2024年05月13日

渡英子歌集『しづかな街』

著者 : 渡英子
本阿弥書店
発売日 : 2024-03-01

2015年から2022年までの作品を収めた第5歌集。
旅の歌、沖縄の歌、近代短歌に関する歌が目に付く。

もうこんなに大きくなつて姪や甥は銀のやんまを追ふこともせず
階段で本読む吾にこゑをあぐ春夜トイレに起きたる夫は
水行して日本に近づく人あらむ漁船をしづかに操りながら
那覇におかず台北に置きし帝大を大王椰子の並木に仰ぐ
夕道のどこかで淋しくなつてしまふ子を抱き上げてしばらく揺らす
ひとり鍋をあをきガス火に煮る夕べ君の嫌ひな春菊刻む
腰に巻くサルーンを選ぶヒンドゥーの寺に詣でるたびびとわれは
粥炊いて土鍋の罅を糊塗すれば湯気曇りして玻璃は息づく
肉太(ししぶと)の左千夫をはさみ歩(あり)く日の千樫と茂吉は右に左に
〈大東亜〉と〈太平洋〉ではちがふと思(も)ふ三文字なれど戦争のうへ

1首目、甥や姪が小さな子どもだった頃の姿が下句から髣髴とする。
2首目、さぞかし驚いたことだろう。階段にも本が積んであるのだ。
3首目、北朝鮮の不審船。「水行」は魏志倭人伝の記述を思わせる。
4首目、台湾と朝鮮には帝国大学が存在した。沖縄との扱いの違い。
5首目、いわゆる黄昏泣き。幼児を抱いてあやす様子が目に浮かぶ。
6首目、君と一緒の時に春菊は入れられないから、ちょっと嬉しい。
7首目、自分が外国人の観光客であることを、あらためて意識する。
8首目、糊を塗るという意味で「糊塗」を使っているのが印象的だ。
9首目、アララギの盟友であった二人。その後を思うと味わい深い。
10首目、どのように名付けるかで戦争の性格や構図が違ってくる。

2024年3月1日、本阿弥書店、2800円。

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2024年05月08日

前川佐美雄『秀歌十二月』


1971年に筑摩書房から刊行された単行本を文庫化したもの。

もともと1964年に大阪読売新聞に連載した文章をまとめて、1965年に筑摩書房の「グリーンベルト」シリーズの1冊として刊行された本である。


万葉集から古今、新古今、近世和歌、近代短歌までの計154首を取り上げて、鑑賞文を記している。磐姫皇后、柿本人麿、大伯皇女、大伴家持、西行法師、式子内親王、源実朝、藤原定家、伏見院、田安宗武、橘曙覧、落合直文、正岡子規、与謝野晶子、会津八一など。

1月から12月まで時期ごとに分けて、一人につき2首のペースで鑑賞していて読みやすい。近代歌人については、著者との関わりなどのエピソードも交えている。

この歌の発表されたころだったろう。落ちぶれた茂吉の姿が新聞か雑誌に載ったことがある。(…)私は胸のつまる思いをした。たちまちそれを十五首の歌に作り「斎藤茂吉氏におくる」と題して、書き下し歌集『紅梅』に収めた。
吉井勇がある時、突然私に晶子の「白桜」はいいよと話し出したことがある。晶子の歌は初期だけだ、あとはしようがないといつもいう勇であっただけに、私は不思議な思いをしたが(…)
千亦は昭和十七年七十四歳で亡くなるまで、一生を水難救済会のためにつくした。(…)誠実、また任侠の人で多くの歌人が恩に浴した。古泉千樫、新井洸しかり、若き日の私もその一人である。

また、歌の背後にあるものを必要以上に推測し過ぎないように注意している点も印象に残った。

けれどもそれは考える必要がない。背後に考えるのはさしつかえないとしても、それを表に出していうと、歌をそこなうことになるだろう。ことばにあらわされただけを、その調べだけを感じとればよいのだ。
これは憶測で、憶測はなるたけしない方がよいが、(…)けれどもそれを口にしてはいけないのだ。ことばに出していうと歌を傷つける。感じとっておくだけでよいのである。

口にしてはいけないと自ら戒めつつ、それでも結局書いているのが面白い。そのあたりのせめぎ合いも、歌の鑑賞の見どころと言っていいだろう。

2023年5月11日、講談社学術文庫、1050円。

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2024年05月06日

丸地卓也歌集『フイルム』


「かりん」所属の作者の第1歌集。2017年から2023年までの作品を収めている。仕事や社会問題に関する歌が多い。

永遠に上りつづける階段のだまし絵のなかの勤め人たち
舗装路に大穴のあくニュースあり洞の上行くスーツのひとら
からだ中ひかる警備の男いて闇に溶けないこともかなしい
七割が再現部分の土器ありきその三割を縄文と呼ぶ
春の水からだを通って抜けていく鯉の肉わずか甘くしながら
枝先の蟻や蛞蝓てらてらの四十五リットル袋に入れられ
病窓の灯り灯りにいのちあり冬の夜ことに明るくみえる
五百羅漢のようにぽつぽつ立っている通学区域のおじいさんたち
おむつからおむつに終わる人生よボクサーパンツが風に揺れてる
弟の挽歌を毎年つくるべしわが黒き森の枯れないように

1首目、エッシャーの絵の中にいるように繰り返される日々が続く。
2首目、思いがけぬ落とし穴は道路の下だけでなくあちこちにある。
3首目、暗闇の中に一人だけ光って仕事している警備員の孤独な姿。
4首目、修復が目立っていて縄文土器と呼ぶのを少しためらう感じ。
5首目、下句がいい。季節によって池の鯉の体も変化するのだろう。
6首目、剪定された枝とともにゴミ袋へと入った虫がなまなましい。
7首目、夜に灯る部屋の明かりは入院患者一人一人の命の証である。
8首目、登下校の時間帯の見守り。「五百羅漢」の比喩が印象的だ。
9首目、ボクサーパンツを穿いたまま一生を終えられる人は少ない。
10首目、弟の死の意味を問い続ける覚悟でもあり苦しさでもある。

2024年3月26日、角川書店、2200円。

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2024年04月25日

黒木三千代歌集『草の譜』

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『貴妃の脂』(1989年)、『クウェート』(1994年)に続く第3歌集。30年ぶりの歌集ということになる。幼少期の回想の歌や恋の歌が印象に残った。

桃の葉が指(および)のやうに垂るる午後 重たいおとうさまの文鎮
樹の影をうつして池は昏れはじむ墨溜りのくらさまでもう少し
薬袋(やくたい)を柳葉包丁に裂き開けて祖母が押し殺しゐしもの知らず
すれつからし あばずれ みづてん きらきらとをみなごだけが被(き)せられし笠
桃の花ぼつと明るし牛乳(ぎうちち)はよく嚙んでから飲むと習ひき
「元少年」といふ不可思議な日本語がひらひらとせり朝の郵便受(ポスト)に
だし喰ひのお砂糖喰ひの棒鱈がわが家一年分の砂糖を食ひき
何をして食べてゐるのか分からない叔父などがむかしどの家にもをりし
両切りのピースのつよいニコチンはあなたの若さだつた 髪も強(こは)かりき
言はずとも分かつてゐるといふひとにどんなわたしが見えてゐるのか
ブラウシュバルツのインクをときみが言ふからに銀座伊東屋までの春雪(しゆんせつ)
入院をすれば家族の手の中の光年よりも遠いこひびと

1首目、若くして亡くなった父親。「おとうさま」に時代を感じる。
2首目、池の水面の暮れゆく様子には心の翳りに通じるものがある。
3首目、女性ゆえに耐え忍んできたものが、きっと祖母にもあった。
4首目、性的に奔放な人物を悪く言う言葉だが、男性には使わない。
5首目、昭和の頃の懐かしい教え。あれは何のためだったのだろう。
6首目、少年犯罪を犯した人物が成人した後にだけ使う特別な用語。
7首目、京都の正月の伝統的な食べ物。手間のかかることで有名だ。
8首目、ジャック・タチ「ぼくの伯父さん」もフーテンの寅さんも。
9首目、元気だった頃の恋人の姿。煙草を吸う人も減ってしまった。
10首目、言葉にしなくても分かり合えるというのは本当かどうか。
11首目、万年筆と輸入物のインクを使う昔ながらの学者肌の人物。
12首目、入院や死の場面には家族以外は立ち入ることができない。

2024年1月21日、砂子屋書房、3000円。

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2024年04月21日

佐太郎関連のおススメ本

先日のオンライン講座「作歌の現場から」では、「てにをはの使い方」というテーマで引かれた10首のうち4首が佐藤佐太郎の歌であった。さすが佐太郎という感じ。

佐太郎や助詞の使い方についてさらに詳しく知りたい方のために、いくつかおススメの本を挙げておこう。

○佐藤佐太郎『短歌を作るこころ』(1985年)

佐太郎は作品だけでなく歌論や入門書や自歌自註も多く書いていて、短歌作りの理論を詳しく記している。本書はその一つで、代表的な歌論「純粋短歌」(1953年)も収録されているので便利。「日本の古本屋」で1000円以内で買える。

○大辻隆弘『佐藤佐太郎』(2018年)

「コレクション歌人選」の一冊。先日の講座でゲストとしてお迎えした大辻さんが佐太郎の歌から50首を選んで鑑賞を書いている。「てにをはの使い方」についても詳しい。
https://matsutanka.seesaa.net/article/463994081.html

○秋葉四郎『短歌清話 佐藤佐太郎随聞』(上)(下)(2009年)

佐太郎に師事した著者が昭和45年から61年までの師の言行について日録風に記した本。かつての師弟関係の濃密さに圧倒されるとともに、佐太郎の人となりがよくわかる内容となっている。上下巻あわせて1050ページに及ぶ大作だが、佐太郎沼にハマった人にはぜひ読んでほしい。
https://matsutanka.seesaa.net/article/415463275.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/415518232.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/416110859.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/416149775.html

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2024年04月19日

今井聡『ただごと歌百十首』


副題は「奥村晃作のうた」。

奥村晃作の第1歌集『三齢幼虫』(1979年)から最終歌集『蜘蛛の歌』(2023年)までの18冊から110首を選んで鑑賞文を記した本。

長年奥村に師事してきた著者ならではの深い分析が随所に光る。また、親しい者しか知らないような奥村の個人的なエピソードも出てくるのも楽しい。

社会的・人間的規制の内側にあって、却ってひらめくような「ワイルドネス(本能)」といったものの光・力動というものを、奥村ただごと歌は常に掲出し、あぶり出している。
奥村の思想の根底、「一つの」「一人の」という、イデア志向があることに幾度か触れてきた。一つのこと、一人の行動・思考が、状況を動かす。そしてその一つの、一人の営為によって、奥村の認識が「改まる」のだということ。
奥村は徒歩及び自転車のひとであり、自動車乃至自動車社会を様々な角度から詠う。
奥村の現代ただごと歌、それは情(こころ)の歌であり、それは物に即して、こころの余計な装飾を避け(かなしい、寂しい等)その流れを示していくもの。
奥村がただごと歌で示していること、それを哲学的な面で捉えるのならば「我々は何を、知っている、分かったと言い得るのか」その範囲とは何処までを言えるのか、ということだろうと、私は解釈している。

1首につき1〜2ページ程度の鑑賞文という構成で、とても読みやすい。いろいろな歌人について、こうしたスタイルの本が出るといいなと思う。

最後に、110首の中から特に印象に残った歌を引こう。

縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が/『三齢幼虫』
大男といふべきわれが甥姪(おひめひ)と同じ千円の鰻丼(うなどん)を待つ/『鴇色の足』
タラバガニ白肉(しろにく)ムシムシ腹一杯食べて手を拭きわれにかへりぬ/『都市空間』
転倒の瞬間ダメかと思ったが打つべき箇所を打って立ち上がる/『ピシリと決まる』
スティックに切りしニンジン分け持ちて子らは腹ペコ山羊へと向かう/『ビビッと動く』

