2021年12月04日

石井大成歌集『キラーチューン』

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2018年から2021年までの作品213首を収めた第1歌集。
下記のサイトで販売されている。
https://dainabook.booth.pm/items/3399505

レジュメのことをレジメっていう人なのか遠くの水辺に開くロゼット
チョココロネの中にこころとあることを思う 待つとは膨らますこと
えび 玉ねぎ 枝豆 にんじん なんやかんやあってきれいな季節だったな
引っ越しの日取りを聞いてそれだけで終わる会話の あなたと歩く
バスを待つ少年の手の中でいま春のマリオが崖から落ちる
雪見だいふくだとあまりにふたりで感なのでピノにして君の家に行く 月
一斉に鳩を飛び立たせるように君をぱあってさせたいけれど
たまに胸で泣かれて人は泣くときにすこしその香りをつよくする
なんべんも触って淡くなってゆく牛乳石鹸のように季節は
関係に名前は無くてとおくからとおくへとゆく野焼きの煙

1首目、微妙な違いに隔たりを感じる。上下句の取り合わせがいい。
2首目、言葉遊びとパンの形状からの連想。期待に胸が膨らむ感じ。
3首目、半角空けで表されたかき揚げの彩りを見て、感慨にふける。
4首目、本当はもっと詳しい話を聞きたいのだろう。でも聞けない。
5首目、バス停という日常の現実世界とゲーム機の中の冒険の世界。
6首目、二個入りのアイスだと、恋人の感じが強く出過ぎてしまう。
7首目、元気のない相手を何とか喜ばせたいと思うけれど、無力だ。
8首目「香りをつよくする」がいい。距離の近さと濡れている感じ。
9首目、一日一日の変化はわずかだが、気づけば移り変わっている。
10首目、人間同士の関係のあり方は複雑で、刻々と変化していく。

2021年10月19日、私家版、600円。

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2021年11月25日

泥書房

京都の泥書房さんで『駅へ』新装版(野兎舎)を販売しています。
サイン+1首入りです。

https://www.doroshobo.com/


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2021年11月23日

竹中優子歌集『輪をつくる』


「未来」所属の作者の第1歌集。
第62回角川短歌賞受賞作を含む390首を収めている。

さっきまで一緒だった友バス停に何か食べつつ俯いている
ヘルパーが来てゴキブリのいなくなった部屋に父は暮らしぬ弁当食べて
母と離れることを帰ると言うようになって春夜の髪の手触り
新人が保険に加入するまでを四コママンガのように見かける
輪唱に加わることの静けさを春のレタスはやわらかく抱く
ほそながいかたちではじまる飲み会が正方形になるまでの夜
月曜日 職場に来られぬ上司のこと上司の上司が告げていくなり
上手く行かないことをわずかに望みつつ後任に告ぐ引継ぎ事項
駆け出せば必ず会える展開のテレビドラマをひとは眺める
ゆっくりと喋りたいから来た旅の途中にわかめうどんを食べる

1首目、一緒にいた時とは違うひとりの時の顔を垣間見てしまった。
2首目、ヘルパーが入るまではゴキブリのいる汚い部屋だったのだ。
3首目、実家に「帰る」のではなく自分の家に「帰る」ようになる。
4首目、職場に来る生命保険の勧誘。毎年繰り返される光景なのだ。
5首目、輪唱とレタスの取り合わせがいい。幾重にも重なる感じ。
6首目、夜が更けるにつれ人数が減っていき最後は一つの卓を囲む。
7首目「来られぬ」とあるので、おそらく精神的な不調なのだろう。
8首目、微妙な本音が表れた歌。自分より順調にこなされても困る。
9首目、予定調和のドラマ。実際にそうなることは稀なのだけれど。
10首目「わかめうどん」の柔らかさが上句の雰囲気と合っている。

2021年10月15日、角川文化振興財団、2200円。

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2021年11月18日

立花開歌集『ひかりを渡る舟』


第57回角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。369首。
「まひる野」所属。名前の読みは「たちばな・はるき」。

夕焼けを返して光る教室の机の水面にだまってふれる
まひるまの海を見に行く。聴きに行く。ひとりでも夏は産めるのだから
友人はノートに頰をかぎりなく寄せながらその影に詩を書く
あたためたオリーブ・オイルが遥かより垂らさるる窓際の午睡に
家族から遺族となりてわたしたち小舟で暮らしています、四人で
祈りとは日々の行為のなかにある 床を磨けりこれは祈りだ
疚しさから裂けて溢れるやさしさの、くらぐらと瞼も思考の裂け目
つばめ進入防止ネットをくぐり抜けあなたの声が教会(チャペル)に響く
通話画面に写真を登録しないから鈍色の人が君になりゆく
飲食(おんじき)を繰り返し、死に歩みよる。時に下着を湯に洗いつつ

1首目、誰もいない放課後の教室。水面のように光る机の美しさ。
2首目、句点を打った文体が力強い。自分に言い聞かせているのだ。
3首目、書くことに夢中になっている感じ。「頰」が効いている。
4首目、眠気の訪れと暖かな光の様子が伝わる。溶けていきそうだ。
5首目、家族の誰かが亡くなると、残りの家族は「遺族」になる。
6首目、神社や教会だけが祈りの場所ではない。四句の具体がいい。
7首目「疚しさ」が高じて「やさしさ」になったのか。音が似通う。
8首目、上句が面白い。教会などの広い空間では対策が必要になる。
9首目、人型の輪郭の表示が君であることの不思議。性格も伝わる。
10首目、人の一生は突き詰めればこういうことなのかもしれない。

2021年9月30日、角川文化振興財団、2000円。

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2021年11月15日

濱松哲朗『日々の鎖、時々の声』

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2012年から2019年に書いた短歌関連の文章を収めた評論集。全体が「T彷徨」「U邂逅」「V呼応」の三部構成となっていて、Tは評論、Uは書評や作品評、Vは時評といった区分になっている。

「塔」に載った評論や時評をはじめ7割くらいは読んだことのある文章であったが、こうして一冊にまとまると著者の問題意識や主張がくっきりと見えてくる。初読の時には理解が届かなかった点も含め、内容の深まりと読み応えを強く感じた。

作者は作品を書き記した途端、第一読者として、作品にとっての〈他者〉として存在するようになるものである。その言葉がどんな魂の奥深くからの叫びであったとしても、言葉になった途端、名指されたそれは既に〈私〉ではない。要するに、あらゆる言語表現は、〈私〉を言語によって〈他者〉化することによって成立しているのである。

作者と読者の問題や短歌の私性をめぐる考察は、本書の中に繰り返し登場する。また、社会や歌壇の抱える構造的な問題やマジョリティによるマイノリティへの抑圧、無意識の暴力性といった点に関しても、著者の追及は鋭い。

全般に固い評論が多い一方で、「坂田博義ノート」や「遅れてきた青春」のような、ややエッセイ風な文章も載っている。そうした文章の持つのびやかさも本書の大きな魅力と言っていい。著者の素顔が見える文章が含まれることで、評論集としての厚みが増しているのだ。

著者のBOOTHにて販売中です。皆さん、ぜひお読みください。
https://tetsurohamamatsu.booth.pm/items/2908334

2021年5月16日、私家版、2000円。

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2021年11月14日

坂井修一『森鷗外の百首』


小池光『石川啄木の百首』、大島史洋『斎藤茂吉の百首』、高野公彦『北原白秋の百首』に続くシリーズ4冊目。

次は晶子か牧水が来るのかと思っていたら鷗外だったので、ちょっと意外な感じを受けた。けれども、読んでみると鷗外の歌の魅力が存分に伝わってきて、確かにこれは外せないなと納得した。

わが足はかくこそ立てれ重力(ぢうりよく)のあらむかぎりを私(わたくし)しつつ
日の反射店の陶物(すゑもの)、看板の金字、車のめぐる輻(や)にあり
火の消えし灰の窪みにすべり落ちて一寸法師目を睜りをり

「重力」という漢語の持つ力強さ、人力車の車輪の「輻」(スポーク)に反射する光の描写、火鉢の灰に落ちた一寸法師という奇想、どれも不思議な味わいがある。

これまで「文人短歌」といった枠組みで余技のように扱われることも多かった鷗外の歌であるが、著者はそこに現代短歌が失ってしまったものを見出している。

大正以降、専門歌人の間では職人的な美意識が強くなりすぎたかもしれない。
鷗外の歌の構図や構想の大きさは、歌壇には継がれなかったようである。

こうした評に、著者の短歌観がよく表れている。

「森鷗外の百首」というタイトルであるが、取り上げられているのは短歌だけでなく、翻訳詩や創作詩も含まれている。「短歌だけ選んで解説したのでは、この巨人の抒情詩人としての魅力を伝えきれない」(解説)という意図によるものだ。

詩歌全般にわたる作品が選ばれたことで、鷗外の文学者・知識人としての広がりが感じられるようになったと思う。伝統と近代、西洋と日本、医学と文学など、さまざまな要素を抱えた鷗外の全貌が垣間見える一冊である。

2021年8月8日、ふらんす堂、1700円。

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2021年11月08日

今野寿美『森鷗外』


副題は「短歌という詩型に生涯愛情を持ち続けた文豪」。
コレクション日本歌人選67。

文豪と呼ばれる鷗外が、多面的かつ膨大な実績を残すなかで、短歌という小さな詩型を終生身近にしていたと思えば、それだけで感慨を覚えるし、じゅうぶん読む価値がある。

森鷗外の詠んだ短歌977首の中から48首を選んで鑑賞している。巻末の「観潮楼歌会をめぐって」や随所に挟まれるコラムも充実しており、鷗外にとって短歌とは何であったのかが少しずつ見えてくる。

特に鷗外が新派和歌、中でも与謝野晶子の歌をどう見ていたかという話は面白かった。初めは批判・反発しながらも気になって仕方がなく、やがてその作風の摂取を試みるようにもなる。

  七瀬八峰
むこ来ませ一人はやまのやつをこえひとりは川の七瀬わたりて
書(ふみ)の上に寸ばかりなる女(をみな)来てわが読みて行く字の上にゐる
かすれたるよき手にも似てたをやめのまよふすぢある髪のめでたき

これまで鷗外の短歌にはほとんど関心がなかったのだが、この本を読んで興味が湧いてきた。明治から大正にかけて、旧派と新派、日本と西洋、伝統と革新のせめぎ合いの中に生きた知識人の姿が浮かび上がってくる。

2019年2月25日、笠間書院、1300円。

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2021年10月29日

松村由利子『与謝野晶子』


「科学へのまなざし」「里子に出された娘たち」「「母性保護論争」の勝者は誰か」「童話作家として」「聖書への親しみ」の五章構成。著者の関心の深いテーマに沿って、晶子の評論や作品を引きつつ、その人生を描き出している。

元新聞記者ならではの緻密な資料の読み込みと深い考察力が印象的。男女平等や科学的思考、ワーク・ライフ・バランスといった晶子の主張が、わかりやすく解き明かされていく。

引用されている晶子の論は、現代にも十分に通じる内容ばかりだ。

私は以前から、家庭は男女の協力の中に出来上るべきもので、従来のやうに主として女任せにして置くべきもので無いと考へて居ます。従つて「主婦」と云ふやうな言葉をも好きません。女子が家庭に必ずこびりついて居ねばならぬとする考へに至つては私の最も同感し難い所です。
世間では、父親が小学へ行く幼い子供の送り迎へをしたり、母に代つて乳呑児に牛乳を呑ませる世話をしたり、子供を膝に載せてあやしたりするのを見ると、窃(ひそ)かにその子煩悩を嘲り、女女しい男子のやうに侮蔑する習慣があります。何と云ふ非人間的な習慣でせう。

