2017年までの未発表歌455首を収めた第12歌集。
傘立てに亡き君の傘ずつとある始発の電車待つごとくある
とくに秋 短針長針秒針のどれがと言へばどれもが怖い
かがみの奥のわたしから手ののびてきてどんなにのびてもわれへとどかぬ
うちがはに蝶々がまひそとがはに救急車の音ちかづきて覚む
しらさぎの冷却されたるごとき白そこにしらさぎもうゐない野に
つつみ紙とりたるにガム裸なり裸はかまれ嚙みつくされむ
発したる音に置いてきぼりにされ急に淋しい釣鐘の大
水芭蕉のかたはらをゆく水の音きみ亡きことのいつまでつづく
風はうすく一枚二枚とやつてきて位牌の君をつつみては去る
おほゆれのしだれやなぎはゆれながら風とじぶんの区別がつかず
ちよつとだけ雲のかげからはみだして一茶生家のちかくの蕎麦屋
さつきまでなかりし距離がみんみんの一頭鳴いて五メートルあり
1首目、捨てられずに残されている傘。下句の比喩に寂しさが滲む。
2首目、初句の入り方が印象的。三本の針が刻々と時を刻んでいく。
3首目、鏡の中にもう一人の自分がいるような感覚がなまなましい。
4首目、心地よい眠りを破る救急車の音。それは現実の音だろうか。
5首目、白鷺が飛び去ったあとも残像のように白だけが残っている。
6首目、ガムを「裸」と捉えたことによって肉体感が生じる面白さ。
7首目、鐘の音がどんなに遠くまで響いても鐘自身は全く動けない。
8首目、清らかな水の流れとともに亡きひとへの深い思いが伝わる。
9首目、「一枚二枚」と数えたのがいい。風の動きが見えるようだ。
10首目、自他の境が溶けてしまうのは気持ちよいのかもしれない。
11首目、のどかな光景。上句の描写が一茶の俳句世界を思わせる。
12首目、蟬が鳴き始めたことで目に見える空間に奥行きが生じた。
2025年7月18日、書肆侃侃房、2300円。


