1918(大正7)年に29歳の著者が奈良を訪れて書いた紀行文。
新薬師寺、浄瑠璃寺、東大寺、奈良博物館、唐招提寺、法華寺、薬師寺、当麻寺、法隆寺、中宮寺などが登場する。単なるガイドブックではなく、仏像や建築を見て感じたこと考えたこと想像したことが記される思索の書でもある。
西洋の風呂は事務的で、日本の風呂は享楽的だ。西洋風呂はただ体のあかを洗い落とす設備に過ぎないので、言わば便所と同様の意味のものであるが、日本の風呂は湯の肌ざわりや熱さの具合や湯のあとのさわやかな心持ちや、あるいは陶然とした気分などを味わう場所である。
写実はあらゆる造形美術の地盤として動かし難いと思う。しかしこの写実は、写真によって代表せられるような平板なものではない。それは作者の性格を透過し来たることによってあらゆる種類の変化を示現し得るような、自由な、「芸術家の眼の作用」を指すのである。
固有の日本人の「創意」などにこだわる必要はない。天平の文化が外国人の共働によってできたとしても、その外国人がまたわれわれの祖先となった以上は、祖先の文化である点において変わりはない。
いい芸術はまず第一にそれを求むる者の自由な享受を目ざして処置せらるべきである。それでこそ初めてその芸術の人類的な性質が妨げられることなく現われて来るのである。そのためにはこの種の画は常に陳列せられていなくてはならぬ。
仏像や建築を通して和辻は日本文化の成り立ちや源流を考える。ギリシア、ヘレニズム、インド、中国、朝鮮から何がどのように伝わり、どのように変化し、日本の文化が生まれたのか。
現物を観察しての直感と大胆な想像力が繰り広げる歴史の物語は、100年以上経った今も魅力を失っていない。大正という時代の持っていた自由な空気が、この本からは感じられる。
私もまた奈良へ行ってみることにしよう。
1979年3月16日第1刷、2009年4月8日第54刷改版。
岩波文庫、760円。


