2026年03月18日

吉村英夫『完全版「男はつらいよ」の世界』


映画「男はつらいよ」のシリーズ全48作の一つ一つについて解説を記した本。

作品の鑑賞だけでなく、主人公の寅さんの人物造形、山田洋次監督の作風、シナリオやカメラワークの特徴、時代との関わりなど、多くの視点からシリーズの全体像を浮かび上がらせている。

とらやを構成する役者は、渥美、森川、太宰久雄が「コメディー」で、倍賞、前田吟、三崎千恵子が「リアリズム」である。おいちゃんが下条正巳になってから明確になったことであるが、(…)とらやの雰囲気がリアリズムに傾斜することになった。つまり、三対三が二対四になってしまった。
明らかに山田は『男はつらいよ』と非『男はつらいよ』との相乗作用のなかで高揚している。山田を寅さんだけで理解してもいけないし、逆に非シリーズだけに矮小化してもいけない。山田は寅さんとシリアス・ドラマと言われる作品系列の区別をしりぞける。
小津はスタンダードという小さな画面で孤独の側面の強い一人配置を多く試み、山田は横長のシネマスコープにつながりあおうとする人物像を複数で配置する。
寅という「ヒーロー」は、本質的には不老不死という性格を持っている。永遠の愛の追求者として旅を続け、老いとは無縁である。渥美清の肉体の老齢化はいかんともしがたいが、それでも寅が歳をとってしまっては失恋物語は成立しなくなる。
山田=高羽が作りだす映像は日常の再現に近いものを求めている。だが、現実をありのままに写せば日常を写しとれるかというと、そうではない。その日常性は、ヤラセとしての演技と人工的な機材の駆使の合体として造りだされる。非日常的な方法で日常性をフィルムにすくいとる「創造された日常」は、職人性に徹した一分一厘の隙もない撮影技術から生まれる。

こうした鋭い分析の数々を読んでいると、また「男はつらいよ」が観たくなってくる。

見るたびに発見がある。あるいは印象や感想が違ってくる。寅の像が前回と次回では違って見えてくることがある。それだけ『男はつらいよ』は深いし、渥美清には含蓄がある。見る側の主体的条件や価値観の変化に対応して輝き方が変わる、そんな力を持っている。

現在、神保町シアターで「没後30年 俳優・渥美清」特集が上映されている。来週、東京に行く際に、何作か観てこようと思う。

https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/

2005年12月20日第1刷、2019年12月23日第4刷。
集英社文庫、760円。
posted by 松村正直 at 23:10| Comment(3) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

 寅さんと聞いてすぐ浮かぶセリフに、「てめえ、さしずめインテリだな」があります。
 私はインテリには二つのタイプがあると考えております。行動するインテリと机上のそれです。山田洋次監督は生活者目線の前者を志向し、渥美清さんはその体現者でいらしたと存じます。だから「男はつらいよ」はみんなから愛されるのです。
Posted by 吉田達郎 at 2026年03月19日 11:35
インテリについては本書の中でも言及がありました。

「山田洋次がインテリないしはエリートを描く場合には二種類のパターンがある。一つは、寅のインテリ嫌いをストレートに出してきて鼻もちならぬ偽の権威性や虚飾性を笑い飛ばす。(…)もう一つは、共感をもって描き出される知識人像である。(…)このような二つの描き方は、彼自身エリート・インテリゲンチャである山田の誠実な知識人観を表しており、この誠実さが山田映画の人気の秘密ともつながるのは確かである。」

吉田さんのお書きのことと近い話でしょうね。
Posted by 松村正直 at 2026年03月19日 18:00
 正に言いたかったことです。「完全版」の本書を早く買わなくては。そうそう、『啄木ごっこ』は集大成的あの厚み。こちらも早く予約いたしませんと。
Posted by 吉田達郎 at 2026年03月19日 20:13
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