渡邊庄三郎や川瀬巴水の生没年を見ると、啄木と同じ明治十年代の生まれだとわかる。
石川啄木 (1886−1912)
渡邊庄三郎(1885−1962)
川瀬巴水 (1883−1957)
渡邊や川瀬は昭和三十年代まで生きているので、明治で生涯を終えた啄木とは世代が違うように感じるが、実は同世代なのである。
そして、今回一番驚いたのは、「THE 新版画」展に名取春仙の作品が6点展示されていたことだ。
「初代中村鴈治郎の紙屋治兵衛」「六代目尾上梅幸のお富」「十五代目市村羽左衛門の入谷直侍」「初代中村吉右衛門の馬盥光秀」「二代目市川左團次の鳴神」「五代目中村歌右衛門の淀君」と、すべて役者絵である。役者絵の版画家として人気があったらしい。
実は、この名取春仙は啄木の『一握の砂』の装幀を担当したことでも知られている。
これが『一握の砂』(復刻版)の表紙である。
名取は当時、東京朝日新聞社に勤めていたので啄木の同僚ということになる。その縁で、装幀を任されたようだ。
名取春仙(1886−1960)
偶然であるが、二人は同じ年の生まれであった。
啄木が亡くなってから48年後、名取は74歳で亡くなる。娘を肺炎で亡くしたあと、墓の前で夫婦揃って服毒自殺を遂げたとのこと。何とも凄絶な最期であった。

