2023年09月21日

川口慈子歌集『Heel』

著者 : 川口慈子
短歌研究社
発売日 : 2023-05-10

2017年から2022年の作品367首を収めた第2歌集。

タイトルの「Heel」は踵やハイヒールの意味かと思ったらそうではなく、プロレスの「悪役」の意味で使われていた。

独りきり蕎麦すする春ここよりは硝子徳利で作る結界
四貫の寿司折を買い四口で昼飯終わる新幹線に
練習をサボると痙攣する指に今日はショパンのポロネーズ弾かす
バランスを微妙に崩し着地する蝶のごと美しき音色を探る
水飴を入れない母の栗きんとん愛想のない子供だったね
〈私〉がずっと連なっているようなきし麺啜る駅のホームで
生きている母には作らなかった粥供えれば湯気のつやめいており
まず非正規から疑われる窃盗犯 砂時計には季節がないね
一人では飲まないジャスミンティーの茶葉戸棚に残る父のキッチン
使い切れない石けんと歯ブラシとポケットティッシュ溢れる空き家

1首目、カウンターに置いた徳利によって、自分だけの世界を作る。
2首目、あっけなく食べ終ってしまう。「四」の繰り返しが効果的。
3首目、練習をすると痙攣するのではなく、しないと痙攣するのだ。
4首目、ピアノの鍵盤に触れる感覚を独自の比喩によって描き出す。
5首目、上下句の取り合わせが絶妙。母との微妙な関係が窺われる。
6首目、平たくまとわりつくきしめんを自意識に喩えたのが面白い。
7首目、上句がせつない。母の死によって感情も変化したのだろう。
8首目、正規か非正規かは別に関係ないずだがそう見られてしまう。
9首目、夫婦一緒に飲んでいたのだろう。一人暮らしの父の寂しさ。
10首目、大量に買い溜めしてあった品々が喪失感を深く思わせる。

両親が亡くなった悲しみに浸る一方で、たぶん作者は少し自由になったのかもしれないと思った。

2023年5月10日、短歌研究社、2200円。

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2023年09月17日

秋山佐和子歌集『西方の樹』

砂子屋書房
発売日 : 2023-05-16

2014年から2023年までの作品498首を収めた第9歌集。
亡き夫や息子の死を詠んだ歌が印象に残る。師の岡野弘彦を詠んだ歌も多い。

腰までを覆へる夫のカーディガン濃紺にして身にあたたかし
霊園の芽吹きの木の間をマラソンの青年つぎつぎ駆け抜けゆけり
歓びの声たつる子へしぶきあげ海豚三頭身を反らし飛ぶ
しのび泣く若きを宥むるこゑ聞こゆ真夜のカーテンのいずれかのうち
花道を小走りに来る勝ち力士懸賞金の熨斗袋手に
床に差す朝の光は真(ま)清水の小さき泉 素足ひたさむ
秋の陽に透き通りて佇つスカイツリー百済観音の水瓶(すいびやう)のごと
新盆に求めし廻り燈籠の組み立てはかどる回を重ねて
灯り消し寝よと諫めし夫の声半ば待ちつつ夜を徹し読む
昨日までパン生地こねゐし媼ならむ手をひかれ国境の仮橋わたる

1首目、亡き夫の大きめの服。守られているような安らぎを覚える。
2首目、死者のいる霊園と健康的なランナーたちの対比が鮮やかだ。
3首目、水族館のイルカショー。飛沫が掛かる前から大興奮である。
4首目、入院中に聴いた同部屋の患者の様子。「若き」がせつない。
5首目、喜びに身体ごと弾んでいるような感じがよく伝わってくる。
6首目、明るく清浄な光を泉に喩えたのが美しい。結句も印象的だ。
7首目、個性的な比喩。水瓶だけでなく百済観音の細身の姿も思う。
8首目、新盆の時は組み立てに手間取ったのだろう。慣れる寂しさ。
9首目、どこかから夫の声が聞こえてこないかと待ち望んでしまう。
10首目、ウクライナから避難する人。一瞬にして日常が失われた。

2023年5月9日、砂子屋書房、3000円。

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2023年09月14日

染野太朗歌集『初恋』


現代歌人シリーズ37。
2016年から2018年の作品を収めた第3歌集。

ことば奪はず声を奪ひて吹く風の冷たし卒業式の朝(あした)を
赤羽とおんなじ味のハンバーグをデニーズ熱海店に食ふさへ愉し
西部ガスのさいぶがすといふ読み方のいよいよ住むといふ感じする
米研げば五指にまつはる米粒の、怒りよもうことばを喚(よ)ぶな
排泄にちからふるつてゐる猫のいつさいを見つ春待つごとく
水切りに興ずる人を見下ろして真夏の橋でぼくはとどまる
海原に落暉は道をとほしたりその最果ての民宿〈浦島〉
にごり湯の湯舟三畳ほどなるが十畳ほどの浴場にあり
尿 濃い で検索をする日々にしてこころちひさくなりにけるかも
ひととゐて自分ばかりを知る夜の凧をあやつるやうにくるしい

1首目、学校が生徒にとってどういう場であるかを考えるのだろう。
2首目、旅先に来ていると思うだけで、いつもとは気分が違うのだ。
3首目、埼玉から福岡への転居。「せいぶ」ではない読み方が新鮮。
4首目、上句から下句への展開がいい。胸の怒りを鎮めようとする。
5首目、いきむ猫の姿に存在感がある。結句の付け方がおもしろい。
6首目、橋と川の構図が鮮やかに見え、夏の空気感が伝わってくる。
7首目、船で甑島へ行く場面。海にのびる光の帯に導かれるように。
8首目、昔ながらの共同浴場の感じ。「三畳」「十畳」が効果的だ。
9首目、病気かもしれないと不安に思いつつ、とりあえず検索する。
10首目、比喩がうまい。自分の感情や思いを制御するのが難しい。

2023年7月11日、書肆侃侃房、2200円。

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2023年09月12日

佐クマサトシ歌集『標準時』


第1歌集。235首を収めている。

陽に焼けた地図のどこかが国境で息がきれいになるガムを噛む
この部屋にあなたのいない朝夕の二回に分けてお飲みください
現代のこの街が舞台のアニメには行ったことのある駅も出てくる
右に君、左に知らない人がいて、知らないの人の読んでいる本
席を立つときそのままでいいですと言われた 春の花瓶の横で
ドライヤーをかけている間は何ひとつ聞こえないので髪を乾かす
ぷよぷよが上手な人の中にある抽象的なぷよぷよのこと
PKでもらった点を守りきる サッポロポテトに途中で飽きる
すれ違う人のコートの印象の次第に薄れていくキャメル色
人にみな脳があること 双子用ベビーカーが越える小さな段差

1首目、音の響きがいい。地図の中に入り込んでしまうような感じ。
2首目、三句「朝夕の」が蝶番のように上句と下句をつないでいる。
3首目、アニメの世界と現実の世界が反転したような味わいがある。
4首目、横並びの席に座っているところ。本のことが気になるのだ。
5首目、カフェで返却口に運ぶのを止められて、何となく気まずい。
6首目、論理が逆転しているのが面白い。髪を乾かすしかできない。
7首目、画面上のぷよぷよより先に脳の中のぷよぷよが動いている。
8首目、P音や「きる」「飽きる」の脚韻など音の響きが印象的だ。
9首目、すれ違う前、すれ違う瞬間、すれ違った後という時間経過。
10首目、双子の赤子の二つの脳が段差に揺れるのが透けて見える。

2023年6月30日、左右社、1800円。

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2023年09月06日

菊竹胡乃美歌集『心は胸のふくらみの中』


203首を収めた第1歌集。

女性が現代の日本に生きることの大変さが繰り返し詠まれている。「Ms. たらこくちびる」と題する連作が良かった。

おんなというもの野放しにして生きるには多すぎる爆撃機
見たことのないヘルシンキの水平線そこはそこでの生きづらさ
贅沢はずっと言わないまま生きて移民のように日本で過ごす
妊娠のふたもじは女偏でありひとつを男偏で書いてみる
月よりもそばにいたいよ鼻息で産毛を揺らすぐらい近くに
トースターで焼いたたらこみたいになる二月のたらこくちびるは
もう何も言わないことにしたサンドイッチのハムとして挟まってる
ナンを焼く異国の人のオレンジのTシャツを茶色にする汗
我慢をする十分咲きの桜のような我慢をする肛門締めて
賃金のすくなさ自転車を漕ぐちから肉まんふたつ分のおっぱい

1首目、女性が自由に振舞おうとすると数多くの圧力や反発に遭う。
2首目、遠い国へ行けば生きづらさがなくなるというわけでもない。
3首目、安心感や満足感を得られず居場所のないような心地なのだ。
4首目、妊娠出産に関するすべてが女性の役割や責任にされている。
5首目、初二句と三句以下の距離感のアンバランスな感じが面白い。
6首目、乾燥したくちびる。やや自虐的にユーモラスに描いている。
7首目、何を言っても無駄との思いだろう。強い意志の表明である。
8首目「オレンジ」と「茶色」では色の持つイメージが大きく違う。
9首目「十分咲き」がいい。花びらをこぼさないように耐えている。
10首目、開けっ広げな詠みぶりに力がある。自己肯定感が伝わる。

2023年4月6日、書肆侃侃房、1500円。

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2023年08月24日

中井スピカ歌集『ネクタリン』

本阿弥書店
発売日 : 2023-07-31

2022年に「空であって窓辺」30首で第33回歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。399首を収めている。

カタカナが多いのが特徴で、カタカナの使われている歌が235首と歌集の6割近くにのぼる。さらにタイトルもカタカナだし、作者名にもカタカナがある。

はつなつのベーカリーから溢れ出すシナモンロールはみんな右巻き
季節ごと花の名前を変えているパスワードあり今はyuugao
誰の子も可愛くなくて丘をゆく私は欠けた器だろうか
胃に肺に土足で踏み込む母がいてそこにマティスの絵などを飾る
イチゴジャムブルーベリージャム毎日は二色しかなくなんてカラフル
冬の苺がケーキの上に散らばって大人のほうがずっと寂しい
寒気団去りゆく予報 ポトフから昇る蒸気にオレガノを振る
機関車の車輪のごとく腕回しコーヒー豆を君は砕きつ
川はもうよそよそしい顔 越してゆく私に橋を渡らせながら
展開図少し違えて二人して牛乳パックを真白く開く

1首目、結句「みんな右巻き」がいい。全体に明るい気分が満ちる。
2首目、夏はユウガオなのだ。他の季節は何だろうと想像が膨らむ。
3首目、子を持たない自分の人生に迷ったり悩んだりする日もある。
4首目、押しの強い母なのだろう。マティスの強烈な色彩が浮かぶ。
5首目、赤か紫のジャムをパンに塗って、毎日仕事に出かけていく。
6首目、そう言えば子どもの頃は大人も寂しいのだと知らなかった。
7首目「寒気団」と「蒸気」が重なり合って、食卓の風景が膨らむ。
8首目、動輪とロッドの動きが鮮やかに浮かび君の力強さが伝わる。
9首目、見慣れた風景が別のものに見えてくる。「渡らせ」がいい。
10首目、誰かと一緒に住むとはこうした差に気づくことでもある。

2023年7月31日、本阿弥書店、2400円。

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2023年08月18日

長谷川麟歌集『延長戦』

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第10回現代短歌社賞を受賞した作者の第1歌集。

好きだった?と聞き返される 自転車を押して登ってゆく跨線橋
助手席にゆきのねむたさ こんなにもとおくの町で白菜を買う
ハンドルが右へ右へと行きたがる君の自転車 TSUTAYAがとおい
まぁそれはそういうことではないけれどよそってもらったサラダを食べる
生きづらいという謎のマウントを取り合っているように梅雨、紫陽花は咲く
読点に宿る悲しみ 自転車は漕げば漕ぐほど遠くに行ける
ああ僕が敗者だからか、勝ち負けが全てじゃないと言われてしまう
兄ちゃんは泣いてないからあの頃のままなんだよ。と妹は言う
山で吸う煙草はうまい バゲットを弱い炎でゆったりと焼く
駅前の再開発は進まずにそこで何度かサーカスを見る
いい映画だったね、とだけ言うことに決めてからエンドロールが長い
唇を重ねて笑うこともある 段々畑が広がっている