コスモス叢書の番号が「第1234編」であるのも、この本によく合っている気がする。

2024年2月20日、六花書林、2000円。

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2024年04月13日

楠誓英歌集『薄明穹』

著者 : 楠誓英
短歌研究社
発売日 : 2024-01-17

第3歌集。

モザイクのタイルをおほふ草の中お風呂ではしやぐ子らの声せり
てのひらの菌を殺せば遠つ世の仏陀のまなこに翳のさしたり
崖ぞひの軒にそよげる鯉のぼり岩肌に尾を削られながら
石段(いしきだ)の泥(ひぢ)は乾けり台風ののちを流れて炎暑の川は
陰惨に抜かれし牛の舌に似てジャーマンアイリスくらき花弁よ
草原を過ぎゆく雲のかげのなか白きイーゼル残されたまま
本当の名は知らぬまま離(か)れしひとの恥骨あたりのほくろをおもふ
開かれたポストの中を下がりゐる牛の胃袋のごとき見てゐつ
父を憎む少年ひとりをみつめゐる理科室の隅の貂の義眼は
ひしめける真鯉の口をぬひてゆくすずしき貌の鳰(にほ)の一羽は

1首目、廃屋の風呂場だった所からその家の子たちの声が聞こえる。
2首目、手の消毒をすることは仏教の不殺生の教えに反するのかも。
3首目、下句がいい。風にそよぐたびに岩に擦れてしまうのだろう。
4首目、増水した時の名残の泥がこびりつき無惨な姿を見せている。
5首目、かなり個性的な連想だ。牛タンを食べるために抜かれた舌。
6首目、夢の中の風景のよう。絵を描いていた人は消えてしまった。
7首目、本名を知らない相手との性愛の記憶。下句がなまなましい。
8首目、郵便ポストの中にセットされている回収袋。比喩が印象的。
9首目、少年時代の回想か。剝製の貂の義眼と少年の暗い眼を思う。
10首目、関わりを持たない鯉と鳰。でも官能的な雰囲気を感じる。

2024年1月17日、短歌研究社、2100円。

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2024年04月07日

江田浩司『短歌にとって友情とは何か』

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「北冬」の連載をもとにした第T部「短歌にとって友情とは何か」と第U部「寺山修司をめぐる断想」をあわせて一冊にまとめた評論集。

中心となる第T部では、石川啄木と金田一京助、岡井隆と相良宏、与謝野晶子と山川登美子、小中英之と小野茂樹などの関係を例に、友情とは何かについて考察している。

どのような親密な関係も、幸福の絶頂にあるとき、関係の崩壊は密かに気がつかないところで進行している。
孤独でなければ、友情の真の意味が理解できないのであれば寂しいが、孤独なるが故に、友情の持つ崇高さに触れることができるのならば、孤独であることの豊かさが友情とともに花開くこともあるだろう。

こうした友情論とともに印象に残ったのは、本歌取りや批評に関する鋭い指摘である。

「本歌取り」による歌の世界の重層性は、単に新しく創造された歌のことだけを指しているのではありません。本歌とそれに基づく歌との相互の世界が、創造を基点として、どちらにも拓かれてゆくことが必要とされているのです。
批評は、自分の短歌の好みを語る場でも、自己の短歌観の正当性を主張する場でもない。あくまでも、テクストに即し、その可能性を追求する場であり、テクストの読みを批評の言葉として提示する場である。

一つ気になったのは「斎藤茂吉と吉井勇」について論じた章に「二人に親密な交友関係があったわけではない。むしろ、勇と茂吉が、このような歌を送り合ったのには意外の感がある」と書いている部分だ。

細川光洋『吉井勇の旅鞄』は、『斎藤茂吉全歌集』に収録されていない茂吉の吉井勇宛の書簡24通(京都府立京都学・歴彩館所蔵)があることを述べた上で、次のように記している。

若き日に長崎で歓楽をともにし、「ダンスホール事件」ではともに妻と別居して冬の時代を過ごした二人は、心と心の深いところで通じ合う間柄であった。

これは二人の関係を考える上で大切なポイントだろうと思う。

https://gendaitanka.thebase.in/items/83845387

2024年2月26日、現代短歌社新書、1800円。

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2024年04月01日

三井修歌集『天使領』


ビルの影、木の影、我が影 一方(ひとかた)に倒れて都心の休日静か
春の夜のシフォンケーキはほぼ空気 ほろほろ空気を零しつつ食む
空也吐く小仏ほどの幽(かそ)けさに秋の夕暮れ鳥渡りゆく
大洋を航(ゆ)くべかりしに街をゆく我の肩より垂るる帆布は
明日の朝摘果さるべき実も容れてビニールハウスにメロンしずけし
あまたなる耳が夕陽に透きながら交差してゆく渋谷駅前
支払いを終えたる人はその杖を再び取りて歩み始めぬ
小さなる甕棺ありて小さなる骨が小さき石を抱きいる
八月の銀河が蒼く展(ひら)く下 紐解けやすき靴にて歩む
三人(みたり)して眠れば雪の下にても温かからむ能登の父母兄(ふぼあに)

1首目、本体は大きさも形も異なるけれど、影は同じ方向に伸びる。
2首目「ケーキ」と「空気」の音が響き合う。何とも軽やかな印象。
3首目、有名な空也上人像を用いた見立てと遠近感が実に鮮やかだ。
4首目、一澤帆布製のかばん。帆船や海への憧れを胸に秘めている。
5首目、メロンだけでなく人間の運命のことなども思わされる歌だ。
6首目、耳に着目したのがいい。スクランブル交差点を行き交う耳。
7首目、特別なことは何も言ってないのに、これで十分に歌になる。
8首目、縄文時代の抱石葬。「小さ」の繰り返しが悲しみを伝える。
9首目、上句と下句の取り合わせがいい。天上の銀河と地上の靴紐。
10首目、故郷の墓に眠る肉親たち。能登の風土への心寄せが滲む。

2024年1月25日、角川文化振興財団、2800円。

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2024年03月20日

大松達知歌集『ばんじろう』


2017年から2022年の作品597首を収めた第6歌集。

そこはかとなく冬は来てこんにゃくをパパの匂いと言うむすめあり
生まれたる日は水曜日ゆびさきを五センチ四方すべらせて知る
十二年生きたるという岩牡蠣を食いて穏やかならずこころは
アルタイル見つつ思えり地球ではない方にゆく光のゆくえ
鶏ももの三百グラム買うときの、ちょっと出ちゃっていいですか? 好き
いつか訊かんとして訊かざりき「教師なんて馬鹿のしごと」と言いし父のこころ
〈選べる〉は〈選ばなくてはならない〉でコーヒーブラック、ホットで先で
ヘアピンをしている男子なぜだめかだれもわからず会議が長い
この店のウエットティッシュしょぼくなるこうして日本しょぼくなりゆく
耐熱、の表示を信じ、信じない、注ぎながらにそっと念じる

1首目、娘とのやり取りがユーモラスに詠まれ、微苦笑を誘われる。
2首目、スマホで検索するだけでいろいろなことがわかってしまう。
3首目、1年1年少しずつ成長した命だが、食べるのは一瞬のこと。
4首目、光は全方向に放たれているのだが誰に見られることもない。
5首目、昔ながらの対面販売の肉屋さん。温かみのある会話がいい。
6首目、亡き父の言葉。仕事に関しては互いに譲れないものがある。
7首目、自分の意志で選択するのは自由なようでいて強制でもある。
8首目、これまでダメだったからダメといった考え方は今も根強い。
9首目、経費削減のためなのだろう。昔はおしぼりが一般的だった。
10首目、信じつつ信じてないという心のありように気付かされる。

2024年1月25日、六花書林、2500円。

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2024年03月18日

三枝ミ之『佐佐木信綱と短歌の百年』


佐佐木信綱の作品や歌論を中心に、近代以降の短歌の歴史を追った評論集。370ページという厚さだが、論旨がすっきりしていて文章も読みやすい。おススメの一冊。

佐佐木信綱(1862-1973)に着目することで、和歌・短歌史の見え方が従来とは違ってくる。また、満91歳まで生きた信綱の人生をたどることで、明治・大正・昭和(戦前・戦後)という時代の変遷がひとつの流れとして浮かび上がってくる。

正岡子規や与謝野鉄幹の和歌革新と信綱のそれは大きく違う。わかりやすく言えば、革新のために遺産を切るか、逆に担い直すか、そこが違う。
佐佐木信綱は、和歌短歌の千三百年を視野に収めながら、短歌百年の革新を貫いた歌人である。
近代以降の短歌百年を〈自我の詩〉や〈写生〉という自己表現の尺度で括っていいのか、それだけでは落ち着かないのではないか。そんな思いが私の中で徐々に大きくなったことが信綱へ向かわせた。

これは、近代以降の「短歌」を1300年の歴史の中で新たに捉え直す試みと言っていいだろう。国文学者として『日本歌学史』や『校本万葉集』を刊行し、『梁塵秘抄』や大隈言道『草径集』などを発掘した信綱は、和歌と短歌をつなぐ最大のキーパーソンである。

題詠をめぐる旧派と新派の違いの話もおもしろい。

「燕」は「毎年春来り秋去りて、雁とゆきかはる意をよむ」ものだった。「燕」という題を受けて、若燕の飛翔の初々しさを詠むのはダメということになる。大切なのは旧派和歌の題詠には題を詠み込むための作法が必須だったという点である。
題詠から折々の歌へ。これが和歌革新のポイントだが、題による歌作を子規や鉄幹たちもさかんに試みており、『思草』にも題詠の場による歌は少なくなく、例の観潮楼歌会も題詠歌会と見ることができる。ただ、彼等は旧派和歌の題詠が守っていた厳密なルールからは自由で、題は自由な発想のための刺激材だった。

現在よく行われている「題詠」も、要するにこの流れにあるわけだ。

そして、信綱の歌の特徴について。

信綱は細やかな描写よりも風景の大づかみな把握を得意とする歌人である。
短歌には「晴(はれ)の歌」と「褻(け)の歌」がある。公の場を意識した晴の歌、プライベートな日常性が褻の歌。近代以降は「明星」の「自我の詩」に表れるように褻の歌、生活の歌の時代となった。(…)それも大切な領域だが、しかし信綱は歌によってもろもろを愛でる領域を大切にした。

「晴の歌」というのは、現代短歌がもっとも失ってしまったものと言っていいかもしれない。私もそうした歌はほとんど詠んだことがない。今後の短歌を考える上で重要な指摘だと思う。

最後になるが、信綱の「おのがじしに」というスタンスが前川佐美雄という個性的な歌人を生んだという話も印象的だった。歌柄が違っても歌人の系譜はやはり大きな影響力を持っているのだ。

2023年9月1日、角川書店、3000円。

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2024年03月03日

渡辺松男歌集『時間の神の蝸牛』


626首を収めた第11歌集。

〈ゆふやけをひきずるやうにゆつくりとじかんのかみのまひまひつぶり〉という歌があるので、タイトルの蝸牛は「かたつむり」ではなく「まいまいつぶり」と読むのかな。

きみ逝きてきみの見しものみな消えき日光の鹿も尾根ゆくわれも
距離おきて認めあひをり赤城神社榛名神社の大杉同士
放し飼ひのごときにあれど柵ありぬ柵までゆかず豚ねむりをり
いまだれもきてをらざればわれはゐて乙見湖畔のきくざきいちげ
白い火を地につきさしてゐるごとし遠くにならぶ白木蓮(はくもくれん)は
親不知けふぬかれたり吾とともにやがて焼かるることまぬかれて
花といひ散りたるといひ悲しむに一連のながれにゐるともおもふ
簡易宿泊所におもへらく天井の染みもここまで旅してきたる
人体を余分と思(も)へば駅伝に襷が宙を移動しつづく
労働の消えたるごとしうつとりと鏝(こて)から壁のうまれたるとき
待つといふまぶしきことをしてをりぬをんなの子朱の傘をまはして
立葵バスケット部とバレー部の姉妹ならべるごときに高き
待たされてゐるあひだにて鉄道とこの道出会ふところ雨おつ
鍵盤をきれいといふ子ゆびさきを渓流の魚のやうにうごかす
みづみづとはだかをまとふ柿わかばはだかみられてうれしきわかば

