400首を収めた第6歌集。
新聞の訃報欄などなきときの八月の死者 犇き合ひて
樟の木の影過ぎりつつゆつくりと物言ふ人でありたしわれは
山頂にわが立ちをれば長き風短き風が吹き抜けてゆく
人間の喜怒哀楽のその中の哀しさだけが鮮度を保つ
鍋に煮つつ何か加へてにんまりとして見せたりし妻の横顔
投票率三十八パーセントの海に沈みてゆきしわれの一票
七十四歳の人がテレビに映りゐてああこれが七十四歳かと思ふ
冷蔵庫に砂糖容器を入れむとし人生のこと深く思へり
あらがねの土煙立ち戦争は人の命を国有化する
採血のしやすきことを褒められてわが前腕に静脈は浮く
1首目、作者は長崎市生まれ。原爆で亡くなった人々のことを思う。
2首目、樟の木のようにどっしり構えてとは思うがなかなか難しい。
3首目、「長き風」「短き風」が面白い。風の長さが見えるみたい。
4首目、他の感情と違って時間とともにあまり薄れゆくことがない。
5首目、ただの料理の場面だが、こんなふうに詠むとちょっと怖い。
6首目、投票した候補の落選よりも投票率の低さに気分が落ち込む。
7首目、自分の年齢や姿を客観視するのは難しいが他人だとわかる。
8首目、一体おれは何をしようとしているんだと思って愕然とする。
9首目、三句以下が箴言のように響く。「国有化」をこう使うとは。
10首目、別に何の手柄でもないけれど褒められるとやはり嬉しい。
2025年10月7日、なんぷう堂、1000円。

