2025年08月02日

李恢成『サハリンへの旅』


1983年に講談社から出た単行本の文庫化。

1981年に妻子とともに34年ぶりで故郷のサハリンを訪れた作者が、現地に住む祖母や義姉などの親族や友人たちと再会した2週間の旅を描いた記録。

1935年に当時日本領だった樺太の真岡(ホルムスク)に生まれ育った作者は、1947年に日本人に紛れて一家で日本へと引揚げてきた。その後は長くサハリンへ行くことはできず、一族はサハリン、日本、韓国、北朝鮮とばらばらになったままであった。

従兄は、率先して、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に帰っていった。社会主義祖国の一労働者として、彼は祖国統一の物質的な担保(土台)を築くという決心をして、帰国したのだった。だが、従兄は、もうひとつの切実な希望をいだいていた。それは、サハリンに残して来た実母や実弟妹達と、祖国の地で、再会することである。
同じ民族といっても、この一座の人々の構成は「朝鮮籍」「ソ連籍」、「無国籍」とそれぞれ異っているので、その立場も微妙に食い違っている。
サハリン島をめぐるはげしい歴史は私の一族をちりぢりばらばらにしたが、それは崩壊だけをもたらしたわけではなく、新しい人間関係の誕生をも告げてくれていた。私たちは、もはや黒い髪だけをもつ一族ではなくなっていた。
朝鮮人は自国の統一を一日も早くかちとることが大切だと私は旅先でそれを強く感じさせられたのであった。祖国の分断が止揚されぬまま、現在のような凍った日々がつづけば、海外同胞の立場はどうしても弱くなっていく。

この本には、妻、息子、長兄、次兄、妹、祖母、義母、義姉、伯母、従兄、従弟、従妹など実に多くの親族が登場する。読みながら家系図を書かないと誰が誰だかわからなくなってしまうほどだ。その結び付きの強さに驚かされる。

この旅が行われた1981年はまだ冷戦下であり、ソ連はブレジネフ書記長の時代で、韓国は全斗煥の軍事政権下であり、北朝鮮は金日成が支配していた。

その後、1987年の韓国の民主化、1990年のソ連と韓国の国交樹立、1991年のソ連崩壊、1994年の金日成死去と東アジア情勢は大きく変化した。

けれども、残念なことに、作者が生前願い続けた朝鮮半島の統一は今もまだ成し遂げられていない。

1989年3月10日第1刷、2012年1月11日第5刷。
講談社文芸文庫、1600円。

posted by 松村正直 at 21:28| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。