副題は「帰還運動にかけたある夫婦の四十年」。
昭和31年の日ソ国交回復後にサハリンから引き揚げてきた朴魯学・堀江和子夫妻が、サハリン残留韓国人の帰還や家族との面会を実現するために苦闘した日々を描いたノンフィクション。
第二次世界大戦とその後の冷戦が招いた家族の分断や故郷の喪失、国家と個人の問題について考えさせられる内容だ。
昭和二十一年七月、ソ連政府はサハリン在住者に身分証明書を交付していた。日本人には「日本人」の証明書、朝鮮人には「無国籍者」の証明書であった。戦後一年に満たない時期で、朝鮮半島がそれぞれに独立していないときであった。引揚げはこの身分証明書にしたがっておこなわれ、無国籍者の者、すなわち朝鮮人は引揚船に乗船することができなかった。
朴が帰還運動をはじめていらい、サハリンと韓国から朴のもとに送られてきた手紙はおよそ二十八万通、朴がおこなった陳情回数は六十四回におよんだ。
「樺太帰還在日韓国人会」、そしてその後の「支援会」は、このときまでに八十四組、百六十七名の家族再会と、うち三名の永住帰国をおこない、翌平成二年(一九九〇)、一組、三名の家族再会をもって会の活動を終えた。
この1990年というのはソ連と韓国の国交が結ばれた年である。サハリンと韓国の間の自由な行き来ができるようになるまで、戦後45年もの歳月がかかったのだ。
人道的な目的から始まった帰還運動は、朴魯学が亡くなったあと、政治的な思惑に利用されるようになっていく。運動自体が目的化し変質していく様子を、運動に関わった著者は厳しく指摘している。
2016年4月8日、草思社文庫、1000円。


