2026年04月09日

吉川宏志『一九七〇年代短歌史』(その2)

『一九七〇年代短歌史』の特徴をもう少し挙げてみよう。

まずは、東京以外の地方の歌、新聞投稿の歌、短歌雑誌の編集者など、幅広い対象をすくい上げる目配りの良さである。

「30 北の会と南の会」では北海道の「現代短歌・北の会」と九州の「現代短歌・南の会」の活動を取り上げている。

短歌史を書くとき、東京中心の価値観になっているのではないか、という惧れはいつもつきまとう。当時刊行されていた短歌総合誌を参照することが多いが、それらはすべて東京の出版社から刊行されている。東京からの視点がスタンダードになっていることは否定できない。

こうした問題意識は短歌史を考える上で欠かせないものだろう。

そういう意味では、吉川も理事を務める現代歌人協会が今年6月に北海道で短歌フェスティバルを開催するのも意義深いことだと思う。
https://kajinkyokai.com/event_information04.html

「19 日中国交正常化と海外詠」では、朝日歌壇への投稿歌が多く紹介されている。「朝日歌壇では、日中国交回復は強い関心を集めている。けれども、短歌総合誌での反応は非常に少ない」という指摘があり、「専門歌人と新聞歌壇の間には、距離が生じていた」ことが述べられている。

また、「26 ベトナム戦争の終わり」では、朝日歌壇の選者であった宮柊二の文章を引いて、

一首だけを読んで理解できる歌を優先していることがわかる。逆に言えば、一首にうまくまとめることができなかった感情や思考は紙面で取り上げられないことになる。それが新聞歌壇の難しいところだ。

と記している。連作単位で歌を発表する短歌雑誌(や歌集)と一首単位で応募する新聞歌壇の違いがよくわかる話だと思う。

「29 一九七〇年代の編集者たち」では、「短歌の潮流を生み出していくのは歌人だけでなく、編集者も大きな役割を果たしている」と述べ、冨士田元彦の「雁」、田村雅之の「磁場」、及川隆彦の「現代短歌」という三つの雑誌を取り上げている。

冨士田元彦は一九七八年に雁書館、田村雅之は一九八一年に砂子屋書房、及川隆彦は一九八五年にながらみ書房を設立し、それぞれ独立を果たした。

これらの出版社から出た数々の歌集・歌書を思い浮かべれば、編集者の役割の大きさがよくわかる。

吉川は「塔」2023年7月号でも、「田村雅之さんに聞く」というインタビューを行っている。編集者はいわば裏方の存在なのだが、そこに対する目配りと敬意を忘れないというのは大事なことだと思う。

https://toutankakai.com/cms/wp-content/uploads/2024/01/6b615b314d7564d00ec01d5801d9be56.pdf

2026年1月15日、短歌研究社、3000円。

posted by 松村正直 at 12:52| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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