「まひる野」所属の作者の第1歌集。20年以上にわたって続けた日本語教師の仕事に関する歌が中心となっている。
複雑な内面だけど簡単な日本語で書く初級作文
学生のケータイすべて召しあげて権力は午後二時の静けさ
使い捨てられるマーカー見つつ思う辞める時にはわたしから言う
助詞はつまり糊なんですと言ってみる 意外な顔がふかく頷く
新入生窓辺に置いて朝なさな水やるように言葉をかける
誰が言いしか「日本語芸者」という言葉この日のわれの心を去らず
「スピーチ」はもはや日本語しかすがにそは「演説」でなければならず
匙に掬うコーヒーゼリー沢すじを〈スジャータ〉白く流れてゆけり
反対を叫ぶ老女を曳いていく捕吏の顔つきカメラは捉えず
金を与え武器を与えて戦わすものを味方と言うもせつなし
1首目、初級の日本語で書かれた作文には複雑な内面は出てこない。
2首目、教室において教師は強い権力を持つ存在であるという自覚。
3首目、非常勤講師という不安定な身分で働く自分を投影している。
4首目、比喩を使って説明したところ予想以上に伝わったのだろう。
5首目、まだ学校に慣れない外国人学生を気遣って話しかけている。
6首目、日本語教師という仕事に対して世間一般の理解は高くない。
7首目、日常生活においては「演説」の方がむしろ使う頻度が低い。
8首目、光景がありありと目に浮かぶ。「沢すじ」が巧みな比喩だ。
9首目、ロシア国内の反戦デモ。権力を行使する側は顔のない存在。
10首目、ウクライナへの支援もまた代理戦争の様相を呈していく。
2025年3月25日、角川文化振興財団、2600円。


