「塔」所属の作者の第1歌集。
薄氷のごとき勤めと居直りて本日ハヤシライスの旨し
いま消した職場のあかりもう一度つけても同じわが職場なり
結局は愛媛みかんを食べているふるさとに棲むふるさとの猿
人事課に異動となりてまずもって「新居浜コンガ踊り」覚える
円陣を組んで一同励ましてそののちひとり酒呑みにゆく
橋はいつも切り替えの場所なかほどに自転車止めて川をながめる
ときおりは納骨堂のとびら開け父と母とのいさかい覗く
感触はいまでも残る たらればを言わぬと決めし日のげんこつの
手術後の見習い医師はどん兵衛の蓋を押さえて目を閉じている
花かげに尻尾を捨てて去るトカゲ捨てたるものをただ一度見つ
詠草をポストに投じ帰る道往きに気付かぬ石蕗に逢う
病む人と医師は並んで待っているエレベーターが下りてくるまで
1首目、職場で強いられるストレスを振り払うようなハヤシライス。
2首目、残業をした帰りだろうか。職場が消えてしまうはずもない。
3首目、「四国の猿の子猿」と詠んだ正岡子規にあやかっての「猿」。
4首目、下句が抜群に面白い。これが踊れないと話にならないのだ。
5首目、中間管理職の悲哀が滲む。円陣とひとりの対比が印象的だ。
6首目、自宅と職場の間にある橋。家庭から仕事、仕事から家庭へ。
7首目、結句が何とも面白い。生前しばしば喧嘩していたのだろう。
8首目、悔しさと決意で握りしめた拳が今も心の支えになっている。
9首目、お湯を注いで5分待つ間に手術の光景が甦る。疲労が深い。
10首目、永遠の訣別シーンに自分の何かを重ね合わせているのか。
11首目、ポストからの帰り道は目的がないだけにのんびりできる。
12首目、同じように立っているけれど病院内での立場は全く違う。
2025年5月11日、青磁社、2500円。