1首目、相手との会話の雰囲気や自転車を押す体感が息づいている。
2首目、だんだん意識が遠のくような感じ。雪の白さと白菜の白さ。
3首目、借りた自転車に癖があって、なかなか思うように進まない。
4首目、相手の発言に同意してはいないが、とりあえず流しておく。
5首目、どちらがより生きづらさを感じているかを競うような時代。
6首目、自転車を漕ぎ続けることで悲しみを紛らせているのだろう。
7首目、正論かもしれないが、慰めとして言われているのがわかる。
8首目、泣ける人と泣けない人。妹は泣いて心をリセットするのだ。
9首目、山登りの食事の感じがよく出ている。「ゆったり」がいい。
10首目、建物が壊されてずっと空地のまま放置されている場所だ。
11首目、観終えて最初にどんな感想を言うかはけっこう悩むもの。
12首目、幸せそうなキス。心の様子を段々畑に喩えたのが印象的。

2023年7月23日、現代短歌社、2000円。

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2023年08月14日

坂井修一歌集『塗中騒騒』

著者 : 坂井修一
本阿弥書店
発売日 : 2023-07-10

2017年から2021年までの作品521首を収めた第12歌集。
老いた母(と父)を詠んだ巻頭の「たらちね」24首に力を感じる。

ひよひよと鶉となりてさまよへりつくし野病院あけぼのの母
ちあきなおみ「夜間飛行」をうたふ母 父でもわれでもなき人恋ひて
虫を食ふおほきなおほきなヤゴだつたいまむくどりに追はるるとんぼ
「茂吉さん」「白秋さん」そつと呼んでみるこの本棚はあの世の扉
怒りもて黙せばわれの胃の壁やぽつんぽつんと血の小花咲く
川あればふたつ岸あり大淀の彼岸ふくらむ花街あかり
蠅を食ひ蛾を食ひ虻食ひ蝶を食ひしあはせならむ蜘蛛のからだは
われひとりしづくも絶えてなほゐるはものおもふゆゑあした御不浄
忘られて三四郎池あゆみきぬまつぱだかなりこの藤蔓も
盤上の縛りのと金ほのぼのと見ゆれば王はもう死んでゐる

1首目「よ」「の」の音の響きが徘徊する母の弱々しい姿を伝える。
2首目、下句が何ともせつないが、母には幸せな時間かもしれない。
3首目、幼虫の時は強かった蜻蛉が、今は逆の立場に置かれている。
4首目、この世にいない人と本の世界では親しく会うことができる。
5首目、ストレスによる出血や潰瘍を「小花」に喩えたのが印象的。
6首目、初二句の言い切りががいい。川向うには別の世界が広がる。
7首目、下句への展開に意外性がある。これがまさに命のありよう。
8首目、結句で初めてトイレの歌とわかる。束の間のひとりの世界。
9首目、人間もまた本来「まつぱだか」な存在だという思いだろう。
10首目、渡辺対藤井の棋聖戦。結句がケンシロウの台詞みたいだ。

「わたしも蝶だ」「ハシブトガラスの姿でわたし」「スカラベとなりて」「亀に転生するわれか」「わたしけふから歌うたふ虻」「われはいま憂愁の鴨」「われはいま山椒魚か」など、しきりに人間以外のものになりたがっているのが印象に残った。

2023年7月10日、本阿弥書店、2700円。

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2023年08月07日

濱松哲朗歌集『翅ある人の音楽』


「塔」所属の作者の第1歌集。
2014年から2021年の作品420首を収めている。

年相応の年収といふ幻想を休憩室のテレビにて見つ
元服のやうに名前を変へながら川にひかりの起伏ほころぶ
Tシャツは首まはりから世馴れして部屋着つぽさを刻々と得る
白鳥を焼くをとこゐて私にもすすめてくれるやはらかい部分
雪原よ われはわれより逃れ来て消されるまでを碑文に刻む
またひとりここからゐなくなる春の通用口にならぶ置き傘
絵葉書に切り取られたるみづうみの青、ほんたうのことは言はない
水草の眠りのやうに息をするあなたの土踏まずがあたらしい
箔押しの表紙のごとくわが視野にわづかに開く白梅の花
ここにきてやうやく合つてきたやうな身体、わたしの終の住処よ
しんどいと言はなくなつた頃からが正念場だと、根菜を煮る
この部屋にときをり出逢ふ蜘蛛のゐて積みたる本の谷あひに消ゆ

1首目、働き方が多様になった今も正社員中心の古い価値観が残る。
2首目、流れの途中で名前が変るのを元服に喩えたのがおもしろい。
3首目、世馴れすることの是非がTシャツを通じて問い掛けられる。
4首目、こうした薄暗い誘いが踏絵のように働く。抗うのが難しい。
5首目、歌を詠むことは、自身の存在を証明することかもしれない。
6首目、職場を辞めていった人の残した置き傘が徐々に増えていく。
7首目、写真の湖と本物の湖は違う。枠を設けて自分の内面を守る。
8首目、親密な関係にある相手。「土踏まず」への着目が印象的だ。
9首目、咲き始めた白梅の輪郭の鮮明さを箔押しに喩えたのだろう。
10首目、身体からは出られないので、折り合いをつけるしかない。
11首目、結句の取り合わせがいい。根気よくといった気分だろう。
12首目、同じ部屋に生きている者同士の連帯感。同居人みたいだ。

2023年6月24日、典々堂、2500円。

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2023年08月02日

塚田千束歌集『アスパラと潮騒』


2021年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
医療現場を詠んだ歌に印象的なものが多い。

建前がなくては違法行為だとヒポクラテスの後の二千年
のけぞった首筋に触れる恋人でも親でもないのに触れてしまえる
弱者にも強者にもなるベビーカー押して歩めば秋桜震え
ホーローの容器に蒸し鶏ねむらせて死とはだれかをよこたえること
ステートとPHS(ピッチ)が首にからまって身動きできないわが影揺れる
ソリリスをユルトミリスへ変えるときギリシャ神話のひかりかすかに
ひとりの生、ひとりの死までの道のりをカルテに記せばはるけき雪原
切るたびに野生はひとつ遠ざかり爪にやすりをおとす夕暮れ
大きすぎる皿を一枚買い求めいいのわたしのすべてになって
ママが泣いちゃうからねと添い寝され川底ねむる小石みたいだ

1首目、医療倫理に関する問い掛け。何が違法性阻却事由になるか。
2首目、患者の無防備な身体に触れてしまえることに対するおそれ。
3首目、上句が印象的。まわりの人々の反応によっても違ってくる。
4首目、料理をしている時にも、人間の死についての感慨がよぎる。
5首目、ステートは聴診器。常に気の休まることのない時間が続く。
6首目、薬の名前から神話に出てくる神の名前を連想したのだろう。
7首目、発病から死に至る経過や歳月が白いカルテに綴られていく。
8首目、語順がいい。下句まで読んで初めて爪切りの話だとわかる。
9首目、お守りみたいに自分の心を守ってくれるように感じたのだ。
10首目、添い寝するのではなく、されている。子どものやさしさ。

2023年7月7日、短歌研究社、2000円。

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2023年07月25日

梶原さい子『落合直文の百首』


歌人入門シリーズの7冊目。
このシリーズは読みやすくて入門編にちょうどいい。

夕暮れを何とはなしに野にいでて何とはなしに家にかへりぬ
霜やけのちひさき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風のさむきに
つながれてねぶらんとする牛の顔にをりをりさはる青柳の糸
さくら見に明日はつれてとちぎりおきて子はいねたるを雨ふりいでぬ
ぬぎすてて貝ひろひをる少女子が駒下駄ちかく汐みちてきぬ

今読んでも新鮮さが伝わってくる歌が多い。「短歌の最初の一滴はここからにじみ出た」と解説にある通りだ。

直文は江戸時代の終わりに伊達藩の重臣の家に生まれた。当然、明治の四民平等の世になっても、ルーツである「武士」は強く意識されていただろう。
直文は、通りすがりの他者を描くのがとても上手い。心に触れたその情景を過不足ない言葉でさっと捉える。
直文は、守旧派と改進派のはざまにいて、双方に活を入れ、提案できる貴重な存在であった。実際、古今の古典・漢文をとことん学び、和歌をものし、そのよさを十分知り抜いている直文だからこそ、その言が聞き入れられたところはある。

気仙沼市生まれの著者にとって、地元出身の歌人落合直文は身近な存在なのだろう。直文の歌の魅力とともに、和歌改良・革新に果たした役割がよく理解できる一冊である。

2023年5月21日、ふらんす堂、1700円。

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2023年07月22日

柳原恵津子歌集『水張田の季節』


「未来」所属の作者の第1歌集。

生きているだけでふたたび夏は来て抜け殻に似た棚のサンダル
米のないカレーのようじゃないかしら欲をきれいに捨てた夫婦は
それぞれの臓腑に白く降る雪よわれには淡く父には深く
卓上の玻璃のうつわに注がれてミルクはこの朝の水準器
だし巻きを食べて育たざる我なれどくるくるとたまご巻くことが好き
娘らの乳房のことを母たちは畑の茄子のごとく言いあう
喉みせてサラダボウルの春雨を夫が食べきる今日のおわりに
その肺にだって淡雪ふるものを暗記カードに世界史綴じて
木蓮の枝には木蓮のみが咲くつぼみに過ちなどはなくて
夜更けがた戻った人の腕の気配うたたねのなか知ってまた眠る

1首目、上句の言い回しの面白さと下句の具体がうまく合っている。
2首目、特に不足はないのだけれどカレーライスの方が美味しいか。
3首目、父の死の一連にある歌。「淡く」と「深く」の対比がいい。
4首目、家族や家庭に歪みが生じていないかを測ってくれるみたい。
5首目、食生活は家によってそれぞれ違う。育った家と今いる家と。
6首目、比喩が強烈。思春期の娘の体のことを無造作に話す母たち。
7首目、「喉みせて」がいい。一日がともかくも無事に終った感じ。
8首目、勉強する子。明るさと暗さ、狭い世界と広い世界が混じる。
9首目、言われてみれば不思議な気がする。人間も同じことだろう。
10首目、別に声を掛けはしないが安心する。「腕の気配」がいい。

2023年5月31日、左右社、2000円。

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2023年07月05日

真中朋久歌集『cineres』


2014年から2018年の作品を収めた第6歌集。
タイトルはラテン語で「灰」の意味とのこと。

水の辺に立つたまま食ふにぎりめし手についためしつぶをつまんで
百葉箱のなかに住みたし。するすると縄梯子など上げ下ろしして
彼女いまもあなたのこと好きよ――妻が言ふいたくしづかなこゑで
川むかうのマンション暗しベランダに莨火ひとつともるしばらく
旧街道に離合しあぐむ自動車のつやつやとして互みをうつす
まどかなる秋のいちにち老いびとの円環に入る語りさぶしも
へいわのいしずゑといふ言説のひとばしらのごときひびきをあやしむわれは
松本市大手にありしジャズ喫茶は裏からの貰ひ火に焼けてしまひぬ
塔のうへのひとひらの雲の消えしのち見あげてゐたるひとがふりむく
もうわすれてくださいといふこゑなどもありありとみみのそこにのこれる

1首目、水と白米と手だけのシンプルな描写から身体感覚が伝わる。
2首目、かわいらしいファンタジー。三句以下の具体が印象に残る。
3首目、ダッシュ部分の空白に、何とも言えない気まずさを感じる。
4首目、川辺なのでまさにホタルみたい。遠くからでも見えるのだ。
5首目、下句の描写から、古い街道の細さがありありと感じられる。
6首目、同じ話を繰り返す様子を「円環に入る」と表したのがいい。
7首目、死者たちは誰も、平和の礎になどなりたくなかっただろう。
8首目、城下町とジャズ喫茶の取り合わせに時代や雰囲気を感じる。
9首目、しばらく自分だけの世界に入っていた相手と、再び出会う。
10首目、忘れることができずに、声だけがいつまでも残っている。