100年前から既にこういうことを言っていたわけで、やっぱり晶子はすごいと思う。それと同時に、社会の変化は遅々として進んでいないことも痛感させられる。

2009年2月10日、中央公論新社、2200円。

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2021年10月27日

河野有時『石川啄木』


コレクション日本歌人選35。

石川啄木の短歌50首の鑑賞と解説「いま・ここ・わたし・石川啄木」、読書案内、さらに付録エッセイとして三枝ミ之「平熱の自我の詩について」を収めている。

50首の内訳は、『一握の砂』から34首、『悲しき玩具』から9首、歌集未収録歌が7首。

(東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる)
この「われ」には、「われ」を歌う「われ」という短歌表現の機能があまねく発揮されていよう。『一握の砂』の最初の章は「我を愛する歌」と題されているが、東海の歌はその幕開けにふさわしい「われ」の歌なのである。
(「さばかりの事に死ぬるや」/「さばかりの事に生くるや」/止せ止せ問答)
そもそも歌には「私」の体験や感動が詠まれているという了解があり、全体が「私」の発話としてカッコに括られているようなものなのだ。だから、対話を取り入れる手法は歌の原理からすれば挑戦的な詠作だったと言えよう。

このように単なる作品鑑賞だけではなく、短歌の本質に触れる記述も多い。

2012年1月31日、笠間書院、1200円。

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2021年10月25日

佐藤モニカ歌集『白亜紀の風』

短歌研究社
発売日 : 2021-09-07

2017年から2021年までの作品310首を収めた第2歌集。

沖縄の豊かな自然や子育ての日々が多く詠まれている。また、ブラジルに移民した曾祖母や日系人の母など、自らのルーツに関する歌にも力があり印象に残った。

ベーグルを買つて帰れりゆふぐれは誰かに少し褒められたくて
幾度もたたまれちひさくなる街の片隅にある白き港は
ボゴール、ピーチ、ゴールドバレル市場にはささめきあへりパイナップルが
縦縞の夫と横縞の子を連れて花柄われの買ひ物たのし
家中の扉に油さしてゆく秋のこころは旅人に似て
夏の日はグンバイヒルガオ従へて川いきいきと流れてやまず
猫はまたやはらかき島この家に三つの島のある昼下り
窓磨きカーテン洗ふ一日なり心と窓は通じるやうで
サイタサイタサクラガサイタと暗唱す桜まだ見ぬ日系子女ら
浮遊する心は蝶に預けたり窓辺にわれと猫は並びて

1首目「ベーグル」が効いている。三句以下と付かず離れずの感じ。
2首目、地図の話のようだが、直前の歌の「産着」のことなのかも。
3首目、沖縄ならではの歌。パイナップルにも様々な品種がある。
4首目、洋服の柄に着目して詠んだのが面白い。夫も子も同じ扱い。
5首目、扉が軽く開け閉めできるようになると、心までも軽くなる。
6首目、川岸に多く咲いている。「従へ」という動詞の選びがいい。
7首目「島」の喩えが絶妙。丸まって眠っている姿を思い浮かべる。
8首目、窓やカーテンをきれいにすると心の風通しも良くなるのだ。
9首目、ブラジル移民の子であった母。桜のない地で桜を想像する。
10首目、自由に飛んでは行けない心の代わりに、蝶を眺めている。

2021年8月28日、短歌研究社、2600円。

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2021年10月20日

山木礼子歌集『太陽の横』

著者 :
短歌研究社
発売日 : 2021-09-21

2013年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。

T章に2019年〜2021年の作品連載30首×8回分、U章にそれ以外の歌、合計336首を収めている。二人の子を育てる日々の生活が鮮やかに見えてくる一冊だ。

生活に1を足しても生活で ベビーフードの小瓶をすすぐ
はやぶさは凛々しく走る リビングの風の吹かない線路のうへを
使ひすてのわたしがほしい 封切ればあたらしい笑顔で立ちあがる
芋ほりに子が持ち帰る大ぶりで泥だらけの芋 こまりますよね
子の頰へ口づけるときぼんやりとよだれの跡を避けてゐること
腕づくでちひさな腕を引きよせる石けん水のボトルの下へ
「プチトマトのへた取らないでほしかつた」泣くほどに恨まれて母とは
ベビーカー押して入れば葬場のとびらは思ふよりも大きい
長すぎる一生をふと持てあまし星はしばらく光りてゐたる
雌の方が大きく育つ生き物に生まれたかつた みづに吐く息

1首目、無限ループに入っているみたいな子育て中の疲労感が滲む。
2首目、鳥ではなく本物の新幹線でもなく子が遊ぶおもちゃの車両。
3首目、心身ともに疲れが蓄積する自分をリセットできたらと思う。
4首目「こまりますよね」が読者に語り掛けているみたいで面白い。
5首目、母親だからって子のすべてを受け入れられるわけではない。
6首目、子に手を洗わせる場面。「腕づく」の暴力性に痛みがある。
7首目、親からすると訳のわからないことで子はごねることがある。
8首目、赤子も死者も自分で歩いて出入りができないゆえの広さだ。
9首目、何億年もの寿命を持つ星と人間とでは時間の流れ方が違う。
10首目、男女の格差の原因として体の大きさの問題があるのかも。

2021年9月16日、短歌研究社、2000円。

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2021年10月18日

伊東音次郎・並木凡平『風雪』

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大正から昭和初期にかけて北海道で活躍した口語短歌の歌人、伊東音次郎の150首と並木凡平の130首を収めた本。小樽文学館で購入。

1961年に「ぷやら新書」から刊行されたシリーズの一冊で、1981年に沖積舎より新装復刻版が出ている。

このシリーズは、北海道の文化、民俗、文学、自然などに関する文献を集めたもので、知里真志保『えぞおばけ列伝』、原田康子『サビタの記憶』、高倉新一郎『北海道と円空』など全50冊。

【伊東音次郎集】
並木みち、ポプラの影の縞の道梯子をのぼるやうに歩いた。
炉の底の炭火は沈む、夜は更ける、げんのしようこをこつとりと煮る。
尿をさせる児もじつと見入る深ぶかと尿を吸ふ土。秋じめる土。
妻子らが続けば進む向く前を前として行く追はれるやうに。
肌をとほして胃の腑の傷をなほすといふお湯につかつて眼をとぢてゐる。(登別温泉)
一枚の硝子のやうに凍る原を今朝の列車が断ち切つてくる。

1首目「梯子をのぼるやうに」という比喩がいい。楽しそうな感じ。
2首目、下痢や便秘に効く整腸剤として古くから使われてきた薬草。
3首目、子におしっこをさせている間は、じっと見ているしかない。
4首目、とにかく一家の長として自分が先頭に立って進むしかない。
5首目、目に見える外傷だけでなく弱った内臓にも効果を発揮する。
6首目「硝子」「断ち切つて」が北海道の厳しい寒さを感じさせる。

【並木凡平集】
むつちりとパン売り露人が秋の陽に大きな靴を光らせて行く
赤毛布つけたヤン衆が漁場の雪はこぶ三月ゴメも啼いてる
宿直の夜の気安さ重役の椅子にどつかり腰かけてみる
廃船のマストにけふも浜がらす啼いて日暮れる張碓の浜
雪の朝真赤な毛糸のシャツを着る妻にほんのり残る若さか
貰ひ湯の曇り硝子に日まはりのかすかにゆれてうつる月明

1首目、北海道に住む白系ロシア人。「大きな靴」に焦点を当てる。
2首目「ヤン衆」はニシン漁などの季節労働者。「ゴメ」はカモメ。
3首目、勤め先の新聞社の光景か。誰でも一度はやってみたくなる。
4首目、石狩湾沿いのうら寂れた浜の風景。「は」の音が響き合う。
5首目、雪の冷たさとシャツの赤さで、肌が若い感じに見えたのだ。
6首目、窓硝子に映る向日葵のほのかな黄色と月光の色が心地よい。


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1981年10月1日、沖積舎、5万円(全50巻)

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2021年10月13日

川野里子歌集『天窓紀行』


副題は「短歌日記2020」。

2020年1月1日から12月31日まで、「日付」+「短歌1首」+「短い文章」という構成で計366首を収めている。

亀虫ひとつ畳に転がり死にてをりどこかへ行かむとしたるこの虫
道に迷ひだんだん小さくなるわれは〈ひざまくら耳かきの店〉も過ぎたり
この石をちよつと見てゐてくださいと蜥蜴去りたり陽だまりの石
難攻不落 つひに敵来ず誰も来ず誰かを待ちかね春の城跡
闇なかに牛の眼のやうなものみひらきてをり地震(なゐ)過ぎるまで
マスクをし一人乗りカヌー漕ぐやうに人を避けつつゆくなり街を
蒲鉾の聖なる白さ白くなりすがた消されてしまつた魚たち
氷上を滑りゆくやうリモートワーク、リモートワークして誰にも会わず
糸蜻蛉の交尾あまりにしづかにて睡蓮と吾と消えてゆくやう
こんなにも追いつめられしことあるか身を反らせつつ煮えてゆく鱈

1首目、人間もこんなふうに何かする途中で死ぬのかもしれない。
2首目、道に迷った時の心細さ。耳の穴に入ってしまうかのよう。
3首目、蜥蜴が去った後に残っている石。石の番を頼まれた気分。
4首目、敵に攻められなければ、石垣も堀も価値を発揮できない。
5首目、地震に遭った時の体感を生々しいイメージで表している。
6首目、ソーシャルディスタンスが盛んに言われる街中の風景。
7首目、蒲鉾は色も形も魚とは似ても似つかない物になっている。
8首目、「リモートワーク」は長音が二つあって滑らかな発音だ。
9首目、糸蜻蛉が消えるのではなく、糸蜻蛉以外が消えてしまう。
10首目、煮えてくると皮の方に反っていく。その苦しげな感じ。

文章も「人類が二足歩行になったのは、ちょっと立ち止まって考えるためではなかろうか。四つん這いではたぶん、考えられない」など、独自な発想が多くて印象に残った。

2021年8月12日、ふらんす堂、2000円。

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2021年10月06日

高島裕歌集『盂蘭盆世界』

2011年から2019年までの作品901首を収めた第6歌集。第一篇「ひばり、たかんど」と第二篇「盂蘭盆世界」の二部構成となっている。

ふるさと富山の自然や風土、妻子や老母の歌が中核となる一方、他国に併合された日本の姿を描く「最後の歌人」、歌人になっていなかった自分を想像する「平行われ」、異民族への侵略譚として「桃太郎」を捉え直す「桃太郎の鬼退治」など、かつての「首都赤変」を思わせるような意欲的な連作も多い。

病巣も巣にほかならず、犇いて女蜂男蜂の刺し合へる見ゆ
はればれと串田の丘にふたり立つ、射水砺波を左右(さう)に瞰(みおろ)し
うつすらと雪を被りし山並みは未知なる山のごとく鮮(あたら)し
元日に大晦日の日記書いてゐる、ひとり明るい地下室に居て
夕餉(がれひ)、デザートまでの二時間を円(まど)かな月に目守(まも)られてゐつ
(とうきやう)と声を殺して呟きぬ。東海省省都トンキン暮れて
独立派兵士の額(ぬか)に捺されたる「倭」の文字の上に止まる黒蠅
昭和六十二年製造の天ぷら粉、母の冷蔵庫の隅にひそみゐき
New York とプリントされしジャンパー着てひとり柚子採る鄙の老人(おいひと)
対岸の山を流るる霧として東京といふ古き夢あり
汚れなさい、汚れなさい、と呼びやまぬ朝のひよどり夕(よひ)のむくどり
一滴の乳を生(な)さざる男(をのこ)の身寂しきままに梅も過ぎたり
哺乳瓶の剛(つよ)さを深く信じつつ熱湯注ぎ氷に浸ける
机から手を離したる数秒の子の独立をわれら称(たた)へつ
里の古老の祖父の代(よ)いまだ倶利伽羅の谷に兜の落ちゐしといふ

