2025年12月21日

植松三十里『イザベラ・バードと侍ボーイ』


1878(明治11)年に東京から北海道まで旅をして『日本奥地紀行』を著したイザベラ・バードと通訳兼ガイドの伊藤鶴吉をモデルにした歴史小説。

46歳の英国人女性と20歳の日本人青年のやり取りが楽しい。

それでも日本の貧しさを、西洋人に知られるのは嫌だった。鶴吉には日本人としての矜持がある。こんな貧しい村が日本にあるとは、自分も知らなかったし、知りたくもなかった。
クックの来島から三十年ほど後に、諸島の統一王朝であるハワイ王国が誕生した。(…)そのためにイギリスとアメリカの両国が、諸島の領有を目論んでおり、ハワイ王朝の政権は、ふたつの国の間で揺らいでいた。

明治維新をはじめとする近代の日本の歴史は、欧米列強による植民地獲得が進んだ国際情勢と密接に関わっている。

すると突然、視野が開けた。森の中に、樹木も雑草も、きれいに刈り込まれた広場があり、巨大な石碑がそびえていた。柳川熊吉は石碑の台座に手を触れて、刻まれた文字を見上げた。「俺は無学だから読めねえが、碧血碑って書いてあるそうだ。(…)」

函館山にある碧血碑も登場する。この碑は戊辰戦争で亡くなった旧幕府軍の死者を供養するために建立されたもの。

函館に住んだ啄木にも碧血碑に関わる歌がある。

函館の臥牛(ぐわぎう)の山の半腹(はんぷく)の
碑の漢詩(からうた)も
なかば忘れぬ
/石川啄木『一握の砂』

これは、碧血碑のそばに立つ宮本小一(1836‐1916)の碑を詠んだものだ。碑の全文は以下の通り。

戦骨全収海勢移 紛華誰復記當時
鯨風鰐雨函山夕 宿草茫々碧血碑
 明治三十四年八月来展題之 東京鴨北老人宮本小一

2024年2月25日、集英社文庫、780円。

posted by 松村正直 at 22:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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