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書簡以外にも多くの資料が収蔵されていることがわかり、昨年夏に日本近代文学館に行ってきた。その後、さらに詳しく調べる予定だったのだがなかなか時間が取れないので、どんな資料があるのか書いておくことにする。
まず、高安関連の特別資料が日本近代文学館に収蔵された経緯だが、「日本近代文学館館報」305号(2022年1月1日)の「図書・資料受入れ報告」に次のように記されている。
●高安国世令息高安醇氏から高安国世旧蔵資料をいただいた。野間宏、富士正晴から高安国世に宛てられた戦時中の書簡や、原稿・訳稿・草稿メモのほか、(…)など図書七二冊、創刊誌「塔」や「杏陰會誌」など雑誌四九一冊をいただいた。
実際に日本近代文学館で閲覧してみると、その中身は下記のようなものであった。
@「一週間 ー秀也の手記ー」
*400字原稿用紙28枚
*自伝的小説。主人公秀也の一週間を描いたもの。
鳩はバタバタと飛び立つて、日本画によく見るやうな美しい翼の写象を残して河原に下りた。
僕が嘗て永い間こがれてゐた自由を始めて得たとき、といふのは、すべての反対を押し切つて大学の文科に入ることに成功したとき、得た瞬間自由は僕には重荷となつた。
A「生ひ立ちに関する秀也の手記」
*400字原稿用紙200〜300枚
*自伝的小説。
松竹座で見た映画(キング・ヴィダー監督「結婚の夜」1935年、マーナ・ロイ/ウィリアム・ポウエル主演「悪夢」1934年)の話などが出てくる。
⓷日記
*昭和20年9月16日〜1952年12月13日
*ノートで50ページくらい
(昭和20年11月23日)
戦時を省みて、わが心の中の文学の喪失を考へると、自己の責任に於てうたふ、さういふ責任の喪失に原因があつたやうに思ふ。何かしら小学生じみた「いゝ点を貰ひたさ」、「いゝ点さへ貰へば安心してゐる」やうなところが何処かにありはしなかつたか。(昭和21年2月14日)
そんなことは馬鹿々々しいとわかつてゐ乍ら、いつの間にか隣の生徒と競争で先生のお気に入るやうな答をしてゐるお行儀のよさに終りはしなかつたか。
とにかく僕は野間の創作欲と比較して、戦時中の自分を顧み、やはり結局自分は何かに甘え、すねてゐたのだといふことに気付いた。
いずれもまだ活字になっていない資料ばかり。高安国世を論じる上で貴重な内容だと思う。
どなたか興味のある方、研究したい方は、ぜひ閲覧申請をした上で日本近代文学館へ行き、ご覧になってください。