2023年6月8日、六花書林、2400円。

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2023年06月30日

土井礼一郎歌集『義弟全史』

著者 :
短歌研究社
発売日 : 2023-04-20

「かばん」に所属する作者の第1歌集。
独特な発想やイメージの飛躍がおもしろい。

鎮魂といって花火を打ちあげるそしたらそれは落ちてくるのか
別れればすぐに薄れていく顔の真ん中に飛び込み台はあり
脱がされていることさえも気づかないあの子はたまごどうふの子供
遺書にさえヴァリアントあり人のすることはたいがい花びらになる
どうかするたびこの部屋に朝がきて電子レンジで家族は回る
ベビーカーから逃れ出て指先は春をただよう柔らかい虫
幸せであることばかりを言う人の顔のまわりを衛星が飛ぶ
あとちょっとだけ見ていてと言いながら糠床どんどんきゅうり沈める
はだかんぼうの物干し竿に幾枚もストールを巻きつけるままごと
そんな小さなえんぴつばかりたずさえて夏の風景実習にゆく

1首目、花火を打ちげることがなぜ鎮魂になるのかという問い掛け。
2首目、目の前からいなくなると顔が思い出せなくなってしまう人。
3首目、つるつるした肌の感じ。無垢であるとともに危うさもある。
4首目、遺書を何度か書き直したのだろう。どこかちぐはぐな感じ。
5首目、忙しい朝に次々と回るターンテーブルが家族を統べている。
6首目、結句「柔らかい虫」が印象的。ちょっと薄気味悪いような。
7首目、無理に幸せであると思い込もうとしている様子が滲み出る。
8首目、少しだけのはずがとめどなく物事が進行していく不気味さ。
9首目、「はだかんぼう」の使い方が面白い。着せ替え人形みたい。
10首目、奇妙な実景とも読めるし、暗喩的な寓話とも読めそうだ。

全体を通して読むと、随所に死者や戦争、家族のイメージが出てくることに気がつく。暗喩や寓意に満ちていて、さまざまな読み解きへと読者を誘う一冊だ。

2023年4月20日、短歌研究社、1800円。
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2023年06月20日

中島裕介歌集『memorabilia/drift』


2013年から2017年までの作品を収めた第3歌集。

胸元に伏せられていたiPhoneの郷愁として光は消える
三つ栗のマウスを包む右手にてエゴサーチしても続く涼秋
うつせみの缶チューハイに含まれるウォッカほどの希死念慮 燃えよ
「批判するだけなら誰でも出来る」なんて批判を浴びて 爪が切りたい
強く握る鉄パイプから光沢が、遠くの沢の水が零れる
国道にちぇるるちぇるるとやって来てちぇるるちぇるりと去る冬である
したあとの小便いつもふたまたに分かれてしまう 愛してはいる
ガラス窓に風は激しく吹き付ける 老医師の耳鼻咽喉科には
シーリングファンは静かに回転を止めた ボトルシップの船長室で
手のひらに収まるほどの靴箆に踵を滑らせたから湿原

1首目、しばらく操作しないと画面が暗くなる。「郷愁」が面白い。
2首目、「三つ栗の」は枕詞ではなく3分割になったマウスの形状。
3首目、数パーセントではあるけれど死にたい思いを強く打ち消す。
4首目、結句に意外性がある。きちんと批判するのも難しいことだ。
5首目、「光沢」という言葉が光る沢のイメージを呼び寄せたのだ。
6首目、オノマトペの面白さ。最後だけ「ちぇるり」になっている。
7首目、岡崎裕美子の歌と同じ「したあと」の男性版という感じか。
8首目、昔ながらの町医者の佇まいや建物の雰囲気がよく出ている。
9首目、実際の部屋から模型の部屋へと場面が切り替わる鮮やかさ。
10首目、携帯用の靴箆の小ささから大きな湿原に足を踏み入れる。

詞書やレイアウトを工夫した連作が多く、1首単位の鑑賞をならべても歌集を読んだことにはならない感じが強い。

あとがきの「大文字のIではなく、小文字のiという虚数単位を追求している」という一文が、作者のスタンスをよく表している。

2022年11月20日、書肆侃侃房、2100円。

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2023年06月13日

水原紫苑歌集『天國泥棒』

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副題は「短歌日記2022」。

ふらんす堂のHPに2022年1月1日から12月31日まで毎日1首発表された計365首を収めている。「短歌日記シリーズ」は詞書や短いエッセイが付くことが多いのだが、この歌集はシンプルに日付と歌だけで構成されている。

愛しあふ椿たちたれも愛さざるひよどり共にうつくしきかな
わたくしは鳥かも知れず恐龍の重きからだを感ずるあした
雀たちわれを見捨てて砂浴びの快樂(けらく)に耽る~の庭かも
けむりぐさ吸ひたる昔不死と死にあくがれたりき今もあくがる
泣きながらわれに食まるるトマトなり泣くこと絶えてあらざるわれに
ポンペイはこことおもへばみひらけるまなこのままに木橋をわたる
肌も髪もさまざまなれどいきものの美しさにてはにんげんは勝てず
海あらぬ巴里の眞珠貝われと母 互みに互みをみごもりにけり
地下食堂にボードレールの詩句ありて移民勞働者ペドロ降り來(く)も
窓よりの眺めに男女天使なる一瞬ののちその子來たりぬ

1首目、鮮やかな赤い色に咲く椿の花と孤独で嫌われ者のヒヨドリ。
2首目、恐竜から鳥への進化の歴史を思う。鳥の軽さに対する憧れ。
3首目、人を警戒することなく無防備で無邪気に楽しむ雀たちの姿。
4首目、不死と死は正反対の概念だが、どちらも魅力を秘めている。
5首目、「われ」でなくトマトが泣いているところに意外性がある。
6首目、ポンペイの惨劇はいつどこの町で起きても不思議ではない。
7首目、生きものたちはフォルムや存在自体の美しさを備えている。
8首目、互いを育みつつ侵食し合うような母と娘の複雑な関係性か。
9首目、パリの街の様子がよく感じられる歌。生活の場に詩がある。
10首目、天使は人間と違って性別もなく子を産むこともない存在。

8月から11月にかけてのパリ滞在が、歌集の中で良いアクセントになっている。

2023年5月16日、ふらんす堂、2200円。

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2023年05月30日

吉川宏志歌集『雪の偶然』

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2015年〜2022年の作品555首を収めた第9歌集。

出張などの旅の歌を随所に挟みつつ、母の死や自らの退職といった大きなできごと、また安保法案やコロナ禍、ウクライナ戦争などの社会問題を詠んでいる。比較的長い期間を収めた一冊だが、途中にある「平成じぶん歌」がうまく流れをつないでいるように感じた。

ゆうぐれはどくだみの香の濃くなりて蛇腹のような石段のぼる
海見ゆる前から青が滲みゆく家のあわいに木々のすきまに
一日眠らば治らむ風邪とおもえどもその一日が手帳には無し
呑みこみし餌が口より漏れ出(い)でてまた吸いこめり黒き寒鯉
倒れたる墓は直角をむきだしに雨に濡れおり朝の山道
東京に殺されるなよ 東京を知らざる我は息子に言わず
布張りの白きが母に似合うらむ明後日(あさって)焼かるる棺を選ぶ
韓国を蔑(なみ)して盛り上がる男たち 黒き磁石にむらがるように
雲の裏に心臓ほどの陽がありて川のほとりの桜を歩く
葉にとまり眼状紋(がんじょうもん)をひらきしが飛び去りにけり夕暮れの葉を
夕山の落葉踏み分けナウシカのいまだ来たらず国は病みゆく
支線から冬に入りゆく駅ならむ七味の赤がかき揚げに散る
古着屋に人のからだを失いし服吊られおり釦つやめく
ひがんばなの先へ先へと歩きゆく最も赤い花に遭うまで
治りそうな負傷ばかりが映されて横たわる人にぼかしのかかる

1首目、「蛇腹のような」がいい。本物の蛇がいてもおかしくない。
2首目、ちらちらと海の気配が近づいていることを感じるのだろう。
3首目、休みをとれないばかりにぐずぐずと風邪が長引いてしまう。
4首目、口元にズームした映像のように鯉の動きがよく見えてくる。
5首目、横倒しになったことで直方体の石という感じが強くなった。
6首目、就職で東京へ行く子を案じつつも先入観を与えたくはない。
7首目、様々な素材や形状の中から選ぶ。下句に深い悲しみが滲む。
8首目、下句の比喩が絶妙だ。何が男たちを引き付けるのだろうか。
9首目、薄雲の奥にうっすら透けている太陽。「心臓ほど」がいい。
10首目、蛾と言わずに表している。模様だけが飛んでいるみたい。
11首目、猿丸太夫の歌とナウシカを踏まえ世相を詠んだ巧みな技。
12首目、上句の発見・把握の鮮やかさと下句の写生・描写の鋭さ。
13首目、新品と違ってかつて服の中には人間の身体が入っていた。
14首目、どこまでも続く彼岸花から永遠に出られなくなりそうだ。
15首目、自主規制により日本のテレビ報道は死体を映しはしない。

2023年3月25日、現代短歌社、2700円。

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2023年05月21日

藤原龍一郎『寺山修司の百首』


「歌人入門」シリーズの5冊目。

寺山修司の短歌100首の鑑賞に加えて、解説「歌人・寺山修司―超新星の輝き」を収めている。鑑賞文は1首あたり250字と短いが、寺山短歌の魅力や特徴がよく伝わってくる。

短歌表現を一人称のみならず、三人称に解放したところにも寺山修司の大きな功績がある。
悪霊はドストエフスキーを、外套はゴーゴリを連想させる。こういう用語を使って、一つのイメージを醸しだす技法は寺山の得意とするところ。
作中人物に現実の事件を投影してリアリティを獲得する方法も、寺山の多彩な技法の一つである。

印象に残った歌を引いておく。

わがカヌーさみしからずや幾たびも他人の夢を川ぎしとして
/初期歌篇
小走りにガードを抜けてきし靴をビラもて拭う夜の女は
/『空には本』
きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えんとする
/『血と麦』
外套掛けに吊られし男しばらくは羽ばたきゐしが事務執りはじむ
/『テーブルの上の荒野』
父といて父はるかなり春の夜のテレビに映る無人飛行機
/『月蝕書簡』
わが息もて花粉どこまでとばすとも青森県を越ゆる由なし
/『田園に死す』

2022年6月23日、ふらんす堂、1700円。

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2023年05月18日

永田紅歌集『いま二センチ』


2012年から2015年までの作品488首を収めた第5歌集。
タイトルからもわかるように、妊娠・出産・子育てに関する歌が中心となっている。

重ねれば重ねるほどに白くなる光は春に体積をもつ
くしゃみしてそれまで食べていたことを忘れた猫のおばあさんなり
こないだのことよと言えばこないだは十年昔となりて離(か)れゆく
隣家の屋根わたりゆくわが猫の仕事の量をわたしは知らず
横向きに鏡に映す 身籠りし女たれもが見つめし形
ムーニーはパンパースより柔らかくメリーズより可愛くグーンより安し
一年にひとつずつしか大きくはなれぬ子どもと鴨を見ており
乳くさき子と乳くさき我は見る日射しのなかの鳩の食欲
半券を取り置く人と捨つる人記憶はいずれに濃きものならむ
早春の松山城のお堀の木おそろしきまでヤドリギ宿る

1首目、光の三原色は混ぜると白くなる。春は光が満ち溢れている。
2首目、だいぶ年老いて動きも鈍くなった猫。人間のようでもある。
3首目、年を重ねると「こないだ」の時間が次第に長くなっていく。
4首目、一歩家から外へ出れば、猫には猫の生活や社会があるのだ。
5首目、お腹の膨らみを確認する。子を産んだ無数の母たちを思う。
6首目、紙おむつを使うようになって、メーカーごとの違いを知る。
7首目、早送りで成長したりはしない。成人まででも18年かかる。
8首目、母乳でつながる母子。乳くささは動物的な命の実感である。
9首目、何も残さない人の方がかえって深く覚えている場合もある。
10首目、「おそろしきまで」がポイント。結句もユーモアがある。

