2025年07月16日

横須賀

先日、生まれて初めて横須賀を訪れた。

かつて海軍の軍港として発展し、今も自衛隊基地や米軍基地のある街である。


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戦艦陸奥の主砲。

長さ約18.8メートル、重さ約102トン。四番砲塔の一門だったもの。現在は幕末から明治にかけて活躍したフランス人技師の名前の付いた「ヴェルニー公園」に設置されている。


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ティボディエ邸。

横須賀製鉄所の副首長を務めた人物の官舎。1869年頃に建てられ2003年に解体された建物を移設・再現している。


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正岡子規の句碑「横須賀や只帆檣の冬木立」

1888(明治21)年夏に横須賀を訪れたときに詠まれた句。「帆檣」は帆柱(マスト)のこと。冬景色を詠んだのではなく、船の帆柱を冬木立に見立てたのだ。


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国威顕彰記念塔。

軍艦の艦橋を模した石碑に「国威顕彰」の文字が刻まれている。1937(昭和12)年に建てられたもの。下部にあったと思われる碑文を刻んだ銘板は剝がされ、敗戦の歴史を物語っている。

(追記:銘板の撤去は戦後ではなく戦時中の金属供出によるものではないかとの指摘を読者の方からいただきました。)


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東郷平八郎の銅像と記念館「三笠」。

日本海海戦の際に発せられた「皇国興廃在此一戦」(皇国の興廃この一戦にあり)が刻まれている。


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斜め前方から見た戦艦三笠の姿。

ボランティアガイドの案内で約1時間、甲板や船内を見て回った。


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艦橋からの眺め。

東郷平八郎の見た景色もこんな感じだったのだろう。ちなみに前方に見える白い建物は米軍基地内の住宅。


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士官室。

船体はあちこち傷んでいるけれど、展示は充実している。日露戦争でバルチック艦隊と戦う360度VR映像などもあった。

posted by 松村正直 at 19:33| Comment(0) | 戦争遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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