1首目、きみの死によってともに過ごした自分の一部も消えるのだ。
2首目、どちらも立派な杉なのだろう。何百年も前からのライバル。
3首目、柵に囲まれていることを知らないで豚は生きているのかも。
4首目、肉体のない魂や幽霊みたいな「われ」が湖畔に立っている。
5首目、上を向いて咲く白木蓮を「白い火」と見立てたのが印象的。
6首目、三句以下に驚く。自分が死後に焼かれる姿を想像している。
7首目、咲いて散るまでが一つの出来事。人生も同じかもしれない。
8首目、布団だけがあるような安宿。流れ流れてやってきた感じだ。
9首目、確かに大事なのは人体ではなく襷。利己的な遺伝子みたい。
10首目、作業中は塗り跡が見えるけれど仕上がると跡が残らない。
11首目、待つというのは未来があること。下句の描写が鮮やかだ。
12首目、23音も使った長い比喩。漫画のようで抜群におもしろい。
13首目、踏切と言わないのが巧み。別に何でもない場面だけれど。
14首目、白と黒の鍵盤がまるで渓流のながれのように見えてくる。
15首目、つやつやと明るい柿若葉。生命力の溢れる様子が伝わる。

あとがきに「ほとんど記憶と想像で詠んでゐるため、歌はあちこちへ飛びます」とある。肉体の不如意が心の自由を生み出しているのかもしれない。

2023年12月20日、書肆侃侃房、2600円。

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2024年02月27日

正岡豊歌集『白い箱』

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1990年刊行の『四月の魚』以降の約30年の作品を収めた第2歌集。
https://gendaitanka.thebase.in/items/81329836

みたこともないのにぼくの心臓のいろのゆうべの天の橋立
月光に触れることなく生きるのも愉悦というかシロシタカレイ
愛はときにはさんま定食 むらさきのひかりに浮かぶきみの横顔
洗濯機の上の突っ張り棒にきょう二枚のバスタオルの天の河
湯の中で踊る一枚のだしこぶは明るい独身の叔父さんである
歌は石でも雲でもなくて校庭のすみれの空を刺すのぼり棒
細胞膜はあっても細胞壁はないわたしとあなたでのぼるやまなみ
午後二時のぼくらがおりたあとのバス二人の老婆のしゃべる宇宙だ
タイカレーふたりで食べにいくのです 蘭鋳を闇に泳がせたまま
「午後」と「紅茶」のようにきわどく一ヵ所で繋がっているきわどく深く

1首目、夕焼けに染まる天の橋立。心臓の色に喩えたのが印象的だ。
2首目、大分県日出町の名産。海の底に棲む鰈と月光の取り合わせ。
3首目、初二句に驚かされる。日常の中にある愛の豊かさを感じる。
4首目、一枚でなく二枚なのがポイント。二人の暮らしを思わせる。
5首目、下句の断定に妙に説得力がある。気ままに生きている感じ。
6首目「校庭の隅」かと思うとそうではなく「菫の空」とつながる。
7首目、上句の親密な感じがいい。動物だから当り前なのだけれど。
8首目、まるで別世界のような空間に、二人の声だけが満ちていく。
9首目、部屋の電気を消しただけなのに、下句に深い味わいがある。
10首目「午後の紅茶」の「の」が持っている強引なまでの接続力。

2023年12月13日、現代短歌社、2700円。

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2024年02月25日

小林幸子歌集『日暈』

著者 : 小林幸子
本阿弥書店
発売日 : 2023-10-06

2018年から2023年の作品496首を収めた第9歌集。

猫のこと話してをれば猫の耳すこし大きくなりて立ちたる
川こえて倒れたる樹のよろこびは月光の夜にけものを渡す
公園のつつじのはなの生垣をあるくすずめはときどき沈む
山をゆく五人家族でありし日の筑波山にはふたたびゆかず
廃線の橋わたりゆく紅葉の谷間より湧く霧踏みながら
調剤を待つまの窓にカーブスのマシンを走るひと見えてをり
つつつつと歩きて道をわたりゆく喫水線の白きせきれい
橡のはな数へゐるとき風がふき天辺からまたかぞへなほせり
ちりとりの先でみみずを剝がしたり白じろとSの形がのこる
柳川の堀端に咲くくれなゐの椿はみづに散るほかはなき

1首目、自分のことが話題になっていると感づいているのだろうか。
2首目、思いがけない形で橋となり生きものたちの役に立っている。
3首目、見え隠れする様子を「ときどき沈む」と表現したのがいい。
4首目、かつての家族旅行のことを懐かしく寂しく思い出している。
5首目「霧踏みながら」がいい。高所を歩くときの不安感が伝わる。
6首目、薬局で座っている人とフィットネスクラブで走っている人。
7首目、背が黒くて腹が白いセグロセキレイ。「喫水線」が絶妙だ。
8首目、枝葉が揺れてどこまで数えたかわからなくなってしまった。
9首目、乾いてこびり付いていたみみずの死骸。なまなましい描写。
10首目、そこで咲いたからには堀の水に落ちる運命になっている。

2023年10月1日、本阿弥書店、2700円。

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2024年02月19日

俵万智歌集『アボカドの種』


375首を収めた第7歌集。

ウクライナ今日は曇りというように戦況を聞く霜月の朝
はちみつのような言葉を注がれて深夜わたしは幸せな壺
占領のかさぶたありて牛乳は946ミリリットル
ベランダで見るときよりも窓枠を額縁にした月が明るい
角あわせ夏のおりがみ折るようにスイカを冷やす麦茶を沸かす
一撃でずんと倒れるイノシシのもう動かないガラスの目玉
シトーレンにバター滲みゆく冬の午後 可視化できない子の心あり
「おなしゃす」はお願いしますのことらしいコンビニ振り込み二日以内に
九十の父と八十六の母しーんと暮らす晩翠通り
言葉とは心の翼と思うときことばのこばこのこばとをとばす

1首目、毎日耳にしているうちにだんだん慣れてしまうことの怖さ。
2首目、身体中に嬉しい言葉がたっぷりと満ち溢れていくイメージ。
3首目、沖縄ではアメリカ占領時にガロンを使っていた影響が残る。
4首目、外より室内で見る方が明るく感じるのが面白い。額縁効果。
5首目、夏の定番であるスイカと麦茶が暮らしの様式になっている。
6首目、「ガラスの目玉」が印象的。既に命を宿さない目の感じだ。
7首目、堅いパンとバターの様子が息子の心のありようと呼応する。
8首目、子から届く振込依頼のLINEの言葉。私の息子もよく使う。
9首目、詩人の土井晩翠にちなむ仙台の道路名が晩年を感じさせる。
10首目、こ・と・ばの音をひらがなでリズミカルに用いて鮮やか。

2023年10月30日、角川文化振興財団、1400円。

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2024年02月05日

奥村晃作歌集『蜘蛛の歌』


353首を収めた第19歌集。
あとがきに「短歌人生の総括としての最終歌集を出したいと思い、出すことにした」とある。

武蔵小杉のタワーマンションに多摩川も入れてスマホの写真に収む
動物園生まれの子象が走りたりそれなりに広い敷き砂の上を
壮年の体の癌はバリリバリリ音立てて増殖するとぞ聞けり
向き合って一言も言葉交わすなく交互に黒石白石を置く
コロナウイルスのお蔭で東京の秋の空とことん澄みて浮かぶ白雲
前線で戦う兵士こそあわれウクライナのまたロシアの若者あわれ
黄の花が咲けば目立ちて線路沿いにセイタカアワダチソウ群れて咲く見ゆ
無尽から帰宅の父はごきげんでラバウル小唄を歌い踊りき
22階の部屋に目覚めて朝食は38階、バイキングとぞ
「五月雨を集めてすずし最上川」芭蕉の詠みし発句ぞこれは

1首目、縦と横、人工物と自然の取り合わせが印象的な一枚になる。
2首目「それなりに」がいい。本来の環境とは比べるべくもないが。
3首目、まさか本当に音がするわけではないだろうが、何とも怖い。
4首目、仲が悪いのかと思ったらそうではなく囲碁をしている場面。
5首目、コロナ禍の弊害は多く歌に詠まれたが、これは良かった点。
6首目、利権とも大義とも関わりのないところで死んでいく兵たち。
7首目、花の咲く時以外はあまり意識して見ていないことに気付く。
8首目、地域の寄り合い的な宴会。戦時歌謡を歌う父のもの悲しさ。
9首目、高層ホテルに泊まるとまるで空中都市に住んでいるみたい。
10首目、大石田に残る芭蕉の直筆。『奥の細道』では「早し」に。

2023年12月19日、六花書林、2600円。
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2024年01月29日

金川宏歌集『アステリズム』

著者 : 金川宏
書肆侃侃房
発売日 : 2023-11-07

第4歌集。

死んでからも木の葉のように吹き溜まる音符よそんなに鳴らされたいか
そのオノで、と言いかけてみずをしたたらせ動かぬ森よ ならばわたしが
水草にくるぶしをゆるくつかまれて人生という金色の午後
ヒトハヒトヲコロシテキタソシテコレカラモ 三月、黄と青やがて漆黒
孤がはらむとおき中心わたくしというまぼろしへ引き絞る弦
くらぐらとひとのかたちをゆるされて虹顕つみずのうえを越えゆく
駅は燃え寺院は沈み思ひ出のやうに風吹く 帰らうかもう
傘ふたつ野に消えゆきて春浅き墓のほとりは薄日射したり
夕闇はふかぶかとして過ぎしものと未だすぎざるもの揺らす橋
溶鉱炉しづまりがたく屹(た)つゆゑに町つらぬきて青ふかき河

1首目、生きている音を残すためには、音符にしなくてはならない。
2首目、斧で切れと森が迫るのか。対峙する緊張感と迫力を感じる。
3首目、しがらみと安らぎがないまぜになったような人生の後半戦。
4首目、ウクライナへの侵攻。止むことなく続く戦禍の歴史を思う。
5首目、孤は弧に通じる。円弧によって中心が浮かび上がってくる。
6首目、水たまりの明るさを越える時に自らの身体の暗さを感じる。
7首目、廃墟のような世界を眺めている。でも帰る場所はあるのか。
8首目、写実の歌として美しい。雨上がりの日差しと野にある墓と。
9首目、夕闇も橋も二つの世界に跨るもの。その境目の揺らぐ感じ。
10首目、火と水のイメージを最大限に生み出す言葉の取り合わせ。

2023年11月13日、書肆侃侃房、2000円。

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2024年01月26日

香川ヒサ歌集『The quiet light on my journey』

 kagawa.jpg


2015年から2023年までの作品381首を収めた第9歌集。

アルプスの地下水詰めしボトル買ふ土の匂ひのせぬ地下駅に
讃美歌で始め讃美歌で終へる会今年度予算決める時にも
その中を生きるほかなき今の世のキッチンに洗ふグラスが薄い
喜んで伺ひますと返信す感情は約束できないものを
新聞とテレビに目と耳塞がれてゐたがスマホに手も塞がれる
「はやぶさ2」が小惑星より採り来れば岩のかけらを寿ぎてをり
音もなく光の襞より現れし蝶は入りたり光の襞へ
マスクした人の不安が満杯の十六両編成「のぞみ」発車す
マーケットで買ふ生姜入りビスケットさくさく歳晩過ぎますやうに
肖像画に見る見も知らぬ人の顔セリーナ・シスルウェイトの顔

1首目、現代人の日常だが言葉にすると実に奇妙なことをしている。
2首目、全く縁のなさそうな二つのことが同じ場で行われる不思議。
3首目、一瞬で壊れてしまいそうな危うさの中で日々を生きている。
4首目、実際に伺う段階になって自分が喜んでいるかはわからない。
5首目、メディアの発達に人間の感覚や思考が次々と侵されていく。
6首目、マスコミによる過剰な盛り上げ方を皮肉っぽく詠んでいる。
7首目、明るい日差しの中を飛ぶ蝶。「光の襞」という表現が巧み。
8首目、1300人もの人々が感染を怖れて全員マスクしている空間。
9首目、上句が「さくさく」を導く序詞になっている。楽しそうだ。
10首目、絵に描かれ美術館に展示され死後も長く見られ続ける人。

