「コスモス」所属の作者の第1歌集。
だらだらとつきまとわれると思ってた紐付きイヤフォンが今は恋しい
しくじった会話のあとは雨やどりしているように空を見上げる
真っ青なコインランドリー丸窓の波は泡立ち一人の海辺
白壁にただ一匹の黒蟬は夏季限定の李禹煥である
ゆずの実をくるくるくるん湯の中でまわし今年の日々を巡った
冬の日はこたつの中にまんまるの飼い猫パンがいつも焼き立て
店長は歯茎にくちびるくっついたままの笑顔で接客をする
友人に「ただのペット」と話しても声音がちがうと指摘されたり
休日の静かな午後に流れくるどこかの階の夫婦の喧嘩
それぞれが自分を消して歩くから朝の駅では服のみ動く
1首目、ワイヤレスの時代。「紐付きイヤフォン」もレトロニムだ。
2首目、空を見上げる姿勢が似ているだけでなく、心情も似ている。
3首目、波も立つし音もするし海岸に一人で座っている気分になる。
4首目、簡潔な文体。「もの派」の美術家の作品のような存在感だ。
5首目、冬至が来ればもう新年も近い。一年を振り返ることになる。
6首目、猫を焼き立てのパンに喩えたのがいい。温かくてふかふか。
7首目、無理して笑っているような顔なのだろう。描写が実に辛辣。
8首目、飼い猫の死が近い場面。とてもいつも通りではいられない。
9首目、「流れくる」がいい。まるで音楽でも聴いているみたいだ。
10首目、通勤・通学の時間帯。みな目的地に向かって黙々と歩く。
2026年5月25日、角川文化振興財団、2400円。