1首目、病巣という言葉から、蜂の巣の生々しい姿を思い浮かべる。
2首目、景の大きなのびやかな歌。現代短歌ではあまり見かけない。
3首目、いつも見慣れている山並みが、全く違った姿に見えてくる。
4首目、前年の日記を書くズレの感じが地下室の明るさと響き合う。
5首目、結婚式の後にふたりで過ごす宿。満月に祝福されている。
6首目、「最後の歌人」の一首。「東京」がトンキンになった世界。
7首目、日本独立を目論んで処刑された兵士。映像的で鮮明な描写。
8首目、母が施設に移った後の整理。賞味期限はとうに過ぎている。
9首目、昔ながらの暮らしにも、グローバル経済の波は押し寄せる。
10首目、かつて東京に住んでいた頃の自分を思い出すのだろう。
11首目、誰も汚れずに生きることはできない。下句の対句がいい。
12首目、子が生まれて父となった作者。女性との違いを痛感する。
13首目、粉ミルクを熱湯で溶かし適温に冷やす。慌ただしい時間。
14首目、子が初めて立った瞬間。「独立」という語の原義だろう。
15首目、1183年の源平の合戦が、身近なものとして語られている。

2021年8月15日、TOY、3000円。

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2021年09月29日

違星北斗『違星北斗歌集』


副題は「アイヌと云ふ新しくよい概念を」。

アイヌの歌人、違星北斗(いぼしほくと、1901‐1929)の短歌のほか、日記、俳句、詩、童話・昔話、散文・ノート、手紙などを収めた一冊。バチェラー八重子、森竹竹市とともに「アイヌ三大歌人」に数えられる彼の作品を、こうしてまとめて読めるのは嬉しい。

岸は埋立川には橋がかかるのにアイヌの家がまた消えてゆく
シャモという優越感でアイヌをば感傷的に歌よむやから
コタンからコタンを廻るも嬉しけれ絵の旅、詩の旅、伝説の旅
熊の肉、俺の血になれ肉になれ赤いフイベに塩つけて食ふ
ニギリメシ腰にぶらさげ出る朝のコタンの空でなく鳶の声
空腹を抱へて雪の峠越す違星北斗を哀れと思ふ
支那蕎麦の立食をした東京の去年の今頃楽しかったね
アイヌと云ふ新しくよい概念を内地の人に与へたく思ふ
喀血のその鮮紅色を見つめては気を取り直す「死んぢゃならない」
何か知ら嬉しいたより来る様だ我が家めざして配達が来る

1首目、北海道の開拓が進むとともにアイヌが土地を追われてゆく。
2首目、貧しいアイヌに対して同情してみせる和人の歌への忌避感。
3首目、各地に点在するアイヌの集落をめぐる旅。下句が楽しげだ。
4首目、フイベは内臓。熊の命をもらって元気になりたいと願う。
5首目、晴れわたる空が目に浮かぶ。のびのびとした気分の歌だ。
6首目、薬の行商をしていた時期の歌。自身の姿を自嘲気味に詠む。
7首目、思い通りにいかない生活の中で、東京時代を懐かしく思う。
8首目、差別に対して卑屈になることなく誇りをもって立ち向かう。
9首目、おそらく肺結核だろう。喀血を見て弱気になる自分を叱る。
10首目、晩年の病床での歌。見舞いの手紙を心の支えにしている。

巻末には解題・語注、年譜、山科清春(違星北斗研究会代表)による解説「違星北斗―その思想の変化」が載っており、違星の全体像をつかむことができる。違星北斗の作品やアイヌと短歌の問題については、今後さらに考えを深めていきたい。

2021年6月25日、角川ソフィア文庫、900円。

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2021年09月15日

北辻一展歌集『無限遠点』(その2)

少年天使像つくらんとする父のためわれの背中を見せしあの頃
熟したる厚き果肉を掘りすすみ核の付近で死んでいる虫
三十万も子がいるという平茂勝(ひらしげかつ)は黒光りする銅像の牛
おまえのは趣味だろうがと前置きし父は語りぬ芸術論を
母は服を胸へと当てて折りたたむ小さな服も大きな服も
最終の船の時刻が貼られいる寿司屋で食らう鮑一貫
母親の声に似ているわがくしゃみ身体のなかに母いるごとし
いにしえの河港の跡は芹の花咲きて小さく流れいるのみ
小児科の実習室に何体もベビー・アンいてわれらを見つむ
土神堂に祀られている神さまは供えの柿より小さかりけり

1首目、彫刻家の父のモデルとなった過去。エロスと抑圧を感じる。
2首目、果物に入っていた虫の死骸を、時間を遡るように描き出す。
3首目、「三十万の子」に驚く。銅像にもなっている優秀な種雄牛。
4首目、父との関係性を思う。装画が父の作品であることも含めて。
5首目、「胸へと当てて」が良く母の動きがありありと目に浮かぶ。
6首目、最終の電車はよく聞くが、ここでは船。長崎県らしい歌だ。
7首目、声ではなく「くしゃみ」という点に、意外性と実感がある。
8首目、かつては多くの舟で賑わった場所。芹の花に味わいがある。
9首目、医療トレーニング用のマネキン。知らない人が見たら怖い。
10首目、小さいけれど大事にされている神様。「柿より」がいい。

2021年7月15日、青磁社、2300円。

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2021年09月14日

北辻一展歌集『無限遠点』(その1)


「塔」所属の作者の第1歌集。2003年から2020年までの322首を収めている。

京都、北海道、長崎を舞台に、研究者、医学生、研修医としての日々が詠まれており、中身が濃く印象的な歌が多い。

学生のわれはもう遠い日なのだとやさしく揺れる煙突の蔦
蛇毒が機器のからだをめぐること技官は告げて部屋を出てゆく
滔々と話す子といる子に化けた狐だろうかと怪しみながら
真夜中を光あふれるローソンに月岡さんが働いている
眼球が弓弦のごとく張りつめぬ 早く帰らんひとり泣くため
夢に深く青がまじりて起きる朝妹の焼く魚が匂う
コマつきの椅子転がして質問に来る後輩の後輩らしさ
春昼にパスタを巻けば菜の花はフォークの元に集まりてゆく
サイレンでプールサイドに浮上して黙禱をする長崎の夏
被爆者の記憶をたよりにつくられし街の模型を天よりのぞく

1首目、煙突に絡む蔦を見上げながら、学生だった日々を懐かしむ。
2首目、「機器のからだ」がいい。人間だったら死んでしまうかも。
3首目、子どもは興味のあることにはものすごく詳しかったりする。
4首目、「月岡」という名前がぴったり。月が明るく照らすみたい。
5首目、上句が印象的。見開いた眼球が、今にも涙で破裂しそうだ。
6首目、眠りから覚めるときの茫洋とした感じがうまく表れている。
7首目、一々立ち上がったりしない距離感や後輩との関係性が滲む。
8首目、発見の歌。渦に巻かれるようにして、菜の花が寄ってくる。
9首目、8月9日11時2分。遊んでいる人たちも一旦プールから出る。
10首目、「天より」が、原爆を投下した者や神の視点を思わせる。

2021年7月15日、青磁社、2300円。

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2021年09月03日

『踊り場からの眺め 短歌時評集 2011-2021』刊行!

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『踊り場からの眺め 短歌時評集 2011-2021』(六花書林)を刊行しました。


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毎日新聞の「短歌月評」48回、朝日新聞の「短歌時評」23回、角川短歌の「歌壇時評」18回、現代短歌新聞の「歌壇時評」6回など、2011年から2021年に書いた時評・評論をまとめました。私がこの10年間に考えてきたことの全てが詰まった一冊です。

現在Amazonで予約受付中のほか、来週以降、版元や書店での販売も始まる予定です。

全330ページ、定価2500円。
皆さん、ぜひお読みください!

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2021年08月28日

小島ゆかり歌集『雪麻呂』


2018年から2020年までの作品451首を収めた第15歌集。
高齢の母の介護や引越し、コロナ禍の日々などが詠まれている。

日ざかりをゆらゆら母とわれゆけりたつた二人のキャラバンに似て
七草を言へぬ娘が作りたるとはいへうまし七草の粥
食後とはみだりがはしくなつかしくひとりひとりのたゆたふ時間
いまふかく疲るるわれにフェルメールの女ミルクを注ぎてくれぬ
枇杷たべてしばらく口がしかしかす介護の日々をわれも老いゆく
耳動く窓辺いつしか茜いろ猫は自分に飽きることなし
鳰どりは水にもぐりてみづになり浮き出でてみづは鳰どりになる
浄水場タンクの脇でメモをとる青年の眉上下にうごく
パンデミックのひびき弾めりはじめから人を躍らす言葉のごとく
霊柩車まがりゆくとき見えぬほど金(きん)こぼれたり夏の街路に

1首目、高齢の母を連れて街を歩く時の心許なさやあてどない感じ。
2首目、世代や常識の異なる娘であるが、良い関係がうかがわれる。
3首目、食べる前と食べた後では身体感覚も場の空気も違ってくる。
4首目、優しげな「牛乳を注ぐ女」に元気やエネルギーをもらう。
5首目、取り合わせがいい。「しかしか」に体感がよく表れている。
6首目、いつも自分の身体を舐めている猫。人間はそうはいかない。
7首目、下句が印象的。自在に水に潜るカイツブリの動きが鮮やか。
8首目、何かの検査をしているのだろう。下句の細かな描写がいい。
9首目、感染症の世界的大流行のことだが、表記と音が軽く感じる。
10首目、実際には何もこぼれていない。残像のようなきらめきだ。

2021年7月14日、短歌研究社、3000円。

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2021年08月21日

鈴木晴香歌集『心がめあて』


297首を収めた第2歌集。「塔」「西瓜」所属。

ふゆのよる凍りはじめる湖のどこから凍ってゆくのかを見て
目覚めたらうずらのたまごが手の中にあって犯人は隣で笑う
わたくしの原材料の水、その他。その他の部分が雨を嫌がる
湖に指を入れたら少しだけ痛いと思う 湖の方が
ふたりきりになったとしても丸ノ内線ですかって言うだけだろう
.jpegの君の黒目を確かめる わからないってことだけわかる
画家を見るような目で見られてしまう名前を漢字で書いて見せれば
ひとの家の犬を撫でるといいことがあるのだろうか、あなたは撫でる
会うためにあるいはもう会わないために橋は静かにカーブしている
睡蓮と蓮の違いを手のひらで教えてくれたのにわからない

1首目、湖の最初に凍りはじめる場所。感情や心の比喩でもあるか。
2首目、一緒にいる人が載せたのだろう。たわいない悪戯が楽しい。
3首目、人体の約60%は水分だけれど雨に濡れるのは不快に思う。
4首目、結句に驚かされる歌。湖からすれば異物が入り込むのだ。
5首目、せっかくのチャンスが訪れても相手を誘う勇気が出ない。
6首目、黒目の中に写真を撮った人の姿が映っていないか確かめる
7首目、フランスでの歌。字というより絵のように見えるのだろう。
8首目、何気ないことでも人によって違いがある。作者は撫でない。
9首目、上句がいい。この先の運命がどちらになるかはわからない。
10首目、水面と花の位置関係。相手の一生懸命な姿がよく伝わる。

2021年7月31日、左右社、1800円。

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2021年08月17日

野田かおり歌集『風を待つ日の』


「未来」所属の作者の第1歌集。
2011年から2021年までの作品325首を収めている。

阿闍梨餅置かれてゐたり春先の職員室のつくえの上に
いちごしふぉんいちごしふぉんといふときの頰のあたりがふあんな春だよ
人形に臍のくぼみのあることのAED練習のさびしも
花椒(ホワジャオ)に舌は痺れて水を飲む何度でも飲む夏の暗みに
血のなかを透ける光よ 起きあがるときにはいつも腕の力で
うしろから雨が近づく街ゆけばキリン商会見つけてしまふ
カステラにふあさりと倒れ眠りたし二十五時まで働きしあと
あたたかきもののごとくに冬さへも統べてゆくエクセルシオールの窓辺
小説に自死せる少年ひとりゐてその死を第五設問はきく
まだ春は届かぬ手紙 こんがりとチーズトースト窓辺で食べる

1首目、京都名物の阿闍梨餅。お土産として一つずつ配られている。
2首目、ひらがな表記の「しふぉん」がオノマトペのように響く。
3首目、母体から産まれたわけではないのに痕跡としての臍がある。
4首目、「何度でも飲む」に韻律的な力がこもる。「暗み」もいい。
5首目、朝の光を浴びながらベッドから起きる時の体感が伝わる。
6首目、「うしろから」という感覚がいい。別の世界に入るような。
7首目、深夜まで働いた深い疲労感。巨大なカステラが目に浮かぶ。
8首目、空間のデザインや空調で季節感もコントロールされている。
9首目、自死という重いテーマを設問として扱うことへの違和感。
10首目、春を待ち望む心。斎藤史の「白い手紙」の歌を思い出す。

2021年7月15日、青磁社、2200円。

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2021年08月10日

高野公彦歌集『水の自画像』


2019年から2021年5月までの作品426首を収めた第16歌集。

新聞社に〈伝書鳩部〉のありしころ年初(ねんしよ)の空を飛びし鳩たち
縄文の世の老いびとは眼鏡なし病院もなし如何に生きしや
五階より富士見ゆる日と見えざる日、見ゆる日増えて寒(かん)に入りゆく
武器持たず戦死を遂げしひめゆり隊。瑞泉隊も白梅隊も
次郎柿大きく甘しこの柿を育てし人の大き手思ほゆ
てふてふが一匹東シナ海を渡りきてのち、一大音響
妻はナスわれはナスビと言ひしかど今残されて茄子煮を作る
鳴きやみて山鳩言へり人間は戦争が好き、死ぬのが嫌ひ
置時計のほとりに胡桃一つあり胡桃に一日(ひとひ)ひびく秒針
コロナ禍の或る日おもへりにんげんは話し相手が無ければ 海鼠

1首目、速報を伝えるために伝書鳩が飼育・訓練されていた時代。
2首目、平均寿命は約30歳だが、65歳以上まで生きる人もいた。
3首目、自宅からの眺め。冬は空気が澄んで、遠くまでよく見える。
4首目、ひめゆり隊が有名だが、女子学徒隊は他にもいくつもある。
5首目、下句がいい。大きな柿を包み込むような大きな手を思う。
6首目、安西冬衛の詩と富沢赤黄男の句を踏まえてコロナを詠んだ。
7首目、なすびと呼ぶのは主に西日本。亡き妻を偲びつつ料理する。
8首目、誰もが死ぬのは嫌いなのに、なぜか戦争は無くならない。
9首目、下句がいい。胡桃の堅い殻の中に秒針の音が響き続ける。
10首目、一字空けの後の「海鼠」の印象が強烈。痛切な思いだ。

侮蔑語のニュアンスのあるガラケーのその静寂を身ほとりに置く

スマホ嫌いを歌で公言している作者だが、なるほどガラケーを使っているのか。同じガラケーユーザーとして、ちょっと親近感を覚える。

2021年7月7日、短歌研究社、3000円。

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2021年08月03日

山崎聡子歌集『青い舌』


現代歌人シリーズ33。
2014年から19年までの作品252首を収めた第2歌集。

あやめ祭 てんてんと立つ灯籠をたどって知らない沼地に来たの
子どものあたまを胸の近くに抱いている今のわたしの心臓として
椰子の木が鉛筆みたいに細かったフェンスの網のむこうの基地は
烏賊の白いからだを食べて立ち上がる食堂奥の小上がり席を
縄跳びに入れないままおしっこで湿る体を携えていた
蟻に水やさしくかけている秋の真顔がわたしに似ている子供
にせものの車に乗ってほんものの子供とゆけり冬のゴーカート場
「この子はしゃべれないの」と言われて笑ってた自分が古い写真のようで
ぶらさげるほかない腕をぶらさげて湯気立つような商店街ゆく
女の名前よっつぽつぽつと降るようにある長命の画家の年譜に

1首目、祭の会場の明るさを次第に離れてたどり着いた沼地の暗さ。
2首目、身体の中の自分の心臓より子の頭の方が確かな感じがする。
3首目「鉛筆みたいに」が印象的。日本とは違うアメリカ軍の基地。
4首目「白いからだ」が生々しい。自分の身体に烏賊の身体が入る。
5首目「携え」に自分の体を持て余している感じがよく出ている。
6首目、自分の話かと思って読むと子供の話。自分と子供が重なる。
7首目、偽物と本物は紙一重。いつ入れ替わっても不思議ではない。
8首目、母親との複雑な関係性。昔の自分を慰めてあげたくなる。
9首目、両腕が重く邪魔だからと言って取り外すわけにもいかない。
10首目、男の側からだけ語られる女性にもそれぞれの人生がある。

タイトルにある「舌」はこの歌集のキーワードと言っていいだろう。「舌」の歌が何首もある。他にも、口、舐める、濡れる、といった言葉も多く、全体に湿度の高い歌集だ。

2021年7月10日、書肆侃侃房、2100円。
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2021年07月25日

安田純生歌集『蛙声抄』

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1977年から86年までの作品303首を収めた第1歌集。

1986年に短歌新聞社から刊行された歌集を文庫化したもの。
文庫版解説(門脇篤史)と略年譜が追加されている。

ひらひらと雪ふる宵に人ふたりはかなきものを求めて逢ひぬ
人逝きて桃みのる庭 ゆくりなく大蟻ひとつ踏みつぶしけり
昨夜見し夢ゆ来つらむ葦原に猫の骸(むくろ)をつつける鴉
あぢさゐのたわわに咲ける堤よりつき来し犬のわが夢に棲む
仰ぎ見し藤の花房まなかひにぶら下がりけり寝ねむとすれば
電話にて長く話せり母親を失ひてより明るき友と
見抜かれぬほどに抑へし怒りなり夜空あふぎて風花を食ふ
ことばなく君とあるとき山繭蛾バス待合所の壁をとびたつ
小川から瀕死の鮒をすくひあげ猫に与へつをさな児たちは
死なざりしかの真夏より賢くもまた愚かにもなりて瓜食む
馬跳びはなほも続けり硝子戸を隔て音なき夏の世界に
まなかひを白き手首の行き来して昼ひそやかにわが額(ぬか)剃らる
けふは君と来ざれど冬の森の径(みち)記憶のなかの夕だちに濡る
この世なる〈高天原〉にのぼり来し土竜の屍を裏がへしたり
おもむろに堤こえつつ川霧は村の夕べを舐めはじめたり

1首目、確かなものではなく「はかなきもの」。雪の光景とも合う。
2首目、人間の死と関わりなく実る桃。命の不条理を感じさせる歌。
3首目、夢の世界と現実の世界が繋がっているような不思議な感覚。
4首目、現実の世界で付いてきた犬が、夢の中にも入り込んでくる。
5首目、昼間に見上げた藤の光景が、寝ようとした時に蘇ってくる。
6首目、「暗き」ではなく「明るき」友。明るく振舞っているのか。
7首目、胸の内に秘めた怒りを鎮めるように、雪を口中へと入れる。
8首目、まるで二人の沈黙に耐えかねたかのように、蛾が飛び立つ。
9首目、死にかけの鮒を助けてあげたのかと思ったらそうではない。
10首目、生き延びて齢を重ねることで賢くなるのなら良いけれど。
11首目、硝子戸越しに子供たちの動きが影絵のように見えている。
12首目、不気味な感じで歌が始まって、下句で理髪店だとわかる。
13首目、かつて君と来て夕立に遭った道を今日は一人歩いている。
14首目、地下で生きる土竜にとっては地上が〈高天原〉なのかも。
15首目、「舐め」という動詞の選びがいい。川霧の体感が伝わる。

2021年3月28日、現代短歌社第1歌集文庫、800円。

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2021年07月22日

小黒世茂歌集『九夏』

著者 : 小黒世茂
短歌研究社
発売日 : 2021-07-12

333首を収めた第6歌集。
風土、歴史、民俗、信仰などを感じさせる歌が多い。

はなれたりふれあつたりしてコスモスは如来のまなこを揺らしてゐたり
しだれ梅に集まる老いの顔のなか姉を探すも見分けられない
おほぞらを二つにわける銀漢のしたで姉の手握りてゐたり
老いびとと死者しかゐない浦みちにひじき干される竹笊のなか
カーテンは水藻のゆらぎ まつくらな自室に鮫が泳いでゐたり
こめかみにしみ入るほどの閑(しづか)さの若狭に冬の蘇鉄をあふぐ
メモ帳にはさんだペンのふくらみを確かめながらお薬師めぐる
うらがへり花は落ちたり 太陽が遠まはりして日暮れがおそい
階段の暗きところにかたまりて細魚のやうな子たちがあそぶ
あの娘のいひなりなのねと子にいへばスモークツリーのふるまひをする

1首目、仏像の視界にあるコスモスが、しきりに風に揺れている。
2首目、たくさんの老人に紛れるように、姉の姿を見失ってしまう。
3首目、天上の天の川と地上の姉妹。離れ離れにならないように。
4首目、鄙びた海岸沿いの道。死者たちも風景の中に存在している。
5首目、ゆらめくカーテンを見ているとまるで海の中にいるみたい。
6首目、静けさと寒さが身体の中に入ってくる。「蘇鉄」の存在感。
7首目、ペンを落としていないか、時々無意識に触れては確認する。
8首目、日が長くなったのを「遠まはり」と捉えたところが印象的。
9首目、もっと明るい所で遊んだらと思うけれど子供はそうしない。
10首目、息子の妻のことだろう。曖昧な受け答えに終始する息子。

2021年7月12日、短歌研究社、2500円。

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2021年07月19日

山下太吉歌集『焚火にあたる』

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「塔」所属の作者の第2歌集。「かごしま短歌文庫」22。

死ぬまでに弟の骨を硫黄島に拾はむと幾度言ひし叔父逝く
病廊を歩み来る人の杖の音止みぬ中庭のさくらを見るか
峡の村真下に覗けば家ごとにさくらの花の庭に咲きをり
急ブレーキの前の軽トラに急ブレーキ踏みたりイタチは草叢へ逃ぐ

歌集の初めの方に「佐太郎訪ひし燃島(桜島の北にある小島)行 2013年」という一連がある。

珍しき来訪者四人に鵜があまた突堤に並び此方見てゐる
廃屋より出で来し猫に次は人現れるかとしばし見入りぬ
飛び散りて砕けし窓のガラス片踏みつつ教室の中を覗きぬ

「四人」の一人としてこの旅にご一緒したので懐かしい。
・・・あれからもう8年になるのか。

2021年7月15日、ジャプラン、1300円。

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2021年07月15日

橋本喜典歌集『聖木立以後』


2019年4月8日に90歳で亡くなった作者の遺歌集。
2018年・19年の作品263首を収めている。

眼とづれば見たきものみな見えるのに開けば見えぬ眼を自覚する
湯船にて死にし先輩を思ひゐて怖ろしくなつて手摺を摑む
診察室の並ぶ廊下に待ちをれば看護師のみが姿よくゆく
雲ほそくおぼろになびく 眼球をぬぐへぬわれは眼鏡を拭ふ
大いなる力を若きふた親に与へつづけむこの緑児は
垣根の花見てゐてたまたま帰り来しこの家(や)の夫人と昔語りす
米扁の糊の感覚右の手の人さし指の指先が知る
友の電話聞こえず妻に代れるに笑ひなどして終るのはいつ
人間が酸素を吸ひて生きてゐる存在なるを知りて日々あり
何もかもして貰ふ身になつてきて卑屈になるなと内なる鬼が言ふ

1首目、緑内障により視力が低下した作者。上句が何でもせつない。
2首目、2017年に亡くなった岩田正を思う。下句に死の実感あり。
3首目、病気や高齢の方が多い場所で看護師は若く颯爽としている。
4首目、眼球も拭ったり取り替えたりできれば良いのだけれども。
5首目、親が子に力を与えるのではなく、子が親に力を与えるのだ。
6首目、偶然がもたらした素敵な一場面。夫人も高齢なのだろう。
7首目、かつて米粒を糊代わりに使っていた時の感触を覚えている。
8首目、耳の聞こえも悪い作者。仲間外れにされたような寂しさだ。
9首目、酸素ボンベを使うようになり、呼吸は当り前ではなくなる。
10首目、介助・介護を受ける立場となった時に精神をどう保つか。

巻末の年譜には、亡くなった時の様子が次のように記されている。

四月七日、「平成31年4月の歌」と題したまひる野の歌稿(八首)を、拡大読書器を駆使して原稿用紙に鉛筆書きで自ら清書する。短歌手帳に鉛筆を挟んで枕の下に入れ、就寝。四月八日早朝、自宅にて永眠。享年九十歳。

最後の最後まで見事に歌人だったんだなと思う。
晩年の3歌集『生きて帰る』『聖木立』『聖木立以後』は、それぞれとても味わい深い歌集だった。

https://matsutanka.seesaa.net/article/443295594.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/461424279.html

謹んでご冥福をお祈りします。

2021年6月25日、角川書店、2000円。

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2021年07月07日

乾 醇子歌集『夕陽のわつか』

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「パンの耳」の仲間である乾醇子さん(ヤママユ)の第2歌集『夕陽のわつか』(本阿弥書店)が刊行された。久々湊盈子さん、萩岡良博さんとともに栞文を書かせていただいている。

鴨たちの集まる川面のきらめきに昨日の疲れの消えてゆきたり
咲き初めし白梅の小枝あしらはれ西京漬けの鰆が並ぶ
毀たるる家はガ音に響きつつ楽しさうなり柱も壁も
相槌はふーんで終はる三人の息子それぞれトーン異なる
一夜にて黄葉すすみし御堂筋昨日の私にもどしてほしい

2021年7月21日、本阿弥書店、2700円。

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2021年07月06日

田村元歌集『昼の月』

著者 : 田村元
いりの舎
発売日 : 2021-06-28

2012年から2020年までの作品337首を収めた第2歌集。
サラリーマンの哀歓を詠んだ歌とお酒や飲食に関する歌が中心。
妻を詠んだ歌にも印象的なものが多かった。

ふたりとも「田村」の判を押し終へて離婚届を折りたたみたり
サラリーマンは太鼓持ちではないけれどときをり持ちて叩くことあり
黒豆が黒豆せんべいから落ちて秋の底へと転がりゆけり
エレベーターわが前へ昇り来るまでを深き縦穴の前に待ちをり
おでん屋の湯気にわれらも茹でられて竹輪とがんもになりて別れる
常夜灯ともして妻のゐない夜もベッドの片側空けて眠りぬ
日めくりの厚みが壁に突き出して仕事始めのうどん屋しづか
菊の花二輪が皿に咲いてをり〆鯖がわれに食はれたるのち
辛口の「谷川岳」を北に置きわがテーブルは関東平野
テーブルでMacの画面ひらくとき妻のMacの背と触れ合ひぬ

1首目、離婚する時点ではまだ同じ姓なのだが奇妙な感じを受ける。
2首目、上司や得意先の機嫌を取らなくてはならないこともある。
3首目、「秋の底」が黒豆の「黒」と響き合って深さを感じさせる。
4首目、扉が閉まっているので感じないが、落ちたら死ぬ深さだ。
5首目、「竹輪とがんも」に上機嫌のほろ酔い気分が表れている。
6首目、ダブルベッドに広々寝ても構わないのだが、そうはしない。
7首目、まだ1月なので日めくりは箱のような厚みと存在感がある。
8首目、もともと皿にあったのだが、食後に目に付くようになる。
9首目、群馬出身の作者らしい歌。関東平野を俯瞰するような視点。
10首目、向かい合ってパソコンを開く場面。妻との距離感が新鮮。

2021年6月22日、いりの舎、2500円。

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2021年07月05日

田口朝子歌集『朝の光の中に』

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田口朝子さんの第1歌集『朝の光の中に』が刊行されました。
ご縁があって解説を書かせていただいてます。

水槽をのりこえ蛸はゆかむとすたこよここから海は遠いよ
切られし首つながれ苔の生えてをり廃仏毀釈の名残りといひて
花ばさみ庭のどこかに置き忘れその夜しづかに雨降りはじむ
十二年電池残量あるといふペースメーカーが私を刻む
いけばなは花の命をもらふこと私の中に花が入り来る

2021年6月22日、青磁社、2500円。

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2021年06月29日

奥村知世歌集『工場』


新鋭短歌シリーズ54。
331首を収めた第1歌集。

男性の多い工場の現場で働く仕事の歌、そして子育ての歌が中心となっている。

夏用の作業着の下をたらたらと流れる汗になる水を飲む
女でも背中に腰に汗をかくごまかしきれぬ作業着の色
労災の死者の性別記されず兵士の死亡のニュースのごとく
軍手にはピンクと黄色と青があり女性の数だけ置かれるピンク
量産型OLとしてごくたまに作業着を脱ぎ本社へと行く
保育園のにおいする子を風呂に入れ家のにおいにさせて眠らす
ガスコンロに並べて焼かれるサンマたち海ではきっと他人であった
ベランダで息子が作るシャボン玉息子の息を遠くに運ぶ
まばたきの分だけ私より長く世界を見ている私のメガネ
作業着と安全靴に挟まれて靴下だけはそれぞれの色
忘れ物を私の中にしたような顔で息子が近づいてくる
パレードの山車で手を振る姫たちのスカートの中の安全ベルト
ブラブラと荷物ぶら下げ重心が子供ではないベビーカー押す
「育休」と名簿に斜線は引かれつつ斜線のままの後輩がいる
どんぐりが通貨単位の商店に息子から買う虫の死骸を

1首目、夏の現場は暑く、飲んだそばから汗になって流れていく。
2首目、汗をかくのは女も男も同じ。作業着が汗で濡れてしまう。
3首目、生前は大事であった性別も死んでしまえば意味を持たない。
4首目、ピンクは女性の色という固定観念は今も根強く残っている。
5首目、他の女性と交換可能な一人として上役に同行するのだろう。
6首目、昼間離れて過ごしていた子に、自分に匂いを染み込ませる。
7首目、無関係だったサンマが今は隣同士に並ぶ。人間も同じかも。
8首目、下句の発想に惹かれる。シャボン玉に守られて遠くへ行く。
9首目、メガネは瞬きをしないと擬人化することで、愛着が伝わる。
10首目、作業着の下から覗く靴下だけが一人一人の違いを見せる。
11首目、私の胎内にということだろう。ちょっと怖いような感じ。
12首目、ディズニーの山車。高所作業用の安全ベルト着用が義務。
13首目、子育てあるあるの歌。フックを付けて荷物をぶら下げる。
14首目、なかなか育休から復帰しない後輩。複雑な思いで眺める。
15首目、お店屋さんごっこ。「虫の死骸」は身も蓋もないが現実。

余韻や情緒や新しさではなく、質実剛健な内容で読ませる歌集。
近年ではむしろ珍しいタイプであり、好感を持つ。

2021年6月10日、書肆侃侃房、1700円。

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2021年06月24日

なみの亜子歌集『そこらじゅう空』


2015年から2020年の作品373首を収めた第5歌集。

生き場所は死に場所ならずはつ雪の早もやみいてまぼろしの峰
照りののち雨得て樹々は身の丈をとりもどしたり欅は欅の
増水の川と思いて覚めたればいっせいに田に水の入る朝
細切れに糞する犬のじいさんとゆっくりゆっくり公園まわる
まだ生きて特養に居る母の家より持ち出しし宝石いくらにもならず
柵越えてふたりの少女川べりに肩をひっつけしゃがんでいたり
二頭の犬一頭となり朝夕をともにあゆむも道草の減る
持っていることが大事なわが夫の障害者手帳にページのあらず
まる描けるとんびの胸のはるか下 窓などさがしてなんになろうか
誰からも離れて誰とも会いたくて こころの空き地に草ののびゆく

1首目、おそらく以前暮していた西吉野での日々を思い出すのだ。
2首目、「とりもどしたり」がいい。雨に濡れて生き生きとする。
3首目、日を決めて田んぼに水が入る。かなりの音が響くのだろう。
4首目、若い犬と年老いた犬では糞の仕方や量も違ってくるのだ。
5首目、何とも身も蓋もない歌。現実をまざまざと突き付けられる。
6首目、「ひっつけ」がいい。仲良しの二人だけの時間が流れる。
7首目、亡くなった犬の不在感が作者にも犬にも付きまとっている。
8首目、手帳と言っても役割は証明書。上句は皮肉を含んでいるか。
9首目、窓は閉塞感の強い生活からの出口であり、逃げ道である。
10首目、上句の矛盾した表現に孤独感が滲む。人間は結局一人か。

年老いた両親、障害を抱える夫、二匹の犬の死と、全体に重苦しい内容の歌が多い。作者とはかつて同じ結社にいて、歌集に出てくる母や夫にもお会いしたことがあるので、いっそう胸にずっしりと応えた。

2021年4月20日、砂子屋書房、2800円。

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2021年06月18日

マツザワシュンジ歌集『春の花火師』

matsuzawa.jpg

270首を収めた第1歌集。
作者は『「よむ」ことの近代』『プロレタリア短歌』などの著書がある松澤俊二さん。

春へ向かう矢印がすっと伸びているいつか桜の咲くはずの坂
朝に降る雨なら嫌いではないな トマト畑にトマトは濡れて
鳩の目と静かに対(むか)いあいながら二時ゆっくりと玉子焼き嚙む
待ちあわせて何か食べようカレーとかうどんとかカレーうどんとか
もう秋か、なんて一人で言っている人は誰かに聞いて欲しくて
コンビニで一五〇円のコーヒーを待っている窓越しに木枯らし
冬の朝は熱いスープをすすりつつ思う 鳥には舌があったか
テキパキという音は口ずさむものIKEAのベッド組み立てながら
春曙抄(しゅんじょしょう)伊勢を枕に寝しという少女の家のあたりかここは
春の舟春の水夫も去らしめてしずかに満ちてくる海の水
自転車のあたまいくつか寄せ合って話しあう海にいく計画を
夕焼けの岬に若き日の父母を写して去りし人も旅びと

1首目、冬から春へと向かう季節。桜の咲く様子を思い描いて歩く。
2首目、あまり強くはない雨だろう。トマトが瑞々しく感じられる。
3首目、公園などで弁当を食べている場面。少し遅めの昼食である。
4首目、結句を読んでもっと選択肢はないのかと突っ込みたくなる。
5首目、秋という季節の寂しさ。ふと気がつけば秋になっている。
6首目、ドリップされるのを待ちながら何気なく窓の外に目をやる。
7首目、唇や舌に意識が向いている時に、ふいに疑問が頭に浮かぶ。
8首目、確かにテキパキは擬態語でありつつ擬音語でもあるような。
9首目、上句は与謝野晶子の歌。晶子の生家のあった堺を歩きつつ。
10首目、河口付近の川を眺めている。上句は幻の過去の風景か。
11首目、「自転車のあたま」がいい。若々しさが伝わってくる。
12首目、古い写真を見ながらシャッターを押してくれた人を思う。

