2025年11月27日

川本千栄『土屋文明の百首』


「歌人入門」シリーズ14冊目。副題は「近現代短歌を生きた百年」。

読んでまず思ったのは選歌がいいこと。よく引かれる有名歌、代表歌だけでなく、あまり知られていないけれど印象的な歌を多く取り上げている。

夕ぐるるちまた行く人もの言はずもの言はぬ顔にまなこ光れり
/『ふゆくさ』
休暇となり帰らずに居る下宿部屋思はぬところに夕影のさす
/『往還集』
庭石のかわきて荒るる園みれば物のほろぶる人よりもはやし
/『六月風』
鳥籠に寄り立つ人の父を見る万(まん)の戦死者の親かくありや
/『山下水』
なほ一人の土屋が山に残り居て落葉の坂を行くかともまどふ
/『青南集』
牛の子の如くにからびしくそつけて臥(こ)やる一日は侘しかりけり
/『続青南集』
いつの間に時は行くのかなびき合ふすすきの原にこゑはのこりて
/『青南後集以後』

もう一つの特徴は、すべての歌に口語訳が付いていることである。これは、このシリーズでも初めてのことではないか。

25字×10行という短い鑑賞文のなかの2〜3行を使って口語訳を示すというのは、かなり思い切った決断だ。以前のように「短歌」=「文語」の時代であれば、おそらく不要だったものだろう。

でも、今はそうではない。口語で短歌を詠む人の増えた現在、口語訳の持つ意義は大きい。古語の意味や助詞・助動詞の意味がきちんと示され、句切れの位置も明らかになる。

また、川本の口語訳は単なる逐語訳ではない。歌の読みや解釈のために必要に応じて言葉を補っている。

出勤時(しゆつきんどき)の鋪道(いししきみち)に落ち散りて人はみざらむ百合の樹の花

例えば、この歌の口語訳の冒頭には「百合の樹の高い所に花が咲いている。」という一文を加えている。それによって、慌ただしく歩く人々が見ないのは舗装路に落ちた花だけでなく、頭上に咲いている花でもあるという解釈を提示しているのだ。

巻末の解説で文明の歌集を五期に区分してそれぞれの特徴を論じているところなども含め、読み応えのある一冊となっている。

2025年10月13日、ふらんす堂、1700円。

posted by 松村正直 at 14:05| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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