近代短歌を本歌取りした歌も何首かある。

金色の小さき鳥の形した銀杏か百年散り続けをり
金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
/与謝野晶子『恋衣』(1905)
このくにの空を飛ぶとき悲しみしかりがねをりけむ大震災後も
このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へ向かふ雨夜かりがね
/斎藤茂吉『小園』(1949)

2023年12月24日、ながらみ書房、2200円。

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2024年01月19日

福士りか歌集『大空のコントラバス』

2018年から2023年までの作品400首を収めた第5歌集。
雪国の暮らしやコロナ禍における学校の様子が印象に残る。

花寿司と白酒を母と祖母に供ふささやかなれど雛の家なる
病院の売店に旅の雑誌あり表紙の隅が少しめくれて
矢印のかたちとなりて海恋ふるスルメ炙れば潮の香のたつ
例ふれば東京タワーのてつぺんにゐるらし深き十和田湖の澄む
集落に墓所あれば村の畑には花を植ゑたる一畝のあり
黙食といふ新習慣にほつとする生徒ゐるらむみんながひとり
雪原は真つ白な海 満ち潮の二月去り引き潮の三月
冷え込んだ体育館に整列す生徒ら兵馬俑のたたずまひして
あぶり出せば「メメント・モリ」と浮き出でむ薄墨いろの欠礼はがきは
除雪機の排雪筒に詰まりたる雪を掻き出す摘便のごと

1首目、毎年欠かさず祝っているのだろう。女三代の系譜を感じる。
2首目、入院中の患者が元気になったらと思って眺めたのだろうか。
3首目、初二句の見立てが面白い。海の方角を指しているみたいだ。
4首目、水深327メートルなので東京タワーがほぼすっぽり収まる。
5首目、町と違って墓参り用の花は買うのではなく畑で育てている。
6首目、友達の少ない子や一人が好きな子には、むしろありがたい。
7首目、冬から春への移り変わりを雪の量の変化で感じ取っている。
8首目、長年勤めた学校の退任式。「兵馬俑」の比喩が実に印象的。
9首目、誰もがいつかは死ぬことをあらためて感じ考えさせられる。
10首目、雪深い土地に暮らす人ならではの歌。扱いに慣れている。

2023年11月20日、柊書房、2300円。

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2024年01月13日

富田睦子歌集『声は霧雨』

 tomita.jpg

2018年から2021年までの作品381首を収めた第3歌集。
中学生の娘やコロナ禍を詠んだ歌が多い。

プリキュアの玩具開ければ乾電池ふるびてしろき結晶を吹く
うずら豆ひよこ豆はた白花豆まめを煮るとき耳はたのしむ
めくるめく、と言うときかすか日めくりは海からきたる風にはためく
流し場のワタより滲む虹色は地中の管を流れゆくなり
夕暮れのイオンのレジは忙しき人らが並び迷子の心地す
無糖紅茶を一気飲みして荷物から体重へ水の重さを移す
リモート授業の動画を二倍速で見て一日の淡し家居のむすめ
九十度机の向きを変えてみるわれへ近づく鳥と半月
予定なき盆の休みの朝寝坊マッコウクジラの家族のように
まだ親に決定権のあるからだ問診表にサインを入れる

1首目、かつて娘が遊んでいた玩具。歳月の経過をあらためて思う。
2首目、豆によって色や形、煮えるまでの時間なども違うのだろう。
3首目「めくるめく」という言葉が引き寄せてくる明るいイメージ。
4首目、暗い下水道の中を流れていく鮮やかな虹色を思い浮かべる。
5首目、自分ひとり周囲からぽつんと取り残されてしまった気分だ。
6首目、総重量は変らないけれど、荷物が軽くなると運ぶのは楽だ。
7首目、学校には授業以外に大切なことがたくさんあったと気付く。
8首目、座る向きを変えるだけで見える世界が変わり気分も変わる。
9首目、ゆったりとした音の響きや韻律が内容とうまく合っている。
10首目、やがてワクチン接種に親の同意の要らない年齢を迎える。

2023年11月30日、砂子屋書房、3000円。

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2024年01月09日

大辻隆弘『岡井隆の百首』


「歌人入門」シリーズの9冊目。

これまでのラインナップは石川啄木、斎藤茂吉、北原白秋、森鷗外、寺山修司、山崎方代、落合直文。どれもコンパクトで読みやすく、歌人の名歌や代表作、歌風の変遷、生涯などを知ることができる。

本書は岡井隆の短歌100首を引いて解釈・鑑賞するだけでなく、解説「調べのうたびと」を含め随所に岡井隆論が展開されるところに読み応えがある。

後年、彼が盛んに用いる理念化や抽象化の萌芽がすでに明確に表れている一首である。
短歌は究極のところ歌であり調べである、という岡井の韻律重視の考え方が垣間見える一首である。
アララギで培ったこのような写生の技術がこの歌の上句にも生かされている。写生はいつの時代も岡井の基底なのだ。

また、初期歌篇「O」から遺歌集『阿婆世』までの全36冊から満遍なく歌を選んでいるのが大きな特徴だ。まだ評価の定まっていない1990年代以降の岡井の歌についても積極的に取り上げている。

以前、角川短歌の座談会で永田和宏が「岡井隆を論じるのなら、最後まで論じなければあかん。だけど岡井隆の意義を論じるなら、『人生の視える場所』で終えたほうがいいと思う」(2020年10月号)と述べたことがある。

それに対して、この本では100首のうち59首が『人生の視える場所』より後の歌集から引かれている。その選びに著者の主張がはっきり表れていると言っていいだろう。

2023年11月20日、ふらんす堂、1700円。

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2024年01月06日

山階基歌集『夜を着こなせたなら』



384首を収めた第2歌集。

頰に雨あたりはじめる風のなか生きているのに慣れるのはいつ
冷えきったあばらにうすく印を烙くように聴診器はいくたびも
皿を置くときみは煙草をやめていた秋にしばらくそのままの皿
荷ほどきと荷造りの間を生きている夜はガムテープが剝がれてひらく
へたなりに卓球台をぴんぽんと跳ねればやたらはだける浴衣
剝げかけた青の針金ハンガーはシャツの気配をのこして揺れる
アーモンドフィッシュを皿にざらざらとおいで心にならない心
番台に小銭ならべてよく冷えた壜にざらりと刷られた牛よ
カラオケのぶあつい本を思い出す膝にかばんを預かるうちに
缶の緑はそのまま味にマウンテンデュー・スプライト・セブンアップよ

1首目、雨の冷たさを頰に感じながら慣れることのない人生を思う。
2首目、聴診器が胸へと当てられる感触を烙印に喩えたのが印象的。
3首目、灰皿を「皿」と言ったのがいい。使われない灰皿の寂しさ。
4首目、引っ越しから次の引っ越しまでの仮初のような生活が続く。
5首目、温泉などに泊まって遊ぶ卓球。ついつい力が入ってしまう。
6首目、上句の細かな描写がいい。剝き出しになったハンガーの姿。
7首目、まだはっきりと形を持たない感情に餌を与えているみたい。
8首目、銭湯や牛乳と言わず表すのが巧み。使い古された壜の感じ。
9首目、電車の席に座って、立っている人の鞄を持つ場面が浮かぶ。
10首目、味覚と視覚の共感覚。缶ジュースの味と色が一体になる。

2023年11月10日、短歌研究社、2000円。

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2023年12月28日

北山あさひ歌集『ヒューマン・ライツ』


318首を収めた第2歌集。

晩夏(おそなつ)のレモンを切り分けるナイフ 連帯してもしなくてもいい
『「育ちがいい人」だけが知っていること』という本ぜんぶ燃やして焼き芋
木は雪を、雪は硝子をくすぐって冬の終わりの始まりしずか
ワカサギのように心が反り返る怒っているのに元気と言われて
紙詰まりを放置されたるコピー機のつめたき胸へ手を差し入れる
サイダーのキャップを捻る瞬間に「元気だった?」と声がして 夏は
サモトラケのニケの両腕 妹と長く長く母を奪い合いたり
豆腐とはまず水の味、豆の味おわるころお坊さんの味なり
まよなかの雪をしずかに吸いながらみずうみ、傷はゆっくり癒える
てぶくろの指にすいっと縄暖簾分けて真冬の顔を見せたり

1首目、遠い昔に聞いた「連帯を求めて孤立を恐れず」を思い出す。
2首目「育ちがいい」という言葉への反発。「焼き芋」が真骨頂だ。
3首目、雪解けの様子だろうか。「くすぐって」に春の予感が滲む。
4首目、動きのある直喩が印象的だ。怒りが伝わらないもどかしさ。
5首目、コピー機が擬人化され、まるで悩みを取り除いているよう。
6首目、映画のワンシーンのように爽やか。炭酸の弾ける音がする。
7首目、姉妹で両腕を引っ張り合った末に腕がもぎ取れてしまった。
8首目「お坊さんの味」がいい。豆腐は精進料理にもよく使われる。
9首目、傷の癒え方のイメージ。「吸い」という動詞の選びがいい。
10首目、居酒屋などに入って来る人の姿。映像がよく目に浮かぶ。

2023年11月6日、左右社、1800円。

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2023年12月24日

島内景二『和歌の黄昏 短歌の夜明け』


2014年から2016年まで「短歌往来」に連載された「短歌の近代」(全36回)に序章や終章などを追加して一冊にまとめた本。

「古今和歌集」「伊勢物語」「源氏物語」を中心とした和歌文化をどのように現代に継承できるかという観点から、江戸〜明治時代にかけての和歌・短歌の流れを捉え直している。

二十一世紀の短歌が、新たなる開花と見事なる結実の季節に向かうためには、近代短歌がとっくの昔に乗り越えたと錯覚し、実のところはまったく乗り越えていなかった「和歌」の長所と短所を、今一度、再確認しておく必要があると思う。

こうした問題意識のもとに、中島広足、蓮田善明、本居宣長、明治天皇、近藤芳樹、橘守部、香川景樹、正岡子規、大和田建樹、落合直文、樋口一葉、森鷗外、与謝野鉄幹、与謝野晶子、佐佐木信綱、窪田空穂、若山牧水、原阿佐緒、北原白秋、石川啄木、斎藤茂吉、島木赤彦、伊藤左千夫らの和歌・短歌を取り上げて読み解いている。

貞門の特徴は「言語遊戯」だと言われることもあるが、絶対に「遊戯」ではない。『新古今和歌集』の歌風が、「遊戯的」であるとか「現実逃避的」だと言われることがあっても、まったくそうではないのと同じことである。
子規は、宗武の和歌が、目にしたものをありのままに詠んだ「嘱目」の写実詠ではなく、王朝和歌の伝統の中から生まれたことを知っている。(…)だが、伝統の上に立体的に重ね合された和歌ではなく、一回きりの歌、すなわち「平面的」な和歌であると、意図的・戦略的に解釈し直してみせ、(…)近代短歌の扉を力強く、こじ開けた。
狂歌は、「和歌ではない」ことを逆手にとって、漢語や俗語などを、制限なしで使用できる特権を得た。その用語の自由を、「発想の自由」にまで突き詰めた。言わば、和歌の「タブー」から完全に解放されたのだ。
十一世紀の『源氏物語』の時代から、十二世紀の院政期までの王朝和文を基準として体系化されたのが、正統的な文語文法である。そうではない「バーチャル文語」の一種が、近代文語なのだ。
明治の文明開化期には、ヨーロッパ文明が大量になだれこんだ。『源氏物語』では日本を近代化できない。『源氏物語』では殖産興業・富国強兵を達成できないという焦りが、『万葉集』に実際以上の強いイメージをもたせた。これが『万葉集』の不幸だった。

本書の根幹をなす構想は非常に大きなものだ。江戸時代の和学者・北村季吟が集大成した「異文化統合システム」としての「源氏文化=和歌文化」と、国学者・本居宣長の「異文化排斥の思想」である「もののあはれ」を比較・対照するという文化史観に立っている。