2021年5月25日、港の人、2000円。

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2021年06月02日

谷川由里子歌集『サワーマッシュ』


300首を収めた第1歌集。
章立てはなく、1ページ2首の歌が150ページ続く。

月比べしながら歩く一本道 そっちの月も見頃だろうね
バルセロナバルセロナに行くその日までバルセロナに行くまでのこの日々
バースデー・ソングは歌い出す前の表情さえもバースデー・ソング
あの籠を買ったら洗濯籠にして洗濯物を一挙に運ぶ
会いたいと思ってこその帰り道だ酔ったら酔ったでくらくら帰る
釣り好きが高じて竹の釣り竿に目がない人の輝きっぷり
ああ低い月が出ていて前を行く小学生の頭にふれる
円卓を日当たりのいい一角へ動かすためのこの腕捲り
寝てたのに体は箱根に着いている電車は体しか運べない
かまくらを布団でつくってきいているクールダウンに最適の雨

1首目、「月比べ」が面白い。ケータイで話をしながら歩いている。
2首目、まだ行ったことがないからこそ、憧れや楽しみが持続する。
3首目、バースデーソングには期待や緊張を含む儀式っぽさがある。
4首目、店にある籠は使い方によって洗濯籠にも別のものにもなる。
5首目、お酒を飲んで人恋しい気分で歩く夜。「こその」がいい。
6首目、「輝きっぷり」がいい。興味のない人には価値のない品々。
7首目、月の低さの表現が実に印象的。大人の頭では面白くない。
8首目、結句に生な臨場感がある。「ために腕捲りする」ではダメ。
9首目、小田急線のロマンスカーかな。意識がまだ追い付いてない。
10首目、布団をかぶって気持ちを静めている。初二句が個性的だ。

装幀が実にオシャレでかっこいい。
これで1800円という値段に出版社のやる気を感じる。

2021年3月31日、左右社、1800円。

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2021年05月23日

平岡直子歌集『みじかい髪も長い髪も炎』


第23回歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。
339首を収めている。

こぼされてこんなかなしいカルピスの千年なんて見たことがない
きみの骨が埋まったからだを抱きよせているとき頭上に秒針のおと
ダウンジャケットいま転んだら12個の卵が割れてしまう坂道
飛車と飛車だけで戦いたいきみと風に吹かれるみじかい滑走路
死ぬことは怖いねふたりふたりって鳴る絨毯の上の足音
お母さんが編んだマフラーという生き物は英訳すると死んでしまうの
心臓と心のあいだにいるはつかねずみがおもしろいほどすぐに死ぬ
三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
洗脳はされるのよどの洗脳をされたかなのよ砂利を踏む音
朝にとどくものたちはみな遠くからくる遠くから朝刊がくる
観客はじゃがいもと言われたじゃがいもの気持ちを考えたことがあるのか
カゲロウの背骨のような縫い針が秋に一本置き去られたり

1首目「こ」「こ」「か」「カ」の響き。三句で軽く切れると読む。
2首目「骨が埋まった」という見方が鋭い。下句、時限爆弾みたい。
3首目、ダウンジャケットのもこもこ感を、卵パックに喩えている。
4首目、相手と真っ直ぐに向き合う心情や関係。小細工せずに潔く。
5首目「ふたり」が「二人」でありまたオノマトペにもなっている。
6首目、他人から見れば普通の使い古されたマフラーに過ぎない。
7首目、どちらも英語ならheart。その狭間に感情や魂が明滅する。
8首目、待ち合わせによく使われるライオン像。下句の破格の強さ。
9首目、生きることは何かに洗脳されることだという把握が印象的。
10首目、目覚めの光や風をイメージさせてから朝刊という具体へ。
11首目、人前であがらない方法。確かにじゃがいもには失礼な話。
12首目、初二句の比喩によって、存在しないカゲロウが生まれる。

どのように読んだら良いか迷う歌も多い一方で、強く印象に残る歌もたくさんあった。

2021年4月26日、本阿弥書店、2000円。

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2021年05月11日

鈴木ちはね歌集『予言』

書肆侃侃房
発売日 : 2020-08-05

第2回笹井宏之賞大賞受賞。314首を収めた第1歌集。
言葉の繰り返しがうまく使われている。

不動産屋の前に立ち止まって見ていると不動産屋が中から見てくる
重要だから赤いペンキで書いたはずなのにそこだけ読めないみたいな
パンクしてしまった自転車を遠い記憶のように押して帰った
駅の手前で止まってしまう地下鉄のずっと見ているトンネルの壁
橋を架けなおすために橋をこわすために仮の橋をいま架けてるところ
全体重でドアを押しあけ物心ついたばかりの人が出てくる
山眠る よく燃えそうな神社へと人びとの列ときどき動く
東京にオリンピックがやってくるパラリンピックもおまけにつけて
有識者会議の机上いちめんに有識者の数だけの伊右衛門
保留音の小さな世界の二周目が終わって三周目が流れだす
靴べらで靴へと足を流しこむ こういう時間の先に死がある
ライターで手持ち花火に火をつける ついたら急に明るい更地

1首目、一つ目の「不動産屋」は建物を、二つ目は人を指している。
2首目、黒ペンキより赤ペンキの方が色褪せやすくて逆効果になる。
3首目、長々と重い自転車を押して帰る時のやるせない気分が滲む。
4首目、普通の電車であれば止まっても風景が動くから良いのだが。
5首目、橋の架け替えでは確かにこういう手順で工事が進んでいく。
6首目、「物心ついたばかりの人」がいい。幼稚園児くらいの子か。
7首目、冬の季語を使っているので初詣の場面だろう。下句がいい。
8首目、常に付きまとう「おまけ」の感じをはっきりと言い切った。
9首目、ニュースでよく映る光景。「伊右衛門」の人名感が効果的。
10首目、「小さな世界」は曲名だが、世界を三周しているみたい。
11首目、動詞「流しこむ」がいい。下句がハッとさせられる把握。
12首目、花火の美しさでなく照らし出された更地の姿に目が向く。

2020年9月14日第2版、書肆侃侃房、1900円。

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2021年05月07日

林和清歌集『朱雀の聲』

著者 : 林和清
砂子屋書房
発売日 : 2021-03-17

357首を収めた第5歌集。
第一部には2020年3月以降、コロナ禍をリアルタイムで詠んだ歌100首が収められている。

あたらしい仏像怖し牛乳のやうに生なまとなめらかな皮膚
何を見ても他人がうらやましく思ふ咲けばさくらの幹くろくなる
一日がちぢまつてゆくちかちかと赤いのはカナメモチの生垣
失つた空腹もとめて歩いてゐる出口ばかりのしづかな街を
ずつとゐると妻の機嫌の満ち引きの潮目がわかる今日は小満
あんたかて殺されたことあるやろと鵺は言ふ鵺は人肌をして
若きらの談笑を背で聞きながら蛸のからだの一部を嚙みをり
うつかり歳を取つてしまつて萩の散る朝の路面に佇つこともある
一度あがつた雲雀はかならず降りてくる巣からはすこし離れた土に
ほんものかさうでない煙草を吸ふ者ら疎らに群れて宙を見てゐる

1首目、「牛乳のやうに」が効いている。これが本来の姿なのだ。
2首目、上下句の取り合わせがいい。花びらとの対比で黒く見える。
3首目、コロナ禍の日々。「ち」「か」の音の繰り返しが効果的。
4首目、「失った空腹」「出口ばかり」にコロナ禍の気分が滲む。
5首目、機嫌が少し良くなってきたのだろう。潮目を読むのが大切。
6首目、上句の京都弁が何とも言えず怖い。伝説の怪物である鵺。
7首目、若者たちの談笑の輪にはもう入っていけない寂しさが滲む。
8首目、「うつかり」が面白い。ふと自分の年齢に驚くことがある。
9首目、降りる雲雀なのが新鮮。外敵に巣が発見されないように。
10首目、喫煙所の光景。電子タバコや加熱式タバコの人もいる。

2021年3月22日、砂子屋書房、3000円。

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2021年05月03日

橋爪志保歌集『地上絵』

著者 : 橋爪志保
書肆侃侃房
発売日 : 2021-04-15

同人誌「羽根と根」などで活躍する作者の第1歌集。317首。

改札の前であなたと完全におんなじひとがほほえんでいる
風のなか本をひらけば花びらとともにさらわれてゆく正誤表
よせがきにきみが小さく描いてくれた舌のくるくるしたカメレオン
靴ひもをむすんで顔をあげたとき友だちとよべるひといなかった
ここへ来て一緒に濡れてほしいのにあなたは傘をたくさんくれる
かんたんなてんらんかいにゆきたいなみずうみに触るだけのてんらんかい
こよみではもう春だけど適当なお店で買ったタルトのまずさ
ピクルスをきみはパンから抜きとって花のまばらな川原へ放つ
いつまでも足を浸している銀のはしごはプールサイドの隅で
すぐいなくなる母だった 追いかけて転んだ傷がいまも手にある

1首目、「完全におんなじ」に、喜びや戸惑いなど心の揺れが滲む。
2首目、正誤表は小さな紙のことが多いので、よく紛失してしまう。
3首目、カメレオンが可愛らしい。「舌」と「した」が韻を踏む。
4首目、誰が友だちかあらためて考えると、けっこういないものだ。
5首目、やさしい人なのだけど、私が求めているのはそれではない。
6首目、音の響きに弾むような楽しさがある。ひらがなも効果的だ。
7首目、時候の挨拶の言葉から、三句以下へのつながり方が面白い。
8首目、ハンバーガーのピクルスが苦手なきみ。下句はア段の連発。
9首目、見立てが印象的。途中までしかない梯子の存在感が際立つ。
10首目、手にある傷よりも、きっと心に負った傷の方が深いのだ。

2021年4月7日、書肆侃侃房、1700円。

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2021年04月29日

横山未来子歌集『とく来りませ』

yokoyama.jpg

2012年から2020年までの作品461首を収めた第6歌集。
修辞的な完成度が高く、印象的な歌が多い。

仄かなる明かりに浮かぶ絵を見をりここにはをらぬひとと並びて
窓硝子に部屋の灯りのうつりゐて子規の眼(まなこ)のありし秋の夜
ただひと度啼きたる蟬のそののちの震へぬからだ幹にあるらむ
室内の翳りを映す紙のうへに雪を見てゐし眼を戻したり
ひとのをらぬ部屋に入りて水仙のかをりのなせる嵩をくづしぬ
つややけき墨の面にふるる穂にたちまちにして墨は昇りぬ
かなしみを晒すごとくに灯のしたの林檎の皮に刃をくぐらせつ
あけゐたる窓ゆ夕蟬のこゑは入り子供にあらぬわれに夏来ぬ
身をゆすり網戸をのぼるかまきりをながく見てゐつ猫とわれとは
ひとつ、ふたつ咳聞こえたりしばらくを映写のまへの暗がりにゐつ
天井画を足場に乗りてゑがきたるミケランジェロの汗は垂りけむ
小石の影のうへに小石を置くやうにたしかめてをり今のこころを
唇にうすき硝子をはさみつつみづを飲みたり明けがたのみづを
枝先をふるはせめじろ去りしのち硬き一月の木にもどりたり
影となりあゆめる蟻を落としたり日傘の内を指で弾きて

