2021年01月15日

永田淳歌集『竜骨(キール)もて』

nagatajun.jpg

2007年から2014年までの作品499首を収めた第3歌集。

ヒオウギの咲ける傍えに週に二度黄のゴミ袋四、五個の並ぶ
暁近く岩倉川の砂州の上を鹿の四頭渡りゆく見ゆ
死の後に死の影とうはなくなりぬ実家の庭に転がる青柿
秋の陽の傾きながら差す湖に櫂とふたりの魚釣る時間
着物の中は鶏がらだ 会場に誰か言いにき母の立てるを
杉原でなく恂{がとう空想の許されてあり薄き珈琲
一日の娘の視力を補いて後(のち)に眼鏡は机上に置かる
灯を点すごとくにゲラに朱を入れつ沫雪の降る午の窓辺に
悔いのなき人生などはつまらなし中二数学を子に教えつつ
我が知らぬ佳きこと数多あるらしくいいねいいねの念仏続く

1首目、週2回の燃えるゴミの日。ヒオウギとの取り合わせがいい。
2首目、とても美しい光景。映像を見ているような静謐さを感じる。
3首目、「死の影」という言葉は、確かに生者に対して使うものだ。
4首目、父と息子だけの時間。「櫂」という名前がよく効いている。
5首目、人間とはこんなひどい言葉も言ってしまえる存在なのだ。
6首目、もし恂{邦雄が夭折していたら短歌史はどうなっていたか。
7首目、一日の仕事を終えて、眼鏡もゆっくりと休んでいるみたい。
8首目、ところどころに赤い色が灯る。目がちらちらする感じ。
9首目、悔いのない人生なんて、ほんとうにあるのだろうかと思う。
10首目、「念仏」が強烈だ。SNS上の「いいね」に対する皮肉。

2020年7月1日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 08:25| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月11日

池田はるみ歌集『亀さんゐない』


2015年から2020年までの作品を収めた第7歌集。

足あとがつくほど降つて 足跡を消すほど降つて まだ雪止まぬ
まだ青い老人われはつもりたるおち葉のうへをしづかにあゆむ
乗り込めばかすかに水の匂ひせり 今朝地下鉄に秋が届きぬ
ああわれも独り言いふこのごろは人の気持ちが分からないから
肩、腰をほぐされゆけばつぎつぎと城が落ちたといふ感じせり
高齢にあらぬエネルギー発したる草間彌生をわれは愛さず
「日本出身横綱」などと造語され国を負はさる稀勢の里はも
洋服の古きをならべ売つてゐるメルカリとちがひ現物にして
一歳の食欲盛ん 手づかみでひとりで食べるうどんが美味い
たかだかと呼び出しのこゑ伸びてゆく畑のやうな体育館に

1首目、雪の積もっていく様子を足跡の描写でうまく表現している。
2首目、まだ初心者の老人という感じ。滑らないように慎重に歩く。
3首目、地上と違って季節感が見えにくいが、匂いで秋を感じる。
4首目、独り言が増える理由を自分なりに分析しているのが印象的。
5首目、身体のこわばりがほぐれるのを城の陥落に喩えたのが独特。
6首目、「われは愛さず」がいい。世間的な風潮には同調しない。
7首目、モンゴル出身横綱に対する言い方。国籍など関係ないのに。
8首目、門前仲町の縁日の歌。中古品を売っている点では同じだが。
9首目、見るだけで美味しさが伝わる食べ方だ。大人にはできない。
10首目、大相撲の無観客開催の様子。無人の客席が段々畑みたい。

2020年9月3日、短歌研究社、3000円。

posted by 松村正直 at 08:11| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月08日

『オナカシロコ』の続き

エッセイの部分から2つ。

私が初めて観たテレビは「文明堂のコマーシャル」だったと母が言っていた。クマのぬいぐるみがラインダンスを踊る、あのCMだ。

懐かしい。「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂〜」というテーマソングが頭に流れる。もっとも、これは関東で流れたCMなので、「あのCM」と言われても、全国の人が知っているわけではない。関西に来てこのCMの話をしたらみんな知らないので驚いた。反対に、例えば「パルナス、パルナス、モスクワの味〜」と言われても僕にはわからない。けっこう地域差がある。

来年の春といえば、ぜひガラケーをスマホに替えたい。スマホを持っていないばかりに損をしてしまうことが増えて来た。

令和の世にガラケーを使っている人は(僕も含めて)絶滅危惧種なので、「おお、ここにも仲間が!」と嬉しくなる。ただ、この歌集の「来年」とは2020年のことなので、もうスマホを買ってしまったかもしれないな。

posted by 松村正直 at 07:08| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月07日

藤島秀憲歌集『オナカシロコ』

著者 : 藤島秀憲
ふらんす堂
発売日 : 2020-10-30

2019年1月1日から12月31日まで、ふらんす堂のホームページに連載された短歌日記(短歌+エッセイ)をまとめた第4歌集。エッセイも面白いのだが、とりあえず引用は歌だけで。

生簀(いけす)には馬面剝(うまづらはぎ)の二匹おり低カロリーの白身がおよぐ
仏壇に先を譲りてふたたびをエレベーターの待ち人となる
どんぶりをはみ出す海老の尻尾たち昼に混み合う店を行き来す
充血は充実ならず夜を明かし鏡にうつすひだりのまなこ
引用の歌を怪しみ書庫へ行く明治三十一年へ行く
さるすべりの百日間がはじまりぬ選挙のあとの町のそこここ
対岸のアマゾンの倉庫に窓見えず窓の見えねば働くひと見えず
かたゆでの玉子となりて満員の車両に秋のわたしが傾(かし)ぐ
いずこよりA氏は来るや駅前に落ち葉つもれば落ち葉を消しに
あっけない死ほど疑い深き死と刑事が写しし寝間居間わたし

1首目、まだ生きている魚を「低カロリーの白身」として見る視線。
2首目、エレベーターで運ばれる仏壇。死の順番を譲ったみたいだ。
3首目、大きな海老の載る天丼が名物のお店なのだろう。
4首目、「充血」と「充実」は確かに違う。徹夜明けの疲労が濃い。
5首目、明治31年刊行の歌集の歌。ちょっとしたタイムトラベル。
6首目、さるすべりは「百日紅」。夏から秋にかけて長く花が咲く。
7首目、倉庫の窓という具体を通じて、巨大物流企業の怖さを描く。
8首目、「かたゆでの玉子」がいい。身体や意識がこわばる感じ。
9首目、知らない誰かが、いつも落ち葉の掃除をしてくれている。
10首目、自宅で父が亡くなった時の回想。不審死として扱われる。

2020年10月19日、ふらんす堂、2000円。

posted by 松村正直 at 08:30| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月06日

宮崎郁雨『函館の砂』


副題は「啄木の歌と私と」。

石川啄木の函館時代の友人で、多額の資金援助をし、また啄木の妻の妹と結婚するなど、深い関わりを持った宮崎郁雨。この本は、彼が晩年の75歳の時に出版した回想録である。

啄木との関係においては常に受身な印象が強い宮崎だが、啄木のすべてを受け入れていたわけではなかった。とても真面目な性格だったようで、啄木の女性関係や借金問題に対して厳しい批判も書いている。

後年の彼の恋愛観の変貌と一部の行状に就ては、或はこれを彼の人間的成長と見、思想的伸展とする見解も当然成立つだろうが、私は彼の境遇と心情の如何に拘わらず必ずしも同情的な好意は持てない。
次々と借金を重ねて行った彼の無反省的行動の裏には、実際には必須の事情が伏在したのだけれども、こうした彼の処世概念と、寺育ちという特殊な生態の生んだ自助心の稀薄とが大きく影響して居たのではあるまいか。

その一方で、「性情の対蹠的な私は、自身には到底持ち又は行い得ない不縛奔放の彼の思度や行為の持つ不思議な魅力に引かれて」という記述もある。啄木に対する愛憎半ばする思いが滲みつつも、全体として深い理解と愛情を感じる一冊だと思う。

1960年11月5日、東峰書院、380円。


posted by 松村正直 at 17:39| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月04日

永井祐歌集『広い世界と2や8や7』


287首を収めた第2歌集。
(だから「2や8や7」なのか?)

よれよれにジャケットがなるジャケットでジャケットでしないことをするから
一人カラオケ わたしはなぜかしたくなく君はときどきやっていること
待てばくる電車を並んで待っている かつおだしの匂いをかぎながら
公園のトイレに夜の皺が寄る わたしが着てる薄過ぎるシャツ
マスカットは秋の食べ物 秋になると色んなものの上にのるから
冬の街あるいてゆけば増強された筋肉みたいなダウンジャケット
パリなんてベタだと思う 君がいて靴の色まで夕方になる
公園の入り口にある桜の木 黒いダウンの子供も見てた
ファミレスが得意なのはハンバーグとパフェ わたしにも聞こえる虫の声
とうめいな袋の中でポッキーがきれいに横に並んでいるよ

1首目、「ジャケット」3回の繰り返しと言葉の大胆な省略が巧み。
4首目、「夜の皺」が印象的。皴からシャツへという流れも自然だ。
5首目、マスカット自体ではなくケーキやパフェに載るマスカット。
6首目、ダウンジャケットのもこもこしている感じが目に浮かぶ。
9首目、豊富なメニューの中にも、得意分野と不得意分野がある。

「コンビニ」「携帯」「iPhone」「TSUTAYA」「コーヒー」「エアコン」「シャツ」の歌が多い。カタカナが多い。算用数字が多い。一字空けが多い。

2020年12月8日、左右社、1600円。


posted by 松村正直 at 10:13| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月03日

小林真代歌集『Turf』(その2)

続いて後半から。

骨になりこの地に残るといふことのしづけさにけふの日が差してゐる
夜が先か雪が先かと思ひつつカーテンを閉ぢ灯りを点す
ふるさとをきつと頼りにしてほしい 皮剝けばなほ白き大根
昼に食ふはずが夜食ふサラダうどん嗚呼昼の味がすると思へり
あかりひとつ消せば隣の部屋の声くきやかになるホテル東洋
脚立返しに来ましたと呼ぶ塗装屋の声が足場の底から聞こゆ
産みし子が遠くの街ではたちになる今日をたのしむビール冷やして
足尾銅山鉱毒事件をおほふ泥 除染といふ語新しからず
用水路でザリガニ獲つてよろこんで弟はまだ姉のものなりき
自分のことばかりしてゐし一日の日記書くときひとをおもひぬ

