2025年06月22日

馬場めぐみ歌集『無数を振り切っていけ』


2011年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
2011年から2024年までの321首を収めている。

(心配をかけてごめんね大丈夫気にしないでね)息を止めて打つ
浴槽は海に繋がっていません だけどいちばん夜明けに近い
死ぬさかな生きるさかなの境目が途切れこの眼は海を失う
涙しか辿りつけない場所があり道筋を思い出すために泣く
大腿骨骨折前の祖母のいる世界に未だ肩をぶつける
寒いところで育ったひとの匂いだね 本当にそうだから嬉しい
いつまでも姉妹だけれど函館はもう家のなくなったふるさと
ベビーカーを覗きこまれるのがこわい さわれるかたちのわたしのこころ
つまさきを頰張った 地を知らぬ皮膚が果実のようにきらめいていて
空豆の皮剝くように置いていく母の娘であったわたしを

1首目、ラインの返信などの文。本当は大丈夫ではないのだけれど。
2首目、長く浴槽に浸かっている感じ。孤独だけれど安心感もある。
3首目、魚の命が終わる様子。「さかな」「境目」の音が響き合う。
4首目、泣くという行為によって甦ってくる感情や感覚があるのだ。
5首目、祖母が大腿骨骨折して衰えてしまわなかった世界線を思う。
6首目、自らの身体に備わる故郷の風土性を当てられることの喜び。
7首目、生家があるのとないので同じ故郷なのに違って感じられる。
8首目、私の心そのものの赤子。まだ無垢であり無力な存在である。
9首目、仰向けにつま先をしゃぶって身体を認識していく赤子の姿。
10首目、脱皮するように「母の娘」から子の母へと変わっていく。

V章の最初の連作「夏に向かって」が良かった。

2025年6月26日、短歌研究社、2200円。

posted by 松村正直 at 10:56| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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