この夏のオンラインセミナーで取り上げた市丸利之助の伝記。
1996年に新潮社から刊行されたのち、2006年に市丸の故郷佐賀県の出門堂から増補改訂版が刊行された。同じ出版社から『市丸利之助歌集』も出ている。
太平洋戦争では米軍にも夥しい死者は出た。ただし、夥しいといってもその総数はその同じ期間中のアメリカ本土で自動車事故で死亡した者の数には及んでいない。
まずは、こんな記述に驚く。なるほど、これでは太平洋戦争についての見方が日本側とアメリカ側で大きく異なるのも当然だろう。
本書はできるだけ偏りなく公平に市丸の生涯を記述しようと努めていて、信頼のおける内容となっている。巻末には付録として日本軍の重慶爆撃をユーモラスに描いた中国の文人画家 豊子ト(ほうしがい)の『毛厠救命』という文章が載っている。これは、
重慶や成都を爆撃した日本側の市丸の歌だけでなく、爆撃された中国市民の側の文章もないのか、と気にかけていた。
という著者の意向によるものだ。爆撃する側と爆撃される側、双方からの記述をあわせ見ることで、私たちは歴史上の出来事の実相に一歩近づくことができる。
2006年5月30日、出門堂、2381円。