2023年3月1日、砂子屋書房、3000円。

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2023年05月07日

尾崎左永子『自伝的短歌論』

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雑誌「星座―歌とことば」67号(2013年秋)から82号(2017年夏)まで連載された文章をまとめたもの。毎回添えられている本人の自筆イラストが、かわいくて良い味を出している。

タイトルの通り、著者の自伝であり、また歌論である。生い立ち、戦時中の暮らし、放送業界での仕事、青年歌人会議の活動、アメリカでの生活といった話と、短歌の型や声調、息遣いなどに関する論が含まれている。

なにしろ大人数、大家族の時代で、少し関わりのある縁戚、紹介されて来た人、そういう人たちを抱えて、家族同然に暮らすのが、当時の東京山手の邸の、当り前の生活だった。
(『さるびあ街』について)この命名はしかし、佐藤先生の激怒を買った。「何だ、この『モルグ街の殺人』みたいな題は」そうでなくても無口で、一語一語に重量感のある佐太郎の一喝。首を縮めたが、私はひるまなかった。
良い歌なら、つっかえないで読み下せるはずなのである。もし言いにくいところがあれば、それを眼で読む読者側の頭や心には、完全な形で映すことは不可能、ということになる。
現代では、「歌」は目で読む、つまり黙読するものと思い込んでいる人がかなり多いが、歌が生まれたら、小声でもよいから「音声」に出してみると、歌作の良否がはっきり判るもの、という事実を、一度はっきり認識するべきであろう。

佐藤佐太郎、中井英夫、木俣修、寺山修司、大西民子、北沢郁子、富小路禎子、馬場あき子たちとの交流も書かれていて、戦後短歌史の貴重な記録になっている。

2019年6月3日、砂子屋書房、2500円。

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2023年05月03日

菅原百合絵歌集『たましひの薄衣』


「心の花」の作者の第1歌集。333首。

文語旧かなの伝統的な言葉遣いと知的なモチーフの組み合わせが美しく、修辞的な完成度が高い。

山わたる風を恋ほしみevianのボトルは夜の卓を澄みゆく
午前から午後へとわたす幻の橋ありて日に一度踏み越す
〈先生〉と胸に呼ぶ時ただひとり思ふ人ゐて長く会はざる
スプーンの横にフォークを並べやり銀のしづかなつがひとなせり
一生は長き風葬 夕光(ゆふかげ)を曳きてあかるき樹下帰りきぬ
寡黙なるひとと歩めば川音はかすかなり日傘透かして届く
聖堂の扉重たくあへぐまで体軀を寄せて押しひらきたり
モネの描く池に小舟はすてられて水面に影を落としゐるのみ
ツリーなりし樅の木あまた捨てられてほそき枝葉を天へ尖らす
眠りから醒まさぬやうに爪立ちて稀覯書匿(かく)す森へ踏み入る

1首目、フランス産のミネラルウォーター。水源地を懐かしむのか。
2首目、何もない正午の区切りを「幻の橋」と捉えたのが印象的だ。
3首目、肩書きや敬称としての先生ではなく、師としての〈先生〉。
4首目、別に生き物でもないのに、並ぶと何だか番いみたいになる。
5首目、初二句が箴言のようだ。長い時間かけて自然に還っていく。
6首目、相手の寡黙さが強く感じられる。二人の間にある心の距離。
7首目、昔ながらの聖堂の重く頑丈な扉。「体軀を寄せて」がいい。
8首目、捨てられたまま朽ちることなく、いつまでも絵の中にある。
9首目、残骸となったクリスマスツリー。届かなかった願いみたい。
10首目、薄暗くひっそりした雰囲気の書庫。「森」の比喩がいい。

作者はフランス文学の研究者。歌集の冒頭や連作の初めに、シラー、モーリス・ブランショ、ミラン・クンデラ、ボードレール、シェイクスピアなど、多くの海外作品がエピグラフとして引かれている。

2023年2月20日、書肆侃侃房、2000円。

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2023年04月12日

島田修三『短歌遠近』


副題は「短歌でたどる戦後の昭和」。
2020年1月から2年間、「中日新聞」「東京新聞」に毎週連載された文章をまとめたもの。

「戦争孤児」「結核」「力道山」「東京タワー」「安保闘争」「あしたのジョー」「カップヌードル」「企業戦士」「ソ連解体」など、99のトピックに関する短歌を取り上げ、戦後の昭和の歴史や暮らしの様子を描き出している。

【練乳】
 昭和の子なれどもわれは練乳を苺にかけた記憶のあらず
            花山多佳子『鳥影』
苺は甘さの対極にあった。今の甘い苺からは想像できないほど酸っぱい果物だったのだ。

ああ、そう言えばそうだったと思い出す。わが家では練乳ではなく、苺に砂糖と牛乳をかけて、スプーンで潰して食べていた。今の苺なら、そんなことをしなくても十分に甘いのだけれど。

【バキューム・カー】
 去りし日の馬車をおもへばしづかなるひとみの馬は屎尿を
 はこぶ        小池光『草の庭』
いつのまにか家々の屎尿の汲み取りにバキューム・カーが導入されていたことも変化のひとつだった。これは子供心にも画期的な進歩のように思えた。

私の生家も水洗トイレではなく汲み取り式のトイレで定期的にバキュームカーが来ていた。子供の頃(昭和50年代)それが恥ずかしくて仕方がなかったのだけれど、なるほど、バキュームカーが最先端だった時代もあったのだ。

私は昭和45年生まれなので、本書に記されたトピックにも、知らないこと、話にだけ知っていること、リアルタイムで知っていることが混ざっている。

一方で昭和25年生まれの著者にとって、戦後の日本を振り返ることは、すなわち自らの人生を振り返ることでもあったのだろう。アメリカに対する愛憎半ばする思いなどが率直に記されている。

2022年10月10日、風媒社、1500円。

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2023年04月02日

松村由利子『ジャーナリスト与謝野晶子』


2019年9月から2021年4月まで「短歌研究」に連載された文章に加筆してまとめた一冊。大正時代を中心に多くの評論を書き、社会に向けて発言し続けた晶子の姿を鮮やかに描き出している。

晶子の評論活動は、明治末期から昭和初期にかけての二十年余りにわたった。最も活発に執筆したのは「大正デモクラシー」と呼ばれる時期と重なっている。有名歌人という肩書だけで長期間にわたってメディアで書き続けるのは困難だ。筆力はもちろん、本人の自覚や問題意識も不可欠である。

1912年のヨーロッパ旅行におけるインタビューで「新聞記者が男にも女にも最上の職業」と答えた晶子には、歌人としてだけでなくジャーナリストとしての資質もあったのだろう。イギリスの女性参政権運動に共感し、男女平等や民主主義を唱え、新しい教育のあり方を模索するなど幅広く活躍する。

この「ジャーナリスト」という観点は、新聞記者としてのキャリアを持つ著者ならではのものだろう。当時の社会状況や時代背景を一つ一つ明らかにしながら、晶子の活動の実態に深く迫っている。

中でも、晶子が政府の言論統制を強く批判した連作「灰色の日」30首(1909年)の読み解きは圧巻だ。これまで、あまり論じられてこなかった作品である。晶子が本格的な評論活動を始める前から既に社会に対して強い関心を持っていたことがよくわかる。

晶子の書いたことは今も少しも色褪せていない。当時はまだ言葉もなかった「男女共同参画」「ワークシェアリング」「生涯学習」「ライフ・ヒストリー」といった概念についても、いち早く言及している。

晶子は「あまりに子供に触れ過ぎて愛に溺れる母」と「あまりに子供に触れないで愛に欠ける父」とが対立している家庭は決して望ましい形ではないと言う。家庭における育児の担い手が一人しかいない「ワンオペ育児」が今も多くの女性を悩ませている現状を見るとき、晶子の主張の先見性を思わされる。

それだけ晶子の評論は本質的で鋭かったわけだ。一方でそれは、日本社会がこの100年の間ほとんど変わらずに来てしまったことを示しているとも言えるだろう。

2022年9月14日、短歌研究社、2500円。

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2023年03月26日

永田淳歌集『光の鱗』

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2015年から2021年までの作品445首を収めた第4歌集。
https://saku-pub.com/books/hikarinouroko.html

保育園は卒園式後も行くところ十八人が休まずに来る
わが髪に指かきいれてくちづけき 日本海溝葉桜の頃
水張田のおもてわずかにめくりつつ濃尾平野に黒南風は吹く
両脇にふたつ旋風(つむじ)をうみながら暁方(あけがた)の空を高くゆく鳥
夜ごと夜ごとシマフクロウの巡りいむ鼠径部の辺の喬木の梢
紅しとも蒼しとも見ゆ 高瀬川の桜は夜に侵されてゆく
噴水を万年と訳したる功の万年筆の黒き手触り
桟橋を離れてゆかぬ懐かしさターナーの水面に小舟の浮かぶ
雨脚のふときに支えられながら雲くろぐろと盆地を覆う
春の夜を震えて咲(ひら)くマグノリア 祈りは常に形をなさず

1首目、卒園式が済んでも親の仕事が休みになるわけではないから。
2首目、上句から下句への飛躍がいい。深い海の底の暗さと季節感。
3首目、「めくりつつ」という動詞の選びが印象的。風景が大きい。
4首目、羽ばたきが空気の渦を生むメカニズムを思いつつ見上げる。
5首目、性的なイメージだろう。夜行性で鼠を食べるシマフクロウ。
6首目、京都の繁華街。照明やネオンに照らされた妖しげな美しさ。
7首目、英語ではfountain pen。「万年」は永遠のような感じか。
8首目、絵の中の水辺の風景が、今にも動き出しそうに感じられる。
9首目、雲から雨と見るのでなく雨から雲と反転させて捉え直した。
10首目、強い祈りを感じる。両手を合わせた形のようなモクレン。

2023年2月4日、朔出版、3000円。

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2023年03月19日

松本典子歌集『せかいの影絵』

著者 : 松本典子
短歌研究社
発売日 : 2023-02-01

2017年から2022年までの作品387首を収めた第4歌集。

コロナ禍やウクライナ侵攻などの社会詠と、2020年に亡くなった俳優の三浦春馬や癌で亡くなった妹の挽歌など重いテーマの歌が多い。

秋はいつも直滑降でやつて来るゆびのさき朝の水がつめたい
  難民としてドイツへ
床に皿をならべ片膝を立てながらヤズディは食むドイツへ来ても
スケボーで跳べば影さへ地をはなれ逆光にきみの黒きシルエット
髪を洗ひ背なかを流してもらふため〈要支援2〉を母はよろこぶ
桜丸に来る日も来る日も詰め腹を切らせて千秋楽のにぎはひ
STAY HOMEの呼びかけに取り残されつ春雷に家を持たぬ人たち
だってほらshowとsnowは綴りまで似ててはかなく消えてしまふの
紙おむつの背なかに名前と電話番号書いて祈れりウクライナの母たち
あらがひがたく声は流れ去るものだつた蓄音機が世にあらはれるまで
いもうとの死を見つめそこにある眼鏡ついさつきまで掛けてゐたふうで

1首目、「直滑降」という比喩が印象的。唐突に訪れる秋の涼しさ。
2首目、故郷を追われても、身体に根差した生活習慣は変わらない。
3首目、光と影の対比が鮮やか。スケボーする人の躍動感が伝わる。
4首目、介護認定が下りると訪問入浴などのサービスが受けられる。
5首目、文楽「菅原伝授手習鑑」。実人生では一度しか死ねないが。
6首目、ネット難民やホームレスなど、家を持たない人も多くいる。
7首目、ショーの世界で生き雪のようにはかなく逝った人への思い。
8首目、万が一生き別れになった時のために書く。赤子は一番弱い。
9首目、声の本質は消えてしまうところにある。だからこそ美しい。
10首目、病室に残る眼鏡。妹の目や視線がまだあるように感じる。

