2015年から2024年までの作品503首を収めた第5歌集。
あかつきの雪野のふかき靄のなかヘッドライトが道なりに来る
まみどりの薹菜たつぷり食べる春血のくれなゐが濃くなるといふ
大雪に半ば埋もるる墓群の墓のひとつに「南無」の文字見ゆ
八月に生まれて逝きし二人子の足はこの世の土踏まざりき
寺泊遊郭跡は畑となり蟬声のなかをみなへし咲く
光とも影ともみえて窓の外ほたりほたりと牡丹雪降る
子をもたぬわれに末期の母言ひきおまへのときは迎へてあげる
凸凹の圧雪の道ハンドルの遊びにゆだねゆるゆると行く
「おのれこそおのれのよるべ」十五の春聞きにし父のこゑをわすれず
糸魚川産の翡翠は海わたり新羅の王の冠をかざりき
遠花火見ながら夫と歩く道いづれか生きて思ひ出とせむ
あこがれは猫にもあらむ秋陽さす網戸に鼻をつけて風吸ふ
1首目、ぼんやりしたヘッドライトの光の動きで道が浮かび上がる。
2首目、色のイメージが鮮やか。人々の暮らしの中での言い伝えだ。
3首目、「南無阿弥陀仏」の上の部分がわずかに雪の上に出ている。
4首目、生後三日で亡くなった子。何十年経っても消えない悲しみ。
5首目、「をみなへし」は漢字で書くと女郎花。遊女の姿が浮かぶ。
6首目、モノクロの影絵のような世界。初二句がいかにも牡丹雪だ。
7首目、母の言葉に優しさと凄みを感じる。一人で死ぬのは寂しい。
8首目、ハンドルを握る手に力を入れ過ぎると、かえってよくない。
9首目、住職であった父。後に生きる上での支えとなったのだろう。
10首目、日本海側と朝鮮半島の古代からの行き来を感じさせる歌。
11首目、後に残された一人にとって良い思い出になるだろう場面。
12首目、外の世界を黙って眺めている猫の姿。描写が実に丁寧だ。
2025年9月27日、角川文化振興財団、2600円。