1首目、死後の自分の骨に日が差しているような寂しさと安らぎだ。
2首目、上句の言い回しが独特。夕暮れに雪が降り出しそうな気配。
3首目、進学を機に離れる子にも、いつか故郷が心の拠り所になる。
4首目、昼食べても夜食べても同じサラダうどんだが、何か違う。
5首目、寝ようと思って灯りを消すと、隣の部屋の音が気になる。
6首目、「足場の底から」がいい。作業現場の空間が感じられる。
7首目、息子に対する祝いであると同時に、自分への祝いでもある。
8首目、「除染」が新語ではなかった驚き。歴史は繰り返される。
9首目、子どもの頃の思い出。「姉のものなりき」の断定がいい。
10首目、自分のことだけでは心は満たされないのかもしれない。

2020年9月26日、青磁社、2500円。

posted by 松村正直 at 10:01| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月02日

小林真代歌集『Turf』(その1)

2009年から2019年までの作品を収めた第1歌集。

作者は福島県いわき市在住。震災や原発事故の影響や内装工事の現場の歌を中心に、印象に残る歌がとても多い。まずは前半から。

本物のサーカスを見た記憶なくシャガール展へ馬を見にゆく
運転免許証優良講習に集ひけるけふの人みな冬生まれ
震度6に怯えて逃げし石田さんの犬いまどこをにげてゐるのか
トンネルを数へつつゆく海岸線途中から海を数へてしまふ
弟によく似た嬰児抱きつつ弟こんなにかはいかつたか
つばくらめ村人よりも先に来て仮設住宅に巣をつくりをり
どんな検査だつたか問へば舌打ちしフツー。フツーの内部被ばく測定
除染なら三十年は仕事がある。食ひつぱぐれない。やらないか、除染。
ひとつづつテトラポッドを吊り上げて重機は雲ののろさで動く
女性用作業ズボンの臀部にある丸みと裏地が女性用なり

1首目、生まれ育った家庭環境。シャガール展へという流れが良い。
2首目、誕生日の前後一か月が更新期間。「みな冬生まれ」なのだ。
3首目、パニックになって逃げ出し犬。今も逃げ続けているのか。
4首目、トンネルの中の時間が長くて、時々海が見える感じなのだ。
5首目、甥のことだと読んだ。下句がやや失礼な内容ながら率直。
6首目、震災や原発事故などの背景を何も知らない燕の明るさ。
7首目、何にでも「フツー」と答える子。普通のことではないのに。
8首目、放射能汚染の除染作業が安定した仕事の口になる現実。
9首目、「雲ののろさ」が印象的。海岸や空の風景が見えてくる。
10首目、男性が多い現場で自分が女性であることを意識する瞬間。

2020年9月26日、青磁社、2500円。


posted by 松村正直 at 10:56| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月01日

北山あさひ歌集『崖にて』


「まひる野」所属の作者の第1歌集。
2012年から2020年までの作品446首を収めている。
第7回現代短歌社賞受賞。

履歴書の写真のような顔をして飛んでいるのにかもめはきれい
臨月のともだちへ手を振っているこのようにたまに灯台になります
お茶漬けのあられ浮いててばかみたい会いたさはひどく眩しい梯子
鎌倉のだいぶつさまの背(せな)にある窓ひらきたし頰杖つきたし
さらさらと笑って揺れて雨の日はよく竹になる女ともだち
こどもたちつららを食べる雪を食べる花が咲いたら花食べるべし
にがうりを塩で揉みつつ雨降りのゆうべを思う存分ひとり
おにぎりを二つ食べればあたたかく三つ食べればこの世のからだ
セフカペンピボキシル錠ふんわりと桜色して菌みなごろし
グラタンのホワイトソースに沈みいる鱈や小樽や風邪のおもいで

1首目、発想がおもしろい。畏まったような澄まし顔をしている。
2首目、笑顔で手を振っているけれど、内心は複雑な気分なのだ。
3首目、実景描写から三句のつぶやき、下句の箴言的なフレーズへ。
4首目、あの高い窓の内側に座って外を見たら、気持ち良いだろう。
5首目、竹林の竹がさざめく感じに似ている。皮肉っぽい言い方。
6首目、春になったら花を食べる。そんなふうに生きられたらいい。
7首目、「思う存分」に動詞ではなく「ひとり」が付くのが印象的。
8首目、結句「この世のからだ」で日常とは別次元の歌になった。
9首目、見た目は可愛らしい錠剤だけれど、やることはえげつない。
10首目、下句の三つがごく自然に並びつつ読み手を回想へと導く。

2020年11月6日、現代短歌社、2000円。

posted by 松村正直 at 21:28| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月15日

三枝浩樹歌集『黄昏(クレプスキュール)』

tasogare.jpg

2009年から2015年までの作品440首を収めた第7歌集。
信仰について、山梨について、生死についての歌が多い。

蠅ほどのちいさな蜂を遊ばせてはくちょうそうが微かにゆれる
立て板に水、おしゃべりな人あれど和巳は多く語らざりけり
電話にて声のみ知りて親しめる雪の横手の友の明るさ
キリシタン大名有馬晴信の流謫(るたく)され斬首(ざんしゅ)され眠れるところ
特急通過を待つ間のありてひなびたるホームに仰ぐ山の近しさ
連れ合いは欠けてはならぬ人のこと五風十雨の日々がすぎゆく
ろうそくに移さんとしてマッチする五秒がほどのみじかき焰
死はいずれ人を分かてど今日の日の餐(さん)に与る灯の下に寄る
軒下に立てかけてある竹箒 生前死後という時間あり
香りにもほのかなさくら色あらん白湯に浮かべるはなびら二つ

1首目、繊細な描写。漢字で書くと「白鳥草」ではなく「白蝶草」。
2首目、早稲田祭の講演の後の懇親会での高橋和巳の姿。
3首目、声だけを知る間柄。横手市はかまくらで有名なところ。
4首目、肥前の藩主だった有馬晴信は、遠く山梨で死んでいる。
5首目、何でもない場面だが、のどかな気分がよく出ている。
6首目、「五風十雨」は天気が順調で世の中が安泰なこと。
7首目、夭折した立原道造をしのぶ歌。短く燃え尽きた命。
8首目、「死が二人を分かつまで」という結婚式の言葉を思う。
9首目、飯田龍太の居宅「山廬」を訪れた際の歌。主のいない家。
10首目、香りに色があるという発想が美しい。

「身延線常永駅」と題する一連5首がある。ここは山梨大学医学部附属病院の最寄り駅。母が入院していた時に使った駅なので懐かしい。

2020年7月20日、現代短歌社、2600円。


posted by 松村正直 at 23:39| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月23日

川野芽生歌集『Lilith』

著者 : 川野芽生
書肆侃侃房
発売日 : 2020-09-26

2018年に歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。

「文学としての短歌」を存分に味わうことのできる一冊。西洋文学のモチーフを随所に取り入れながら、高い修辞力と文語定型の力によって、一首一首完成度の高い歌を生み出している。

はつなつの森をゆくときたれもみなみどりの彩色玻璃窗(ステンド・グラス)の片(ピース)
みづからの竜頭(りゆうづ)みつからず 透きとほる爪にてつねりつづくる手頸
幾重もの瞼を順にひらきゆき薔薇が一個の眼となることを
うつくしいパルフェをくづし混沌の海よりひとが取りだすミント
氷嚢のとけてしまへる昼の家影たちはかはるがはる訪ふ
傘の骨は雪に触れたることなくて人身事故を言ふアナウンス
ねむる――とはねむりに随きてゆく水尾(みを)となること 今し水門を越ゆ
摘まるるものと花はもとよりあきらめて中空にたましひを置きしか
愛は火のやうに降りつつ 〈Amen.(まことに)〉を言へないままに終はる礼拝
スーツケースにをさまるほどのからだしかなくて曳きをりスーツケースを

1首目、木洩れ日を浴びて誰もが緑の光のまだら模様になっている。
2首目、「みづから」と「みつから」など音の響き合いが印象的。
3首目、八重咲きの薔薇の花びらが少しずつ開いて眼が完成する。
4首目、パフェのミントを取り除く場面。パルフェは仏語で完璧。
5首目、熱を出して寝ていた子どもの頃の回想か。「氷嚢」がいい。
6首目、上句の「骨」が下句の死のイメージへとつながっていく。
7首目、眠りに落ちてゆく時の感覚を船の航跡に喩えていて美しい。
8首目、いや、そうではない、という反語だろう。魂は奪われない。
9首目、礼拝に参加しながらも神を信じ身を委ねることができない。
10首目、大きなスーツケースを曳きつつ、身体の不自由さを思う。

幻想文学的な味わいもありつつ、現代の社会や制度に対して強く抗う力も持っている。栞(水原紫苑、石川美南、佐藤弓生)の文章もそれぞれに良い。

2020年9月24日、書肆侃侃房、2000円。


posted by 松村正直 at 07:53| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月22日

24冊

 P1080213.JPG


『近藤芳美集』(全10巻、岩波書店、2000〜01年)は近藤の歌集と代表的な散文を収めていて、便利なシリーズである。こうした形でまとまっているのは本当にありがたい。

ただ、このシリーズは近藤の生前に刊行されているために、歌集は22冊目までしか収録されていない。

第1巻 『早春歌』『吾ら兵なりし日に』『埃吹く街』『静かなる意志』『歴史』『冬の銀河』
第2巻 『喚声』『異邦者』『黒豹』
第3巻 『遠く夏めぐりて』『アカンサス月光』『樹々のしぐれ』『聖夜の列』
第4巻 『祈念に』『磔刑』『営為』『風のとよみ』
第5巻 『希求』『甲斐路百首』『メタセコイアの庭』『未明』『命運』

そのため、近藤の歌集を全部読もうと思ったら、第23歌集『岐路』(砂子屋書房、2004年)と第24歌集『岐路以後』(砂子屋書房、2007年)は別途買う必要がある。

まあ、それがまたいいのかもしれないな。


posted by 松村正直 at 21:03| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月21日

近藤芳美『無名者の歌』


1974年に新塔社から刊行された単行本の文庫化。

1955(昭和30)年から1973(昭和48)年までに「朝日歌壇」の近藤芳美選に入選した作品から数百首を引いて、戦後の歴史を振り返った一冊。

「療養所の歌」「炭鉱の歌」「農の歌」「愛情の歌」「教師の歌」「学園紛争の日々の歌」「戦争の死者らの追憶の歌」といったテーマに分けて、鑑賞・説明文が記されている。

雨の陣地に田植を語り五分後に爆死せり君は泥に埋もれて
                   吉田文二
むらさきに新芽吹きたる槻の木に揺籠を吊り夫と炭出す
                   池田朝美
ひろげたる行商の魚遠山の雪を映していたく青めり
                   武山英子
綴じ合いて白根の光るをほぐしつつ蒔く種籾の風に片寄る
                   小室英子

こうした歌の持つ力は、今も少しも色褪せていないと思う。

てるみちゃんくにしげ君も流されて根場保育所に香あぐる湖端
                   中村今代
昭和四十一年の秋、一夜の激しい台風の雨に、富士五湖の一つである西湖の岸辺の村が山津波の土砂に埋れ、村人の命を失ったことがある。根場という村落の名である。

