「COCOON10周年に寄せて」という寄稿や「一首のあとさき ― 短歌一首と散文でつづる日常」など通常号にはないページもあって、全166ページ。読み応えがあった。
ともどもに感慨はなく卒園を迎えてしまう息子とわたし
/島本ちひろ
慌ただしく日々を送っているうちに卒園。すぐに小学校への入学だ。
いつぞやのトマトホールの空き缶を吸い殻がこぼれる春の宵
/松下誠一
時間の経過が浮かび上がってくる。トマトと吸い殻の対比も印象的。
ゆで汁をぶちまけたとき立ちこめる薫りはふきのたう、あたまごと
/片岡絢
シンクに流した茹で汁から立つ白い湯気と鮮やかな香りに包まれる。
百十円切手の味を知らぬ舌さみしみて金の飴を舐めおり
/吉本美加
近年はシール式の切手が増えて切手の裏を舐めることがなくなった。
おでんとかいいね、おでんの中にある暗がりに体操座りする
/松井恵子
確かにおでんの中には暗がりがあるし、そこに何かが潜んでいそう。
シャッターが切るものだったあの頃にもっと写真を撮ればよかった
/伊藤祐楓
スマホではボタンに触れるだけなので「切る」という感触が乏しい。
葉桜はきらめきやまず長の子のわれに兄さん、姉さんなくて
/相川佑太
長子であることの大変さを思う。初二句の景との取り合わせもいい。
血圧を測るため腕を差し入れる時間の影に触れるみたいに
/大松達知
下句の比喩が印象的。血圧計の何とも言えない感じをうまく捉えた。
繋がれし犬となりたる人びとは知るよしもなく尾を振りてゐる
/谷真樹
自分でも気づかないうちに会社や社会に飼い慣らされているのかも。
評論も4篇載っている。
小島なお「史実に埋(うず)もれる声 満蒙開拓移民の人々の短歌」は、満州に渡った二人の歌人、佐々木剛輔と小見山輝の歌を取り上げたもの。教えられることの多い内容だった。
2026年6月30日、500円。

