「未来」所属の作者の第1歌集。
2012年以降の作品357首を収めている。
落ち角のやうなる枝をひとつ越ゆ不在は冬の森にあかるし
春の夜の闇やはらかくみづからの重みに従(つ)きて扉(と)は閉ぢゆけり
黒揚羽あふられゆける八月の、光にかげとルビを打ちたり
地球儀の冷えはじめたる秋の陸(くが) 子規に短き従軍ありき
洗ひゆく香魚はうすき血を持てり血はゆるやかにみづにほどけて
ひと夜さに試験範囲の中世を子は駆けゆけり砂塵をたてて
透けながらそびら合はせて文字はあり春のひかりに頁を繰れば
とほき世に蹴られし鞠も越えて来よ山吹咲きてあかるめる垣
銃眼の隠れてひとつあることも揺れさだまらぬ万緑のなか
すずかけの落葉つづけり気送管くぐる封書のごとくしづけく
日盛りの茄子を洗へばきうきうといるかの背(せな)もかくにかあらむ
返信を待つ間めぐりのひそけさにパンは音吸ふものと思ふも
1首目、生きものの気配があまりない冬の森のひっそりとした様子。
2首目、自重によってゆっくりと閉じる扉の感触と春の夜の空気感。
3首目、光と影が入れ替わり明滅するようにはばたいて飛ぶ黒揚羽。
4首目、子規の人生の転機となった従軍と帰りの船での喀血を思う。
5首目、香魚は鮎。結句「ほどけて」がいい。「流れて」ではなく。
6首目、一夜漬けで世界史の試験勉強をしている子。結句がうまい。
7首目、背中合わせに透けて見える文字。実に繊細な感覚だと思う。
8首目、平安貴族の遊んだ蹴鞠の鞠が時空を超えて垣の向こうから。
9首目、風に揺れる木々の緑の中にまぼろしの銃眼を思い浮かべる。
10首目、比喩が印象的。エアシューターを通って地面に落ちる葉。
11首目、色合いとつやつやした質感の類似。オノマトペが効果的。
12首目、食パンの白い部分に音が吸収されていくようなイメージ。
季節を感じさせる歌が多い。
2025年8月12日、本阿弥書店、2700円。