「根場」という集落の名を読んで、あっと思う。
以前、この地を訪れて砂防資料館を見学したことがある。
https://matsutanka.seesaa.net/article/452571279.html

資料館では土砂に埋れた集落の無惨な写真や映像を見たのだが、てるみちゃんも、くにしげ君も、その犠牲者であったのだ。

1993年5月17日、岩波同時代ライブラリー、1050円。

posted by 松村正直 at 17:17| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月20日

近藤芳美『歌い来しかた』


副題は「わが戦後短歌史」。

近藤が自らの6冊の歌集(『早春歌』『埃吹く街』『静かなる意志』『歴史』『冬の銀河』『喚声』)から歌を引きつつ、戦後の社会や生活を振り返った本。必要があって久しぶりに再読した。時代は1944年から1960年まで。

既に60年以上が経っている歌ばかりなので、社会的な背景や歌の元になった事件などがわかるとずいぶん理解が深まる。その意味で、近藤の初期の歌を読む際の参考になる一冊である。

わが家にある本は1986年の初版であるが、現在も版を重ねていて新刊で入手可能だ。定価は780円になっているけれど。

1986年8月20日、岩波新書、480円。

posted by 松村正直 at 22:36| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月18日

小池光『うたの動物記』の文庫化

P1080210.JPG

小池光さんの『うたの動物記』が文庫になった。
これは嬉しい。

単行本は2011年に日本経済新聞出版社から刊行され、第60回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。「馬」「秋刀魚」「キリン」「コオロギ」「とんぼ」「カバ」など、様々な動物についての詩歌を引きつつ記した全105篇のエッセイ集。私は今「NHK短歌」で干支のうたの連載をしているのだが、その時もいつも参考にしている。

今回、その名著が朝日文庫に入った。
おススメです。

posted by 松村正直 at 10:12| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月12日

水原紫苑歌集『如何なる花束にも無き花を』

 mizuhara.jpg

2017年9月から2020年5月までの作品472首を収めた第12歌集。

キリストもブッダも犬にあらざれば信に足りずとおもふ秋かな
梅咲けば未來おもほゆさくら咲けば過去(すぎゆき)おもほゆいづれにも無きわれ
鳥歩む春を生きつつ日本語を超え得ざること怒りのごとし
睡蓮はけふも開けり五月より九月に至る夢あるいは死
卵黄に春の曇天あふれつつ死に死に死にてあかるきものを
背景の左が白きままなりしセザンヌ夫人愛を知るべし
いつの日も蜜柑は城の姿にて若き城主を守るつゆけさ
トルストイとドストエフスキー咲くごとき二本(ふたもと)の椿に鴉飛び交ふ
風の骨あらはに見ゆるきさらぎを過ぎゆけるひとみな扇(あふぎ)かも
韓國を敵と言ひなす人々の怯えぞふかき底紅(そこべに)の木槿

1首目、一番信じられるのは神でも仏でもなく犬だったのだろう。
2首目、未来や過去の長い時間に比べれば、生きている時間は短い。
3首目、日本語を使うことは日本語の制約を受けることでもある。
4首目、数日間咲いたり閉じたりを繰り返す睡蓮の花の幻想的な美。
5首目、上句がいい。割った卵から現われ出る卵黄の色の明るさ。
6首目、塗り残されたままの背景に、かえって深い愛を感じる。
7首目、発想が面白い。蜜柑の城の中に守られている若き城主。
8首目、19世紀のロシアを代表する二人の文豪に喩えられた椿。
9首目、冷たい風に吹かれて人間の骨格もあらわに見える感じ。
10首目、木槿は韓国の国花。ヘイトの裏にある「怯え」を見抜く。

2020年8月15日、本阿弥書店、2700円。

posted by 松村正直 at 07:46| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

百々登美子歌集『荒地野菊』

dodo.jpg

第10歌集『夏の辻』(2013年)以降の作品617首を収めた遺歌集。作者は2019年6月28日に89歳で亡くなった。

亡き人の蔵書のゆくへ思ふなりあつらに雪の降りし夕ぐれ
風よけて静止画像となりてゐる蝶の交(つが)ひも少しかげりぬ
さまざまな笑ひ方などして遊ぶ玻璃のむかうに寒椿咲く
古(いにしへ)は千ほども色彩(いろ)を言ひ分けて人はゆたかにありしと聞けり
盛りあがる卵黄割りつ生卵呑むは人間と蛇のみといふ
子のなきを羨しと寄り来ふり向きざま一刀に切ることばが欲しき
人もけものも子をつれてゐる動物園に来て抱けるかたちつくづくと見ぬ
眼薬の落ちてくる間よまなうらを駆け抜けてゆく人の群見ゆ
胸ふかくギター抱へて内面は小さき音のみに出ると言ひしも
穴あきし帽子をかぶり終日を釣りゐる父はをらず鴨浮く
庭住みの大き蝸牛を踏み破(や)りし足裏をこする音消ゆるまで
重なりて土俵の下に落下する肉体の弾力寝際に思ふ
呼子笛吹きたてながら保護者のみ目立つ子どもの神輿巡りぬ
転びたるままに仰げる高き空何の救ひもみせず澄みをり
軽装の看護師たちのゆきちがふ身軽さまぶし御用納めの日

1首目、大切にしていた蔵書も、亡くなれば処分されてしまう。
2首目、葉の影などで交尾しているところ。「静止画像」がいい。
3首目、一人の部屋で窓ガラスに向かって笑顔を作って遊ぶ。
4首目、微妙な色の違いを感じ分けて表す言葉を持っていたのだ。
5首目、「人間と蛇のみ」だったとは!生卵を食べるのが怖くなる。
6首目、子を持たぬことに対する本人にしかわからない激しい思い。
7首目、檻の中の動物も見ている人間も、それぞれ子を抱いている。
8首目、目薬が落ちる一瞬、走馬灯のようにめぐる記憶の中の人々。
9首目、演奏する時、大きな音ではなく小さな音に感情が滲み出る。
10首目、釣り好きな父だったのだろう。幻のように目に浮かぶ。
11首目、殻が割れる無残な音と感触が足裏にこびりついている。
12首目、力士の肉体の重量感がふいに甦る。「重なりて」がいい。
13首目、主役の子どもよりも、親たちの方が盛り上がっている。
14首目、自らの老いを詠んだ歌。仰向けに転倒して見た空の青さ。
15首目、入院して迎えた年末。自分は家に帰れずに年を越すのだ。

2020年7月15日、砂子屋書房、3000円。


posted by 松村正直 at 15:37| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月01日

榊原紘歌集『悪友』

著者 : 榊原紘
書肆侃侃房
発売日 : 2020-08-05

昨年、第2回笹井宏之賞大賞を受賞した作者の第1歌集。
330首を収めている。

生活に初めて長い坂があり靴底はそれらしく削れる
硝子戸の桟に古びた歯ブラシを滑らせ春の船跡のよう
立ちながら靴を履くときやや泳ぐその手のいっときの岸になる
目薬を点すときうすく口があく近づいてゆく晩年のため
盗むように鎖骨のにおいをかいでいる あなたの夜は琥珀のようだ
呪いって「まじない」だとも読めるけど どちらにしても戻らない猫
クラクフと言っても通じぬ空港でKrakowの文字は電子の光
散るときがいちばん嬉しそうだった、そしてゆったり羽織るパーカー
スノードームに雪を降らせてその奥のあなたが話すあなたの故郷
朝っぱらのぱらを見るためさみどりのカーテンを引く指があること

1首目、新しい町に転居したのだろう。新鮮な気分で長い坂を歩く。
2首目、桟の掃除から「春の船跡」の明るさへ展開するのがいい。
3首目、肩に置かれる手。「泳ぐ」から縁語的に「岸」につながる。
4首目、無意識に開いてしまう口の無防備な感じが老いに似ている。
5首目、「鎖骨のにおい」が独特。たぶん相手も知らない匂いだ。
6首目、「のろい」だと悪い意味だが「まじない」だと良い意味に。
7首目、発音が難しいのだろう。スマホなどの文字を示して伝える。
8首目、人間関係の比喩のようにも読める。一呼吸おいて下句へ。
9首目、スノードームは回想の気分を誘う。雪国の出身なのかも。
10首目、カーテンのひらひらした感じが「ぱら」と合っている。

2020年8月4日、書誌侃侃房、1800円。


posted by 松村正直 at 21:11| Comment(3) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月30日

高木佳子歌集『玄牝』

takagi.jpg

2012年から2020年までの作品を収めた第3歌集。

十月の夜を焚かれし木片は火を失ひてのちを冷えをり
生けるもの皆みづからを負ひながら歩まむとするこの砂のうへ
あなたたちはさ、貧しかつたんだよといふ声よ親しき人がふいに侮る
うすくまろく削りたる地にみづからを嵌めて眠れる白毛の犬
示威ならば威を示しゆけ手のうちに握りし意志を合歓の朱色を
わら灰の煮えゐるなかにぜんまいは青きにほひを放ち解れぬ
母さんと呼ばれてやまぬ女の死よみづからの名はどこかに置きて
福島より逃れゆきける女人にていまひとたびの命生まむとす
春あはき昼の電車に陽は入りて楢葉標葉へ発つ人照らす
置かれゐる黒き嚢はわたくしのそして誰かの庭だつた土

1首目、焚火の跡の様子。「火を失ひて」という捉え方がいい。
2首目、砂浜を歩く生き物の姿。自分の身体を自分で運んでいく。
3首目、福島の浜通りに原発が建てられた経緯についての話だろう。
4首目、「みづからを嵌めて」がいい。居心地が良さそうだ。
5首目、現代的で楽しそうなデモ(示威行進)に対する違和感。
6首目、ぜんまいの灰汁抜きの場面。色と匂いが何とも鮮やかだ。
7首目、夫の母の死を通して見えてくる女性のあり方に対する思い。
8首目、原発事故後に福島を離れた人との間に生じた心理的な溝。
9首目、「楢葉標葉」は双葉郡の元の名。常磐線再開の喜びが滲む。
10首目、除染された大量の土が、嚢に入れられて積まれている。

2020年8月1日、砂子屋書房、3000円。


posted by 松村正直 at 09:08| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月12日

