日本刀持ち出せば、相手も死ぬときだし、自分も死ななきゃ日本刀じゃないんだよ。日本刀持ち出したら殺傷するんだよ。殺傷して、場合によっちゃ自分も死ぬんだよ。ぼくはそういう武器しか信じない。
美しく死ぬということはつまり私の年齢ではもう遅いのかもしれないけれども、西郷隆盛は私は美しく死んだと思っている。あれは四十九歳なんです。まだ私はあと六年か七年あるので、まだ望みを未練がましく持っているわけです。
自分のうちにあるテレビとかステレオとか女房子供とか、あるいは壁に掛けてある誰某さんの絵とか、電気洗濯機とか冷蔵庫とかそういうものを守るためにお前死ねといっても、なかなか人間は死なない。やはり死ぬべきものというものは、その護るものにもっと自分より超越的な価値がなければ護るという気持が出てこない。
三島由紀夫と学生との討論としては1969年5月13日に行われた東大全共闘とのものが有名だ。
https://matsutanka.seesaa.net/article/474422839.html
でも、この本に収められている一橋大学(1968年6月16日)、早稲田大学(同10月3日)、茨城大学(同11月16日)のティーチインもそれぞれおもしろい。

