湾労働者として過ごした二十五年間は、人生において実りの多い時期であった。書くことを学び、本を数冊出版した。しかし、組合の仲間の中に、私が本を書いたことに感心する者は一人もいない。沖仲士たちはみな、面倒さえ厭わなければできないことはないと信じているのである。

こうした話には、労働者や社会的弱者の持つバイタリティに対する畏敬の念がある。それは、人間が本来誰でも持っているはずの生きる力に対する信頼と言ってもいい。

誰かといるよりも孤独を好む一方で、街で知らない人に話し掛ける気さくな一面も持っている。

私が「何かお手伝いしましょうか」と冗談半分に声をかけると、彼は頭を上げて、初めびっくりしていたが、私に微笑みかけた。彼が読んでいたのは紙が黄色くなったドイツ語の本で、もう一冊は独英辞典だった。
明らかに初めての来訪で、列車を降りた場所であたりを見回している。様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。

ちょっと寅さんに似ているところがあるかもしれない。

2002年6月5日第1刷、2021年5月20日第25刷。
作品社、2200円。

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2023年09月24日

土井善晴・土井光『お味噌知る。』

著者 : 土井善晴
世界文化社
発売日 : 2021-10-29

味噌について知り、日々の食事に味噌汁を作ろうとすすめる一冊。カラー写真とともに70種類以上の素朴なレシピが載っている。

テレビ番組でもよく見かける著者のやわらかな語り口と、細かなところにこだわらないおおらかさが特徴である。出汁を取らなくてもいいとか、洋食と合わせても美味しいとか、とにかく自由。その上で、守るべきことは何かを伝えてくれる。

味噌汁は濃くても、薄くても、熱くても、冷めてもおいしいのです。味噌に任せておけばいいのです。
かぼちゃなどの野菜の種やワタは、きれいに除くのが日本料理だと昔、言ってきましたが、毎日の食事であれば、全部用いることが大事だと思います。手間を省くというわけではなく、野菜の種の周りや、魚や肉の骨の周りはおいしいものです。それは栄養価値もあるからです。
油揚げは日本のベーコンと考えてもよいでしょう。油揚げを入れる場面では、代わりにベーコンや豚肉、ソーセージに変えてもよいということです。
季節にあるもんを食べるというのは、旬を食べるということです。季節のもんを食べたら、また、一年が過ぎて巡って来たなあ、と思います。旬を食べることを基本にしていると、一年のリズムができて大事なことをちゃんと身体が思い出してくれ、失うものが少ないような気がします。
食べてから身体の外に出るまでが、食事です。頭で考えるだけじゃなくて、自分自身の身体の声をよく聞いてみてください。

料理についての著者の考えの根幹にあるのは「自立」ということだ。

自分の食べるものを、自分で作ることは第一の自立です。お料理には、不思議な力があるんです。
一人でお料理やってみることで、その経験を生かして、だんだん、いろんなことを身につけてもらえたらいいなと思います。お料理することは自立することです。自立して、自由になって、自分の人生を楽しくやってください。

食の大切さや料理の大切さを、押し付けがましくなく、丁寧にやさしく教えてくれる。早速、今日から味噌汁を作ってみようか。

2021年11月10日、世界文化社、1600円。

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2023年09月22日

黒岩比佐子『伝書鳩』


副題は「もう一つのIT」。

明治時代から現代までの主に国内における軍用鳩・伝書鳩・レース鳩の歴史について記した本。今では知る人も少なくなったエピソードが数多く含まれている。

一九一九(大正九)年にフランスから多数の鳩を輸入すると共に共感も招き、本格的に軍用鳩の研究を始めている。その結果、陸軍ではシベリア出兵を皮切りに、満洲事変から日中戦争にかけて鳩通信を実用化し、太平洋戦争においても前線で活用していた。
(第一次世界大戦で)重要地点に設けられていた有線通信網は、敵軍に発見されてことごとく破壊され、頼みの無線通信機は故障がちで、いざという時には全く役に立たなかった。結局、砲煙弾雨の最前線で危険な通信の任務を果たしたのは、科学技術が創り出した機器類ではなく、鳩だったのである。
(関東大震災後)九月中旬にようやく機械通信が復旧するまでの間、通信面に関しては、ほとんど伝書鳩の独り舞台の観があったと言われている。結局、十一月初旬に戒厳勤務が終了するまでの間に鳩が運んだ通信件数は、二千七百余通にも達した。
湾岸戦争は、ハイテク兵器や軍事衛星や高度な通信システムが駆使され、最先端のテクノロジーの戦争と言われたが、万一、衛星通信網が使えなくなった場合に備えて、スイスが自国軍から三千五百羽の伝書鳩を多国籍軍に貸与したのである。