田宮智美歌集『にず』

tamiya.jpg

塔短歌会所属の作者の第1歌集。
2004年から2019年までの作品402首を収めている。

縁があって、歌集の栞をかかせていただいた。

この部屋はわたしの部屋か戸を開けてなみだも出ない三月十二日
〈※被災求職者対象求人〉多かれど被災者枠に入れぬわたし
震災が起きなかったら、震災が起きなかったら、呪文のように
こけしこけしこけしが欲しい胴をにぎり頭をなでて可愛がりたい
いもうとの同棲、結婚、妊娠もみな母親の口より聞けり
晴れた日は晴子、雪降りなら雪子 生まぬ子の名を考えており
一人なり。テレビの中の被災者はみんな誰かと支え合ってて
順繰りに人が嫌われゆく職場 あ、そのお弁当おいしそうだね
チャングンソクの話ばかりする人といてチャングンソクの話ばかり聞く
読みかけで席を立つ時はさみたりスティックシュガーの赤い袋を

1首目、東日本大震災翌日。避難所で一夜を過ごして戻った自室。
2首目、役所の決める「被災者」の定義に含まれないもどかしさ。
3首目、震災さえなければ順調な人生が続いていたのにという思い。
4首目、一人暮らしの寂しさや人恋しさがむき出しになっている。
5首目、別の人生を歩み始めた妹との間に次第に距離が生まれる。
6首目、「晴子」「雪子」という名前の現実感のなさが印象に残る。
7首目、テレビ番組の求める〈被災者像〉というものがあるのだ。
8首目、いつ自分が仲間外れになるかわからない怖れと息苦しさ。
9首目、全く興味がない韓流ドラマの話に延々と相槌を打ち続ける。
10首目、カフェでトイレに立つ時の仕種がうまく詠まれている。

2020年7月15日、現代短歌社、2000円。


posted by 松村正直 at 11:59| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月06日

阿波野巧也歌集『ビギナーズラック』


2012年から2019年までの作品308首を収めた第1歌集。

ストローを刺してあふれるヤクルトの、そうだよな怒りはいつも遅れて
湖も掬えば水になることを告げてあなたは夕景に立つ
スーパーの青果売り場にアボカドがきらめいていてぼくは手に取る
触れるとききみに生まれる紫陽花もふくめて抱いていたかったのに
自動販売機を積んで行くトラックと心もとない四月のぼくと
見っけた、と小さな声で告げられて振り返ったら満開である
けん玉のじょうずな子ども見ていたら大技っぽい技が決まった
まぶしくて見るとガラスで市役所の一面だけにさしてる朝日
こしあんの方が好きって言いづらいこの場の空気どうするかなあ
よくわからない盆踊り 適当でええねんときみが適当におどる

1首目、三句の読点を打つつなぎ方や「そうだよな」の挿入が巧み。
2首目、てのひらに掬うと、青い湖は透明な水になってしまう。
3首目、買う予定はなかったのだが、煌めき具合につい手が伸びる。
4首目、「紫陽花」がいい。躊躇いや期待や不安などの揺れる感情。
5首目、四月は新学期や新生活の始まりの季節。あてどない気分。
6首目、「見つけた」でなく「見っけた」。満開の笑顔が見える。
7首目、「大技っぽい」がいい。けん玉に詳しいわけではないので。
8首目、認識の順序に沿って丁寧に言葉が組み立てられている。
9首目、つぶあん派ばかりの状況。好みを言うのも簡単ではない。
10首目、盆踊りは見よう見まねで踊るもの。それでも何とかなる。

2020年7月30日、左右社、1800円。


posted by 松村正直 at 09:53| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月05日

時田則雄『樹のように石のように』

tokita.jpg


副題は「ポロシリ庵雑記帖」。

2012年1月16日から2015年12月30日まで、十勝毎日新聞の「編集余禄」に連載された248篇を収めたもの。

北海道の十勝で農場を営む著者ならではの、スケールの大きな話がたくさん出てくる。

小麦まきが終わった。面積は20ヘクタール余。5日かかった。整地は主に夜。ロータリーハローを装着したトラクターは100馬力。
今年の私の農場の収穫量は、小麦120トン、ジャガイモ200トン、タマネギ33トン、ナガイモ85トン(春掘りを含む)、ニンジン300トン。

都会とは全く違う生活。その毎日を想像するだけで楽しい。
こうした暮らしをもとに短歌を詠んでいる著者にとって、現代の短歌は物足りなく感じられるようだ。

私は頭のてっぺんで詠んだ、貧血の蚊の鳴き声のような歌には興味がない。
歌壇を眺めると、気の抜けたサイダーのような作品が目立つ。

こんな手厳しい批判の言葉がならぶ。こうした言い方に反発を覚える人もいるだろうが、時田の信念は揺るがない。

そんな著者が自らの代表作〈獣医師のおまへと語る北方論樹はいつぽんでなければならぬ〉について記している話が味わい深い。

当時の私は30代前半。まだまだアンチャンだったからこのように詠えたのだが、70歳近くなった今は、とてもこのようには詠えない。/潔く立つ〈いつぽん〉の樹は格好いいが親しみが薄い。2、3本が寄り添うように立っているほうが、心が和む。「人」の「間」と書いて「にんげん」だ。〈いつぽん〉の樹の精神も大切だが、人はそれだけでは生きられない。

厳しい自然の中で生きてきた人の実感がにじむ言葉だ。

2017年4月20日、十勝毎日新聞社、1500円。


posted by 松村正直 at 07:33| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月29日

杉山由美子『与謝野晶子 温泉と歌の旅』


全国各地の温泉を訪ね回った与謝野晶子の旅について、自身の人生と重ね合わせながら論じた本。中年期以降の晶子に焦点を当てているのが特徴だ。

晶子の旅は「旅かせぎ」に「吟行」そして「温泉療養」を兼ねていただけに強行スケジュールで過酷でもあった。旅は何日にもわたった。
寺の息子らしく、お金をお布施のように懇望する鉄幹にくらべ、なんという才覚か。やはり晶子は商家の娘である。
(注:百首屏風の頒布について)
昭和六年五月から六月にかけての北海道旅行で、晶子は石川家の墓に詣でている。若くして薄幸のまま亡くなった啄木を晶子は弟のように可愛がっていた。

随所に引かれている晶子の歌も、印象に残るものが多い。

死ぬ夢と刺したる夢と逢ふ夢とこれことごとく君に関る
                  『夏より秋へ』
筆とりて木枯しの夜も向ひ居き木枯しの夜も今一人書く
                  『白桜集』

全国100か所以上の温泉に入って歌を残している晶子。旅のガイドブックとしても使える一冊である。

2010年6月20日、小学館、1500円。


posted by 松村正直 at 07:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

江戸雪歌集『空白』

edoyuki.jpg

2015年から2019年までの作品332首を収めた第7歌集。

焼夷弾のようだと花火をいう父に窓がしずかに寄りそっている
初冬(はつふゆ)に廃線跡を行き行けば前のめりのままケーブルカーあり
山火事のようだ怒りは背中からひたりひたりと夜空をのぼる
毒キノコ踏みつぶす靴あのシーン、隠喩だろうなわたしも踏んだ
自分だけがにんげんだという顔するな桐の筒花が土につぶれて
騒ぐなと言われてそれで馬のごと鬣たらし眠れるものか
どんな夜もまぶたは自分で閉じるのだわずかの本当を水にうつして
叢にやんわり踏んだ蟷螂をしばらく思いしばらく歩く
この世には釦の数だけ穴がありなのにあしたの指がこわばる
花は咲くどのように咲けば花でなくなれるのだ緋の嘘にまみれて

1首目、打ち上げ花火を見て空襲の記憶を思い出す父。
2首目、ケーブルカーの車両が傾斜に合わせて前傾している。
3首目、「背中から」に実感がある。不動明王みたいだ。
4首目、映画「ミツバチのささやき」だろうか。結句がいい。
5首目、三句「顔するな」の激しい言い方が印象的。
6首目、この歌も「眠れるものか」に強い憤りが含まれている。
7首目、眠りにつく時のまぶたの裏の感覚はこういう感じかも。
8首目、生き物を踏み潰した感覚が足裏にしばらく残っている。
9首目、一対一対応になっているから緊張しなくていいのだけれど。
10首目、初句切れや三句以下の句割れ句跨りの韻律に力を感じる。

2020年5月24日、砂子屋書房、2500円。


posted by 松村正直 at 13:13| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月10日

逢坂みずき歌集『虹を見つける達人』

oosaka.png

2014年から2019年までの作品368首を収めた第1歌集。
大学生活や就職、ふるさとの祖父母のことなどが率直に詠まれていて、良い歌が多かった。

のど自慢見ながら鍋のひやむぎを啜つてゐるとき実家と思ふ
おまへは何になる気なんだと父が言ふ何かにならねばならぬのか、われは
ケイコウペンのケイは蛍であることを捕まへて見せてくれし大き手
友達がFacebookにのせてゐる写真の中にわたしが居ない
この部屋にあと三日住む耳かきはもう段ボールに入れたんだつた
あぢさゐも樹だと気づけて良かつたよ並木道へと変はるこの路地
東京ゆき夜行バスにていま君がともす小さな灯りを思ふ
ストーブの効いた部屋から雪を見る 出会ふまへ他人だつたのか僕らは
忘れてと言つたけれども ざらめ雪 わすれられたらせつないものだ
寝過ごせば動物園に着くといふ電車を今日も途中で降りる
手袋をつくりし人のてのひらの冷たさ思ふ霜月の朝
おつぴさんは曾祖父/曾祖母の意味なりて男女(をとこをんな)はもう区別せぬ
潮騒のやうなるサ行の訛りかなわたしは寿司(すす)も獅子(すす)も大好き
思ひ出す雪の日ダイソーに行つたこと君とわたしと君の彼女と
朝ドラはヒロインがすぐ東京に行くから嫌ひ コーヒーの湯気

1首目、昔と変わらぬ実家の風景。大皿に盛らずに鍋から直接取る。
2首目、将来を案じる父に対しての見事な切り返し。
3首目、蛍を捕まえて見せてくれた人に対する淡い恋心。
4首目、一緒に撮った写真なのに省かれてしまっている。
5首目、引っ越し前の落ち着かない感じがよく伝わってくる。
6首目、両側に紫陽花が咲く道も見方によっては「並木道」なのだ。
7首目、ラインでやり取りすると相手のスマホの画面が灯る。
8首目、出会う前の他人同士だった二人を今では想像できない。
9首目、三句「ざらめ雪」が挿入されているのがいい。
10首目、通勤に使う路線。終点の動物園までは行ったことがない。
11首目、手袋を作る人はもちろん素手で作業しているのだろう。
12首目、宮城の方言。性別から自由になることへの憧れもある。
13首目、海に近いふるさとの訛りと祖父母に対する愛情。
14首目、語順がいい。四句目までははデートの場面かと思う。
15首目、上京が夢をかなえる手段であった時代はもう終ったのだ。

2020年7月1日、本の森、1200円。

posted by 松村正直 at 08:34| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月02日