2023年2月5日、短歌研究社、2200円。

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2023年03月07日

藤島秀憲『山崎方代の百首』


「歌人入門」シリーズの6冊目。

山崎方代の歌集から100首を取り上げて、鑑賞を付している。右ページに短歌、左ページに鑑賞という形になっていて読みやすい。

単なる一首評×100ではなく、全体として山崎方代の人生や歌の特徴が見えてくる内容となっている。さらに、巻末には解説「「自分」を求めて」がある。

方代は小道具の使い方が絶妙である。小道具によって心境をくっきりと浮かび上がらせることができる。
ユーモアと切なさ、ぬくもりと冷たさ、美しさと醜さ、聖と俗、生と死、愛と失望といったように、方代の歌は相反するものに片足ずつ突っ込んでいる。
方代の歌の素材はそう多くない。身の回りにあるもの(その最たるものは自分自身なのだが)が素材の中心。一つのものを何度も繰り返し歌う。
完全に消化しきった自分の言葉で表現することの大切さを方代は身をもって示したと思う。借りて来た言葉や着飾った言葉を方代は一切使わなかった。
方代というと口語のイメージが強いが、いやいや実は文語の人で、文語と口語の匙加減に四苦八苦した人。数限りない推敲が行われたことだろう。

他にも、「「石」は方代短歌の重要なキーワード」「字足らずはしばしば使われたテクニック」「リフレインを方代は多用した」といった大事な指摘が数多くある。

方代の歌の魅力がよく伝わってくる一冊だ。その背後には、「山崎方代は常に私の隣に居てくれた」と記す著者の愛情が詰まっている。

2023年2月19日、ふらんす堂、1700円。

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2023年02月09日

永井亘歌集『空間における殺人の再現』

 nagai.jpg


第9回現代短歌社賞を受賞した作者の第1歌集。
シンタックスのずらし方やイメージの連鎖に特徴がある。
1頁1首組で、装幀もかなり凝っている。

向日葵でだらしなく死ぬ 飛び起きて また向日葵でだらしなく死ぬ
生きるとき死体はないが探偵は文字をひらめく棺のように
惑星は遠く照らされながら死ぬ 気づくと君の顔を見ていた
言葉にはさせないつもり 秋風にさからって手をつないで歩く
晴れた日のスノードームは輝いてもう残酷な不機嫌ばかり
カナリアが微笑みながらどの声のあなたが老いていくのだろうか
どの人もリュックサックにかすりつつちゃんと他人になって降りていく
ベランダで凭れる君はひとときの暮れゆく空の影であること
ある晴れた午後にフランスパンを買う 川の向こうを覚えていたら
夕焼けが山の緑になじんだら心はコイントスで消えるね

1首目、「向日葵で」は比喩とも読めるし変身したのだとも読める。
2首目、生きている間はまだ死体は存在しないけど、ということか。
3首目、下句がいい。二つの星の関係性がふたりの顔と重なり合う。
4首目、初二句が印象的。この強引さに相手への思いの強さが滲む。
5首目、スノードームの景が楽しかった日々の記憶のように明るい。
6首目、声もまた老いてゆくのだ。歌を忘れたカナリアも思い出す。
7首目、「ちゃんと」がおもしろい。現代版袖振り合うも多生の縁。
8首目、シルエットになった君の姿を、部屋の中から見つめている。
9首目、下句の付き方が実に不思議。現在ではなく未来の話なのか。
10首目、コインが掌に隠れるように、心が夕焼けに吸い込まれる。

2022年12月25日、現代短歌社、2200円。

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2023年02月01日

石畑由紀子歌集『エゾシカ/ジビエ』

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「未来」所属の作者の第1歌集。
ご縁があって栞を書かせていただきました。

鹿肉を嚙みしめたとき口のなかいっぱいに吹く風はさみどり
故障中 貼り紙がはためいている あなたはどんなふうにされたの
先端をぎっと握って立っている からだのなかに上がる連凧
敗北に北のあること川べりに凍りたがりのみずを見ている
ひと冬を身ひとつで越すエゾリスの腰逞しくちからに満ちて

北海道の風土とそこに生きる作者の心が鋭く迫ってくる一冊です。

2023年2月10日、六花書林、2000円。

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2023年01月20日

廣野翔一歌集『weathercocks』

著者 :
短歌研究社
発売日 : 2022-11-20

「塔」所属の作者の第1歌集。三部構成で394首を収めている。
タイトルの weathercock は風見鶏。

図書館の窓は大きくふと見れば他人の余生なども映りぬ
両眼だけ奪うなという契約のドナーカードの緑やつれて
洋室に光は溢れ人生を巻き戻してもたぶん一緒だ
デンマーク船が突然現れてターナー展は春まで続く
ビルヂングの中に小さき池ありて外の雨には濡れず動かず
辞める未来、辞めない未来どちらにも寄らず離れず割る茹で卵
回想の映像を見ておれば急に祖父の顔付きが変わる時期あり
小牧・長久手の間はやや遠く営業地域(エリア)の外にあるぞ長久手
白飯をコーンスープにほぐしおり金も誇りもおかずも無くて
はしゃいでたつもりだけれど泣いていた積雪に足跡が深くて
移民の孫が移民を拒む寂しさの中でもうすぐ築かれる壁
dolphinの傍らに人泳ぎおりかすかに泡を浮かばせながら
電話口の声の暗さに気をとられそこから別れまで速かった
「残酷なことをしていた」そうなのか残酷だったのか今までは
抗菌化されし車両の中に居て本読むほどの力もあらず

1首目、図書館では来館者や書物に描かれた様々な人生が交差する。
2首目、悪魔との契約みたい。「眼球」の項目だけ×をつけている。
3首目、何度やり直してもまた同じ道をたどるのだろうという思い。
4首目、絵の中の話から展覧会の期間の話へつながるのが不思議だ。
5首目、ビル内にある池なので雨に打たれない。その奇妙な静けさ。
6首目、会社を辞めるか迷う。結句「茹で卵」の取り合わせが絶妙。
7首目、亡くなった祖父の生前の姿。死の近い顔になったのだろう。
8首目、日本史では「小牧・長久手の戦い」と一括されるけれども。
9首目、白飯とコーンスープの合わない感じが何とも悲しげである。
10首目、流れ出た涙によって、はじめて自分の心に気づいたのだ。
11首目、トランプ前大統領の祖父はドイツからアメリカへの移民。
12首目、水族館のショー。dolphinという表記と下句の描写が光る。
13首目、恋人との別れ話の場面。一首の中での言葉の展開も速い。
14首目、お互い楽しく過ごしていたと思っていた日々だったのだ。
15首目、抗菌化によって、まるで自分まで無力になったみたいだ。

2022年11月20日、短歌研究社、1700円。

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2023年01月03日

千葉優作歌集『あるはなく』


「塔」「トワ・フール」所属の作者の第1歌集。
2015年から2021年までの作品291首を収めている。

思ひ出の手紙の墓となるだらう鳩サブレーの黄なるカンカン
チャリを押すおれと押されてゆくチャリの春は社交(ソシアル)ダンスの距離に
営業をやめてしまつたコンビニがさらすコンビニ風の外観
印象派絵画のごとく頓別(とんべつ)の原野に楡の五、六本あり
こんなにも素直に花は反省のすがたに折れて水をもとめる
たぶんなにもわかつてゐない後輩の「なるほどですね」がとてもまぶしい
生きづらいつて息がしづらいことですかかもめは霧におぼれてしまふ
かつて蝶、だつた靴跡もつれあふひどく寡黙な秋の渚に
風のやうに記憶はひかる ふところにLARK(ひばり)を抱いてゐるひとだつた
こんなにも小骨を肉にひそませて苦しいだらうニシンの一生(ひとよ)
すんすんと伸びゆく竹のうちがはに竹の一生(ひとよ)が閉ぢこめる闇
睡蓮が水面をおほふ夏の午後こんなに明るい失明がある
アキアカネその二万個の複眼に映る二万の夕焼けがある
にはとりの卵に模様なきことを思へばしづかなる冬銀河
いちにちのはじめに休符置くやうに白湯を飲みをり雪の夜明けは

1首目、黄色い缶の明るさと「手紙の墓」の寂しさの落差が印象的。
2首目、比喩がおもしろい。確かに自転車を押す時はこういう感じ。
3首目、コンビニ特有の外観というものが、廃業後もそのまま残る。
4首目、頓別という北海道の地名が目を引く。風景の存在感が強い。
5首目、花首の垂れてしまった姿。人間はそんなに素直になれない。
6首目、話を理解してない様子を批判するのではなく羨ましく思う。
7首目、言葉遊びのような上句と、下句の景の取り合わせが巧みだ。
8首目、もつれ合うような靴跡から歩いて行った二人の姿が浮かぶ。
9首目、ラークが好きだった人。空のイメージと「ひ」の音の響き。
10首目、身離れが悪く肉に食い込んでいる骨。下句が実に個性的。
11首目、竹の内部の空洞には、伐られるまで光が射すことはない。
12首目、池を眼球に喩えている。反転する明るさと暗さが美しい。
13首目、数万個の目から成る複眼を持つ蜻蛉。圧倒的な夕焼けだ。
14首目、下句への展開に意外性がある。模様が銀河になったのか。
15首目、まずは一服。「白湯」の「白」が雪の白さも感じさせる。

2022年12月1日、青磁社、2200円。

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2022年12月27日

鈴木加成太歌集『うすがみの銀河』


2015年の「革靴とスニーカー」50首で角川短歌賞を受賞した「かりん」所属の作者の第1歌集。2011年から2022年までの作品347首が収められている。

ボールペンの解剖涼やかに終わり少年の発条(ばね)さらさらと鳴る
ゆめみるように立方体は回りおり夏のはずれのかき氷機に
白鳥の首のカーヴのあの感じ、細い手すりに手を添えている
「あ」の中に「め」の文字があり「め」の中に「の」の文字があり雨降りつづく
夜汽車なら湖国へさしかかる時刻 研究室の四つの灯を消す
はつなつの水族館はひたひたと海の断面に指紋増えゆく
尾ひれから黒いインクに変わりゆく金魚を夢で見たのだったか
もう足のつかない深さまで夜は来ておりふうせんかずらの庭に
かうもりのおほかたは残像にして埋み火いろのゆふぞらに増ゆ
カーテンのレースを引けば唐草の刺繍に透けて今朝の雪ふる

1首目、分解でなく「解剖」としたのがいい。少年自身の体みたい。
2首目、謎めいた上句からの展開が鮮やか。うっとりと削られる氷。
3首目、手すりの感触から白鳥の首をイメージする。その生々しさ。
4首目、文字遊びの歌だが、「雨」「つづく」と意味も当て嵌まる。
5首目、車両と研究室の像が重なる。夜行列車に乗っていれば今頃。
6首目、アクリル板を「海の断面」と表現した。実際にはないもの。
7首目、金魚のひれの透明感と夢の朦朧とした感じ。結句も印象的。
8首目、水に浸っているような夜の暗さにふうせんかずらが浮かぶ。
9首目、上句がいい。はためくような予測の付かない飛び方をする。
10首目、唐草模様と雪の重なりが美しく、K音とS音の響きが静謐。

2022年11月25日、角川書店、2200円。

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2022年12月18日

栗木京子歌集『新しき過去』

著者 : 栗木京子
短歌研究社
発売日 : 2022-09-26

2017年から2022年までの作品446首を収めた第11歌集。
94歳で亡くなった母を詠んだ歌が印象に残る。

こころといふものを手にのせ眺めたしみづからさへも信じ得ぬ日は
草野球終へし子供ら(立ち飲みはせねど)てんでに焼鳥を買ふ
けやき落葉散り敷く道を画布として白きコートのわれ歩みゆく
葉桜にみどりの風の吹くゆふべ餃子に小さくひだ寄せてゆく
嘔吐せぬ強き胃袋もつ母は最期に三匙のゼリー食べにき
真夜中の電話はもう無し母の死の代はりにわれに安眠来たり
風邪引けば母に叱られ霜月の暮れゆく窓の桟を見てゐき
岸辺にてトランペットを吹く人をり川はそこより西へと曲がる
散り落ちて互ひの距離の縮まりぬ紅むらさきの木蓮の花
一万個分のプールの水収め積乱雲は朝をかがやく

