2025年11月18日

田宮朋子歌集『光に濡れる』


2015年から2024年までの作品503首を収めた第5歌集。

あかつきの雪野のふかき靄のなかヘッドライトが道なりに来る
まみどりの薹菜たつぷり食べる春血のくれなゐが濃くなるといふ
大雪に半ば埋もるる墓群の墓のひとつに「南無」の文字見ゆ
八月に生まれて逝きし二人子の足はこの世の土踏まざりき
寺泊遊郭跡は畑となり蟬声のなかをみなへし咲く
光とも影ともみえて窓の外ほたりほたりと牡丹雪降る
子をもたぬわれに末期の母言ひきおまへのときは迎へてあげる
凸凹の圧雪の道ハンドルの遊びにゆだねゆるゆると行く
「おのれこそおのれのよるべ」十五の春聞きにし父のこゑをわすれず
糸魚川産の翡翠は海わたり新羅の王の冠をかざりき
遠花火見ながら夫と歩く道いづれか生きて思ひ出とせむ
あこがれは猫にもあらむ秋陽さす網戸に鼻をつけて風吸ふ

1首目、ぼんやりしたヘッドライトの光の動きで道が浮かび上がる。
2首目、色のイメージが鮮やか。人々の暮らしの中での言い伝えだ。
3首目、「南無阿弥陀仏」の上の部分がわずかに雪の上に出ている。
4首目、生後三日で亡くなった子。何十年経っても消えない悲しみ。
5首目、「をみなへし」は漢字で書くと女郎花。遊女の姿が浮かぶ。
6首目、モノクロの影絵のような世界。初二句がいかにも牡丹雪だ。
7首目、母の言葉に優しさと凄みを感じる。一人で死ぬのは寂しい。
8首目、ハンドルを握る手に力を入れ過ぎると、かえってよくない。
9首目、住職であった父。後に生きる上での支えとなったのだろう。
10首目、日本海側と朝鮮半島の古代からの行き来を感じさせる歌。
11首目、後に残された一人にとって良い思い出になるだろう場面。
12首目、外の世界を黙って眺めている猫の姿。描写が実に丁寧だ。

2025年9月27日、角川文化振興財団、2600円。

posted by 松村正直 at 09:21| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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