2025年06月07日

北村太郎『センチメンタル・ジャーニー』


副題は「ある詩人の生涯」。
1993年に草思社から出た単行本の文庫化。

1992年に亡くなった著者が自らの生い立ちから晩年までを記した自伝。第一部は聞き取りの速記原稿をもとに自ら書いたもの、第二部は「著者の死去のため、テープ収録の速記原稿(著者生前に閲読済み)」となっている。

詩人北村太郎の文学的な出発点が短歌であったことを、この本で初めて知った。

短歌欄を開くと、投稿の一首が活字になっている。(…)自分の作った作品が活字になったのはこれが初めてで、顔が紅潮するほど嬉しい思いを味わったのはたしかである。
ちょうど桃の花が盛りのころで、わたくしはそれを材料にしていくつかの短歌を作り、東京日日新聞(現在の毎日新聞)の歌壇に投稿した。

15歳の時に西条八十主宰の投稿雑誌「臘人形」に茅野雅子の特選トップで採られた歌が載っている。

弾のあとに血のかたまりて山陰に雀子(こがらめ)一羽死にてゐにけり/「臘人形」1938年5月号

確かに特選に採られるだけのことはある。

詩というものはどんなマス状況になっても一人一人に向かう。詩は一種の直撃力ですから、受け取る人がいるか、いないかということです。詩というものはわずかな人に向けるメッセージであるわけです。同時に、やはり一般大衆、マスに向けられている。そういう矛盾した二面性をもっているのが詩です。

これは詩についての話だが、短歌にも当て嵌まることかもしれない。

著者の死によって頓挫しかけた自伝は、聞き手の正津勉の尽力によって二部構成をとる一冊にまとまった。その経緯も含めて奇跡的な一冊だと思う。

2021年2月8日、草思社文庫、900円。

posted by 松村正直 at 19:55| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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