1首目、心は自分にとっても謎のもの。すべて把握できてはいない。
2首目、大人たちなら、一杯飲んでという場面。見せ消ちが巧みだ。
3首目、白い画布に色を塗るのではなく、色のある画布に白を塗る。
4首目、上句の葉桜の揺れる様子と下句「ひだ寄せて」が響き合う。
5首目、亡くなるまで経口摂取を続けられた母。「三匙」が悲しい。
6首目、施設からの突然の連絡に慌てる日々がもう戻らない寂しさ。
7首目、病気の時ほど母には優しくしてもらいたかったのにと思う。
8首目、景がよく見えてくる歌。カーブするところで練習している。
9首目、発見の歌。三次元の空中に咲いていた時の方が離れていた。
10首目、視覚化された大量の水が雲の中にあることに驚かされる。

2022年9月1日、短歌研究社、2000円。

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2022年12月07日

平出奔歌集『了解』

著者 : 平出奔
短歌研究社
発売日 : 2022-10-25

2020年に「Victim」30首で短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。「塔」「えいしょ」「半夏生の会」「のど笛」所属。

うん……までは言った記憶が残ってる喫茶店、チェーンじゃないどこか
着るだけで痩せるって書いてあったのを着ながら想う日本の未来
本名で仕事をやっていることがたまに不思議になる夜勤明け
おみやげは人数に足りないほうがみんなよろこぶような気がした
水・日でやってるポイント5倍デー そのどちらかで買うヨーグルト
差し出したポイントカードがここじゃないほうので ちょっと笑ってもらう
Amazonで2巻と3巻を買ってメールでおすすめされる1巻
洗濯が自動で終わる 乾燥も 生きてる意味がわからなくなる
夕立が  泣く、って涙が出てるってことじゃないじゃん  屋根を打ってる
いつかあなたの目の前でやって見せたいよ涎の出るような眠り方

1首目、別れ話だろうか。周辺の部分は消えてしまった記憶の感じ。
2首目、右肩上がりの時代とは異なる現代の空気感がよく出ている。
3首目、本名も数あるハンドルネームなどの名前の一つに過ぎない。
4首目、もらえる人ともらえない人に分かれると、もらいたくなる。
5首目、ヨーグルトを買う点に限れば水曜日と日曜日は等価である。
6首目、レジの人が笑ってくれたので、ミスを救われた気分になる。
7首目、当然1巻は持っているのにAIにはそれがわからないのか?
8首目、自分がいなくても洗濯物は仕上がるし、社会も回っていく。
9首目、挿入句の上下二字アケ。悲しくても涙が出ないことはある。
10首目、無防備な姿を相手の前にさらけ出すことのできる関係性。

2022年11月1日、短歌研究社、1700円。

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2022年12月03日

岡井隆『岡井隆の忘れもの』


単行本未収録のエッセイ・論考・講演・対談などを収めた散文集。生前に本人が準備していた内容をもとに、死後にまとめられて刊行された。

生前の岡井さんとは全く交流がなかったが、歌集や評論集はよく読んでいる。本棚を数えて見たら、岡井さんの著書は44冊あった。一番多いかもしれない。

写実系のエコールが桜を特別扱ひしないことは始めに言つた。事実、赤彦にも茂吉にも文明にも、またあんなに名所の歌を作つた憲吉にも、桜の秀歌といふものはない。第一、桜の歌そのものが、少いか、ほとんど無いのである。
キリスト教の賛美歌にはいろんな形がありますけれども、基本的な歌詞の選び方には和歌や歌謡の影響がすごく強いです。つまり仏教の釈教歌というものがずっと伝わっていて、その言葉をかなり取り入れている。
時評などは(わたし自身も、その例に洩れないが)つい、一方的に評価して書いてしまう。実は、後になって、「あの時の評価は違うな」と思い返すことがある。ということは、他人が評価した意見を、たやすく鵜呑みにしてはいけないということでもある。
このごろ、修辞(レトリック)について、その冴えをいやがる言説をきくことがあるが、どんなに素朴にみえている歌でも、人を打つ歌には、それなりのレトリックが物を言っているのであって、そもそも修辞を馬鹿にしていたら、一首の歌といえども成功しない。
(香取)秀真は、子規の死後も、歌人であった。しかし、「アララギ」が置き忘れてきた歌人たちの一人であった。短歌史は、子規の弟子の中でも、伊藤佐千夫、長塚節をクローズアップした方向に進んだ。書かれた歴史が、いかに多くの人を置き忘れるか、忘却してしまうか、というのは、一般に〈歴史〉の特質といっていいが、短歌史の場合も同じである。

どこを読んでも含蓄に富んだ内容ばかり。文体にも味わいがあって、いくらでも読めるし、もっと読みたくなる。でも、もう新しい散文が書かれることは永遠にない。

2022年8月10日、書肆侃侃房、3000円。

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2022年11月27日

瀬戸夏子『白手紙紀行』


「現代短歌」2018年5月号から2019年7月号まで連載された文章に加筆・修正をして文庫化したもの。

読書日記の体裁を取りつつ、幅広いジャンルの本を取り上げて、鋭い文芸批評を展開している。

印象に残った部分をいくつか。

最近、いい歌といい歌集というのはかなり別のものだ、ということをよく考える(もちろん、いい、の基準もまたそれぞれだ、ということは踏まえた上で、いったん、さておき)。
一首のなかに時間の経過を詠みこむと短歌は秀歌になりやすいが(短歌の場合、連作や歌集単位でも基本的にはおなじことが言えると思う)、花火、噴水、エレベーターなどは、単語単位でその効果が狙えるからではないだろうか。
短歌というのは案外長いものである。あってもなくても良いようにみえる言葉こそが歌の出来を決めることは多い。短歌の冗長さを利用している歌の場合は、それこそが心臓になる。意味内容などは肝にならない。
岡井隆の発明はたくさんあるが、そのひとつは加齢を許す文体の発明であったと思う。塚本か岡井か、この評価の時代による変遷、そして現状における岡井の優位はまずひとつここにある。

文章に勢いがあり、最後までぐいぐいと読ませる。内容的には同意する部分も疑問に感じる部分もあるのだが、著者の主張や短歌観をはっきりと打ち出しているところがいい。

2021年2月16日、泥書房、1200円。

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2022年11月21日

西勝洋一歌集『晩秋賦』

 nishikatsu.jpg

今年80歳で亡くなった作者の遺歌集。
2002年以降の作品514首が収められている。

灯籠が浮き沈みして流れゆきふいに見えなくなりし夜の闇
滝桜は見るべくもなく霙降る三春(みはる)の町にうどんをすする
「宦官」というを初めて知りし日の光あふれる春の教室
うたた寝をしている間に滅びたる平家 日曜の夜も時代は移る
〈伝説の塩ラーメン〉を食べたいと友遠方より来たり楽しも
出勤して必ずくしゃみを一度する同僚の側にはコーヒーを置かず
「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」と分けてゆき終に残れり「分からないゴミ」
同級生十人揃い温泉に行く計画はにわかに進む
内科より歯科へと歩む半日の沈むならねど弾まぬこころ
映画館、本屋、床屋と別れゆく三人家族のそれぞれの午後

1首目、上句が面白い。歩きながら塀越しに灯籠を見ている場面か。
2首目、有名な桜を見るのは諦めるしかない。寒さが伝わってくる。
3首目、中学生の頃か。性の目覚めのイメージが鮮やかに描かれる。
4首目、うたた寝しながら見るテレビ。上句に栄華の儚さを感じる。
5首目、作者の住むのは北海道の旭川。論語を踏まえたユーモアだ。
6首目、同僚に対する皮肉の歌が何首かある。遠慮のないくしゃみ。
7首目、「分かる」の語源が「分ける」であるという話を思い出す。
8首目、「にわかに」がいい。誰かが言い出して見る見る話が進む。
9首目、下句の半ば打ち消すような言い方に、老いの悲しみが滲む。
10首目、町に出て各人の用事をしに行く。素敵な家族のあり方だ。

2022年9月28日、六花書林、2500円。

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2022年11月02日

今井恵子歌集『運ぶ眼、運ばれる眼』


「まひる野」編集委員の作者の第6歌集。

「眼の移動」をテーマにした歌集で、T章「土を踏む」は徒歩による移動、U章「運ばれる眼」は乗物での移動をもとに詠まれた歌、合計308首が収められている。T章は歌と歌の間に散文(詞書)も多くあり、作者と一緒に歩いているような気分になる。

その脇に椿一樹をそよがせて丸き塚あり天心の墓
はるかなる歴史を音に聞くごとく怒田畑(ぬたばた)・留原(ととはら)・人里(へんぼり)・笛吹(うずしき)
「この家で葭子はビールを飲みました」そんなことまで話題となって
背をのばし埴輪のおんなは歩きだす頭上に大き壺を運びて
風よけの黒きフードに顔しずめ平らな水に垂らす釣糸
カーブする路面電車にひらけゆく線路あかるし早稲田駅まで
大公孫樹の下に自転車停めながら水の透明をラッパ飲みする
膝の上にコートを載せて温めおり左の視野を川過ぎるとき
橋裏にはたらき足場を組む人に間近く舟は寄りて過ぎたり
わが乗れる気球の影よアメリカの野面を森をふわりと這つて

1首目、茨城県の五浦にある岡倉天心の墓。椿から始まるのがいい。
2首目、難読地名を見ると、地名の由来や土地の歴史が想像される。
3首目、三ヶ島葭子の足跡をたどる。歴史でもあり伝聞でもある話。
4首目、頭に壺を載せる埴輪。見ているうちに動き出しそうな感じ。
5首目、じっと動かず表情も見えない釣り人。「顔しずめ」がいい。
6首目、唯一残る都電の荒川線。「ひらけゆく」が路面電車らしい。
7首目、ミネラルウォーターを飲むところ。「水の透明」が巧みだ。
8首目、新幹線に乗って川を渡る場面。川から冷気が伝わるような。
9首目、神田川クルーズ。地上からでは見えない場所で働く人の姿。
10首目、大地の起伏を移りゆく気球の影。広々とした景が浮かぶ。

2022年7月22日、現代短歌社、2700円。

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2022年10月29日

小池光歌集『サーベルと燕』

koike.jpg

2018年から2021年の作品576首を収めた第11歌集。

すごい歌は一首もないけれど、すごい歌集。読んでいて思わず泣いてしまった。別に泣くような内容の歌集ではないので、なぜ泣いたのかを説明するのが難しい。

ゆふやみは土より湧きてたちまちに並木の杉をくろく濡らせり
「国境なき医師団」に月々わづかなる金おくりゐし妻をおもふも
足立たずになりたる猫がおそろしき目付きにかはりしこと忘れ得ず
ベートーヴェンのピアノソナタを聞きながら赤いきつねを食ふのも一生(ひとよ)
駅階段一段とばしに駆けあがり空に消えたり女子高生は
知盛の子の知章(ともあきら)父よりもさきに討たれしことのあはれさ
雪の夜に迫りせまりて養魚場より錦鯉をば盗む人あり
橋のなかばに自転車とめて川を見るひとりの人がわれなりしかも
戒名をつけてもらひて支払ひし二十万円は惜しくもあるかな
種付けの苦(く)はいかばかりディープインパクト千七百余頭の子を残したり

1首目、夕暮れが暗くなっていく様子を霧や水のように描いている。
2首目、「月々わずかなる」に、亡き妻の人となりや人生が浮かぶ。
3首目、動けなくなることは、本来動物にとって死に直結していた。
4首目、「ベートーヴェン」と「赤いきつね」の取り合わせが絶妙。
5首目、女子高生の圧倒的な元気のよさ。「消えたり」が鮮やかだ。
6首目、知名度の高くない知章に着目したのが印象的。数え16歳。
7首目、現場を目撃しているような臨場感がある。初二句がうまい。
8首目、結句で鮮やかに反転する歌。そんな自分の姿に自分で驚く。
9首目、よく考えれば戒名があったところでどうなるわけでもない。
10首目、血統が重要視される世界の姿。「苦」と捉えたのが発見。

「国境なき医師団」の歌(P49)には、だいぶ後に〈「国境なき医師団」にわづかなる送金しつつ年くれむとす〉(P240)という続きのような歌がある。この2首が並んで載っていたら何でもないのだけれど、完全に忘れた頃に出てくるので胸に迫る。