千種創一歌集『千夜曳獏』


27歳から31歳までの362首を収めた第2歌集。
タイトルは「せんやえいばく」。

春の鹿 いま僕の去るポストには英国宛の書簡がねむる
これ走馬灯に出るよとはしゃぎつつ花ふる三条大橋わたる
駅までをふたりで歩くふたしかな未来を臓器のように抱えて
いわなければいけないことを言うときのどくだみの花くらやみに浮く
わかるのとあきらめるのはべつのこと タルトの耳が砕けてしまう
窓からはどんぐり広場が見えている、病み上がり、雨上がり、逆上がり
死ぬことで完全となる 砂風に目を閉じている驢馬の一頭
ダム底に村が沈んでいくような僕の願いはなんでしたっけ
iPhoneの中のあなたは手を振った 背骨のような滝のふもとで
胸にあなたが耳あててくる。校庭のおおくすのきになった気分だ

1首目、初句「春の鹿」のイメージが二句以下と遠く響き合う。
2首目、死ぬ時に思い出す人生の名場面集の一つになるとの思い。
3首目、「臓器のように」がいい。美しいばかりではない。
4首目、ひらがなの多用が効果的。どくだみの小さな白い花。
5首目、「諦む」の語源が「明らむ」だとは言うけれども。
6首目、下句の「上がり」の3連発に懐かしさと寂しさを感じる。
7首目、情と景の取り合わせ。視界が閉じて一つのものが完結する。
8首目、記憶の底へと沈んで自分でもわからなくなってしまう。
9首目、「背骨のような」が面白い。あなたと滝のスケールの違い。
10首目、相聞歌。あなたと一緒にいる安心感とゆったりした気分。

2020年5月10日、青磁社、1800円。


posted by 松村正直 at 07:35| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月27日

梶原さい子歌集『ナラティブ』

kajiwara.jpg

2014年から2018年までの作品456首を収めた第4歌集。

101歳の祖母の死、東日本大震災や津波の記憶、祖父の抑留されたシベリアを訪れる旅など、印象的な場面が数多く詠まれている。

黒き毛にみづ弾きつつあざらしの幾度もたどる同じ軌道を
とことはに学生のわれ「学校さ行つてきたが」と祖母に問はれて
一枚の布に鋏を入れながら作られてゆくからだありけり
揺らぎあふてつぱうゆりの純白の岬に長く暮れ残りたる
どのやうななにかであるかわからざるかたちをもとめ砂を掘りゆく
誰も知らずけれど誰もを知るやうな思ひに立てり墓地のくさはら
戦争がいつ終はるかを知りながら読み進みゆく戦中日記
薄闇に米研いでをりしやりしやりと後半生の粗きかがやき
みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて
波がここまで来たんですかといふ問ひが百万遍あり百万遍答ふ

1首目、水族館で泳ぐアザラシの姿。弾丸のような「軌道」がいい。
2首目、年老いた祖母の記憶の中で、作者は永遠の学生なのだ。
3首目、一枚の布から人間の身体を包む着物が仕立てられる。
4首目、あたりが暗くなった後も、花の白さだけが浮かび上がる。
5首目、津波による行方不明者の一斉捜索。四句までが生々しい。
6首目、ハバロフスクの日本人墓地。祖父であったかもしれぬ人々。
7首目、日記を書いた人は8月15日で戦争が終わるとは知らない。
8首目、薄暗い台所で光る米粒を見て、自分の人生に思いが及ぶ。
9首目、湖でボートに乗っている場面。「めくりつつ」が新鮮だ。
10首目、津波の到達した高さに驚く人々。「百万遍」が重い。

2020年4月24日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 22:55| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月26日

森田アヤ子歌集『かたへら』

morita.jpg

昨年、第7回現代短歌社賞を受賞した作品。
縁があって栞を書かせていただいた。

伸び出でしばかりの太き早蕨を山よりもらふ蒔かずにもらふ
じやがいもの花が咲きたり便りせぬ子よ奨学金は返してゐるか
畝立ての土の中より出できたり青のぼかしのおはじきひとつ
物置の屋根に玉蜀黍(コーン)の芯いくつ日に晒されて猿の影なし
二日ほどかはゆき声を跳ねさせてビニールプールは帰りゆきたり
むりをして揃へし全集マカレンコ矢川徳光書架に古りつつ
立秋の周防岸根の畝に蒔くチリ産黒田五寸人参
毒もつと教へて父の絶やさざりし鳥兜さく明き藍色
ロールシャッハテストのやうに対称に湖水に映る紅葉の山
沢庵を漬け込むそばに亡き人が柿の皮など入れよといへり
全身に振動伝へチェーンソーが木の歳月を通過してゆく
小径もてつながる班の十三戸背戸に迫れる崖みな高し

1首目、歌集の巻頭歌。自然の恵みをいただくことに対する感謝。
2首目、初二句と三句以下の取り合わせに味わいがある。
3首目、かつて子が遊んだものか。「青のぼかし」が目に浮かぶ。
4首目、屋根の上で玉蜀黍を食べて芯だけ捨てていった猿。
5首目、ビニールプールとともに元気な孫たちも去ってしまった。
6首目、1970年代に日本でも広まったソビエトの教育理論。
7首目、固有名詞がよく効いている。「周防岸根」と「チリ」。
8首目、毒があるからと排除するのではなく、大切にしていたのだ。
9首目、紅葉した山が湖面にくっきりと色鮮やかに映っている。
10首目、祖母や母と同じことを自分もしているという思い。
11首目、木を切ることは「木の歳月」を切ることだという発見。
12首目、「十三戸」という具体がいい。背後には山がそびえる。

おススメです!

2020年6月17日、現代短歌社、2000円。

posted by 松村正直 at 08:11| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月08日

加藤孝男『与謝野晶子をつくった男』

kato.jpg

副題は「明治和歌革新運動史」。2016年1月から2018年9月まで「歌壇」に「鉄幹・晶子とその時代」という題で連載した文章に加筆してまとめたもの。

『みだれ髪』の作者「鳳晶子」の名前をどう読むか、与謝野鉄幹はなぜ鉄幹という雅号を捨てて本名の寛を名乗るようになったのか、といった身近な話から始まり、朝鮮半島と鉄幹の関わりや鉄幹と晶子の関係など、『みだれ髪』刊行に至る流れが丁寧に描かれている。

特に、副題にもある通り「和歌革新運動」について詳しく記されている点が大きな特徴だろう。

和歌が新聞紙面に掲載されることによって、時事的な要素が次第に取り込まれていく。その題は、「藩閥」「政府改革」「権兵衛大臣」「新官人」「二博士」「米国博覧会」「内地雑居」などであった。
明治二十年代までに和歌革新に関する議論は出尽くしてしまっていて、子規はそれをジャーナリスティックに説いただけである。あとはそうした理論によって、いかに優れた作品をつくることができるのかが問題となっていたのである。
私がここで強調したいのは、和歌革新運動といえば、短歌のみを思い浮かべてしまうが、和歌の範疇には長歌もあり、その革新が、後の文学に与えた影響も考えなければならないということだ。その延長線上に、七五調の「君死にたまふこと勿れ」もあったのである。
清と戦争した日本人にとって、漢詩は、敵国の文学であった。中国から多大な文化的恩恵を被った日本人が、明治に入って急に漢詩に冷ややかなまなざしを向けたのはこのような理由からであった。

長年にわたって鉄幹研究を続けてきた著者ならではの発見も多く、非常に読み応えがある。

例えば、これまで〈飛ぶ鷲のつばさやぶれて高嶺より枝ながらちる山ざくら花〉と伝えられてきた鉄幹の歌(新聞「日本」明治26年4月17日掲載)について、新聞の復刻版に当たったうえで〈飛ぶ鷲のつばさや触れし高嶺より/枝ながらちる山ざくら花〉であると指摘している箇所など、何とも鮮やかだ。

資料に基づいた細かな読解から、和歌革新運動をめぐる大きな見取り図の提示まで、実に奥の深い一冊だと思う。そうした根気強い作業を通じて、これまで晶子に比べて評価の低かった鉄幹の業績を、きちんと近代文学史の中に位置づけることに成功している。おススメ!

2020年3月31日、本阿弥書店、3800円。

posted by 松村正直 at 23:03| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

富田睦子歌集『風と雲雀』


2013年から2018年までの作品を収めた第2歌集。

わたくしの忘れた何かを知っている十年前の携帯のあり
ニベアとは白を意味する言葉らし子の足首に融けなずむ白
思うままに乳房みなぎる日の遠く電車に泣く子を見ぬふりをして見る
テトリスの棒がゆるりと落ちてくる刹那を消ゆる四段はあり
相続のたびに大樹の減る町のついにわたしの好きな樹の番
いもうとはときおり父をパパと呼ぶそのたび遠くなりゆく父よ
母ししゃも身は限界まで細らせて臨月なるをほろほろと嚙む
弛緩して口呼吸するチューリップこういう花と思う おんなの
くるぶしの骨ほど背丈を伸ばしたる少女の時間をひと夏と呼ぶ
捨てた記憶はないが耳式体温計家から失せてみどりごもなし

1首目、十年前の自分がまだその中にいるような気もする。
2首目、ニベアを塗った跡の残る娘の足首を見つめる母の視線。
3首目、かつて自分にもそういう時期があったことを思い出す。
4首目、テトリスで最も爽快な場面の言葉による丁寧な描写。
5首目、大きな屋敷が取り壊されて見慣れた風景が変ってしまう。
6首目、姉妹といえども記憶している父の姿はずいぶんと違うのだ。
7首目、子持ちシシャモは体のほとんどが卵で満たされている。
8首目、花びらの開いたチューリップに自分の姿を見ているのか。
9首目、「くるぶしの骨ほど」がいい。そこに成長点があるみたい。
10首目、確かにいたはずの嬰児がいつか幻のように消えてしまう。

2020年4月29日、角川文化振興財団、2600円。

posted by 松村正直 at 10:47| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月10日

柳宣宏歌集『丈六』

yanagi.jpg

2015年から2019年までの作品を収めた第3歌集。

しろたへのパナソニックの冷蔵庫うちあげられし浜にやすらぐ
塵取りにあつめし灰を壺に納め母の人生は蓋を閉ぢたり
小上がりの店の奥よりもれ聞こゆ「よさないかい」と男のこゑは
妻なしとなりける島田の手を握り言ふことかある妻あるわれに
こゑのみに親しき島田が妻の顔はじめて見(まみ)ゆ棺のうへから
駅員のアナウンス真似る青年の常の座席に居らずさびしき
瑞泉寺の山より出でし真実は曲がりくねつた自然薯である
北海のとどろく潮(うしほ)に洗はれしししやもが二匹皿にかがやく
日曜の遅き朝餉に絹さやのわが手に摘むを汁にして食ぶ
石鯛のすきとほりたる一切れは美しき虹残して消えぬ

