2025年04月15日

樺山聡『京都を歩けば「仁丹」にあたる』


副題は「町名看板の迷宮案内」。

2009年に「仁丹のある風景」という評論(『短歌は記憶する』所収)を書いて以来、仁丹の広告が気になっている。

京都の町には仁丹の広告入りの町名看板が今も数多く残っていて、それに関心を持つ人々が「京都仁丹樂會」を結成して調査・研究を続けている。

京都仁丹樂會がこれまでに存在を確認した琺瑯約1550枚のうち、95%以上が「上京區」と「下京區」の表記だった。これは何を物語っているのか。琺瑯「仁丹」のほとんどは京都市が上京区と下京区の2区しかなかった時代に設置された。
現在の地図と昭和4年の地図を見比べるとよく分かる。戦後、堀川通が「建物疎開」の跡地を利用して整備された際、段階的に拡幅する中で、並んで南北に走る醒ヶ井通や西中筋通を、広い歩道として飲み込んでいた。つまり「仁丹」は。大通りに吸収されて、その名が消えてしまった小通りの記憶をしっかりと刻み込んでいるのだった。
現在の町名は「北区紫野十二坊町」だが、かつて「鷹野」と呼ばれていた時期があることも示す。興味深い異色の1枚になっている。消えた地名を今に伝えるのも「仁丹」の魅力の一つと言える。

「仁丹」の町名看板から、明治・大正・昭和の京都の町のさまざまな歴史が見えてくる。区名・町名の変更や道路の拡幅・移動などを伝える証拠にもなっているのだ。

2023年12月1日、青幻舎、1800円。

posted by 松村正直 at 11:02| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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