国内の通信社・新聞社では1960年頃まで伝書鳩が用いられていた。スイスの伝書鳩部隊は1994年に廃止されるまで続いていたとのこと。そんな最近まで、とびっくりする。

伝書鳩は通信文や写真を運ぶだけでなく、輸血用の血液のサンプルや人工授精用の牛の精液も運んだそうだ。現代のドローンのような役割も果たしていたということだろう。

・伝書鳩の歌
https://matsutanka.seesaa.net/article/480698315.html
・軍用鳩の歌
https://matsutanka.seesaa.net/article/480869084.html
・さらに軍用鳩の話
https://matsutanka.seesaa.net/article/480891612.html

伝書鳩・軍用鳩については、今後もいろいろと調べてみたい。

2000年12月20日、文春新書、680円。

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2023年09月18日

石村博子『ピㇼカチカッポ』


副題は「知里幸恵と『アイヌ神謡集』」。

昨年没後100年を迎えた知里幸恵の評伝である。タイトルは「美しい鳥」を意味するアイヌ語。

生い立ちから金田一京助との出会い、上京、そして死に至るまでの軌跡と『アイヌ神謡集』の刊行から現代までの話を描いている。

幸恵の洗礼名はどの資料にも記されていない。創氏改名が進んでいた時期で、アイヌ名もつけられていない。幸恵が生まれたのは、アイヌたちが根底から覆されたアイヌの暮らしを立て直そうと、力を振り絞って生き残ろうとしている時期でもあった。
一九二〇年代末には、青年の多くはアイヌ語を用いないし、知らないとの調査の記録があるが、学校教育がアイヌ語の急激な喪失にどれほど加担したかを物語っている。
「ユカㇻ」は一般的に使われだしたのは、一九九〇年代後半から。この頃からアイヌ語学習が盛んになり、表記も発音に忠実になってきた。その流れを受けて、二〇一六年からは『北海道新聞』が紙面でアイヌ語の表記に関しては独特の小書きのかなを使用するようになる。
追い打ちをかけるように、発刊直後の九月一日に関東大震災が発生。『アイヌ神謡集』に関する重要ないくつもの資料は消失してしまった。修正が入ったタイプ原稿もいまだに見つかっていない。

『アイヌ神謡集』については、今もいくつかの謎が残されている。

それにしても本当になぜ、「アイヌ神謡」という特異なテーマであるのに、金田一による解説は何もなされなかったのだろう? 岩波文庫版の知里真志保の論文も、この本のために書かれたものではないので、幸恵の世界に誘うには適役とは言い難い。

刊行100年を迎えた今年、ちょうど岩波文庫『アイヌ神謡集』の補訂新版が出た。中川裕の解説も付け加えられているので、そちらもまた読んでみたい。

2022年4月27日、岩波書店、1800円。

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2023年09月15日

森まゆみ『京都不案内』

著者 : 森まゆみ
世界思想社
発売日 : 2022-12-02

2015年から頻繁に京都に通うようになった著者の個人的な体験や友人知人の話、京都の歴史に関することなどを綴ったエッセイ集。

世界思想社のWEBマガジン「せかいしそう」に2020年3月から2021年12月まで連載した文章に、書き下ろし1本とインタビュー3本を加えてまとめている。

いわゆる京都観光や名所旧跡案内とは違うので「京都不案内」というタイトルにしたのだろう。前半、「樹木気功で身体を治す」「バスと自転車」「ゲストハウスとアパート探し」「カフェとシネマ」「がらがらの京都」など、どれも具体的で面白い。

