JR唐津駅前にある「五足の靴文学碑」。1907(明治40)年、与謝野寛・北原白秋・平野万里・太田正雄(木下杢太郎)・吉井勇の5名が九州をめぐる旅をした際に唐津を訪れている。
と言っても『五足の靴』には唐津の話はあまり載っていないので、碑に記されてるのは木下杢太郎の詩「はためき」である。
旧唐津銀行(辰野金吾記念館)。
唐津出身の建築家 辰野金吾の監修のもと、弟子の田中実が設計した建物で、1912(明治45)年の竣工。いわゆる「辰野式」のスタイルである。
1階は銀行の窓口。ロビーは2階まで吹抜けになっている。
重役室だった部屋。
建物の外に立つ辰野金吾とベンチに座る曽禰達蔵の銅像。
二人はともに唐津出身で、工部大学校造家学科(後の東京大学建築学科)の一期生(4名)としてジョサイア・コンドルに建築を学んだ。
西の浜。
海がきれい。空がきれい。松がきれい。
斎藤茂吉の歌碑。
肥前なる唐津の濱に宿りして唖のごとくに明け暮れむとす
『つゆじも』収録の歌。茂吉は1921(大正10)年8月30日から9月11日まで療養のために唐津を訪れ、「唐津浜」25首を残している。
宿泊した「木村屋旅館」は現在「渚館きむら」と名を変えて同じ場所にあり、その海側に歌碑が立っている。
『つゆじも』には旅館の食事のことを詠んだ
海のべの唐津のやどりしばしばも嚙みあつる飯(いひ)の砂のかなしさ
飯(いひ)の中にまぎれる砂を気にしつつ海辺の宿に明暮れにけり
といった歌もあるのだが、さすがに歌碑には向かないと判断されたのだろう。

