2025年12月01日

岩岡詩帆歌集『蔦の抒べ方』


「未来」所属の作者の第1歌集。
2012年以降の作品357首を収めている。

落ち角のやうなる枝をひとつ越ゆ不在は冬の森にあかるし
春の夜の闇やはらかくみづからの重みに従(つ)きて扉(と)は閉ぢゆけり
黒揚羽あふられゆける八月の、光にかげとルビを打ちたり
地球儀の冷えはじめたる秋の陸(くが) 子規に短き従軍ありき
洗ひゆく香魚はうすき血を持てり血はゆるやかにみづにほどけて
ひと夜さに試験範囲の中世を子は駆けゆけり砂塵をたてて
透けながらそびら合はせて文字はあり春のひかりに頁を繰れば
とほき世に蹴られし鞠も越えて来よ山吹咲きてあかるめる垣
銃眼の隠れてひとつあることも揺れさだまらぬ万緑のなか
すずかけの落葉つづけり気送管くぐる封書のごとくしづけく
日盛りの茄子を洗へばきうきうといるかの背(せな)もかくにかあらむ
返信を待つ間めぐりのひそけさにパンは音吸ふものと思ふも

1首目、生きものの気配があまりない冬の森のひっそりとした様子。
2首目、自重によってゆっくりと閉じる扉の感触と春の夜の空気感。
3首目、光と影が入れ替わり明滅するようにはばたいて飛ぶ黒揚羽。
4首目、子規の人生の転機となった従軍と帰りの船での喀血を思う。
5首目、香魚は鮎。結句「ほどけて」がいい。「流れて」ではなく。
6首目、一夜漬けで世界史の試験勉強をしている子。結句がうまい。
7首目、背中合わせに透けて見える文字。実に繊細な感覚だと思う。
8首目、平安貴族の遊んだ蹴鞠の鞠が時空を超えて垣の向こうから。
9首目、風に揺れる木々の緑の中にまぼろしの銃眼を思い浮かべる。
10首目、比喩が印象的。エアシューターを通って地面に落ちる葉。
11首目、色合いとつやつやした質感の類似。オノマトペが効果的。
12首目、食パンの白い部分に音が吸収されていくようなイメージ。

季節を感じさせる歌が多い。

2025年8月12日、本阿弥書店、2700円。

posted by 松村正直 at 10:04| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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