ただ、後半は学者・文化人仲間の話が多くなってきて今ひとつという印象だった。有名人でなければ入れない世界といった感じがする。

インタビューでは法然院の貫主、梶田真章さんの話が良かった。

昨日も仏教講座があってみんなで話が弾みました。みなさん、いろいろと活発にご意見をおっしゃるので、おっしゃる場があるということはいいことやな、と。読書会もやっています。わかりあうんじゃなくて、わかりあえないことをわかりあうために。
スポーツ選手はオリンピックなどで金メダルを取ると、「努力したらかなうということがわかった」とおっしゃいます。でも、その一方で努力してもかなわない人が無数にいらっしゃる。そのほうも伝えていかないと、なかなかつらい人も多いかなと思います。

法然院は河野裕子さんのお墓と歌碑のあるところ。もう少し涼しくなったら、また訪ねてみたい。

2022年12月10日、世界思想社、1600円。

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2023年09月13日

叶内拓哉『鳥に会う旅』


副題は「野鳥写真家が綴る日本全国野鳥撮影紀行」。

1991年に世界文化社から出た単行本を30年ぶりに復刊・文庫化したもの。「写真は、印刷関係のデジタル化により、初版時のものとは別のものを多数使っている」とまえがきに記されている。

「出水のツル」「道東のタンチョウ」「羅臼のワシ」「大栗川のヤマセミ」「立山のライチョウ」「対馬の珍鳥」「根室のシマフクロウ」「南部のコノハズク」「屋我地のアジサシ」「蒲生のコバシチドリ」「伊良湖岬のタカ渡り」「伊豆沼のガン」と、各地に出掛けている。

丹頂鶴。日本人なら誰でも知っているだろうこの鳥の本名は、ただのタンチョウである。日本では現在までに七種類のツルが記録されているが、そのなかで名前にツルと付いていない唯一のツルである。
晴天が何日か続いたときなどは、佐護の田んぼに全く鳥影がないという日もある。天気がいいと、渡り鳥たちは対馬に降り立って休む必要がないわけで、どんどん頑張って次の目的地まで飛んで行ってしまうからだ。
野鳥写真を撮っていて、いちばん難しいと思うのは、夏らしい写真を撮ることである。(…)夏を代表する花、誰が見てもすぐに夏の花だと分かるものとなると、ヒマワリかアサガオあたりか。しかし、これらの花に野鳥が止まることはほとんどない。

著者の撮影したカラー写真が100点くらい載っていて美しい。初めて知った鳥も多いのだが、どの鳥も命名がわかりやすい。「キガシラセキレイ」は頭部が黄色いし、「アカエリカイツブリ」は首が赤い、「キマユホオジロ」は目の上に黄色い線が入っているといった感じで、何だかおもしろい。

2022年2月15日、世界文化社 モン・ブックス、1600円。

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2023年09月09日

クリス・フィッチ『図説 世界地下名所百科』


副題は「イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで」。上京恵訳。

世界各地の印象的な地下空間40か所を取り上げて、地図や美しい写真とともに解説した本。紹介されているのは、自然の洞窟や古代の陵墓から地下鉄や現代の実験施設までさまざまだ。

今では絶滅したオオナマケモノが掘ったと考えられる古代巣穴(ブラジル)、かつて2万人が暮らした地下都市デリンクユ(トルコ)、東西ベルリンをつないで57名を逃がした「トンネル57」(ドイツ)、核攻撃に備えた秘密シェルターのバーリントン(イギリス)など。

世界にはまだまだ知らない場所、魅惑的な地下空間がたくさんあるのだとあらためて感じた。

2021年2月22日、原書房、3200円。

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2023年09月08日

中島美千代『土に還る』

ぷねうま舎
発売日 : 2020-07-22

副題は「野辺送りの手帖」。

かつて使われていた集落の小さな火葬場を見つけたのを機に、著者は土地の歴史や風土、信仰などについて民俗学的な考察を深めていく。それは、葬送の文化とは何かという問題でもある。

人生最後の儀式とはいっても、葬儀をどのようにするのかは、死者あるいは「死にゆく私」の問題ではない。だから、そこにくっきりと見えてくるのは、死者がどのような「関係」の中を生きたのかということ、どんな共同体と、そこに堆積した文化の層とともに歳を重ねたのかということなのだ。
野辺送り、拾骨のためには、火葬場が集落からあまり遠くてはいけない。風向きによっては火葬の煙と匂いが漂ってくるだろうから、近すぎるのも困る。
獺ヶ口への道路が改修されたことによって、一番奥の集落とされた下吉山が芦見地区の入口になった。すると数百年もの間、入り口だった皿谷が一番奥の集落になったのである。
火葬は仏教とともに日本に入ってきたと言われているが、多くの仏教宗派は布教のためには土葬も容認したし、真宗にしても火葬が至上命令というわけではなかった。だが、越前では真宗のひろまりと同時に火葬が普及した。真宗は、この地の葬送の文化を変えたのである。