1首目、海岸に横たわっている白い冷蔵庫。「やすらぐ」がいい。
2首目、母の骨上げの場面。一つの人生の完結を感じている。
3首目、つい何が起きているのかと気になってしまう。
4首目、「島田修三夫人告別式」の歌。掛ける言葉もない。
5首目、電話の取次ぎで何度も話をしたが会ったことはない関係。
6首目、青年に対するやさしい眼差しを感じる。
7首目、真実は真っ直ぐなものという一般的なイメージを覆す歌。
8首目、皿に置かれたししゃもの背後にある海を想像する。
9首目、日曜日なので時間的余裕がある。自宅で採れた絹さや。
10首目、刺身の表面に見えている虹色の脂。美味しそうだ。

2020年4月14日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 08:46| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

小島なお歌集『展開図』

kojima.jpg

2011年から2020年初めまでの作品423首を収めた第3歌集。

手のひらに日毎に滲(し)みて石鹼はひと冬かけて私のなかへ
身体ばかりがいつまでもあり 死はそこに死んだ者さえ置き去りにする
鈴付きの破魔矢はみ出す紙袋マンガ喫茶の通路に置かる
子を産まぬミーアキャットは子を産みしミーアキャットのヘルパーとなる
私から私はいつもずれながら遠花火そらの丹田に散る
椅子ありて店番おらず紫のパンジーの咲く石橋水道店
甲虫の肢(あし)内側に折るように眼鏡を畳むきょうの終わりは
何もない時間膨張する秋は体の奥の骨組みしずか
わたしの手も使ってほしい 三月の空を隈なく撫でてゆく手よ
死はいまだ来るものでなく向かうもの避雷針に寄る朝の鴉

1首目、使い切った石鹼が身体の中に入っていったと捉える。
2首目、死というものの不思議な感じがよく表れている歌。
3首目、初詣の帰りか。破魔矢とマンガ喫茶の取り合わせの妙。
4首目、妹の出産を詠んだ一連に置かれていることで重みを持つ。
5首目、「そらの丹田」がいい。身体と心のずれ、自意識のずれ。
6首目、不在の持つ美しさが絵画的に描かれている。
7首目、上句の比喩がうまい。色や材質まで伝わってくるようだ。
8首目、「骨格」よりも無機質な印象。透けて見えてくる感じ。
9首目、初二句の唐突な要求が何かわからないながらも心に響く。
10首目、何歳くらいから死は来るものになるのだったか。

2020年4月20日、柊書房、2300円。

posted by 松村正直 at 10:32| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月02日

近江瞬歌集『飛び散れ、水たち』


353首を収めた第1歌集。

全体が三部構成となっていて、TとUは若々しい青春を詠んだ歌や相聞歌が多い。Vは東日本大震災に関する歌。作者は石巻に住み新聞記者をしている。

僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った
ベランダで黒板消しを叩いてる君が風にも色を付けつつ
てっぺんにたどり着けない服たちが落ち続けてるコインランドリー
散るでなく桜は消えてしまうもの例えば路上の白線の中
遠くその夜に触れたい一通のメールで君の画面を灯す
筆談で祖父は「へへへ」と笑い声を書き足している険しき顔で
ビニールの中の金魚におそらくは最初で最後のまちを見せてる
東京をマクドナルドが赤色に染め上げた店舗マップを閉じる
たった一度の役目を終えて試食用つまようじのバラバラの針先
上書き保存を繰り返してはその度に記事の事実が変わる気がする
僕だけが目を開けている黙祷の一分間で写す寒空
被災地視察に新大臣が訪れる秘書の持つ傘で濡れることなく
図書館も被災してれば国の金で立派にできたのになんて言葉も
まとめるのうまいですねと褒められてまとめてしまってごめんと思う
消えるほうばかり尊い線香が灰と煙に分けられてゆく

1首目、相手がいつも見ている風景をのぞき見するような気分。
2首目、チョークの赤や黄色や白の粉が美しく風に流れていく。
3首目、ドラム式洗濯機の中でどこへも行けずに回り続ける服。
4首目、満開だった花が魔法のように消えて路上にも残ってない。
5首目、相手のスマホが受信メールの通知で点灯するのを想像する。
6首目、祖父の生真面目な性格がうかがわれて印象深い。
7首目、金魚すくいの帰り道。水の中から見えるだろう街の風景。
8首目、東京と地方の大きな格差を如実に実感する場面。
9首目、ほんの少し使われただけで捨てられてしまう物へ向ける目。
10首目、事実は一つのはずなのに記事の書き方で変っていく。
11首目、仕事で写真を撮るために、黙祷の間も目を閉じられない。
12首目、すべてお膳立てされた視察のあり方に対する疑問。
13首目、被災地の実態もきれいごとばかりではない。
14首目、記事にまとめることで抜け落ちてしまうものもある。
15首目、立ち昇る煙は空へ消えていくが灰は汚れて残ったまま。

2020年5月3日、左右社、1800円。

posted by 松村正直 at 08:45| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月29日

大島史洋歌集『どんぐり』

ooshima.jpg

2014年から2018年までの作品540余首を収めた第13歌集。

亡き友とかわす会話のつまらなさおのれの思うままにはこべば
旅にある吾ならねどもしばらくを木蓮の咲く駅を楽しむ
楽団を裏より見れば譜面台の白き四角が放射状に並ぶ
どのように書いても裏の魂胆が見える、というところまで来た
江戸の世の貧しき武士のなりわいは今に残れり舘林の躑躅
率直に言ってくれしと喜びを幾たびも聞き嫌われてきぬ
いくたびも舌にまさぐるゆるゆるとなりしばかりに歯は異物なり
今の世にもてあそぶごと楽しめりゴッホの狂気ゴーギャンの傲慢
海岸の岩場の先に立てる人何か叫びぬ口動く見ゆ
死に顔は見られたくないと小高言い吾は見ざりきわが友小高

1首目、現実の相手ならば予想外の受け答えが返ってくる時もある。
2首目、地元の駅にいて旅先のような気分を味わっているところ。
3首目、そう言えば、客席から見る時は譜面はあまり目立たない。
4首目、短歌の詠み方についての話だと思って読むと味わい深い。
5首目、下級武士が副業として躑躅の栽培をしていた歴史。
6首目、「率直に言ってくれてありがとう」と表面上は言うのだが。
7首目、ぐらぐらするまでは歯を異物とは認識していない。
8首目、「もてあそぶごと」がいい。本来は生死にかかわる話。
9首目、風や波音にかき消されて、何を言ってるか聞こえない。
10首目、小高賢の生前の言葉を思い出し、棺を覗かなかったのだ。

2020年4月13日、現代短歌社、3000円。

posted by 松村正直 at 10:48| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月24日

石川美南歌集『体内飛行』

ishikawa.jpg

「短歌研究」に連載された「体内飛行」30首×8回と「1980−2019」40首の計280首を収めた第5歌集。

中学生の頃が一番きつかつただらうな伏目がちのメドゥーサ
ひとりへの傾斜怖くて暗がりに踏み出すときは手すりに頼る
遠国の地図と思へば親指のつけ根に茜なす旧市街
人口の減少のこと聞きながらバス停〈願(ねがひ)〉〈黒姫〉〈椿〉
バスタオル干しつつ焦る 人の言ふ「まあ良いけど」は良くない合図
こんなにも凸凹な表面に触れ確かめてをり人をわたしを
現実よ まばたきのたび分岐してその幾つかにあなたが翳る
祖母の好きな讃美歌流れ、わたしよりなぜかあなたが先に泣き出す
見なくてもいいとやんはり断られひとりつくづく見る出べそかな
一人一切れ尻に敷いては千切らるる検診台の浅黄のシート

1首目、メドゥーサに自分を喩えて、過去を回想している。
2首目、好きな人への思いが募ることに対するおそれ。
3首目、てのひらに刻まれた線を町の地図に見立てている。
4首目、バス停の名前から物語が生まれるように感じる。
5首目、相手の答え方のパターンが徐々にわかってきたのだ。
6首目、性愛は相手以上に自分自身を確かめることでもある。
7首目、まばたきをするたびに別の未来が見えてくる感じ。
8首目、祖母の葬儀の場面。血縁ではない夫が悲しんでくれる。
9首目、妊娠中のお腹を見せようとして夫に断られたのだ。
10首目、検診用の使い捨てロールシートの具体的な描写。

好きな人ができて、結婚して、妊娠するという流れで展開する。それを言葉で説明するのではなく「指のサイズ確かめたのち」「試着室に純白の渦作られて」「これが心音です」といった言い方で伝えるところがうまい。

また「遠視性乱視かつ斜視」「アトピーの悪化」などについて、自ら歌に詠んでいるところにも力を感じた。

2020年3月20日、短歌研究社、2000円。

posted by 松村正直 at 10:33| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月12日

齋藤芳生歌集『花の渦』

saito.jpg

378首を収めた第3歌集。

黙礼するにあらねどすこし目を伏せて道路除染の前を過ぎたり
  線香花火
牡丹、松葉、柳、散り菊 ほのほのと照らされて父も母も老いたり
ひとを恋う髪すすがんとする水のするどくてはつか雪のにおいす
高校生ら一駅ごとに降りてゆき花水坂(はなみずざか)駅が最後のひとり
「フクシマの桃をあなたは食べますか」問いしひとを憎まねど忘れず
先に帰れと言われても兄を待っている弟は兄と同じ瞳をして
風化、とは みほとけの崩(く)えゆくさまを曝してふくしまの秋は短い
さらさらと雪ふりかかる渡し場の跡に身を寄せあえるは水鶏(くいな)
「畢(おわり)」の一字がくるくるまわって止まらない大長編小説読了ののち
はつ雪の前に交換せねばらならぬこころもありて 生活はつづく

1首目、福島に住む作者の除染作業に対する微妙な感情が滲む。
2首目、線香花火の始めから終わりまでが人間の一生と重なる。
3首目、清冽で冷たい水と熱い恋心の取り合わせがいい。
4首目、飯坂電車の駅。ローカル線の雰囲気がよく伝わってくる。
5首目、結句「憎まねど忘れず」に憎むよりも強い憤りを感じる。
6首目、作者は学習塾に勤める。兄の授業が終わるのを待つ弟。
7首目、摩崖仏の風化と原発事故に対する人々の記憶の風化。
8首目、川岸に残る杭や桟橋のかげに水鶏が集まってきている。
9首目、「畢」という文字は確かにマニ車のように回りそうだ。
10首目、車のタイヤ交換の話であるとともに心構えの話でもある。

2019年11月16日、現代短歌社、2700円。

posted by 松村正直 at 17:04| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月05日

藤島秀憲歌集『ミステリー』

著者 : 藤島秀憲
短歌研究社
発売日 : 2019-10-11

456首を収めた第3歌集。

二週間ぶりのわたしの笑い声わたしは聞きぬ中野まで来て
駅から五分の町にわが住みまだ知らぬ六分の町七分の町
「自由業ねえ」と小首をかしげつつコーヒーはまだわれに出されず
わが腰の湿布は燃えるゴミにして日曜に貼り火曜に剝がす
親がもと子がもの泳ぐ水の面にわがもの顔の伊右衛門が浮く
おのが名を投票用紙に書きしという父の陽気をわれ受け継がず
吹きていし風しずまりぬ池の面に映れる塔を鴨が横切る
箸置きのある生活に戻りたり朝のひかりが浅漬けに差す
若き葉に蓋されている並木道ふぁいおーふぁいおー野球部がくる
せせらぎの音に消される雨の音 紐を二度ひき部屋を暗くす

1首目、長らく笑っていなかったことに気づいたのだ。
2首目、駅と家を往復するだけの生活が続いている。
3首目、不動産屋で部屋を借りる場面。自由業だと借りにくい。
4首目、毎週のルーチン。火曜が燃えるごみの日なのだろう。
5首目、「が」「も」の音の響き合いが楽しい。
6首目、選挙に来て、ふと亡くなった父を思い出したのか。
7首目、風が吹いている間は水面が揺れて塔の像はぼやけていた。
8首目、結婚して二人の暮らしが始まったところ。小さな幸せ。
9首目、「ふぁいおー」が実際の掛け声をよく表している。
10首目、旅先の宿に泊まった場面。「紐を二度ひき」が良い。

2019年9月27日、短歌研究社、2500円。

posted by 松村正直 at 00:21| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月26日

藤原龍一郎歌集『202X』

photo-fujiwara.jpg

10年ぶりに刊行された第11歌集。
現在の日本の政治状況・社会状況を憂える内容の歌が多い。

東京愛国五輪「日本ガマタ勝ッタ!」この永遠の戒厳令下
過労死の心霊もいるスポットと呪縛うれしき新国立競技場
駅前にアイドルならび声そろえ「千人針にご協力くださーい!!!」
新国立競技場のトラック喘ぎつつ夜ごと円谷幸吉走る
タブロイド版の見出しの大文字の「国民精神総動員(ONE TEAM)」 珈琲苦し
向日葵の数限りなく立ち枯れて向日葵畑そのジェノサイド
新国立競技場には屋根ありて雨に濡れざる学徒出陣

2首目、競技場建設に関わって亡くなった作業員たち。
3首目、もし戦争が始まればアイドルも戦争協力に駆り出される。
5首目、最近流行りの「ワンチーム」に戦前の「国民精神総動員」運動を重ねている。
7首目、昭和18年の出陣学徒壮行会は雨の神宮外苑で行われた。

東京オリンピックの延期が決まった今読むと、何か時代を予言したような印象も受ける一冊だ。

2020年3月11日、六花書林、2500円。

posted by 松村正直 at 06:03| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

東直子歌集『春原さんのリコーダー』


1996年刊行の単行本も持っているのだが、読書会のために文庫版を買って再読。懐かしい。

てのひらにてのひらをおくほつほつと小さなほのおともれば眠る
かの家の玄関先を掃いている少女でいられるときの短さ
井戸の底に溺死しているおおかみの、いえ木の枝に届く雨つぶ
テーブルの下に手を置くあなただけ離島でくらす海鳥(かもめ)のひとみ
柿の木にちっちゃな柿がすずなりで父さんわたしは不機嫌でした
七人の用心棒にひとつずつ栗きんとんをさしあげました
信じない 靴をそろえて待つことも靴を乱して踏み込むことも
お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすみずいろのせんぷうきのはね
気持ち悪いから持って帰ってくれと父 色とりどりの折り鶴を見て
羽音かと思えば君が素裸で歯を磨きおり 夏の夜明けに

1首目、相聞歌としても、子を寝かし付ける歌としても読める。
2首目、上句と下句が「少女」を蝶番にしてつながっている。
3首目、「狼と七匹の仔山羊」などの童話のイメージが下敷きか。
4首目、おとなしくかしこまった表情をしているのだろう。
5首目、回想のシーンを見ながら現在の私が喋っている味わい。
6首目、「用心棒」と「栗きんとん」の取り合わせがおもしろい。
7首目、初句切れ一字空けの威勢の良さ。受身でも能動でもなく。
8首目、ひらがな表記が効果的。催眠術に掛けられていくみたい。
9首目、確かに本物の鶴は白いのに、千羽鶴はなぜか極彩色だ。
10首目、「はおとか」「はだかで」「はをみがき」と音が響く。

2019年10月10日、ちくま文庫、700円。

posted by 松村正直 at 08:08| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月05日

樋口智子歌集『幾つかは星』

photo-higuchi.jpg

「りとむ」所属の作者の第2歌集。3人の子を詠んだ歌が多い。

一斉にはばたく音に振り向けばいま満ちてゆく木蓮の花
胎動の腹に手を当て耳寄せて〈父〉とは遠きアプローチなり
手のひらにおさまるほどに畳みゆく小さくなったこの春の服
白衣着て消すわたくしのわたくしをロッカー室のハンガーは吊る
くちびるがおしゃぶり落としみどりごの浅き眠りは岸離れたり
コイケヤがカルビーを論破してゆくを半開きの耳のままに聞きたり
パンくずを残してわれのヘンゼルとグレーテル もう、帰っておいで
あちらとこちら行ったり来たり行ったきり「わたし、しぬの?」という問いのなか
もうこんな時間になった昼よりも重たく沈むリラの香りは
食べるのがしんどい母の病床にお守りだった赤紫蘇ゆかり

1首目、木蓮の大きな花びらを鳥に見立てている。
2首目、体内に胎児を育む母に対して、父は外から接するしかない。
3首目、幼児の成長に伴って、次々と着られなくなる服。
4首目、私服から白衣に着替える時に、公私の切り替えもする。
5首目、うとうとしていた幼児が本格的な眠りに入っていく。
6首目、どちらのポテトチップスが美味しいかの論争だろう。
7首目、遊びに行ったきりなかなか帰ってこない兄妹。
8首目、母の臨終の場面。何度か意識を取り戻した末に亡くなる。
9首目、夕方になると街路樹のリラの香りが濃く漂う。
10首目、食卓などで「ゆかり」を見ては亡くなった母を思い出す。

2020年2月12日、本阿弥書店、2200円。

posted by 松村正直 at 08:07| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月03日

松本実穂歌集『黒い光』


副題は「二〇一五年パリ同時多発テロ事件・その後」。

「心の花」「パリ短歌」所属の作者の第1歌集。短歌136首と作者が撮った写真75点が収められている。

にんげんの死にゐる重み抱きたるマリアにほそき蠟燭ともす
汗のにじむ肌(はだへ)のごとく街の灯を浮かべて昏く流れゆく川
人に名を初めて呼ばるその声の新しきまま夏となりゆく
国籍を再び問はるテロ警戒巡視パトカー戻り来しのち
空港は風の立つ場所 セキュリティゲートを二回裸足でくぐる
坂道の続くゆふぐれ死んでゐる魚を提げて女歩めり
座りゐる(だらう)ギターを弾く(らしき)女、キュビズム風の絵画に

1首目、教会のピエタ。「にんげんの死にゐる重み」に体感がある。
2首目、夜の川の光景。人体に喩えた初二句が独特だ。
3首目、姓ではなく名で呼ばれることの喜び。
4首目、テロの後、自分が外国人であることを意識せざるを得ない。
5首目、靴も脱いで「裸足で」通らなくてはならないのだ。
6首目、「死んでゐる」と捉えると日常の光景が違って見えてくる。
7首目、キュビズム風の絵なので、はっきりと断言はできない。

2020年2月20日、KADOKAWA、2000円。

posted by 松村正直 at 23:51| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月22日

川俣水雪歌集『シアンクレール今はなく』


「塔」「月光の会」所属の作者の第1歌集。

六月の雨に打たれて泣いていた紫陽花 未明 鉄道自殺
ねえ坊やもっといいもの見せたげる籠の螢は逃がしておやり
「戦争を知らない子供たち」さえも、知らない子供たちの戦争
ホルマリン漬けの巨大な脳ひとつ遺りて春の螺旋階段
白梅のいろはにほへと散りぬるを なのにあなたは京都へゆくの
海峡をわたる春風初蝶の監視カメラにリレーされたる
刻むには惜しいと思うかく長き葱にして名を那須白美人
システムはわからぬながらお彼岸の頃ともなれば咲く曼珠沙華
西安の路地に座れる老人の手より買いたる長安の桃
水打たれ時の止まりし玄関に手花火のごと嵯峨菊の咲く

高野悦子、高橋和巳、石川啄木、宮沢賢治、坪野哲久、中島みゆきなどを詠んだ歌や、歌謡曲、映画、文学などを踏まえた歌が多い。広い意味での本歌取りやコラージュ的な手法が目につく。

1首目、1969年6月に20歳で自死した高野悦子を偲ぶ歌。
3首目、1970年発売のヒット曲。年々戦争の記憶は風化していく。
4首目、襞の多い脳の形と「螺旋階段」のイメージが重なり合う。
6首目、日本各地に設置された監視カメラに次々と映る蝶の姿。
7首目、「那須白美人」という名前なので、刻むのが躊躇われる。
9首目、桃は中国が原産。現代からタイムスリップしたような感覚。

2019年11月28日、静人舎、1800円。

posted by 松村正直 at 21:58| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

小田鮎子歌集『海、または迷路』

kashu-oda.jpg

「お母さん」と私を初めて呼ぶ人の交付する母子健康手帳
名も知らぬ子ども同士が砂場にてトンネルひとつ貫通させつ
自転車の前籠に乗る大根と子ども段差に同時に跳ねる
桃太郎待合室に読みおれば鬼退治する前に呼ばれつ
自らをママと呼びつつおのずからママに侵食されゆくらしも
住宅の建ち上がるまでは集い来て仕事場とする労働者あり
子守りして一日(ひとひ)籠もるに帰り来し夫は今日の猛暑を嘆く
歩むとき背負うリュックの水筒に氷涼しき音を立てたり
冷え切らぬ握り飯二つ通勤の鞄に詰めて地下鉄に乗る
サッカーの試合を終えし子どもより砂落つ体の一部のごとく

「八雁」所属の作者の第1歌集。

2008年以降の作品と、2003年刊行の私家版歌集『月明かりの下 僕は君を見つけ出す』の抄録、あわせて413首を収めている。

1首目、妊娠中に役場の人に言われた「お母さん」。
3首目、「大根」と「子ども」を同列に扱っているのが面白い。
4首目、クライマックスにたどり着く前に順番が来てしまう。
7首目、猛暑も大変だが、一日子どもと向き合うのはもっと大変。
9首目、傷まないように冷ましてから入れたいが朝は時間がない。

2019年12月3日、現代短歌社、2500円。

posted by 松村正直 at 08:57| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月13日

松平盟子著『真珠時間』

photo-matsudaira.jpg

副題は「短歌とエッセイのマリアージュ」。

短歌誌「プチ★モンド」や読売新聞に連載したエッセイ300篇余りと、書き下ろしのエッセイ「光太郎とラリックをつなぐ「蟬」」を収めた一冊。約25年にわたる長い時間が含まれており、作者のその時々の感慨が読み取れる。

残し置くものに未練はあらざれどうすきガラスのこの醬油差し
      永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』
旅するといふは封印するごとしいちど旅したところはどこも
            小池純代『梅園』
胡瓜、胡桃、胡椒とこゑに数ふれば西域遥か胡の国いつつ
            渡英子『夜の桃』

2018年7月24日、本阿弥書店、2600円。

posted by 松村正直 at 20:37| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月12日

カン・ハンナ歌集『まだまだです』


韓国出身で日本の大学院に学び、「NHK短歌」にも出演する作者の第1歌集。

ソウルの母に電話ではしゃぐデパ地下のつぶあんおはぎの魅力について
焼き鳥を食べに行こうと誘ってよ大学の並木を一人で帰る
初恋の人が結婚しましたと山手線が終点に着く
娘など家を継げない他人だと言ってた祖母も誰かの娘
マグカップ両手で持って飲むわれにイルボニンぽいと友がまた
言う              (イルボニン:日本人)
牛丼にサラダをつける「わたし女ですから」というような顔して
上下するお湯が真っ黒に変わりゆく君と最後のサイフォンコーヒー
日本語の発音のままハングルで記すノートは誰も読めない
聞いてもない帰化の条件聞かされる春の昼下がりはアウターに困る
手術後の消えない傷は冷えるたびまた痛み出す 三十八度線

1首目、「デパ地下」という略語がごく自然に使われている。
2首目、仲間で焼き鳥を食べに行く際に誘われなかった寂しさ。
3首目、下句は長く回り続けてきた時間が終わる感じ。
4首目、祖母もまた同じ女性として苦労してきた人だったのだ。
5首目、韓国人の友人の何気ない言葉に心が揺れる。
6首目、牛丼だけを注文するのはハードルが高いのだろう。
7首目、「真っ黒」がコーヒーの色だけでなく心情も表している。
8首目、自分は一体何者なのかというアイデンティティの揺らぎ。
9首目、親切心ゆえのお節介に対する戸惑いが下句から伝わる。
10首目、南北分断の現状を身体的な痛みとして感じ取っている。

韓国には「つぶあんおはぎ」がないことや、女性でもマグカップを片手で持つ人が多いこと、南北分断の現状を常に自分自身の問題として捉えていることなど、いろいろと教えられることの多い歌集だった。

2019年12月10日、角川文化振興財団、2600円。

posted by 松村正直 at 07:41| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月30日

楠誓英歌集『禽眼圖』


現代歌人シリーズ28。第2歌集。

日常生活のちょっとした裂け目から、死者やあの世が垣間見える。生の裏側にひったりと貼りつく死の世界を、作者は繰り返し歌に詠む。

わが胸に一枚のドアの映りたりトンネル内を電車止まりて
ロッカーのわたしの名前の下にある死者の名前が透けて見えくる
跳ねてゐる金魚がしだいに汚れゆく大地震(おほなゐ)の朝くりかへしみる
人の腰にゆはへられ雉は見ただらう逆さにゆるる空山のさかひ
橋梁を渡るとこちらはあちらになり絮(わた)とぶなかに亡兄(あに)の立ちたり
洗濯機の内側ふかく陽の射さず朽ちゆくネジのかがやきが見ゆ
狂ふことおそるるときに狂ふとぞ頭蓋に響くシューマンのソナタ
したしたと二本の脚の生えてきて夜気ぬらしゆく真鴨のありて
鞄のなか昨日の雨に冷ゆる傘つかみぬ死者の腕のごとしも
はつなつの光をとほす浅瀬には獣の骨にあそぶ稚魚あり

1首目、二重写しになったドアの奥には何が潜んでいるのか。
2首目、かつてロッカーを使っていた人の名前が残っている。
3首目、鉢が割れて何度も地面で苦しそうに跳ねる金魚の姿。
4首目、猟師に撃ち落とされた雉の目に映る風景。
5首目、生者と死者はちょっとした偶然で入れ替ってしまう。
6首目、洗濯機の中のくらやみ。光と影が反転するような歌。
7首目、精神障害を発症して46歳で亡くなったシューマン。
8首目、「生えてきて」がいい。水から上がったところか。
9首目、折りたたみ傘はちょうど人間の腕くらいの太さだ。
10首目、死と生の対比が鮮やかに、そして美しく描かれている。

2020年1月7日、書肆侃侃房、2000円。

posted by 松村正直 at 16:45| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

古谷智子歌集『デルタ・シティー』

photo-furuya.jpg

2009年から2012年までの作品465首を収めた第7歌集。

タイトルは〈広島はデルタ・シティーかうら若き学徒の父の視界あかるむ〉という一首があるように広島のこと。被爆した父や広島を訪れた時の歌が第3章にまとめられている。

うつすらと光りて乳房のやうな雲ゆれて流れてしたたるやうな
ほつほつと白き十薬みひらける森ゆく昭和の子供となりて
宴まだつづきてをらむ一筋の糸ひくやうにこころは残る
べたなぎの水のくるしさ出口なき奥浜名湖に澪ひく船は
ふきだまりのはなびら掬ふ白々とやはき人肌のやうな温もり
  この頃もまだアフガン戦争中だった
寡黙なる医師のワトソン見てきたるものは底なしアフガン帰り
読み通す夜は長しも『黒い雨』いつしか被爆の街ゆくやうに
洗ひてもあらひても消えぬ雨の跡ページ繰る手にまつはりやまぬ
九州の訃報は人よりひとをへて寒のもどりの東国に落つ
動かねど鯉のむなびれ休みなくひらめきてをり止(とど)まるために

1首目、雲を詠んだ歌だが描写が肉感的。
3首目、宴会を途中で退席した名残惜しさ。
5首目、散り積もった桜の花びらが日を浴びてほんのり温かい。
6首目、ホームズの友人ワトソンは軍医として第二次アフガン戦争(1878〜1881)に従軍し、負傷して帰国したという設定。今に至るまで何度も戦争が続いている。
7・8首目は、井伏鱒二『黒い雨』を読みながら、小説の中へ入り込んでいく感じ。被爆した父もその町にいたのだ。

2019年7月7日、本阿弥書店、3000円。

posted by 松村正直 at 09:41| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月31日

坪内稔典歌集 『雲の寄る日』

俳人で、「鱧と水仙」や「心の花」にも所属する作者の第2歌集。

俳句的な取り合わせや、人名を詠み込んだ挨拶的な歌、カバやサイなどの動物の歌に特色がある。

三月の雪の半島もしかして半島は春の櫂かもしれぬ
真っ青な空の初冬の碧南の人参畑海まで続く
ありふれた土器のかけらのような午後黒ビールなどちょっと思った
一皿の黒い葡萄が冷えている今夜は星が流れるだろう
天窓にちぎれ雲など寄って来る拾い読みするアリストテレス
そら豆の緑みたいな感情をころがしている一人の夕べ
発情の日には今にも死にそうでカバの福子は一トンの肉
遠くから船が戻って来たように突っ立っている朝のシロサイ

2首目、「碧南」(愛知県)という地名がよく効いている。
5首目、「天窓」と「アリストテレス」の響き合い。
7首目、「一トンの肉」が強烈。全身で身もだえしている。

2019年12月9日、ながらみ書房、2400円。

posted by 松村正直 at 09:23| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月14日

佐佐木定綱歌集 『月を食う』


第62回角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。

道端に捨てられている中華鍋日ごと場所替えある日消え去る
唇と唇の距離は0として確かめている君との距離を
渋谷まで電車に乗ってゆく我は十五分だけ年老いてゆく
この辺の住民はみな猫になりましたと白い猫は顔拭く
蠢いて脱出謀る小間切れの蛸は陽射しのある方へゆく
鉄筋の臭いをさせる作業着の女と同じ鯖煮定食
リビア産新鮮魚介ブイヤベース〜難民船の破片を添えて〜
靴裏が歪み舞う葉は静止して駆け出す瞬間男噴き出す
ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく
卒業後ありとあらゆる怪しさを脂肪に詰めた男寄りくる

1首目、道端からなくなってホッとしたような寂しいような気分。
2首目、キスをしながら相手との心の距離を計っている。
3首目、通勤電車に乗っている時間もまた人生の一部である。
4首目、猫の仕種は時おり妙に人間っぽく感じられることがある。
5首目、韓国の市場で見た光景。切られてもまだ動き続ける。
6首目、「鉄筋」「作業着」と「鯖」の色のイメージが重なる。
7首目、強烈なブラックユーモア。地中海を渡れずに沈んだ難民船。
8首目、走る男の姿を超スローモーションで詠んだ一連の歌。
9首目、「月を食い」がいい。水面に映る月と抱卵しているメダカ。
10首目、話を聞かなくても見るからに怪しそうな気配が漂う。

2019年10月31日、角川文化振興財団、2200円。

posted by 松村正直 at 16:12| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月30日

生沼義朗歌集 『空間』

photo-oinuma.jpg

2004年から2017年までの作品356首を収めた第3歌集。

救急の部署名サインはQQと書けば済みたり救急なれば
生者は青の、死者はグレイのストレッチャーで運ばれておりそれぞれの室に
素寒貧、素寒貧とぞ鳴りそうな秋の畑を電車はよぎる
大糸線は陽から陰へ転じたり南小谷を境目にして
水滴のあまた残れる浴室のなまなましさを同居と呼びぬ
がま口の口にあらざるところから口開いてきて硬貨は洩れる
海鮮丼〈駿河〉を喰えばゆるやかな旅疲れにて眠くなりたり
耳に入りし水あたたかく戻りくるさまにわれへと還るたまゆら
天気雨止めばひかりは磨かれてされど湿気に満ちいる世界
早朝の頭上に水の音はしてこちらもトイレの水を流しぬ

1首目、「救急」は画数が多いので「QQ」で済ます。
3首目、「素寒貧」をオノマトペとして使っているのが面白い。
5首目、先に入った人の気配が浴室全体に残っている。
7首目、〈駿河〉という名前が旅先の食堂っぽさを感じさせる。
9首目、「磨かれて」に天気雨の後の光の感じがうまく出ている。

アララギ的な写生とは違ってざらりとした感触が残る歌が多い。

2019年6月30日、北冬舎、1400円。

posted by 松村正直 at 16:31| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする