2016年から2019年までの作品506首を収めた第16歌集。
灯の消ゆるあたりが海か淀川の夜の流れを窓より眺む
橋の上に雪は凍りて残りをり行きて楽しき会にあらねど
たつた一度わが師を諫(いさ)めたりしこといまもときをりわれを嚙むなり
銅像が銅像のままパンを食ふマイヨール広場午後三時過ぎ
病むために仕事辞めるにあらざれど仕事を辞めて病む友多し
人づてに聞きし消息かなしけれ坂野信彦死にてゐたりき
冷凍室の大半を占むる保冷剤大(おほ)きあり小(ち)さきありいづれも凍る
冬枯れの林を行けり自転車のふたつ置かれてありし辺(へ)を過ぎ
耳に口よせてをさながくりかへす内緒話がほぼ聞こえない
わが肺の右上葉を持ち去りしダ・ヴィンチの細き腕を思ふも
鐘のなき火の見櫓がぽつねんと残されて春とほき近江路
年魚市潟(あゆちがた)から愛知ができたといふ話歩けばすなはち地名身に添ふ
1首目、川の両岸には街の明かりがある。でも海になると真っ暗だ。
2首目、坂田博義の「わたりて楽しき街あらざりし」を思い出した。
3首目、高安国世が「塔」を解散しようとしたのを止めた日のこと。
4首目、スタチューパフォーマンス。そのままの身なりで休憩中だ。
5首目、ようやくのんびりできると思ったら。人生の皮肉を感じる。
6首目、若き日に歌論などを戦わせた相手とその後は疎遠になって。
7首目、白秋のニコライ堂の歌を思い出す。結句が当り前だが発見。
8首目、雰囲気の良い歌。そこにはいない恋人同士の姿を想像する。
9首目、幼子によくある仕種。可愛らしいのだけれど聴き取れない。
10首目、麻酔で眠っている間に遠隔操作のアームで手術された体。
11首目、用済みになった火の見櫓がまだ残るのどかな田舎の風景。
12首目、地名はただのラベルではなく土地と深く結び付いている。
2025年7月24日、青磁社、2800円。


