濁流といへども影が映りをりヘリコプターの翼が回る
争ひののちのふて寝がほんたうの眠りに入りし夫を見にいく
やまさとはかすみわたれるけしきにて 視力表のかな一字づつ読む
死んだ人を偉いとだれもが言ふ日々を草抜きながらわれは過ごさむ
ひとたびも子と呼ばれずに去りゆける細胞組織に花を買ひなむ
かなしみはいつくるのかと掌を開いて閉ぢて鉛筆握る
誤字一字直したるのみ A勝訴、B敗訴、C和解の予定稿
一人出て一人迎へる部署の春ロッカーの名札入れ替へるのみ
ほたろうのからだは黒く貧弱で昼は草葉に縋(すが)りて休む
山見れば君は山にもなるだらう六か月のおなか山へと向ける
へその緒にひとすぢのこる血の色もやがて遺品とならむしづけさ
みどりごは日本語ふうに泣きはじむ甘夏の花白く咲くころ
子の目より紫陽花の蕚大きくて子の目にどつと青があふれる
子とわれは季節の後をとぼとぼと歩くときどき犬にしやがんで
amazonの空き箱に入りて幼子は船出の人のごとく手を振る
1首目、豪雨の被害を報道するテレビ映像に映るヘリコプターの影。
2首目、夫婦喧嘩の後の様子。夫の歌は距離の取り方がおもしろい。
3首目、上句は西行の歌を踏まえつつ目の霞む感じを伝えて面白い。
4首目、戦争が起きても他者に同調せず自分の生き方を貫く心構え。
5首目、流産したときの歌。せめて花を買って命を送りたいと願う。
6首目、職場で仕事しながらも呆然とした気持ちで過ごす日が続く。
7首目、新聞社の校閲の仕事。判決が出る前に三通りの原稿がある。
8首目、異動する人にとっては大ごとだが淡々と日々は続いていく。
9首目「ほたろう」は蛍。夜の美しい姿と昼の姿はあまりにも違う。
10首目、何とも健康的で伸びやかな歌だ。お腹も山のようだろう。
11首目、命の誕生を表す「へその緒」から「遺品」へと続く驚き。
12首目、ただの音声だったものが言葉っぽい響きに変わったのだ。
13首目、紫陽花に近づいてじっと見つめる子の瞳。青一色の世界。
14首目、自分だけ世の中の動きから遅れていくように感じるのか。
15首目、微笑ましいだけではなくどことなく寂しさも含んでいる。
2025年11月21日、砂子屋書房、3000円。