集落の火葬場から公営の火葬場へ、宮型霊柩車から洋型霊柩車へ、自宅葬から葬祭会館へ、葬儀や葬送の形は時代とともに変わってきた。近年は家族葬も増えている。

それは共同体や人間関係の変化、そして私たちの生き方の変化をも意味している。

2020年7月22日、ぷねうま舎、1800円。

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2023年09月02日

芥川竜之介『芥川竜之介紀行文集』


国内旅行記9篇と1921年に大阪毎日新聞の視察員として中国を訪れた際の紀行文(上海游記、江南游記、長江游記、北京日記抄、雑信一束)を収めている。

「長崎小品」は7ページほどの短篇だが、おもしろい。日本における西洋文化の受容について考えさせられる。

慣れて見ると、不思議に京都の竹は、少しも剛健な気がしない。如何にも町慣れた、やさしい竹だと云う気がする。根が吸い上げる水も、白粉の匂いがしていそうだと云う気がする。(京都日記)
実際私は支那人の耳に、少からず敬意を払っていた。日本の女は其処に来ると、到底支那人の敵ではない。日本人の耳は平すぎる上に、肉の厚いのが沢山ある。中には耳と呼ぶよりも、如何なる因果か顔に生えた、木の子のようなのも少くない。(上海游記)
古色蒼然たる城壁に、生生しいペンキの広告をするのは、現代支那の流行である。無敵牌牙粉、双嬰孩香烟、――そう云う歯磨や煙草の広告は、沿線到る所の停車場に、殆見なかったと云う事はない。(江南游記)
何しろ長江は大きいと云っても、結局海ではないのだから、ロオリングも来なければピッチングも来ない。船は唯機械のベルトのようにひた流れに流れる水を裂きながら、悠悠と西へ進むのである。

芥川の中国紀行はかなり露悪的で、口が悪い。中華民国初期の政治的な混乱や街の猥雑な様子を皮肉たっぷりに描いている。そこに中国に対する差別意識を見る人もいるかもしれない。

ただ、芥川の筆致は国内旅行記でも似たようなものなので、むしろ長年漢詩などで親しんできた文学的・歴史的な中国とは異なる現実の中国の姿を鋭く描き出したと評価すべきだろう。

表紙に「詳細な注解を付した」とある通り、約400ページのうち、実に約100ページが注解となっている。丁寧なのはいいのだけれど、注解を見ながら読もうとすると、けっこうわずらわしくもあった。

2017年8月18日、岩波文庫、850円。

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2023年08月30日

川瀬巴水とその時代を知る会編『川瀬巴水探索』


副題は「無名なる風景の痕跡をさがす」

川瀬巴水の版画の風景がどこで描かれたものなのか、主に茨城県内の作品について現地調査を行った記録。古い航空写真や絵葉書、近隣の住民の証言などを元に、一枚一枚、作品の場所を特定していく。

巴水の絵はどこを描いたのか、分からない場合が多いのです。それは巴水がいわゆる名所を選ばずに、どこにでもある普通の風景を描くからです。
巴水はふつう風景画に分類されますが、そこに書き込まれた小さな人物に着目することで、その時代に生きた人間たちの歴史が強烈に浮かび上がって来ることが多いのです。
巴水の作品(「浮島戸崎」)に描かれた湖面は、昭和三十年代後半に稲作増産用に干拓されたが、米の需要がなくなったことにより、今はただ野原が続くのみである。

