2006年にNHK出版より刊行された『ワキから見る能世界』に加筆したもの。
このところ、「能」のことが気になっていて、この本を手に取った。能楽師としてワキを演じる著者が、能におけるワキの役割や、ワキ的な世界を生きた芭蕉について記している。
能のワキは現代の演劇や映画で言われているような脇役とは違うし、ましてや比喩として使われるような脇役では決してない。
トラウマも意識化されたときになくなるというのは精神分析の考え方だが、ワキのすることもシテの思いを無意識の暗闇から意識の明るみに引き出すのだから、それに似ていると言える。
ワキにとって、霊との出会いはまったく自分が予期せぬものだ。が、しかし、それはワキとしての、まさに彼の消極的霊力によるものなのだ。
ワキは何かをアドバイスすることもなく、ただ問うことによって、残恨の思いを晴らし、そして成仏を助ける。
私が「能」に関心を持つのは、短歌や俳句とも深いつながりがあるからだ。
掛詞はひとつの語によって、上の言葉と下の言葉を繋ぐ力をもつ。これによって文章は途切れることなく、どんどんと無限に繋がっていく。
和歌における掛詞は、主体と客体、この世とあの世を繋ぐものなのかもしれない。そう考えると、現代短歌においても有効に用いることができそうだ。
写生を重視し、近代俳句を確立した正岡子規も若い頃に新作能を書いている。その病床では、虚子たちが子規のために謡を謡っている。
芭蕉や子規と能は深い関わりがある。土岐善麿や馬場あき子が新作能を書いていることも含めて、これからもっと探っていきたい。
2011年6月10日第1刷、2024年11月15日第6刷。
ちくま文庫、780円。


