2025年09月18日

永田和宏歌集『わすれ貝』


2016年から2019年までの作品506首を収めた第16歌集。

灯の消ゆるあたりが海か淀川の夜の流れを窓より眺む
橋の上に雪は凍りて残りをり行きて楽しき会にあらねど
たつた一度わが師を諫(いさ)めたりしこといまもときをりわれを嚙むなり
銅像が銅像のままパンを食ふマイヨール広場午後三時過ぎ
病むために仕事辞めるにあらざれど仕事を辞めて病む友多し
人づてに聞きし消息かなしけれ坂野信彦死にてゐたりき
冷凍室の大半を占むる保冷剤大(おほ)きあり小(ち)さきありいづれも凍る
冬枯れの林を行けり自転車のふたつ置かれてありし辺(へ)を過ぎ
耳に口よせてをさながくりかへす内緒話がほぼ聞こえない
わが肺の右上葉を持ち去りしダ・ヴィンチの細き腕を思ふも
鐘のなき火の見櫓がぽつねんと残されて春とほき近江路
年魚市潟(あゆちがた)から愛知ができたといふ話歩けばすなはち地名身に添ふ

1首目、川の両岸には街の明かりがある。でも海になると真っ暗だ。
2首目、坂田博義の「わたりて楽しき街あらざりし」を思い出した。
3首目、高安国世が「塔」を解散しようとしたのを止めた日のこと。
4首目、スタチューパフォーマンス。そのままの身なりで休憩中だ。
5首目、ようやくのんびりできると思ったら。人生の皮肉を感じる。
6首目、若き日に歌論などを戦わせた相手とその後は疎遠になって。
7首目、白秋のニコライ堂の歌を思い出す。結句が当り前だが発見。
8首目、雰囲気の良い歌。そこにはいない恋人同士の姿を想像する。
9首目、幼子によくある仕種。可愛らしいのだけれど聴き取れない。
10首目、麻酔で眠っている間に遠隔操作のアームで手術された体。
11首目、用済みになった火の見櫓がまだ残るのどかな田舎の風景。
12首目、地名はただのラベルではなく土地と深く結び付いている。

2025年7月24日、青磁社、2800円。

posted by 松村正直 at 23:18| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。