2025年04月17日

佐藤春夫『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇奇譚』


1920年7月から10月にかけて三か月あまり台湾を旅した作者の書いた8篇の小説を収めた本。タイトルは「じょかいせんきたん」。

大正時代の台湾の町や原住民の姿が描かれているだけでなく、植民地政策に対する懐疑や居心地の悪さなども率直に記されていて興味深い内容となっている。

日月潭は海抜約二千二三百尺だから、一たん日月潭におびきよせた水を、そこから一度に下へきって落す。即ち落差が二千二三百尺。その人工の滝を動力にして電力を起す。世界でも珍しい工事で、たった一つスイスの山中に適例がある。
惜しいことに、晴れの蕃衣の下にメリヤスを――しかも最新の奴を着込んでいる。メリヤスなど着ているのは老区長とこの若者だけだ。ここではメリヤスは宝に違いない。しかし、このメリヤスを着込んでなきゃ、私はこの若者を怖ろしく思ったろう。
胡蘆屯とは言わば瓠(ひさご)が丘とでも訳すべき面白い地名なのだが近く役人共の猿智恵で豊原と改称される筈になっているという。車室に落ちつく間もなくA君はもう議論すきを発揮して駅名改称可否論を論題に持ち出したものである。

新宮出身の佐藤春夫が大逆事件で処刑された大石誠之助を悼んで「愚者の死」という詩を発表したことは有名だが、この本にも大逆事件を思わせる記述がある。

私は或る文明国の政府が、当時の一般国民の常識とややその趣を異にした思想――それによって一般人類がもっと幸福に成り得るという或る思想を抱いていた人々を引捉えて、それを危険なる思想と認めて、屢々その種の思想家を牢屋に入れ、時にはどんどん死刑にしたのを見聞したこともある。

昨年今年と2回新宮へ行ったこともあり、急に佐藤春夫に興味が湧いてきた。現在移転のため休館中の佐藤春夫記念館がリニューアルオープンしたら、また新宮に行ってみよう。

2020年8月25日、中公文庫、1000円。

posted by 松村正直 at 23:25| Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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