大正から昭和の戦後にかけて、巴水が全国各地を旅して描いた風景は、今も多くの人々の心を惹きつけている。まさに愛好者ならではの思いのこもった一冊だと思う。

2022年10月29日、文学通信、1900円。

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2023年08月29日

中島国彦『森鷗外』


副題は「学芸の散歩者」。

森鷗外の誕生から死までの軌跡を鷗外の作品や周囲の人々の証言によって描き出した評伝。昨年は森鷗外の没後100年ということで多くの本が出たが、本書もその一冊である。

鷗外には、津和野を正面から描いた文章は、なぜか見当たらない。実は、生前一度も津和野に帰ってはいないのである。
鷗外の翻訳文体は、『即興詩人』で高度の達成を見せる。有名な、「国語と漢文とを調和し、雅言と俚辞とを融合せむ」という言葉をそのまま体現する、見事な文体である。
『青年』が、漱石の『三四郎』の影響で、鷗外が「技癢」(腕がムズムズすること)を感じて書かれたことは、よく知られている。東京人漱石は地方から上京する門下生を見ているが、鷗外はそれとは違い、自身が上京の体験を持っていた。

このところ、いろいろな本の中で鷗外と出会うようになってきた。鷗外作品をもっと読まなくてはと思う。

2022年7月20日、岩波新書、880円。

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2023年08月25日

林宏樹『京都極楽銭湯案内』


副題は「由緒正しき京都の風景」。写真:杉本幸輔。

京都の銭湯のうち53軒を取り上げて紹介した本。銭湯の周辺にある店なども載っていて散策ガイドにもなっている。

唐破風、タイル絵、籐莚、行李、石田のハカリなど、昔ながらの風情を残している所も多い。写真を見ているだけで楽しくなってくる。

京都の銭湯が最も多かったのは1963年の595軒。この本が刊行された2004年には約260軒になっていた。それから約20年。今では約100軒にまで減っているようだ。

わが家の近くにあった泉湯も今はセブンイレブンになってしまった。「京都で一番のビジュアル銭湯」と紹介されている羽衣伝説のタイル絵も、もう見ることはできない。

2004年12月24日、淡交社、1500円。

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2023年08月15日

平岡昭利『アホウドリを追った日本人』


副題は「一攫千金の夢と南洋進出」。

アホウドリを基点に近代日本の海洋進出について描いた内容で、とても面白かった。鳥類の捕獲や鳥糞(グアノ)の採取、リン鉱の採掘と帝国日本の膨張がリンクしていたことがよくわかる。

舞台となるのは、鳥島、小笠原諸島、南鳥島(マーカス島)、尖閣諸島、沖大東島(ラサ島)などの現在の日本の領土だけでなく、遠くミッドウェー島、ウェーク島、北西ハワイ諸島、アンガウル島、プラタス島(東沙島)、パラセル諸島(西沙諸島)、スプラトリー諸島(南沙諸島)にも及ぶ。

撲殺したアホウドリの数は、一八八七年一一月の鳥島上陸からわずか半年間に一〇万羽、一九〇二年八月の鳥島大噴火で出稼ぎ労働者一二五人が全滅するまでの一五年間では、およそ六〇〇万羽に達した。
早くから羽毛は輸出品であり、一八八〇年代〜一九二〇年頃にかけて、日本は世界の婦人帽などの主要な原料供給国であった。羽毛に加えて明治一〇年代後半から、鳥類のはく製の輸出も盛んになった。

太平洋の無人島の発見や開発、領有をめぐっては、日本人同士あるいは日米間でさまざまな摩擦が起きている。さらには、実際には存在しない島の領有を宣言する事態まで生じた。

(一九〇八年)七月二十三日に、この件が閣議決定され、ガンジス島は中ノ鳥島と名称を変えて、「帝国」に日本の領土に組み入れられた。
この中ノ鳥島が、日本の領土から消えるのは、第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が日本の行政権の範囲を決定した一九四六年のことで、「発見」から三九年後である。「帝国」日本は、「幻の島」を長く領有したのである。

本書に登場する島々の中には、太平洋戦争で日米の戦闘が行われた島もあり、また現在も国同士が領有権を争う島もある。誰も住まない小さな島であっても、国家の領土問題と無縁ではいられないのだ。

明治以降、日本が南方の多くの無人島を編入したことで、今日の排他的経済水域、すなわち海洋資源や水産資源が確保される二〇〇カイリの海域と領海を合わせた面積は、四六五万平方キロメートルと、日本の国土の一二倍にもなり、世界第六位の広さを持つことになつたのである。

今から考えると驚くほど粗末な船や装備で無人島へと乗り出していった明治期の日本人たち。そこには歴史的に見れば負の側面もあるのだけれど、その勇気や度胸にはやはり驚かされる。

2015年3月20日、岩波新書、780円。

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