1首目、誰かのことを思いながら、美術館でひとり絵を見ている。
2首目、子規庵を訪れて、かつてそこに存在した子規の目を思う。
3首目、もう鳴き声はしないが、蟬の存在を生々しく感じている。
4首目、窓の外の明るい雪をしばらく見て、また本を読み始める。
5首目、目に見えない香りを「嵩をくづし」と視覚化したのがいい。
6首目、毛筆の穂先に墨が染み込んでいく様子。官能的でもある。
7首目、「くぐらせ」という動詞の選びが抜群。皮の下を刃が通る。
8首目、「子供にあらぬ」と詠むことで、子供時代が甦ってくる。
9首目、結句に猫が出てくるのがいい。一対一ではなく三角関係。
10首目、館内が暗くなって映画が始まるまでの、緊張感と期待感。
11首目、「汗は垂りけむ」によって、絵を描く場面が再現される。
12首目、小石と影の関係が反転しているような不思議な感じだ。
13首目、「はさみつつ」が抜群。確かに唇で挟んでいると気づく。
14首目、鳥がいる時といない時で、木の印象が変わってくるのだ。
15首目、映像を見ているような美しさ。指の動きに優しさがある。

2021年4月3日、砂子屋書房、3000円。

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2021年04月20日

工藤玲音歌集『水中で口笛』


316首を収めた第1歌集。健康的で伸びやか。

缶詰はこわい 煮付けになろうともひたむきに群れつづけるイワシ
見開きのわたしで会いにゆくからね九月の風はめくれ上がって
無言でもいいよ、ずっと 東北に休符のような雪ふりつもる
平泳ぎで七夕飾り掻き分けて老婆になってもわたしだろうな
夜と死が似ている日には目を閉じてふたりで春の知恵の輪になる
しぼむように痩せこけてゆく祖母のこと風船と思い母には言わず
円グラフのその他のうすい灰色を見つめてしまう 燃えていたんだね
働けば働くほどにうれしくてレモンジュースにレモン汁足す
隣人の見ざる言わざる聞かざるのキーホルダーの言わざる剝げて
あかるいと言われるたびに胸にある八百屋に並ぶ枇杷六つ入り

1首目、死んだ後も一尾にはなれず、生前と同じように群れている。
2首目、「見開きのわたし」がいい。自分の心を全面的に開放して。
3首目、東日本大震災後の東北。ふるさとを含む東北への心寄せ。
4首目、仙台の七夕飾りか。華やぎの中に自らの老いを想像する。
5首目、「春の知恵の輪」がいい。恋人同士の二人きりの世界だ。
6首目、祖母の亡くなる前の歌。思ってもさすがに口には出せない。
7首目、「その他」に括られてしまうものへの思い。灰のイメージ。
8首目、働くことの喜びがレモンの爽やかさと合って真っ直ぐな歌。
9首目、結句の細かな具体が効いている。何となく気になる存在。
10首目、明るいだけの人などいないが明るさを大事に抱えている。

石川啄木と同じ岩手県の渋民出身の作者。
啄木や渋民に関する歌もたくさん載っていて楽しい。

2021年4月12日、左右社、1700円。

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2021年04月16日

魚村晋太郎歌集『バックヤード』


現代歌人シリーズ32。
2008年から2018年までの作品275首を収めた第3歌集。

砂あびる雀みてをり砂あびるといふたのしみをつひぞ知らずに
ねむたさうにひとはみてゐるあかるくてなにもみえない四月の窓を
薄き硝子いちまいへだてふれるのはわたしの指だぬれた黄の葉に
もう雨に濡れることなき青梅は照らされてをり夜の西友に
咲きのこる野菊ひとむらこころからのぞまなかつたむくいのやうに
からだよりゆめはさびしい革靴と木靴よりそふやうにねむれば
てらてらとフランクフルトソーセージ鉄板のうへに切れ目はわらふ
天津飯れんげですくふ船にのりおくれたやうなはるの夜更けを
流木がかつてつくつてゐた木陰まで歩かねば 声がきこえる
ヘッドフォン耳につめたし篠懸(プラタナス)たちにきおくのもどる冬きて

1首目、気持ち良さそうに砂浴びする雀。ざらざらしないのかな。
2首目、四句目までのひらがな表記が、何も見えない感じと合う。
3首目、「いちまいへだてて」が美しさと危うさを際立たせている。
4首目、売場に並ぶ青梅は今も雨を恋しがっているのかもしれない。
5首目、本当に望んでいたかどうかは自分にしか判定できないこと。
6首目、寄り添って眠っていても、眠りの中ではそれぞれ一人だ。
7首目、焼かれていくうちに切れ目が広がって、口のように見える。
8首目、曲線のイメージのつながりと「天津」が港町であること。
9首目、かつて木が生えていた場所へと、木の声に導かれていく。
10首目、葉が落ち樹皮の剝がれた幹や実が見えると篠懸だと思う。

2021年3月24日、書肆侃侃房、2200円。

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2021年03月18日

平井弘歌集『遣らず』

著者 : 平井弘
短歌研究社
発売日 : 2021-03-12

391首を収めた第4歌集。

語り掛けるような口調や暗喩的な表現を用いて、現代の社会や政治状況について繰り返し問い続けている。全体に不安や危惧の色が濃く、記憶や無意識を浮かび上がらせてくるような感触がある。読んでいるうちに、何が確かなことであるのか次第にわからなくなってくる。

いつのことだか思ひ出してごらんだからあんなことなかつたでせう
どの本棚からだつてほんたうのところアンネのへやへはひれます
はじめから手に鎌などついてゐたらたまらなからう蟷螂ひとつ
おほいのは差別にならず三ぼん脚のからすがボールを押さへる
自販機みたいでどうもいけない夜どほしあかるいこのさきのさくら
きのふからそこだつたか花梨の実もうひとつしたの枝とおもふが
おほすぎるとだれも摘まないつくし数つてさういふことだつたんだ
ほんたうに桃とおもへるうちはいい桃だから手にとつてごらんよ
とびあがつたのは鴉の影のはう押さへるところはおさへてゐる
沈んだところのふたつてまへまではみづ切りの石もその気だつた
まだいいからおまへが鴉だつたときにみたことを話してごらん
熱があるのよねと触れてくる手の湿りがどうしやうもなくをんな
蟹くひざるつてのは弱いはうが喰はれつぱなしつてことだものね
寄り道せずに帰つておいでかへれるのをよりみちといふんだけど
どこでどう越えたものだかおもしろいね川がですね右になります

1首目、事実がなかったことにされ記憶が消されていくことの怖さ。
2首目、私たちの暮らしも、一歩入ればアンネの部屋に通じている。
3首目、前脚が鎌でなければ蟷螂は違う生き方をしていたのかも。
4首目、サッカー日本代表のエンブレムにもなっている八咫烏。
5首目、ライトアップされた桜はどこか人工的な空々しさをまとう。
6首目、大きな花梨の実を見ていて、自分の記憶があやふやになる。
7首目、人間の心理を鋭く突いた歌。たくさんあると価値が下がる。
8首目、桃と思っているものが本当に桃なのかがわからなくなる。
9首目、鴉の本体は押さえていて、影だけが飛び上がっていくのだ。
10首目、水に沈む直前までは自分が沈むことになると気づかない。
11首目、こう言われると自分が以前は鴉だったような気分になる。
12首目、女性に対する恐れや怯えの感情が「湿り」から伝わる。
13首目、なるほど、猿蟹合戦というのは弱者が強者に勝つ物語か。
14首目、もう元の場所には帰れなくなってしまいそうな怖さだ。
15首目、左に見えていたはずの川がいつの間にか右に見えている。

言葉の多義性を含む詠み方なので、様々な解釈が可能だろう。何人かでじっくりと読み合ってみたくなる歌集だ。

栞に載っている平井本人の「「遣らず」ト書き控え」は、この歌集について多くのヒントを与えてくれる。でも、自ら解説してしまうのは少し無粋かもしれない。

2021年3月10日、短歌研究社、2500円。

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2021年03月12日

犬養楓歌集『前線』

著者 : 犬養楓
書肆侃侃房
発売日 : 2021-02-11

救急科専門医として救命救急センターで働く作者の歌集。240首。

胆汁のごとき匂いと色をしてカンファレンスで冷めた珈琲
デジタルの時刻表示をちらり見て死亡宣告本人へする
鼻腔より死後処置液を入れられて業者専用出口より出る
獣医なら殺処分するための服こちらと向こうを行き来する我
汗よりも落としておきたいもの多く院内シャワーの空きを待つ列
パトカーを降りて検死に臨むとき白衣の袖を二度折り返す
重症者多く減る日の特徴は決まって朝の寒さ厳しく
逝きて後PCRの結果出て今年の冬に人は二度死ぬ
メス置けば励ますことが救急の医師の仕事の八割である
呼吸器を外せばすなわちこの世とは一つの大きな肺胞である

1首目、「胆汁のごとき」が生々しい。医療従事者ならではの比喩。
2首目、亡くなった本人はもう声を聞くことはできないのだけれど。
3首目、遺体は葬儀会社により運ばれる。生きた人とは違う出口で。
4首目、鳥インフルエンザや豚コレラの現場でも防護服が使われる。
5首目、シャワーを浴びて強いストレスや鬱屈を洗い流すのだろう。
6首目、下句の具体が効いている。現場の緊迫感が伝わってくる。
7首目、回復したのではなく亡くなったのだ。寒い日には特に多い。
8首目、死後に感染が判明して新型コロナの死者数に加えられる。
9首目、医学的に最善を尽くすだけでなく励ますことが大事なのだ。
10首目、地球上の人はみな同じ空気を吸い一つにつながっている。

2021年2月7日、書肆侃侃房、1500円。

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2021年03月01日

中津昌子歌集『記憶の椅子』


333首を収めた第6歌集。

来なかった揚羽のことをいつまでも覚えてあおく山椒茂る
白鷺がいっぽん、いっぽん、脚をぬき歩む鴨川夏草高し
ガラス越しに雨の見えれば雨はいいしずかに落ちてゆくだけだから
細い裂(きれ)のようなる空がこの路の形に沿って大きく曲がる
大理石から体は生まれ出ようとし左の膝がおおきく曲がる
大いなる浴場なりし石壁を斜めに分けて影と光は
死者なれば憚ることなく名を呼ぶに木賊は青くかたまりて立つ
青葉の林を父母と並んで歩いている誰もこちらを向かない写真
眠れねば眠れるひとの吐く息のほとりに青く靡きてわれは
空に影は落ちないものをたかだかと吊り上げられて鋼材揺らぐ

1首目、「来なかった」ことは来たことよりむしろ忘れられない。
2首目、「いっぽん」は一本でありまたオノマトペにもなっている。
3首目、窓の外の雨を眺めつつ、何か思い出しているようでもある。
4首目、ヴェニスの歌。比喩がよく、石畳の細い路地が目に浮かぶ。
5首目、彫刻の姿を動的に捉えたことで、生々しさが生まれている。
6首目、ローマの歌。浴場跡に残された石壁に過去と今が交差する。
7首目、亡くなってからの方が呼びやすい。「に」に重みがある。
8首目、カメラを向いてないというだけでなく、もう戻らない過去。
9首目、隣に眠る人の寝息を聞きながら、なかなか眠れないでいる。
10首目、上空の鋼材を見上げていると天地が反転した気分になる。

現実を描きながら、不思議な奥行きや膨らみを感じさせる歌が多い。目に見える風景の奥に目には見えない風景が浮かんでくるようだ。

2021年1月25日、角川書店、2600円。

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2021年02月23日

笹川諒歌集『水の聖歌隊』


新鋭短歌シリーズ49。
2014年から2020年までの作品227首を収めた第1歌集。

文字のない手紙のような天窓をずっと見ている午後の図書館
知恵の輪を解いているその指先に生まれては消えてゆく即興詩
ひとつまた更地ができる ミルクティー色をしていて泣きそうになる
ほとんどが借りものである感情を抱えていつものTSUTAYAが遠い
遠目には宇宙のようで紫陽花は死後の僕たちにもわかる花
部屋干しの水蒸気たちに囲まれて眠る 命名とはこんなもの
強弱に分けるとすれば二人とも弱なのだろう ピオーネを剝く
公園を逆さにしたら深くまで一番刺さるあの木がいいな
風邪引きの体には鐘が吊されるゆえに幼い夕暮れを呼ぶ
レモンティーのレモンを二人とも食べて以来長らく雨が降らない

1首目、四角い天窓を手紙に喩えたのがいい。雲が流れていく感じ。
2首目、指先と知恵の輪の動きの美しさにしばらく見惚れてしまう。
3首目、ミルクティー色と表したところに、記憶の懐かしさが滲む。
4首目、TSUTAYAでは様々な人生や物語を借りることができる。
5首目、下句の直観が鋭い。紫陽花の球形は永遠に近い感じがする。
6首目、目に見えない水蒸気に包まれて、また生まれ直すみたいだ。
7首目、皮がツーっと剝ける感じ。弱であることの安心感もある。
8首目、一番高い木だろう。自分の身体に突き刺さるようで怖い。
9首目、身体が重たく感じられて、遠く幼い頃の記憶が甦ってくる。
10首目、何かをきっかけに何かが変ってしまう。偶然だとしても。

2021年2月12日、書肆侃侃房、1700円。

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2021年02月16日

黒瀬珂瀾歌集『ひかりの針がうたふ』


現代歌人シリーズ31。

329首を収めた第4歌集。福岡に住んでいた時の歌。巻末にはあとがきに代えてエッセイ「博多湾の朝について」が収められている。

しばらくを付ききてふいに逸れてゆくカモメをわれの未来と思ふ
風絶えし朝のひかりは漿膜として広ごれり曽根の干潟に
一歩一歩干潟を重く歩めるに鯊(はぜ)は逃げゆく吾の影より
『どうぶつのおやこ』の親はなべて母 乳欲る吾児を宥めあぐねて
昇る陽に影は伸びつつ小さき刃に老いし漁師は梨剝きくれぬ
ゴミ袋提げつつ仰ぐ桜樹の、〈家〉を得て知るさみしさもある
やねのむかういつちやつたね、と手を振る児よ父に飛行機(ぶーん)はまだ見えてゐて
をさなごの放置死ののちはCMに蒙古斑なきさらさらおしり
柳川の朝の農道に振り上げて弁慶蟹の爪あかきかな
人去りし村にて仰ぐ上空のどこまでダムに抱かるるだらう

1首目、船を追うのをやめて離れてゆくカモメのあてどない感じ。
2首目、「漿膜」がいい。半透明の膜のように干潟が光っている。
3首目、気配を察知してぴょんぴょんと跳ね飛ぶ姿が目に浮かぶ。
4首目、父であること、男親であることの哀しみを強く味わう場面。
5首目、描写が的確で場面が鮮明に浮かぶ。「小さき刃」がいい。
6首目、朝のゴミ出しの場面。安らぎと引き換えに失うものもある。
7首目、背の低い子と自分の視界の広さが違うことにふと気が付く。
8首目、実際にはCMのように肌のきれいな赤子はほとんどいない。
9首目、体は赤くないのだろう。威嚇している爪の赤さが鮮やか。
10首目、ダム建設予定地。やがて水底になる場所から見上げる空。

子育ての歌が注目を集めているが、環境調査の仕事の現場の歌もとても良かった。

2021年2月1日、書肆侃侃房、2000円。


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2021年02月08日

島田修三歌集『秋隣小曲集』

 shimada.jpg

2017年から2020年までの作品493首を収めた第9歌集。
40年連れ添った妻を脳梗塞で亡くし、自らも癌の手術を受ける。

六肢を提げすずめ蜂飛ぶ日溜りにすずめが来ればすずめ蜂消ゆ
「ミスティ」の流るる古き理髪店に冷たき刃(は)もて咽喉(のみど)を剃らる
レタスパックの草臥れたるを皿に盛り何を養ふ若からぬ身の
桜鯛の可愛ゆき一尾をあがなひて妻待つごとき夕闇にまぎる
雲のやうに来たりて午後の感情はもうたくさんだ、たくさんだ、といふ
「きゃりーぱみゅぱみゅ」といふ舌嚙むやうな名も覚えしが近頃聞かず
妻と在りし日の集合住宅(マンション)に聞こえざりし水のしたたり声のくぐもり
妻が行き連れ立ちて行きひとり行くクリーニング店より燕の巣消ゆ
瑞典にわが知るグレタ二人をりひとり変人もひとり故人
夏(なつ)さんと思ひてをりしが夏(シャー)さんであるとぞ夏さん絣が似合ふ

1首目、自然界では可愛らしい雀の方がスズメバチよりも強い存在。
2首目、刃の冷たさに一瞬ひやっとする。志賀直哉「剃刀」の世界。
3首目、「草臥れ」という表記で「草」と「レタス」が響き合う。
4首目、「妻待つ」と「妻待つごとき」の間にある大きな落差。
5首目、胸の内に押し寄せてくる感情や思い出に押し潰されそうだ。
6首目、芸能界の流行りや人気の移り変わりの激しさを感じる。
7首目、一人になって会話や物音が消えたことで初めて気が付く音。
8首目、妻と過ごした時間とその後の経過が印象的に詠まれている。
9首目、女優グレタ・ガルボと環境活動家のグレタ・トゥーンべリ。
10首目、名札などに「夏」とある人が中国の方だったことを知る。

2020年11月25日、砂子屋書房、3000円。

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2021年01月28日

谷岡亜紀歌集『ひどいどしゃぶり』


514首を収めた第5歌集。1ページ4首組は珍しい。
作者ならではのハードボイルド風な文体と内容。

人も猿も戦い疲れ死ににけり無音の空に昼の月泛(う)く
屋上のオープンカフェに月待てり春のスープに匙を沈めて
深夜また冷たい便器にひざまづき罪の報いのごとく吐きおり
男あり広場の空にステッキを構え鴉とたたかいており
千人の午睡を運ぶ巨大機の三万フィートの春のたそがれ
わが前を全てが過ぎてゆくとして回転寿司の春の飛魚
一瞬ののち天を指し死を告げる審判者(アンパイア)いて白昼なりき
倒産した自動車教習所の日暮れS字クランクに陽の残りおり
水だけを飲みて束の間ほの暗く点す螢のひかりのみどり
大鍋に豚の心臓が煮られいてここから日本までの五千キロ

1首目、映画「猿の惑星」か。釈迢空の有名な一首を踏まえている。
2首目、月の出を待つゆったりとした気分と春の心地よさが伝わる。
3首目、飲み過ぎて嘔吐する場面を神への礼拝のイメージと重ねた。
4首目、「たたかいて」がいい。鴉を追う老人の真面目で滑稽な姿。
5首目、飛行中のジャンボジェット機。もしも墜落したら、と思う。
6首目、レーンを眺めながらもの思いに耽る。「飛魚」が絶妙だ。
7首目、荘厳なイメージの上句だが実は野球の審判のジェスチャー。
8首目、「S字クランク」がいい。教習所でしか使わない言葉だ。
9首目、ホタルの成虫は口が退化して、水を飲むことしかできない。
10首目、クアラルンプールの市場。日本ではないことを実感する。

2020年8月1日、ながらみ書房、2500円。

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2021年01月24日

大口玲子歌集『自由』


現代歌人シリーズ30。
2018年から2020年までの作品408首を収めた第7歌集。

滝壺に女は消えて悲しみし男の一首は地上に残る
食前の祈り英語は短くてきみより長く祈りて食べる
二泊三日を英語キャンプに過ごしたる息子帰りきてしばらく無言
  大阪拘置所面会室3番
面会の椅子は低くて冷たくてアクリル板の汚れが目立つ
「ひさしぶり、誰だつたつけ」と言はれたるわれはふつつかな嫁として立つ
食用と鑑賞用を区切る石 鯉はそれぞれの生を泳げり
冷笑も共感も受け一輪となりて立ちたりフラワーデモに
不登校は悪くないといふ物言ひに悪意はなくて慰めもなし
前世はすずめと言ふ子 キリスト者のお前に前世なんてないのに
背伸びしてパンを差し出す子どもの手うつくしかりき息子に言はず

1首目、「関之尾滝」にまつわる伝説。時代を超えて歌だけが残る。
2首目、同じ祈りの言葉でも英語と日本語では長さが違ってしまう。
3首目、英語漬けの三日間を終えて疲れ切って憮然とした様子。
4首目、死刑判決を受けた容疑者にキリスト者として面会に行く。
5首目、入院中の義母を前に、嫁という立場を意識せざるを得ない。
6首目、鯉は自分の運命を知らない。人間も同じなのかもと思う。
7首目、性暴力の根絶を目指すデモ。「一輪となりて」がいい。
8首目、良いか悪いかという見方自体が既に問題を含んでいるのだ。
9首目、三句以下の強さと冷たさに、信仰を持つ者の厳しさを思う。
10首目、無意識に自分の息子の手と比べてしまったのだろう。

「自由」というタイトルに読む前は戸惑いを覚えたが、歌集にはさまざまな形で「自由」について問い掛ける歌が収められていて、タイトルの必然性を納得させられた。

息子に対する愛情の強さとともに、息苦しさも感じる一冊だった。

2020年12月15日、書肆侃侃房、2400円。

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2021年01月18日

島田修三歌集『露台亭夜曲』


2013年から2016年までの作品489首を収めた第8歌集。

ゆく春の思はざる寒(かん)ふかき夜をヨブ記は終はりヨブ死ににけり
かの宵の電話にいたく優しかりき然(さ)うか訣れを告げてゐたのか
井戸端に手桶は並びなみなみと湛ふる水のみな暮れてをり
紫陽花のいたく汚れて枯れのこる脇坂歯科の裏木戸あたり
落としどころ考へながらのぼる階を鈴ふるごときこゑのくだり来
鉄瓶も鰹節(かつぶし)削りも擂り鉢もくりやを去つて復た還らざらむ
月かげのあまねく注ぐ芝の上を影濃やかに蟷螂は在り
女房に逃げられましたと暗く告ぐ逃がしてやつたと思ひたまへよ
鶏粥に香るシャンツァイ撒き散らし混ぜくりまはし掻つこむ俺は
静かなる風情に鋪道(みち)ゆく柴犬がダックスフントを無視するところ

1首目、ヨブ記を読んでいる作者。下句の前後関係の逆転が面白い。
2首目、ほどなくして亡くなった相手。後から思えばという後悔。
3首目、「みな暮れて」は当り前のことなのだが、情感のある描写。
4首目、「脇坂歯科」という名前がよく効いている。絵になる光景。
5首目、「落とし」「のぼる」「くだり」と、上下の動きが続く。
6首目、昭和の頃にはどの家庭にもあった物。失われると戻らない。
7首目、「濃やかに」がいい。芝の上にくっきりと影が映っている。
8首目、同じ出来事でも見方を変えただけで随分印象が違ってくる。
9首目、複合動詞三連発に勢いがある。食べる前から美味しそう。
10首目、柴犬の澄ました感じが伝わる。意識はしているのだろう。

空豆の茹(う)であがりたるを啖らひつつ何おもふなくひとときは過ぐ(2013年)
茹でたての空豆にほふ食卓に羽いぢらしき小蠅の飛び来
(2014年)
茹であがり緑にけぶるそらまめを掌(て)にのせ俺はくたびれたる人(2015年)
茹でたてのそら豆のあさき緑色を喰ふ縹渺の世のひと俺は
(2016年)

毎年、茹で立ての空豆の歌が出てくる。きっと好きなのだろう。
季節のものなので毎年その時期になると詠んでいるのだ。

2020年11月10日、角川文化振興財団、2600円。

posted by 松村正直 at 18:19| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする