2011年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
2011年から2024年までの321首を収めている。
(心配をかけてごめんね大丈夫気にしないでね)息を止めて打つ
浴槽は海に繋がっていません だけどいちばん夜明けに近い
死ぬさかな生きるさかなの境目が途切れこの眼は海を失う
涙しか辿りつけない場所があり道筋を思い出すために泣く
大腿骨骨折前の祖母のいる世界に未だ肩をぶつける
寒いところで育ったひとの匂いだね 本当にそうだから嬉しい
いつまでも姉妹だけれど函館はもう家のなくなったふるさと
ベビーカーを覗きこまれるのがこわい さわれるかたちのわたしのこころ
つまさきを頰張った 地を知らぬ皮膚が果実のようにきらめいていて
空豆の皮剝くように置いていく母の娘であったわたしを
1首目、ラインの返信などの文。本当は大丈夫ではないのだけれど。
2首目、長く浴槽に浸かっている感じ。孤独だけれど安心感もある。
3首目、魚の命が終わる様子。「さかな」「境目」の音が響き合う。
4首目、泣くという行為によって甦ってくる感情や感覚があるのだ。
5首目、祖母が大腿骨骨折して衰えてしまわなかった世界線を思う。
6首目、自らの身体に備わる故郷の風土性を当てられることの喜び。
7首目、生家があるのとないので同じ故郷なのに違って感じられる。
8首目、私の心そのものの赤子。まだ無垢であり無力な存在である。
9首目、仰向けにつま先をしゃぶって身体を認識していく赤子の姿。
10首目、脱皮するように「母の娘」から子の母へと変わっていく。
V章の最初の連作「夏に向かって」が良かった。
2025年6月26日、短歌研究社、2200円。