永留 雨森芳洲についても、ちょっとご説明しておきます。対馬だけでなく、日本にとっても、とても重要な人物です。(…)もともとの雨森家の出身は琵琶湖のほとりの高月町という所なんですが、(…)今は町村合併で長浜市、そこに雨森っていう土地があるんです。(…)芳洲が対馬に来て「誠信の交隣」という外交を打ち立てます。誠と、よしみを表す信頼の「信」ですね。対馬藩にも、幕府にも、通信使にも、すべての立場の人に対して、真心からの交流を続けようということを唱え、自分自身も実践した人です。
以前、長浜市の高月に吟行に行ったことがある。
https://matsutanka.seesaa.net/article/506367413.html
この時に見学した「高月観音の里歴史民俗資料館」の2階に雨森芳洲や朝鮮通信使の展示があった。なるほど、ここが出身地だったのか。
https://www.city.nagahama.lg.jp/section/takatsukirekimin/tenji/index-2.html
吟行は仏像がメインで雨森芳洲に関する展示はざっと通り過ぎただけだったのだけど、ようやくこれでつながった。
こういう思いがけない出会いは嬉しい。そのために本を読んでいるのかもしれない。


雨森芳洲庵、良さそうなところですね。また機会を見つけて訪ねてみたいと思います。世界情勢がきな臭くなっている現代において、「誠信の交わり」の価値はますます高くなっている気がします。