山下公園に係留されている重要文化財「日本郵船氷川丸」。
1930年に横浜とシアトルを結ぶ航路に就航するために建造された貨客船。戦時中は病院船となり戦後は外地からの日本兵や民間人の復員・引揚げに従事した。
1953年にシアトル航路に復帰し1960年に引退。その後は、海に浮かぶ文化遺産として展示されている。
一等食堂。
広々としている。
船内の階段。
一等社交室。
他にも、「一等喫煙室」「一等読書室」「一等児童室」などがあった。
A デッキ(最上部)にある一等客室。
操舵室。
船の舳先。
全長163.3メートル、船幅20.12メートル、定員286名。
Dデッキ(最下部)にある機関室。
Cデッキの三等客室。
2段ベッド×4つの8人部屋になっている。
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戦前のシアトル航路は、この氷川丸と日枝丸、平安丸の三隻体制で運航されていた。それぞれ1930年の4月、7月、11月に竣工した同型艦である。
氷川丸はいわば「三姉妹の長女」だったわけだ。
けれども、日枝丸は1943年11月17日、特設運送艦としてトラック島へ航海中にアメリカ軍の潜水艦により撃沈された。また、平安丸も特設潜水母艦となり、1944年2月18日のトラック島空襲により沈没している。
妹二人はわずか13年という短い命だった。
それに対して、氷川丸は今年で96歳になった。いつまでも元気な姿でいてほしいと思う。
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