昨年読んだ『能登早春紀行』が素晴らしかったので、それに先行するこの本を読んだ。
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元は1981年に朝日新聞社から出た本。渡邊英理が解説「女たちの海へ、いのちの海へ」を書いている。
不老長寿の海女の伝承を追って、作者は地元に近い玄界灘の庄の浦、鐘崎から、若狭の小浜、能登の輪島、福浦、津軽の十三、さらに北海道の松前へと思索の旅を続けていく。
わたしはかつて浦々で正月になれば箸と椀とを海に流す風習があったのを思い出した。それは寄り物祈願なのだという。波が運んでくる海草や破船や他国の品々などの海辺の幸を祈るのである。
小浜はかつての城下町である。というより、大和朝廷のころから奈良その他の都の外港としてひらけ、やがて京の港の表玄関として近世初期まで繁栄した港町だった。
かつて海運が主要な物資の輸送手段だったころ、日本海の船乗りたちの大切な中継地だった輪島は、いまはどの地方とも接していない奥能登の中心町である。
もし、わたしが子を産んでいなかったなら、こんな形で日本海の海辺をさまよったかどうかわからない。まるで民族の深層心理をたずねたがるような、あてもない旅などしなかったかもしれぬ。
津軽を中心に青森県、秋田県の北部、北海道南部には、いたことは別にごみそと呼ばれる祈祷師がいるのだった。いたこが主として死者の霊とかかわりを持つのに対して、ごみそは神仏に祈って占う。
神功皇后、八百比丘尼、安東水軍、宗像信仰、北前船、東日流外三郡誌……。海と出産と命と交流の物語が、日本海沿岸の各地に豊かに根付いている。
2025年11月10日、インスクリプト、2200円。



かいつまんでストーリーをご紹介しますと、いつも多量の酒を買いに来る小僧について竜宮城に行った酒屋の次郎兵衛という男が、乙姫様からききみみ≠ニいう鳥獣や虫の話が解る玉手箱をもらって帰ってきた。
帰宅後、次郎兵衛の店は大いに繁盛したが、あるとき娘のお光が玉手箱を開けたところ、一匹の可愛らしい人魚が入っていて、美味しそうな匂いがするので、お光は我慢できず食べてしまった(食べたんかい!)。
ここから先は普通の八百比丘尼伝説の通りで、諸国巡礼の旅に出たお光は数十年後に帰郷したが、人魚を食べたせいで容色が衰えることなく、若く美しい尼僧姿のまま八百歳の天寿を全うした。
3つか4つの話が合体していて、何じゃこれはと思いました。下呂市を流れる馬瀬川には、竜宮城への入り口と伝えられる「湯の淵」があるそうです。
下呂市の話は浦島太郎と聞き耳ずきんと八百比丘尼伝説が混じった感じですね。八百比丘尼の話は全国各地に残っているようで、人間のどんな感情や心理がこの話を生み出したのか、興味を惹かれます。私が最初に知ったのは、手塚治虫『火の鳥』に出てくる八百比丘尼の話でした。高校生の頃だったでしょうか。強く印象に残りました。