2020年07月10日

逢坂みずき歌集『虹を見つける達人』

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2014年から2019年までの作品368首を収めた第1歌集。
大学生活や就職、ふるさとの祖父母のことなどが率直に詠まれていて、良い歌が多かった。

のど自慢見ながら鍋のひやむぎを啜つてゐるとき実家と思ふ
おまへは何になる気なんだと父が言ふ何かにならねばならぬのか、われは
ケイコウペンのケイは蛍であることを捕まへて見せてくれし大き手
友達がFacebookにのせてゐる写真の中にわたしが居ない
この部屋にあと三日住む耳かきはもう段ボールに入れたんだつた
あぢさゐも樹だと気づけて良かつたよ並木道へと変はるこの路地
東京ゆき夜行バスにていま君がともす小さな灯りを思ふ
ストーブの効いた部屋から雪を見る 出会ふまへ他人だつたのか僕らは
忘れてと言つたけれども ざらめ雪 わすれられたらせつないものだ
寝過ごせば動物園に着くといふ電車を今日も途中で降りる
手袋をつくりし人のてのひらの冷たさ思ふ霜月の朝
おつぴさんは曾祖父/曾祖母の意味なりて男女(をとこをんな)はもう区別せぬ
潮騒のやうなるサ行の訛りかなわたしは寿司(すす)も獅子(すす)も大好き
思ひ出す雪の日ダイソーに行つたこと君とわたしと君の彼女と
朝ドラはヒロインがすぐ東京に行くから嫌ひ コーヒーの湯気

1首目、昔と変わらぬ実家の風景。大皿に盛らずに鍋から直接取る。
2首目、将来を案じる父に対しての見事な切り返し。
3首目、蛍を捕まえて見せてくれた人に対する淡い恋心。
4首目、一緒に撮った写真なのに省かれてしまっている。
5首目、引っ越し前の落ち着かない感じがよく伝わってくる。
6首目、両側に紫陽花が咲く道も見方によっては「並木道」なのだ。
7首目、ラインでやり取りすると相手のスマホの画面が灯る。
8首目、出会う前の他人同士だった二人を今では想像できない。
9首目、三句「ざらめ雪」が挿入されているのがいい。
10首目、通勤に使う路線。終点の動物園までは行ったことがない。
11首目、手袋を作る人はもちろん素手で作業しているのだろう。
12首目、宮城の方言。性別から自由になることへの憧れもある。
13首目、海に近いふるさとの訛りと祖父母に対する愛情。
14首目、語順がいい。四句目までははデートの場面かと思う。
15首目、上京が夢をかなえる手段であった時代はもう終ったのだ。

2020年7月1日、本の森、1200円。

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2020年07月02日

千種創一歌集『千夜曳獏』


27歳から31歳までの362首を収めた第2歌集。
タイトルは「せんやえいばく」。

春の鹿 いま僕の去るポストには英国宛の書簡がねむる
これ走馬灯に出るよとはしゃぎつつ花ふる三条大橋わたる
駅までをふたりで歩くふたしかな未来を臓器のように抱えて
いわなければいけないことを言うときのどくだみの花くらやみに浮く
わかるのとあきらめるのはべつのこと タルトの耳が砕けてしまう
窓からはどんぐり広場が見えている、病み上がり、雨上がり、逆上がり
死ぬことで完全となる 砂風に目を閉じている驢馬の一頭
ダム底に村が沈んでいくような僕の願いはなんでしたっけ
iPhoneの中のあなたは手を振った 背骨のような滝のふもとで
胸にあなたが耳あててくる。校庭のおおくすのきになった気分だ

1首目、初句「春の鹿」のイメージが二句以下と遠く響き合う。
2首目、死ぬ時に思い出す人生の名場面集の一つになるとの思い。
3首目、「臓器のように」がいい。美しいばかりではない。
4首目、ひらがなの多用が効果的。どくだみの小さな白い花。
5首目、「諦む」の語源が「明らむ」だとは言うけれども。
6首目、下句の「上がり」の3連発に懐かしさと寂しさを感じる。
7首目、情と景の取り合わせ。視界が閉じて一つのものが完結する。
8首目、記憶の底へと沈んで自分でもわからなくなってしまう。
9首目、「背骨のような」が面白い。あなたと滝のスケールの違い。
10首目、相聞歌。あなたと一緒にいる安心感とゆったりした気分。

2020年5月10日、青磁社、1800円。


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2020年06月27日

梶原さい子歌集『ナラティブ』

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2014年から2018年までの作品456首を収めた第4歌集。

101歳の祖母の死、東日本大震災や津波の記憶、祖父の抑留されたシベリアを訪れる旅など、印象的な場面が数多く詠まれている。

黒き毛にみづ弾きつつあざらしの幾度もたどる同じ軌道を
とことはに学生のわれ「学校さ行つてきたか」と祖母に問はれて
一枚の布に鋏を入れながら作られてゆくからだありけり
揺らぎあふてつぱうゆりの純白の岬に長く暮れ残りたる
どのやうななにかであるかわからざるかたちをもとめ砂を掘りゆく
誰も知らずけれど誰もを知るやうな思ひに立てり墓地のくさはら
戦争がいつ終はるかを知りながら読み進みゆく戦中日記
薄闇に米研いでをりしやりしやりと後半生の粗きかがやき
みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて
波がここまで来たんですかといふ問ひが百万遍あり百万遍答ふ

1首目、水族館で泳ぐアザラシの姿。弾丸のような「軌道」がいい。
2首目、年老いた祖母の記憶の中で、作者は永遠の学生なのだ。
3首目、一枚の布から人間の身体を包む着物が仕立てられる。
4首目、あたりが暗くなった後も、花の白さだけが浮かび上がる。
5首目、津波による行方不明者の一斉捜索。四句までが生々しい。
6首目、ハバロフスクの日本人墓地。祖父であったかもしれぬ人々。
7首目、日記を書いた人は8月15日で戦争が終わるとは知らない。
8首目、薄暗い台所で光る米粒を見て、自分の人生に思いが及ぶ。
9首目、湖でボートに乗っている場面。「めくりつつ」が新鮮だ。
10首目、津波の到達した高さに驚く人々。「百万遍」が重い。

2020年4月24日、砂子屋書房、3000円。

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2020年06月26日

森田アヤ子歌集『かたへら』

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昨年、第7回現代短歌社賞を受賞した作品。
縁があって栞を書かせていただいた。

伸び出でしばかりの太き早蕨を山よりもらふ蒔かずにもらふ
じやがいもの花が咲きたり便りせぬ子よ奨学金は返してゐるか
畝立ての土の中より出できたり青のぼかしのおはじきひとつ
物置の屋根に玉蜀黍(コーン)の芯いくつ日に晒されて猿の影なし
二日ほどかはゆき声を跳ねさせてビニールプールは帰りゆきたり
むりをして揃へし全集マカレンコ矢川徳光書架に古りつつ
立秋の周防岸根の畝に蒔くチリ産黒田五寸人参
毒もつと教へて父の絶やさざりし鳥兜さく明き藍色
ロールシャッハテストのやうに対称に湖水に映る紅葉の山
沢庵を漬け込むそばに亡き人が柿の皮など入れよといへり
全身に振動伝へチェーンソーが木の歳月を通過してゆく
小径もてつながる班の十三戸背戸に迫れる崖みな高し

1首目、歌集の巻頭歌。自然の恵みをいただくことに対する感謝。
2首目、初二句と三句以下の取り合わせに味わいがある。
3首目、かつて子が遊んだものか。「青のぼかし」が目に浮かぶ。
4首目、屋根の上で玉蜀黍を食べて芯だけ捨てていった猿。
5首目、ビニールプールとともに元気な孫たちも去ってしまった。
6首目、1970年代に日本でも広まったソビエトの教育理論。
7首目、固有名詞がよく効いている。「周防岸根」と「チリ」。
8首目、毒があるからと排除するのではなく、大切にしていたのだ。
9首目、紅葉した山が湖面にくっきりと色鮮やかに映っている。
10首目、祖母や母と同じことを自分もしているという思い。
11首目、木を切ることは「木の歳月」を切ることだという発見。
12首目、「十三戸」という具体がいい。背後には山がそびえる。

おススメです!

2020年6月17日、現代短歌社、2000円。

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2020年06月08日

加藤孝男『与謝野晶子をつくった男』

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副題は「明治和歌革新運動史」。2016年1月から2018年9月まで「歌壇」に「鉄幹・晶子とその時代」という題で連載した文章に加筆してまとめたもの。

『みだれ髪』の作者「鳳晶子」の名前をどう読むか、与謝野鉄幹はなぜ鉄幹という雅号を捨てて本名の寛を名乗るようになったのか、といった身近な話から始まり、朝鮮半島と鉄幹の関わりや鉄幹と晶子の関係など、『みだれ髪』刊行に至る流れが丁寧に描かれている。

特に、副題にもある通り「和歌革新運動」について詳しく記されている点が大きな特徴だろう。

和歌が新聞紙面に掲載されることによって、時事的な要素が次第に取り込まれていく。その題は、「藩閥」「政府改革」「権兵衛大臣」「新官人」「二博士」「米国博覧会」「内地雑居」などであった。
明治二十年代までに和歌革新に関する議論は出尽くしてしまっていて、子規はそれをジャーナリスティックに説いただけである。あとはそうした理論によって、いかに優れた作品をつくることができるのかが問題となっていたのである。
私がここで強調したいのは、和歌革新運動といえば、短歌のみを思い浮かべてしまうが、和歌の範疇には長歌もあり、その革新が、後の文学に与えた影響も考えなければならないということだ。その延長線上に、七五調の「君死にたまふこと勿れ」もあったのである。
清と戦争した日本人にとって、漢詩は、敵国の文学であった。中国から多大な文化的恩恵を被った日本人が、明治に入って急に漢詩に冷ややかなまなざしを向けたのはこのような理由からであった。

長年にわたって鉄幹研究を続けてきた著者ならではの発見も多く、非常に読み応えがある。

例えば、これまで〈飛ぶ鷲のつばさやぶれて高嶺より枝ながらちる山ざくら花〉と伝えられてきた鉄幹の歌(新聞「日本」明治26年4月17日掲載)について、新聞の復刻版に当たったうえで〈飛ぶ鷲のつばさや触れし高嶺より/枝ながらちる山ざくら花〉であると指摘している箇所など、何とも鮮やかだ。

資料に基づいた細かな読解から、和歌革新運動をめぐる大きな見取り図の提示まで、実に奥の深い一冊だと思う。そうした根気強い作業を通じて、これまで晶子に比べて評価の低かった鉄幹の業績を、きちんと近代文学史の中に位置づけることに成功している。おススメ!

2020年3月31日、本阿弥書店、3800円。

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2020年05月14日

富田睦子歌集『風と雲雀』


2013年から2018年までの作品を収めた第2歌集。

わたくしの忘れた何かを知っている十年前の携帯のあり
ニベアとは白を意味する言葉らし子の足首に融けなずむ白
思うままに乳房みなぎる日の遠く電車に泣く子を見ぬふりをして見る
テトリスの棒がゆるりと落ちてくる刹那を消ゆる四段はあり
相続のたびに大樹の減る町のついにわたしの好きな樹の番
いもうとはときおり父をパパと呼ぶそのたび遠くなりゆく父よ
母ししゃも身は限界まで細らせて臨月なるをほろほろと嚙む
弛緩して口呼吸するチューリップこういう花と思う おんなの
くるぶしの骨ほど背丈を伸ばしたる少女の時間をひと夏と呼ぶ
捨てた記憶はないが耳式体温計家から失せてみどりごもなし

1首目、十年前の自分がまだその中にいるような気もする。
2首目、ニベアを塗った跡の残る娘の足首を見つめる母の視線。
3首目、かつて自分にもそういう時期があったことを思い出す。
4首目、テトリスで最も爽快な場面の言葉による丁寧な描写。
5首目、大きな屋敷が取り壊されて見慣れた風景が変ってしまう。
6首目、姉妹といえども記憶している父の姿はずいぶんと違うのだ。
7首目、子持ちシシャモは体のほとんどが卵で満たされている。
8首目、花びらの開いたチューリップに自分の姿を見ているのか。
9首目、「くるぶしの骨ほど」がいい。そこに成長点があるみたい。
10首目、確かにいたはずの嬰児がいつか幻のように消えてしまう。

2020年4月29日、角川文化振興財団、2600円。

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2020年05月10日

柳宣宏歌集『丈六』

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2015年から2019年までの作品を収めた第3歌集。

しろたへのパナソニックの冷蔵庫うちあげられし浜にやすらぐ
塵取りにあつめし灰を壺に納め母の人生は蓋を閉ぢたり
小上がりの店の奥よりもれ聞こゆ「よさないかい」と男のこゑは
妻なしとなりける島田の手を握り言ふことかある妻あるわれに
こゑのみに親しき島田が妻の顔はじめて見(まみ)ゆ棺のうへから
駅員のアナウンス真似る青年の常の座席に居らずさびしき
瑞泉寺の山より出でし真実は曲がりくねつた自然薯である
北海のとどろく潮(うしほ)に洗はれしししやもが二匹皿にかがやく
日曜の遅き朝餉に絹さやのわが手に摘むを汁にして食ぶ
石鯛のすきとほりたる一切れは美しき虹残して消えぬ

1首目、海岸に横たわっている白い冷蔵庫。「やすらぐ」がいい。
2首目、母の骨上げの場面。一つの人生の完結を感じている。
3首目、つい何が起きているのかと気になってしまう。
4首目、「島田修三夫人告別式」の歌。掛ける言葉もない。
5首目、電話の取次ぎで何度も話をしたが会ったことはない関係。
6首目、青年に対するやさしい眼差しを感じる。
7首目、真実は真っ直ぐなものという一般的なイメージを覆す歌。
8首目、皿に置かれたししゃもの背後にある海を想像する。
9首目、日曜日なので時間的余裕がある。自宅で採れた絹さや。
10首目、刺身の表面に見えている虹色の脂。美味しそうだ。

2020年4月14日、砂子屋書房、3000円。

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2020年05月08日

小島なお歌集『展開図』

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2011年から2020年初めまでの作品423首を収めた第3歌集。

手のひらに日毎に滲(し)みて石鹼はひと冬かけて私のなかへ
身体ばかりがいつまでもあり 死はそこに死んだ者さえ置き去りにする
鈴付きの破魔矢はみ出す紙袋マンガ喫茶の通路に置かる
子を産まぬミーアキャットは子を産みしミーアキャットのヘルパーとなる
私から私はいつもずれながら遠花火そらの丹田に散る
椅子ありて店番おらず紫のパンジーの咲く石橋水道店
甲虫の肢(あし)内側に折るように眼鏡を畳むきょうの終わりは
何もない時間膨張する秋は体の奥の骨組みしずか
わたしの手も使ってほしい 三月の空を隈なく撫でてゆく手よ
死はいまだ来るものでなく向かうもの避雷針に寄る朝の鴉

1首目、使い切った石鹼が身体の中に入っていったと捉える。
2首目、死というものの不思議な感じがよく表れている歌。
3首目、初詣の帰りか。破魔矢とマンガ喫茶の取り合わせの妙。
4首目、妹の出産を詠んだ一連に置かれていることで重みを持つ。
5首目、「そらの丹田」がいい。身体と心のずれ、自意識のずれ。
6首目、不在の持つ美しさが絵画的に描かれている。
7首目、上句の比喩がうまい。色や材質まで伝わってくるようだ。
8首目、「骨格」よりも無機質な印象。透けて見えてくる感じ。
9首目、初二句の唐突な要求が何かわからないながらも心に響く。
10首目、何歳くらいから死は来るものになるのだったか。

2020年4月20日、柊書房、2300円。

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2020年05月02日

近江瞬歌集『飛び散れ、水たち』


353首を収めた第1歌集。

全体が三部構成となっていて、TとUは若々しい青春を詠んだ歌や相聞歌が多い。Vは東日本大震災に関する歌。作者は石巻に住み新聞記者をしている。

僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った
ベランダで黒板消しを叩いてる君が風にも色を付けつつ
てっぺんにたどり着けない服たちが落ち続けてるコインランドリー
散るでなく桜は消えてしまうもの例えば路上の白線の中
遠くその夜に触れたい一通のメールで君の画面を灯す
筆談で祖父は「へへへ」と笑い声を書き足している険しき顔で
ビニールの中の金魚におそらくは最初で最後のまちを見せてる
東京をマクドナルドが赤色に染め上げた店舗マップを閉じる
たった一度の役目を終えて試食用つまようじのバラバラの針先
上書き保存を繰り返してはその度に記事の事実が変わる気がする
僕だけが目を開けている黙祷の一分間で写す寒空
被災地視察に新大臣が訪れる秘書の持つ傘で濡れることなく
図書館も被災してれば国の金で立派にできたのになんて言葉も
まとめるのうまいですねと褒められてまとめてしまってごめんと思う
消えるほうばかり尊い線香が灰と煙に分けられてゆく

1首目、相手がいつも見ている風景をのぞき見するような気分。
2首目、チョークの赤や黄色や白の粉が美しく風に流れていく。
3首目、ドラム式洗濯機の中でどこへも行けずに回り続ける服。
4首目、満開だった花が魔法のように消えて路上にも残ってない。
5首目、相手のスマホが受信メールの通知で点灯するのを想像する。
6首目、祖父の生真面目な性格がうかがわれて印象深い。
7首目、金魚すくいの帰り道。水の中から見えるだろう街の風景。
8首目、東京と地方の大きな格差を如実に実感する場面。
9首目、ほんの少し使われただけで捨てられてしまう物へ向ける目。
10首目、事実は一つのはずなのに記事の書き方で変っていく。
11首目、仕事で写真を撮るために、黙祷の間も目を閉じられない。
12首目、すべてお膳立てされた視察のあり方に対する疑問。
13首目、被災地の実態もきれいごとばかりではない。
14首目、記事にまとめることで抜け落ちてしまうものもある。
15首目、立ち昇る煙は空へ消えていくが灰は汚れて残ったまま。

2020年5月3日、左右社、1800円。

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2020年04月29日

大島史洋歌集『どんぐり』

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2014年から2018年までの作品540余首を収めた第13歌集。

亡き友とかわす会話のつまらなさおのれの思うままにはこべば
旅にある吾ならねどもしばらくを木蓮の咲く駅を楽しむ
楽団を裏より見れば譜面台の白き四角が放射状に並ぶ
どのように書いても裏の魂胆が見える、というところまで来た
江戸の世の貧しき武士のなりわいは今に残れり舘林の躑躅
率直に言ってくれしと喜びを幾たびも聞き嫌われてきぬ
いくたびも舌にまさぐるゆるゆるとなりしばかりに歯は異物なり
今の世にもてあそぶごと楽しめりゴッホの狂気ゴーギャンの傲慢
海岸の岩場の先に立てる人何か叫びぬ口動く見ゆ
死に顔は見られたくないと小高言い吾は見ざりきわが友小高

1首目、現実の相手ならば予想外の受け答えが返ってくる時もある。
2首目、地元の駅にいて旅先のような気分を味わっているところ。
3首目、そう言えば、客席から見る時は譜面はあまり目立たない。
4首目、短歌の詠み方についての話だと思って読むと味わい深い。
5首目、下級武士が副業として躑躅の栽培をしていた歴史。
6首目、「率直に言ってくれてありがとう」と表面上は言うのだが。
7首目、ぐらぐらするまでは歯を異物とは認識していない。
8首目、「もてあそぶごと」がいい。本来は生死にかかわる話。
9首目、風や波音にかき消されて、何を言ってるか聞こえない。
10首目、小高賢の生前の言葉を思い出し、棺を覗かなかったのだ。

2020年4月13日、現代短歌社、3000円。

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2020年04月24日

石川美南歌集『体内飛行』

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「短歌研究」に連載された「体内飛行」30首×8回と「1980−2019」40首の計280首を収めた第5歌集。

中学生の頃が一番きつかつただらうな伏目がちのメドゥーサ
ひとりへの傾斜怖くて暗がりに踏み出すときは手すりに頼る
遠国の地図と思へば親指のつけ根に茜なす旧市街
人口の減少のこと聞きながらバス停〈願(ねがひ)〉〈黒姫〉〈椿〉
バスタオル干しつつ焦る 人の言ふ「まあ良いけど」は良くない合図
こんなにも凸凹な表面に触れ確かめてをり人をわたしを
現実よ まばたきのたび分岐してその幾つかにあなたが翳る
祖母の好きな讃美歌流れ、わたしよりなぜかあなたが先に泣き出す
見なくてもいいとやんはり断られひとりつくづく見る出べそかな
一人一切れ尻に敷いては千切らるる検診台の浅黄のシート

1首目、メドゥーサに自分を喩えて、過去を回想している。
2首目、好きな人への思いが募ることに対するおそれ。
3首目、てのひらに刻まれた線を町の地図に見立てている。
4首目、バス停の名前から物語が生まれるように感じる。
5首目、相手の答え方のパターンが徐々にわかってきたのだ。
6首目、性愛は相手以上に自分自身を確かめることでもある。
7首目、まばたきをするたびに別の未来が見えてくる感じ。
8首目、祖母の葬儀の場面。血縁ではない夫が悲しんでくれる。
9首目、妊娠中のお腹を見せようとして夫に断られたのだ。
10首目、検診用の使い捨てロールシートの具体的な描写。

好きな人ができて、結婚して、妊娠するという流れで展開する。それを言葉で説明するのではなく「指のサイズ確かめたのち」「試着室に純白の渦作られて」「これが心音です」といった言い方で伝えるところがうまい。

また「遠視性乱視かつ斜視」「アトピーの悪化」などについて、自ら歌に詠んでいるところにも力を感じた。

2020年3月20日、短歌研究社、2000円。

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2020年04月12日

齋藤芳生歌集『花の渦』

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378首を収めた第3歌集。

黙礼するにあらねどすこし目を伏せて道路除染の前を過ぎたり
  線香花火
牡丹、松葉、柳、散り菊 ほのほのと照らされて父も母も老いたり
ひとを恋う髪すすがんとする水のするどくてはつか雪のにおいす
高校生ら一駅ごとに降りてゆき花水坂(はなみずざか)駅が最後のひとり
「フクシマの桃をあなたは食べますか」問いしひとを憎まねど忘れず
先に帰れと言われても兄を待っている弟は兄と同じ瞳をして
風化、とは みほとけの崩(く)えゆくさまを曝してふくしまの秋は短い
さらさらと雪ふりかかる渡し場の跡に身を寄せあえるは水鶏(くいな)
「畢(おわり)」の一字がくるくるまわって止まらない大長編小説読了ののち
はつ雪の前に交換せねばらならぬこころもありて 生活はつづく

1首目、福島に住む作者の除染作業に対する微妙な感情が滲む。
2首目、線香花火の始めから終わりまでが人間の一生と重なる。
3首目、清冽で冷たい水と熱い恋心の取り合わせがいい。
4首目、飯坂電車の駅。ローカル線の雰囲気がよく伝わってくる。
5首目、結句「憎まねど忘れず」に憎むよりも強い憤りを感じる。
6首目、作者は学習塾に勤める。兄の授業が終わるのを待つ弟。
7首目、摩崖仏の風化と原発事故に対する人々の記憶の風化。
8首目、川岸に残る杭や桟橋のかげに水鶏が集まってきている。
9首目、「畢」という文字は確かにマニ車のように回りそうだ。
10首目、車のタイヤ交換の話であるとともに心構えの話でもある。

2019年11月16日、現代短歌社、2700円。

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2020年04月05日

藤島秀憲歌集『ミステリー』

著者 : 藤島秀憲
短歌研究社
発売日 : 2019-10-11

456首を収めた第3歌集。

二週間ぶりのわたしの笑い声わたしは聞きぬ中野まで来て
駅から五分の町にわが住みまだ知らぬ六分の町七分の町
「自由業ねえ」と小首をかしげつつコーヒーはまだわれに出されず
わが腰の湿布は燃えるゴミにして日曜に貼り火曜に剝がす
親がもと子がもの泳ぐ水の面にわがもの顔の伊右衛門が浮く
おのが名を投票用紙に書きしという父の陽気をわれ受け継がず
吹きていし風しずまりぬ池の面に映れる塔を鴨が横切る
箸置きのある生活に戻りたり朝のひかりが浅漬けに差す
若き葉に蓋されている並木道ふぁいおーふぁいおー野球部がくる
せせらぎの音に消される雨の音 紐を二度ひき部屋を暗くす

1首目、長らく笑っていなかったことに気づいたのだ。
2首目、駅と家を往復するだけの生活が続いている。
3首目、不動産屋で部屋を借りる場面。自由業だと借りにくい。
4首目、毎週のルーチン。火曜が燃えるごみの日なのだろう。
5首目、「が」「も」の音の響き合いが楽しい。
6首目、選挙に来て、ふと亡くなった父を思い出したのか。
7首目、風が吹いている間は水面が揺れて塔の像はぼやけていた。
8首目、結婚して二人の暮らしが始まったところ。小さな幸せ。
9首目、「ふぁいおー」が実際の掛け声をよく表している。
10首目、旅先の宿に泊まった場面。「紐を二度ひき」が良い。

2019年9月27日、短歌研究社、2500円。

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2020年03月26日

藤原龍一郎歌集『202X』

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10年ぶりに刊行された第11歌集。
現在の日本の政治状況・社会状況を憂える内容の歌が多い。

東京愛国五輪「日本ガマタ勝ッタ!」この永遠の戒厳令下
過労死の心霊もいるスポットと呪縛うれしき新国立競技場
駅前にアイドルならび声そろえ「千人針にご協力くださーい!!!」
新国立競技場のトラック喘ぎつつ夜ごと円谷幸吉走る
タブロイド版の見出しの大文字の「国民精神総動員(ONE TEAM)」 珈琲苦し
向日葵の数限りなく立ち枯れて向日葵畑そのジェノサイド
新国立競技場には屋根ありて雨に濡れざる学徒出陣

2首目、競技場建設に関わって亡くなった作業員たち。
3首目、もし戦争が始まればアイドルも戦争協力に駆り出される。
5首目、最近流行りの「ワンチーム」に戦前の「国民精神総動員」運動を重ねている。
7首目、昭和18年の出陣学徒壮行会は雨の神宮外苑で行われた。

東京オリンピックの延期が決まった今読むと、何か時代を予言したような印象も受ける一冊だ。

2020年3月11日、六花書林、2500円。

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2020年03月11日

東直子歌集『春原さんのリコーダー』


1996年刊行の単行本も持っているのだが、読書会のために文庫版を買って再読。懐かしい。

てのひらにてのひらをおくほつほつと小さなほのおともれば眠る
かの家の玄関先を掃いている少女でいられるときの短さ
井戸の底に溺死しているおおかみの、いえ木の枝に届く雨つぶ
テーブルの下に手を置くあなただけ離島でくらす海鳥(かもめ)のひとみ
柿の木にちっちゃな柿がすずなりで父さんわたしは不機嫌でした
七人の用心棒にひとつずつ栗きんとんをさしあげました
信じない 靴をそろえて待つことも靴を乱して踏み込むことも
お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすみずいろのせんぷうきのはね
気持ち悪いから持って帰ってくれと父 色とりどりの折り鶴を見て
羽音かと思えば君が素裸で歯を磨きおり 夏の夜明けに

1首目、相聞歌としても、子を寝かし付ける歌としても読める。
2首目、上句と下句が「少女」を蝶番にしてつながっている。
3首目、「狼と七匹の仔山羊」などの童話のイメージが下敷きか。
4首目、おとなしくかしこまった表情をしているのだろう。
5首目、回想のシーンを見ながら現在の私が喋っている味わい。
6首目、「用心棒」と「栗きんとん」の取り合わせがおもしろい。
7首目、初句切れ一字空けの威勢の良さ。受身でも能動でもなく。
8首目、ひらがな表記が効果的。催眠術に掛けられていくみたい。
9首目、確かに本物の鶴は白いのに、千羽鶴はなぜか極彩色だ。
10首目、「はおとか」「はだかで」「はをみがき」と音が響く。

2019年10月10日、ちくま文庫、700円。

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2020年03月05日

樋口智子歌集『幾つかは星』

photo-higuchi.jpg

「りとむ」所属の作者の第2歌集。3人の子を詠んだ歌が多い。

一斉にはばたく音に振り向けばいま満ちてゆく木蓮の花
胎動の腹に手を当て耳寄せて〈父〉とは遠きアプローチなり
手のひらにおさまるほどに畳みゆく小さくなったこの春の服
白衣着て消すわたくしのわたくしをロッカー室のハンガーは吊る
くちびるがおしゃぶり落としみどりごの浅き眠りは岸離れたり
コイケヤがカルビーを論破してゆくを半開きの耳のままに聞きたり
パンくずを残してわれのヘンゼルとグレーテル もう、帰っておいで
あちらとこちら行ったり来たり行ったきり「わたし、しぬの?」という問いのなか
もうこんな時間になった昼よりも重たく沈むリラの香りは
食べるのがしんどい母の病床にお守りだった赤紫蘇ゆかり

1首目、木蓮の大きな花びらを鳥に見立てている。
2首目、体内に胎児を育む母に対して、父は外から接するしかない。
3首目、幼児の成長に伴って、次々と着られなくなる服。
4首目、私服から白衣に着替える時に、公私の切り替えもする。
5首目、うとうとしていた幼児が本格的な眠りに入っていく。
6首目、どちらのポテトチップスが美味しいかの論争だろう。
7首目、遊びに行ったきりなかなか帰ってこない兄妹。
8首目、母の臨終の場面。何度か意識を取り戻した末に亡くなる。
9首目、夕方になると街路樹のリラの香りが濃く漂う。
10首目、食卓などで「ゆかり」を見ては亡くなった母を思い出す。

2020年2月12日、本阿弥書店、2200円。

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2020年03月03日

松本実穂歌集『黒い光』


副題は「二〇一五年パリ同時多発テロ事件・その後」。

「心の花」「パリ短歌」所属の作者の第1歌集。短歌136首と作者が撮った写真75点が収められている。

にんげんの死にゐる重み抱きたるマリアにほそき蠟燭ともす
汗のにじむ肌(はだへ)のごとく街の灯を浮かべて昏く流れゆく川
人に名を初めて呼ばるその声の新しきまま夏となりゆく
国籍を再び問はるテロ警戒巡視パトカー戻り来しのち
空港は風の立つ場所 セキュリティゲートを二回裸足でくぐる
坂道の続くゆふぐれ死んでゐる魚を提げて女歩めり
座りゐる(だらう)ギターを弾く(らしき)女、キュビズム風の絵画に

1首目、教会のピエタ。「にんげんの死にゐる重み」に体感がある。
2首目、夜の川の光景。人体に喩えた初二句が独特だ。
3首目、姓ではなく名で呼ばれることの喜び。
4首目、テロの後、自分が外国人であることを意識せざるを得ない。
5首目、靴も脱いで「裸足で」通らなくてはならないのだ。
6首目、「死んでゐる」と捉えると日常の光景が違って見えてくる。
7首目、キュビズム風の絵なので、はっきりと断言はできない。

2020年2月20日、KADOKAWA、2000円。

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2020年02月22日

川俣水雪歌集『シアンクレール今はなく』


「塔」「月光の会」所属の作者の第1歌集。

六月の雨に打たれて泣いていた紫陽花 未明 鉄道自殺
ねえ坊やもっといいもの見せたげる籠の螢は逃がしておやり
「戦争を知らない子供たち」さえも、知らない子供たちの戦争
ホルマリン漬けの巨大な脳ひとつ遺りて春の螺旋階段
白梅のいろはにほへと散りぬるを なのにあなたは京都へゆくの
海峡をわたる春風初蝶の監視カメラにリレーされたる
刻むには惜しいと思うかく長き葱にして名を那須白美人
システムはわからぬながらお彼岸の頃ともなれば咲く曼珠沙華
西安の路地に座れる老人の手より買いたる長安の桃
水打たれ時の止まりし玄関に手花火のごと嵯峨菊の咲く

高野悦子、高橋和巳、石川啄木、宮沢賢治、坪野哲久、中島みゆきなどを詠んだ歌や、歌謡曲、映画、文学などを踏まえた歌が多い。広い意味での本歌取りやコラージュ的な手法が目につく。

1首目、1969年6月に20歳で自死した高野悦子を偲ぶ歌。
3首目、1970年発売のヒット曲。年々戦争の記憶は風化していく。
4首目、襞の多い脳の形と「螺旋階段」のイメージが重なり合う。
6首目、日本各地に設置された監視カメラに次々と映る蝶の姿。
7首目、「那須白美人」という名前なので、刻むのが躊躇われる。
9首目、桃は中国が原産。現代からタイムスリップしたような感覚。

2019年11月28日、静人舎、1800円。

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2020年02月16日

小田鮎子歌集『海、または迷路』

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「お母さん」と私を初めて呼ぶ人の交付する母子健康手帳
名も知らぬ子ども同士が砂場にてトンネルひとつ貫通させつ
自転車の前籠に乗る大根と子ども段差に同時に跳ねる
桃太郎待合室に読みおれば鬼退治する前に呼ばれつ
自らをママと呼びつつおのずからママに侵食されゆくらしも
住宅の建ち上がるまでは集い来て仕事場とする労働者あり
子守りして一日(ひとひ)籠もるに帰り来し夫は今日の猛暑を嘆く
歩むとき背負うリュックの水筒に氷涼しき音を立てたり
冷え切らぬ握り飯二つ通勤の鞄に詰めて地下鉄に乗る
サッカーの試合を終えし子どもより砂落つ体の一部のごとく

「八雁」所属の作者の第1歌集。

2008年以降の作品と、2003年刊行の私家版歌集『月明かりの下 僕は君を見つけ出す』の抄録、あわせて413首を収めている。

1首目、妊娠中に役場の人に言われた「お母さん」。
3首目、「大根」と「子ども」を同列に扱っているのが面白い。
4首目、クライマックスにたどり着く前に順番が来てしまう。
7首目、猛暑も大変だが、一日子どもと向き合うのはもっと大変。
9首目、傷まないように冷ましてから入れたいが朝は時間がない。

2019年12月3日、現代短歌社、2500円。

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2020年02月13日

松平盟子著『真珠時間』

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副題は「短歌とエッセイのマリアージュ」。

短歌誌「プチ★モンド」や読売新聞に連載したエッセイ300篇余りと、書き下ろしのエッセイ「光太郎とラリックをつなぐ「蟬」」を収めた一冊。約25年にわたる長い時間が含まれており、作者のその時々の感慨が読み取れる。

残し置くものに未練はあらざれどうすきガラスのこの醬油差し
      永井陽子『小さなヴァイオリンが欲しくて』
旅するといふは封印するごとしいちど旅したところはどこも
            小池純代『梅園』
胡瓜、胡桃、胡椒とこゑに数ふれば西域遥か胡の国いつつ
            渡英子『夜の桃』

2018年7月24日、本阿弥書店、2600円。

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2020年02月12日

カン・ハンナ歌集『まだまだです』


韓国出身で日本の大学院に学び、「NHK短歌」にも出演する作者の第1歌集。

ソウルの母に電話ではしゃぐデパ地下のつぶあんおはぎの魅力について
焼き鳥を食べに行こうと誘ってよ大学の並木を一人で帰る
初恋の人が結婚しましたと山手線が終点に着く
娘など家を継げない他人だと言ってた祖母も誰かの娘
マグカップ両手で持って飲むわれにイルボニンぽいと友がまた
言う              (イルボニン:日本人)
牛丼にサラダをつける「わたし女ですから」というような顔して
上下するお湯が真っ黒に変わりゆく君と最後のサイフォンコーヒー
日本語の発音のままハングルで記すノートは誰も読めない
聞いてもない帰化の条件聞かされる春の昼下がりはアウターに困る
手術後の消えない傷は冷えるたびまた痛み出す 三十八度線

1首目、「デパ地下」という略語がごく自然に使われている。
2首目、仲間で焼き鳥を食べに行く際に誘われなかった寂しさ。
3首目、下句は長く回り続けてきた時間が終わる感じ。
4首目、祖母もまた同じ女性として苦労してきた人だったのだ。
5首目、韓国人の友人の何気ない言葉に心が揺れる。
6首目、牛丼だけを注文するのはハードルが高いのだろう。
7首目、「真っ黒」がコーヒーの色だけでなく心情も表している。
8首目、自分は一体何者なのかというアイデンティティの揺らぎ。
9首目、親切心ゆえのお節介に対する戸惑いが下句から伝わる。
10首目、南北分断の現状を身体的な痛みとして感じ取っている。

韓国には「つびあんおはぎ」がないことや、女性でもマグカップを片手で持つ人が多いこと、南北分断の現状を常に自分自身の問題として捉えていることなど、いろいろと教えられることの多い歌集だった。

2019年12月10日、角川文化振興財団、2600円。

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2020年01月30日

楠誓英歌集『禽眼圖』


現代歌人シリーズ28。第2歌集。

日常生活のちょっとした裂け目から、死者やあの世が垣間見える。生の裏側にひったりと貼りつく死の世界を、作者は繰り返し歌に詠む。

わが胸に一枚のドアの映りたりトンネル内を電車止まりて
ロッカーのわたしの名前の下にある死者の名前が透けて見えくる
跳ねてゐる金魚がしだいに汚れゆく大地震(おほなゐ)の朝くりかへしみる
人の腰にゆはへられ雉は見ただらう逆さにゆるる空山のさかひ
橋梁を渡るとこちらはあちらになり絮(わた)とぶなかに亡兄(あに)の立ちたり
洗濯機の内側ふかく陽の射さず朽ちゆくネジのかがやきが見ゆ
狂ふことおそるるときに狂ふとぞ頭蓋に響くシューマンのソナタ
したしたと二本の脚の生えてきて夜気ぬらしゆく真鴨のありて
鞄のなか昨日の雨に冷ゆる傘つかみぬ死者の腕のごとしも
はつなつの光をとほす浅瀬には獣の骨にあそぶ稚魚あり

1首目、二重写しになったドアの奥には何が潜んでいるのか。
2首目、かつてロッカーを使っていた人の名前が残っている。
3首目、鉢が割れて何度も地面で苦しそうに跳ねる金魚の姿。
4首目、猟師に撃ち落とされた雉の目に映る風景。
5首目、生者と死者はちょっとした偶然で入れ替ってしまう。
6首目、洗濯機の中のくらやみ。光と影が反転するような歌。
7首目、精神障害を発症して46歳で亡くなったシューマン。
8首目、「生えてきて」がいい。水から上がったところか。
9首目、折りたたみ傘はちょうど人間の腕くらいの太さだ。
10首目、死と生の対比が鮮やかに、そして美しく描かれている。

2020年1月7日、書肆侃侃房、2000円。

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2020年01月05日

古谷智子歌集『デルタ・シティー』

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2009年から2012年までの作品465首を収めた第7歌集。

タイトルは〈広島はデルタ・シティーかうら若き学徒の父の視界あかるむ〉という一首があるように広島のこと。被爆した父や広島を訪れた時の歌が第3章にまとめられている。

うつすらと光りて乳房のやうな雲ゆれて流れてしたたるやうな
ほつほつと白き十薬みひらける森ゆく昭和の子供となりて
宴まだつづきてをらむ一筋の糸ひくやうにこころは残る
べたなぎの水のくるしさ出口なき奥浜名湖に澪ひく船は
ふきだまりのはなびら掬ふ白々とやはき人肌のやうな温もり
  この頃もまだアフガン戦争中だった
寡黙なる医師のワトソン見てきたるものは底なしアフガン帰り
読み通す夜は長しも『黒い雨』いつしか被爆の街ゆくやうに
洗ひてもあらひても消えぬ雨の跡ページ繰る手にまつはりやまぬ
九州の訃報は人よりひとをへて寒のもどりの東国に落つ
動かねど鯉のむなびれ休みなくひらめきてをり止(とど)まるために

1首目、雲を詠んだ歌だが描写が肉感的。
3首目、宴会を途中で退席した名残惜しさ。
5首目、散り積もった桜の花びらが日を浴びてほんのり温かい。
6首目、ホームズの友人ワトソンは軍医として第二次アフガン戦争(1878〜1881)に従軍し、負傷して帰国したという設定。今に至るまで何度も戦争が続いている。
7・8首目は、井伏鱒二『黒い雨』を読みながら、小説の中へ入り込んでいく感じ。被爆した父もその町にいたのだ。

2019年7月7日、本阿弥書店、3000円。

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2019年12月31日

坪内稔典歌集 『雲の寄る日』

俳人で、「鱧と水仙」や「心の花」にも所属する作者の第2歌集。

俳句的な取り合わせや、人名を詠み込んだ挨拶的な歌、カバやサイなどの動物の歌に特色がある。

三月の雪の半島もしかして半島は春の櫂かもしれぬ
真っ青な空の初冬の碧南の人参畑海まで続く
ありふれた土器のかけらのような午後黒ビールなどちょっと思った
一皿の黒い葡萄が冷えている今夜は星が流れるだろう
天窓にちぎれ雲など寄って来る拾い読みするアリストテレス
そら豆の緑みたいな感情をころがしている一人の夕べ
発情の日には今にも死にそうでカバの福子は一トンの肉
遠くから船が戻って来たように突っ立っている朝のシロサイ

2首目、「碧南」(愛知県)という地名がよく効いている。
5首目、「天窓」と「アリストテレス」の響き合い。
7首目、「一トンの肉」が強烈。全身で身もだえしている。

2019年12月9日、ながらみ書房、2400円。

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2019年12月14日

佐佐木定綱歌集 『月を食う』


第62回角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。

道端に捨てられている中華鍋日ごと場所替えある日消え去る
唇と唇の距離は0として確かめている君との距離を
渋谷まで電車に乗ってゆく我は十五分だけ年老いてゆく
この辺の住民はみな猫になりましたと白い猫は顔拭く
蠢いて脱出謀る小間切れの蛸は陽射しのある方へゆく
鉄筋の臭いをさせる作業着の女と同じ鯖煮定食
リビア産新鮮魚介ブイヤベース〜難民船の破片を添えて〜
靴裏が歪み舞う葉は静止して駆け出す瞬間男噴き出す
ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく
卒業後ありとあらゆる怪しさを脂肪に詰めた男寄りくる

1首目、道端からなくなってホッとしたような寂しいような気分。
2首目、キスをしながら相手との心の距離を計っている。
3首目、通勤電車に乗っている時間もまた人生の一部である。
4首目、猫の仕種は時おり妙に人間っぽく感じられることがある。
5首目、韓国の市場で見た光景。切られてもまだ動き続ける。
6首目、「鉄筋」「作業着」と「鯖」の色のイメージが重なる。
7首目、強烈なブラックユーモア。地中海を渡れずに沈んだ難民船。
8首目、走る男の姿を超スローモーションで詠んだ一連の歌。
9首目、「月を食い」がいい。水面に映る月と抱卵しているメダカ。
10首目、話を聞かなくても見るからに怪しそうな気配が漂う。

2019年10月31日、角川文化振興財団、2200円。

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2019年11月30日

生沼義朗歌集 『空間』

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2004年から2017年までの作品356首を収めた第3歌集。

救急の部署名サインはQQと書けば済みたり救急なれば
生者は青の、死者はグレイのストレッチャーで運ばれておりそれぞれの室に
素寒貧、素寒貧とぞ鳴りそうな秋の畑を電車はよぎる
大糸線は陽から陰へ転じたり南小谷を境目にして
水滴のあまた残れる浴室のなまなましさを同居と呼びぬ
がま口の口にあらざるところから口開いてきて硬貨は洩れる
海鮮丼〈駿河〉を喰えばゆるやかな旅疲れにて眠くなりたり
耳に入りし水あたたかく戻りくるさまにわれへと還るたまゆら
天気雨止めばひかりは磨かれてされど湿気に満ちいる世界
早朝の頭上に水の音はしてこちらもトイレの水を流しぬ

1首目、「救急」は画数が多いので「QQ」で済ます。
3首目、「素寒貧」をオノマトペとして使っているのが面白い。
5首目、先に入った人の気配が浴室全体に残っている。
7首目、〈駿河〉という名前が旅先の食堂っぽさを感じさせる。
9首目、「磨かれて」に天気雨の後の光の感じがうまく出ている。

アララギ的な写生とは違ってざらりとした感触が残る歌が多い。

2019年6月30日、北冬舎、1400円。

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2019年11月19日

三井修歌集 『海泡石』

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2016年から18年までの作品453首を収めた第10歌集。

木枯しに睫毛が震うさびしさはたとえば火星の衛星フォボス
鉄骨に火花散らして鋲一つ打ち終え人は空を渡れり
利根川の水面(みなも)を跳ねて鯔(ぼら)の子は一瞬見たり花散る岸を
肝胆の一つ喪い我が肝の虚しく闇を照らしているや
出張の飛行機の中で見し映画Princess Mononoke英語を話す
海望む硝子工房 青年が小さき太陽孵(かえ)していたり
皿の上(え)の鰈を表の十の字の切れ目より割(さ)く 冬の箸もて
硝子戸に結露が流れその細き筋の向うに雪が降りいる
櫨(はぜ)の実を蒸して絞りて能登びとは蠟を作りき冬の夜なべに
手斧(ちょうな)跡しるく残れる梁の下 馬の草鞋というが下れる

1首目、身体に近いものと、はるか遠いものとの取り合わせ。
2首目、結句「空を渡れり」がいい。高所で作業している人の姿。
3首目、川岸の桜の散る光景が一瞬目に映っただろうという想像。
4首目、胆のうの摘出手術を受けた場面。「肝胆相照らす」という慣用句を踏まえて、照らす相手を失った肝臓をイメージしている。
5首目、映画「もののけ姫」の英語版。違和感と面白さと。
6首目、下句が吹きガラスで成形している場面を描いて鮮やかだ。
7首目、細かな描写に手の動きが見えてくる。そして季節感も。
8首目、窓は曇って結露が流れた部分だけが透明になっているのだ。
9首目、ふるさと能登に寄せる思い。冬の厳しい気候が思われる。
10首目、五箇山の合掌の里を訪れた際の歌。「馬の草鞋」がいい。

連作では「若草の色」14首が印象に残った。言いにくい話があって相手をレストランに呼び出す一連で、食事をしながら本題に入るまでの緊迫感がよく伝わってくる。

2019年7月21日、砂子屋書房、3000円。

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2019年11月08日

川野里子著 『葛原妙子』


コレクションの日本歌人選70。
副題は「見るために閉ざす目」。

むかしにて癌ありとせばかなしからむたとへばかのモナ・リザと癌
              『薔薇窓』
いつしんに樹を下りゐる蟻のむれさびしき、縱列は横列より
              『原牛』
胎兒は勾玉なせる形して風吹く秋の日發眼せり
              『葡萄木立』
K死病の死屍をのせゆく喪の舟としてゴンドラはKく塗られき
              『朱靈』
白色(セルリーアン) 白色(セルリーアン) とぞ朝顏はをとめ子のごと空にのぼりぬ
              『をがたま』

4首目はヴェネツィアを訪れた際の旅行詠。ペスト(黒死病)が大流行した中世のヴェネツィア。ゴンドラで死体が運ばれた事実はあったようだが、そのために船体が黒く塗られたというのは葛原のイメージか。ゴンドラの傍らに死者がいるかのような生々しさを感じる。

2019年7月25日、笠間書院、1300円。


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2019年11月04日

水原紫苑著 『春日井建』


コレクション日本歌人選73。
副題は「「若い定家」は鮮やかにそののちを生きた」。

火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり
               『未青年』
海の辺のテラスの裸像石なれば年経て若し沖を望める
               『青葦』
鴨のゐる春の水際へ風にさへつまづく母をともなひて行く
               『白雨』
失ひて何程の身ぞさは思へいのちの乞食(こつじき)は岩盤に
伏す             『井泉』
一羽づつみづからの輪の芯となり輪唱の音を聴きゐるごとし
               『朝の水』

4首目はガン治療に効果があると言われる玉川温泉で岩盤浴をしている場面。自らを「いのちの乞食」と呼ぶところに凄みがある。

2019年7月25日、笠間書院、1300円。

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2019年11月02日

佐佐木頼綱著 『佐佐木信綱』


コレクション日本歌人選69。
副題は「「愛づる心」に歌の本質を求めた大歌人」。

佐佐木信綱の短歌50首を取り上げて鑑賞・解説した本。

幼きは幼きどちのものがたり葡萄のかげに月かたぶきぬ
              『思草』

「輸入文学の雰囲気と和歌の型とが合わせられた意欲的な作」と鑑賞にある。なるほど、結句は古典的だが、「葡萄」と「月」の取り合わせには西洋的な新しさを感じる。

まがね鎔(と)け炎の滝のなだれ落つる溶炉(ようろ)のもとにうたふ恋唄
              『新月』

明治38年に足尾の溶鉱炉を見学した際の歌とのこと。溶鉱炉と言うと宮柊二や佐藤佐太郎の歌が思い浮かぶが、こんなに早い時期から詠まれていたのだ。

はしるはしる地上のもの皆走る走れ走れ走れ走りやまずあれ
              『鶯』

「モダニズム短歌の影響も感じるが、信綱は当時既に六十歳」とある。このパワーはすごい。爆風スランプの「Runner」みたいだ。

2019年5月25日、笠間書院、1300円。


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2019年10月26日

笠木拓 歌集『はるかカーテンコールまで』


343首を収めた第1歌集。
やがて失われてしまうという感覚や、それゆえに愛おしい一瞬が詠まれている。

飛ぶものを目で追いかけた夏だった地表に影を縫われて僕は
(永遠は無いよね)(無いね)吊革をはんぶんこする花火の帰り
青鷺、とあなたが指してくれた日の川のひかりを覚えていたい
じゃあねって手を振りながらこの風はいつか誰かの声だった風
白鍵ははかない渚あたたかな雨に打たれるのを待っている
ストロベリー・フェアのメニューを卓に伏せ鈍くあかるい雲を仰いだ
ふりむいたあなたから手は降りてきて髪にさわりぬエスカレーター
橋の上は風がつよくてきこえない かたむいたまま遠のくカモメ
親指ほどの影が舗道をすべりゆきある花びらの着地に出会う
ずぶぬれの夜のあなたが連れてきた春のつめたい牛乳プリン

1首目、強い日差しに影を縫い付けられて動けないような感覚。
2首目、花火大会の帰りの電車は混んでいて、一つの吊革を二人で「はんぶんこ」している。永遠のものはないと知りつつ憧れる。
3首目、「覚えておこう」ではなく「覚えていたい」。強く念じてもやがて忘れてしまうことを知っているのだ。
4首目、「じゃあね」という声もまた風になって消えてゆく。
5首目、白鍵を砂浜に、ピアノを弾く指を雨に見立てているのだ。
6首目、早春のファミリーレストラン。明るい季節と薄暗い心。
7首目、上りのエスカレーターの上の段にあなたがいる。
8首目、河口に近い橋だろう。カモメも強い風に煽られている。
9首目、実際の花びらよりも大きかった影に花びらが重なる。
10首目、「買ってきた」ではなく「連れてきた」がいい。「連れてきた」と「つめたい」、「ずぶぬれ」と「牛乳」が響き合う。

2019年10月1日、港の人、2000円。


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2019年10月13日

小池光歌集 『梨の花』

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2014年から17年までの作品を収めた第10歌集。

息つめて引き抜きにけりしろがねのかがやきもてる鼻毛いつぽん
ピラカンサの赤実を夕日照らすとき癌に倒れし島倉千代子
つかむ手のひとつとてなき吊り革が利根川わたる電車に揺るる
自転車のパンクを直す方法は昔もいまもかはらずにあり
死のきはの猫が嚙みたる指の傷四十日経てあはれなほりぬ
あんぱんの臍(へそ)を発明したる人円満なる晩年を送りたりけむ
なにがなし眼光弱くなりたりしバラク・オバマをおもふ寒の夜
逃げ出ししチンパンジーが三時間後に捕へられ春の日暮れぬ
子なきゆゑ生にさほどの執着なしとぽつりと言ひし吾子をかなしむ
冷蔵庫の野菜庫にありてナノハナがいくつかの花つけたりけふは

1首目、鼻毛が神々しいもののように詠まれている。
2首目、「ピラカンサ」と「島倉千代子」の取り合わせ。
3首目、空いた電車に吊り革がぶらぶら揺れている。
4首目、時代が進歩しても修理方法は原始的なまま。
5首目、傷痕が無くなってしまうのを寂しく思うのだ。
6首目、「あんぱん」と「円満」の音や形が重なり合う。
7首目、大統領に当選した頃のオバマ氏は眼に力があった。
8首目、自由気ままな暮らしはわずか3時間で終了。
9首目、特に深い意味はなかったのだろうが親としては辛い。
10首目、こんなところで黄色い花を咲かせてという驚き。

2019年9月14日、現代短歌社、3000円。


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2019年10月09日

倉成悦子歌集 『ターコイズブルー』

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「塔」所属の作者の第1歌集。
縁があって栞を書かせていただいた。

マルクスだレーニンだなどと気負いいし男もただの老人になる
さまざまな生活臭を湯気にしてマンホールあり冬の明け方
ダライ・ラマの映画の話に「私たちはそれ見られない」とガイドの言いぬ
中国の子も母親のスカートをめくり叱らる桜の下に
国境にサダム・フセインの描かれし紙幣を積み上げ売る店のあり

2019年10月11日、青磁社、1800円。

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2019年09月09日

門脇篤史歌集 『微風域』 (その2)

室温にしばしならせばおほどかに匙を容れたるハーゲンダッツ
コピー機を腑分けしてゐる一枚の詰まりし紙を探しあぐねて
牛乳に浸すレバーのくれなゐの広がるゆふべ 目を閉ぢてゐる
くれなゐのホールトマトの缶を開けいつかの夏を鍋にぶちまく
会議室を元の形に戻しをり寸分たがはずとはいかねども
ケチャップを逆さにすれば透明な汁の後よりくれなゐは垂る
ちぎれたる妻の時計を探しをりバンドの一部を握れる妻と

1首目、硬くて食べられなかったアイスが適度な柔らかさに変わる。
2首目、「腑分け」が面白い。前や横の扉を開けて機械の中を見る。
3首目、レバーの下処理の場面。頭の中にも想念が広がるのだろう。
4首目、缶詰の中には何年か前の夏の時間が封じ込められている。
5首目、「元の形」とよく言うけれど、確かに完全な元通りではない。
6首目、最初に流れ出る上澄みに着目したのがいい。生活のディテール。
7首目、ちぎれてしまったバンドに、何か取り返しのつかなさを感じる。

料理に関する歌が多くあり、そこに心情を滲ませるのがうまい。

2019年8月11日、現代短歌社、2500円。

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2019年09月08日

門脇篤史歌集 『微風域』 (その1)

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昨年、第6回現代短歌社賞を受賞した作者の第1歌集。
「未来」「too late」所属。

置き傘をときどき使ふ傘であることを忘れてしまはぬやうに
青ねぎは屈葬されて真つ暗な野菜室にて冷たくなれり
一本のPeaceを吸へば遡及してゆらぎはじめる感情はあり
ハムからハムをめくり取るときひんやりと肉の離るる音ぞ聞ゆる
権力の小指あたりに我はゐてひねもす朱肉の朱に汚れをり
たぶんいま最高潮で歓声はごみを集むる我にも届く
いま妻は祈りのやうな体勢でヨガをしてをり自分のために

1首目、時々は出番を与えてあげないと傘でなくなってしまう。
2首目、「屈葬」がいい。青ネギがぎゅうっと折り曲げられている姿。
3首目、煙草を吸いながら次第に過去の記憶へと遡っていく。
4首目、「肉の離るる」と言ったことで生々しい感じが生まれた。
5首目、書類に判子を何度も捺す仕事。「汚れ」るのは指だけではない。
6首目、スケボー大会の仕事。競技は見られずに声だけ聞いている。
7首目、結句「自分のために」がいい。誰でもそうなのだろうけれど。

帯もあとがきも解説も無く、「現代短歌社賞受賞!」といったコピーもない。非常にシンプルな作りになっている。

2019年8月11日、現代短歌社、2500円。

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2019年08月15日

山階基歌集 『風にあたる』 (その2)


バス停は置かれた場所の名ではなくほんとうの名を呼べば振り向く
ねむるあなたの苗字をぼくの字で書いて再配達の書留をもらう
菜の花を食べて胸から花の咲くようにすなおな身体だったら
目印のビルは更地になっているまた会うのならここになるかな
すんなりと酔ってあなたは似顔絵になりやすそうな顔をしている
ぼんやりと待てば受話器の向こうにはロンドン橋がなんども落ちる
金属の文字がはずれたあとにあるコーポみさきのかたちの日焼け
使おうとペッパーミルをつかむたび台にこぼれている黒胡椒
梨の皮うすくへだててあかときの指とナイフはせめぎあうだけ
籠もるためのような冬の日アパートの屋根をはずして覗き込みたい

1首目、私たちが普段バス停の名前だと思っている「××町1丁目」とか「△△市役所前」は、実は場所の名前であって本当の名前ではないのだ。
2首目、同居人の苗字を書く時の気恥ずかしさと嬉しさと。
3首目、すなおな心ではなく「すなおな身体」としたのがいい。
4首目、二人で会う時の目印にしていたビルがなくなってしまった寂しさ。
5首目、表情から硬さや装いが取れて自然な良い顔になっている。
6首目、電話の保留のメロディーの定番。ずいぶん長く待たされている。
7首目、かつて文字があった部分だけが白っぽく残っているのだ。
8首目、「使おうと」から始まって「黒胡椒」で終わる語順がいい。
9首目、皮一枚を隔てて刃先の動きを感じている指先。
10首目、ミニチュア模型のように屋根が外せたらという発想がユニーク。

2019年7月23日、短歌研究社、1700円。

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2019年08月14日

山階基歌集 『風にあたる』 (その1)

著者 : 山階基
短歌研究社
発売日 : 2019-07-23

2010年から2019年までの346首を収めた第1歌集。
暮らしのディテールや他者との関係性、感情の機微、場の空気感などを描くのが巧みである。

ヘアムースなんて知らずにいた髪があなたの指で髪型になる
点々と残ってしまう梨の皮ひとつひとつをあらためて剝く
さかさまにペダルを漕げばあともどりできる白鳥ボートはすてき
乗るたびに減る残額のひとときの光の文字を追い越して行く
小さくて深い湯舟におさまればふたごの島のように浮くひざ
まっさらな雪をすくった跡のようあなたは炊飯器をまぜない
バスに乗るために走っているように見えただろうかバス停からは
アルコール噴霧器を押す病院に生まれたぼくは病院が好き
すごく言いたかったんだね透明なテープの端を見つけたみたい
のぎへんのノの字をひだりから書いてそれでも秋のことだとわかる

1首目、相手の手櫛に髪を撫でられている心地よさ。
2首目、誰もがよくやっている動作だが、歌になったのは初めて見た。
3首目、自転車ではそうはならないし、人生もまたそうはならない。
4首目、Suicaなどをかざして自動改札を通り抜けるところ。
5首目、アパートなどの小さなユニットバス。「ふたごの島」がいい。
6首目、一緒に暮らし始めると、お互いの生活習慣の違いに気がつく。
7首目、バスが来るタイミングでたまたまバス停の方に走っていたのだ。
8首目、病院は嫌いな人が多いけれど、確かにみんなそこで生まれた。
9首目、いったん話し始めたら、次々と相手の口から言葉が溢れてくる。
10首目、右から書いても左から書いても同じ秋になる不思議。

2019年7月23日、短歌研究社、1700円。

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2019年08月12日

川島結佳子歌集 『感傷ストーブ』


「かりん」所属の作者の第1歌集。

「お前はもう、死んでいる」とか言いながらあなたと食べる胡桃のゆべし
百円のサボテン枯れる否 枯らす私は砂漠よりも砂漠で
腰にある鈴外す祖父葬儀中鳴らないようにと震える鋏で
人落ちる声が聞こえる後楽園前の通りを歩いてゆけば
雲間から覗けば海と工場の間に崩れた円墳がある
会議の為淹れてる紅茶終わつたら排水口へ流す紅茶を
翻訳を読むことでしか出会わない言葉の一つ「売女」という語
人の歯の数だけ歯科のある町を抜けて私は福岡へ行く
かき氷ばっかり食べていた夏があったな内臓を真っ青にして
降ってきた形のままに凍ってる雪は通りの躑躅の上で

1首目、「北斗の拳」の「あべし!」ネタ。楽しそうな二人だ。
3首目、祖母の葬儀の場面。徘徊対策の鈴を付けられていたのだろう。
4首目、「人落ちる声」に驚くが、下句で遊園地の絶叫マシンとわかる。
6首目、誰にも飲まれずに、ただ捨てられるだけの紅茶。
8首目、あちこちに歯医者を見かけるのだ。下句の展開に意外性がある。
9首目、舌ではなく「内臓」が真っ青と言ったのがいい。

2019年7月25日、短歌研究社、2000円。

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2019年08月04日

近藤寿美子歌集 『桜蘂』

短歌研究社
発売日 : 2019-07-26

昨年の現代短歌社賞佳作となった300首が元になった歌集。
選考委員を務めた関係で栞を書かせていただいた。

傷多きイルカの背中見し日より近づくといふことをためらふ
人の手がかたちをなせば人の手の恋ほしくあらむ夜の陶器撫づ
蝶がゆきたまゆらののち影がゆく夏の時間に誤差は生まれて
秋のみづに替へむと硝子器はこびをり水と金魚がずれて揺れゐる
とんぼ追ふ少年に曳く影はなく網をもつ手に見覚えがある

日常の中の違和感を掬い取ることに巧みな作者で、独自の発想や感覚が冴えている。長年抱え続けてきた重いテーマも詠まれており、読み応えのある一冊だ。

2019年7月26日、短歌研究社、2000円。

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2019年08月03日

吉田理恵歌集 『君が坂道駆けくれば』

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小樽在住で同人誌「トワ・フルール」に所属する作者の第1歌集。

 古民家が解体されて裏手より小さな石蔵現れて 春
 春雨とはやさしき響き春雨であなたの肩を濡らしてみたい
 いつの日か医師にならん学生もクレープを焼く札幌医大祭
 旅人に紛れてひとりわが町の運河を巡る夏の休日
 欲しい物は手にしたという顔つきの若者たちの夏も過ぎゆく
 道産子の四代目なるわれ故に訪ねてゆかん血筋の新潟
 数多(あまた)なる愛を描いて愛を得ずジェイン・オースティンは
 独身のまま
 観覧車解体されて築港の空ひろびろと秋の近づく
 カレンダー捲れば二月の白うさぎ雪の原よりわれを見つめる
 北国を離れる君の肩に舞う春の淡雪覚えていてね

全体が編年順ではなく季節の流れに沿って構成されている。「春はときめく」「夏は来たりぬ」「秋の気配す」「かの冬のまま」「春は近づく」の5章に分かれていて、春夏秋冬そしてまた春へと移っていく。

2首目、「はるさめ」という音の柔らかさとあなたへの恋心。
3首目、今は無邪気にクレープを焼いているが、やがてみんな医師になる。
6首目、曾祖父母の代に新潟から北海道へ渡って来たのだ。
7首目、『高慢と偏見』『エマ』などの作者。結婚せず41歳で亡くなった。
8首目、観覧車がなくなって空が広い。カ行音がうまく響いている。

小樽や札幌など北海道の気候・風土がよく感じられる一冊で、全体に淡い恋の感情が流れている。7音が6音になる字足らずがけっこうあるのが少し気になった。

2019年6月1日、旭図書刊行センター、1200円。

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2019年07月27日

森ひなこ歌集 『夏歌ふ者』

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森ひなこ歌集『夏歌ふ者』(現代短歌社)が刊行されました。
http://gendaitanka.jp/book/kashu/042/

昨年の現代短歌社賞の佳作となった作品が元になっていて、
その関係で栞を書かせていただいてます。

 採算と不採算との区別にて地下に置かれる病理検査室
 二十五×七十六ミリのガラスの中見つけだしたし癌細胞を
 ヒロシマに入(い)る時さへも携へし米大統領の「核のボタン」よ
 茸型したる足指夏の日の元安川の流れにさらす

細胞検査士の仕事の歌、生まれ育った広島を詠んだ歌など、
ずっしりと手応えのある一冊です。

2019年7月26日、現代短歌社、2500円。

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2019年07月20日

永田淳著 『河野裕子』


コレクション日本歌人選75。

河野裕子の全15歌集から計50首を選んで鑑賞した本。このシリーズの特徴として、見開きに歌と鑑賞文、脚注が載っていてとても読みやすい。巻末には「歌人略伝」「略年譜」全作品一覧」「解説」「読書案内」を収めている。

鑑賞文は細かな点まで行き届いており、あらためて知ることが多かった。

(土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ)
二回出てくる「どどつぽどどつぽ」は、『現代短歌朗読集成』で河野が実際に朗読しているのを聞くと「どどっぽどどっぽ」と促音で発音している。

(君江さんわたしはあなたであるからにこの世に残るよあなたを消さぬよう)
実の母に向かって「母」といった人称代名詞ではなく、「君江さん」と実名で呼び掛けているところがこの歌の大きな特徴である。

「歌う対象である動植物へと自らが入り込んでいく感覚、同化していくような歌い方」「身体が本能的に摑み取った言葉、それこそが河野短歌の魅力である」「後期の河野裕子の歌い方の大きな特徴として一首の最初に心情を一気呵成に述べる」など、河野作品の特徴や魅力にも触れている。

解説「河野裕子―詩型への揺るぎない信頼」とあわせて、全体で河野裕子論とも言える一冊だ。

2019年5月25日、笠間書院、1300円。

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2019年07月15日

小見山輝歌集 『一日一首』

昨年7月に亡くなった作者の最終歌集。

2017年1月1日から3月31日まで、一日に一首、計90首が収められている。見開きの右ページに自筆原稿の歌、左ページに活字の歌と短い日記という構成で、自筆の文字も味わいがある。

道が一本通りたるのみに「カウ金剛」の谷の田畑は 山にもどりぬ
ひとすぢの 茜を残し暮れてゆく雲を見てゐしは きのふのことか
青い頭の キャベツ畠から顔をあげ 婆さんが笑ふ 曇り日の午後
窓少し開けて眠れば 三更の 外の面の冷えの まなぶたに来る
蕎麦屋「石泉」日暮れと共に火を落し大将は白衣を脱いで座りをり
何となく潮の満ちくる圧力を 身に 感じをり あはれ島育ち
風もない 朝の寒さにかわかわと鴉が鳴いて冬を引きもどす
村人ら 大夕焼けの荘厳に 明くるあしたの上天気をいふ

6首目、作者は岡山県笠岡市の「神島」(こうのしま)生まれ。今では干拓で本州と地続きになっているが、かつては島であった。島で生まれ育ったという意識や感覚は、終生作者の心と体に宿っていたのだろう。どこに居ても、潮の満ち引きを身体で感じるのである。

2018年12月20日、潮汐社、3000円。

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2019年07月11日

大口玲子歌集 『ザベリオ』

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392首を収めた第6歌集。

毀誉褒貶われにもあらむこの秋の永井隆を知る人の声
「もう一つの手と足見つかりますやうに」河童のために子は祈りたり
文鳥のブローチつけて来たることに言及されて灯れるごとし
手袋を買ひしきつねの子のはなし聞きて眠りぬ人間の子は
朝ふたつ夜にひとつの日向夏食べて息子は臍出し眠る
「8地獄共通観覧券」買ひて二つの地獄行き残したり
聖劇の羊飼ひたちは出番待ちたまごのサンドイッチをかじる
銃眼から光さしこむトーチカの内部にいかなる言葉ありけむ
かの日きみに心は組み敷かれたるまま生きて月照る野を歩みゆく
六人中三位でゴールしたる子の望外のよろこびを遠く見つ

1首目、どんな人のことでも良く言う人もあれば悪く言う人もある。
2首目、河童の手足の展示を見て。子どもは時に思い掛けないことを言う。
3首目、ブローチに気づいてもらえて嬉しかったのだ。
4首目、新見南吉『手袋を買いに』の読み聞かせ。「人間の子」がいい。
5首目、結句の「臍出し」が面白い。日向夏みたいなお腹。
6首目、別府の地獄めぐり。本当の地獄だったら大変だ。
7首目、舞台裏で簡単な食事をとっている子どもたち。劇と現実の落差。
8首目、沖縄戦のトーチカ。じっと敵を待ち構える兵たちがいた空間だ。
9首目、決して忘れることのできない痛手を負ったのだろう。
10首目、三位で喜ぶ息子に対する何とも複雑な思い。

2019年5月15日、青磁社、2600円。

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2019年07月08日

相原かろ歌集『浜竹』

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「塔」所属の作者の第1歌集。
2006年から2017年までの401首を収めている。

 測量の人が見ている測量の世界の中を通ってしまう
 刃物もて林檎ひらけばふた粒の種もしろじろとひらかれている
 サーカスを家族で見たという過去のだんだん作りものめいてくる
 絶対に打ち首だよねとわらいあう母と妹アンド煎餅
 店員の人たちだけで笑い合うその風下で肉蕎麦を食う
 ぎりぎりに飛び乗ってきた人間の生きている音もろに聴こえる
 山椒が冷凍庫へと移転せり母のためしてガッテンゆえに
 「それが今の、奥さんです」で結ばれる話をつまり聞かされていた
 帰りがけにふたたびを見る木蓮は高きところの花ひらきたり
 差してない人と三人すれちがい四人目が来て我はたたみぬ

1首目、測量機を覗いている人には日常と別の世界が見えている。
2首目、黒い種が切られて内側の白い断面を見せているところ。
3首目、記憶は時間とともに変容するし、捏造されることもある。
4首目、「アンド煎餅」が絶妙。煎餅を食べながらの罪のないお喋り。
5首目、何となく居心地の悪さを感じてしまう。「風下」がうまい。
6首目、電車の駆け込み乗車。激しい息づかいや鼓動が聞こえる。
7首目、テレビ番組で勧められた通りにする母。
8首目、何だ、結局はのろけ話だったのかよという思い。
9首目、行きには咲いていなかったのだろう。渋い味わいがある。
10首目、雨が止んだ時の傘の話。「四人目」なのでわりと慎重派だ。

発想や言い回しが面白く、ぐいぐいと読み進められる歌集。ユーモアや皮肉がよく効いていて、ほのかな悲哀も感じる。

小題の付け方にも工夫があり、別々の2首から取った言葉を組み合わせた題が多い。「友じゃないけどセロテープ」「犬の中にも西行」「いつもよりコウモリ」「いい夫婦落ちています」「大人六人永久磁石」など、シュールな味わいがある。

一方で、どの歌も同じテイストであるため、たくさん読んでも深まっていくということはない。一首一首が永遠に繰り返される感じ。そのあたりをどう評価すれば良いのか迷う。

2019年6月16日、青磁社、1800円。

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2019年07月03日

三枝ミ之歌集 『遅速あり』

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2010年から2018年までの作品を収めた第13歌集。

新米が届きて思う刈田という広さに帰る関東平野
甲斐が嶺の枯露柿を食み粉(こ)をこぼす多摩丘陵の夜の机上に
一枚の永遠ありてはつなつのみどりの中をはにかむひとり
移ろいの世に歳時記はへつらわずヒロシマは夏、ナガサキは秋
母の背で揺れながら見し花火あり甲府七夕大空襲の
手のなかに胡桃ふた粒まろばせるふるさと甲斐のよき音がする
苦しみを持つ者は来て手を合わす遠き光の薬師如来に
「沖縄県民斯ク戦ヘリ」「リ」は完了にあらず県民はいまも戦う
こころざしは人を滅ぼす久坂玄瑞二十四歳高杉晋作二十七歳
離すなよ離すなよとくり返す疾うにひとりで漕いでいるのに

1首目、三句以下のスケールの大きさ。金子兜太の俳句「暗黒や関東平野に火事一つ」も思い出す。
2首目、「枯露柿」(ころがき)は干し柿。食べながら故郷の風景を思う。
3首目、若くして亡くなった人の遺影だろう。永遠の若さ。
4首目、8月7日頃の立秋を境に夏と秋に分かれている。
5首目、1945年7月6日の深夜に行われた空襲。死者740名。
6首目、二つの胡桃を手のひらで転がす。健身球というのもあったな。
7首目、病気を抱えた人なのだろう。薬師如来にすがる思いで訪れている。
8首目、大田実海軍中将の最後の電文。現在の沖縄の置かれている状況をどう思うか。
9首目、幕末に亡くなった長州藩出身の二人。驚くほどの若さだ。
10首目、自転車の練習をする息子の姿の回想。子育ては全てこういうものなのかもしれない。

2019年4月20日、砂子屋書房、3000円。

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2019年06月29日

松村由利子歌集 『光のアラベスク』

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甘やかに雨がわたしを濡らすとき森のどこかで鹿が目覚める
完全な剝製はなく手彩色版画の中を歩むドードー
人がみな上手に死んでゆく秋は小豆ことこと炊きたくなりぬ
清明をまずシーミーと読むときに移住七年目の青葉雨
あねったいという語に絡みつく暑さねっとり雨季が近づいてくる
「さけるチーズ」みたいに世界は引き裂かれ時が経つほど干涸びてゆく
「犬の耳」みな折り戻し愛犬を手放すように本を売りたり
思い出は画素の少ない方がいい大事なものは抜け落ちないから
島抜けの暗き歓び思うなり月に一度の東京出張
絶滅した鳥の卵の美しさ『世界の卵図鑑』のなかの

シリーズ「令和三十六歌仙」1。
364首を収めた第5歌集。

1首目、上句から下句への飛躍が美しい。
2首目、17世紀に絶滅して今では絵の中にだけ存在する鳥。
3首目、上手に死ぬとはどういうことか考えさせられる。
4首目、「せいめい」でなく真っ先に「シーミー」と読むようになったのだ。
5首目、ひらがな表記の「あねったい」がうまく効いている。
6首目、現在の世界情勢を「さけるチーズ」に喩えたのがおもしろい。
7首目、ドッグイヤーは本のページの隅を三角に折ること。
8首目、鮮明であれば良いというわけでもないのだ。なるほど。
9首目、島流しになった罪人が島を逃げ出すような後ろめたさと喜び。
10首目、もう産まれないからこそ一層美しく感じられるのかもしれない。

2019年5月1日、砂子屋書房、2800円。

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2019年05月19日

服部真里子歌集 『遠くの敵や硝子を』


現代歌人シリーズ24。
2014年から2018年までの作品291首を収めた第2歌集。

肺を病む父のまひるに届けたり西瓜の水の深き眠りを
あかときの雨を見ている窓際にしずおかコーラの瓶をならべて
海面に降るとき雪は見るだろうみずからのほの暗い横顔
白木蓮(はくれん)に紙飛行機のたましいがゆっくり帰ってくる夕まぐれ
ビスケット無限に増えてゆくような桜並木の下の口づけ
いのちあるかぎり言葉はひるがえり時おり浜昼顔にもふれる
死者たちの額に死の捺す蔵書印ひとたび金にかがやきて消ゆ
水を飲むとき水に向かって開かれるキリンの脚のしずけき角度
月の夜のすてきなペーパードライバー 八重歯きらきらさせて笑って
神を信じずましてあなたを信じずにいくらでも雪を殺せる右手

1首目、入院中の父への見舞い。西瓜の中には水が眠っている。
3首目、海面に映る自身の姿を見ながら雪は落ちてゆくのだ。
5首目、童謡「ふしぎなポケット」を思い出す楽しい歌。
6首目、「あるかぎり」→「ひるがえり」→「昼顔」と音が連鎖する。
7首目、美しくも怖いイメージ。もう死の所有物になってしまう。
8首目、前脚をハの字に開いて水たまりや川の水を飲むキリンの姿。

2018年10月17日、書肆侃侃房、2100円。

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2019年05月12日

吉田恭大歌集 『光と私語』

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1989年生まれの作者の第1歌集。

 あれが山、あの光るのはたぶん川、地図はひらいたまま眠ろうか
 バス停がバスを迎えているような春の水辺に次、止まります
 朝刊が濡れないように包まれて届く世界の明日までが雨
 管つけて眠る祖母から汽水湖の水が流れて一族しじみ
 知り合いの勝手に動く掃除機を持っていそうな暮らしをおもう
 少年の、季節は問わず公園でしてはいけない球技と花火
 京都から来た人のくれる八つ橋と京都へ行った人の八つ橋
 アマゾンで腐葉土買えばしばらくは腐葉土の広告のある日々

1首目、高村光太郎『智恵子抄』の「あれが阿多多羅山(あたたらやま)、/あの光るのが阿武隈川。」という一節を想起させる。
2首目、結句で「次、止まります」というアナウンスに替わるのがいい。
3首目、ビニール袋や天気予報にあらかじめ守られている現代の暮らし。
4首目、汽水湖やしじみは作者のふるさと鳥取の記憶にあるのだろう。
5首目、「勝手に動く掃除機」(=ルンバなど)という言い方がユニーク。
6首目、初句「少年の、」からのつなぎ方に不思議な味わいがある。
7首目、地元の人が持って来るのと土産に買ったのとでは気分が違う。
8首目、購買履歴などをもとにネットに表示される広告。現代的な光景だ。

2019年3月19日、いぬのせなか座、2300円。

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2019年05月09日

川野里子歌集 『歓待』

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第6歌集。

巻頭に「フィルムを巻き戻すように時間を遡り、ひとつの、命に出会いたいのだ。」という一文があり、母の死を詠んだ連作「Place to be」から始まって逆編年の構成となっている。

母死なすことを決めたるわがあたま気づけば母が撫でてゐるなり
なんにもないところですよと言ふ人と青銅のやうな太平洋見る
那智の滝シャッターに捉ふそののちを少しゆらぎて滝立ち直る
駅前の楠木切られ忽然と深井となりし夏空ひらく
黒いタクシー白いタクシー集ひてはつぎつぎ動くオセロのやうに
駅前の裸婦像は子供産みしことある体なり雨に濡れつつ
包帯を巻かるるやうに丁寧に和紙に覆はれねぷた暴るる
いはゆる、一人の、老人のやうに杖をつき謝るやうに母は歩み来
ひとりふたり手紙返せぬままの人こころに延泊してもらひつつ
酸素マスクの中に歌はれ知床の岬は深き霧の中なり

1首目、母の延命処置を断った後の歌。「死なす」が重い。
2首目、「青銅のやうな」という比喩が印象的。
3首目、シャッターを押す瞬間動きを止めた滝が再び動き始める。
4首目、木の無くなった後の空間を井戸に見立てている。
5首目、駅前の乗り場で客待ちをするタクシーの列。
6首目、同じ裸婦像でも体型は様々だ。
7首目、勇壮なイメージのねぷただが、木と針金と和紙でできている
8首目、いかにも老人という感じになった母の姿。
9首目、返事を書こう書こうと思いつつ書けないのだ。「延泊」がいい。
10首目、病床の母が歌う「知床旅情」。酸素マスクが曇るのだろう。

2019年4月10日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 07:24| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする