昭和21年に著者(2019年逝去)が自作した本を遺族の方が出版したもの。昭和19年8月から昭和20年末までの日記を元に書かれた自伝的小説である。
満年齢で15歳から17歳まで、旧制中学4年から旧制高校1年にかけての時期。勤労動員で仲間とともにマグネシウム工場で働きながら、青春の悩みを語り合い、勉強し、受験して、やがて終戦とその後の混乱に直面する様子が描かれている。
こんな生活ではいけない! と云ふ感情がどっと押し寄せた。勉強しよう、勉強しようと思ふ心が、彼を痛みつけた。しかし疲れ切った体は、机に向ってもさう永くはもたなかった。
彼等はこの三月、豊島中學を卒業してゐたが、戰の実相は、彼等に上級学校に於ける勉強を與へず、当局は彼等をして、尚三ヶ月間、同工場に留める措置にでてゐた。
彼等は、お互に友人のサインを求め合った。卒業寫眞は寫眞屋が戰災の爲、あはれ灰燼に歸してしまひ、「金三円也」は誰の懷に入ったのか、彼等には何ら思ひ出の種とてもないからだった。
義夫は漢詩や新体詩、和歌等が大好きだ。未だ下手だけれども、よく作ろうと心掛けてゐる。誰だって始めから上手な人はゐない。好きで努力するのは美しいことだ。
勉強したくてもできない戦時下の困難な状況にあっても、仲間と励まし合いながら精一杯に日々を生きていた姿が、生き生きとした文章で綴られている。陸軍士官学校や海軍兵学校に入学する同級生を駅まで見送りに行ったり、仲間と秩父に山登りに出掛けたり、空襲が続く中でも自分たちのやりたいことを貫いている。
蒼波のわだつみの声に杭を打つ「だまれ」はかつての軍人言葉
/橋本喜典『行きて帰る』
橋本さんは晩年、戦争や社会状況に関する歌を多く詠んでいるが、その背後にはこうした自身の戦争体験があったことを、あらためて深く感じさせられた。
素晴らしい本、価値のある本だと思う。出版にご尽力された娘の佐怒賀悦子さんにも感謝したい。
2026年5月1日、3000円。



