2022年8月26日、砂子屋書房、3000円。

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2022年10月18日

貫始郎歌集『海港以後 ごんぞうの歌』

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「綱手」1995年8月号の付録として刊行された冊子。刊行の経緯について田井安曇が「あとがきに代えて」に、次のように書いている。

『海港』一冊を残しただけで、第二回綱手大会(舞子海岸)の頃死んでしまった貫始郎さんのことが大変気になっていた。何とか誌上歌集の形ででも、彼の大柄で情の濃やかな「ごんぞう=沖仲士=の歌」を残したく思い、同じ海仲間の小林高雄さんに作品の蒐集をおねがいした。

収録されているのは1982年〜1989年の作品。

夕焼ははてなく赤し門司戸畑職安めぐりて職のなかりき
せり・わらび・木の芽を摘みて食いて来て失業保険半ば尽きたり
荷役船来ずなりし街に住み老いて霧笛鳴る夜の港恋い行く
去りゆきし友の行方のわからねど共に鋼積む夢に逢いたり
ごんぞうを知るかと問えば知らざりき港見下ろすこの若きらの
海よりの夜霧入り来る屋台のなかごんぞう歌を思いきり唄う
傾きて廃船置場に沈む艀十八鉄丸の文字のなつかし

船内荷役(沖仲士、ごんぞう)の仕事はなくなり、作者は新たな仕事を探す。それでも、荷役の仕事や船の風景を懐かしむ歌が何首も詠まれている。

列なして来て去る車の排気ガス通行券渡す痰吐きながら
機器ならぶ方四尺の箱のなか六十歳われの終いの職場か

作者は有料道路の料金所の仕事に就くが、その仕事についてはほとんど歌に詠んでいない。繰り返し詠まれるのは『海港』と同じく荷役の歌である。再び荷役の仕事に戻ったのかと思うほど、何度も現在形で仕事の様子が出てくる。

アケビほどに盛り上りたる淋巴節に放尿にゆく歩みぎこちなく
補助歩行器にすがりて歩む足もつれもしもし亀よと唄い出したる
音たてて溲瓶に落つる吾が尿を麻酔のさめしベッドに聞きおり
襁褓して尿管いれられ臥すわれの打ちつけられし蛙に似たる
三十キロやせて六十キロの吾の顔かがみに映る眼にひかりあり
吾の死はちかきかこの日ごろKくるYくるOが続けてくる

1986年以降、病気の歌が見られるようになる。亡くなるまでの2年あまりは病院での生活だったのではないか。そんな病気の歌の後にも、現役の荷役仕事の歌が詠まれている。それらは、おそらく病院のベッドの上で詠まれたものだ。現実にはリンパ節が腫れて痩せ衰えた身体になっても、貫始郎は「ごんぞうの歌」を詠み続けた。

それは、単なる懐かしさだけではないだろう。自らが生涯をかけて取り組んできた仕事を、歌の形で残したいという思いがあったからだと思う。時代の移り変わりとともに消えて忘れられていく荷役の仕事を最後まで詠み、1989年に貫始郎は60代で亡くなった。

1995年8月1日、綱手短歌会、1000円。
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2022年10月16日

貫始郎歌集『海港』(その3)

石炭はバケット荷役に変るとぞ飯場には四十人の仲仕ら居るも
二十八屯を摑むとうバケット吊られいて石炭荷役吾らには来ず
荷役減り花田飯場も閉ざすとう鍛冶屋も籠屋も去りてゆきたる

多くの労働者が従事していた荷役の仕事も時代とともに機械化が進み、やがて飯場が閉鎖されてゆく。

作者も25年働いた荷役会社を退職し、歌集刊行の4年前から有料道路の料金所で働くようになる。荷役の仕事は厳しくて大変であったが、作者はそれを嘆くだけでなく、誇りをもって取り組んでいた。

歌作を始めたばかりの昭和四十九年、第七未来合同歌集『汗と心と生活のうた』に参加した折、いろんな職業の歌は数多く詠まれていたが、船艙の歌、荷役の歌はすくない。現場にいる私は、船艙や荷役の歌はこの私にしか詠めないのだという自負を持っている。悲しい自負なのだと赤面しながら作って来たのである。

「この私にしか詠めない」という思いの強さが、歌集『海港』の大きな魅力になっている。

1983年12月20日、牙短歌会、2000円。

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2022年10月15日

貫始郎歌集『海港』(その2)

歌集の跋文は石田比呂志が書いている。

貫始郎は、「未来」の会員として近藤芳美の門弟であり、「牙」会員としてぼくの友人であるが、年一度の大会、あるいは月々の歌会にも顔を出すことが少ない。ぼくはそれをしばしば嘆いたけれども、彼は、一日たりとも労働を休むことが出来なかったのだ。そうして、彼は、単独で、こつこつと生活の歌を紡いで来たのだった。

なるほど、言われてみれば貫始郎の歌と石田比呂志の歌には共通する点があるように思う。

二次会に石田比呂志が来いと言い銭なき吾に銭握らする

船で荷役の仕事をしているのは男性ばかりではない。

荷役終え市場に入りゆく女らの仕事着の背に塩吹きいたる
乳はると乳しぼりいる女あり荷役音こもる船艙の隅に

こうした女性たちについては、林えいだい『関門港の女沖仲仕たち』に詳しい。
https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1086-1.html

1983年12月20日、牙短歌会、2000円。

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2022年10月14日

貫始郎歌集『海港』(その1)

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作者の貫始郎(松尾利則)は沖仲仕(港湾労働者)として北九州の港で働いていた人。港に大型クレーンが整備されコンテナ船が普及する1970年代頃までは、貨物船と艀や埠頭の間の荷揚げ・荷下ろしに従事する多くの労働者がいた。「沖仲士」はその中でも船内荷役を担当する人々のことである。

船底に積荷の鋼の来るを待つ体寄せ合い暖とりながら
鉱石に赤く浸みたる仕事着を踏み洗いおり水の澄むまで
メキシコの岩塩の塊り砕きおれば形くずれし靴の出で来つ
水かけて夜食食みおり船艙に満たす残りの肥料八千袋
炭塵のよどむ船艙に荷役する口中の粉炭吐きすてながら

甲板の下の貨物を積み込む船艙での作業である。荷物は鋼、鉱石、岩塩、肥料、石炭など様々だ。夜間の仕事も多く、暑い日も寒い日も関係なく一年中作業は続く。

殴ぐられし男と殴ぐりたるわれとパトカーに肩を並べて坐る
横たわりたちまち眠る沖仕らの偽名と思う名を知れるのみ
労災補償さえなき吾ら地下足袋に滑りを防ぐ荒藁を捲く
花嫁の兄われ立ちてみずからの職言わぬ自己紹介を終う

飯場に集う日雇い労働者は、悪い労働条件や待遇でも働かざるを得ない事情を抱えている人が多かった。社会的な差別も受けており、「沖仲仕」という言葉も現在は差別語とされている。

うす暗く深き船艙に舞う雪の積もりて白し世に隔りて
夜の霧の流るる海に吊る鋼が荷役灯の灯を受けつつ青し

船艙から見上げる雪の白さや、吊られた鋼の青さが、過酷な現実とは別の世界のように美しく感じられる。

1983年12月20日、牙短歌会、2000円。

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2022年10月06日

前田康子歌集『おかえり、いってらっしゃい』

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2017年から2022年の作品440首を収めた第6歌集。
https://gendaitanka.thebase.in/items/66850262

社会人となって家を離れた二人の子や病気の後遺症の残る母を詠んだ歌が多い。また、ハンセン病や水俣、沖縄に関する社会詠も積極的に詠んでいる。

馬乗りに押さえつけたることのあり圧縮袋の空気抜かむと
老眼鏡をシニアグラスと言い直し少し先へと老いを延ばせり
水の面(も)の引き攣れるごと氷はり緋色の鯉はその下を行く
我は娘(こ)を 娘は夫を叱りいて夫は老いたうさぎと話す
行間がゆったり組まれているように日暮れに雲がうまく散らばる
重すぎてとまれぬままに熊蜂がカリガネソウをまた吸いにゆく
  ビニールシートの下から手を差し出しお金を払う
まちがった方の手を出すキツネの子 混じりておらむ春の日のレジ
目玉焼きにも上下があると写真家は皿を回して位置を定める
  舌読に使われた点字版を初めて見た
舐められてやがて言葉となりてゆく速度思えり点字亜鉛版に
付箋外せば剥げてしまいし文字のあり 療養歌人の古き歌集に

1首目、相手が人だと思って読み進めると、下句で違う展開になる。
2首目、モノは同じなのだが、世間では「老い」を避けようとする。
3首目、薄氷の張った皺や歪みを「引き攣れる」と捉えたのが秀逸。
4首目、家族間の力関係がユーモラスに描かれていてほのぼのする。
5首目、上句の比喩が程よい雲の感じと、自身の心境を表している。
6首目、清楚な紫色の花と熊蜂の取り合わせ。花粉が蜂に付着する。
7首目、コロナ禍の手だけのやり取りを『手袋を買いに』に喩えた。
8首目、食べる際には関係が無いが、写真の見栄えには関係がある。
9首目、長島愛生園での歌。視覚も指先の感覚も失われた人のため。
10首目、歴史や記憶が忘れられていく寂しさのようなものが滲む。

2022年8月26日、現代短歌社、2000円。

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2022年09月28日

鯨井可菜子歌集『アップライト』


296首を収めた第2歌集。
結婚して新しい生活が始まる。家族の歌や仕事の歌が多い。

日々きみを思えば胸にこんがりと縁まで焼けてゆく目玉焼き
テーブルの麦茶のコップ遠ざけてそこにひろげる婚姻届
チーズケーキくずしては食み聞いている隣の客の骨折のはなし
食パンを山と麓(ふもと)に切り分けて夫婦二人のサンドイッチ成る
鋤跡のわずかに残る冬の田をパンタグラフの影わたりゆく
真空パックのなかに伸されてしゃべらないあじの開きを両手につつむ
「頭すすってあげてください」活海老の握りを出して板前が言う
消しゴムのかすを払ってゲラをよけデスクに食すかんぴょういなり
小舟のようにコイントレーは行き交えりアクリル板の下の隙間を
ゆるされて旅館に足を踏み入れる三十六・四度のわたし

1首目、相手への思いが日ごとに確かなものになっていくのだろう。
2首目、麦茶のコップの生活感と大切な婚姻届の取り合わせがいい。
3首目、カフェで耳に入ってきた話。「くずして」と「骨折」の妙。
4首目、上半分と下半分を「山と麓」と見たところに楽しさが滲む。
5首目、郊外の風景を映像的に描いた。田の脇を鉄道が通っている。
6首目、身を割かれ真空パックに閉じ込められていると思うと哀れ。
7首目、会話は文脈や状況に多くを依存していることがよくわかる。
8首目、職場でささっと食事しているところ。忙しさがよく伝わる。
9首目、コロナ禍で目にすることの増えた光景。「小舟」がうまい。
10首目、入口で検温が必要。「ゆるされて」から始まるのがいい。

2022年9月17日、六花書林、2000円。

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2022年09月24日

川本千栄『キマイラ文語』

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第2評論集。
副題は「もうやめませんか?「文語/口語」の線引き」。

T章「キマイラ文語」とU章「近代文語の賞味期限」は、短歌における文語・口語の問題を論じたもの。V章「ニューウェーブ世代の歌人たち」は、2001年に書かれた文章と座談会の再録となっている。

座談会には松村も出ています。今読み直すと失礼なことを平気で喋っていますが、20年前のものなのでご容赦ください。

現代短歌社のオンラインショップで購入できます。
皆さん、ぜひお読みください!

https://gendaitanka.thebase.in/items/66851037

2022年9月5日、現代短歌社、1500円。

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2022年09月20日

佐藤通雅歌集『岸辺』


2017年から2021年の作品484首を収めた第12歌集。

「ツクシタ」とは「クツシタ」のことクツはいて幼と散歩に出かけんとして
期間限定安売り墓地の広告を二日とりおき三日目に捨つ
ジンシンジコ ダイヤノミダレ カタカナで事を思ひてたれもが静か
人の在処さらに捜すをあきらめし角封筒が汚れて戻る
おもちや病院開設されて神妙なる面持ちしたる子どもら並ぶ
読経中の婦人のやうだがいやちがふ数独の枠を凝視してをり
駅ピアノに人は寄り来て一曲を早瀬のごとく弾いて去るなり
消(け)残れる雪は童子の象(かたち)にて手をあげそして逆立ちもする
師といふを持たざるわれはヒメツバキ一枝(いつし)折りきて卓上に置く
原稿用紙に書くこと絶えてたまたまに用紙開けばただに美し

