副題は「もう一人のラストエンペラー」。
2003年に角川書店から出た単行本の文庫化。
ベトナムのグェン朝の皇族であり独立運動家として日本に亡命し、戦後の日本で亡くなったクォン・デ(1882‐1951)。彼の数奇な人生をたどったドキュメンタリー。
彼の日本行きを手配した同じくベトナムの独立運動家ファン・ボイ・チャウ(1867‐1940)についても詳しく描かれている。
日露戦争における日本の勝利が、アジアやアラブ世界に衝撃と覚醒を与え、アジア中から留学生や亡命政客たちが日本に押し寄せたこの時期、彼らの受け入れ窓口となったのは、アジア主義を掲げる玄洋社などの結社であり、その後ろ盾となったのは、犬養毅や大隈重信、後藤新平に福島安正、近衛篤麿ら、政界や軍部の大物たちだった。
一九〇九年一月、本郷森川町のクォン・デ邸には未明から人の出入りが激しかった。邸の周囲で張り込みを続ける警視庁の刑事たちは、四〇人ほどのベトナム人が邸内に入っていったことを確認した。
おお、本郷森川町!と思う。
この時期、石川啄木も本郷森川町の蓋平館別荘に住んでいた。1908年9月から1909年6月までのことだ。啄木が道でクォン・デとすれ違っていたかもしれないと思うと楽しい。
大切なことは黒か白かではなく、その双方が混在することが人の営みなのだと自覚することだ。自分自身を置き換えれば誰もが納得するはずだ。理念もあればエゴもある。清廉もあれば汚穢もある。人は絶えず多面的な世界で多面的な自分に揺らいでいる。
初めて知る話ばかりでとても面白かったのだが、ところどころ著者の主義主張が前面に出過ぎているのが気になった。淡々と事実だけを提示しても十分に読者に考えさせることのできる内容だと思うので。
2007年7月25日、角川文庫、590円。