朝日新聞出版のPR誌「一冊の本」に2年間連載された文章をもとにまとめた一冊。
「老いのユーモア」「定年と退職」「離婚・再婚」「介護の歌」「病の歌」「酒のたのしみ」「孫との日々を楽しむ」といったテーマに沿って歌を紹介するとともに、中年期以降の生き方について考察している。
(石川啄木『一握の砂』の「はたらけど……」について)
おそらくこの歌を知らない日本人は皆無でしょう。さほどいい歌とも思えないのですが、なぜこんなにも有名になったのか、歌の運命ということも思わせる一首でもあります。啄木と聞いただけで、多くの人は「ぢつと手を見る」を連想してしまう、ほとんどことわざ化した一首と言ってもいい。
この「ことわざ化」という点に啄木短歌が読まれ続けるヒントがあるのかもしれない。
行くところあるが如くに出でて来て行くところなき十余り五歩
石田比呂志『忘八』
「おひとり様の老後」で紹介されているこの歌も、啄木の「家を出て五町ばかりは、/用のある人のごとくに/歩いてみたれど――」(『悲しき玩具』)を思い出させる。石田は啄木の歌集を読んで歌を詠み始めた歌人であった。
一般に、そこに何かが〈ある〉ことに気づくことはあっても、何かが〈ない〉ことに気づくことは、はるかに困難なことであります。コンピューターの検索機能は便利で、文書のなかに紛れ込んでいる言葉を検索するのは至極簡単ですが、そこに〈ない〉言葉を検索することは基本的にできないわけです。
本来、漢字の「癌」は上皮細胞の腫瘍のみに用い、ひらがなの「がん」は、悪性腫瘍全体を指すときに用いるとされているのですが、一般社会ではこの区別はほとんど知られていないでしょうし、使い分けられてもいないようです。
これは全く知らない話だった。単に「癌」という漢字が難しいからひらがなを使うことがあるのだと思っていた。細胞生物学者である著者は、歌を読んでいても表記が気になってしまうことがあるのだろう。
全体に文章がのびやかで、楽しんで書いている様子が伝わってくる。また、私自身が「人生後半」を生きていることもあって、思い当たることや身につまされることが多くあった。
2025年4月30日、朝日新聞出版、1800円。


