赤レンガ倉庫1号館。
1913年に国の保税倉庫として建てられたもの。関東大震災で被害を受け、竣工時の半分くらいの長さになっている。
赤レンガ倉庫2号館。
1911年竣工。リニューアル工事を経て2002年から二つの倉庫は文化・商業施設となり、観光客で賑わっている。
釣り糸を垂れている岸壁の背後に建っていたのが今日の姿とはまったく違う赤レンガ倉庫だった。倉庫のレンガには暴走族によるものか白いスプレーなどで落書きがされていた。倉庫は何にも利用されておらず、中に入ることはできなかった。今日の横浜を代表するような観光地になるとは夢にも思わず、観光地というよりは、夜になれば人気がなくなる、犯罪の匂いがするような場所だった。
/八木澤高明『裏横浜』
旧横浜港(みなと)駅プラットホーム。
1911年から1986年まで、赤レンガ倉庫のすぐ近くに駅があった。
ハンマーヘッドクレーン。
イギリス製。1914年に日本初の荷役専用クレーンとして設置され、2011年まで使われていた。現在は複合施設「横浜ハンマーヘッド」のシンボル的な存在となっている。
海外移住者の持って行ったトランク。
ハワイ・アメリカ・カナダ・ペルー・ブラジルなどへ、戦前に約77万人、戦後に約26万人の日本人が移住した。「JICA横浜 海外移住資料館」では約1500点の資料を展示している。
「萬屋(よろずや)」と呼ばれた雑貨店の様子。
日本からの輸入品を扱う店が現地には数多く存在した。
フェジョアーダ、820円。
JICA横浜の3階にある「ポートテラスカフェ」では、世界各国の料理が食べられる。フェジョアーダは豆と豚肉や牛肉を煮込んだブラジルの代表的な料理。
私が美味しいと思って食べたフェジョアーダだったが、移民として海を渡ったアントニオ猪木の口に合うものではなかったようだ。スイス人が経営する大農場でコーヒー豆の収穫をしていたアントニオ猪木の一家は、朝の五時から夕方の五時まで、自分がかいた大量の汗で服が固まり、その服が立つという途方もない労働を強いられた。電気もトイレもない家に戻り、一日の労働でボロボロになった手に赤チンを塗ってから食べたのが、フェジョアーダだった。
/八木澤高明『裏横浜』
YOKOHAMA AIR CABIN(ヨコハマエアキャビン)。
2021年に開業したオシャレな都市型のロープウェイ。
「運河パーク駅」〜「桜木町駅」の約630メートルを所要時間約5分で結んでいる。
ロープウェイというと山に登るイメージしかなかったけれど、なるほど、こんなふうに観光にも使えるのか。
楽しい!
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