1首目、幼子の言葉に一瞬ドキッとする。誰に「尽くした」のかと。
2首目、墓地もこんなふうに売られているのか。複雑な気分になる。
3首目、意味のない言葉として処理される。人が死んでいるのだが。
4首目、擬人法が効果的。さんざん探し回って疲れ切った姿である。
5首目、本当の病院のように、あるいはそれ以上に神妙な顔つきだ。
6首目、ぶつぶつ声を出しながら考えているところ。「枠」がいい。
7首目、「早瀬のごとく」がいい。駅ピアノはまさにこんな感じだ。
8首目、日が経つにつれて変わる形を子ども動きのように見ている。
9首目、50年以上、個人誌「路上」を拠点にしてきた矜持が滲む。
10首目、原稿用紙に手書きで文字を書いていた頃を懐かしむ思い。

他に、前立腺がんの治療に関する歌も印象的で、また「大川小学校津波裁判」に関する一連も重い問い掛けとして胸に残った。

2022年7月15日、角川文化振興財団、2600円。

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2022年08月19日

尾崎左永子『「鎌倉百人一首」を歩く』


2006年に鎌倉ペングラブが選定した「鎌倉百人一首」から約50首を取り上げて鑑賞などを記したエッセイ集。

文章が丁寧で柔らかく、長年鎌倉に住む著者ならではの解説などもあって、一首一首の歌や鎌倉という町の持つ魅力が存分に引き出されている。

放ちしは歌にくるへる若き子よ由井が浜辺の野火に声あり
              高村光太郎
(…)「明星」の創刊は明治三十三年(一九〇〇)春だが、翌年(一九〇一)の正月、「廿世紀を祝する迎火」を、鉄幹を中心に、同志の者たちが由比ヶ浜で焚いている。
薪(たきぎ)樵(こ)る鎌倉山の木垂(こだ)る木をまつと汝(な)がいはば恋ひつつやあらむ
              万葉集
(…)古くは「恋ふ」とは、目前にいない人を想う場合に用いられることばで、二人が一緒にいれば「見る」「逢ふ」の語を使う。
ひんがしの相模の海にながれ入る小さき川を渡りけるかも
              斎藤茂吉
(…)近代短歌史の中では巨岩のような存在の歌人であるが、小さな歌材をていねいに、真摯に捉えるその手法と、大景の中にそれを活かす表現力におどろかされる。

先日、米川稔のお墓参りに鎌倉を訪ねたのだが、米川の最後の歌〈ぬばたまの夜音(よと)の遠音(とほと)に鳴る潮の大海(おほうみ)の響動(とよみ)きはまらめやも〉も百人一首に選ばれている。これは嬉しい。

江戸時代には、さびれた漁村になり果てていた鎌倉は、明治時代になってから、避暑地、避寒地として復活する。海水浴をすすめた長與専斎(ながよせんさい)にはじまるという保養地としての鎌倉は、東京山の手の邸町の雰囲気と、洋行帰りのハイカラモードを持ち込んだ別荘族たちによって、新しい息吹を得たのであった。

鎌倉は私にとっては十代の頃に遠足や旅行でしばしば出掛けた場所。あらためて興味・関心が湧いてきた。

2008年5月21日、集英社新書ヴィジュアル版、1000円。

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2022年08月16日

渡辺松男歌集『牧野植物園』

著者 : 渡辺松男
書肆侃侃房
発売日 : 2022-06-20

2016年の作品400首を収めた第10歌集。
73首が「ねむらない樹 vol.8」掲載作で残り327首は未発表作!
相変わらず発想や言葉の使い方が独特で、面白い歌が多い。

俄雨あれがわたしでありしよとべつのわたしが晴れておもひぬ
ビー玉は処刑のあとの眼球かころがりゆけば山河が廻る
正座せる若き太ももに大気圧おしかへすごときみなぎりの充つ
まだわれであるかのごとくわがこゑがみづあめのばすごとく離るる
ペットボトル一本で誘惑できるとかひとのこころはたいがい火事で
炎暑にて無人の町のみづたまり蒸発をして足跡となる
石狩川河口へ曇天下にゆきて影なきわれは河口に見入る
摩周湖の澄める巨眼をのぞきこみぐつと冷えたる鶚(みさご)の翼
あのへんは遠く清流だつたのだスカイツリーを天魚(あまご)がおよぐ
そのめぐりにんじんいろにみつるときにんじんは悲しにんじん売場
落ちながら大きくなれる日輪の地平すれすれダンプカー過ぐ
網戸の目一ミリ四方の密集をすりぬけてきし飛行機の影
母の日のコップに挿せるアンジャベル母のなきゆゑよく水を吸ふ
山頂で握り飯たべてゐるわれにやつと出会ひぬ空腹のわれ
食パンの四角やあんパンの丸は口にて嚙みしのちにも消えず

1首目、天気と心境の変化が重なる。複数の「わたし」が存在する。
2首目、死体から落ちた眼球が、転がりながらまだ風景を見ている。
3首目、比喩のスケールが大きい。若い肉体の持つ生命力を感じる。
4首目、声は単なる音ではなく声を発した人の肉体性を帯びている。
5首目、心に寂しさや乾きがあると、簡単に何かに引かれてしまう。
6首目、足跡に水が溜まる場面でなく乾く過程を詠んだのが印象的。
7首目、曇天だから「影なき」なのだが存在感の薄さも滲むようだ。
8首目、摩周湖は周りを山に囲まれている。「巨眼」の比喩がいい。
9首目、イメージの重なりの美しい歌。水族館と読まなくてもいい。
10首目、一本だけなら別に何でもないが、大量にあると胸に迫る。
11首目「すれすれ」がいい。太陽にぶつかるはずはないのだけど。
12首目、網戸越しに見える飛行機。網目に引っ掛かることはない。
13首目、アンジャベルはカーネーション。理屈ではない「ゆゑ」。
14首目、時間の推移を二人の「われ」で表す。異時同図みたいだ。
15首目、パン自体は無くなってもイデアや概念は残る感じだろう。

「鏡」「バラギ湖」「あぢさゐ」「ひまはり」などの連作は、すべての歌にその言葉が含まれる題詠のような作りになっていて、作者の持ち味があまり発揮されていないように感じた。

2022年6月23日、書肆侃侃房、2300円。

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2022年07月24日

大辻隆弘歌集『樟の窓』


副題は「短歌日記2021」。

「ふらんす堂」のホームページに2021年1月1日から12月31日まで連載された365首をまとめたもの。3月末で長年勤めた高校を定年退職し、4月から別の高校で再任用で働くという節目の年であった。

  検診
降参のかたちに諸手(もろて)さしあげて冷(さむ)きひかりの輪に斬られをり
  「新冠病毒防控対策」といふ中国語
新冠と書けばなにやら栄耀を帯びたるごとしウイルスといへど
  天皇誕生日
半ズボンより覗きたる太股のましろき頃の浩宮様
  残務処理
シュレッダーに切りきざまれし紙切れが辛夷(こぶし)の花に見ゆるたまゆら
  饅
螢烏賊のまなこ零れてゐたりけり伊万里の皿の青きおもてに
  秡川清掃ボランティア
葦の根をわけて芥をひろふとき舟べりはわが重みに傾(かし)ぐ
  コメダ川井町店
ひつそりと椅子を拭はむ人あらむ私がここを立ち去つたなら
  イオンモール明和
クリスティンどこにゐるのといふ声がフードコートに響く夕どき
  贈物
紅色のストールを肩に纏はせて旋回したり秋のあなたは
  神社掃除
冷えまさる朝の正しき陽をあびて竹箒立つ小屋の右端

1首目、CT検査を受ける場面。「降参」と「斬られ」が対応する。
2首目、新型コロナの中国語表記。イメージが全く違うものになる。
3首目、今の天皇は作者と同じ1960年生まれ。親近感があるのだ。
4首目、退職に伴う処理を行いつつ、過去の歳月を思い出している。
5首目「饅」は「ぬた」。細部の描写が色や質感を生々しく伝える。
6首目、地元の「秡川」は十数首詠まれている。身体感覚のある歌。
7首目、コロナ対策のため使い終った椅子を毎回拭くようになった。
8首目、まるで洋画のワンシーンみたいな台詞と現実の場面の落差。
9首目「旋回」という語の選びがいい。ストールがひらひらなびく。
10首目、きちんと整った場面によく合う文体や言葉を用いている。

以前より時間的なゆとりができたからだろう、名作を次々と読破している。「ジャン・クリストフ」、ゾラ「大地」、マン「ブッデンブローク家の人々」、「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」、鷗外「伊澤蘭軒」、チェーホフ「ワーニャ伯父さん」などなど。

2022年6月23日、ふらんす堂、2420円。

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2022年07月12日

竹山妙子歌集『さくらを仰ぐ』

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「やまなみ」に所属し2017年に亡くなった作者の450首を収めた遺歌集。馬場昭徳さんが選歌・解説をされている。

縄跳びの子ら去りてより空地には痛みに似たる夕ひかりあり
台風に目覚めて思ふ死の前の子にさへわれは己れ守りき
五百羅漢のひとつが逝きし子に肖ると聞けど訪ねてわれのなにせむ
午後の日のあかるき峠しろじろと右も左も下り坂なる
うす紅の蕾がながき時かけてゆたかに冬の白ばらとなる
量ひくく畳に眠りゐる夫よ足の先より夕ぐれながら
草焼きし匂ひただよふ夜の路地慰められしこと腹立たし
ほとほとに他人と思ふ葛切にたつぷりと蜜からむる夫を
まこと塵になりたかりけむ掘られたる古墳の中の褐色の骨
届きたる慶良間のもづく明暗のいづれともなきものに酢を振る
石垣にうごかぬとかげ群青の背にたまものの秋の日を浴ぶ
かならず先に死ぬべき死なすべき夫と並びて見をり垂(しづ)る蛍を
足すりて夫が厠にゆく音に覚めてしみじみこの世と思ふ
つくつくしが鳴いてゐるよと難聴の夫が言ふなり鳴かせておかむ
お前が買つて来るのは何でも旨いと言ひて食べざりし死ぬ朝の豆腐

1首目「痛みに似たる」がいい。剝き出しの地面に西日が強く射す。
2首目、若くして自死した娘を思う歌。下句の悔恨が何とも痛切だ。
3首目、何をしても生き返るわけではないし、取り返しがつかない。
4首目、峠の両側が下り坂なのは当り前だが、そこに味わいがある。
5首目、蕾の時は薄紅だったのに咲くと真っ白になる。手品みたい。
6首目、下句がいい。影の加減なのだが、まるで消えていくようだ。
7首目、少し時間が経過して、帰り道に思い返して腹を立てている。
8首目、長年一緒にいても葛切の食べ方には譲れない違いがある。
9首目、発掘する側ではなく、埋葬された側の思いを想像している。
10首目、三四句がいい。光の加減で濃い緑にも淡い緑にも見える。
11首目、寒いと動きが鈍くなってしまう。まさに「たまもの」だ。
12首目、介護が必要な夫よりも先に自分が死ぬわけにはいかない。
13首目、この世とあの世の境界が薄れる中であらためて感じる生。
14首目、実際には蝉は鳴いてないのだがあえて訂正しないでおく。
15首目、夫の死を悼む歌。もう何も食べられない状態だったのだ。

亡くなった子のことは何度も繰り返し歌に詠まれている。何年経っても消えることのない悲しみと悔恨だったのだろう。

また、終りの方は介護する夫を詠んだ歌が大半を占める。大変なことも多かったに違いないが、しみじみと味わい深い内容になっている。

2022年4月30日、なんぷう堂、2000円。

posted by 松村正直 at 10:59| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする