第10歌集。
その傍を通るのみにて訪ねざる姉のマンション木犀のいろ
生姜漬け辣韭を漬け固定資産税納めてやっと六月終わる
校庭の見える梅林人気なし二月の空は晴れながら冷ゆ
末枯れたる水仙束ね土に盛る冬の終わりのしるべのひとつ
「引き揚げ」の言葉もすでに死語となり引き揚げ者の父母ニッポンに死す
尻無川木津川安治(あじ)川合流の河口は静かな馬の肌のいろ
一冊の日記のような歌集にて振り回されたるわれの一生
母の最期に間に合えなかったわたくしに小さな蝶がつねにまつわる
捨てるべき白きマスクが重なりてヒトツバタゴに見える雨の夜
心までマスクしていた三年間 全速力で来たのは老いだ
1首目、疎遠になってしまった姉との関係が繰り返し詠まれている。
2首目、生姜と辣韭のつぎに固定資産税の話が来るのがおもしろい。
3首目、季節感がよく出ている歌。作者の心象風景のようでもある。
4首目、花の終った水仙の葉を束ねてまとめておく。毎年の仕事だ。
5首目、引揚者であった両親には、きっと苦労も多かったのだろう。
6首目、大阪湾に注ぐあたり。「馬の肌のいろ」が実に味わい深い。
7首目、『無援の抒情』のイメージがその後何十年もまとわりつく。
8首目、何年経っても消えることのない心残り。母の魂のような蝶。
9首目、一回では捨てられず、机などに膨らんだ形で溜まっていく。
10首目、コロナ禍が心身の衰えを加速させた。率直で痛切な叫び。
2024年6月25日、角川文化振興財団、2600円。