その当否については何とも言えない。やや図式的過ぎるような気もする。けれども、和歌から近代短歌への流れを考える上でとても示唆に富む内容であるのは間違いない。

2019年9月30日、花鳥社、2800円。

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2023年12月22日

土岐友浩歌集『ナムタル』

235首を収めた第3歌集。

それぞれの影にもたれる黒松の遊歩道から海が見えるよ
松原の空はまばらに曇りつつサマータイムはまだ先のこと
ウミネコよ半日だけの旅行者の仮面をつけて串焼きを買う
狂うってよくないですよ手のなかの日が暮れるまで竜頭をいじる
低く飛ぶ 高くも飛べる サンマルクカフェを横切る夏のつばめは
年の瀬の摂津富田に逃げ込んでエデンの園の顚末を訊く
芸術は爆発してもいいけれどお一人様で餃子を食べる
人間のかたちに近いつぶつぶを数えてみたら青に変わった
山茱萸の実をふるわせて心にはむしろかたちがあると気がつく
ひとりでは心もとない豆腐屋のランチに人が並びはじめる

1首目「もたれる」という動詞の選びがいい。松が傾いている感じ。
2首目「松原」「まばら」の音が響き合う。「ま」の音は下句にも。
3首目「ウミネコ」と「串焼き」がいかにも旅先という感じである。
4首目、人間が狂うのかと思って読むと結句で時計の話だとわかる。
5首目、燕が夏空を自在に飛ぶ姿が初二句からうまく伝わってくる。
6首目「富田」「混んで」「エデン」と響き合う音が耳に心地よい。
7首目、岡本太郎のCMの激しいイメージから一転して下句は静か。
8首目、上句の言い方がおもしろい。歩行者用信号のLEDのことだ。
9首目、風に揺れる「山茱萸の実」が心の形をイメージさせたのか。
10首目、自分以外はみんなグループなどで店に来ているのだろう。

2023年9月10日、私家版、2000円。

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2023年12月11日

川野里子歌集『ウォーターリリー』


第8歌集。

明確な方法意識に基づく連作によって、ベトナム戦争、カンボジア虐殺、ダイヤモンド・プリンセス、コロナ禍、広島、伊方原発、沖縄戦、辺野古、タイタニック、小林多喜二、オウム真理教など、過去や現在のさまざまな社会問題を詠んでいる。

困難な状況に置かれた人々、虐げられた人々に心を寄せる姿勢が一貫している。

ブレーキとアクセル踏みまちがへたといふ日本(につぽん)がそしてある老人が
ショーウィンドウの隅にカナブンころがれり新墓なればみづから光り
世界中のゴミうちあげられてゐる渚となりし息子棲む部屋
明けない夜はない のだけれど子の部屋に目覚まし時計三つを拾ふ
しらじらと花びらよりそひ花筏ながれゆくなり誰をも乗せず
淋しとふ文字が千体立ちつくす三十三間堂どれが妣なる
あまたなる蟻おほいなるキャラメルを襲ひつつあり昼のしづけさ
ぽつてりと玉子を落としソース塗り焦がしてゐたりここが爆心地
どこまでもドミノのやうにならぶ墓きらきらと倒れ永眠は来む
もがく蟻籠めたる琥珀うつくしき秋の陽は来てわたしを浸す

1首目、高齢者ドライバーによる事故に日本社会の縮図を見ている。
2首目、死骸がそのまま自らの墓になっているという発想が印象的。
3首目、上句の比喩が強烈。足の踏み場もないほど散らかっている。
4首目、信じる気持ちと迷う気持ちが二句の途中の一字空けに滲む。
5首目、結句に発見がある。筏は筏でも人を乗せることのない筏だ。
6首目、千体千手観音立像を「淋」という字に見立てたのが鮮やか。
7首目、拡大した映像を見ているような生々しさ。「襲ひ」がいい。
8首目、広島を詠んだ一連にある歌。お好み焼きと原爆のイメージ。
9首目、墓の最後はどうなるのか。日本の墓事情を考えさせられる。
10首目、いつしか私も樹脂のような陽射しに閉じ込められていく。

2023年8月10日、短歌研究社、2200円。

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2023年12月09日

時田則雄歌集『売買川』

著者 : 時田則雄
ながらみ書房
発売日 : 2023-12-01

帯広で農業を営む作者の第13歌集。タイトルは「うりかりがわ」。

トラクター積乱雲に向かひつつ進む馬鈴薯の花ふるはせて
細く長く林檎の皮を剝く妻を見てをり黄なる目玉の猫が
長靴のなかでいちにち過ごしたる指を湯槽で解してをりぬ
バックホー巨大な穴を掘り終へて影を伸ばしてゐるなりゆふべ
奪ふやうにスイートコーンを捥いでゐる肩まで白い霧に濡れつつ
蝉時雨浴びつつ墓を洗ひをり母の背中を洗ひしやうに
牛糞堆肥積みたるダンプ白き湯気たなびかせつつ国道を行く
新雪を蹴散らし駆けて来し馬の眼に映りゐる青き空
新しい地下足袋履いて草を取る百五十間畝に添ひつつ
光りつつ蛇口より出づる棒状の水もて顔面洗ひてをりぬ

1首目、トラクターや積乱雲の力強さが下句の繊細さを引き立てる。
2首目、われが見ているのかと思って読んでいくと最後に猫が登場。
3首目、縮こまって固くなった足の指に血が流れ疲れが取れていく。
4首目、一仕事終えて、人間なら腰や背中を伸ばしたりするところ。
5首目、「奪ふやうに」が印象的だ。早朝に収獲しているのだろう。
6首目、墓石を洗う時の手の動きによって生前の母の姿を思い出す。
7首目、堆肥が醗酵して熱を発している。北海道ならではの光景だ。
8首目、一面の雪景色と青空。生き生きした馬の動きが目に浮かぶ。
9首目、数詞が効果的。150間は約272メートル。黙々と草を取る。
10首目、「棒状の水」がいい。肉体を使う労働の充実感が伝わる。

2023年12月1日、ながらみ書房、2300円。

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2023年12月05日

阿木津英『女のかたち・歌のかたち』


「西日本新聞」に1995年1月から7月にかけて連載した「女のかたち・歌のかたち」を中心に、20世紀の女性歌人の歌について記した文章をまとめた本。

みどり子の甘き肉借りて笑(え)む者は夜の淵にわれの来歴を問ふ/米川千嘉子『一夏』
子も夫も遠ざけひとり吐きてをりくちなはのごとく身を捩(よぢ)りつつ/秋山佐和子『空に響る樹々』
売り箱の中に仔を産む奴智鮫(どちざめ)に人ら競いて値をつけにけり/川合雅世『貝の浜』
すこしづつ書をよみては窓により外をながめてたのしかりけり/三ヶ島葭子『定本 三ヶ島葭子全歌集』
水桶にすべり落ちたる寒の烏賊いのちなきものはただに下降す/稲葉京子『槐の傘』

引用されている歌や鑑賞が良く、100年にわたる女性歌人の苦闘や輝きが浮かび上がってくる。新書版のコンパクトな内容だが、著者の視野の広さと考察の深さが印象に残った。

2023年8月4日、短歌研究社、1500円。

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2023年11月30日

久々湊盈子歌集『非在の星』


第11歌集。

百目柿日にけに熟れゆく今年から無人となりし町会長の家
仮定法過去に遊びてうつらうつら正月三日風花が散る
ここまでは積りますから、雪染みの壁を指差す新潟のひと
先頭集団を脱落してゆくランナーのほっと力を抜くが見えたり
読むべき本は読みたき本にあらずして秋の夜長はつくづく長い
通り雨に追われて入りし古書店に買いたる『らいてう自伝』百円
不定愁訴と腰痛を嘆く友のメール返信はせず歩きに出でつ
くじら雲しだいにほどけ子くじらをいくつも産みぬ午後のいっとき
奈良岡朋子死してサリバン先生もワーニャもニーナも共に死にたり
川の面に触るるばかりに枝垂れてさくらはおのれの艶(えん)を見ており

1首目、施設に入ったのか亡くなったのか。柿が収穫されずに残る。
2首目、いろいろな空想を楽しみながらのんびりと家で過ごす正月。
3首目、冬の大変さを嘆きつつもどこか自慢しているようでもある。
4首目、気持ちの切れた瞬間が画面越しにはっきりとわかったのだ。
5首目、義務で読まなくてはならない本。なかなか読み終わらない。
6首目、雨宿りだけでは悪いので購入。100円がかわいそうな安さ。
7首目、頻繁にメールが来るのだろう。時には放っておくのも必要。
8首目、雲のほどける様子をくじらの出産に喩えたのがおもしろい。
9首目、役者の死はその人が舞台で演じた数多くの役の死でもある。
10首目、水面に映る自分の姿を見ようとしているとの発想がいい。

2023年10月15日、典々堂、3000円。

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2023年11月24日

『渾沌と革新の明治文化』のつづき

文学・美術のさまざまなジャンルの論考が載っている本書の中で、歌人に最も関わりの深いのは、松澤俊二「「折衷」考 ― 落合直文のつなぐ思考と実践」だ。

従来、和歌革新運動を論じる際に「折衷派」としてあまり評価の高くなかった落合直文を取り上げ、彼の果たした役割や立ち位置の重要性を指摘している。

つまり、「折衷」は当時の社会におけるあらゆる領域で試みられた普遍的な方法だった。人々は既存の価値や習慣、文物等を新たに出来したそれらとの間で突き合わせ、切磋してより良いものに加工し、身辺に取り込もうとした。明治開化期に人となった落合がその方法に親和性を示すのは当然だった。
総じて言えば、彼の「折衷」の基底には、つなぐ発想が見いだされるように思う。意見の異なる歌人や流派をつなぐ、和歌に他の文学や芸術ジャンルのエッセンスをつなぐ、地方と中央をアソシエーションや雑誌メディアでつなぐ、若者を良師に出会わせ、和歌につなぐ、伝統と現在をつなぐ、古い題詠を、〈創意〉やオリジナリティといった新しい文学上の規範とつなぐ…。こうした発想を土台として落合の「折衷」は様々に思考・実践されていたのではないか。

私たちはどうしても目に付きやすい派手な言挙げや行動に目を向けがちだ。しかし、こうした地道な実践こそが和歌革新の流れを生んだ点を見逃してはならないのだろう。

「新」か「旧」かの二項対立ではなく、双方の良い点を生かしてつなぐという考え方は、さまざまな分断の広がる現代において、ますます大事になってくるものだと思う。

梶原さい子は今年刊行された『落合直文の百首』の解説に、

直文の本当の手柄は、このように、いろいろなものを結びつけることにあったのではなだろうか。新派と旧派。ベテランと若手。都会と地方。江戸から明治の、激しい過渡期に本当に必要だったのは、このような存在だったのではないか。

と書いている。松澤の論考は多くの資料をもとにこの意見を実証したものと言っていいだろう。

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2023年11月23日

濱田美枝子『女人短歌』


副題は「小さなるものの芽生えを、奪うことなかれ」。

男性中心の社会や歌壇にあって、女性歌人が結集して1949年に創刊した「女人短歌」。その創刊に至る経緯や女性歌人たちの活躍、そして1997年の終刊までの歴史を豊富な資料に当たって描き出した力作である。

登場するのは、五島美代子、長沢美津、阿部静枝、北見志保子、山田あき、生方たつゑ、葛原妙子、森岡貞香、真鍋美恵子など。中でも、五島と長沢が「女人短歌」において果たした役割を、著者は高く評価している。

これまで特に着目して論じられることはなかったが、筆者自身が長年研究してきた歌人五島美代子の存在が大きく関わっていることが確認できた。また、歌人長沢美津は、創立から終刊に至るまで、欠くことのできない大きな存在であることも意義深いものであった。

この二人がともに子を自死で亡くしていることも印象深い。

五島美代子は長女ひとみを一九五〇(昭和二五)年に亡くした。長沢の三男弘夫の死は、その四年後の出来事である。『女人短歌』の思想。実務の両輪となって活躍してきた五島と長沢に、図らずも同じ不幸が襲ったのである。

「女人短歌」が192号の雑誌を発行しただけでなく、「女人短歌叢書」として624冊もの歌集を刊行していたことを初めて知った。そこには葛原妙子『橙黄』、森岡貞香『白蛾』、真鍋美恵子『玻璃』、雨宮雅子『鶴の夜明けぬ』などの名歌集も多く含まれている。

「女人短歌」の終刊は1997年12月。「アララギ」の終刊と同じ時であった。「アララギ」が近代から戦後にかけて一貫して男性中心の歌壇の象徴的存在であったことを思えば、それは偶然の一致ではないのかもしれない。

「女人短歌」は国会図書館の個人向け送信サービスで全号読むことができる。今後、さらに研究が進んでいくのではないだろうか。

2023年6月26日、書肆侃侃房、2200円。

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2023年11月20日

井上泰至編『渾沌(カオス)と革新の明治文化』


副題は「文学・美術における新旧対立と連続性」。

日本近代の「文学」の特性を考える場合、旧来の漢詩・和歌・俳句・演劇・美術の近代化への対応を見逃すことはできない。一見独立しているかに見えるこれら諸ジャンルの近代化への対応は、「旧派」と「新派」の相克・通底という点で、相互に関連している。

という問題意識をもとに行われた領域横断的な研究の成果を、15名の執筆者が「絵画」「和歌・俳句」「小説」「戦争とメディア」の4部門で記している。和歌から短歌への流れを考える上でも興味のある話ばかりだ。

日本絵画史において日本画というものは、はじめから存在したのではなく、洋画が生まれたことによって日本画という概念が誕生したという整理になる。
/古田亮「明治絵画における新旧の問題」
後の近代短歌の流れから逆算して短歌史を語る危険性を忘れてはならない。『明星』一派の動きは、歌壇全体からすれば局所的なものに過ぎず、むしろ佐佐木や金子薫園ら落合直文門下の、国語教育における和歌鑑賞と創作指導が、新たな波を下支えしていく面を忘れてはならない。
/井上泰至「子規旧派攻撃前後」
俳諧の場合は、明治中頃に正岡子規が登場して以降にいわゆる「新派」が形成されても、少なくとも昭和戦中期までは江戸時代的な「旧派」俳諧が「日本」の各地域で嗜まれていた。
/伴野文亮「「旧派」俳諧と教化」

歴史的な流れを捉えるには、現在の目で見るのではなく過去の時点に立ち返って考えなければならないこと、他のジャンルの動向にも視野を広げる必要があることなど、大事な指摘がいくつも出てくる。

2023年7月18日、勉誠出版、2800円。

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2023年11月19日

働く三十六歌仙『うたわない女はいない』


「働くこと」をテーマにした36名の歌人の作品8首+エッセイを集めたアンソロジー。巻末に「おしごと小町短歌大賞」の選考対談(俵万智×吉澤嘉代子)と大賞を受賞した遠藤翠さんの記念寄稿8首+エッセイも載っている。

事務職をやっていますと言うときの事務は広場のようなあかるさ
/佐伯紺
切れ味の鈍いはさみを入れられて紙はつかの間身悶えをする
/道券はな
今朝も今宵もみな揺れながら運ばれる秘宝のようにかばんを抱いて
/井上法子
保育園からの電話を取り次ぐと同僚がお母さんの顔に
/谷じゃこ
残業は罪かそれとも快楽か母でも妻でもないわが時間
/奥村知世
育ったままの形が自分の姿になる。樹木ってそういう存在なんだと改めて感じた。上手く言えないが、自然に手足を伸ばせずとも、身体や心を歪めてしまっても、そうして生きた時間そのものが自分の形になるのは人間も一緒なんだろう。
/竹中優子「樹木のように」

私は常に誰かを傷つけているということを忘れない。病名告知で泣かせてしまった相手を、再発を告げた部屋の静けさを、お見送りのために外の扉をあけ吹き込んでくる真冬の夜の冷気を。
/塚田千束「あなたのことを考えている」

短歌のために両手を空けて生きてきた。ちゃんと「働く」をやったことがない。
/平岡直子「両手」

シンガー・ソングライターの吉澤嘉代子さんの選歌や歌の読みがとても良かった。短歌は読むだけで作ってはいないとのことだけれど。

2023年7月10日、中央公論新社、1800円。

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2023年11月15日

郡司和斗歌集『遠い感』

著者 : 郡司和斗
短歌研究社
発売日 : 2023-09-30

2019年に第62回短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
2017年〜2023年の作品333首を収めている。

表紙にKOURYOUさんのアート作品が使われていて、カバーのそでに作品解説が載っている。こういうのは初めて見た気がする。

春日さす父の机の引き出しをあければ歴代の携帯電話
引っ越しの準備の手伝いを終えて床にひろげるオリジン弁当
寝室と居間と仏間と台所にテレビが置いてあるばあちゃんち
ベーコンの厚みのようなよろこびがベーコンを齧るとやってくる
まあ親子で死んで良かったねと煎餅齧りながらニュースに母は
からあげの下に敷かれた味のないパスタのように眠っています
座布団が頭に乗っているようなねむみ 新宿行きにゆられる
芸人が笑顔で食べる赤ちゃんと同じ重さのカレーライスを
オフサイドをなんど説明すりゃわかる夜のこころは蜜柑のこころ
定食屋のテレビに映る定食屋 こっちでは生姜焼きを食べてるよ

1首目、処分されないで残る古い機種。「歴代の」に存在感がある。
2首目、テーブルや食器は荷造りされて部屋が空っぽになっている。
3首目、どこにいてもテレビが見られるように。「仏間」が印象的。
4首目、ベーコンの厚切りには幸福感がある。何とも美味しそうだ。
5首目、不謹慎だけれどよくわかる話。どちらが生き残っても大変。
6首目、弁当でよく見かける謎のパスタ。無力感と脱力感が伝わる。
7首目、比喩が面白い。電車の中で次第に頭が重くなっていく感じ。
8首目、重さの話なのだがまるで赤ちゃんを食べているようで怖い。
9首目、毎回のように聞かれるのだろう。下句に諦めの気分が滲む。
10首目、まるでパラレルワールドみたいな不思議な感覚を覚える。

本歌取りのような歌が随所に出てくるのも楽しい。

1円玉二枚をずっとポケットのなかでいじっている 朧月
冬の日の光の痛い道にきて精巣を吊るしながら歩いた
じゃんけんにあいこで人に生まれたわ 握れば水になる牡丹雪
大みそかの渋谷のデニーズの席でずっとさわっている1万円
/永井祐『日本の中でたのしく暮らす』
卵巣を吊りて歩めるおんならよ風に竹群の竹は声あぐ
/阿木津英『紫木蓮まで・風舌』
じゃんけんで負けて螢に生まれたの
/池田澄子『空の庭』

2023年9月30日、短歌研究社、2000円。

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2023年11月01日

睦月都歌集『Dance with the invisibles』


2016年から2023年の作品332首を収めた第1歌集。
修辞の味わいを存分に堪能できる一冊。

灯油売りの車のこゑは薄れゆく花の芽しづむ夕暮れ時を
冬のひかり路地にまばゆし 人らみな郵便局に吸はれゆくなり
木のスプーン銀のスプーンぬぐひをへ四月の午後は裸足でねむる
天文台の昼しづかなるをめぐりをりひとり幽体離脱のやうに
円周率がピザをきれいに切り分けて初夏ふかぶかと暮るる樫の木
サンペレグリノの緑の瓶をつたひゆく汗・ねむくなる・ひとりでゐると
猫といふさすらふ湖(うみ)がけさはわが枕辺に来て沿ひてひろがる
歩むこと知らずひた立つ橋脚が彼岸に渡すわれの自転車
まだ青いどんぐりの実が落ちてゐる ふざけてゐて落下した子供
寝込んでゐて見逃した皆既月食のひと口食べて残す麦粥
散るといふよりも壊れてゆきながら体力で立つ桜みてゐる
御影石みがきてをればわが生(いき)の手もそちらへと映りこむなり

1首目、聴覚も視覚も薄れて遠ざかってゆくような静謐さを感じる。
2首目、サイレント映画のシーンのようだ。「吸はれゆく」がいい。
3首目、スプーンの柄の長さや匙の丸さが「裸足」とよく響き合う。
4首目、日常生活を離れた空間。でも夜ではないので星は見えない。
5首目、上句が鮮やか。ピザの円周を直径によって切り分けていく。
6首目、下句のひらがなや「・」の生み出すリズムが呪文のようだ。
7首目、気まぐれな猫の様子。ロプノールのように変幻自在である。
8首目、上句に発見がある。「脚」という名前だが歩くことはない。
9首目、下句は人間に喩えたらということか。もう枝には戻れない。
10首目、丸い器に入った麦粥のイメージが皆既月食と重なり合う。
11首目、最後の力を振り絞るような姿。「壊れて」に迫力がある。
12首目、つややかな墓石の表面が、生と死を隔てる境界線なのだ。

2023年10月2日、角川文化振興財団、2500円。

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2023年10月27日

榊原紘歌集『koro』

著者 : 榊原紘
書肆侃侃房
発売日 : 2023-08-29

330首を収めた第2歌集。
タイトルは「心臓」を意味するエスペラントとのこと。

黙りこくることも返事で茉莉花が廃都の塔に咲き上るさま
ゆるせないって口に出せたらすこしだけ瞳の奥の天窓が開く
枯れた花折って袋に入れていく袋のうちがわずかに曇る
落ちてからさらに重たくなる椿 ぼくを潰せるのはきみだけで
一生、と僕はあなたに言うけれどまだ見たことのない月の皺
人ならざるものの首のせ湖(うみ)近き卓に白磁の皿を置きたり
音を立て白木蓮が散ってゆく郵便受けを何度も覗く
ボトルシップの底に小さな海がある 語彙がないから恋になるだけ
きみの家にきみを帰してレンタカーをレンタカー屋に返して 夏は
寝た人の息がこの世を深くするそこまで落ちるため眼を閉じる

1首目、初二句に発見がある。その後のイメージも映像的で鮮やか。
2首目、思いを言葉にすることで、心や視界にも風穴が空く感じだ。
3首目、まだ完全には死んでおらず、呼吸などで蒸気を出している。
4首目、地面に落ちた椿のボテッとした感じ。取り合わせも印象的。
5首目、誓いの言葉として使うが、誰も実際に体験したことはない。
6首目、初二句にドキッとさせられる。フローティングフラワーか。
7首目、待ち遠しい郵便。白木蓮の厚い花びらが葉書や封筒みたい。
8首目、人間の関係は多様なのに「恋」として括られてしまいがち。
9首目、「かえして」の繰り返しがいい。楽しかった時間の終わり。
10首目、深い所へ落ちてしまった人と同じ場所へ自分も行きたい。

2023年8月31日、書肆侃侃房、2100円。

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2023年10月26日

山崎方代『増補改訂版 青じその花』


「かまくら春秋」に連載された文章など35篇を収めたエッセイ集。モノクロ写真15点も掲載されている。

短歌と同じくユーモラスで温かみがある一方で、しんとした孤独感も強く滲む。

去年の暮、五年ぶりに二月余り当もない放浪の旅をつづけてきた。道すがら信州の鳥居峠の新しい根雪の上に凍てついている野兎の糞を、手の平にすくって食べた。それは索莫とした放浪の味に似ていた。
歌を作るのにはいろいろな条件がいるが、精神のコンディションを調整することが私にとってまず先決である。歌の秘密というとおこがましいが、結局それに尽きるのではあるまいか。不仕合わせを、少しずつ生活の意識の中に混ぜておくのが精神のバランスである。
江之島から七里ヶ浜は若布と天草の穴場である。由比ヶ浜は昆布とバカ貝、材木座は浅蜊とつぼだ。小坪の岩場は海胆と海鼠である。海鼠は砕いて塩水で洗って目を細めて食べるとよい。海胆は岩に叩きつけてがぶりと噛みつくと実においしい。
新聞の隅にのっていた親子心中の記事を切り集めておいたのが随分溜まった。二日がかりで日記の日付に合わせてはる。このへんてこりんな仕事はこれからも続くだろう。

「親子心中」の新聞記事を切り抜いて集めている方代。こんなところに、この人の抱える闇の深さが垣間見える。

1991年9月7日、かまくら春秋社、1263円。

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2023年10月24日

後藤由紀恵歌集『遠く呼ぶ声』


2013年から2021年までの作品481首を収めた第3歌集。

木の下にラジオ体操するひとを橋の上から今朝は見かけず
うすがみに結びし縁をうすがみに解く冬までを妻なりしわれも
ほろほろとパン屑こぼす窓際に老女のわたし微笑みながら
砂を這う風の強さは写らねど髪なびかせて俯くあなた
あれが穂高、とあなたが指せばどの山も穂高となりてわたしに迫る
窓に雪あかるみているこの部屋にひとりのための湯を沸かしおり
あん肝もポテトフライも頼みたる四十代の胃袋よけれ
途中まで身綺麗でありし祖母なれど惚けしことのみ語られゆくか
家中のいちばん寒き部屋にある二列にならぶ四角い餅が
火ぶくれのひとさし指のゆびさきが心臓となり早鐘を打つ

1首目、木と人と橋の構図が面白い。いつもの人がいなかったのだ。
2首目、結婚届と離婚届。大事な届けなのになぜか紙は薄っぺらい。
3首目、他人ではなく「わたし」。齢を取った自分の姿を想像する。
4首目、写真に残された髪の様子から風の強さがありありと伝わる。
5首目、相手に寄せる信頼感。知らない人にはどれも同じに見える。
6首目、自分ひとり分のお湯。外の明るさが喪失感と孤独を深める。
7首目、年配の人の好みも若者の好みもわかる。健康的で健啖家だ。
8首目、認知症になった晩年の姿で一生を覆われてしまうかなしさ。
9首目、傷まないよう冷暗所で保存する。隊列を組んでいるみたい。
10首目、心臓が指先にあるかのようにズキンズキンと痛みが襲う。

2023年10月9日、典々堂、2700円。

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2023年10月18日

牛隆佑歌集『鳥の跡、洞の音』

364首を収めた第1歌集。
読み方は「とりのあと、ほらのおと」。
先月行われた文学フリマ大阪で購入。

雨は降る たとえば傘をひらかせてたとえばあなたに本を読ませて
ややすこしたいせつそうに花束を抱いているならお別れのあと
ファミチキのチキンもましてやファミリーも想わぬ僕を焦がす夕暮れ
ぱりぱりの水菜よ僕はパワハラのパワーではない力が欲しい
同じように、は同じではなく同じように春は訪れ仕事場を去る
あらがわないこともあるいはたくましさだとおもうんだ青椒肉絲
ありがとう水が流れてきてくれて多目的用小さな海に
それが暗い海の底でもピザ屋なら僕を見つけてくれるだろうね
ソーダバー当たりの分がまた当たり今年の夏は終わらないまま
浴室の扉を閉めた瞬間の顔 どうしようもなく一人の

1首目、雨が降ることで街の景色やあなたの過ごし方が変っていく。
2首目、花束を持つ人の雰囲気から送別会などを想像したのだろう。
3首目、鳥や家族を思い浮かべることなくホットスナックを食べる。
4首目、他者を威圧し屈服させるのとは違う力のあり方はあるはず。
5首目、初二句に発見がある。何も変らないようでいて変っていく。
6首目、青椒肉絲の具材はまさにこんな感じでそれぞれ生きている。
7首目、多目的用トイレ。水の流し方がわからずに困ったのだろう。
8首目、友人でも恋人でもなく「ピザ屋」なのが皮肉が効いている。
9首目、永遠に続く青春みたいな時間。現実の夏は終ってしまうが。
10首目、浴室は一人になる空間。岡井隆の私性の定義を思い出す。

他に、連作「戦争で死んだ祖父は広島カープを知らない」が印象に残った。枕詞や広島の野球選手の名をたくさん盛り込みながら、戦争や広島について考えさせる内容になっている。

2023年9月10日、私家版、900円。

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2023年10月16日

三井ゆき歌集『天蓋天涯』


第7歌集。タイトルの読みは「てんがいてんがい」。
夫を亡くした痛手から少しずつ心を立て直していく時期の歌。

男びな女びな流されてゆくあはれさの藁の粗目が水かぶりゐつ
多摩川の水釣るごとくゆつくりと糸引き寄する春の釣りびと
まひまひは負ふ家さへも涼しげに海鳴りきこゆる石塀をゆく
蟬を追ふ尾長も追はるる蟬も鳴き鋭かりけり八月の空
木造の輪島高校なくなりてプールの位置のみ変はらずにあり
新しき靴をはきたるよろこびは有楽町へと吾(あ)を向かはしむ
草花の虫喰ひさへも描き加ふ加賀友禅の意匠の写実
七人の団欒ありし食卓は川を流れていづこにゆきし
いづくより吸ひあげきたる水ならむ赤き西瓜はただに悲しき
かなかなのかなかなかなのかなしさよ絶ゆることなき詠嘆の助詞

1首目、流し雛は徐々に水に濡れたりしながら川を遠ざかっていく。
2首目、魚ではなく「水釣るごとく」がいい。のどかな春の光景だ。
3首目、何も持たず自分の力だけで堂々と生きている姿の清々しさ。
4首目、夏空に繰り広げられる空中戦。両者とも生きるために必死。
5首目、作者の出身校なのだろう。プールの場所だけが昔のままだ。
6首目、心が明るくなってショッピングや映画を楽しんだのだろう。
7首目、虫喰いを汚いものと捉えずにデザインとして活用している。
8首目、賑やかな食事風景はいつの間にか消えて一人になっている。
9首目、西瓜の果肉の鮮やかな赤さはどこから生まれたものなのか。
10首目、言葉遊びが印象的。ヒグラシの鳴き声がいつまでも続く。

2007年10月29日、角川書店、2667円。

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2023年10月04日

大塚寅彦歌集『ハビタブルゾーン』


現代歌人シリーズ36。240首を収めた第6歌集。

〈長年「相棒」と内心呼んでいた女性〉の病気と死を詠んだ歌が大半を占めている。

伏見稲荷〈不死身(ふしみ)〉の音に通へれば不安もつ身の人と連れ立つ
看板の〈ゆ〉の赤き字がゆらゆらと手招きしをり古き町の湯
君のゐる病棟の窓をいまいちど仰ぎて帰るゆふづつのとき
片側に見えぬ死を載せ保ちゐる静けさありぬ昼のホスピス
ひとの乗る車椅子押す嬉しさよいまここに在る重み感じて
胸水と腹水を採る管もまた冷えゆくならむ魂(たま)失せし身は
君と来て癒(ゆ)を願ひたる御仏の慈顔や孤りいまはなに祈(ね)ぐ
ビル失せし更地の土に芽吹く草つかのまの生が陽を浴みてをり
迷へるは蟻はた吾(われ)か汝(な)が墓碑の〈南無阿弥陀仏〉の〈無〉の彫りのなか
あづさゆみ春の土筆(つくし)の尽くし得ぬ思ひにぞ生くいのちの苦さ

1首目、語呂合わせにも縋る思いで病気の見つかった人と参拝する。
2首目、懐かしい光景。薄暗くなった町に銭湯の赤い文字が浮かぶ。
3首目、見舞いを終えた帰りに名残を惜しみ祈るような思いで見る。
4首目、生と死のぎりぎりのバランスの上に成り立っている静謐さ。
5首目、車椅子を押す時に感じる肉体の重さは生きている証である。
6首目、身体につながれている管も死の後に同じように冷えていく。
7首目、御仏の姿は以前と変わらないが、もう何も祈ることがない。
8首目、人の一生も長い時間の中ではこの草のようなものなのかも。
9首目、まるで迷路のような「無」の文字から出ることができない。
10首目、初二句は序詞。埋めようのない喪失感を抱えつつ生きる。

2023年4月8日、書肆侃侃房、2000円。

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2023年09月29日

松平盟子『与謝野晶子の百首』


「歌人入門」シリーズの8冊目。
副題は「光と影を含む多様な歌世界」。

与謝野晶子の短歌100首を取り上げて鑑賞・解説をした本。大きな特徴はテーマ別に12の章に分けられていること。「恋」「十一人の子の母として」「社会を見る眼差し、都市生活者の思い」「西洋との遭遇、旅と思索」など。

初めて知る歌もあって、晶子に対する興味がまた増してきた。

秋来ぬと白き障子のたてられぬ太鼓うつ子の部屋も書斎も/『青海波』
腹立ちて炭まきちらす三つの子をなすにまかせてうぐひすを聞く/『青海波』
花瓶の白きダリヤは哀れなりいく人の子を産みて来にけん/『さくら草』
女より智慧(ちゑ)ありといふ男達この戦ひを歇(や)めぬ賢こさ/『火の鳥』
ついと去りついと近づく赤とんぼ憎き男の赤とんぼかな/『朱葉集』

このシリーズは右ページに短歌1首、左ページに250字程度の鑑賞となっていて、とても読みやすい。まさに入門編として最適だと思う。

2023年7月7日、ふらんす堂、1700円。

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2023年09月26日

安田茜歌集『結晶質』

著者 : 安田茜
書肆侃侃房
発売日 : 2023-03-15

2014年から2022年の作品を収めた第1歌集。

かなしいね人体模型とおそろいの場所に臓器をかかえて秋は
撃鉄を起こすシーンのゆっくりと喉をつばめが墜ちてくかんじ
わたしは塩、きみを砂糖にたとえつつ小瓶と壺を両手ではこぶ
ベランダにタオルは風のなすがまま会えないときもきみとの日々だ
橋をゆくときには橋を意識せずあとからそれをおもいだすのみ
ごめんねのかたちに口をうごかせば声もつづいて秋の食卓
裏庭をもたないだろう一生に自分のためのボルヘスを読む
あやうさはひとをきれいにみせるから木洩れ日で穴だらけの腕だ
白いシャツはためきながら歩くとき腕はこの世をはかるものさし
胸あたりまでブランケットをかぶっても怒りがからだを操っている

1首目、人間と人体模型の関係が転倒していてアンドロイドみたい。
2首目、下句の比喩が個性的。緊迫した場面で息を飲む様子だろう。
3首目、容器の形は違うけれどどちらも白い粒同士のペア感が強い。
4首目、下句の断言が力強い相聞歌。タオルに心情を投影している。
5首目、時が経ち全体を俯瞰できるようになって気づくこともある。
6首目、口の動きと声との微妙なずれに、心と言葉の乖離を感じる。
7首目、上句が面白い。ある程度の広さの一軒家にしか裏庭はない。
8首目、まだらな光の様子を穴に喩えた。美しさと危うさは紙一重。
9首目、下句の箴言調がいい。剝き出しの腕が風を受けている感触。
10首目、コントロールできない怒りに感情を掻き乱されてしまう。

2023年3月22日、書肆侃侃房、2000円。

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2023年09月23日

佐藤華保理歌集『ハイヌウェレの手』


「まひる野」所属の作者の第1歌集。
2000年前後から2019年までという長い期間の歌が収められている。

南北を海側山側という街のわたしは常に海を指す針
アイラインを引こうとのぞく鏡面の裏側があるなら常にくらやみ
冷たくも暖かくもない終い湯に長く浸かれば消えゆくごとし
こまごまと叱る言葉のおおかたは鳥語であれば子にはとどかず
おもそうに落ちゆくをみる髪の毛がゆうぐれが美容室のすみに
七年後だれかがはずすクリップを機密書類と箱にしまえり
いくまいも花びらをのせ深い沼のようにしずもる黒いボンネット
おおいなる四股とおもえりプレス機が日がな社屋をゆらしておりぬ
メモが貼れる落ち着くなどと近頃はオフィスの一部になる仕切り板
格別なフルーツサンドがあるという長き行列が果てるところに

1首目、神戸ではこういう言い方をする。方位磁針になったみたい。
2首目、自分の内側にある得体のしれない暗闇を覗き込んでしまう。
3首目、重力も温度も何も感じなくなって身体の輪郭が溶けてゆく。
4首目、効果がないとわかっていても小言を言わずにはいられない。
5首目、「髪の毛」と「ゆうぐれ」の並列がいい。世界が遠い感じ。
6首目、保存期間は7年。その時に自分がまだいるかはわからない。
7首目、ボンネットに周囲の景が映って沼のような奥行きを感じる。
8首目、毎日揺れることに慣れてくると安心感や頼もしさを覚える。
9首目、コロナ対策で導入された仕切り板が意外と好評だったのだ。
10首目、明るい色のフルーツサンド。永遠に届かない希望みたい。

2023年3月15日、本阿弥書店、2600円。

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2023年09月21日

川口慈子歌集『Heel』

著者 : 川口慈子
短歌研究社
発売日 : 2023-05-10

2017年から2022年の作品367首を収めた第2歌集。

タイトルの「Heel」は踵やハイヒールの意味かと思ったらそうではなく、プロレスの「悪役」の意味で使われていた。

独りきり蕎麦すする春ここよりは硝子徳利で作る結界
四貫の寿司折を買い四口で昼飯終わる新幹線に
練習をサボると痙攣する指に今日はショパンのポロネーズ弾かす
バランスを微妙に崩し着地する蝶のごと美しき音色を探る
水飴を入れない母の栗きんとん愛想のない子供だったね
〈私〉がずっと連なっているようなきし麺啜る駅のホームで
生きている母には作らなかった粥供えれば湯気のつやめいており
まず非正規から疑われる窃盗犯 砂時計には季節がないね
一人では飲まないジャスミンティーの茶葉戸棚に残る父のキッチン
使い切れない石けんと歯ブラシとポケットティッシュ溢れる空き家

1首目、カウンターに置いた徳利によって、自分だけの世界を作る。
2首目、あっけなく食べ終ってしまう。「四」の繰り返しが効果的。
3首目、練習をすると痙攣するのではなく、しないと痙攣するのだ。
4首目、ピアノの鍵盤に触れる感覚を独自の比喩によって描き出す。
5首目、上下句の取り合わせが絶妙。母との微妙な関係が窺われる。
6首目、平たくまとわりつくきしめんを自意識に喩えたのが面白い。
7首目、上句がせつない。母の死によって感情も変化したのだろう。
8首目、正規か非正規かは別に関係ないずだがそう見られてしまう。
9首目、夫婦一緒に飲んでいたのだろう。一人暮らしの父の寂しさ。
10首目、大量に買い溜めしてあった品々が喪失感を深く思わせる。

両親が亡くなった悲しみに浸る一方で、たぶん作者は少し自由になったのかもしれないと思った。

2023年5月10日、短歌研究社、2200円。

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2023年09月17日

秋山佐和子歌集『西方の樹』

砂子屋書房
発売日 : 2023-05-16

2014年から2023年までの作品498首を収めた第9歌集。
亡き夫や息子の死を詠んだ歌が印象に残る。師の岡野弘彦を詠んだ歌も多い。

腰までを覆へる夫のカーディガン濃紺にして身にあたたかし
霊園の芽吹きの木の間をマラソンの青年つぎつぎ駆け抜けゆけり
歓びの声たつる子へしぶきあげ海豚三頭身を反らし飛ぶ
しのび泣く若きを宥むるこゑ聞こゆ真夜のカーテンのいずれかのうち
花道を小走りに来る勝ち力士懸賞金の熨斗袋手に
床に差す朝の光は真(ま)清水の小さき泉 素足ひたさむ
秋の陽に透き通りて佇つスカイツリー百済観音の水瓶(すいびやう)のごと
新盆に求めし廻り燈籠の組み立てはかどる回を重ねて
灯り消し寝よと諫めし夫の声半ば待ちつつ夜を徹し読む
昨日までパン生地こねゐし媼ならむ手をひかれ国境の仮橋わたる

1首目、亡き夫の大きめの服。守られているような安らぎを覚える。
2首目、死者のいる霊園と健康的なランナーたちの対比が鮮やかだ。
3首目、水族館のイルカショー。飛沫が掛かる前から大興奮である。
4首目、入院中に聴いた同部屋の患者の様子。「若き」がせつない。
5首目、喜びに身体ごと弾んでいるような感じがよく伝わってくる。
6首目、明るく清浄な光を泉に喩えたのが美しい。結句も印象的だ。
7首目、個性的な比喩。水瓶だけでなく百済観音の細身の姿も思う。
8首目、新盆の時は組み立てに手間取ったのだろう。慣れる寂しさ。
9首目、どこかから夫の声が聞こえてこないかと待ち望んでしまう。
10首目、ウクライナから避難する人。一瞬にして日常が失われた。

2023年5月9日、砂子屋書房、3000円。

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2023年09月14日

染野太朗歌集『初恋』


現代歌人シリーズ37。
2016年から2018年の作品を収めた第3歌集。

ことば奪はず声を奪ひて吹く風の冷たし卒業式の朝(あした)を
赤羽とおんなじ味のハンバーグをデニーズ熱海店に食ふさへ愉し
西部ガスのさいぶがすといふ読み方のいよいよ住むといふ感じする
米研げば五指にまつはる米粒の、怒りよもうことばを喚(よ)ぶな
排泄にちからふるつてゐる猫のいつさいを見つ春待つごとく
水切りに興ずる人を見下ろして真夏の橋でぼくはとどまる
海原に落暉は道をとほしたりその最果ての民宿〈浦島〉
にごり湯の湯舟三畳ほどなるが十畳ほどの浴場にあり
尿 濃い で検索をする日々にしてこころちひさくなりにけるかも
ひととゐて自分ばかりを知る夜の凧をあやつるやうにくるしい

1首目、学校が生徒にとってどういう場であるかを考えるのだろう。
2首目、旅先に来ていると思うだけで、いつもとは気分が違うのだ。
3首目、埼玉から福岡への転居。「せいぶ」ではない読み方が新鮮。
4首目、上句から下句への展開がいい。胸の怒りを鎮めようとする。
5首目、いきむ猫の姿に存在感がある。結句の付け方がおもしろい。
6首目、橋と川の構図が鮮やかに見え、夏の空気感が伝わってくる。
7首目、船で甑島へ行く場面。海にのびる光の帯に導かれるように。
8首目、昔ながらの共同浴場の感じ。「三畳」「十畳」が効果的だ。
9首目、病気かもしれないと不安に思いつつ、とりあえず検索する。
10首目、比喩がうまい。自分の感情や思いを制御するのが難しい。

2023年7月11日、書肆侃侃房、2200円。

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2023年09月12日

佐クマサトシ歌集『標準時』


第1歌集。235首を収めている。

陽に焼けた地図のどこかが国境で息がきれいになるガムを噛む
この部屋にあなたのいない朝夕の二回に分けてお飲みください
現代のこの街が舞台のアニメには行ったことのある駅も出てくる
右に君、左に知らない人がいて、知らないの人の読んでいる本
席を立つときそのままでいいですと言われた 春の花瓶の横で
ドライヤーをかけている間は何ひとつ聞こえないので髪を乾かす
ぷよぷよが上手な人の中にある抽象的なぷよぷよのこと
PKでもらった点を守りきる サッポロポテトに途中で飽きる
すれ違う人のコートの印象の次第に薄れていくキャメル色
人にみな脳があること 双子用ベビーカーが越える小さな段差

1首目、音の響きがいい。地図の中に入り込んでしまうような感じ。
2首目、三句「朝夕の」が蝶番のように上句と下句をつないでいる。
3首目、アニメの世界と現実の世界が反転したような味わいがある。
4首目、横並びの席に座っているところ。本のことが気になるのだ。
5首目、カフェで返却口に運ぶのを止められて、何となく気まずい。
6首目、論理が逆転しているのが面白い。髪を乾かすしかできない。
7首目、画面上のぷよぷよより先に脳の中のぷよぷよが動いている。
8首目、P音や「きる」「飽きる」の脚韻など音の響きが印象的だ。
9首目、すれ違う前、すれ違う瞬間、すれ違った後という時間経過。
10首目、双子の赤子の二つの脳が段差に揺れるのが透けて見える。

2023年6月30日、左右社、1800円。

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2023年09月06日

菊竹胡乃美歌集『心は胸のふくらみの中』


203首を収めた第1歌集。

女性が現代の日本に生きることの大変さが繰り返し詠まれている。「Ms. たらこくちびる」と題する連作が良かった。

おんなというもの野放しにして生きるには多すぎる爆撃機
見たことのないヘルシンキの水平線そこはそこでの生きづらさ
贅沢はずっと言わないまま生きて移民のように日本で過ごす
妊娠のふたもじは女偏でありひとつを男偏で書いてみる
月よりもそばにいたいよ鼻息で産毛を揺らすぐらい近くに
トースターで焼いたたらこみたいになる二月のたらこくちびるは
もう何も言わないことにしたサンドイッチのハムとして挟まってる
ナンを焼く異国の人のオレンジのTシャツを茶色にする汗
我慢をする十分咲きの桜のような我慢をする肛門締めて
賃金のすくなさ自転車を漕ぐちから肉まんふたつ分のおっぱい

1首目、女性が自由に振舞おうとすると数多くの圧力や反発に遭う。
2首目、遠い国へ行けば生きづらさがなくなるというわけでもない。
3首目、安心感や満足感を得られず居場所のないような心地なのだ。
4首目、妊娠出産に関するすべてが女性の役割や責任にされている。
5首目、初二句と三句以下の距離感のアンバランスな感じが面白い。
6首目、乾燥したくちびる。やや自虐的にユーモラスに描いている。
7首目、何を言っても無駄との思いだろう。強い意志の表明である。
8首目「オレンジ」と「茶色」では色の持つイメージが大きく違う。
9首目「十分咲き」がいい。花びらをこぼさないように耐えている。
10首目、開けっ広げな詠みぶりに力がある。自己肯定感が伝わる。

2023年4月6日、書肆侃侃房、1500円。

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2023年08月24日

中井スピカ歌集『ネクタリン』

本阿弥書店
発売日 : 2023-07-31

2022年に「空であって窓辺」30首で第33回歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。399首を収めている。

カタカナが多いのが特徴で、カタカナの使われている歌が235首と歌集の6割近くにのぼる。さらにタイトルもカタカナだし、作者名にもカタカナがある。

はつなつのベーカリーから溢れ出すシナモンロールはみんな右巻き
季節ごと花の名前を変えているパスワードあり今はyuugao
誰の子も可愛くなくて丘をゆく私は欠けた器だろうか
胃に肺に土足で踏み込む母がいてそこにマティスの絵などを飾る
イチゴジャムブルーベリージャム毎日は二色しかなくなんてカラフル
冬の苺がケーキの上に散らばって大人のほうがずっと寂しい
寒気団去りゆく予報 ポトフから昇る蒸気にオレガノを振る
機関車の車輪のごとく腕回しコーヒー豆を君は砕きつ
川はもうよそよそしい顔 越してゆく私に橋を渡らせながら
展開図少し違えて二人して牛乳パックを真白く開く

1首目、結句「みんな右巻き」がいい。全体に明るい気分が満ちる。
2首目、夏はユウガオなのだ。他の季節は何だろうと想像が膨らむ。
3首目、子を持たない自分の人生に迷ったり悩んだりする日もある。
4首目、押しの強い母なのだろう。マティスの強烈な色彩が浮かぶ。
5首目、赤か紫のジャムをパンに塗って、毎日仕事に出かけていく。
6首目、そう言えば子どもの頃は大人も寂しいのだと知らなかった。
7首目「寒気団」と「蒸気」が重なり合って、食卓の風景が膨らむ。
8首目、動輪とロッドの動きが鮮やかに浮かび君の力強さが伝わる。
9首目、見慣れた風景が別のものに見えてくる。「渡らせ」がいい。
10首目、誰かと一緒に住むとはこうした差に気づくことでもある。

2023年7月31日、本阿弥書店、2400円。

posted by 松村正直 at 09:04| Comment(3) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする