詩「歌」、小説8篇、自作に関する随筆4篇を収めた作品集。
金沢の旧制高校時代を描いた自伝的小説「歌のわかれ」は、かつて金沢に住んでいたことがあって印象深かった。歌会の場面も出てくる。
金之助の「暮れよどむ街の細辻に……」が最高点の一つにはいった。彼はそのほかに、「苦しきことをこの上はわれ思はざらむ犀川の水はやけにせせらぐに」というのを出していてやはり問題になったが、「やけに」がどうかという評に対して、「いや、『やけに』なんだ!」と大声を出して一座を笑わせたりした。
安吉たちが今までやってきた歌会では、採点の最高点を得た作品から順に批評をするのが常だった。最高点のものについては、ほめるものも反対するものも総じてムキになった。そうしてそのムキになった批評のレベルが、そのまま点のあまりよくない作品にも及ぼされて行った。
中野の小説は話があちこち飛んだり回想と現在が入り混じったりして、あまり読みやすくない。その点は本人も自覚していたようで、随筆に次のように書いている。
まして私は上手な小説書きではない。批評家もそう言っていて私も認めている。ただ私は、上手下手ということを基本的なことだとは思うものの、上手でも下手でも自分のものを書きたいと思っている。(…)上手ということはこれからも学びたい。しかし下手にしろ自分のものを書きたい。
これは、どんなジャンルにおいても大切な心掛けだろうと思う。
2021年12月25日、中公文庫、1000円。